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2005年3月 の投稿

仁義なき英国タブロイド伝説

カテゴリー:未分類

著者:山本 浩、出版社:新潮新書
 紳士の国というイメージが完全にふっとんでしまう本です。ええっー、そんなにイギリスって、他人のゴシップが好きだったのか・・・。そんな思いにかられました。
 私は週刊誌はほとんど読みません。でも、新聞の下の方にのる週刊誌の広告は必ずチェックしています。今どんなことが政界や芸能界で話題になっているのか、新聞を読んでいるだけでは絶対にうかがい知れない世界がそこにあります。
 イギリスのタブロイド新聞は、どこも旗幟鮮明です。右派のサンは310万部、左派のディリー・ミラーは210万部・・・。
 バッキンガム宮殿の召使いにまんまと化けたディリー・ミラーの記者がいました。日本の皇居に夕刊紙の記者が潜入することは不可能な気がしますが、かりに可能だったとしても、それが記事になることは絶対にありえないことだろうと思います。ダイアナ妃の死をめぐるパパラッチ騒動も紹介されています。その謎はいまも解明されていないようです。
 札束ジャーナリズムという言葉があるそうです。タブロイドに限らず、イギリスではネタを独占するために情報提供者に高額の報酬を払うのです。取材謝礼というより、情報を独占する権利についての売買だという発想なのです。
 きわめつけは、タブロイド記者からブレア首相のスポークスマンにのぼりつめて首相府情報・戦略局長までつとめた人物(アレスター・キャンベル)を紹介しているところです。日本では、週刊誌の記者が首相のスポークスマンになるなんて、とても考えられません。
 仁義なきタブロイド新聞の激しい競争ですが、日本のサンケイやヨミウリのような自民党べったりの新聞を読んでいない者からすると、朝日も毎日も西日本も日経も、いつだって同じような論調なので、いかにも物足りなさを感じています。まあ、どっちの方がいいか、評価の分かれるところなんでしょうが・・・。

伊藤博文暗殺事件

カテゴリー:未分類

著者:大野 芳、出版社:新潮社
 伊藤博文は1909年(明治42年)10月26日午前9時半過ぎ、ハルビン駅で安重根のピストルで暗殺された。教科書にも書いてある歴史的事実である。しかし、暗殺者は安重根ではなかった・・・。
 小柄な体格の安重根は駅のホームに降りたち、儀仗兵を閲兵していた伊藤博文を下の方から狙って撃った。しかし、伊藤博文の治療にあたった医師は、3発の弾丸はいずれも右上から左下へ弾が入ったと認めた。さらに、現場で発射された弾丸による弾痕は合計13個。1発で2箇所ないし流れ弾を考えたら、狙撃犯は8発か9発を発射したことになる。ところが、安重根のブローニング拳銃は7連発で、弾丸が1発残っていた。ということは数があわない。
 伊藤博文の側近であり、当日も同行していた室田義文・貴族院議員は30年後に次のように語った。
 ハルビン駅の2階の食堂から、斜め下に向けてフランスの騎馬銃(カービン銃)で撃ったものがいる。右肩から斜め下に撃つには、いかなる方法によっても2階以外は不可能だ。そこは格子になっていて、斜め下を狙うには絶好だった。
 ということは、安重根は真犯人ではない、ということになる。これは、暗殺グループの一員であったが、直接の下手人ではないということ。関係者はそれを知ったうえで安重根を暗殺犯人として扱い、それなりの待遇をしていたのではないのか。本書はそのように提起している。
 旅順監獄において安重根は多くの書を残している。墨と筆、そして絹の白布が差し入れられ、揮毫が許されている。日本の元勲を殺した殺人犯で死刑囚に、なぜ関係者がこれほどの厚遇を示したのか。それは、陰謀があり、その人身御供となった安重根に心から同情していたから。もちろん、安重根の人格が高潔であったことも一因ではあるだろう。
 ところで、安重根の裁判は、実は難問をかかえていた。暗殺現場は中国のハルビンである。当時はロシアが支配していた。しかも、犯人は朝鮮人。だから、日本の刑法で犯人を処罰できるのか、という問題があった。イギリス人やロシア人、そしてスペイン人の弁護士たちが安重根の弁護人をして名乗り出ていた。それを日本政府は排除しなければならなかった。日本の元勲を殺したといっても、犯人は死刑にならず、無期徒刑の可能性も強かった。それでは困るということで、政府が裁判所に圧力をかけて無理矢理に死刑判決へもっていった。
 では、安重根が真犯人ではないとしたら、一体、誰が、何のために伊藤博文を暗殺したというのか・・・。韓国併合を強引に推進しようと考えていたグループにとって伊藤博文は最大の障害であった。邪魔者は消せ。そして彼は消された。うーん、そうだったのか・・・。

古代オリエント史と私

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著者:三笠宮崇仁、出版社:学生社
 著者は昭和天皇の弟です。第二次大戦後は大学に入り、古代オリエント史を研究する学者になり、NHKに出演して連続番組でオリエント史を解説したこともあります。
 戦中(1943年)に、中国・南京の総司令部に行き、そこで日本軍の残虐行為を知らされました。陸士時代の同期生の青年将校が、兵隊の胆力を養成するには生きた捕虜を銃剣で突きさせるに限る、そう語ったそうです。また、例の七三一部隊に所属していた高級軍医は、国際連盟から派遣されたリットン卿の一行にコレラ菌を付けた果物を出したが成功しなかったとも語ったというのです。これらの言葉は、まさに氷山の一角に過ぎないというコメントがついて紹介されています。皇族の高級参謀にも隠せないほど、日本軍の残虐行為はひどい、目に余るものがあった、ということです。暴虐の日本軍と化した事実を著者は率直に認めています。
 皇族をかつぐのは絶対にやめてほしいと著者は訴えています。皇族の肩書を利用したり、儀礼的なロボットにしてしまったから、第二次大戦が起きた。このような自分の考えを述べています。
 日本国憲法の制定直後(1949年)、平和主義について、将来、国際関係の仲間入りをするためには、日本は真に平和を愛し、絶対に侵略しないという表裏一致した誠心のこもった言動をして、もっと世界の信頼を回復しなければならない。そう強調しています。この点は、今の本当にあてはまると、まさにそうだなあと、つくづく共感します。
 イラクへの自衛隊派兵はアメリカの侵略にあとから手を貸すのとまったく同じです。
 ところで、この本を読んで、いい言葉に出会いました。
 「暇があったら勉強しよう」と言うな、たぶん、あなたがたには暇は決してこないだろうから。これはユダヤのヒッレルという律法学者の言葉です。そうなんです。時間はつくり出すものなんです。まったく同感です。

虫をめぐるデジタルな冒険

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著者:小檜山賢二、出版社:岩波書店
 すごーい写真のオンパレードです。この世の中に、こんな生き物がいたのか。つくづく、この世の奥は深い。そう実感させられます。
 つやつやと輝き、ふさふさと羊毛のようにたおやかな厚手のコートをはおった貴婦人の装いその眼はトンボの複眼。見逃すところはない。触覚が長く伸び、身近なものをすべて感じとる。
 こくんぞ虫、もといコクゾウムシは米びつの害虫として有名です。えっ、そんなの知らない。そうでしょうね。害虫が穀物倉庫に生存するのは実は難しいこと。そんな指摘がなされています。なるほど、なるほど。いかにも人為的な環境ですから・・・。
 この本に紹介されているゾウムシの写真を見ると、人間が万物の長なんて偉ぶっているのが恥ずかしくなります。
 18世紀にリンネが分類したとき、昆虫は2000種もありませんでした。でも、その後の100年で昆虫は10万種となり、今は100万種です。ところが、アマゾンの熱帯雨林に2000万種、東南アジアに8000万種の生物がいると推定されているというのです。昆虫は3000〜5000万種はいるだろうといいます。蝶とハエとガは15万種、蜂が14万種というのに比べても、昆虫は圧倒的に多いのです。ゾウムシが属する昆虫は40万種。これは、自然界でもっとも成功したグループとされています。この本は、まさに、そのゾウムシをデジタル写真で微細にとらえたのです。その絶妙な姿かたちには、息をのむばかり。ただただひたすら圧倒されてしまいます。
 この本は、単にデジタルカメラでとった写真をのせたというものではありません。マイクロ・フォトコラージュといって、ミクロの映像をデジカメで合成していく作業についても紹介しています。実は、このあたりになると、私には、まったく理解できないところではあります。自然界の奥がいかに深いかを実感させてくれる写真が満載です。ぜひ、あなたも手にとって見てください。

時代劇のウソ・ホント

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著者:笹間良彦、出版社:遊子館
 山田洋次監督の最新時代劇映画「隠し剣、鬼の爪」に東北の海坂藩が、幕末期のことですが、洋式訓練をするとき、武士に左右の手を大きく振って歩調をそろえて歩かせるのに苦労しているシーンが出てきて、笑ってしまいました。
 この本には、江戸時代の武士や庶民は決して今のように左右の手を大きく振っては歩かなかったことが明らかにされています。左右の手を交互に大きく振って歩くようになったのは、明治以降の洋式軍隊や文明開化で普及した西洋風の歩き方、それに小学校の体育教育の歩き方が一般に普及してからのことなのです。それまでは、武士はいざというとき、すぐに刀を抜けるよう手はあまり動かさず、また歩き方も静かに交互に移す感じでした。映画では、武士はすり足で歩いていました。なるほど、ですね。
 この本には、意外な常識のまちがいがいくつも絵入りで指摘されていて、そうだったのかと思うところがたくさんあります。三つ指をついて挨拶するのも、武士の護身の心得だったとか、「えい、えい、おう」のかけ声も、「えい、えい」と呼びかけて「おう」とこたえるのが正しいやり方だとか、浪人と浪士は違うもの、いえぬし(家主)とやぬし(家主)は、同じ漢字を書いても違うとか、札付き(ふだつき)は勘当の予備軍だったとか、おおいに勉強になりました。

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