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カテゴリー: 人間

スピノザの診察室

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 夏川 草介 、 出版 水鈴社
 現職の医師による心温まる医療小説です。電車のなかで一気読みしてしまいましたが、読み終えたあと、胸のうちに爽やかな温かい風が吹き抜けていく気がしました。
 いったい「スピノザ」って何だろうと思っていると、医療行為をめぐる哲学問答が展開されるのです。それがまた、妙にしっくり来るのです。そこで、タイトルにも違和感がありません。
 主人公は京都の下町の小さな病院に勤める医師です。お酒は飲まず(飲めず?)、甘いものに目がありません。虎屋の羊かんをはじめ、京都の有名な甘い物が何度も登場してきます。ついでに伊勢の赤福とともに大宰府の梅ヶ枝餅まで紹介されるのは愛敬です。
 「お前さんが、教授や学長を目ざしているバリバリの野心家だとは思っていない。だけど、いい仕事はしたいと思っているはずだ。どうせやるなら、一流の仕事をな。野心はなくても矜持(きょうじ)はあるだろ?」
 私も弁護士として、「一流の仕事」をしようとは思っていませんが、誇りを持って仕事を続けたいとは常日頃から考えています。
 「薬をうまく使えば、最後の時間も楽に過ごせるという考えは、まだまだ幻想にすぎない」
 「この病院の患者の多くは病気は治すことがゴールではない。ガンの終末期や老衰の患者に寄り添うだけ。結局、死亡診断書を書くのがゴールになってしまう」
 「患者の顔が見えることは、共感するということ。共感するのは心にはなかなかの重労働。悲しみや苦しみに共感するには、十分な注意が必要。度が過ぎると、心の器にヒビが入ることがある。ヒビではなく、割れてしまったら、簡単には元に戻らない」
 「病気が治るのが幸福だと考えると、どうしても行き詰ってしまう。病気が治らなかったら不幸なままなのか・・・。治らない病気の人、余命が限られている人が幸せに日々を過ごすことはできないのか・・・」
 「世界には、どうにもならないことが山のようにあふれている。それでも、できることはあるんだ」
 「人は無力な存在だから、互いに手を取りあわないと、たちまち無慈悲な世界に飲み込まれてしまう。手を取りあっても、世界を変えられるわけではないけれど、少しだけ景色は変わる」
 医師でなければとても描けない「手術」の様子が詳細に書き込まれていて、ぐぐっと手術室の世界に引きずり込まれてしまいます。そのうえ、深遠な問答が展開されるのですから「本屋大賞第4位」にも、なるほどと思ったことでした。
(2024年5月刊。1700円+税)

数学の苦手が好きに変わるとき

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 芳沢 光雄 、 出版 ちくまプリマー新書
 はて?と不思議だと思うこと、これが科学の芽だというのはノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎博士の名言。
 著者は45年間ものあいだ、10の大学で教え、1万5千人の大学生に対して楽しく数学を教えてきました。このほか小・中・高校生の1万5千人にも数学の話をしてきたそうです。そんな経験をふまえた楽しく役に立つ小話が盛り沢山です。
 私は高校2年生の終わりに理系から文系に志望を変更しました。数学のひらめきが自分には欠けていると自覚したからです。それでも高校3年の数Ⅲまではしっかり勉強しました(すっかり忘れてしまったので、中学数学を勉強しなおしたこともあります)。
 この本では、数学を楽しく学べる話がいくつも紹介されています。
 たとえば、宇宙飛行士の宇宙遊泳の姿は、ネコが高いところから落ちるときの態勢の変化を参考として編み出されたもの。ネコはビルの50階(地上から250メートルの高さ)から落ちても助かることがある。空気抵抗を最大限に利用して、落下速度が一定以上は大きくならないようにしている。
人間の「じゃんけん」は、一般的にはグーが最多で、チョキが最少、パーはその中ごろに…。なので、じゃんけんは、一般論として、パーを出すのが有利だということ。学生たちが自ら実験して得たデータなので、確実です。
1000ミリが入るはずの牛乳パックは底辺が7センチで高さ19.5センチなので体積を計算すると、955.5センチ立法メートルしかない。すると、この差44リットルはどこに消えたのか…。その答えは、なんと、牛乳パックは、横にいくらかふくらんでいるから…。なんと、そういうことなんですね。単純な計算どおりではないというわけですね。
列車速度を腕時計ひとつで測る方法があるといいます。いったい、どうやって…。
路線の長さは1本が25メートル。なので1分間に何回鳴くか、カウントすればその列車の進行スピードを把握することができる。なーるほど、ですね。
好きこそモノの上手なれ、ですよね…。数学が好きになったら、苦手意識を克服したら、新しい世界が目の前に広がることは間違いありません。
(2024年1月刊。880円)

怪物に出会った日

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 森合 正範 、 出版 講談社
 私はボクシングなるものには全然関心がありませんし、見ようとも思いません。なので、井上尚弥というボクサーが「怪物」とか「モンスター」と呼ばれているなんてこと自体知りませんでした。という私ですが、大学生のころは、マンガ「あしたのジョー」は熱心に読んでいました。寮生活をしていましたので、誰かが買って読んだものがまわってくるのです。ですからタダ読みです。自分で週刊マンガ(「ジャンプ」とか「サンデー」)を買って読んだことはありません。寮にいるかぎり、買う必要がありませんでした。
 「あしたのジョー」は、たしかにカッコ良かったです。「力石徹」という敵役のボクサーと文字どおり死闘をくり広げる最終盤は、次の週が待ち遠しかったです。
 さて、この本は、モンスターの井上尚弥とたたかって負けたボクサーを取材し、なぜ井上尚弥は強いのか、どうして負けたのかを探ったものです。
 敗軍の将、兵を語らずと言いますが、負けたボクサーがどんな試合だったのか、取材に応じて語ってくれるのか、取材の前、大いなる不安がありました。でも、取材してみると、大半のボクサーが自分の生い立ちをふくめて、実に生々しく対井上戦の詳細を語ってくれ、わざわざ取材しにきてくれてありがとうと感謝するのです。これには驚きました。それほど、対井上戦の衝撃は大きかったというわけです。
 この本を読んで、まず第一に驚いたのは、著者がボクシングが好きで、その魅力を広く伝えたいと思って記者になったと明かした記述です。いやあ、世の中は広いですね。ボクシングの魅力を広く世間に知ってもらいたくて記者になったなんていう人が、世の中には存在するのですね…、信じられません。
 後楽園ホールでアルバイトするために大学に入ったというのです。大学に入ったら、好きな格闘技を会場で、生で、ずっと見ていられる。夢のような話を実現するため、急に勉強しだしたのでした。押し入れから中学1年の英語の教科書を探し出して、その日から勉強を始めたのです。そんな人生もあるのですね…。
 井上尚弥と闘った対戦相手はこう思った。
 開始して1分あまりで「動きを読まれている」と体感した。
 井上はすぐに距離感をつかみ、瞬時に相手の動きを見抜く、類いまれな能力がある。井上は、パワー、スピード、距離感、技術、柔軟性、目の良さ、全部すばらしい。でも、一番すごいのは、心だ。格好をつけることもなく自然体。ボクシングで一番大事なことは、気持ちで負けないこと。
 メキシコでボクサーとして成功するためにもっとも必要なものは「規律」。規律を守らなければ、毎日毎日のプロセスを踏めないし、計画どおり進めることができない。すべての土台になるのが規律だ。
 毎日毎日、動きが身体になじむまで繰り返す。強くなるのに秘密や秘訣はない。ただ練習するだけ。
 井上はすごい。本当にしっかり練習している。練習していないと、あのスピードは出ないし、足も使いきれない。地面をけって、そのエネルギーが拳の先まできちんと伝わっている。それを繰り返し、しかも、そのスピードが速い。打つときには最後しっかり拳を握っているので、強いパンチになる。
 うむむ、これってまったくの門外漢にもなんとなく実感で分かりますよね…。
井上尚弥は小学1年生のときにボクシングを始めた。15歳以下の全国大会で優勝。高校生時代は1年生のときに三冠を達成した。いやあ、さすがにすごいですね。
 大切なのは、お金ではない。ボクサーとしてのプライドであり、信念。自分を待ち続けること。リング上で敵と2人だけで対決する。レフェリーは、もちろん何も手助けしてくれない。
 いやあ、ボクサーたちの生き様はすさまじいものがありました。発売して3ヶ月間で、早くも5刷というのも見事です。
(2024年1月刊。1900円+税)

眠っている間に体の中で何が起こっているのか

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 西多 昌規 、 出版 草思社
 私は幸いなことに寝つきは良く、夜中に1度か2度、目が覚めてトイレに行くことはよくありますが、それでも再びすぐ眠り込んでしまいます。なので、朝6時にパッチリ目が覚めて起き上がることができます。前は夜12時前に寝るようにしていましたが、最近は1時間早くして夜11時までには寝ています。やっぱり年齢(とし)を取ったせいです(いま75歳)。
 この本を読むと、私たちの体は眠っているあいだも、それぞれの器官は休むことなく機能していることがよく分かります。
 睡眠は、日中にどれだけ元気よく活動しているかの反映でもある。なので、昼間からダラダラと横になっているのは、睡眠が浅くもなるし、あまり良くない。
 睡眠は脳だけでなく、体すべてに影響を支える重要きわまりない生活習慣。
生体リズムが脳にしかないというのは間違い。胃腸や肝臓、心臓、腎臓、皮膚、筋肉など、あらゆる末梢の組織に生体リズム、つまり時計遺伝子がインストールされている。
 朝、光を浴びると、活動のアクセル役である交感神経が活発になる。副腎は、伝わった生体リズムをもとに、表面の副腎皮質からストレスホルモンであるコルチゾルを分泌する。分身の細胞はこのコルチゾルをキャッチして、「朝が来た」と1日の始まりを認識し、脳も体も活動モードに入る。
 交感神経は「日中の自律神経」で、副交感神経は「夜の自律神経」。
ホルモンは、全身いたるところでつくられている。成長ホルモンは、睡眠不足の影響を受けやすい。
寝不足は男性の精力を低下させる。睡眠障害をもつ男性は、健康な睡眠をとっている人と比べて、精子濃度が29%も低い。日本で不妊治療を受けている患者は47万人にのぼるが、日本人の睡眠時間が短いことと無関係ではない。
慢性的な睡眠不足は、サイトカインを活性化させ、人間の体を慢性炎症の状態にする。慢性炎症はがんが生じる可能性がある。
食道や胃・腸などの消化管は、睡眠中に動きがゆっくりになるとはいえ、活動を停止して休んでいるわけではない。1日を通しての胃酸の分泌のピークは、午後10時から午前2時のあいだ。睡眠中の小腸の蠕動(せんどう)は、覚醒時と変わらず、睡眠の深さには関係がない。それに対して、大腸は睡眠中に動きが低下する。睡眠不足や睡眠の質の悪さは、過敏性腸症候群の要因になっている。
睡眠の時間が短い、あるいは質が悪いと、便秘リスクは上がる。便秘の人は、大腸がん、心疾患者、脳卒中を起こしやすい。快便の人のほうが長生きする。私も後者のようになるのを目ざしています。
学習した記憶の整理は、覚醒しているときよりもむしろ睡眠中に行われている。レム睡眠は休息眼球運動を特徴するもの。記憶の固定や整理には、むしろノンレム睡眠のほうが大きく関わっている。
レム睡眠中に大脳皮質で活発な物質交換が行われ、脳はリフレッシュしている。
ノンレム睡眠やレム睡眠中でもモノアミンが機能しないことで、嫌な記憶が定着しないようにしている。ノンレム睡眠のときも、実は夢をかなり見ている。奇妙な内容で、鮮明なイメージや感情を伴う夢らしい夢は、やはりレム睡眠で見られていると考えられている。
 夜勤が多く、睡眠不足になりがちな看護師は骨が弱くなるというデータがある。
 睡眠時間が少なくなると、皮膚の潤(うるお)いがなくなる。人間の皮膚は、睡眠不足の影響をてきめんに受ける。睡眠不足のときに目の下の黒い「クマ」は、目の周りのうっ血、つまり血行不良によって生じる。目の周りの皮膚は体の皮膚の中で、もっとも薄いので、ちょっとした変化でも目立つ。
 睡眠と体の関係のことをしっかり認識することができました。睡眠の大切さをますます痛感します。
(2024年2月刊。2200円)

話術

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 徳川 夢声 、 出版 白楊社
 話す前に、念入りに草稿をつくり、これを十分頭脳に納め込んでおいて、壇に立ったら草稿は見ない。草稿を卓上に置いておくと、とかく草稿に頼りがちになり、自然に朗読調となって、コトバのもつ生命力がぬけてしまうおそれがある。また、視線が常に下へ注がれがちとなって、聴衆の注意力を散漫にしてしまう。
 ただし、統計表など、大きな数字や細かい数字が必要なときは、その数字を小さな紙片に書いておいて、堂々とこれを読む。すると、聴衆は、正確な数字だと思う。あまりにスラスラと大きな数字を言うと、デタラメを言っていると疑われることがある。
私も若いころは話す前に、きちんと原稿をつくっていました。でも、今では基本的につくりません。目の前の聴衆の顔を見ていると、今、ここで、何を話したらいいのか、自然に頭のなかに話す内容が沸き上がってきます。それに従って話すようにしています。
舞台に出る前は食事しない。
 どんなに空腹でも、お菓子を食べるか、サンドイッチを軽く食べるだけにしておく。本格的な食事は、舞台がすんでから。胃袋が満腹になっていると、頭脳が思うように働かなくなる。そうなんですよね。腹3分目くらいにとどめるべきです。
 舞台に上がったら、原則として水は飲まない。ノドがかわいたからといって水を飲むと、かえってかわきが烈しくなり、声を枯らしやすくなってしまう。
 演説をしてノドがかわくというのは、声帯その他の器官が充血して熱くなっているということなのだから、そこへにわかに冷たいものを流し込んだら、いけないに決まっている。せいぜい、ぬるま湯にしておく。飲み出すと習慣になるので、飲まないでしゃべる癖をつけておく。
 演説するときの格好は、ずっとそのままだと、見あきてしまう。そこで、演説の進行にしたがって、適当に形を変えていく。要は、見た目がギコチなくないよう、ごく自然に見えるように心がける。
 童話の読み方がうまくなりたいと思う人は、目の前に子どもが聞いているつもりで、話すように読む。恥ずかしがらずにかなり大きな声で読む。読むというより語る。漫然と読んでもダメ。いろんな想像力を総動員し、神経を働かしながら読むのが肝心。
 司会者が「5分間以内で…」と注意したときには、きっちり5分間で終わること。それを10分間も15分間もしゃべるのは罪悪でしかない。
 5分間というのは非常に短い時間のような気がするが、実のところかなり長い時間である。たいていの話は、5分あれば、まとまるものである。
徳川夢声とは何者か…。
 大正末から昭和の初め、映画館で上映される映画はカラー(総天然色)となっていたが、実は声も音楽も出ない無声映画だった。そこで活動弁士(かつべん)が登場する。その第一人者が徳川夢声。
 活弁は、映画の始まる前、5~10分間で、本日これからの映画のあらましを語る。これを前説(マエセツ)と言った。
 音声の出る、トーキー映画が本格的に日本で上映されはじめたのは、1931(昭和6)年のこと。アメリカ映画「モロッコ」が一番目のトーキー映画。
 野次は黙殺すべし。聞こえてはいるが、いっこうに平気だと見られるようにする。
話し手の眼を見る。眼以外のところを見てはいけない。
 気持ちや感情を眼にこめて相手を見る。そのとき、何かをしながら聞いてはいけない。
 さすが、戦前の著名な活動弁士(カツベン)の語る話術です。大いに参考になりました。
(2003年2月刊。1800円+税)

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