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カテゴリー: ヨーロッパ

アウシュヴィッツを破壊せよ(上)

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ジャック・フェアウェザー、 出版 河出書房新社
 アウシュヴィッツ絶滅収容所に志願して潜入したポーランドの工作員がいることは前に本を読んで知ってはいました。 『アウシュヴィッツを志願した男』(小林公二、講談社)、『アウシュヴィッツ潜入記』(ヴィトルト・ピレツキ、みすず書房)を読みました。
この本は上下2分冊で、本人の手帳などをもとにして、とても詳細です。ともかくその置かれた困難な状況には圧倒されます。よくぞ、生きて収容所から脱出できたものです。もちろん、これはヴィトルト・ピレツキがユダヤ人ではなく、ポーランド人の将校だったからできたことではあります。ともかく大変な勇気の持ち主でした。
 この上巻では、ヴィトルト・ピレツキがアウシュヴィッツ収容所に潜入する経緯、そして収容所内の危険にみちみちた状況があますところなく紹介されます。
残念なことは、この深刻な状況をせっかくロンドンにまで伝達できたのに、受けとったロンドンの方があまりの深刻かつ非人道的状況を信じかね、また、イギリス空軍がドイツ・ポーランドへの爆撃体制をとれず、報復爆撃が一度も試みられなかったことです。
ヴィトルト・ピレツキは、1940年9月19日の早朝、ワルシャワにいてナチス・ドイツに逮捕され、収容所に連行された。それは自ら志願した行為だった。
 この本は、ヴィトルトの2人の子どもにも取材したうえで記述されています。収容所のなかでは、教育を受けた人々は真っ先に文字どおり打倒された。医師、弁護士、教授。
カポは収容者の中から収容所当局が任命した「世話係」。かつての共産党員が転向し、ナチス以上に残虐な行行為を平然と行った。
 カポは、収容所当局に対して、常に自分の非情さを証明しなければいけなかった。
 収容所内で生きのびるためには、息をひそめて大人しくしていること。目立たないことは何より重要な鉄則。自分をさらけ出さず、最初の一人にも最後の一人にもならず、行動は速すぎても遅すぎてもいけない。カポとの接触は避ける。避けられないときは、従順に、協力的に、人当たりよく接する。殴られるときは一発で必ず倒れる。
 収容所内では1日1000キロカロリーに満たず、急激な飢餓状態に陥った。
 この本のなかに、カポが収容者とボクシングをしたエピソードが紹介されています。少し前に映画をみましたが、その話だったのでしょうか…。
 ミュンヘン出身の元ミドル級チャンピオンで体重90キロ、筋骨隆々のダニング相手では、かなうはずもありません。ワルシャワでバンダム級のトレーニングを受けていたテディがダニングに挑戦した。ところが、試合では、ダニングの拳をするりとかわし、むしろダニングを打ち、ついにはダニングの鼻を血まみれにしたのです。ボクシングって、巨体なら勝つというのではないのですね…。ダニングは潔く、テディの勝ちを認めて、賞品のパンと肉を渡したのでした。テディはそれを仲間と分け合ったのです。
こんなこともあったんですね…。すごいノンフィクションです。一読をおすすめします。
(2023年1月刊。3190円+税)

極光のかげに

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 高杉 一郎 、 出版 岩波文庫
 日本攻戦後、50万人以上の元日本兵がソ連軍によってシベリアに連行され、強制労働させられました。その4年間のシベリア生活が淡々と記述されています。
 森の中から幼稚園の子どもたちが出てくると、「こんにちは」と挨拶する。「こんにちは、子どもたち」と返すと、次の子たちは「こんにちは、日本人」と言い、次々に握手していく。そして、山ぐみの小枝を差し出し、「おじさん、これあげる」「おいしいよ」と言う。保母さんはもらっていいと言うので、受けとった。やがて、遠ざかっていく子どもたちの合唱の声が聞こえてきた。ソヴィエトの民衆の民族は偏見のなさは、どんな頑(かたくな)なロシア嫌いをも感動させる。
 いい情景ですね。心が温まります。
ノドが乾くと、ロシア人はそこらあたりの雪をほおばったり、雪どけ水を飲む。それを真似すると、必ず下痢してしまう。ロシア人の野性的な生活力には、驚嘆するしかない。
 目の前に次々に立ち現れる人間がみなソ連の否定的な面を語る。
 ピオネールの幸い大きなネクタイをした子どもたちの前で、「同志スターリン、万歳!」と叫ぶと、ひとりの少年が「スターリンは良くないよ」と文句を言った。「なぜ」と尋ねると、「パンが少しだからさ」という答えが返ってきた。
 ユーモラスで、明るい、すぐに誰とでも友だちになる態度は、ロシアの民衆に独特なものだ。一般に古い世代のロシア人は底抜けに善良だ。
収容所のロシア人所長が言った。
 「きみたちがここでやっている民主運動は、全部、無意味だよ、無意味。そして、日本の港に上陸して1週間たったら、そのときこそ、民主運動の意義を本当に理解するだろう」
 収容所当局に迎合して進められている民主運動は一過性のもの、その本当の試練は日本に上陸したときにやって来るだろうというのです。まことにその通りでした。
 著者たちを護送するソ連の警戒兵は、小銃を地面に置き、その上にうつ伏せになって、銃を抱いて寝た。関東軍の形式主義ではなく、ソ連軍の実戦本位がこれひとつでも分かる。
ドイツ軍の捕虜になった経験もあるロシアの囚人は、自分の経験から一番人間らしい民族はイタリア人だと言う。毎朝、自分の方から先に挨拶するし、煙草はいかにもうまそうに吸うし、牛乳があれば大騒ぎだし、いつでも陽気で、女性たちに出会うと、決まってからかう。
 ドイツ人は、むやみに威張るし、世界で一番愚劣な民族だ。アメリカ人は決して労働しない。
オレたちは、まず、何より人間であればいい。ロシアの囚人と日本の捕虜が向きあってるんじゃなくて、ひとりの人間ともう一人の人間が向かい合ってるんだ。
世界で何人かの男が、とんでもない大間違いをしでかした。その間違いのおかげで、オレはヨーロッパに行って働き、キミはシベリアで働くというような馬鹿げたことになった。何人かのアホのほかは世界中、誰ひとりとして、こんな馬鹿げた結果を望みはしなかったのに…。
これは、ロシアで平凡に働く人々の口からよく聞かされた。いわばスラブ民族独特の人生哲学だ。書物からではなく、人生の中からしみ出してきた思想・哲学である。
4年間もの辛いシベリア抑留生活を、このように静かに深く掘り下げた本があったとは驚きです。
1991年5月に第1刷が刊行され、私は2022年3月の第13刷を読みました。
(2022年3月刊。970円+税)

シチリアの奇跡

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 島村 菜津 、 出版 新潮新書
 シチリアの産業界でマフィアに支払うみかじめ料について公然と語るのは完全なタブーだった。
 私は、これは現代日本でも同じだと考えています。大型公共工事で、暴力団に「寄付金」、「地元対策費」「周辺調整金」など、様々な名目で今なおゼネコンはみかじめ料を支払っているのではありませんか…。そして、建設業者の談合はなくなっていないのではありませんか…。
イタリアのマフィアが最初に管理したがるのは選挙。これはマフィアの武器でもある。これまた日本でも似たような状況ではないでしょうか。暴力団と合わせて統一協会の動き(策動)もありますし…。
シチリア島のマフィアは、3200人から6800人と推定されている。人数に2倍もの開きのあるのに驚きますが…。
シチリア島のパレルモ県には1540人のマフィアがいて、15の縄張りに82の組織がある。といっても、組織は3人から10人ほどで、最大でも30人という。シチリア島の人口は480万人なので、5000人のマフィアがいたとしても、1000人に1人でしかない。なのに、シチリア島といったらすぐにマフィアを連想してしまうのは、島民にとっては心外なこと。
この本は、マフィアから取り上げた土地をオーガニックの畑に変え、ワインやオリーブオイルを作るという意欲的な試みを紹介しています。
マフィアはシチリア島でも、キリスト教民主党とともに成長した。シチリア島では、戦後、共産党と社会党が共闘した人民ブロックが90議席のうち29議席を獲得し、農民運動も盛り上がったので、島はほとんど共産化した。これにブレーキをかけたのが、1947年5月1日のメーデー集会を山賊が襲って、11人が亡くなった事件だった。
マフィアはただの殺人集団ではない。表面的には平和な時期にこそ、マフィアは活動している。マフィアは、暴力を行使することで、経済活動を行う組織だ。恐喝、みかじめ料、誘拐の身代金、公共事業の不正入札、違法薬物の密輸、選挙活動への介入など、その活動は多方面に及ぶ。そして、巨万の富を手に入れると、それを資金洗浄することで、金融業界に介入する。純然たる経済組織でもある。
マフィアが人を殺すのは、組織の掟を裏切った者や組織の利益を阻止する者への罰であり、暴力は、その経済活動を動かす燃料だ。
現在のシチリアでは、あからさまな暴力は、すっかり影を潜(ひそ)めた。しかし、マフィアによる闇(ヤミ)の経済規模は1380億ユーロ。国家予算の7%に相当する。その収益の中でみかじめ料が占める割合は16%(2011)。個人商店は月に2万8千円から7万円(200~500ユーロ)、スーパーは月70万円(5千ユーロ)、建設業界で140万円(1万ユーロ)。
そんなマフィアから押収した土地でワインやオーガニックのオリーブオイルをつくって販売しているというのです。
さらに驚いたことに、マフィア大裁判の裁判官の1人であるサグートという女性判事が、なんと、反マフィア法を悪用したとして詐欺の疑いで捕まり裁判中だというのです。いやはや…。そして、この摘発には、盗聴大国イタリアがあるのです。警察の盗聴によって、個人のプライバシーまで、すっかり暴かれてしまうようです。これも、日本も同じ状況なのでしょうか。
シチリア島の現実の一断面を知った思いがする本でした。
(2022年12月刊。820円+税)

セリエA発アウシュヴィッツ行き

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 マッテオ・アラーニ 、 出版 光文社
 セリエAで優勝するのをスクデットと言うようですが、この本の主人公アールパード・ヴァイスは、インテル時代に史上最年少でスクデットを獲得した監督。スクデットの獲得回数は計3回、インテル時代に1回、ボローニャ時代に2回。それにパリ万国博覧会カップのタイトルが加わる。
アールパードは、強い意志の力で、イタリアのサッカー界に多くの決定的な新しさをもたらした。練習方法、プロ意識、科学的データの導入など、あらゆる面において、確固たる地位を築いた。
アールパード・ヴァイスは、エレガントな服装、上品な物腰、何より読書が大好きで、サッカーの指導書も書いた。
イタリアのファシストの親玉だったムッソリーニは、当初(1932年)、ユダヤ人排斥はしないと高言していた。イタリアの人口4000万人のうち、ユダヤ人はわずか4万人ほど。ところが、1938年にはイタリアでもユダヤ人排斥が始まった。ユダヤ人は、医師・弁護士・大学教員など、社会的地位の高い職業において割合が高かった。反ユダヤ主義者の動機はいろいろで、日和見主義、個人的打算、野心、経済的関心。
ドイツでは一般市民がユダヤ人家族が追放されると、その家に堂々と入り込んで、ユダヤ人家族の所有物を我がものにしていった事実があります。この「利益」が反ユダヤ・キャンペーンを支えたのでした。イタリアでも同じようなことが起きたのでしょう。
ユダヤ人について、事実に反するグロテスクなイメージが流布され、広がりました。
「血走った目をしていて、やせている。肌の色は黄色ばんでいて、髪はボサボサ」
「カトリック文明はユダヤ人高利貸しに支配されている」
「ユダヤ人の金銭への愛着は尽きることがない」
アールパードはユダヤ人でありながら、子どもたちにはカトリック式の洗礼を授けさせた。恐怖の1938年、ユダヤ人は公職から追放されるだけでなく、大企業の重役、銀行員、そして消防隊員などから排除された。当時のボローニャでは人種差別はほとんどなかった。ところが、沈黙の壁が広がった。
1939年1月、アールパードはフランスに行った。そこで落ち着けず、次はオランダのドルトレヒトへ。
ユダヤ人をドイツでは「ユーデン」と呼び、イタリアでは「エブレイ」と呼んだ。
ユダヤ人には迫害に抵抗するだけの能力の高さがある。
ナチスドイツがオランダに攻め込んできたとき、わずか5日間でオランダはナチスドイツに降伏した。1938年8月、イタリアではユダヤ人の財産がすべて没収された。ユダヤ人の国外追放を利用して、その財産をかすめとった者も少なくなかった。1942年8月2日午前7時、オランダ警察ではなく、ドイツ警察がやってきてアールパードを連行していった。オランダから搬送されたユダヤ人は4万人。ところが、彼らは切符を買わされた。死にに行くのに、お金を払わされたのだ。
西欧諸国のなかで、最も多いホロコーストの被害者を記録したのがオランダだった。「アンネの日記」のアンネも、オランダに潜んでいたのでしたよね・・・。
ナチス親衛隊の目標は、ユダヤ人を証拠を残さず消すことだった。なので、逮捕・連行は一般市民がまだ寝ている早朝に行なわれた。アウシュヴィッツに向かったオランダのユダヤ人のうち生還できたのは1000人弱でしかない。ソビボル強制収容所に連行されたユダヤ人3万5000人のうち、生存者はわずか19人。
イタリアの栄光のサッカー監督がユダヤ人であるというだけで逮捕・連行され、一家もろとも殺害された事実を掘り起こした労作です。ファシズムのうねりは目のうちに積まなければ止めようがなく暴走してしまうこと、このことを日本人の私たちも「戦前」になろうとしている今、歴史の教訓として深く学ぶ必要があると改めて思ったことでした。
(2022年10月刊。1800円+税)

ワグネル、プーチンの秘密軍隊

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 マラート・ガビドゥリン 、 出版 東京堂出版
 アメリカのイラクやアフガニスタン戦争のとき、アメリカの軍事会社が問題となりました。軍事会社の戦闘員が何人死んでも、アメリカ軍の戦死者としてはカウントされない、そして、アメリカ軍のトップ級にいた軍人が営利企業をダシに使って、ガッポガッポもうかっている状況が問題視されました。同じことを、ロシアのプーチン大統領も、シリアそして今のウクライナでやっているようです。その軍事会社がワグネルです。
 この本はワグネルで指揮官をつとめていた元兵士がシリアでの活動状況をリアルに報告しています。巻末の解説によると、その様子は「小説」として読むべきだとされていますが、なかなか迫真の内容です。同じく、ワグネルという確固たる組織が実在しているのか、実は複数の傭兵グループと経済利権グループとを組み合わせた「ネットワーク」なのではないかとの指摘もあります。まったく闇の存在ですので、そうかもしれませんね・・・。
 ロシアのウクライナ侵略戦争について、著者(元ワグネル指揮官)は、間違っているのは常に侵略した側だ、戦争を始めた側だけに報復を招いた責任があるとして、ロシアとプーチン大統領を厳しく弾劾しています。そのとおりですよね。
 そして、ロシア兵がウクライナで戦死しても、身元の確認されていない遺体は「戦死者」としてカウントされず、すべて「行方不明者」とされる。うむむ、なるほど、そうなんでしょうね。ロシア兵の遺族が騒ぎ立てないようにするためですね。
 ロシア内ではプーチン政府の公式見解と異なる報道は許されていない。ロシア国民は当局のプロパガンダによって、ウクライナの「非ナチ化」や「非武装化」を抵抗なく受け入れている。また、国際的孤立から生じる経済的打撃は、裕福な暮らしをしたことのない大多数のロシア国民にとって恐れるに足りるものとはなりえない。なーるほど、残念ながら、きっとそうなんでしょうね・・・。
 ワグネルはロシア軍ではなく、民間の「軍事会社」であり、非公式な「会社」。そこには階級がなく、ロシア政府は存在自体を否定している。そして、ワグネルの活動は、常にプーチンのクレムリンだけに奉仕することを目的としている。
 ワグネルの構成員の大半は元兵士で、絶えずロシア正規軍と緊密な連携をとりあっている。
 ロシアでは、傭兵制度は公式に違法とされている。ワグネルに法的実体はなく、公には経営陣も社員もいない。その創設者の名前にちなんでワグネルと呼ばれている。
 ワグネルの傭兵の30~40%が原始信仰(ロドノヴェリエ)の信奉者である。そして、ネオナチの極右思想を信じている人間もいる。
 ワグネルの兵士は、基地での訓練期間中は月に950ユーロ、国外派遣のときは1500~1800ユーロ。社会保険ナシ、死亡したときの遺族金の対象にもならない。ただ、戦闘に参加したら、特別手当がもらえる。
 死を恐れない元兵士たちが、戦場に出かける。それも高給とりになって・・・。殺し合いなんですよね、嫌ですね・・・。
 この本の体験記(「小説」部分)では、友軍から爆撃された話、また、斥候に出た兵士2人が敵と見間違えられて射殺されたというケースが紹介しています。ベトナム戦争のときにも、アメリカ兵が頻繁に友軍から殺され、大問題になったことを思い出しました。戦闘と軍隊は、まさに不条理の存在なのですよね。
一刻も早く、ロシア軍はウクライナから撤退してほしいです。
(2023年2月刊。3200円+税)

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