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カテゴリー: ヨーロッパ

亜鉛の少年たち

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 スヴェートラーナ・アレクシエーヴィッチ 、 出版 岩波書店
 ソ連時代、アフガニスタンの戦場へ送られ幸いにも帰還できた将兵の証言集。
著者は『戦争は女の顔をしていない』の作家でもあります。苛酷すぎる戦争体験を聞きとり、活字にする作業をすすめていったわけですが、そのあまりの生々しさは反戦記録文学とみることもできます。なので、それへの反発から、誰かが黒幕となって、聞き取り対象となった兵士や遺族の母親から、自分はそんなことは言っていない、アフガンで戦った兵士の名誉を侵害したとして、ロシアで裁判になったのでした。
 著者が法廷で、あなたはあのとき私に本当にそう言ったのではありませんかと追及されると、彼らも全否定はできず、いや、そのつもりではなかったんだ、と話をそらそうとしたのです。裁判所は、結局、事実に反するとは認めなかったものの、一部は兵士の名誉を毀損しているとして、著者にいくらかの損害賠償を命じました。
 銃弾が人間の身体に撃ち込まれるときの音は、一度聞いたら忘れられないし、聞き違えようがない。叩きつけるような、湿った音だ。
 戦場にいる人間にとって、死の神秘なんかない。殺すってのは、ただ引き金を引くだけの行為だ。先に撃ったほうが生き残る。それが戦場の掟だ。
 オレたちは命令のとおりに撃った。命令のとおりに撃つよう教え込まれていた。ためらいは
なかった。子どもだって撃てた。男も女も年寄りも子どもも、みんな敵だった。オレたちは、たかだか18歳か20歳だった。他人が死ぬのには慣れたけど、自分が死ぬのは怖かった。
 アフガンでの友情なんて話だけは書かないでくれ。そんなものは存在しない。
 なぜ、相手(敵)を憎めたのか。それは簡単なこと。同じ釜の飯を食べた、身近にいた仲間が殺される。さっきまで、恋人や母親の話をしてくれていた仲間が全身、黒焦げになって倒れている。それで即座に、狂ったように撃ちまくることになる。
 罪の意識は感じていない。悪いのは自分たちを戦場に送り込んだ人間だ。
兵隊になって、オレはなにより味方に苦しめられた。古参兵たちのいじめだ。
「ブーツをなめろ」。全力でぶちのめされる。背骨が折れそうなくらいズタボロにされる。
ヘロインは文字とおり足元に転がっていた。でも、オレたちは大麻で満足していた。
 戦場で生き残るもうひとつの秘策は、なにも考えないこと。将校は自分では女や子どもを撃ちはしない。撃つのは自分たち兵士だ。しかし、命令するのは将校。なのに、兵士がみんな悪いって言うのはおかしいだろ・・・。兵士は命令に従っているだけなのに。
死体はさまざまだ。同じ死体はひとつとしてない。
兵士が死ぬのは、戦地に到着して最初の数ヶ月と、帰国する前の数ヶ月がいちばん多かった。最初のうちは好奇心が旺盛だからで、帰国前は警戒心が薄れてぼんやりしているからだ。
 著者を訴えた兵士や遺族は、「息子は殺されたというのに、それを金もうけのタネにしている」「裏切り者」「あなたは、私の息子を殺人犯に仕立てあげた」と強調した。
 死んだ兵士は亜鉛の棺に入って自宅に届けられる。一緒に届けられるのは、歯ブラシと水泳パンツの入った小さな黒いカバンひとつだけ。
 ソ連によるアフガン侵攻の戦争は1979年から1989年まで10年間も続いた。そして、ソ連は侵略者でしかなく、しかも勝利はしなかった。今のウクライナへのロシア(プーチン大統領)の侵略戦争と同じですよね。一刻も早く、ロシア軍が撤退して、ウクライナに平和が戻ることを願うばかりです。
(2022年6月刊。3520円)

特捜部Q

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ユッシ・エーズラ・オールスン 、 出版 早川書房
 デンマークの警察小説。過去の未解決の事件を扱うという警察小説は、前にも読んだことがあります。迷宮入りしていた事件を、刑事部の「お荷物刑事」が助手の力を借りながら、少しずつ謎を解き明かして、ようやく犯人にたどり着くというストーリーです。
 ネタバレはしたくありませんが、ストーリー展開は復讐小説という体裁をとっています。
 どこの国の警察にも「ハグレ刑事」のような一匹狼的な刑事がいて、上司はもてあましたあげく、「一人部署」を創設までして、そこに閉じ込めようとしたのでした。
 ところが敵もさるもの、ひっかくものということで、デンマーク語もろくに話せないような、シリア系の変人が、謎解きで、奇抜なアイデアの持ち主だったという突拍子もないアイデアが生き生きと語られます。それで、また話がふくらみ、次回作品への期待が高らむのでした。
 警察小説は、あくまで殺人事件が重要なファクターであり、その登場人物の性格や部署の設置、脇役(人種的)配置、事件捜査、物語の構成、脇筋のからませ方などについて、細かい配慮を工夫、創造に解説者(池上冬樹)は感心していますが、まったく同感です。
 570頁もの文庫本の警察小説なので、いったい次はどういう展開になるのか、目が離せない思いで一気に読みすすめました。この「特捜部Q」は少なくとも5冊シリーズになっています。その想像力と描写力に驚嘆してしまいます。
(2018年9月刊。税込1210円)

13枚のピンぼけ写真

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 キアラ・カルミナ―ティ 、 出版 岩波書店
ところは北イタリア、ときは第一次世界大戦のころ。平和な村に戦争が急に押し寄せてきた。オーストリア・ハンガリー帝国がセルビアに対して宣戦布告した。1914年7月のこと。
オーストリアに出稼ぎに来ていたイタリア人一家は急に帰国を迫られた。最初に一家が失ったのは仕事だった。男だろうが、女だろうが、おかまいなしに…。
出稼ぎに行っていた大勢の村人がいっぺんに帰郷したから、北イタリアの村は、お祭りさわぎになった。みんなと再会できて、毎日が村祭りのようだった。
だけど男たちには仕事がなかった。何週間かたつと、戦争が恐ろしいかぎ爪をむき出しで、家々の戸を引っかき、村から男たちを連れ去った。
そして、教会の司祭は人々に説教した。
「祖国は今、人民の忠誠心と勇気を必要としていて、誇りとともに祖国を守り抜く必要がある。戦争は、それほど長くは続かないだろう。祖国のために死ぬことを恐れてはならない。それにより、永遠の英雄になれるのだから…」
しかし、こんなことを言う司祭の声は、どこか変だった。いつもなら、自分の言葉でしっかり伝えようとするのに、今日の言葉は、なんだか自分でも心の底では信じていないみたいだ…。主人公の女の子は、おかしいと思った。
主人公の母親はオーストリアに味方するんだろ、とわざわざ文句を言いにくる者がいた。まず長男が軍隊にとられ、次に父親も軍隊にとられた。こちらは戦士ではなく、工兵として働かされる。村には、女性と子ども、そして老人だけが遺された。すぐに終わるはずの戦争は、長く続いた。
主人公は13歳の少女イオランダ。イタリアの村に戻りますが、やがて父も兄たちも軍隊にとられ、少女に恋する少年まで軍隊に入ります。そして村はオーストリア軍が占領して、逃げ出し、母と絶縁した祖母のもとへ…。
戦争は、男の人たちがはじめるものなのに、それによって多くを失うのは女の人たちなの…。
ロシアがウクライナへ軍事侵攻して4ヶ月になります。大勢の市民が殺され、傷ついています。そして、双方とも何万人もの若い兵士たちが死んでいったようです。戦争は、本当はむごいものです。
ドローンが上空から撮った動画によって戦車が爆撃され、焼失していく映像を見るたびに、この戦車には4人か5人の若者たちが乗っていたんだよね…、と悲しみを抑えられません。
戦争の不合理さを少女の眼からじんわりと伝えてくれる小説です。
タイトルからは、とても内容が想像できません…。いいのでしょうか…。
(2022年3月刊。税込1870円)

ブランデンブルグ隊員の手記

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ヒンリヒボーイ・クリスティアンゼン 、 出版 並木書房
ブランデンブルグ部隊とは、第二次大戦中にドイツに存在した特殊部隊のこと。
少数精鋭の将兵により、敵の急所に痛打を与え、作戦的・戦略的な効果を上げることを目的とする特殊部隊。1939年9月、対ポーランド戦を見すえてドイツ国防軍最高司令部の外国・防護局によって創設された。
私服あるいは敵の軍服を着用し、主力部隊に先んじて敵地深くに潜行し、橋梁やトンネルなどの作戦・戦術上の要点を押さえていく部隊。はじめの大隊規模から連隊へ、さらには師団規模の兵力を擁した。決死隊の性格を帯びていたため、ブランデンブルグ隊員の死傷率は通常部隊をはるかに超えていた。
1949年2月、ソ連軍との戦闘において、著者たちの部隊は、偽装作戦、つまりソ連軍を制服を着用して作戦に従事した。指揮をとるのは、ロシア語を流暢に話す上等兵だった。
戦場に住む村人たちは、永年にわたって培われた生き残り術によって、はしっこくなっていた。戦場の住民は、単純ながら天才的なアイデアを思いついた。兵隊は、どこの国も常に空腹で喉も渇いている。そこで、村の両端にパン、肉、自家製のウォッカとたっぷり置いておき、しかも接近してきた両軍部隊に、それぞれ敵はいないと見せかけ、大いにもてなした。両軍の兵士は、腹を満たして満足し、安いウォッカを飲んだあと、さらなる任務を中止して、「敵影なし」との報告をかかえて戻っていった。
なーるほど、戦場となった村人たちの生き残るための必死の作戦ですね。
あと、どれだけ生きられるか分からないという極限の状況の中に置かれた人間は、乾いたワラの上で身を丸めて眠れるときに満たされる動物的幸福感というものは、自らそれを体験したものでなければ理解不能だろう。
著者はドイツ敗戦のあと、ソ連に抑留され、10年ものあいだ、「戦犯」としてソ連の刑務所や労働収容所に入れられ、幸いにして生きてドイツに戻ることができたのでした。
こんな特殊部隊がドイツ軍に存在していたことを初めて知りました。ドイツ軍にはユダヤ人絶滅を主任務の一つとした特別部隊がありましたが、それとは別のようです。
(2022年4月刊。税込2640円)

英語の階級

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 新井 潤美 、 出版 講談社選書メチエ
イギリスで生活するって、大変なことなんじゃないかなと、つい思ってしまいました。なにしろ、最初に話した一言を聞いて、相手は、「あ、この人は、このくらいの階級だ」と無意識のうちに考えてしまうというのです。
なので、1922年にBBCがラジオ放送をはじめたとき、アナウンサーがどんな英語を話すべきかが問題になった。誰からも反感をもたれない英語は何かということです。だから、「アッパー・クラス」(上流階級)英語ではいけないのでした。もちろん「コックニー」英語でもいけません。「コックニー」とは、ロンドンの人間というより、ロンドン人のなかでもワーキング・クラスのロンドンっ子が話す独特の発音と表現のこと。
RP(標準英語)を普及させるのは大変だったようです。
著者が寄宿舎仕込みのRPを話すと、相手は、「だいじょうぶ、お嬢ちゃん?」と話していたのが、「どうぞ、奥様」と、がらりと態度を変えるのだそうです。すごいですね、これって…。
イギリスには、「アッパー・クラス」、「アッパー・ミドル・クラス」、「ロウワー・ミドル・クラス」、「ロウワー・クラス」、「ワーキング・クラス」が現存している。
「礼儀正しい」英語を話す人は、必ずしも「アッパー・クラス」ではない。
小説や演劇では語り手が使う単語や、表現・文法などによって、語り手の階級や社会的地位がはっきり示される。
自分の社会的地位に対する自信のなさから「上品さ」を目ざすのが「ロウアー・ミドル・クラス」だ。
イギリスでは、言葉のなまりは、話者の出身地という地理的な要素だけでなく、話者の出身階級をも表す。
「アッパー・クラス」と「アッパー・ミドル・クラス」の人は、どの土地に住んでいようと、どこの出身であろうと、地方のなまりのない、「標準英語」を話す。
イギリスでは、ある階級以上の人間は、どの地域にいても、同じ種類の英語を話す。それは、子どもたちが学んだ私立の寄宿学校・パブリックスクールで身につけることによる。
イギリスの一断面を知ることができる、面白い本でした。
(2022年5月刊。税込1705円)

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