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カテゴリー: ヨーロッパ

亡命トンネル29

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ヘレナ・メリマン 、 出版 河出書房新社
 かつて、ドイツは東西、2ヶ国に分かれていた。ベルリンにも東西があり、そびえ立つ壁で遮断されていた。この本は、そんな壁の下にトンネルを掘って、東から西へ脱出するのに成功した人々の苦難の取り組みを改めて掘り起こしています。
 ときは1962年夏のこと。1962年9月14日、トンネルを総勢29人の東ドイツ市民が西ベルリンへの脱出に成功した。
 すごいのは、このトンネルは4ヶ月間、学生を中心とするボランティアのグループが機械ではなく、手で掘りすすめていたこと、トンネルの長さは122メートル(400フィート)あったこと、そして、掘り進む途中からアメリカの報道機関NBCが撮影していて、脱出成功の瞬間も映像として残していること、これだけ大がかりの脱出なのに、東ドイツの秘密警察シュタージに発覚しなかった(別のトンネルは発見され、40人が逮捕)こと、です。
 380頁もある大作なのですが、シュタージへの情報提供者(つまりスパイ)がトンネルを掘るグループに潜入していて、シュタージへ情報を流していたので、そのスパイとの駆け引き、トンネルを掘りすすめる苦労話などがあって、手に汗握るほどの臨場感があり、車中と喫茶店で一気読みしてしまいました。
 東ドイツでは、シュタージへの情報提供者は17万3000人にのぼった。東ドイツの人口の6人に1人は「スパイ」だったというほどの密度だった。たとえば東ドイツの教会指導者の65%がシュタージの協力者だった。
 東西ベルリンを分断する壁がつくられたあと、1961年末までに8000人が西側への脱出に成功した。うち77人は国境警備兵だった。
 NBCはトンネルを撮影したが、トンネルがあまりに狭いため、持ち込めるのは、最小・最軽量のカメラだけで録音できなかった。そして、カメラは150秒分のフィルムしか使えなかった。
 シュタージの前に連れてこられた人間は、それまで誇りと自信にみちていたのが、たちまち自分はとるに足らない人間、人でなしの無価値な人間だと思うようになった。昔からの価値観がガラガラと音をたてて崩れ去っていった。そして、尋問官自体が、別の尋問官から「のぞき見」され、監視されていた。
 東ドイツの政権が倒れていくなかで、市民は自由に東西を往来できるようになり、ついで壁自体が破壊され、ついに撤去されたのです。映画『大脱走』(スティーブン・マックイーン)は捕虜収容所からトンネルを掘って救助されたというストーリーだったように思います。
 それにしても、市民監視の網の目のこまやかさには驚嘆するほかありません。最後まで面白く読み通しました。私もドイツのベルリンに一度だけ行ったことがあります。大きなブランデンブルグ門を見学し、ここらに壁があったと言われましたが、もちろん何もなく、想像できませんでした。
(2022年10月刊。税込3740円)

ソ連核開発全史

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 市川 浩 、 出版 ちくま新書
 ロシアがウクライナに侵攻して1年以上たちました。プーチン大統領は核兵器を使うぞとたびたび脅していますが、その前にチェルノブイリとザポロージェ原発(原子力発電所)のほうは、すでに現実的な脅威となっています。
 ウクライナは豊かな穀草地帯ではあるものの、燃料資源には乏しいところから原発の大量導入が期待され、1970年代後半から1980年代にかけて、多くの原発がウクライナに立地した。ウクライナ電力産業の原発依存率は高く、電力の55%が原発によっている。
 チェルノブイリ原発は1986年4月26日、大惨事を引き起こしたが、すぐには閉鎖されなかった。ようやく閉鎖されたのは2000年のこと。ウクライナの電力事情が即時閉鎖を許さなかった。
 ザポロージェ原発はチェルノブイリ原発と同じくロシア軍の支配下にあり、外部電源を喪失したり、ウクライナとの戦火の下で危うい状況が続いている。第三の巨大原発災害、カタストローファにならないか、著者は大いに危惧しています。
 ソ連の核開発は、アメリカのそれとエコーした、時代の狂気なしでは理解できない現象だった。
 チェルノブイリ原発事故に先行して、ソ連市民の原発への疑問・不信は高まり、ソ連政治体制の危機のひとつの要因となった。それにもかかわらず、ソ連の後継国家ロシアの原子力産業は21世紀になって、したたかに息を吹き返し、国際的にビジネス展開するに至った。
 ソ連時代、市民の原発への疑問・不信は高まりを見せ、計39ヶ所で原発の建設・操業を阻止した。
 ソ連時代の核実験場であるセミパラチンスクやカプスチンヤール周辺では、大量の放射性物質が飛散した結果、住民のなかに白血病、種々のガンの罹病率、先天性障害のある子どもの出生率に明らかに有意な増加が認められている。
 ソ連時代、船用の原子炉からの放射性廃棄物は、未処理のまま長く海洋投棄されていた。地下深くに廃棄物を埋没しようとする試みもまったく一部でしかなかった。
 ロシア領内にある採掘可能なウランの埋蔵量は世界の5%にあたる17万トン超。ロシアは低品位ながら毎年3500トンのウランを供給し、カナダ、オーストラリア、カザフスタンに次ぐ、世界第4位のウラン産出国。そして、ロシアは、世界のウラン濃縮能力の40%以上、3.5%濃縮ウランを2万4000トン製造する能力を有している。核燃料の加工は2ヶ所で行われ、年間2600トン可能。ロシアの原子力工業「ロスアトム」は、世界有数の国際原子力企業集団としてよみがえっている。
 日本も原発大国です。日本で戦争なんてはじまったら、たちまち日本は終わりです。敵基地攻撃を反撃能力と言いかえてごまかしていますが、要は戦争しようというのです。でも、日本はウクライナと違って海に囲まれた日本は逃げることもできませんし。1週間も戦争したら、私たちは完全にアウトなんです。ともかく原発再稼働には反対です。戦争にならないよう、外交力を向上させるよう、私たち国民が声をあげるしかありません。
(2022年11月刊。税込964円)

ヒッタイトに魅せられて

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 大村 幸弘 ・ 篠原 千絵 、 出版 山川出版社
 残念なことにトルコには行ったことがありません。先日の大地震による被害は壮絶でした。明らかに人為的な手抜き工事の結果としか思えない高層ビルの崩壊は痛ましすぎて、声も出ません。
この本は、トルコの遺跡を発掘している日本人学者にマンガ家が質問して展開していく本です。これまた残念なことに、このマンガ家によるマンガ(「天河」)も読んでいません。「天は赤い河のほとり」(小学館)は、まさしくこの遺跡あたりを舞台としている(ようです)。
 トルコでは昔も今も女性の力は強い。まあ、これは日本でも同じですよね…。
 マンガでは、ヒッタイト帝国の最盛期、紀元前14世紀ころを舞台として、ラムヤスⅠ世などが登場する。少女マンガなので、史実を忠実になぞっているわけではない。それにしても、たいした想像力ですよね。
 ヒッタイトが当時、最強の武器だったはずの鉄と軽戦車をもっていたのなら、簡単に滅ぼされるはずはない。ああ、それなのに…。この疑問からスタートした。それにしても、遺跡の発掘には、信頼できる仲間が必要。
 ドイツ人にとって、アナトリアのヒッタイト帝国には、民族的、語学的に自分のもの。なのに、なんで日本人ごときが、ここで発掘なんかするのか…。なので、ドイツ調査隊からは、完全に無視された。いやあ、こういうこともあるんですね…。
 発掘調査は、継続できて、初めて考古学という学問が成り立つ。なので、発掘場所が政治的に安定しているかどうかは、とても大きな問題となる。
 大事なことは、黙って、地味にやる。発掘調査には、年間に数千万円単位のお金がかかるのですよね。いったい、どうやってこれをまかなったのでしょうね…。
 発掘して出てきた遺物をきちんと整理、保存する。そして、次世代の若手研究者を育てる工夫もする。小学生を招いてレクチャーし、質問の時間もとっておく。大切なとですね。
 発掘調査は6月中旬から9月下旬までの3ヶ月ほど。発掘より整理のほうが時間を要する。
 発掘調査をする人は、現地の労働者とうまくやっていけることが、ものすごく大切。
 そして、毎週、子どもたちの前で授業をする。そして、研究室にも子どもたちが自由に出入りできるようにしている。盛大な拍手を送ります。
 発掘調査のなかで、毎年、数十万点ほどの遺物が出てくる。その収蔵庫が5棟ある。すべて開放して、誰でも自由に使えるようにしている。これはすごいですね。といっても、日本からだとあまりに遠い、遠すぎるのです…。
 ヒッタイトのヒエログリフ、そして楔形文字を読めるというのは、容易なことではない。残念なことに、ヒッタイトが使っていたという軽戦車は、まだ1台も発見されていない。ツタンカーメンの軽戦車は、ほとんどが木製で、儀礼用のヒッタイトのそれは、3人乗りで、エジプトのは2人乗り。見てみたいですよね、ぜひ。
エジプトとヒッタイトとは、まったく異なる世界。エジプトのファラオ(王)は、生きているときから、神として崇(あが)められる。絶対的な権力者。これに対して、ヒッタイトの王は、生前中は、神ではなく、限りなく人間。ヒッタイトの王は、あくまでも人間で、死んでから神様になる。
ヒッタイトの副葬品は、エジプトの金銀財宝のようなものは一切ない。本当に地味。
ヒッタイトでは、死者はおおむね火葬にされる。
ヒッタイトは分権的で、とても合理的。
ヒッタイトでは「鋼」がつくられていた。
ゾロアスター教は、日本にも影響を与えていた。
ヒッタイトの謎に迫りたくなってくる本です。読むと世界が広がります。
(2022年11月刊。税込1980円)

クレムリン秘密文書は語る

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 名越 健郎 、 出版 中公新書
 ソ連がなくなったのが1991年ですから、もう32年にもなります。ソ連時代の秘密文書が公開されて、だんだん歴史の真実が明らかになってきました。
 私が1995年3月に発行された本書を読んだのは、元日本兵のシベリア抑留に関連して、その真相を知りたいと思ったからです。
 スターリンの極秘指令によりソ連が元日本兵をシベリアに送って強制労働させたのは、北海道の北半分をソ連が占領することをスターリンがアメリカのトルーマン大統領に提案したのをトルーマンが拒絶したので、その腹いせに元日本兵をシベリアに送ることにしたという仮説(有力説という表現もあります)があるのです。
 6月26日、クレムリンで対日参戦問題をめぐる重要会議が開かれた。このとき、メレツコフ第一極東方面軍司令官が北海道占領を提案し、フルシチョフが支持した。モロトフ外相やジューコフ元帥は反対。ジューコフ元帥は北海道を占領するなら、戦車と大砲を完全充足した4個師団が必要だとスターリンに説明した。
 スターリンは8月9日の満州進攻作戦の直前、北海道北半分の占領に備えて4個師団を北海道に投入する計画を策定したうえで、8月16日付の書簡で、トルーマン米大統領に北海道北半分の占領を認めるよう要求し、同時にサハリン南部に対して北海道上陸の出発準備をするよう通達した。しかし、8月25日にサハリン南部の解放(占領)が終了したあとも、北海道上陸作戦の出動命令は出されなかった。
 このように、ソ連軍が北海道北半分の占領を目ざして準備し、進攻しようとしたのは事実のようです。もし、そうなったら、朝鮮半島で起きた紛争、とりわけ朝鮮戦争のような事態が北海道で起きたかもしれません。ぞぞっとしますよね…。
 しかし、ソ連の国防委員会が8月22、23日に開かれ、元日本兵のシベリア抑留が決められた。8月16日の時点では、満州に19の収容所が設営され、そこに武装解除された元日本兵が集められて、そこから日本に送還する予定だった。それが1週間後の8月23日にシベリア抑留が決定された。
 しかしながら、スターリンの極秘指令文書をみると、ソ連への全10地域47収容地を列挙し、投入する人数から移送・収用条件まで綿密に描かれていて、ソ連当局はかなり前から元日本兵の抑留と強制労働を決め、周到な準備をすすめていた。
 私も「1週間で大転換があった」という説には乗りません。というのも、元ドイツ兵の捕虜を100万人以上も使役してソ連の都市の復興に役立たせていたわけなので、それをスターリンが知らない、忘れていた、なんてということは考えられないからです。
 歴史の真実を知るのは容易なことではないことが、しっかり伝わってくる本でした。
(1995年3月刊。税込720円)

北アイルランド総合教育学校紀行

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 姜 淳媛 、 出版 明石書店
 同じキリスト教を信仰しているはずなのに、しかも同じ民族なのにカトリックとプロテスタントで殺し合うという状況が生まれるのは、とても私には理解できないところです。ともかく、北アイルランドでは1970年代まで暴力とテロが横行していました。私もいくつか映画をみて、その悲惨な状況を少しだけ察していました。この本は、そんな殺し合いの状況を抜本的に変えるため、子どものころに両派を混ぜこぜにして教育し、交流体験によって争う必要なんて何もないことを実感させようという取り組みがすすめられていることを、韓国人の学者が現地に出向いて視察してきたのをレポートしたものです。
北アイランドでは1970年代から2000年ころまで、武力的対立があり、それは軍人や民兵団だけでなく、年寄りも子どもも区別なく攻撃の対象となった。そして暴力的テロは、公共の場所、街路、民家を問わず、いつでもどこでも起きた。
アイルランドの人口350万人のうち96%がカトリックで、北アイルランドでは120万人のうち40%未満がカトリック。暴力的テロの犯人たちを逮捕して刑務所に送っても、そこがさらに暴力の温床になる。
北アイルランドは、内戦に近い激しい試練の時期が続き、死傷者は15万人を超える。人口150万人のうち1割が紛争の犠牲になった。
北アイルランドでは40%がイギリスの市民権を、25%がアイルランド市民権、そして21%が北アイルランド市民権を取得している。その他の市民権は15%に近い。
ベルファストの西側は、住民の9割がカトリックで、南側は8割がプロテスタントというように、住居地も分割されている。
カトリックとプロテスタントを対話への道に導いたのは「コリミーラ」という市民団体だった。このような北アイルランドの平和を志向して活動する団体に対して、2回もノーベル平和賞が授与された。
北アイルランドでは、名前を聴くだけで、「あの人はアイルランド人だな」、「この人はブリトン人だ」ということが分かる。スポーツ、歌、食べ物が、すべて宗派分離主義文化の色に染まっている。だから、互いに共存できる統合教育が切実であり、これは早ければ早いほど、いい。それは、そうでしょうね。
統合学校が原則をきちんと守って成功し、それを拡散し、全社会に適用して初めて北アイルランドが健やかに生き返る。常に子どもたちを尊重する。それによって、学力伸長の問題は事前に解決する。自身が欲する方向へ成功する可能性を高めるためのロードマップを一緒に創るので、生徒たちは一人でなく、教員たちも生徒たちの成功を通じて自分の成就感を味わう。
統合学校のひとつ、シムナ校では、生徒指導のひとつは体罰禁止、放課後の居残り禁止、罰として宿題を与えることの禁止、休み時間や昼食時間の取り上げの禁止というものも定められた。いやぁ、いいことですよね。
テロで息子や娘を喪った親が平和と和解運動に立ち上がったのでした。そして、その取り組みのひとつが、統合教育をすすめる学校づくりだったのです。たとえば、エニスキレン校では、子どもの宗派構成は、カトリック44%、プロテスタント42%、その他16%となっている。一つの宗派が50%を超えないように配慮している。子どもたちが、自らコントロールすることができる能力をもつようになると、学力が事前に向上した。学校の成績が上がると、多くの待機者が入学順番を待つようになり、定員も次第に増えていった。
アイルランドでは11歳のとき選抜試験を受けさせるシステムがあるようです。これに落ちた子は11歳で早々に社会的落伍感を味わされることになります。11歳というと、小学5、6年生ですから、その時点で進路を選択させるというのは、少し酷すぎますよね。
そして、北アイルランドでは、学校に教科書がなく、自分の授業は教師が自分で開発し実践するもののようです。これまた、たいしたものです。日本のように文科省検定の教科書がないというのにも驚きました。
かつて暴力と混乱の社会だった北アイルランドは、今ではEU内でも安定的な社会として認められているとのこと。そして、カトリックとプロテスタントだけでなく、10%を超える移民集団も国内には存在する多文化社会になっているとのこと。
統合教育は、単一の教育の場で多様な教授法を通じて子供たちが自身の社会的アイデンティティを形成していけるようにすることであり、究極的に現在の社会の争いのある状況を克服し、態度の変化と、許し、そして和解をすることができるように教育しようとするもの。
統合学校出身の人は、ほかの文化的な背景を持った人たちに対する接し方をうまく習得すると同時に、カトリックとプロテスタントのあいだの否定的固定観念もほとんどなく、対立する集団との意思疎通に対する認識も肯定的になる。
このように、統合教育は、ユネスコをはじめとする国際社会が追及している民主的包容性を志向する教育を実現している。統合教育は、北アイルランドに京の平和と和解をつなげてくれる橋になっている。
大阪の渡辺和恵弁護士の実姉である米沢清恵さんが翻訳した本です。2月半ば、事務所にいて待ち時間ができたので、420頁あまりの大部な本ですが、論文集ではなく、ルポルタージュ中心なので、一気に読了することができました。ありがとうございました。
暴力によって分断された社会を統合するには、子どもたちの力を借りる、そのために統合教育が有効だということを実感することのできる本でした。大変勉強になりました。
(2023年2月刊。3700円+税)

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