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2024年2月 の投稿

赤ひげ珍療譚

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 山本 周五郎 、 出版 本の泉社
 久しぶりに山本周五郎の時代小説を読みました。劇にもテレビにもなっていますが、その原作です。50年ぶりに読んだのではないかと思います。
読みはじめたら、心がじわっと温まっていきます。それで、これは布団に入って寝る前に読み進めたらいいと思いつき、正月明けのまだ忙しさが本格化する前に、夜に少しずつ読んでいきました。
 さすがは周五郎です。よく出来たストーリーです。泣かせます。本のオビにセリフがあります。
「おまえはばかなやつだ」
「先生のおかげです」
前者は、赤ひげとも呼ばれる新出(にいで)去定(きょじょう)という小石川養成所の所長をつとめる医師が、新米の医師の保本(やすもと)登に言ったセリフです。そして、それに対する返答は保本登による所長へのお礼の言葉です。「ばか」と言われて怒るどころか、本心から感謝の念を伝えようとしています。この本の最後にあるやりとりです。
医が仁術だなどというのは、金もうけ目当てのヤブ医者、門戸を飾って薬礼稼ぎを専門にする、エセ医者どものたわ言(ごと)だ。彼らが不当にもうけることを隠蔽するために使うたわ言だ。
仁術どころか、医学は、まだ風邪ひとつ満足に治せはしない。病因の正しい判断もつかず、ただ患者の生命力に頼って、もそもそ手さぐりをしているだけのことだ。しかも手さぐりをするだけの努力さえ、しようとしないエセ医者が大部分なんだ。
どうでしょう、これって、現代にも通じるコトバではありませんか…。いえ、決して医師全体をバカにするつもりではありません。そんな医師も少なくないし、医学だって人間の本来もっている生命力・免疫力に頼っているところが大いにあるということを申し上げたいわけです。
次のセリフは、子どもを食いものにする両親の下で馬鹿なふりをして生きのびてきた娘が言ったものです。
「世間を見ても、貧乏世帯は似たりよったり。子どもを愛している親たちでさえ、貧乏暮らしではどうしようもない。多かれ少なかれ子どもに苦労させる。ことに男がいけない。男は30ちょっと過ぎるとぐれだしてしまう。酒か女か博奕(ばくち)、決まったように道楽を始めて、女房・子どもをかえりみなくなる。男なんてものは、いつか毀(こわ)れてちまう車のようなもの。だから、自分は亭主は持たない」
いやはや、こうまでキッパリ断言されると、同じ男として立つ瀬がありません。
去定は政治のあり方に強く憤慨して、こう言います。
「こんなふうに人間を愚弄(ぐろう)するやり方に眼をつむってはいけない。人間を愚弄し軽侮(けいぶ)するような政治に、黙って頭を下げるほど老いぼれでも、お人好しでもないんだ」
「無力な人間に絶望や苦痛を押しつける奴には、絶望や苦痛がどんなものか味あわせてやらなければならない」
「彼らの罪は、真の能力がないのに権威の座についたこと、知らなければならないことを知らないところにある。彼らは、もっとも貧困であり、もっとも愚かな者より愚かで無知なのだ。彼らこそ憐(あわ)れむべき人間どもなのだ」
どうですか…。私は、このくだりを読んで、今度、5億円以上という裏金づくりに狂奔していながら「不起訴」になった萩生田議員ほかの安倍派幹部連中を、つい連想してしまいました。しかし、愚かだけど、憐れむべき存在だとは考えません。この連中こそ刑事訴追して、国会から追放すべきだと確信しています。そのためには、私たちはもっと怒りの声を上げる必要があると考えているのです。心にうるおいの必要な人に一読を強くおすすめします。
(2023年11月刊。1600円)

雇足軽八州御用

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 辻堂 魁 、 出版 祥伝社
 これはまた、なかなかに読ませる時代小説でした。
 表紙の絵も気品があり、読む意欲をそそりましたので、正月の休みに大きな期待をもって読みはじめたのですが、期待を裏切られることはなく、ずんずんと関八州取締の舞台の奥深まで心地よく深入りさせられました。
 奥付をみると、全然知らなかった著者は私と同じ団塊世代で、「風の市兵衛」シリーズが評判を呼び、連続テレビドラマにまでなっているとのことで、驚き入りました。
 ストーリー展開も情景描写も素晴らしいのですが、細部までよく調べてあるのに驚嘆します。神々は細部に宿るという格言のとおりです。
 時代小説というと、やはり漢字、それも難しい漢字が多用されますが、心配ご無用。ルビがちゃんと振られていて、読めないということはまったくありません。
 江戸時代にも就職を幹旋するところがありました。請人宿(うけにんやど)です。訴訟の世話をするのは公事宿(くじやど)と言います。江戸には馬喰町(ばくろうちょう)などにたくさんの公事宿があり、その主人(公事師)は地方から裁判を起こそうと思って、また訴えられてやってくる人々の宿泊場所であり、裁判の書類づくりや進行上の相談相手になっていました。 
雇足軽(やといあしがる)というのは、関東八州取締出役の下で1年という年期で雇われる存在。手当は1日に銀1匁(もんめ)、つまり80文。ただし、旅費などの費用は勘定所持ち。関東八州取締総出役とは、関東一円の農村を隈なく巡廻し、厳格な取り締まりをする役目の人物。その主要な役目の一つに無宿人対策があった。これは関東農村の復興策の一つ。
無宿人を取り押さえ、罪を犯した者は江戸の公事方勘定所へ送り、罪がない者は素性の確かな取引人に引き取らせた。
出役の調べは、無宿の改め、諸情や事件などの報告、風俗取り締まり、河川普譜の検分、鉄砲改め、酒造制限、倹約の奨励が守られているか、農民の農間渡世の実情調査など、村民の暮らしぶりを寄場役人から聞き取りし、惣代と寄場役人に対応を指示する。
関東取締役出役は、一村一村を見廻るのではなく、寄村の寄村から寄場へと巡廻していく。村では素人博奕(ばくち)があっていた。それを取締るのも関八州取締出役の仕事である。
これに対して玄人の諸場は代官所の陣屋の役人たちが担う。基礎知識はこれくらいにして、あとはストーリー展開ですが、こちらは読んでのお楽しみとします。
いろいろな話が次第に煮詰まっていく様子は、うむむ、この書き手には余裕があるなと感じさせます。それがまた読書の快感にもなっていくのです。いやあ、休日に読んで大いにトクした気分になりました。ご一読をおすすめします。
(2023年9月刊。1750円+税)

移民の子どもの隣に座る

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 玉置 太郎 、 出版 朝日新聞出版
 大阪市のど真ん中に位置する「島之内」は住民6千人の3割以上が外国籍、日本でも指折りの移民集住地域。住民の大半はミナミの飲食店街で働いている。とくにフィリピンと中国出身者が多い。そこに「minamiこども教室」がある。火曜日の夜の午後6時から8時まで、小学生から高校生まで30~40人が集まってくる。フィリピン、中国、韓国、ブラジル、ペルー、ルーマニア、ネパール…と続く。
 教室では、ボランティアが一対一で子どもの隣に座る。
 ほとんどの子どもは島之内の中層マンションに住んでいる。島之内には暴力団の事務所もある。こども教室がオープンしたのは2013年9月のこと。なので、もう10年以上になる。
 著者は朝日新聞の記者として取材を兼ねて、教室でボランティアを始めた。
 大学生のころはバックパッカーとして、海外への一人旅に出た。
子供たちにとって、この教室は「居場所、心の居場所」だと言う。
 ボランティアには元教員もいる。その長年の教員経験から子どもの内面が姿勢に表れるという。それまで解けなかった問題が解ける喜びを知ると、もっと集中しようという気持ちが姿勢に出てくる。
 日本に住むフィリピン国籍の人は2010年代は20万人台で増え続け、2022年末には30万人になった。中国、ベトナム、韓国に次いで4番目。フィリピン国籍の人は男性10万人に対して女性が20万人。これは興行ビザでフィリピン人女性が来日してきたことによる。
 フィリピン人女性と日本人男性とのあいだの子は、「ジャパニーズ、フィリピノ、チルドレン」(JFC)と呼ばれている。法改正があり、日本国籍をとるJFCが急増した。7年間で4千人をこえる。実子が日本国籍をもっていたら、外国籍の母親も「子どもの養育」を理由に「定住者」在留資格を得られる。
 ブラジル国籍をもつ人は5番目に多いが、その大半は北関東や東海地方で、自動車関連の工場で働いている。
 日本に住むブラジル人は1989年に1万5千人だったのが急増し、ピークの2007年には30万人をこえていた。今や20万人前後。
 自己紹介が嫌いだ。日本人っぽくない名前を言うのが恥ずかしいし、怖かった。いじめの原因になるんじゃないかって、いつも不安だった。
 著者って、すごいなと感心したのは、34歳のとき、朝日新聞を2年間休職して、ロンドンの大学院に留学し、移民について学んだことです。しかも、このときもロンドンで移民の子どもたちのなかでボランティア活動をしたのです。すごいです。うらやましいです。
 子どもたちのなかに入ってボランティアしているときは、子どもたちの名前をしっかり覚えられるように、小さな紙片にカタカナで名前を書いてポケットに入れていたそうです。名前を間違えると、子どもはとても寂しい顔をするから…。
 ロンドンの、ここ(ソールズベリーワールド)は、いろんな背景をもった人の入りまじった場所なので、自分も、その一部だという感覚になれる。そうやっていろんな背景や文化をもった大人たちが、子どもと身近に接するからこそ、子どもたちは「違い」に対する寛容さを身につけることができる。
 なるほど、なるほどこんなこども教室が日本全国、あちこちに出来たら、本当にいい社会に日本も変わると思いました。
(2023年10月刊。1870円)

ラパスの青い空

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 下村 泰子 、 出版 福音館日曜日文庫
 1995年11月発行の古い本です。このころ30歳代の若い日本人女性がボリビアに1年間滞在したときの生活と苦労話が紹介されています。ずっと前から我が家の本棚にあったのですが、読んでいないので、思い切って読んでみました。とても面白い本でした。
 著者は京都YWCAに勤めて不登校の若い人たちと交わるなかで、このままなんとなく流れに乗ってやっていては、いつか足元にぽっかり穴があいてしまう。ここはいっぺん、まるごと自分をリフレッシュせなあかんと思い立ったのでした。そこで、まずは仕事を辞めたのです。なんのあてもないまま…。そして、募集記事を見てボリビアに行くことを決めました。先住民の人口比が多い国だというのもボリビアを選んだ理由の一つでした。
 ボリビアの首都ラパスは標高4千メートル超ですので、たちまち高山病にかかりました。どこかふわふわと漂っている感じがして、足どりも頼りない。そして、飛行機に乗る前に預けた荷物は出てきませんでした。やむことなくガンガン襲ってくる激しい痛みのため、時差ボケもあって、眠れません。辛いですよね、これって…。
 明るすぎる日差しには、現地の女性がかぶっているフェルトの山高帽は、この日差しをさえぎるのにぴったりということが分かりました。
 腹痛と吐き気がひどいとき、甘くておいしい葛湯(くずゆ)のようなものと、砂糖のたっぷり入ったコカ茶を飲むと、少しずつ楽になっていったのでした。
 最初に生活した家は裕福な家庭で、お手伝いの女性がいます。たとえば朝食は家族みな別々で、お手伝いのイルダが、それぞれの部屋に運びます。
 ボリビアでは、昼12時から午後3時まではレストランを除いてほとんどの会社、商店などが休み。みな自宅に戻って昼食をとる。ボリビアでは1日の食事のうち昼食が質・量ともにメイン。
 日本人の著者は「チノ」と呼ばれます。「チノ」は本来は中国人を指しますが、東アジアの人を広くさすコトバとしても使われているのです。
 お手伝いのイルダは家族と一緒に食事することは全然ない。家族のように仲良くしようという発想がない。はっきり違った二つの階層が、ひとつ屋根の下に存在して生活している。
 ボリビアでは、お客のもてなしは、ます一杯のコーラから始まる。
女性たちは、コカの葉を口に入れてもぐもぐさせている。コカの葉は女性たちの大好物。コカには寒さや空腹感、疲労感をマヒさせる作用がある。
 公立学校の教師の給料はひどく安く、ほとんどの人が副業をもっている。たとえばヤミ両替商をしている。
 ボリビアは1年中、祭りの絶えない国。そのなかで、一番盛り上がるのはカルナバル(カーニバル)。
 著者はボリビアに1年間いるあいだに体重が5キロも増えたとのこと。慣れない土地で健康に過ごすには、のんきさも大切だと著者は強調しています。まったく異論ありませんが、私にはとても出来そうもありません。
 著者はボリビアでいろんな人と知りあい、一緒に生活し行動するなかで、まさに「そのとき」を生きている実感があったとのこと。そのことがよくよく伝わってくる文章であり、何枚かの写真でした。
5年後にボリビアを再防したときのことも少し紹介されています。今を大切にして生きることの意義を感じさせてくれる本でもありました。著者は現在65歳のはずです。どこで何をしておられるのでしょうか…。
(1995年11月刊。1400円)

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