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2024年1月 の投稿

マゼラン船団、世界一周500年目の真実

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 大野 拓司 、 出版 作品社
 マゼランはスペイン船団を率いて世界一周したことであまりにも有名ですが、マゼラン本人はポルトガル出身の航海士。39歳のときに出発し、41歳のとき戦死した。ポルトガル語では、フェルナン・デ・マガリャンイスという。
 マゼラン自身は航海の途中に、フィリピンで亡くなっているので世界一周したわけではない。残った線団員はわずか18人だった。ただし、途中で脱落した船団員17人が別に帰還したので、35人は世界一周を果たした。
 そうは言っても、マゼランが出発したとき、5船には総勢265人(237人から280人まで諸説あり)だったのですから、1割強しか世界一周を果たすことができなかったのです。5船は、いずれも中古船で、つぎはぎだらけの老朽船。
 多くの船員を襲ったのは壊血病。ビタミンGの欠乏によるもの。新鮮な野菜や果物不足によるものだが、当時は原因がまだ分かっていなかった。
 マゼランたちが目ざしたのは海外領土の獲得とスパイス(香辛料)。とりわけ珍重されたのがクローブやナツメグ。「ナツメグ1グラムは金1グラム」とまで言われるほど希少で貴重な商品だった。
 マゼランはフィリピン内部の勢力争いに自ら乗り込み、マスケット銃を2.3発ぶっ放せば地元民はたちまち四散して逃げ出すと甘く見込んで、わずか60人で敵陣に乗り込んだ。しかし、敵は1500人(3000人とも)という大群で、マゼランを集中攻撃したので、たちまちマゼランは戦死し、遺体も運び去られたまま。このときの「敵」・首長ラプラプは、今に至るまでフィリピンの「民族の英雄」として尊崇され、大きな銅像が建立されている。
 ちなみに、フィリピンは、世界に冠たる船員派遣大国。世界の商船の乗組員160万人のうち、4分の1、40万人を占めている。海運界に限ると、なんと70%もの依存率。
スペインは1998年12月アメリカに2000万ドルでフィリピンの主権を売り渡した。これは、今日の価格に換算すると680億円になる。
 著者は私と同世代、元朝日新聞記者で、マニラ支局長もつとめています。いろいろ知らないことが多くありました。
(2023年11月刊。2700円+税)

小畑哲雄が語る戦中・戦後の体験

カテゴリー:日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 小畑 哲雄 、 出版 京都・114番平和委員会
 95歳になっても反戦・平和のため自らの戦中・戦後の体験を話せるというのは実に素晴らしいことです。
 1937(昭和12)年12月、日本軍は南京を占領しました。悪名高い南京大虐殺を日本軍が敢行したときのことです。このとき、日本では、南京が陥落したので、これで戦争は終わりだ、万々歳だとして提灯行列をして喜びました。著者は10歳でした。
 日本軍が真珠湾を攻撃して開戦した12月8日は、日本で月曜日なので、アメリカ・ハワイは日曜日、安息日でみんな休んでいたところに日本は奇襲攻撃をかけたのです。
 日本軍による南京攻略のとき、日本軍の若い将校2人が「百人斬り競争」というのをして、日本の新聞で連日、大きく報道されました。これは戦場で斬り込んでいって何十人も敵兵を斬ったというのではありません。すでに「捕虜」となっていた中国人(兵隊も民間人も)を並べて首を斬ったというものです。典型的な捕虜虐待ですから、国際法違反は明らかです。戦後、この2人は中国で戦犯として裁かれ、死刑になっています。
 著者は陸軍経理学校に入ります。建前としては、日本の軍隊も私的制裁は禁止されていたそうです。初めて知りました。私的制裁が公認されているとばかり思っていました。ただ、なかには本当に私的制裁をしない上官もいたようです。
 荒川さんという区隊長は、「指揮官は部下を殺したらいけない。その部下が、将来、将校になるかもしれない」「指揮官がしっかりしていなかったら、部下を殺すことになる。ようく考えて、やり方を間違えないようにしないと、組織を壊してしまう。部下を殺してしまう」と言って、著者を戒(いまし)めたそうです。この荒川さんはレーニンの本も読んでいたそうですから、たいしたものです。
この本を読んで、「召集」と「招集」の違いを認識しました。
 「召集令状」というのは、召(め)し集めるもの。「招き集める」ものではない。
 「注記」(ちゅうき)とは、兵隊になって一番先にすることは、全部の持ち物に自分の名前を書くこと。
 「上衣(じょうい)」とは、上着のこと。
「一装」は、正式な儀式のときの制服。「二装」は儀式や外出のとき着るもの、「三装」は普段着。
8月15日の終戦を告げる玉音放送では、最後に、「朕(ちん)は、ここに国体を護持し得て」と続く。「国体」、つまり国の体制、天皇制はちゃんと残ることを日本国民に伝えた。これが一番の眼目だった。
いやあ、すごい講演録でした。高齢になっても自分の体験を客観的事実も踏まえて話せるというのは素晴らしいことです。
(2023年11月刊。500円+税)

ちいさな言葉

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 俵 万智 、 出版 岩波書店
 コトバを話しはじめた2歳ころから5歳ころまでの子どもの話が丹念にフォローされている、楽しい本です。
 本当に子どもって天才ですよね…。でも、それがたいていいつのまにか、フツーの大人になってしまうのです。もったいないことです。
 著者は大阪の生まれですが、高校は福井だったようです。今回の地震で、福井の人は大変だった(過去形ではありません)と思います。その福井弁に「こっぺ」というコトバがあるそうです。こっぺな子どもを「こっぺくさい」と言います。生意気、賢(さか)しら、おませ、かわいげのない感じをミックスしたコトバだそうです。
 私の育った地域の方言でいうと、「ひゅーなか」に少し似ているのかもしれません。
 朝起きて、パンツ一丁のまま遊んでいる我が子を見つけた著者が、「ズボン脱いじゃあダメでは」と言うと、「脱いでないよ、はじめからはいてないんだよ」と得意顔。分かりますよね、こんな生意気を言う子ども。憎たらしいけど、そこまで知恵がまわるようになったのかと安心もしますし…。
  5歳になったら、自分でゴハンを食べるというのが、母親と息子の約束であり目標だった。ところが、外はともかく、家で母親と二人きりになると、母親に食べさせてもらおうとする。キレた母親が、「なんでそんなに食べさせてもらうのがいいのよ。自分で食べたほうが、てっとり早いでは」と言うと…。 その返事は、なんと、「愛の気持ちを感じるから…」
 ええっ、こ、こんな答え、あるの…。腰が抜けましたよ、私は。5歳の男の子が母親に言うセリフなんでしょうか、これって…。信じられません。母親は、つい大いに納得して、食べさせてやったそうです。愛の力は畏(おそ)るべしか…。
 著者が取材でフランスはボルドーへ行き、ワインの作り手にインタビューしたときのこと。
 「ブドウは、手間や愛情をかければ、かけたぶんだけ、いい方向に伸びてくれます。でも、子どもはそうとは限りません」
 いやあ、すごいコトバです。そして、著者は、こう考えました。
 「手間や愛情のかけかたを間違えると、その逆になるよ」
 でも私は、50年になる弁護士生活を通して、手間や愛情を惜しみなくかけていて、間違えることは、まずないと確信しています。出し惜しみしていると、つまり手間も愛情もかけないでいると、たいてい間違ってしまうと考えています。ただし、ダメな親に代わる人が身近にいて、そちらでカバーされたら違うとも考えています。皆さん、いかがでしょうか。
 著者には大変失礼ながら、この本を読んで、つい笑ってしまった一節がありました。
 著者が27年ぶりに福井の高校の同窓会に出席したときの話です。
 「高校2年のときの失恋、あれがなかったら早稲田に行ってなかったかもしれないし、そうしたら自分は短歌を作っていなかったかもしれないなあ」
 ということは、著者を「振った」男性は、大ゲサに言えば、日本を救ったことになるわけです。いやはや、すごいことですよね。人生って、何が「吉」になるか分からないっていうことなんです。なので、一回きりの人生って、面白いのですよね…。
 この本は2010年に発行されたもので、そのもとは2006年から2009年まで発行されていた月刊誌などに書かれています。本棚の奥に眠っていた気になる本をひっぱり出して読みました。とても面白い本でした。息子さんは今どこで何をしているのでしょうか…。
(2010年4月刊。1500円+税)

イラストでひもとく仏像のフシギ

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 田中 ひろみ 、 出版 小学館
 仏像のことが何でも分かる、楽しい本です。仏像がすごく写実的なイラストで紹介されています。著者が仏像を好きになったのは独身でヒマだった叔父さんに連れられて、あちこちのお寺をまわってたくさんの仏像を見ていたからです。幼いときは、アイスクリームや美味しいご飯につられて行っていたのですが、それが、ついに仏像と恋に落ちるまでになったのでした。いやはや、そういうことも世の中にはあるのですね…。
 そして、仏像をよく見ていると、人間と同じように1体1体が違っていて、ちゃんと個性があるということに気がつきます。見る位置によって仏様の表情は変わるし、尊格を知るには、ポーズや髪型などの細部に注目しなくてはいけない。そして、時代による流行がある。
 仏像のもともとのモデルはお釈迦さま、その人。釈迦は本名(個人名)ではなく、一族の名前。本当はゴータマ・シッダールタ。ゴータマは「聖なる牛」、シッダールタは、「目的を達成した人」の意味。
 お釈迦さまは、29歳のとき、妻子も王子の位も捨て、出家します。そのとき髪を剃りました。悟りを開いたのは35歳のとき。80歳のとき、キノコ料理で食中毒になり死亡しました。
 釈迦は、母親の右腕から生まれたとのこと。それが当時の観念でした。
仏像には4種類あり、如来、菩薩、明王、天という。如来は、悟りを開いた仏さまで、最上位の仏像である。2番目が菩薩。
観音菩薩には女性になぞらえた仏像が多くある。観音菩薩は、この世に生きるものすべてを救い、あらゆる願いをかなえるべく、33の姿に変身する。
弥勒(みろく)菩薩は、お釈迦さまが亡くなってから、56億7千万年後に、この世界に現れ、悟りを開いて、如来となって命あるすべてのものを救う。
普賢(ふげん)菩薩は、女性も男性と同様に悟りを開いて、仏になることができると説いたので、女性からの信仰を集めた。
明王は、密教によって仏教に導入された仏のグループ。不動明王は、36の童子が、おのおの1000万の従者をもつとされているので、3億6000万の従者が不動明王を手助けしている。
インドには、古くから手のしぐさで気持ちを伝える習慣がある。たとえば、両手を合わせることで、仏さまと生きとし生けるものが合体し、成仏するという意味になる。
インドでは、牛は神の使い、そうなんでしたか…。だからインドの人々は牛を食べないのですね。
お釈迦さまは、生前、弟子たちに自分の姿を写したり、彫刻してはいけないと伝えていた。ところが、死後500年もたつと、どんな人柄だったのか知りたいと思う人が圧倒して、仏像がつくられるようになった。うひゃあ、知りませんでした。
昔は、それこそメールも写真もありませんでしたから、すべては想像です。大工さんの独自の解釈の余地が生まれ、その結果、ユニークな仏像が全国各地に誕生したというわけです。
仏像は、もともと鑑賞の対象ではなく、信仰の対象である。なるほど、そうなんですよね。でも、眺めて美しいと思ってしまうのも許されることではないかと思います。
実に見事な仏像のイラストで、ため息の出るほど驚嘆してしまいました。一読をおすすめします。
(2023年10月刊。1760円)

ガラム・マサラ!

カテゴリー:インド

(霧山昴)
著者 ラーフル・ライナ 、 出版 文芸春秋
 インドの若き作家によるデビュー作のミステリー小説です。
 登場人物がやるのは、まずは替え玉受験です。貧困地域に生まれ、暴力親父とともに屋台のチャイ屋で働いていた少年が替え玉受験して、なんと全国共通試験で全国トップの得点をあげ、大金持ちのドラ息子がインド最高の天才少年として、持ち上げられるところから話は始まります。もちろん、ドラ息子は天才ではなく、それどころか怠け者です。
 日本でも韓国でも受験競争は「戦争」と言われるほど苛烈ですが、インドも同じようです。そこで登場してくるのは「教育コンサルタント」。これは、進路指導とか受験指導というのではなく、裏口入学を斡旋するという違法行為に手を染める業者なのです。
日本でも少し前に替え玉受験が発覚しましたが、発覚しなかったケースもあったのでしょう。そのとき、本人はそれを自覚していると思います。どんな気持ちで卒業していったのでしょうか、私は少し気になります。
 替え玉受験のおかげで「天才少年」として注目されたドラ息子は、テレビのクイズ番組に出演するようになり、ますます注目を集めます。代わって受験をした少年は、その世話役としてずっと身近にいて付き添いとして活動します。そして、誘拐事件が発生…。あとはドタバタの活劇映画さながらで展開していきます。
 私は、インド映画を、決して多くはありませんが、それなりにみています。最近では、「バーフバリ」や「RRR」です。インド映画特有の歌と踊りが途中で何度も登場してきますから、いつだって面白い活劇として堪能しています。
 この本は、貧困や教育の格差を背景としつつ、悪いことって本当に悪いことなのか…と問いかけている小説なんだと解説に書かれていました。
 日本のIT産業にインド人のIT技術者が大量に入ってきていますが、その背景を知るのにも役立ちそうなミステリー小説です。
(2023年10月刊。2200円+税)

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