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2022年1月 の投稿

仕事の未来

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 小林 雅一 、 出版 講談社現代新書
先日、知人からAIが進んだら弁護士の仕事は不要になりますか、と質問されました。私は即座にそんなことは考えられませんと答えました。すると、だけど判例検索なんかAIを使うと、たちどころに正解が出てくるわけでしょ、と突っ込まれたのです。いえいえ、論点がきちんと設定されてから、これにふさわしい判例を探すのは、たしかにAIでやれます。でも、生身(なまみ)の人間が抱えている問題のなかから、表面上の争点と、裏に隠されている真の争点とを相談者・依頼者の態度・表情を見ながら探り出していく必要があり、そんなことはAIでやれるはずはありません。まさしく、そこに弁護士という人間の職業の存在意義があります、そう答えると、知人は、なんとか納得顔になりました。
この本でも、AIによるパターン認識で、人間の複雑な意図を理解するのは現時点では非常に難しいとされています。たとえば、歩道に立ち止まって片手を上げている人がいるとします。その人が、いったい何のために片手を上げているのか、車道を走るタクシーを停めようとしてるのか、単に上空を飛ぶ鳥を指さしているだけなのか、AIシステムは区別ができない。こんなまぎらわしい事例が実社会では山ほど存在するため、AIはとても対処しきれない。これまでAiが目立った成果を上げたのはパターン認識だけ。
あるコンサルタント会社は、AIによって世界全体で4億人から8億人の雇用が奪われる一方で、新たに5億5千万人から8億9千万人もの雇用が創出されると予想している。
顔認証システムも騙しのテクニックがすでに使われはじめているそうです。
「ディープフェイク」は、人物画像の合成技術がすすんでいて、本人がしてもいない演説を、あたかも本人がしているかのように報じているのです。
ディープ・ラーニングには「教師あり学習」が必要で、それはAIシステム開発の80%を占めている。「教育」とはいえば聞こえはよいけれど、実際には、多数の労働者が大量の写真やビデオ映像に延々と投げ縄のように丸印をつけていく単調作業。このように現在のディープ・ラーニングは多数の単純労働者や技術者らが手間暇(てまひま)かけて面倒みることによって、使い物になるというレベルにある。
顔認証システムもすでに悪用されている状況が報告されている。いやあ、怖いですね…。
ディープ・ラーニングが、インドの人たちに支えられているというのを初めて知りました。気の遠くなるような単純作業をやっている女性が何千人もいるのです。
そう簡単にAiが人間の知識に代わることができないことを、本書によって、実感することができました。
(2020年4月刊。税込990円)

「太平洋の巨鷲」山本五十六

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 大木 毅 、 出版 角川新書
父親が56歳のときにさずかった子なので、五十六(いそろく)と名付けた。
なーんだ、そういうことだったのか…。
「五十六少年は、おとなしくて、本当に黙りっ子だった」
言葉を尽くすのを億劫(おっくう)がる人物だった。話が通じないと思った相手には、言わなければならないことまでも言わないと評された。そして、本人は、この「沈黙」をある種の知恵と考えていたようだ。でも、これって、部下は困りますよね。
1919(大正8)年4月、山本はアメリカ駐在を命じられた。アメリカ駐在中に、山本は航空機の威力に注目した。そして、アメリカの巨大な石油施設を眼にしてアメリカの力を実感しただろう。山本は、大艦巨砲主義から航空主兵論に乗りかえた。そして、山本は、自ら飛行機の操縦を習得した。山本は航空本部長となり、航空機産業の調整に努力し、大量生産体制を整えるのに奮闘した。ただ、山本は先見的な航空主兵論を力説しながらも、それは不徹底だった。
北支事変、日華事変、支那事変と日本が呼んだのは、アメリカとの関係で「戦争」と呼べなかったということ。アメリカは1935年に中立法を制定していて、戦争していると大統領が認定した国に対しては、兵器や軍需物資の輸出を禁じていた。なので、もし、日本が中国に宣戦布告し、国際法上の戦争をはじめてしまえば、日本はアメリカから石油や鉄を輸入できなくなってしまう。
南京への無差別爆撃は日本軍が世界史上初めてなした蛮行だとされているが、これは山本の発案によるものという有力説がある。山本は、このとき海軍次官の中将だった。大都市への無差別爆撃は、そこに住む住民を恐怖のドン底に陥れて戦意を喪失させることを狙ったもの。しかし、現実は、身内を殺された人々は、戦意喪失どころか、ますます戦意を高揚させた。
これはヨーロッパでも同じ。ドイツのロケット攻撃を受けたロンドン市民、イギリス軍による無差別攻撃にさらされたドイツの都市住民はますます戦意を高揚させた。日本の本土大空襲を指揮したアメリカ軍のカーチス・ルメイ将軍も同じように間違った執念の持ち主でした。
山本は、日独同盟に強く反対していた。それは、アメリカとの戦争につながりかねないとの判断からだった。
1940年9月の時点で、山本は対アメリカ戦で勝算がない、自信のもてる軍備ができるはずがないと考えていた。真珠湾攻撃において第二撃を断念するのもやむなしと山本たちは判断していた。燃料も爆撃も欠如していた。
山本は1943年4月18日、搭乗していた一式陸攻機が、日本の暗号を解読していたアメリカ軍の戦闘機によって撃墜されて死亡した。要は、アメリカ軍は日本軍の暗号を全部解読していて、日本軍の行動をすべて認識し、予想していたということです。これは科学・技術の発達をアメリカ軍は取り入れていたこと、日本軍は相変わらず古臭い精神主義にとらわれていたことを意味しています。皇軍の優位性を今なお誇大妄想的に言いつのる一部の日本人は、この客観的事実に目をつぶって、自己満足しているにすぎません。
(2021年8月刊。税込1012円)

野生の青年期

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 バーバラ・N・ホロウィッツ、キャスリン・バウアーズ 、 出版 白揚社
人間も動物も波乱を乗り越え、おとなになる。タイトル(野生の青年期)が繰り返し実証されている本です。なるほど、若者が怖いもの知らずというのは、ヒト(人間)だけではなく、動物全般に共通する特質なんだということがよく分かりました。
アフリカのサバンナに生息するヌーがワニ(クロコダイル)の群がる川を渡るとき、一番に川に飛び込むのは、体つきは大きいが、ひょろりとした若手たち。未経験さゆえに、危険が潜んでいるのも気づかず、われ先に川にジャンプして飛び込む。もっと分別のある年長のヌーたちは、じっと待っていて、ワニが若い先頭のヌーを追いかけるすき間に、安全に川を渡っていく。
若者の衝動性、何でも試して目新しさばかりを求めること、未熟な意思決定といった特徴は実行機能を担う脳の部位、とくに前頭前野が脳のほかの領域と比べて成熟時期が遅い点と関係がある。
ヒトについては、15歳から30歳までがティーンエイジの脳として、膨大な記憶を蓄えていく。
動物はみな4つの課題を突きつけられる。①安全でいるには…、②社会的ヒエラルキーのなかをうまく生き抜くには…、③性的なコミュニケーションを図るには…、④親から離れて自立するには…。S(safety)安全、S(status。ステータス)、S(SEX、せっくす)、S(Self-Reliance。自立)。この4つのスキルは、ヒトでも体験の核にある。
この本では、太古より無数の動物が体験してきた過程を、4匹の野生動物の成長物語として語りながら進んでいきますので、とてもイメージがつかめます。キングペンギンのアーシュラ、ブチハイエナのシュリンク、ザトウクジラのソルト、ハイイロオオカミのスラウツの4匹です。発信機が取りつけられ、行動状況を追跡していくのです。
捕食者の怖さを知らないというのは、ヒトの若者が、ほとんど何の経験も積まずに外の世界に出ていくときの状態でもある。彼らは何が危険なのか区別できない。たとえ危険だと気づいても、どう対処したらいいかわからないときが多い。
若者が危険なことに向かっていくのは動物界全般で観察される。動物は、最後には親の保護がなくなり、自分自身で危険な世界に立ち向かう。
青年期(ワイルド・フッド)の間に情緒面や肉体に迫る危険を経験し、そこから会得したとっさの反応と対処法は死ぬまでその個体の役に立つ。
青年期のひとつの不思議な特徴は、その時期を送る者がみな自分たちこそそうした体験を初めてする唯一の世代であるかのように感じるところにある。自分たちは特別だと感じる年代層がどっと現れるたびに、それを迎えるおとな世代は、こうした若者たちの若さの過剰ぶりに我慢ならないと、いらいらする。
若者の搾取は、青少年を徴兵する制度に如実にみてとれる。この制度は、過去も今も世界中でやられている。古代ローマでは、軍団のうちもっとも貧しく年のいっていない兵士の若者は、「飛び道具歩兵」や「近隣歩兵」の部隊にまわされた。戦いの経験もなく、強い武器も持てず、一番危険な最前線にやられた若者たちからは多大な死傷者が出た。
動物の集団が大きくなるほど、そのメンバーは安全になる。
変わっているというのは、動物にとって危ないこと。捕食者の関心を引くのは、目立ちやすさ、風変わりなこと。
動物は絶えず、「不採算性の信号」を送る。襲いかかろうとする相手に、自分をねらっても割にあわないことを伝える。おまえの行動は、とくにお見通しだという信号を出す。
オオカミに自分の子を殺された母親バイソンは、次に子どもを持ったときは、子どもを失ったことのない母親よりも警戒心が5倍以上も強くなった。
青年期は孤立して過ごしてはいけない。仲間がいないまま大きくなった動物は、現実世界で必要な身を守るためのスキルを身につけることができない。子どもをあまりに長く保護したまま、捕食や危険や死について学ばせないのは、ヒトでもほかの動物でも、親のおかす最悪の誤ちとなる。過保護にするのは子どものためにならないということですね…。
ヒトの社会では、幼児や年少の子ども時代は、階級についてよく知らないで過ごすことがある。しかし、青年期に入ると、階級、序列、ステータス、地位が急に鮮明になる。青年期の最大の難関は、恵まれない境遇に生まれた者が不当に扱われるおとなの世界に入ることだ。
ステータスの上昇は、動物の生存チャンスを高める。ステータスと気分とは、つながっている。勝者は勝ちつづけ、敗者は負けつづけ、敗北の連鎖反応はしばしば止まらない。戦いに負けた個体は、それ以後の勝負で攻撃性がぐんと低くなり、さらに負けやすくなる。いじめは、ほとんどの場合、ステータスを得るため、また維持するために行われる。自然界には、公平な条件での競争の場はない。親の序列の継承は実際に行われている。
動物の性教育は、交尾に関してではなく、コミュニケーションのほうに力が注がれる。おとなになるには、自分自身の欲求を表現し、相手の欲求を理解する方法を習得しなければならない。
カメ(ズアカヨコクビガメ)のメスは、セックスのために近づいてきたオスのうち実に86%を拒む。
若者が親元から離れて自立することが分散という。その行動は、家族メンバー間の親近交配を防ぐ利点がある。しかし、分散する若者たちは、しばしば危険に遭遇する。
青年期の特質なるものは、ヒトだけでなく、パンダや鳥や魚まで、あらゆるものに該当することを知り、とても勉強になりました。
(2021年10月刊。税込3300円)

ボールと日本人

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 谷釜 尋徳 、 出版 晃洋書房
現代日本人はボールゲームが大好き。日本の各種スポーツ競技団体に登録している競技者の人数を多い順でみると、剣道191万人、サッカー95万人、バスケットボール62万人、ゴルフ59万人、ソフトテニス43万人、陸上競技43万人、バレーボール42万人、卓球34万人…。
観戦したいスポーツでは、プロ野球、サッカー、高校野球、…、プロサッカー、プロテニス。
私はみるのもするのも全然やりません。地区法曹関係者の懇親のためのボーリングは参加したくありません。昔はソフトボール試合があって、何度も空振り三振して恥ずかしい思いもしました。好きでないことをするより、一人静かに本を読んでいたほうがずっといいのです。
この本を読んで、日本人が昔からボールゲームをやっていたことを知りました。
古代日本にボールをつかったスポーツとして、『日本書紀』に打毬(くえまり)がありました。このとき中大兄皇子は中臣鎌足と結びついた。
平安時代には、蹴鞠(けまり)の達人が登場する。12世紀後半に活躍した公卿の藤原成道。平安末期になると、僧侶も蹴鞠を楽しんでいた。そして、この勝敗はギャンブルの対象ともなっていた。後鳥羽上皇も、蹴鞠の達人だった。
室町時代、足利義満や足利義政も蹴鞠を盛んにしたことから、蹴鞠は武家のたしなみとして定着した。
イエズス会宣教師のルイス・フロイスも、日本の蹴鞠を紹介している。
江戸の庶民が楽しんだボールゲームの多くが、もとをたどれば古代に大陸から来た外来スポーツでした。創世記のボールをつかったスポーツの実際を知ることのできる、楽しい本です。
(2021年8月刊。税込2200円)

駆ける

カテゴリー:日本史(戦国)

(霧山昴)
著者 稲田 幸久 、 出版 角川春樹事務所
これが新人作家のデビュー作とは…、とても信じられません。ぐいぐい読ませます。
少年騎馬遊撃隊というのがサブタイトルです。舞台は戦国時代。毛利軍と尼子軍との合戦(かっせん)が見事に活写されています。
少年騎馬遊撃隊というから、全員が少年から成るかというと、そうでもありません。馬を扱う能力に長(た)けている少年が毛利軍に引きとられ、そのなかで活躍し、騎馬隊が活躍し、ついに尼子軍を背後の山中から駆け降りて攻撃して打ち倒すというストーリーなのです(すみません、ネタバレでした…)。
毛利軍の大将は毛利輝元。そして、前線では吉川(きっかわ)元春と元長が戦う。そして、尼子軍には山中幸盛と横道政光。山中幸盛とは、かの有名な山中鹿之助のことです。
私は大学受験するとき、机に山中鹿之助の言葉を書き出して、自分への励みにしていました。「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」という言葉です。ある意味で、山中鹿之助に助けられて今の私があるとさえ思っているほど、感謝しています。
吉川元春の嫡男(ちゃくなん)が吉川元長(23歳)。馬を扱う少年とは小六(ころく)のこと。百姓の子どもで、まだ14歳だ。
永禄9年の月山(がっさん)富田城攻めで、毛利は尼子を降伏させた。出雲は、中国11国を支配した名門尼子家の本拠地。いま、月山富田城には毛利方の兵がたてこもっている。そこを尼子軍が取り囲み、毛利軍を四方八方から攻め入る作戦だ。尼子軍は近くの布部(ふべ)に陣を敷き、毛利軍をおびき寄せて圧勝するつもりでいた。
出雲は尼子の地。三代前の尼子経久の時代から、民と共に出雲を築きあげてきた。
月山富山城に行くためには、まず、布部山を頂上まで登り、尾根伝いに行かねばならない。いわば月山富田城にいる仲間を見殺しにしないために必死だった。
馬と少年の意思疎通、そして戦場での兵士同士、また兵士たちとの約束をたがえるわけにはいかない。その思いがかなうのか…。すごい新人デビュー作でした。
(2021年11月刊。税込1980円)

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