法律相談センター検索 弁護士検索
2021年8月 の投稿

「低度」外国人材

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 安田 峰俊 、 出版 角川書店
「低度」外国人材とは、「高度外国人材」というコトバの反対にあるもの。
政府は高度外国人材を次のように定義している。学歴や年収が高くて年齢が若く、学術研究の実績や社会的地位をもち、日本語を流暢に話せて、イノベイティブな専門知識をもつ人たちのこと。日本の国家は、こういう人を歓迎する。
では、「低度」外国人材とは、容易に代替が可能な、劣位の人材で、日本の産業にイノベーションをもたらさず、日本人との交流もなく、専門的・技術的な労働市場の発展を促すこともなく、日本の労働市場の効率性を高めることもなく働いている人材。
日本国内で働く技能実習生は41万人、うち過半数の22万人近くがベトナム人(2019年末現在)。
2018年の1年間に失踪した技能実習生は9052人、2018年は8796人。そのほとんどが、あまりの低賃金に嫌気がさしたことによる。逃亡した技能実習生は、偽造の在留カードなどを使って建設現場などで働く。技能実習生のときに9万~12万円ほどの手取り月収が15万~20万円ほどになる。
不法滞在者やドロップアウトした偽装留学生たちのベトナム人たちが自称するのは「ボドイ(兵士)」だ。
われわれは労働力を招いたのに、来たのは人間だった。
このよく知られたフレーズが、ことの本質をよくあらわしていると思います。
群馬県南部の太田市・伊勢崎市・舘村市にはベトナム人が多く住み、群馬県大泉町には日系ブラジル人が多い。埼玉県西川口市には中国人タウン化している一帯がある。蕨(わらび)市にはクルド人、八潮(やしお)市にはパキスタン人のコミュニティが存在する。
いずれも、横浜や長崎の中華街をイメージしたらよいのでしょうか…。
日本国内にイスラム教のモスク(寺院)が、36都道府県で105ケ所ある(2018年末)。
ベトナム人実習生が住んでいるアパートかどうかを見分けるには…。
建物の前に自転車が異常にたくさんある。雨の日でもベランダに洗濯物が出ている。外出するときの服装は、ジャージとフード付きのパーカー。
ベトナムで働いたら、月収はせいぜい4万円から5万円くらい。逃亡したら月収が3倍になり、月に10万円をベトナムの親に送金できた。偽造書類は1枚につき数万円で購入できる。
日本で犯罪に走るベトナム人は、高額の学費を支払えない(支払いたくない)ドロップアウトした留学生と、逃亡した技能実習生が半分半分。
ベトナム人の犯行の手口はスーパーでの万引きが多い。私も2回ほど弁護人として体験しました。
日本に「合法的」に滞在して稼ぎを続けたいときには偽装結婚もある。
非正規雇用とあわせて外国人労働者の問題を抜きにして、日本の今後の労働運動をとらえることはできません。この点の理解が私たちにはまだまだと思いました。
(2021年3月刊。税込1980円)

約束の地(下)

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 バラク・オバマ 、 出版 集英社
オバマ元大統領の回顧録の下巻を読んで、ショックを受けました。
オサマ・ビン・ラディンの暗殺はオバマの指令によって発動したものだったのです。これまでCIAなどが暗殺作戦を企画し、大統領として仕方なく決裁したように考えていましたが、逆でした。9.11の被害者・遺族の心情を考え、その報復として暗殺作戦をオバマが始動させたというのです。
凶悪犯罪をおかした人間を裁判にかけることなく一方的に殺害してよいというオバマの発想は、彼が弁護士だったことに照らしても、まったく理解できません。そして、殺害地はアメリカ国内ではなく、国外のパキスタンです。パキスタンには事前の了解なしに暗殺を実行する軍事要員をヘリコプターで送り込み、さっと引き揚げたのです。以前あったように軍事要員たちが暗殺に失敗し、パキスタン軍ないし警察と銃撃戦になったとき、その責任をどうやってとるのか、どんな弁解が法的に成り立つのか、大いに疑問です。現に、ヘリコプターの1機は建物に衝突して、危うく墜落寸前になったのでした。
「ビン・ラディン追跡を最優先課題にしたい」
2009年5月、オバマは顧問数名に告げた。オバマには、ビン・ラディン追跡を重視する明白な理由があった。この男が自由を満喫している限り9.11で命を失った人々の家族の心痛は消えず、アメリカが侮辱され続けることになるからだ。
オバマは、また、ビン・ラディンの抹殺は、アメリカの対テロ戦略の方針を転換するという目標に欠かせないものと考えていた。テロリストたちは妄想に支配された危険な殺人鬼でしかないということを世界にそしてアメリカ国民に知らしめたほうがいいと考えた。彼らは、拘束、あるいは死刑に値する犯罪者だ。ビン・ラディンの抹殺ほど、それを知らしめるのにいい方法はないとオバマは考えた。
私には、この論理はまったく理解できません。なぜ、「拘束・裁判・投獄」してはいけないというのでしょうか…。ナチスの犯罪者であるアイヒマンをイスラエルはブラジルから違法に拉致しましたが、それでもイスラエルの法廷で裁判にかけたうえで死刑にしました。
アメリカがイスラエルのような方法をなぜとらなかったのか、オバマの「弁明」は違法な暗殺作戦を合法化できるものではないと思います。
オサマ・ビン・ラディンをアメリカ国内に連行して裁判にかけたとしたら、その安全対策のために途方もない費用がかかると思います。それでも、それなりの「対話」が生まれることも間違いありません。
オバマには、オサマ・ビン・ラディン暗殺について、ドローンを使った小型ミサイル攻撃も選択肢の一つだった。しかし、それでは、ターゲットがオサマ・ビン・ラディンなのかどうか確証が得られないうえ、その周囲にいる女性や子どもたち20人以上も一挙に殺害してしまうことから踏み切れなかったというのです。
ちなみに現アメリカ大統領のバイデンは奇襲攻撃に反対したとのこと。失敗したときの影響の大きさを考えての心配からです。
ターゲットがオサマ・ビン・ラディンだというのは、5分5分の確率だったのです。オバマとアメリカは、本当に危ない橋を渡ったのでした。
オバマは大統領在任時にノーベル平和賞を受賞しました。この回顧録を読んだ私の印象は、そのことをあまり喜んでいないのが意外でした。
大統領としてのオバマへの期待と現実とのギャップが広がりつつあることに思いをめぐらせた。オバマは、平和の新時代をもたらすのにひと役買うどころか、さらなる兵士をアフガニスタンの戦場へ送り込むことになることに思いをめぐらした。
オバマ・ケアなど、オバマが一生懸命努力したことは高く評価したいと思いますが、オバマも「アメリカ帝国主義」の考え方にどっぷり浸った人物であることも改めて認識させられた回顧録でした。もちろん、問答無用式のトランプなんかより、議論が成り立つだけ、はるかに良い大統領ではありましたが…。
(2021年2月刊。税込2200円)

労働弁護士・宮里邦雄、55年の軌跡

カテゴリー:司法

(霧山昴)
著者 宮里 邦雄 、 出版 論創社
日本労働弁護団の元会長をつとめた著者が55年間の労働弁護士生活を振り返った本です。対談方式なので、大変読みやすく、たくさんの教訓的な話が出てきて興味深い内容です。 労働争議をたたかった2人の労働者の明暗が語られているところは胸にぐっとくるものがありました。
 まず、暗のほうから…。不当解雇を受けて、労働委員会で争い、ついに会社との和解で職場復帰を実現した。しかし、小さな会社で、職場で孤立し、ついに精神的に病んで自死してしまった。東大文学部出身の優秀な青年だったので、残念でならなかった。労働事件で「勝つ」ということは、それを通じて組合の団結が強まることでなければならない。その事件では、組合を結成したときの仲間はほとんど組合を脱退してしまい、ひとり孤立させられていた。いやあ、これは本当に残念でしたね。
次に、明のほうは、「東芝府中人権裁判」。東芝でいじめに遭ったことから会社と上司を被告として損害賠償請求裁判を起こした。こちらは、目に見えるかたちで多くの仲間から支えられていたことから、原告がだんだん元気になっていった。結局、東芝に定年まで働きて、定年後も再雇用で働いているとのこと。
この裁判については、注目すべきことが二つある。一つは、いじめの実態を毎日、「職場日記」として詳しく書いていたことが、非常に有力な証拠となり、裁判所もそれにそった事実認定をしたこと。もう一つは、東京高裁が東芝に対して書面で控訴取下げ勧告したということ。50年近く弁護士をしていますが、高裁が労働事件で会社に対して控訴取り下げを書面で勧告したなんて初めて聞きました。
「使用者は、企業秩序維持のため、労働者に対する指揮・監督権限を有するが、この指揮・監督権限の行使にあたっては、労働者の人格・人権を尊重した合理的なものでなければならない」
当然の表現ではありますが、会社(東芝)には大打撃だったことでしょうね。東芝が労働者に人格・人権を踏みにじっているという判決が出たら、それこそ世の中の笑い者、厳しく指弾されることは必至です。賢明にも東芝は控訴を取り下げました。
裁判には、自己回復・自己再生の機能もあると著者は指摘しています。暗のほうはそれに失敗したわけですが、明のほうは、これを体現したと言えます。
コロナ禍の下、イギリスでは労働組合が増えているとのこと。
日本では、従来型の運動の展開のままではジリ貧で、労働組合の将来は暗い。日本の労働組合が40%もの非正規労働者を放置し、その格差を放置していることが問題だ。
労働組合は、非正規の改善を要求すると、自分たちに被害が及ぶという発想に、いつまでもとどまっている。そうではなくて、正規と非正規が連帯し、全体の労働者の労働条件を底上げしていくという視点をもたなければいけない。著者は何度もこのように強調しています。まったく同感です。そのとおりです。
政府・財界がマスコミも最大限つかって国労つぶしをしてきたことに対する反撃の苦しいたたかいに著者も関与してきました。かつて日本最強の労働組合と言われていた国労は残念ながら今や存在せず(形だけあるのかもしれません)、労働組合なるものの存在感が今日の日本社会にはほとんど喪われてしまいました。総評の後身のはずの連合は、何かと言うと原発擁護、共産党攻撃だけで、これが労働組合なのかという幻滅感を大きくするだけの存在になり下がってしまいました。本当に残念です。
著者は労働者にとって働くということは、生活の問題もあるけれど、それだけではない、労働それ自体の尊厳という視点も大切にすべきだと強調しています。これまた、まったく同感です。
80歳になってもなお現役の労働弁護士である著者の引き続きの健闘を心より祈念します。まだまだ引退のときではありませんよ…。
(2021年6月刊。税込2200円)

女帝の古代王権史

カテゴリー:日本史(古代史)

(霧山昴)
著者 義江 明子 、 出版 ちくま新書
古代の大王(天皇)の即位年齢の高さには驚かされます。
継体58歳、用明46歳、天智43歳と、ほぼ40歳以上。女帝のほうも推古39歳、皇極49歳、持統46歳。
7世紀の末に、祖母である持統の強力な後見のもとで、文武(もんむ)天皇が15歳で即位するまで、6~7世紀の日本では、熟年男女による統治が続いた。というのも、このころ、日本は、中国・朝鮮諸国との対立・緊張関係のもとで、倭国が古代国家としての体制を確立していく激動期だったから、支配機構が未熟ななかで、大王には群臣を心服させるだけの統率力・個人的資質が必要だった。なので「幼年」の王はありえなかった。
欽明が31歳で大王に即位しようとしたとき、31歳では「幼年」なので、国政を担うには未熟とみられたと『日本書紀』に書かれている。斉明は即位したとき62歳、皇子の中大兄は30歳。
群臣が統率力のある大王を選ぶとき、男女がという性差は問題にならなかった。
卑弥呼が「共立」された3世紀から、連合政権の盟主が倭王となる4~5世紀を通じて、血統による王位継承は原則となっていなかった。王は、連合を構成する首長(有力豪族)たち(群臣)が選ぶものだった。
平城京の発掘がすすむなかで、内裏(だいり)のなかにキサキたちの居住空間、後宮殿舎に相当する建物は存在しないことが明らかになった。奈良時代の皇后・キサキたちは、内裏の外に独自の宮(宅・ヤケ)を営んでいた。そして、キサキたちは、それぞれ自分の宮で、自分の生んだ御子(みこ)を育てていた。
古代は、男女の合意による性関係が、すなわち婚姻だった。女性の合意がなければ、姧とされた。
古代の婚姻の基本は、妻問婚(つまどいこん)といわれる別居訪問婚。
8世紀ころまで、男女の結びつきはゆるやかで、簡単に離合を繰り返した。男が複数の女のもとに通う一方で、女も複数の男を通わせることのできる社会だった。
奈良時代の貴族男女は夫婦別墓を原則とした。それは、男女別々の公的「家」の維持をはかる国家の方針でもあった。
7世紀半ばまでの王宮は、新しい大王が即位するごとに新たな宮にうつった。これを歴代遷宮といった。大王ごとに政治基盤となる勢力が変動し、その本拠地が異なっていたからだ。
7世紀から8世紀初めにかけて、倭で推古、皇極(斉明)、持統、新羅で善徳、真徳、唐では則天武后と、女性の統治者が輩出した。しかし、その後は途絶えた。
7世紀と同じく、8世紀も男帝と女帝が、ほぼ交互に即位した。このとき、女はこれまでどおり熟年で即位し、男は年少でも即位した。熟年で即位し、経験を積んだ「女帝」が退位後も未熟で年少の「男帝」を補佐し共治するという形態は、持統が創始した。
女帝は決して、中継ぎの臨時的なものではなく、したがって名目的な大王ではなかったということが明快に解説されています。古代日本を知りたい人、「万世一系」の天皇制に疑問をもつ人には必読の新書だと思います。
(2021年3月刊。税込924円)

摩訶不思議な生きものたち

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 岡部 聡 、 出版 文芸春秋
私は日曜日の夜、録画した「ダーウィンが来た」をみるのを楽しみにしています。生物界の神秘の映像を茶の間で気楽にみれるなんて、実にすばらしいことです。でも、みながら、こんな映像を撮っているカメラマンたちスタッフの苦労にときどき思いを至します。
著者は、そんな生物ドキュメント映像を撮るために40ヶ国に出かけ、100種以上の動物に出会いました。そのなかで、何度も怖い目、死んで不思議がないような体験をしています。野生のトラがすぐ目の前にきていたなんて、怖すぎます。
モーリタニアでは野生のハンドウイルカが人間のボラ漁を手伝うのです。イルカだって利益があります。イルカは、人間が投げた網に驚いて逃げるボラを捕まえようと、人間のほうにボラを追い込んでいた。
タテガミオオカミは、ロベイラという苦味のある果実を食べる。これは、タテガミオオカミの腎臓に線虫が寄生していて、放っておくと腎機能が低下して長生きできなくなる。苦いロベイラを食べることで、線虫を駆除している。つまりロベイラの薬効をタテガミオオカミは知って利用しているわけだ。
体長12メートル、重さ15トンにもなるジンベエザメは、クジラに次ぐ巨大生物。ジンベエザメには目立った歯はなく、食べ物は小さなプランクトン。大きな口を開け、海水ごと飲み込み、えらで漉(こ)しとって食べる。巨体を支えるのに必要な量の食べ物を得るため、1日にプール2個分もの膨大な海水をろ過している。
ジンベエザメの寿命は70年。地球上に棲むジンベエザメは、すべて一つの家族のようなもの。これは、世界各地のジンベエザメの遺伝子を比較して判明した事実だ。
オオアリクイには歯が一本もなく、舌が異様に長く、体温が哺乳類のなかで最低。オオアリクイはアリを主食とするが、決して食べ尽くすことはしない。こうやって決してなくなることのない安定した食料資源になっている。
オオアリクイは、舌全体の長さを35%も変化させることができる。口の先から舌を30センチ以上も外に出して、アリを舐(な)ととって食べる。舌を出し入れする速さは1分間に150回。1秒あたり2.5回。オオアリクイの舌から粘液が出て、アリをすくいとる。では、どうして、その粘液は口の周囲をベトベトにしないのか…。
オオアリクイの舌の粘液は、シロアリをくっつける瞬間には粘り気があるのに、口に戻ったときには粘着性がなくなる。
サルの親は子どもサルに食べ物を与えることはしない。積極的に与えるのは人間だけ。チンパンジーやオランウータンでも、そばにいる子どもが自分の食べているのを横から取ることを許すだけで、与えることまではしない。
フサオマキザルは、ヤシの実を石にぶつけてエサをとる。これには2年から4年以上もかかることがある。
面白い本でした。さすが「ダーウィンが来た」のディレクターだった人による本です。
(2021年4月刊。税込1760円)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.