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2020年9月 の投稿

少年と犬

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 馳 星周 、 出版 文芸春秋
著者のいつもの作品とは一味ちがっていて、ともかく最後までぐいぐい作中の世界にひきずり込まされ、読ませます。
タイトルからして、犬派の私を惹きつけますので、本屋で買い求めるや帰りの電車のなかで一気に読了しました。いつもなら途中でウトウトすることもあるのですげ、いつのまにか終着駅にいて驚いたのでした。
末尾の初出誌『オール読物』によると、最尾の「少年と犬」が実は真っ先に書かれたものだということです。人間のほうは6篇全部が異なるのですが、犬は同じですから、モノ言わぬ犬が主人公のようなものです。しかもこの犬はとても賢くて、人間のコトバも気持ちも全部お見通しで、迫りくる危険を察知(予知)する能力の持ち主です。小説とはいえ、犬の生態そして人間との深い関わりがよく描けています。
犬を取り巻く人間世界は総じて悲惨です。自己責任で社会から冷たく切り捨てられた家庭が次々に登場します。そこらあたりは、切ないというか、やるせない気分になってしまいます。
そして、この主人公の犬にはマイクロチップが埋められていて、それで素性が判明し、同時に、このストーリーの落ちが明かされるのでした。これ以上のネタバレは読者の読む楽しみを一つ奪ってしまいますので、やめておきます。
私も犬を飼いたい気持ちはありますが、年齢と旅行できなくなることを考え、あきらめています。犬派として、たっぷり犬を堪能できる小説でした。最新の直木賞受賞作品ですが、文句ありません。
(2020年8月刊。1600円+税)

共感経営

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 野中 郁次郎 ・ 勝見 明 、 出版 日本経済新聞出版
コールセンターの受注率が高くなるのは、オペレーターのスキルとは何の相関もなく、主な要因はオペレーターのその日の幸福度による。休憩中にオペレーター同士の雑談が活発なときは、コールセンターの集団全体の幸福度が高く、受注率も高い。そして休憩中に雑談がはずむのは業務中のスーパーバイザー(管理者)の適切なアドバイスや励ましの声かけにある。
なるほど、ですね。やっぱり、人間として大切にされているという実感があれば仕事もはかどるというわけなんですよね。
人間関係の本質は共感にある。外から相手を分析するのではなく、相手と向きあい、相手の立場に立って、相手の文脈の中に入り込んで共感すると、視点が「外から見る」から「内から見る」に切り変わり、それまで気づかなかったものごとの本質を直観できるようになる。そしてペアが出来上がると、二人称の世界となり、新しい発想が生まれる。
ニッサンの「ノート」eパワーは、ブレーキを踏まずに車を「止める」ことができる。回生ブレーキは、エンジンブレーキより3倍以上の制動力が生まれる。そのため、市街地だと、オートマティック車に比べて、ブレーキの踏み替え回数が7割も減る。eパワーは、ハイブリッドと呼ばず、eパワーという固有名詞のままを名乗った。モーター駆動の走り味に乗った人が感動してくれる。ええっ、どんな乗り心地なんでしょうか…。
バンダイのカプセルトイの「だんごむし」は、2018年8月から2019年5月までの10ヶ月間で100万個を売りあげた。実物のダンゴムシを10倍に拡大し、丸まる仕かけを組み込んで立体化した。
ポーラの薬用化粧品は、シワを改善する医薬部外品として承認されたものだそうです。人の皮膚にシワができるメカニズムを15年かかって解明したのでした。ポーラ化粧品は全国に4万5000人もの販売員がいるそうです。たいしたものです。
シワの部分には白血球の一種である好中球が多く集まっている。好中球からは、好中球エラスターゼという酵素が出る。そして、ニールワンというアミノ酸誘導体を合成した素材が抑制剤として有効なことを発見した。そして、ついにリンクルショットとして売り出した。
リンクルショットの開発チームには、やり抜く力、自制心、意欲、社会的知性、感謝の気持ち、楽観主義、好奇心の7項目すべてがあった。
共感による一体感から来るパワーを「同一力」と呼ぶ。人は相手に共感して一体感を抱くと、相手の目標が自己の目標と同一化し、達成に向かって強く動機づけられる、と同時に、自発的な自己統制が働く。同一力による自己統制であるから、誰も他人から統制されているとは思わない。誰もが高い当事者意義をもって実践知を発揮するようになり、それが未来創造を加速させる。このようにしてメンバー相互のあいだに強い統制力が働く集団は生産性も高くなる。
共感経営というのは初めて聞くコトバでしたが、書かれていることは、しごくもっともなことだと思いました。企業は株主のもうけだけをみていたらダメ。顧客も従業員も大切に扱うことで生きのびられる。このことを改めて教えられた本でもありました。
(2020年7月刊。1800円+税)

動きだした時計

カテゴリー:アジア

(霧山昴)
著者 小松 みゆき 、 出版 めこん
著者が認知症になった高齢の母を新潟県からベトナムに引きとった顛末記(『越後のBaちゃん、ベトナムへ行く』)は面白く読みました(このコーナーでも紹介しました)。それは、日越合作の映画「ベトナムの風に吹かれて」になり、松坂慶子・主演だったようです。残念ながら見逃しました。
この本で著者の歩みを始めて知りました。私と同じ団塊世代で、新潟から中学を卒業して上京し、東京で住み込みで働くうちに定時制高校に通い、夜間の短大を卒業して労働旬報社につとめ、東京合同法律事務所にもつとめていたのです。
そして著者は一念発起し、ベトナムで日本語教師として働くことにしました。日本語教師として教えていると生徒のなかに、私の父は日本人ですという男性がいて、著者は面くらいます。ベトナムに日本人がいただなんて…。
調べてみると、日本軍がベトナムを占領・支配していた時期があることが分かりました。
日本敗戦時、北部に第21師団、南部に第2師団がいて、武装解除された日本兵は北部で3万人、南部に7万人ほどいた。また、民間人も、北部に1400人、南部に5500人いた。そして、600人の元日本兵がベトナムに残留した。その多くはベトミンの要請にこたえて、ベトナム人に軍事指導した。この600人の半数はベトナムで戦病死し、インドシナ戦争が1954年に終結したとき200人いて、うち71人が日本に帰国した。
ベトナム中部クアンガイ省に陸軍士官学校が創設され、400人の学生を4隊に分け、4人の日本人教官と、4人の下士官が軍事教練した。
93歳のボー・グエン・ザップ将軍は、日本人教官によるベトナム軍の育成、貢献は大きいとカメラの前で語った。
いやあ、知りませんでした…。
それで、著者は、ベトナムに残された家族の要請を受けて、日本に戻った元日本兵をたずね歩くのです。大変な苦労がこの本で詳しく明らかにされています。
なかには、会いたくない、話したくないと拒絶されることもありました。
ベトナムに妻子を「待たせ」ながら、日本で結婚して子どもをつくった人たちもいます。両方の家族がわだかまりなく会えるのかどうか…。
この本で圧巻なのは、著者たちの苦労がベトナム大使の理解を得、ついには、2017年3月2日、ハノイに天皇夫妻が残留日本兵家族と面談したこと。これで、日本のマスコミを通じて、日本人に問題を一挙に理解してもらえたのでした。
しかも、このとき、著者自身が「お母さまを(ベトナムに)お連れになったんですってね」と声をかけられたというのです。いやあ、これは、たいしたことですよ…。
パラオ、ペリリュー島への慰問といい、天皇夫妻の東南アジア歴訪は、それが天皇制維持の目的があったとしても、私は現代日本において、日本人の戦争観を深めるきっかけになりうるものとして、いくら甘いと非難されても、高く評価します。
著者の大変な苦労がこれで大いに報われたと思います。世の中には、いかに知らないことが多いか、また、今からでも遅くないので、発掘すべき事実があることを思い知らされた本でもありました。
同世代の著者の今後ますますの健筆を大いに期待しています。
(2020年5月刊。2500円+税)

白人ナショナリズム

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 渡辺 靖 、 出版 中公新書
この本を読んで笑ったのは、白人ナショナリズムの人たちが牛乳を一気飲みして、白人の優位性を示しているという話です。ユーチューブで、白人ナショナリストが牛乳を飲みながら、「牛乳が飲めないのならアメリカを去れ」と叫びます。牛乳が白人ナショナリストのシンボルになった。というのは、黒人やアジア系は牛乳を飲むとお腹をこわすが、白人は牛乳にふくまれる乳糖を消化するラクターゼという酵素をもっているから、大丈夫だというもの。
どうして、こんなことが白人優位の根拠になるというのか、理解に苦しみます(たしかに私は牛乳をたくさん飲むと、通じが良くなります)。ことほどさように、白人優位というのが客観的根拠に乏しいということを意味しています。
アメリカには不法移民が1050万人いる(2017年)。これは外国で生まれたアメリカ移住者4560万人の23%に相当する。最高時(2007年)の1220万人よりは減っているが、そのまえの1990年の350万人の3倍だ。メキシコ出身者が半分近い(47%)。
KKK(クー・クラッフス・クラン)は、最盛時の1920年半ばに300万~500万人の会員がいた。KKKは黒人排斥の前に、カトリック・ユダヤ人そして黒人をターゲットとしていた。
いやあ、これは意外でしたね…。
アメリカのトランプ大統領も白人ナショナリズムに同調した発言を繰り返す。
「移民はアメリカにいられることに、ひたすら感謝し、おとなしく服従すべきだ」、「そんなに嫌なら、アメリカから出て行け」というのは、自らを社会の所有者のようにとらえ、新参者を排除しようとする土着主義(ネイティビズム)の典型だ。
白人ナショナリストには高学歴の人が少なくない。リベラル派から白人ナショナリストに転向した人も珍しくはない。反グローバリズムという点ではリベラル左派とナショナリストは合致する。ただし、ほとんどのリバタリアンには、白人ナショナリストのような集合主義とは明確な一線を画している。
白人ナショナリストは、遺伝学に強くこだわると同時に、反ユダヤ主義も根強い。アメリカを第一次世界大戦に駆り立てたのはユダヤ人だ。リンカーン暗殺もユダヤ人の仕業だ。そんな具合だ。
トランプ大統領の世界的評価はとても低いと私は考えていますが、アメリカ国内ではプアー・ホワイト(貧乏な白人たち)の支持は意外にも著しい低下傾向にはないようです。
インチキを重ねて超大金持ちになったトランプが生活に苦しんでいるプアー・ホワイトの味方であるはずもないと思うのですが、まだまだその醜悪な実像がアメリカ国内で広く知られていないようなのが、とても残念です。
(2020年5月刊。800円+税)

元徴用工和解への道

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 内田 雅敏 、 出版 ちくま新書
2018年10月30日、韓国大法院(日本の最高裁判所にあたる)は、戦時中、日本製鉄で強制労働させられた韓国人元徴用工が損害賠償を求めた裁判で、会社に賠償を命じる判決を言い渡した。その後、三菱重工についても、同じような判決がなされた。
徴用工は、戦前に日本の植民地下にあった朝鮮半島から多くの人々が日本に連れてこられ、鉱山、炭鉱そして工場で過酷な労働に従事させられた人々のこと。初めは募集、官斡旋(あっせん)、そして国民徴用令による徴用となったが、形式の違いはあっても実態として強制労働だった。
私の父も三池染料の徴用係として朝鮮半島から徴用工を連れてきたと生前に語り、驚きました。
日本社会では、この大法院判決を安倍内閣を先頭として「ちゃぶ台返し」として非難する人々がいる。それは、1965年6月の日韓基本条約・請求権協定で決着ずみだという。しかしながら、実は日韓請求権協定で放棄されたのは、国家の外交保護権であって、個人の請求権まで放棄されたわけではない。
ところが、日本のマスコミの多くは、そこを区別せず、避難の大合唱に加わっています。
たしかに、1961年12月に韓国政府が8項目12億2千万ドルを日本政府に要求したなかには、徴用工についての賠償として3億6400万ドルがふくまれていた。これに対して日本政府は、元徴用工に対する賠償を否定しながら、12億ドルの要求を3億ドルに値切って政治決着させた。なので、韓国政府としては、請求権協定のあとは日本政府に元徴用工についての賠償は求めていない。
なるほど、そういうことだったんですね…。
そして、日本の国会では、個人の請求権が消滅していないことは繰り返し、政府答弁で名言した。
「これは、日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したということ。したがって、個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない」(1991年8月27日、柳井俊二・外務省条約局長)
河野太郎外務大臣も、最近の国会で、個人請求権が消滅していないこと自体は認めた(2018年11月14日)。
ところで、同じように強制連行された中国人元徴用工について日本の裁判所は時効だ、除斥期間を過ぎているとして請求棄却して大きく批判された(1997年12月10日、東京地裁判決)。この判決を原告側が控訴したところ、東京高裁(新村正人裁判長)は和解を勧告し、2000年11月29日、和解が成立した。そして、その後も、2009年10月23日、西松建設広島安野の和解、2016年6月1日の三菱マテリアル和解と続いた。ただし、鹿島建設が和解において法的責任を認めたわけではないとしたことから、日中間で、いくらかゴタゴタが起きた。
責任といっても法的責任と道義的責任がある、また三菱マテリアル和解のときには「歴史的責任」と表現された。そして、原告側が被告の主張を「了解した」というのも、承認・了承ではないということなのだが、その差(違い)は微妙なところだ。
この本によると、朝鮮人元徴用工との裁判で新日鉄や日本鋼管、そして不二越が和解に応じて、解決金200万円、410万円、3000万円を支払ったことも紹介されています。
判決だけでなく、和解による解決金支払いという決着もありうるわけです、
そのとき、最高裁判所に「付言」があったことの意義も著者はきちんと評価しています。
最後に、裁判官の苦悩を少し紹介します。
2006年3月10日の長野地裁・T裁判長(この人だけ、なぜか実名ではありません)
「和解が成立できなかったことを残念に思い、お詫びします。自分は団塊の世代で全共闘世代に属するが、率直に言って私たちの上の世代は随分ひどいことをしたという感想を持ちます。裁判官をしていると、訴状を見ただけで、この事案が救済したいと思う事案があります。この事件も、そういう事件です。一人の人間としては、この事件は救済しなければならない事件だと思います。心情的には勝たせたいと思っています。しかし、どうしても結論として勝たせることができない場合があります。このことには個人的葛藤があり、釈然としないときがあるのです。最高裁の判決がある場合には、従わざるをえません。判決を覆すには、きちんとした理論が立てられないとやむをえません。この事案だけに特別の理論をつくることは、法的安定性の見地から出来ません…」
2007年3月26日、宮崎地裁・徳岡由美子裁判長
「当裁判所の認定した本件で強制連行・強制労働事実にかんがみると、道義的責任あるいは人道的責任という観点から、この歴史的事実を真摯に受けとめ、犠牲になった中国人労働者についての問題を解するよう努力していくべきもの…」
2005年3月7日、福岡高裁宮崎支部・横山秀憲裁判長
「被告弁償によって解決すべきであると判断した。当裁判所も和解に向けた努力をしてきたが、現在に至るも解決できず、判決することになった。今後とも、関係者の和解に向けた努力を祈念する」
2009年11月20日、仙台高裁・小野定夫裁判長
「強制労働により、きわめて大きな精神的・肉体的苦痛を被ったことが明らかになった。その被害者らに対して任意の被害救済が図られることが望ましく、これに向けた関係者の真摯な努力が強く期待される」
大変、時宜にかなった、すばらしい内容の新書です。広く読まれることを心から祈念します。あわせて、著者の今後ひき続きの健筆を期待します。
(2020年7月刊。880円+税)

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