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2020年7月 の投稿

考えるナメクジ

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 松尾 亮太 、 出版 さくら舎
わが家の台所の板張りの床に、ときにぶっといナメクジ様が鎮座しておられます。そんなときは、うやうやしく白い紙に包み外に放り出させていただいています。もう、もったいないので塩を振りかけて溶けるのを待つようなことはいたしません。
そんな身近なナメクジを研究対象とし、研究室で何千匹も飼って育てているという奇特な学者がこの世にいるのです。信じられませんね…。
日本でよく見かけるナメクジは外来種のチャコラナメクジで、在来種のほうはフタスジナメクジ。こちらは体が大きくて、這い方がスローモー。でしたら、わが家に出没するのは在来種のフタスジナメクジでしょうか…。
著者の研究室では20年近く、常時3000~5000匹のナメクジを維持・繁殖している。現在、なんと38世代目とのこと。飼育箱を取り替え、エサを補充するのに1回あたり3時間かかる。エサは野菜くず。
ナメクジは単細胞生物なので、「動物」ではない。
ナメクジは、水さえあれば、絶食しても1ヶ月半は生きている。
ナメクジは明るい場所を嫌い、暗い場所を好む。それは乾燥を避けるため。カタツムリと違って殻をもたないナメクジの宿命。
ナメクジの寿命は1年から2年ほど。
ナメクジを生(なま)で食べると、寄生虫が脳まで達して重篤な病気になることがある。
ナメクジには脳も心臓もある。その血は赤くない。
ナメクジは頭部右側の孔(あな)から受精卵を産み落とす。
ナメクジの脳は、大きさ1・5ミリ角ほど。ナメクジには、脳で記憶するだけでなく、触覚にあるニューロンにも保持されている。
そうなんです。ナメクジには脳があり、きちんと記憶できるのです。
ナメクジの脳(前頭葉)をピンセットで潰しても、1ヶ月で前頭葉は再生する。大小二対ある触覚も、切断されても自発的に再生する。
ノロノロというペースのナメクジは、1分間に18センチ進む。1時間では10.8メートル進む計算だ。
つかまえどころのないナメクジを研究し続けているなんて、すばらしいことだと思います。それにしても、よりによってナメクジを研究対象とし、さらに人間との相違点を探ろうというのに、ほとほと驚嘆するばかりです。
(2019年10月刊。1600円+税)

総力戦としての第二次世界大戦

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 石津 朋之 、 出版 中央公論新社
第二次世界大戦の実際をたどった貴重な労作です。
総力戦とは何か…。戦闘員(軍人)と非戦闘員(一般国民)の区別を無視して戦われる戦争のこと。そこでは、軍事力はもとより、交戦諸国の経済的、技術的、さらには道義的な潜在能力が全面的に動員される。
そして、国民生活のあらゆる領域が戦争遂行のために組織され、あらゆる国民がなんらなかの形で戦争に関与することになる。したがって、敵に対する打撃は、単に敵の軍事力だけでなく、「銃後」の軍需生産はもとより、食糧ならびに工業生産全般の破壊、およそ国民の日常生活の麻痺にまで向けられる。
さらには、国民の士気の高揚、逆にまた敵国民の戦争への意欲をそぐための宣伝、すなわち戦争の心理的側面もきわめて重要な意味をもつことになる。端的にいうと、「総力戦」の時代においては、戦争の勝敗は、もはや戦場で決まるのではなく、国家の技術力や生産力の動員能力の有無によって決定される。
ドイツは西方戦線で圧倒的な物量をもって攻撃を始めたのではない。ドイツ軍と英仏軍は戦力はほぼ互角だった。ドイツ軍は空軍力では優位だったが、戦車の数では劣っていた。フランス軍3000車両、イギリス軍200車両に対し、ドイツ軍2700車両だった。そして戦車の性能に決定的な差異はなかった。ドイツ軍は、歩兵部隊や砲兵部隊の一部は最後まで馬に頼っていた。
「電撃戦」でのドイツ軍の勝利は、優れた運用の結果であり、物量の差ではなかった。
英仏連合国軍の大多数の将校にとって、戦車は「馬車の延長」でしかなかった。
政権を掌握したあとのヒトラーは、あまり大衆の面前での演説を好まなくなった。これに対して、チャーチルは、ラジオなどを通じて常に国民に語りかけた。
わが安倍首相は記者会見のときでさえ、プロンプターというカンニングペーパーなしでは話せないようです。その点、ドイツのメルケル首相とは格別の開きがあります。
ドイツのロンメル将軍について、現在では必ずしも名将と呼ぶに値する軍人ではなかったという評価が歴史家のあいだでは一般的だとのこと。要するに、兵站(へいたん)を無視して、戦術的な勝利ばかりを追求していた軍人だと酷評されているわけです。
ノルマンディー上陸作戦の始動が知らされたとき、ヒトラーは寝ていたわけですが、仮りにすぐ起床して動き出したとしても、連合軍の上陸地点の本命はパ・ド・カレー地区であって、ノルマンディーは陽動作戦だと思っていたので、たいした対策はとらなかっただろう…、としています。なーるほど、ですね。
それにしても、ドイツ軍の目くらましのために連合軍は、いろんなことを準備していたことを改めて知りました。要するに、パ・ド・カレー上陸作戦を本物だと勘違いさせるため、パットン将軍を責任者とする軍団を新設し、しきりに無線で連絡をとりあっていた様子まで演じていたわけですし、お金も手間ヒマもかけていました。
ノルマンディー上陸作戦のとき、アメリカ軍はオマハ海岸で苦戦したが、それはドイツ軍の戦力を過小に評価していたことによる。
日本では戦前・戦後の現代史について、学校では十分な教育がなされていない。それで、日本人は十分に戦争を認識していない。もどかしい限りです。
第二次世界大戦における日本の果たした役割や現実について、もう少し分かりやすい解説があればよかったのですが…。
あなたも、図書館で手にもって通読してみてください。
(2020年3月刊。3500円+税)

未来のアラブ人

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 リアド・サトゥフ 、 出版 花伝社
シリア人の父とフランス人の母のあいだに生まれ、幼年期をリビア、シリアそしてフランスで過ごした著者が、誕生から6歳までの自分の体験をマンガで紹介しています。
リビアはカダフィ政権下にありました。自称・社会主義を目ざしていたようですが、とにかくモノが極端にない生活だったようです。
そして、シリアではアサド政権下です。おそらく父アサドの時代でしょう。シリア人の父は成績優秀、奨学金を得て、パリのソルボンヌ大学に留学し、そこでブルターニュ出身の母と出会ったのです。
父はシリア出身で、イスラム教はスンニー派でした。そして、ドクターを目ざし、ドクターを得ると、リビアに渡って大学の教員になったのでした。
そして、いったんフランスに戻ったあとシリアに渡ります。ところが、フランス人の母をもつ子ども(著者)は、「ユダヤ人」とされ、シリアの子どもたちから、親戚でありながらもいじめられたり、大変な日々です。
それでも、著者は母親とともにたくましく生き抜いていくのでした…。
リビアそしてシリアでの過酷な生活がマンガで実によく描かれていると思いました。
オビにフランス発200万部の超ベストセラーと書かれています。ほんとかしら…と疑ってしまいますが、そんじょそこらの薄っぺらなマンガ本とはまるで違っていることは間違いありません。世界を複眼的にみるためには必読(見)の本だと思いました。
(2020年3月刊。1800円+税)

ハーレム・チルドレンズ・ゾーンの挑戦

カテゴリー:アメリカ

(霧山昴)
著者 ポール・タフ 、 出版 みすず書房
いとこも、おじも、父親も、みんな刑務所に入ってるようなコミュニティで育つ子どもは、刑務所に行くなんてたいしたことじゃない、そう思って育つだろう。出会った大人がみんな刑務所に行ったことがあるようなら、大勢に子どもを失うことになる。子どもたちはそんな大人を尊敬し、いとも同じ環境に吸いこまれてしまう。
反対し、もし大学に入った子どもが何百人もいたら、少なくともハーレム地区で貧困のうちに大人になるのとは違う見通しが得られる。
このプログラムの目標は、子どもの学力をトップレベルまで引き上げることではなく、10代の若者をほどほどの成功へと誘導すること。つまり、犯罪から遠ざけ、何かを達成させ、高等教育のプログラムを受けさせること。
この本は、ハーレムに住む子どもたちを全体として大学に行けるようにすることを目指す苦難の取り組みを紹介しています。こうやって成功しました、という単純なストーリーではありませんが、着実に成果は上がっているようです。大学に入った子どもが150人いたとか284人もいたという数字も紹介されているのです。刑務所に行ったり、途中で殺されたりするより、大学に入ることは、よほどましなことですし、次に続く子どもたちに良き手本となるに違いありません。
でも、このプロジェクトのためには人材とお金が必要です。幸い、アメリカは懐(ふところ)が深い人がいて、投資家などの大金持ちが相応の寄付をしてくれるようです。でも、そのためには当然のことですが目に見える成果もあげないければいけません。
そのとき、出来る子どもをさらに伸ばすというのは容易でしょうが、成績が底辺にあって、親の協力も難しい子どもたちを全体として底上げするというのは、それを聞いただけでもきわめて困難な課題だということがよく分かります。でも、そこに果敢に挑戦していくのです。
アメリカにも、こんな人々がたくさんいて、だからこそオバマ大統領は誕生したんだな、サンダースもがんばれたんだな、そう思わせる取り組みです。
アメリカの主流である中産階級の一員として、立派に社会的役割を果たせる大人に成長してほしい。そのためには、思春期を生き延びて高校を卒業し、大学に入学して、きちんと卒業する。このためには何をなすべきなのか…。
支援プログラムへの参加率が10%くらいだと、参加者が近隣住民に与える影響はほとんどない。ところが、参加率が60%になると、プログラムに参加するのがあたりまえになり、同時に周囲の価値観も変わってくる。
ハーレムの一区画に3000人の子どもが暮らしていて、その60%は貧困ラインより下の生活水準で、4分の3は読解力と算数の試験でいつも全国平均下まわっていた。
アメリカの刑務所を運営している人物は、3年生に注目している。毎年、3年生の試験の成績をみて、20年後にどれだけの監房が必要になるのかを予測する。
この話は、ほかの本でも同じことを読みましたので、本当だと思います。小学校の成績(勉強の到達度)が大人になってからの犯罪者数を予測できるなんて、実に恐ろしいことです。
マンハッタンで暮らす、5歳未満の子どものいる白人家庭の平均年収は28万4千ドル。ところが、同じ条件の黒人家庭の平均年収は3万1千ドル。これでは、とても子どもたちは同じスタート地点に立っているとは思えない。
ハーレムの若者の平均寿命はバングラデシュの若者の平均寿命より短い(1990年)。
ハーレム地区の殺人による死亡率は、ニューヨーク市全体の14倍。
1991年、銃撃による死亡はアメリカの15歳から19歳までの黒人男性の死因の第一位で、全死亡者数の半数。ハーレムでは銃と麻薬が問題だ。
プログラムの一環として、日常生活のあらゆる場面で子どもにたくさん話しかけることを親たちに促した。
勤勉と品行方正の二つを子どもたちに守らせる。そのため親と生徒に契約書にサインさせる。できなければ退学。こんな方法もありますが、この本では、そうではない手法で進めようとしています。当然、大変な困難にぶつかります。
「腐ったリンゴ」を排除していくやり方は本当に正しいのか、それで当の本人も、周囲の子どもたちも救われるのか、果たして解決になるのか…、難しいところですよね。
里親に養育されている子ども、離婚した両親が親権を争っている子ども、兄弟が刑務所にいる子ども、夜眠るにも静かな場所のない子ども、怒りを抱えていたり、抑圧されていたり、ただ悲しみに暮れている子ども、いろんな子どもがいる。
子どものころ言葉のシャワーを浴びることが脳の発達にいかに強烈な影響を与えることか…。子どもが印刷された単語を読む能力のレベルは親の収入のレベルとほぼ一致する。
幼少期に読解が得意だった子どもは、長じてすばらしい読みになる。
アメリカはニューヨークのハーレム地区における素晴らしい教育実践のレポートです。
私は、この本を読んで、アメリカもまだまだ捨てたもんじゃないと思いました。少し高価ですので、ぜひ図書館に注文して借りて読んでみてください。
(2020年5月刊。4500円+税)

あたいと他の愛

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 もちぎ 、 出版 文芸春秋
「ゲイ風俗のもちぎさん」って、その世界では有名人らしいですね。ツィッターのフォロワーも47万超だとのこと。まったく私の知らない世界です。
父親は自殺し、母親は「毒親」。苦しい家庭環境でも、初恋の先生(男性)、腐女子(BL大好き)の友だち、ゲイの仲間、そして実姉。
「かけがえのない出会いと愛と優しさと勇気が、あたいを支えてくれた」
これはオビのコトバですが、まったくそのとおりの苦難にみちみちた生活を著者は今日まで送ってきたのでした。
母親について、「ちょっとヒステリックな母ちゃん」と言ったり、「いわゆる毒親のシングルマザー」としたり、「母ちゃんも不安に怯えてただけの人間だったのかなって感じる時もある」としています。
父親は著者が小学1年生のころ、借金ができて偽装離婚したあとに自殺しました。
生活保護を受けた母親は、給与明細の出ない自営業の店でアルバイトしろと娘(著者の姉)に押しつけ、姉は週6日アルバイトして高校を卒業した。そして、母親はコインゲームに入り浸っていて、家事もあまりしない。
母親は高校生、父親は中卒で働いているとはいえ、まだ20歳前。そして、母親はまもなく妊娠した。母親は箱入り娘で、ちょっとワルな父ちゃんに惹かれて一緒に夜遊びばかりするようになった。それで生まれたのが姉。母親の実家は、その後も母親を甘やかし続けた(らしい)。
父親が商売に失敗して借金をこしらえ、生活が行き詰まると、母親は子どものように毎日騒いで、父親に非難の声を浴びせ続けた。そして、父親は精神的に参って偽装離婚を申し出て、そのあと…。
母親は、一変した。それまでのただの専業主婦から、自分が母親であることを嫌悪した苛烈な独裁者のように変化してしまったのだ…。
母親は、よくわからないタイミングで怒った。
初対面の人にはとにかく気をつかって体裁よく振る舞う。
著者に向かって、「あんたは産むんじゃなかった」とよく言った。
これって、絶対に子どもに言ってはいけない言葉ですよね…。
母ちゃんは、いま思えば少女だった。自分は守られるべき弱い人間なんだと暗に訴えていた。
誰かが母ちゃんを少女のように庇護下に戻してケアしてあげれば、母ちゃんも救われたかもしれない。母ちゃんは、どこまでもこの人は逃げてしまう姿勢なんだと著者は子ども心に感じた。
カナコは誰よりも優しいのに、体格や話し方、性格から、周囲が「女性らしくない」と判断して、それでからかい始めた。きゃしゃな女性らしさをもたないから、粗暴な人間だと勝手に決めつけて…。
社会は変わらない。他人は変えられない。だから自分のアイデンティティを変えるか隠せばいい。それがカナコの学んだ処世術で、変えられない自分の特徴をもつカナコにとっての残酷な現実だった。カナコは高校2年生の著者にこう言った。
「おまえはゲイさえ隠せば、あたしみたいに笑われ者にならないんだよ。同じ生まれもっての『普通じゃない人間』でも、おまえとあたしは違う。だから、おまえは絶対にゲイってバレないように生きろよ」
インターネットの世界を通じて、意外に、この世界にはゲイがたくさんいること。お金を支払って性行為に及ぶ大人が多いことを知った。ただ、『売春』すると、お金のためとはいえ、あたいは少しずつ、心が死んでいくような思いがした。
「相手を否定したり、屈服させるためだけに生き続けたらダメだ。他人に生き様の動機を置いていたら、それは自分の人生を自分の理由で生きられない無責任な奴になるってことなんだぞ。失敗しても他人のせいにする大人になる。だから母親を見返すためだけに生きた大人にはなるな」
これは、ゲイ風俗の店で著者が働いていたときの店長のコトバだそうです。すごい店長ですね、カッコイイです。すばらしい。まったくそのとおりだと私も思います。こんな大人に出会えて、著者はこんな心を打たれる本を書いて自分の母親を振り返ることができたのですね…。いい本でした。
(2019年11月刊。1200円+税)

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