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2019年9月 の投稿

ある「BC級戦犯」の手記

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

(霧山昴)
著者 冬至 堅太郎 、 出版  中央公論新社
敗戦の年の1945年6月、福岡市はアメリカ軍のB29の大々的な空襲によって壊滅的被害を落った。空襲で母親を亡くした著者(当時31歳、主計中尉)は、B29の搭乗員4人の処刑に志願し、4人の捕虜を日本刀で斬首した。敗戦後、それをアメリカ軍が知り、著者は逮捕され、裁判の結果、死刑を宣告された。巣鴨プリズンで死刑囚として2年半ものあいだ過ごした。本書はそのときに書いていた日記をもとにしています。
著者は一橋大学を出たインテリであり、妻子もありました。ところが、母親を空襲で死に至らせたB29の搭乗員4人の斬首に志願したのです。戦争は人を変えるとは、このことでしょう。
アメリカ軍が日本に上陸してきたら、妻子を先に殺して、自決するつもりだったというのですから、異常な心理です。といっても、それがフツーの帝国軍人の心理だったのでしょう。戦争は善良な人を鬼にしてしまうのです・・・。
死刑囚となった著者は、苦悩します。
神の前では、自分の責任を考え、死刑の運命は当然だと思っても、では、上官や国家の責任はどうなるのかという疑いは去らない。
仏像の写真を切り取って自室の壁に貼り、朝夕、拝んでみるけれども、心は晴れない。神の存在も仏の言葉も信じることができない。
親鸞の『歎異抄』には、「自分のはからいを捨てて・・・」とあるが、それは人間本来の生き方とはそもそも矛盾するのではないか・・・。
著者は次々と死刑囚が処刑されていくのを見送っていきます。次は自分の番だと覚悟させられる不安多い日を過ごしていたのです。
それが、マッカーサーの「確認」によって、ついに終身刑に減刑され、拘置所から出たのは昭和31年(1956年)7月のこと。42歳になっていた。出所してからは福岡市内で文房具店(「とうじ」)を営み、博多どんたくにも参加し、1983年に68歳で亡くなった。
著者は、来世も浄土も信じられない。「私という人間は、死の瞬間から消滅する」と考えた。
私も、著者とまったく同じです。
身体の一部は原子となって宇宙空間を果てもなく漂っていくことでしょう(まさしく不滅の存在です)。でも、私という精神は、そこにはないのです。死後の世界があると考えろというのは、私にとって理不尽としか言いようがありません。
著者は死刑囚として多くの宗教書を読んだが、そのほとんどは公式的なことの繰り返しで、少しも心に響いてこなかった。それらの本を書いた人自身は、「大死」も「心頭滅却」もしていないことは明らかだ。
死刑囚になって、便せんと鉛筆をもらう。鉛筆1本で1ヶ月分だという。1ヶ月分が1本ではとうてい足りない。そこで、鉛筆を水に漬けて2つに裂き、芯をとり出し、木部の先を尖らせて、これに芯をはさんで紙の筒に押し込んで芯をとめるようにした。
こうやって鉛筆1本で1ヶ月をもたせるという工夫をしたのです。すごい知恵です。これも生き抜くために知恵をしぼったのですね。
著者は処刑者としての責任は負うけれど、殺人者としての罪は拒否しました。
なるほど、客観的にはともかくとして、心理的には、軍法会議の決定(実は、ありませんでした)を「執行しただけ」なのですから・・・。
著者はプリズン内で700頁の小説を書き、短歌や俳句をつくりました。
さらに絵画を得意としていて、アメリカ兵の似顔を描いたうえ、「スガモ三十六景」という版画集まで刊行しています。まさしく異能の人です。そんな多才の人が墜落して助かったB29の搭乗員4人を斬首したというのですから、戦争とは、本当に恐ろしいものです。
(2019年7月刊。2000円+税)

徴用工裁判と日韓請求権協定

カテゴリー:朝鮮・韓国

(霧山昴)
著者 山本 晴太、川上 詩朗、 殷 勇基ほか 、 出版  現代人文社
いま日韓関係は最悪の状況になっています。安倍政権は全部、韓国が悪いと放言し、日本のマスコミも「大本営発表」をうのみにして韓国バッシングのキャンペーンをひたすら続けています。
でも、本当にそうなんですか・・・。少し頭を冷やして、日本と韓国、戦前の朝鮮半島を日本が植民地支配した実際を考えてみませんか・・・。
先日、山本晴太弁護士(福岡県弁護士会)の講演を聞く機会があり、その折に本書を買い求めました。長いあいだ韓国の徴用工問題について原告代理人として裁判をたたかってきた弁護士ですので、その歴史的また法律的解説はきわめて明快でした。
徴用工というのは、結局、日本政府の方針のもとで日本企業が朝鮮半島から日本へ連行してきた労働力として無理やりはたらかせていた人たちのことです。大牟田市では三池炭鉱だけでなく、三池染料(今の三井化学)などでも働かせていました。私の亡父も労務係長として京城の総督府で話をつけて500人の徴用工を引率してきた一人です。悪いことをしたとは思っていませんでした。
徴用工といっても、法的には、募集と官斡旋(あっせん)、徴用の3段階がある。この3つにどれだけ実質的な違いがあるかというと、実はほとんど同じ。募集と官斡旋は、事実上拒否できない「物理的強制」が多く用いられた。徴用は物理的強制だけでなく、拒否すると刑罰を科せられる法的強制が加えられた。
1965年6月の日韓請求権協定では、日本が韓国に対し、無償3億ドル、有償2億ドルの合計5億ドルの経済支援を行うこととし、両国と国民のあいだでは請求権に関する問題が「完全かつ最終的に解決した」(協定2条)とされている。
日韓会談がなされていたころの1953年10月、日本側首席代表の久保田貫一郎は、「日本は36年間(の植民地支配のなかで)、鉄道を敷き、水田を増やし、ハゲ山を緑の山に変えるなど、多くの利益を韓国人に与えた。日本が進出していなかったら、韓国は中国かロシアに占領され、もっとミゼラブルな状態におかれたことだろう。日本によって植民地支配されたこと、韓国が日本に併合されたことについて、韓国は日本に感謝すべきだ」とテレビの前で放言した。
なるほど、高速道路、新鋭製鉄所の建設、ダム建設など、韓国の高度経済成長に日本の経済支援は貢献しました。とはいっても、そのとき経済支援のお金は実のところ日本企業にリターンしていたのです。そして、韓国はアメリカ軍のベトナム侵略のもとで派兵に踏み切ったので、7年間で10億ドルほどの経済援助(特需)を得ていたし、こちらのほうが金額は大きい。
また、被徴用者に対して、韓国政府は死亡者1人につき30万ウォン、総額37億円を支給した。これは、日本の「賠償金」から支払われたものではない。
外交保護権なるものは、国民が外国から不当な扱いを受け、その被害が相手国の裁判などで救済されないようなとき、最後の手段として被害者の国が相手国に賠償を要求する権利のこと。日本政府は、ながいあいだ国家として有する外交保護権は放棄したが、個人請求権は放棄していないという見解を表明してきた。ところが、2000年ころ突如として個人の権利は消滅していないが、裁判による請求はできなくなったという見解に変わった。そして、それを2007年4月27日の最高裁判決は無批判に受け入れた。いつものことながら、司法による情ない行政追随判決です。
韓国の大法院(日本でいう最高裁にあたります)判決が2018年10月30日に出ましたが、実はこれは2012年5月24日の大法院判決と基本的に同旨なのです。すなわち、植民地支配と直結した不法行為による損害賠償請求権は日韓請求権協定の対象とはなっておらず、個人の損害賠償請求権はあるとしました。まったく無理のない判決です。韓国政府が大法院の判決がおかしいなど言えるはずもありません。
中国の徴用工問題については、最高裁判決のあと、その趣旨も生かし、日本企業がお金を支払って無事に和解で解決しました。日韓の徴用工問題にしても同じような決着の仕方を考えたらよいのです。ところが、安倍首相も菅官房長官も、ひたすら「韓国が悪い」「韓国に全責任がある」かのように言い募って韓国を敵視する世論をあおるばかりで、ほとんどの日本のマスコミがそれをたれ流しています。
判例解説が中心なので、少々よみにくいところもありますが、いまこそ大いに読まれるべき本です。どうしてこうなったのか、日本人は戦前の植民地支配にまで立ち返ってきちんと反省すべきだと思います。
(2019年9月刊。2000円+税)

かこさとしの世界

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者  加古 里子PT 、 出版  平凡社
絵本『どろぼうがっこう』は大傑作です。子どもたちに何度よんでやったかしれません。校長のくまさか先生は、歌舞伎役者そのもののいでたちで教壇に立ちます。教室に座って授業を受ける生徒たちは、いずれおとらぬ典型的なヤクザのおっさんたち。よく小学校に見かける小さな机と椅子におとなしく座っているのも愛敬です。そして、抜き足さし足で大きな建物に忍び込むのです。そして、その大きな建物とは・・・。
いやあ、こんなのって、子どもの教育上よくないんじゃないの・・・、そんな非難も受けたそうですが、子どもが絵本の楽しさを味わえるなら、いいじゃないですか・・・。少しくらい「プチ悪」のほうを子どもは好むものです。いつだって品行方正というのは面白くないし、長続きしませんよね。
そして、絵本『からすのパンやさん』も大人気でした。黒くて不気味なカラスは身近な鳥としては不人気そのものです。でも、こうやって絵本になると、どうしてどうして可愛らしいものです。それに、いろんなパンが登場してきて、楽しいのです。
絵本『だるまちゃんとてんぐちゃん』も楽しいですよ。わが家でも大人気でした。
下手(へた)うまと言ったら、怒られそうですが、飛び抜けて絵がうまいわけではありませんが、ともかく親近感のあるだるまちゃんとてんぐちゃんですので、子どもたちは目を離せなくなるのです。
かこさとしは東大工学部を卒業して昭和電工に入り技術者として仕事しながら、なんと川崎市古市場でセツルメント活動として子ども会に関わったのです。私も同じ古市場で若者サークルとかかわる青年部に所属していました。私の入ったサークルは「山彦サークル」といいますが、そのときの仲間に「かっちゃん」がいます。つい先日、50年ぶりに突然、「かっちゃん」から電話がかかってきて大変おどろき、また、うれしく思いました。
かこさとしは古市場のセツルメント子ども会活動のなかで、紙芝居をつくって披露しました。ところが、子どもたちは正直です。つまらないと思えば、紙芝居を放ってどこか別のところへえ遊びに行ってしまうのです。かこさとしは、ではどうやったら子どもたちの心をつかめるのか、研究を重ねました。それが絵本作家の道につながったのでした。
川崎(古市場)セツルメントの大先輩として、心より敬意を表したいと思います。みなさんも、ぜひかこさとしの絵本を手にとって読んでみてください。きっと圧倒されますよ・・・。いえいえ、子ども心に立ち戻れて幸せな気分に浸れますよ。
(2019年7月刊。2000円+税)

犬からみた人類史

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 大石 高典・近藤 祉秋・池田 光穂 、 出版  勉誠出版
犬と人間との関わりについての百科全書です。夏休みの高速道路の行き帰りのSAで一気読みしました。めったに高速道路を長く走ることはありませんが、SAは夏休みの子ども連れでどこも大変にぎわっていました。子連れをみるとうらやましい限りです。
人間にとって犬は他の動物とは違った特異な存在である。形態上は似ていないが、視線を共有するなど、深いコミュニケーションができる関係だ。
人は犬の純粋さを信じるが、犬を裏切ったりもする。
犬は飼い主に殺されることになっても、最後まで人を信じようとする。
この最後のところで、私は泣けました。猟犬が病気になったら、保健所に引き渡して殺してしまう。でも、狩りの場でケガしたら、動物病院に連れていって治療してもらい、死んだら神様として丁寧に祭る。そして、犬肉を食べる地方は少なくない・・・。
イヌとオオカミは、よく似ているけれど違う。遺伝的基盤が異なる。オオカミをイヌのように育てても、完全にイヌのようにはならない。
今の犬にはたくさんの種類があるが、その多くは、ここ200年から300年のあいだに人間がつくり出したもの。
仔犬が生まれて3週間からr12週間のあいだに人間に会わないで育った犬は、人間を極度に恐れたり、攻撃的になったりする。この「社会化期」のうちに、仔犬は、どんな動物が自分の仲間なのかを学ぶ。イヌが人に慣れ、人の「友」になれるのは、この時期に人と接する経験をするから。
縄文時代の人々は、イヌを使ってイノシシ猟をしていた。
イヌは、人の目を見て、ヒトの視線を見る。イヌは、黒目強調型の眼となり、人に対して、「怖くない」存在であること、「幼い」存在であることをアピールした。
忠犬ハチ公が秋田犬だというのはよく知られています。しかし、秋田犬も危うく絶滅しかかっていた時期もあったようです。今では、秋田犬をロシアのプーチン大統領やザトキワ選手に贈ったりして、ますます有名になりました。私は、フランスのロワール河に旅行したとき、シャトーホテルのレストランで食事をしているとき、隣のテーブルのマダムから、「秋田犬はすばらしいわ」と声をかけられたことがあり(もちろんフランス語です)、びっくりしました。テーブルに下に、大きな秋田犬がおとなしく寝そべっていました。いやあ、こんなところでも秋田犬がいて、日本の犬だと知っているフランス人女性がいるのだと感動してしまいました。秋田犬は、とても賢くて、忠実だと最大級の賞賛の言葉を聞かされました。
犬と人間との関わりの百科全書ですので、ここでは書くのをはばかる類の話まで書かれています。犬好きの人には、たまらない本です。
(2019年5月刊。3800円+税)

そしていま、一人になった

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 吉行 和子 、 出版  集英社
私にとって著者である女優の吉行和子とは、山田洋次監督の映画『東京家族』、そして『家族はつらいよ』の祖母というとぼけた役者だというイメージです。
ところが、1957年(昭和23年)、22歳のとき、劇『アンネの日記』の主人公アンネの役を演じたというのです。それも主役が風邪をひいて声が出なくなったので代役として登場し、見事にセリフを一度もつかえずに言えたというのです。立ち稽古には参加していたのですが・・・。すごいですね、著者自身が不思議がっています。それから劇団民芸の若手ホープになったのでした。
舞台が楽しかったことは一度もない。ただ責任感だけだった。私なんかですみません。そんな感じで、申し訳ない気がしていた。
いやはや、とんでもないことですよね。
宇野重吉は著者に言った。
「きみはヘタクソだから、他人の何倍も何百倍も、役について思いなさい。そうすると、その役の心が、客席に伝わっていくものなのだよ」
山田洋次監督は、こう言った。
「科白(セリフ)は、心のなかの思いがひとりでに出てくるようにしてください。表情をつくったり、言い方を変えたり、そういうのではなく、心とつながって自然に言えるようにしなくては、その人間を表現することができません」
「あぐり」で有名な母あぐりは107歳まで生きて、見事に天寿を全うした。そして、兄の作家・吉行淳之介は70歳で病死した。エッセイや対談の名手としてメディアでもてはやされ、女性読者に絶大な人気があった。私は、ほとんど読んだ覚えがありません。
なんだか、しみじみした思いになる家族の思い出話でした。
(2019年7月刊。1700円+税)

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