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2019年8月 の投稿

東京大学駒場スタイル

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 東京大学教養学部 、 出版  東京大学出版会
私の大学生のころにも、金もうけが一番と考えている学生は少なくなかったと思います。でも、それを公然と言うのは恥ずかしいこと、はばかれる雰囲気がありました。
「貧乏人」の寄せ集まる駒場寮で私たちは読書会をやり、卒業後どう生きるかを真剣に議論していました。いえ、これは政治的に色のついたサークル(部室)のことではありません。いわば、ノンポリの寮生が岩波新書を素材として社会との関わり方を議論していたのです。そしてサークルノートを6人部屋で記帳し回覧していました。今も私はそのノートを持っています。
この本を読むと、教養学部長(太田邦史教授)が、「自分のことだけ考えてお金が入ればいいという感じの学生が増えてきているように思う。今の学生は優しい、いい子たちなんだけど、もうちょっと社会や世界のために生きるということも考えてほしいという気持ちがある」と嘆いています。
この発言にノーベル賞を受賞した大隅良典・名誉教授が共鳴して、「われわれの時代だったら、授業がなくなるくらいストライキがいっぱいあっていいはずのことに対して、今の学生はまったく敏感でない」と指摘しています。また、石田淳・前教養学部長も「学生は、もっと社会に対して関心をもってほしい」と注文をつけています。
幸いなことに、私のころには戦前からあったセツルメントサークルが戦後再建されて、地域に出かけて社会の現実に触れ、大いに議論する仲間がいました。社会との関わりも考えさせられました。そして、大学当局が無茶したり、政府が学費値上げを企むと、学生投票で過半数の賛成を得てストライキに突入して、授業がなくなりました。
まあ、無茶といえば無茶なのですが、学生のころには、そんな無駄も許されるし、必要なのだと今では思います。
大隅名誉教授の次の言葉は味わい深いものがあります。
「年齢(とし)をとるということは、切り捨てることなんだよ」
「失敗してはいけないという感覚は、科学とは相容れないもの。科学というのは、ほとんどが失敗の連続」
「いまの社会には、1回だって失敗してはいけないという感覚が若者にある。とくに受験に勝ち残った東大生には、失敗したらマイナスのスパイラルに落ち込んでしまうという恐怖感がすごく強い」
「『できました、先生』、『次は、何をやりましょうか』・・・。こんな感じの学生が東大生にも増えている。自分で課題を発見するより、提起された課題をいかに早く手際よく解く力が大事なことだと思い込まされている。それが問題だ・・・」
これって、本当に大切な指摘だと私も思います。弁護士だって同じことで、自分で物事を考え組み立てる能力が求められます。
この本のなかに、中世フランス語辞典を1人で、5年かけて完成させ、アカデミー・フランセーズから大賞を授与されたという松村剛教授の話があります。これは、すごいことです。学者って、すごいですね。9世紀から15世紀までの北フランス語を中世フランス語と呼ぶのですが、著者は十字軍時代のエルサレム周辺の文献まであたったようです。
毎日毎朝、NHKラジオのフランス語応用編を聞いて書きとりしながら、なんでこんなに進歩しないのかと自らを嘆いている身として、驚嘆するほかありません。学問の道は深く険しいことを少しばかり実感することができました。
駒場寮はなくなりましたが、1号館や九〇〇番教室そして話題の8号館は健在のようです。毎朝、学生気分に戻って浸るつもりでNHKフランス語講座を飽きもせず、聴いています。
(2019年6月刊。2500円+税)

日本人のひるめし

カテゴリー:日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 坂井 伸雄 、 出版  吉川弘文館
私にとっても、昼食に何を食べるかは関心事の一つであり、なるべく美味しくて、量の少ないものを心がけています。
ヨーロッパでは、1日3食のうち昼食がもっとも重要視されているとのこと。でも、フランスを旅行しているときには、昼食もさることながら、夜8時にスタートする夕食も楽しく語らいながらの食事として、1日のフィナーレを飾るものという印象を受けました。
カナダエスキモーの社会では、人々が集まって一緒に食事をする習慣がない。ニューギニア高地にも、1日1回、蒸し焼きにした野菜を集まって食べるだけで、あとは、1人1人が勝手に焼いたイモを食べている。
縄文時代の日本列島の人口は26万人。大部分は東日本に集中していた。文化は西から、当然、西日本のほうが人口も多いと思っていたのですが・・・。
日本人男子の平均身長は、縄文中期に159センチ、古墳時代に163センチ。ところが、鎌倉時代は159センチ、江戸時代は157センチ、明治の初めは155センチでしかなかった。これは、縄文時代の食糧資源が豊かだったことを意味している。うむむ、そうだったのですか・・・。
平安時代は1日2食が普通だった。鎌倉時代の初期、朝廷をふくめた公家社会では1日3回の食事が定着していた。ところが、戦国時代になっても、武士は1日2食が基本だった。庶民のあいだで1日3回の食事が普通になったのは、江戸時代、17世紀半ばすぎからで、まだ300年ほどの習慣でしかない。
弁当というのは、江戸時代までは容器を指していたが、やがて食べ物を意味し、容器は弁当箱と呼ばれた。明治から昭和前半が弁当の最盛期。芝居弁当が幕の内弁当と呼ばれるのは、幕間(まくあい)に食べることから。松花堂弁当は、仕切りのある箱に詰めた弁当のこと。
給食は、明治に入ってからの新しい言葉。給食のはじまりは、兵士に対する給食。学校給食での好き嫌いと大人になってからの嗜好(しこう)とのあいだには、強い相関関係が認められる。
学校給食は、アメリカであまった脱脂粉乳(家畜のえさ)や小麦のまたとない受け入れ先だった。
学校給食の普及は、朝のパン食の習慣を家庭に普及させる引き金となった。
日本人がカレーライスを大好物としているカラクリなど、食事にまつわることが集大成してある楽しい読み物です。
(2019年3月刊。2200円+税)

スペイン巡礼

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 渡辺 孝 、 出版  皓星社
団塊世代(1950年生)の男性が1ヶ月あまりのスペイン巡礼一人旅に出た記録集です。
表紙のカラー写真がいいですね、果てしなく広がる大草原の一本道を世界各国から来た巡礼たちが1人で、カップルで、集団でテクテクと自分の足だけを頼りに歩いていきます。
といっても途中で、膝や足が痛くなると、バスやタクシーも利用し、一休みしながら歩いていくのです。
朝5時20分に起床し、朝食をとって6時40分に出発。外はまだ暗い。歩いている途中で夜が明ける。夜明はいつも感動的だ。
最近、スペイン巡礼に行く人が急増している。2006年に10万人となったあと、2017年には30万人をこえた。10年で3倍。日本からの巡礼者は2005年に282人だったのが、2017年に1500人近くへ5倍も増えた。といっても、まだまだですよね。著者は日本人の若者、女性も男性も、に出会っていますが、同じくらい韓国人も多いようです。
前にこのコーナーで大阪の弁護士の巡礼体験記を紹介したと思います。斉藤護弁護士(1939年生まれ)が2007年4月から6月にかけて、「サンチアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」を歩いたのでした。『アシナガがゆく』という写真集にまとめられています。古稀の年が近くなると、一人旅、しかも人里から隔絶した荒野ではなく、同じように歩いて巡礼の旅をしている仲間がいるところを歩きながら、自分の人生をふり返り、将来を見すえるというのは、とても大切なことだと思いました。
泊まるところも、巡礼者用の安宿(アルベルゲ)だけでなく、ときにそれなりのホテルにも泊まっています。ただ、私には出来ないと思ったのが、スマホを使ったホテルなどの予約です。昔はありえなかったものですが、今はどうやら必須の道具のようです。そうなると、スマホをもたない私には無理だということになります。
そして、語学です。日銀に長くつとめ、フランス駐在の経験もある著者は、英語はもちろんのこと、フランス語も話せます。そして、スペイン語も必死に勉強したとのこと。やはり旅先ではその大地の人と会話ができるかどうか決定的ですよね。ですから私はスペインには行きたくありません。行くなら、やっぱりフランスです。フランスなら、カタコト以上の会話ができるので、なんとかなるのです。
それにしても、巻末に照会されている、たくさんの紀行文には驚きました。その半数は女性です。日本人女性は昔も今も行動的ですね・・・。
読んで楽しい巡礼記です。苦しいこともあり、辛いこともないではないけれど、たくさんの出会いもあり、やっぱり行って良かった、そして読んで良かったと思える本でした。
(2019年5月刊。2000円+税)

「誇示」する教科書

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 佐藤 広美 、 出版  新日本出版社
先日の参議院議員選挙の投票率は全国平均で48.8%、私の住む町は43%でしかありませんでした。かつては強固な労働組合運動があり、革新市長も誕生していた町ですが、労働運動の存在感は薄れ、革新陣営は市長候補も立てられない状況が長く続いています。そして、20代、30代の有権者の投票率は30%ほどでしかないと報道されています。私は、その原因の一つに学校教育があると考えています。
教師は真面目な性格の人が多いけれど、同時に上からの指示に逆らえない人が多数。考える有権者づくりより、親孝行をしましょう、整理整頓しましょうというレベルの道徳教育しかなく、日本史では近現代史をまともに教えない。
そして、大学は学費が高くて、奨学金は学費にみたない。何をやってもダメ、どうで世の中はジタバタしても変わらないという、あきらめムードが蔓延している。なので、若者をはじめ日本の有権者の6割が投票所に足を運ばず、安倍一強政治を与えている気がします。
学校の教科書が今、何を子どもたちに教えているか・・・。知れば知るほど、暗然たる気分になってしまいます。
戦前の教科書は、日本人の国民性は優秀であることを強調していた。それは欧米への敵意と、アジアの人々への蔑視と裏腹の関係にあった。そして、今日の育鵬社版の教科書は、日本人のすぐれた国民性を絶えず強調している。まさしく戦前回帰です。
「新しい歴史教科書」は、朝鮮半島にある植民地を近代化し、アジアを解放したと強調する。本当にそう言えるものでしょうか・・・。
扶桑社の『新しい歴史教科書』では、韓国併合は、「宿命的な矛盾であり、併合以外の道はありえなかった」ことを教えているというのです。韓国の王妃を日本軍が虐殺したことなどに目をつぶって、日本に都合のよいように事実をねじ曲げて子どもたちに教え込もうとしています。
帝国日本のアジア政策にあった植民地主義を消し去り、日本はアジア諸国に近代化をもたらしたという一面だけを強調する。鼻もちならぬ自慢話でしかありません。では、日本人がフィリピンやマレーシアで戦後、近代化をもたらした恩人として評価されていたとでもいうのでしょうか・・・。そんな声は残念ながら聞いたことがありません。日本軍の残虐行為しか聞こえてこないし、それ自体は否定しがたい事実でした。アジアの人々に対して日本(軍)は加害者として君臨していたし、各地で罪なき人々を虐殺していたので、謝罪するしかなかったのです。それも表面上の「お詫び」ではなく、心からの謝罪が必要でした。前の天皇はそのことをよく理解していたのだと思います。
いずれにしても、戦前の日本(軍)がアジアで良いことをしたなんて、そんなことを言っていたら、世界の笑いものになるだけです。日本の子どもに嘘を教えて、日本人としての誇りをもてと押しつけても、海外に出たら、たちまち化けの皮をはがされてしまいます。子どもたちが可哀想です。
教科書って、子どもたちにとって大切な存在なんだと、改めて認識させられました。
(2019年1月刊。1700円+税)

9条を活かす日本

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 伊藤 千尋 、 出版  新日本出版社
最近、鹿児島で著者の話を聞く機会がありました。たくさんの映像をつかって、世界と日本で憲法9条にはどんな意義があるのか、視覚的にもよく分かる熱弁に接し、聞いている私も元気になりました。
著者は今ではフリーの国際ジャーナリストです。なんと9ヶ国語が話せるのだそうです。英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語、ルーマニア語そしてジプシー語です。あれ、2つ足りませんね。何でしたっけ・・・、忘れました。ジプシー語は自分で手製の辞書までつくったとのこと、すごいです。
著者は大学生のときキューバに渡り、サトウキビ畑で作業をしながらスペイン語を身につけたといいます。耳から入ったコトバは身につくとのこと。うらやましい限りです。
少なくない日本人が憲法9条をありがたく思っていないなかで、世界的には日本の憲法9条こそ今もっとも世界平和のために必要だと考える人が増えているといいます。ありがたいことです。
著者の話のなかで、コスタリカの話は圧巻でした。コスタリカは日本と同じように平和憲法があり、本当に軍隊をもたない国になっています。外国の侵略には警察と国際世論に頼って我が身を守るという覚悟をもっています。
なによりすばらしいのは、軍備予算を全廃して、その分をすべて教育予算にふり向けていることです。日本だってやれないはずはありません。
ところが、「中国の脅威」とか「北朝鮮の脅威」なるものをことさらあおりたてている社会風潮の強い日本では、まるで夢物語になってしまいます。
軍隊がなく、子どもたちが学校で、子どもには愛されて育つ権利があると教えられると、どうなるか・・・。すばらしいことが現実化します。子どもたちが自分の頭で考えて、行動するのです。もちろん、大人になっても投票率は8割をこす。日本のように投票率が半分にも達しないなんて情けない状況ではありません。
そして著者は「15%の法則」なるものを提唱します。社会を変えるには、15%の人が行動に立ち上がればいいのです。「15%の人」が街頭に出たら「すべての人」が立ち上がったと見える。これが社会を動かしている現実の法則なのだと著者は繰り返し強調しました。
あきらめない、あせらない。しかし、着実に行動する。このことを励ましてくれる元気の出る本です。ぜひ、あなたも手にとってお読みください。おすすめします。
(2018年5月刊。1600円+税)

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