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2019年2月 の投稿

わたしの町は戦場になった

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 ミリアム・ラウィック 、 出版  東京創元社
シリア内戦下を生きた少女の4年間。これがサブタイトルです。オビには、「一人の少女が内戦下の日々を曇りなき目でつづった21世紀版『アンネの日記』」とあります。
少女はシリアのアレッポに生まれ育ち、今もアレッポで両親と妹とともに暮らしているアルメニア系のクリスチャンです。今は15歳になっていますが、この日記では7歳から13歳までの6年間の生活が紹介されています。
戦争が身近にあり、死と隣あわせの生活を過ごしたため、ものすごいスピードで成長した。
銃や大砲の音を聞き分けられるし、爆弾の種類も知っている。避難するタイミングと方法も身についている。なにより、死がどんなものであるかを知っている。大切な人を失った悲しみ、死ぬかもしれないという恐怖、そういったものを経験した。
戦争という泥沼にはまっていた。子どもからすると、チンプンカンプンの、ろくでもない戦争。なんでそんなことになってしまうのか、まるで理解できない。
戦争とは、恐怖、悲しみ、不安以外の何ものでもない。もう二度と戻ることない以前の生活に思いをめぐらせること。それが戦争だ。
ミリアムの日記は、2011年6月、7歳のときから始まる。そして最後は2017年3月。13歳だ。
戦争になる前のアレッポで豊かな色やにおいや味があふれている、天国みたいなところで暮らしていた。アレッポの太陽を浴びて日焼けしていた。夏には、街歩きの最後に、広場のユーカリの木の下で、ピスタチオをトッピングしたアイスクリームを食べるのがおきまりだった。
自宅を出て、避難することになった。みんなにまじって、私たちの家族も歩きだした。まわりの人を見ていると、思わず『ひつじのショーン』に登場するヒツジたちが頭に浮かんだ。だれもが無口になっていた。話をしている人は一人もいなかった。
4歳のときから、ずっとフランス語を習っている。でも、フランスがシリアに戦争をしかけようとしているなんて聞いたら、もうフランス語の授業を受ける気にはならない。
戦争のさなかにも学校があり、少女は皆勤賞をもらうのです。
2014年9月1日。きょうから学校が始まる。5年生になった。私たち姉妹は、一度も授業を欠席したことがない。それがパパとママの自慢だ。
学校の中庭で小さな女の子が一人で遊んでいる。5歳のイバちゃんだ。イバちゃんは、ときどき、ふと遊ぶのをやめ、声をはりあげて「アスマ、おいで、アスマ。一緒に遊ぼう」と言う。アスマはイバちゃんの妹。イバちゃんの目の前で殺された。イバちゃんは、妹が死んでいることが分からなくて、ずっとそばにいて話しかけていた。そのときから、イバちゃんの目には、いつも妹が見えているらしい。
シリアの内戦は、日本では報道されなくなってしまいました。アサド政権がひどいという話もありましたが、反政府軍との武力衝突が早くおさまって、平和のうちに話し合いで解決してほしいと思います。戦争が小さな子どもたちの夢を無惨におしつぶしているのを知ると、耐えられない思いです。
(2018年10月刊。1800円+税)

回想のドストエフスキー2

カテゴリー:ヨーロッパ

(霧山昴)
著者 アンナ・ドストエフスカヤ 、 出版  みすず書房
ドストエフスキーが亡くなって30年後に妻のアンナが日記などをもとに書いた回想記です。人間ドッグ(一泊)に持ち込んだ本の一つで、つまらなかったら早送りのように読み飛ばしてしまおうと思っていたのですが、意外や意外、とても面白い読みものでした。
妻のアンナがドストエフスキーと結婚したのは20歳。ドストエフスキーは44歳でした。妻に亡くなられたあと、速記者としてアンナを雇ってから急速に親しくなったのです。
このころのドストエフスキーは、トルストイのような金持ちの作家ではなく、いつも金欠病で借金取りに追われていました。その借金は、自分がつくったものではなく、身内の借金です。
ドストエフスキーが書いて支払われる「印税」が唯一の収入源でした。しかも、ときどきはてんかんの発作におそわれ、また、ギャンブル狂(ルーレット)でもあったようです。ところが、妻のアンナは実務的能力があり、ドストエフスキーの創作活動を速記者として支えただけでなく、莫大な借金を返済してしまったのでした。4人の子どもを生み、夫にあたたかい家庭をもたらしたのです。
ドストエフスキーは、貴族の家柄といっても、貧しい医師の子どもにすぎなかった。
そして、妻のアンナは小官吏の娘だったが、娘時代に速記を習っていた。
ドストエフスキーは、若いときに軍事裁判にかけられ、シベリア徒刑4年、セミパラチンスクでの兵役5年間をつとめている。
ドストエフスキーは、取り立てに来た債権者から、家具を差し押えて、それでも不足したときには債務監獄に入ってもらうと脅された。
債務監獄に入ると、借金は帳消しになった。1200ルーブルの借金のためには9ヶ月ないし14ヵ月は入っていなければならなかった。そして、債務監獄に入った債務者の食費は債権者が払わなければならなかった。
そこで、妻のアンナは、次のように債権者に言い返した。
「住居は妻名義で借りたもの。家具は月賦で支払い中なので差押えは出来ない。債務監獄に夫は期限まで入ってもらって、私は夫の仕事を手伝う。そうすると、あなたには一文だって入らないうえ、夫の食費を払わされる」
いやはや、こんな「反論」が有効だったのですね。驚きました。
ドストエフスキーは、作家としてだけでなく朗読者としても才能があったようです。
『カラマーゾフ兄弟』を、細い声、だが甲高い、はっきりした声で、なんとも言われないほど魅力的に朗読した。何千という聴衆の心が一人の人間の気持ちに完全にひきつけられた・・・。
ドストエフスキーを改めて読んでみようと思ったことでした。
(1999年12月刊。3200円+税)

戦後が若かった頃に思いを馳せよう

カテゴリー:社会

(霧山昴)
著者 内田 雅敏 、 出版  三一書房
表紙の写真は、抜けるような青空の下にそそり立つ巨岩の頂上に何人かの登山客が大手を広げていて、ついついうらやましくなる見事さです。
72年前の敗戦、空襲の恐怖から解放された人々は、青い空、夜空の星の美しさを改めて認識した。人びとが美空ひばりに共感したのは、その歌唱力のためだけではなかった。
「声をあげて叫びたいほどの解放感があった」(佐藤功)。戦後が若かったころに思いを馳せようではないか。
韓国大法院による徴用工問題についての判決について、日本のマスコミの多くはアベ政権と声をそろえ、「韓国はおかしい、間違っている」という大合唱をしています。今では、北朝鮮の脅威より韓国たたきが先行していて、そのためには日本が軍事力を強化するのは当然だという風潮さえ感じられます。すくなくとも、トランプ大統領に押しつけられたF35ステルス戦闘機を147機購入するという、馬鹿げた「爆買い」に対する大きな怒りの声があがって当然なのに、あがっていません。日韓請求権協定で決着ずみ、判決は国家間の合意に反する。このようにアベ政権は声高く叫びます。でも、本当は、個人の請求権がなくなっていないことはアベ政権も最近の国会答弁で認めているところなのです。これは、日本政府がアメリカとの関係で日本国民に対する賠償責任を免れるために言い出したことでもあります。
日本の最高裁だって、個人の請求権そのものが消滅したものではなく、関係者において被害者の被害救済に向けた努力に期待すると述べたのでした。著者たちは、これを受けて西松建設など日本企業と徴用工だった人々との和解を成立させた実績があります。
実は、私の亡父も朝鮮半島から500人の朝鮮人を徴用工として九州に引率してきました。私が父の生い立ちを聞いているなかで出た話です。亡父は、大牟田の三池染料の労務課徴用係長だったのです。三井化学が賠償したとは聞いたことがありません。
加害者は加害した事実を早々に忘れてしまいます。でも、被害者は簡単に忘れられるはずもありません。
歴史問題の解決において、被害者の寛容を求めるには、加害者の慎みと節度が必要不可欠。著者のこの指摘は、まったく当然のことで、私もそう思います。
①加害者が加害の事実と責任を認めて謝罪する。
②謝罪の証(あかし)として和解金を支給する。
③同じ誤ちを犯さないよう、歴史教育、受難碑の建立、追悼事業などを行う。
この三つが不可欠だ。
日本は、①も②も不十分ですが、③が欠けています。
アベ政権は、韓国側が歴史認識を問題とすると、「未来志向と相反する」なんて、とんでもない「反論」に終始します。
この本では映画、小説そしてマンガ本まで、著者の言及する範囲の広さには驚かされます。映画は、『顔のないヒトラーたち』『ブリッジ・オブ・スパイ』など。小説は飯嶋和一の『星夜航行』『出星前夜』。そして、マンガは『虹色のトロッキー』です。その評たるや、すごいものです。それらを論じ尽くしたあと、いよいよ本題の韓国・中国問題について、現代を生きる私たちがいかに考え行動すべきかを著者は静かに書きすすめていて、大変考えさせられます。
すでに読んでいた文章も多く、この贈呈本が届いたその日のうちに電車内で一気に読了しました。ありがとうございました。著者の今後のますますのご活躍を心より祈念します。
(2019年2月刊。1800円+税)

AIと教科書が読めない子どもたち

カテゴリー:人間

(霧山昴)
著者 新井 紀子 、 出版  東洋経済新報社
一橋大学法学部を卒業したあと、アメリカのイリノイ大学で数学科を学んだ数学者という著者の経歴は、私には驚きです。というのも、私は高校では理系クラスにいたのですが数学の才能がないことを自覚して、法学部に志願を切り替えたからです。
そして、著者は、「東ロボくん」と名付けた人工知能(AI)を我が子のように育て、東大合格を目ざしてチャレンジしてきた。そして、この「東ロボくん」は、東大には合格できないが、MARCHレベルの有名私立だったら合格できるほどの偏差値に達している。
AIはコンピューターであり、コンピューターは計算機であり、計算機は計算しかできない。
なので、ロボットが人間の仕事をすべて引き受けてくれたり、人工知能が意思をもち、自己生存のために人類を攻撃したりするという考えは、まったく妄想にすぎない。
つまり、AIが人間にとって代わるころはありえない。
コンピューターができるのは、基本的に四則演算だけ。
「東ロボくん」につかった予算は、年間3000万円。このチームはのべ100人以上の研究者が参加した。半分が大学、残る半分は企業からの参加者。
AIがすすむと、かなりの職業がなくなってしまう。たとえば、電話販売員(テレマーケター)、保険業者、融資担当者、銀行の窓口係、スポーツの審判員。
アメリカの職業702種について、その半分が消滅し、全雇用者の47%が失職する恐れがある。
大学入試では、ビッグデータは集めようがない。
ツイッターは、脅迫などの不適切ツイートや残酷画像やアダルト画像などの不適切画像の削除に常に追われている。適切と不適切をAIが自動判定できるか否かが、ツイッターの存続そのものを左右する。
国語と英語の二つは、「東ロボくん」の数式処理では克服できない。行く手を阻んだのは「常識」の壁だった。
AIには、意味を理解できる仕組みが入っているわけではなく、あくまでも「意味を理解しているようなふり」をしている。
AIが計算機であることは、AIには計算できないこと、基本的には、足し算と掛け算の式に翻訳できないことを意味している。
AIはロマンではない。
日本の中学生・高校生の多くは、中学校の歴史や理科の教科書程度の文章を正確に理解できない。これは、とても深刻な事態だ。日本の中高校生の読解力は危機的と言ってよい。その多くは、中学校の教科書の記述を正確に読みとれない。大学教員の多くが、学生の学力の質の低下を肌で感じている。学生との会話が成立しないことがあまりに多いし、増えている。
就学援助の率が高い学校ほど読解能力値の平均が低い。貧困は、読解能力値にマイナスの影響を与えている。
ある中学校では、社会科の教科書の音読を授業中にさせている。文章を正確に、しかも集中してすらすらと読めなければ、スタート地点に立つことさえできない。
東大に入れる読解力が12歳の段階で身につけていると、東大に入れる可能性は圧倒的に高い。
なるほど、そうですよね。日本文の問題を素早く理解することが解決の第一歩です。
なるほど、なるほどと思いながら読みすすめていきました。
(2018年12月刊。1500円+税)

オランウータン

カテゴリー:生物

(霧山昴)
著者 久世 濃子 、 出版  東京大学出版会
オランウータンは、ヒト科です。
チンパンジーやゴリラとともに「大型類人猿」というグループに属している。1800万年前ころに人類の祖先と袂(たもと)を分かち、独自の進化の道を歩んできた。
オランウータンは、巨体だ。オス80キログラム、メス40キログラム。完全な樹上性で、昼行性霊長類としては、唯一の単独生活者だ。
オランウータンは、ヒトにもっとも遠縁の大型類人猿だ。
オランウータンは遠いアジアで生まれ育った従兄弟だ。
チンパンジーやゴリラの乳児は尻に白い毛が生えていて、「アカンボウのしるし」とされている。白い毛が生えているうちは、何をしてもオトナに怒られることはないが、白い毛が抜けると、群れのリーダーや上位の個体に挨拶をしないと怒られるなど、群れのルールに従わなければならなくなる。
オランウータンのアカンボウは尻に白い毛がなく、目と口のまわりの明色部分が「尻の白い毛」の代わりをしているのだろう。
オランウータンの子どもは、レスリングをして遊ぶ。
オランウータンは、一斉結実期に非結実期の2~3倍のカロリーを摂取して、体脂肪として蓄えている。オランウータンは果実が多いときに「食いだめ」ができるかどうかで生死が分かれる。
オランウータンは、20歳をこえても成長期かと見まがうような右肩上がりの体重増加を示す。
オランウータンは、大きな体で樹上生活をするために進化してきた、多くの特徴がある。たとえば、手首の構造はフック状になっていて、意識的に手足を開く動作をしないと、手足は握り込んだかたちをとるようになっている。つまり、意識を失うと、むしろ手足は閉じてしまう。
オランウータンが地上に下りない理由の一つは、地上には食べものがほとんどないこと。大きな体で樹上を移動するということは、常に「次の一歩が死への一歩」につながりかねない。
試行錯誤の余地の少ない、厳しい世界だ。飼育下でも、オランウータンは慎重で、試行錯誤することが少ない。
オランウータンの寿命は、オスでも50~60歳をみられている。
オランウータンは、全般にチンパンジーに比べて乳児死亡率が低い。
オランウータンでは出生から死亡まで記録された野生個体は1頭もいない。一生放浪し続けるオスがいるのか、ほぼ定住し続けるオスがいるのか、まったく分かっていない。
オランウータンのオスには、フランジ雄とアンフランジ雄の二型がいる。フランジ雄は、顔の両側に張り出し(フランジ)があり、大きな喉袋、臭腺(特有のカビくさいにおいを発する)などの特徴があり、喉袋をつかってロングコールと呼ばれる音声を発する。フランジ雄にはメスのほうから近づき、親和的に交尾することが多い。
フランジ雄とアンフランジ雄では、メスとのつきあい方が異なるだけでなく、オス同士のつきあい方にも大きな違いがある。通常、フランジ雄どうしは、お互いに出会わないよう避けあっている。ロングコールでお互いの位置を把握して、出会わないようにしている。フランジ雄どうしが出会うと、殺しあいになりかねない。
アンフランジ雄は、基本的にフランジ雄を避けているが、フランジ雄がアンフランジ雄と出会っても、激しい闘争は起きない。アンフランジ雄どうしは、複数で連れだって行動することもある。
フランジ雄は、出産経験のない若いメスと交尾することは、ほとんどない。近づくことすらない。オランウータンでは、若いメスはフランジ雄から相手にされないため、若いオスやアンフランジ雄が交尾の相手になるが、若いオスたちも若いメスより経産メスを好む。オランウータンの社会では、オス、メスともに「モテ期は中年」なのだ。
オランウータンは、繁殖のスピードがとても遅い。野生での初産年齢は15歳前後、出産間隔は7年。基本的に1回の出産で1頭しか出産しない。
オランウータンの孤独な子育ては、出産から始まる。野生オランウータンでは、チンパンジーやゴリラと異なり、子殺しの報告はほとんどない。オランウータンの母親は1頭のアカンボウのみとともに過ごす時間が圧倒的に長く、文字どおり「孤育て」に徹している。
絶滅が危惧されているオランウータンをインドネシアの原生林に入って密着観察している女性学者のレポートです。その地道で粘り強い努力には頭が下がります。
日経新聞でも紹介されています。ありがたい研究成果です。
(2018年7月刊。3000円+税)

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