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2015年2月 の投稿

障害児3兄弟と父さんと母さんの幸せな20年

カテゴリー:社会

著者  佐々木志穂美 、 出版  角川文庫
 私はまだ読んでいませんが、著者は『さんさんさん―障害児3人子育て奮闘記』(新潮文庫)という本を前に刊行しているとのこと。その後編にあたる話だと思います。
我が子が生まれる前、親はいつだって五体満足に生まれてほしいと願うのは、いわば当然のことです。ところが、なんと生まれた子が三人そろって障害児だったのです。へこみますよね・・・。
それなのに、著者の筆力は、その暗さを感じさせません。さすがは母親の底力ですね。女は強し。母は、さらに一段と強い。そのことを実感させる本です。
 三人の子は、いずれも先天性の障害があった。高機能自閉症。しかし次男は、私立高校の普通科進学コースに進み、企業に就職した。三男は、さらに重度の自閉症児だった。
 自閉症児には、生活において配慮が必要である。長男が重度心身障害、二男が高機能自閉症、三男は知的な遅れもともなう自閉症。洋平は、長男気質で、とことん優しい。動けない。しゃべれない。次男は、愛情の受け方が不器用。三男は、天真爛漫だ。
 自閉症というのは、発達障害の一種であり、特定のこだわりがあったり、社会性やコミュニケーション能力が弱かったりする。知的な遅れのほとんどない自閉症を高機能自閉症とい
う。うっかり否定語・禁止語を言うと大変なことになる。たとえば、「ジュース、買って」と言われてとき、「いま、ダメよ」と言ってはいけない。「あと一時間たったら買おうね」と言わなければならない。「困った子」は、その本人こそが「困っている子」なのだ。
 次男は小学校の運動会のとき、ピストル型のスターターの音がダメなので、笛か電子音にしてもらっていた。それでも、中学校のときは、耳栓をしてがんばれた。高校では、耳栓もいらなかった。
 私は、障害児の親になれて良かった。正確には、障害をもっていても、この子たちが我が子で良かった。この子たちの親になれて、うれしい。障害というものを通して、人が見ていない景色も見ている。うむむ、この境地には、なかなか達することができませんよね・・・。
 障害者を障がい者と書くことが多い。「がい」は「碍」と書く。しかし、「害」の字は、この子たちの生きにくさを実感させる。だから、あえて、「がい」ではなく、「害」と書く。
この子たちを障害なく産んでやりたかった。でも、しょうがないじゃん。悩んで解決のつかないことは悩まない。
 本当にそうなんですよね。私も下の娘が、突然、弱視になってしまい、進路の大幅変更を迫られてしまいました。まさしく、しょうがないじゃんです。本人のせいでも、親のせいでもないことは明らかなのですから・・・。ありのままを受け容れるしかありません。あとは、本人のがんばりと、親としてそれを支えるのみなのです。
家族、そして母と子を考えさせてくれる本でもありました。いじめにあったりもしますが、周囲にあたたかく見守る人が大勢いて、その心の熱さに、読んでいてうれしくなることも多い本です。
 180頁ほどの文庫ですが、目を開かせてくれる思いがしました。
(2014年10月刊。480円+税)

東京ローズ

カテゴリー:日本史(戦前・戦中)

著者  ドウス昌代 、 出版  サイマル出版社
 東京ローズとは、戦争中にラジオ東京から聞こえてくる日本の対米宣伝放送に従事した女性アナウンサーに、太平洋にいたアメリカのGⅠたちがつけたニックネームのこと。戦後、日本に進駐してきたアメリカの従軍記者たちにその名を一人押し付けられたアイバ戸栗ダキノ夫人は、日系2世であったため、アメリカ政府から反逆罪として裁判にかけられ、有罪とされた。
東京ローズ反逆罪裁判は、建国以来のアメリカで起きた24の反逆罪裁判のうち、もっとも悪名高いものの一つと言われている。
判決によって、ダキノ夫人はアメリカ市民権を失い、無国籍者となって、アメリカに住んでいてもアメリカ市民としての権利をすべて否定された。
 東京ローズとは、戦場という異常な状態に置かれた男たちの極度の精神の緊張、不安、心配、ヒストリーから生まれた伝説の女性であると同時に、実際にラジオ東京から聞くことのできる、なかなかユーモアのある女性アナウンサーでもあった。
 アイバの声を実際に聞いた者は、いわゆる東京ローズの声ではないと感じたものは多かった。
アイバには、宣伝放送には従事していたが、何も悪いことはしていないという確固たる自信があった。
 アイバは、1916年7月、アメリカ・ロサンゼルスで日本人夫婦の長女として生まれた。アイバは日本戸籍に登録されたが、あとで抹消し、アメリカ市民権だけをもっていた。アイバはUCLAに入学し動物学を専攻した。アイバは、見るからにヤンキー娘として育った。アイバの日本語は、実に下手で、話すのはお粗末、読み書きはまるで出来なかった。
 GHQが逮捕状もなくアイバの逮捕に踏み切ったのは、東京ローズに対するジャーナリズムの常軌を逸した騒ぎと、その後に続いたアメリカ一般大衆のヒステリックなリアクションを黙過できなかったことによる。GHQは面子を重視したのだ。
 アイバの裁判は、50万ドルかかるとみられていた。しかし、それをはるかに超えた。期間も6~8週間の予定が13週間もかかった。アイバに言い渡された判決は、禁固10年、罰金1万ドルだった。これは、アメリカ政府が音頭をとった東京ローズという名の魔女狩りだった。
 1976年に発刊された本を、久しぶりに手に取って読んでみたのです。
(2014年10月刊。780円+税)

東京ブラックアウト

カテゴリー:社会

著者  若杉 冽 、 出版  講談社
 私も、世の中の仕組みをまったく知らなかった高校生のころ、漠然とキャリア官僚になるのもいいかなと思っていたことがあります。世のため、人のため、国の政治を少しでも良くしたいという思いがあったのです。官僚って、世の中のことを少しでも良くしたいと考えている人たちの集団とばかり考えていたのです。ところが、現役キャリア官僚の書いたこの本によると、まるで違った存在だというのです。悲しくなってしまいます。日本一のエリート頭脳集団が、国民を守るというより財界・大企業の利権、そして、それにくっついて自己の保身を図るばかりだなんて・・・。信じたくない現実、目をそむけたくなる真実が情容赦なく暴露されています。その典型例が原発です。ひとたび事故を起こしたら、人間の力ではどうにも抑えることができません。この本でも、ありうべからざる原発事故が起きて、ついに東京首都圏に人間が住めなくなる状況が描かれています。
 3.11の福島原発事故も、その寸前まで行きました。今では多くの人が忘れ、目をふさいで「原発再稼働」もありかな、なんて脳天気に考えています。私には、とても信じられません・・・。今では、間違ってキャリア官僚なんかにならず、本当に良かったと心底思っています。といっても、良心的なキャリア官僚が少なからず存在するのを否定するつもりはありません。人をけ落として出世していく主流が問題なのです。
役人がもっとも忌み嫌うのは、自分に責任がかぶせられることだ。霞ヶ関では、他人の意見に同意して相手に好感を持たれるよりも、相手の意見に反対して恨みを買うことのマイナスの影響のほうが大きい。人をほめて引っ張り上げるよりも、悪口を言って足を引っ張るほうが、はるかに楽しいからである。
上からのトップダウンではなく、下からのボトムアップを通例とする日本の官僚制での意思決定では、コンセンサスがとれたもののみが成案となる。結局、恥を知らず、最後まで寝転がった者が勝ちなのだ。
 官庁では、公開の場では、実質的な議論はなされない。
国家公務員上級職試験に受かった連中(キャリア官僚)と、地方公務員試験に受かった連中とでは、試験合格に必要な知的能力の差も、就職後のきたえられ方も、月とスッポンほど違う。
 原発からの住民の避難計画は、住民の安全のためになるかどうかというところにその本質があるのではなく、原発を再稼働させるため住民との関係でどのように納得感を醸成するのか、そこに本質がある。
 キャリア官僚たちは、国益だと口先では言い続けながら、経産省の利益を拡大するためにひたすら汗を流す。その流した汗の量で出世が決まり、利権の分配も決まる。
 そんな国益と私益の二重構造に役所の仕組みがなっていることに、本省の課長たちはとっくに気が付いている。気が付いていないとしたら、よほどのバカである。そんなバカは、ろくな仕事もできないので、ぐるぐる衛星のように外郭図体を回されて、国益と私益の二重構造に気が付かないまま、退官させられる。
 そこまでバカでない者は、国益と私益の二重構造にうすうす気がつきながら、目の前のお金の誘惑に負け、再就職先を官房長からあてがってもらう。退職後の天下り先での給料は、いわば口止め料なのだ。
 政府が原発再稼働を急いでいる本当の理由は、発送電の分離を阻止することにある。原発事故が起きて、メルトダウンが進行しはじめると、住民の避難が遅いことが被害拡大の原因だとされてしまう。
 電子力会社や国にとって、住民の安全というのは、原発再稼働のためのお題目にすぎない。メルトダウンが起きてしまえば、事故の極小化が優先であり、周辺住民は単なる足手まといになるだけ・・・。
 覆面している現役のキャリア官僚ですが、ここまでバラしていいのかと思わせるほど、官庁内部のやりとりが克明に紹介されています。さもありなんと、ついつい思ってしまいました。
(2014年12月刊。1600円+税)

亡命者、白鳥警部射殺事件の闇

カテゴリー:社会

著者  後藤 篤志 、 出版  筑摩書房
 白鳥事件とは、1952年1月21日、札幌で公安警察官の白鳥(しらとり)一雄警部が自転車に乗って帰宅途中、同じく自転車に乗った男からピストルで射殺されたというもの。
この事件については、殺人事件の逮捕状が60年以上たつのに今なお更新され続けている。容疑者二人が海外逃亡により時効が停止しているため。しかし、その二人は既に中国で死亡している。
 白鳥事件というと、村上国治(くにじ)氏が無実を主張した冤罪事件として定評がありました。白鳥事件を担当した安倍治夫検察官は、のちにユーザーユニオンで活躍した弁護士です。松本清張の冤罪説と真っ向から対立しています。
 白鳥警部(36歳)は札幌市警察本部の警備課長。スパイの元締めもしていた。米軍のCICとも情報交換していたようだ。白鳥警部の警察手帳には、白鳥警部の行動記録が書かれているためか、警察は裁判所へ証拠として提出されなかった。また、自転車は2台とも証拠として提出されていない。
そして、幌見峠で発見されたという弾丸は、とても雪の下で埋もれていたものとは思えないものだった。冤罪説は、この弾丸を最大の根拠としている。
 このころ、日本共産党は中国共産党にならって、軍事武装闘争をすすめていた。軍事部門として、中核自衛隊が存在した。この中核自衛隊は軍事組織として、純粋に組織に対して忠誠を近い、命をかけて仮想敵とたたかった。
 同じ年(1952年)4月、吉田内閣は破壊活動防止法案(破防法)の制定を提案した。
 また、同年6月には、大分県竹田の菅生村で駐在所が爆破される事件が起きた。警察の自作自演の「爆破」だったことが、裁判になって判明した。
 10月1日は衆議院選挙の投票日。共産党は前回の35議席が一挙にゼロになった。
 白鳥警部を実際に射殺した実行犯も、支援グループも中国へ密航して渡った。そして、前述のとおり、中国で実行犯は病死したのです。
 当時の社会情勢を抜きにして白鳥事件を語ることは出来ません。この本は、その点がよく描かれていて、説得力があります。
 要するに、ニセ弾丸はあるものの、村上国治が命令して起きた警察官射殺事件だったのです。今では考えられないことですが、戦後まもなくの殺伐とした世相では、ありえたのです・・・。
 白鳥事件についての最新の到達点が明らかにされています。
(2013年9月刊。2200円+税)

日本人の値段

カテゴリー:中国

著者  谷崎 光 、 出版  小学館
 日本人の技術者が中国へ数千人ほど渡って、中国企業で技術指導している実情をレポートしている本です。
 韓国では年俸5000万円というように高給だけど、スキルと情報だけを取り出したら日本人技術者は、使い捨てされる。これに対して、中国は、もう少し長いスパンで見る。
 中国企業で働く日本人の車のエンジニアで年俸3600万円(200万元)という人は少なくない。多いのは2700万円(150万元)ほど。ただし、これに加えて、高級マンションが用意され、通訳と送迎がつく。年に数回の日本への帰国費用も会社が負担する。
 設計図や断面図を見て、ここで問題が発生すると分かるようになるまでには何十年もかかる。成功体験は意味がなく、不具合をどれだけ経験しているかが、エンジニアのレベルを決める。こういう技術者を中国企業は求めているのです。
 日本人は、みんなで力をあわせて開発することにはバツグンに強い。
日本のエンジニアは、信頼性に命をかけている。中国人の安全意識は極端に低い。車の品質由来による日常の事故は、圧倒的に中国産の車が多い。
 中国の金持ちは、中国の純国産車には乗らない。国家のリーダーの乗る国産高級車(紅旗)も、エンジンとトランスミッションは日本製である。外観は中国製だが、中身は日本製というのは、北京の地下鉄や高速鉄道のように、けっこう多い。ちなみに、日本車では、日産のほうがトヨタより人気があり、売上げも多い。
 中国で高級車に乗っているのは、一党独裁を最大限に利用して、大バクチを打って巨額のお金をつかんだ人々である。中国の金持ちは、日本車の客に合わせたような従順な感じを嫌う。だから日本車は選ばない。
 中国の会社は、どこでも全部門に不正のチームがはりめぐらされている。
 中国のあらゆる組織、あらゆるお金とモノとサービスが動くところ、不正のないところはない。低価格の部品へのすり替え、製品の横流し、処分品の横領、仕入れ先からのバックマージンなど以外に、サービスセンターなら修理費のごまかし、製品の消耗品の転売、おまけの販売など、さまざまな手口がある。
 日本の企業には、必ず基礎研究と開発研究の両方がある。これに対して、中国の研究所は、買ってきたものをバラして単に設計する場所でしかない。
 ところが、家電のような身近なものでも、分解して研究し、そのまま再現できるかというと、そうではない。同じものを安定した品質で何万個もつくるのは難しい。開発は、技術のない中国には、不可能なのである。そこで、技術者の引き抜きに走る。一番安上がりである。
 技術とは、設計図や一つの工程の特殊な作業だけではなく、総合力が必要であり、それが生産技術なのだ。日本は、これが強い。
 中国へ進出している日本企業は、2012年時点で1万4000社以上。
 中国の企業にいる日本人技術者は3000人以上。そして、中国からの日本人技術者への求人は増える一方なのである。
 中国で暮らしていると、モノの品質の良し悪しを決めるのは、最後は素材だということが、良く分かる。優秀な部品をつくる素材の基礎技術は買えない。
 日本人技術者は、相手に合わせて、うまく調節できるから、中国企業から非常に評判がいい。柔軟な日本人は、実はタフなのかもしれない。
 日本の中小企業は、たしかに中国から撤退している。しかし、大企業は引くに引けない。日系の企業数は減っているが、一社あたりの社員数は増えている。
 中国において日本人技術者がひっぱりだこだという実情を知ると同時に、その理由も分かりました。いろいろ勉強になる本です。
(2014年12月刊。1300円+税)
 東京は有楽町の映画館で「ミルカ」をみてきました。2時間半の長大作ですが、映像にひきずり込まれ、あっという間でした。
 インド映画につきものの歌と踊りはほとんどありません。どうやら監督が嫌いのようです。
 1960年のローマオリンピック。陸上競技400メートル。インド代表のミルカはトップを走っていたのに、ゴール寸前で後ろを振り返ったため、4位になってしまった。なぜ、うしろを振り返ったのか。その謎が映画の進行とともに解明されていきます。
 ミルカは、ミーク教徒です。頭の上で、長く伸びる髪を丸くまとめているのが、ちょんまげのようでユーモラスです。日本にもミーク教徒が2000人ほどいて、寺院も東京と神戸にあるとのこと。
 インドからパキスタンが分離・独立したときの悲劇がかかわっています。
 ミルカの子ども時代の少年も可愛いらしいのですが、大人のミルカ役はなんと本職は高名な映画監督だというのです。その鍛え抜かれた肉体美には圧倒されます。
 人生を考えるうえで参考になる映画でもあり、大いに一見に値しますので、機会があればぜひご覧ください。

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