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2014年10月 の投稿

なくせ じん肺

カテゴリー:司法

著者  西日本石炭じん肺弁護団 、 出版  海鳥社
 じん肺裁判に取り組んできた弁護団(主として福岡の弁護士たち)による日鉄鉱業との35年のたたかいをまとめたブックレットです。
 じん肺は、吸い込んだ粉じんが気管支を侵して呼吸ができなくなる職業病。古くから「ヨロケ」とか「山弱り」と呼ばれ、鉱山労働者に恐れられていた。
 粉じんにより肺に形成された結節は進行性、不可逆性で、治癒することはない。
 じん肺は、最初は風邪にしては長引く咳や痰で症状を自覚できるにすぎない。しかし次第に、身体のだるさ、呼吸困難を認識するようになる。そして進行すると、ちょっとした動作でも息苦しくなり、酸素吸入なしでは生活できなくなり、ついには呼吸困難に苦しみながら死を迎える悲惨な病気である。
じん肺は職業病なので、じん肺法の定義にしたがって管理区分が決定される。合併症をともなう管理2以上の人は労災認定され、治療費が支払われる。
 日鉄鉱業は、1939年5月、日本製鉄(新日鉄住金)の鉱山部門が独立して設立された。
 1965年2月まで、北松(ほくしょう)炭田で5つの炭鉱を経営していた。
 日鉄鉱業は、提訴前に激しい原告患者の切り崩し、提訴妨害を行った。
 1979年11月1日、長崎地裁佐世保支部に訴状が提出された。今から35年前のことですね。そして、1985年3月25日、東孝行裁判長は、日鉄鉱業の責任を認める判決を出した。
 1994年2月22日の最高裁判決は、最終行政決定のときから消滅時効は進行するとした。
 また、「慰謝料額は低きに失し、著しく不相当であって、経験則又は条理に反する」という画期的な判決だった。
 日鉄鉱業は、他の企業がすべて和解に応じているのに、ただ一社、執拗に和解を拒絶している。まさしく、法治国家のもとで異常な会社だと言わなければなりません。
 日鉄鉱業は、これまで40連敗。「最高裁の判決であっても、納得できないものは納得できない」というのが日鉄鉱業の論理。本当に理不尽な会社です。
 ただし、日鉄鉱業は、裁判とは別に「覚書」を作成して、未提訴じん肺患者へ70億円を支払ったとのこと。いわば司法を「無視」して、自分の影響力(主導権)の範囲内でなら解決するという特異な路線をとっているのです。こんな態度って、許されていいものなのでしょうか?
この本を読んで強く印象に残ったのが、原田直子弁護士の論稿です。
最高裁の法廷での口頭弁論の工夫。一番工夫したのは、初めの一文。話の出だしですね。裁判官の耳を、目を、心をこちらに向かせるにはどうしたらよいか・・・。
 原告になったじん肺患者は昭和5年生まれ。終戦時15歳。満州から引き揚げ後、炭鉱に入った。最高裁の裁判官たちは、昭和2年から7年の生まれ。裁判官たちは戦争中の遅れを取り戻そうと必死で勉強し、法曹となって成功していったのに違いない。その同じ時期、九州の西の果てで、地底に潜って石炭を掘りながら日本の復興を支え、そして、日鉄鉱業から放り出されて35歳の若さで死んでしまった男がいる。裁判官がこのことに思いを馳せ、自分の人生と重ねて考えてもらえたら、被害を現実のものとして実感してもらえるのではないか。そう考えて、原告の物語をつくろうと思った。すごい発想ですね。頭が下がります。
 最初に、裁判官の皆さん、あなたたちと同年代の男の物語です、と訴え、そのあと詳しい被害と、それをもたらした日鉄鉱業の非道な扱いを具体的に述べていった。
 もう一つの工夫は、読み方。読むにあたって、原稿の量が多いと、どうしても手でしっかり持つので、下を向きがちになり、裁判官に訴えるという姿勢にならない。
 また、ページをめくるために間が空いてしまうと、聞くほうの緊張感が続かない。さらに、読み手が感情的になると、たとえば被害の弁論では自分で声が詰まることがある、それでは裁判官が興ざめしてしまう。
 そこで、自分の分だけ縮小コピーして枚数を減らした原稿を用意し、何度も何度も声に出して練習し、冷静に物語を語れるように心がけた。
ふむふむ、すごいことです。見習いたいものです。
 弁論を始めたとき、二人の裁判官が書面からキッと目を上げてこちらを見た。それを見て、よしよし!と思い、落ち着いて弁論していった。
 いやはや、まったくたいしたものです。このくだりだけでも、この本を読む価値があります。ご一読を強くおすすめします。
(2014年10月刊。500円+税)

きみは赤ちゃん

カテゴリー:人間

著者  川上 未映子 、 出版  文芸春秋
 芥川賞作家の女性が、妊娠、そして出産という人生の一大事について、自らの体験を赤裸々に語り明かした本です。
 さすがは作家だという軽妙な語り口で話が進行していきます。どうやら、ブログに現在進行形で語られていたようです。ですから、臨場感があります。
 じっさいの妊娠生活は、私の想像をはるかに超えた、苛酷かつ未知すぎるものだった。
 赤ちゃん(胎児)が育たないのは、受精卵の状態によるものがほとんど。だから、母親があれこれ心配しても、育つものは育つし、育たないものは育たない。
つわりが終わったとき。吊しベーコンを思い浮かべる。瓶詰めのアンチョビ。そして排水口。これまでなら、ちょっと思い浮かべるだけでも即座に吐いていたのに、難なくクリアできた。
 そして、それからの食欲は、これまでに体験したことのないほどの凄まじさだった。とにかく、すべてを食べ尽くしていった。驚いたのは、何を食べても、頭がおかしくなるくらいに美味しいこと。
 出産費用は、普通分娩だと60万円ほど。出産時に、国から42万円が支給される。
 ところが、無痛分娩だと、国からの42万円とは別に50万円が必要となる。検診ごとに1万円かかるので、合計すると20万円。それをあわせると、ざっと140万円かかる。これも、日本では、無痛分娩が一般的ではないからだ。
 骨盤が変化していくのを自覚する。大陸が移動するかのような変化が、手にとるように分かる。みしみし鳴って、本当に分かる。
 無痛分娩の麻酔は、背中の脊髄あたりに針を刺して、管にかえて出産が終わるまでそれを刺したまま過ごすことになる。
 1ミリの子宮口が出産のときには、全開10センチになる。
 麻酔薬を入れたとたん、いっさいの痛みが、瞬間に消え去った。
 結局、著者は子宮口がいくら待っても開かず、帝王切開になったのでした。
 そして、生まれたとき、赤ちゃんを見ての気持ちが次のように語られます。
 私はきみに会えて本当にうれしい。自分が生まれてきたことに意味なんてないし、いらないけれど、でも私はきみに会うために生まれてきたんじゃないかと思うくらいに、きみに会えて本当にうれしい。この先、何がどうなるかなんて誰にも何にも分からないけれど、分からないことばっかりだけど、でも、たった今、私はそんなふうに思って、きみを胸に抱いて、そんなふうに思っている。
 帝王切開だったのに、手術の翌日に歩行。2日目にシャワー、そして5日間で退院。
 生む苦しみ、育てる楽しみをしっかり味わい尽くしたという実感がひしひしと伝わってくる貴重な本だと思いました。
(2014年9月刊。1300円+税)

幕末維新の漢詩

カテゴリー:日本史(江戸)

著者  林田 愼之助 、 出版  筑摩選書
 幕末の志士たちが、見事な漢詩をつくっていたことを紹介した本です。
 江戸時代は、漢詩が本格的に成熟をみせた時期である。
 平安時代には、嵯峨天皇や菅原道真などの漢詩人がいるが、まだ唐詩の模倣段階にあった。室町時代には、宋(中国)からの帰国僧、絶海中津、義同周信などのすぐれた漢詩人が登場するが、禅風詩が多かった。
 徳川幕府は朱子学を政道の基本にすえたので、武士階級の教養として、漢学、儒教の学を修得することが不可欠となった。その一環として漢詩をつくるのが、ごく普通のこととなった。
 文人が誕生し、自律した存在となり、武士だけでなく富裕な商人層にも普及した。
 漢詩についても、格調主義から、自由で砕けた宋代風の詩風が流行した。漢学的なものに反旗を翻す専門的な詩人・文人が相次いだ。幕末になると、倒幕に動く憂国の志士たちが、さかんに時世を慷慨(こうがい)する詩をつくった。
 佐久間象山(しょうざん)、藤田東湖(とうこ)、吉田松陰、橋本左内(さない)、高杉晋作、西郷隆盛らは、折につけ浮沈する思いや感慨を、多くの漢詩に託している。その詩の出来栄えは、江戸期の専門的な漢詩人にくらべて、少なくとも見劣りしない詩的力量を発揮している。
 人間 到処 有青山
 (じんかん、いたるところ、せいざんあり)
 山口県生まれの僧、月性の有名な漢詩の一節です。
 「人間」は、中国風に「じんかん」と読むのが漢詩文の常識で、世の中、世間という意味。
 詩をつくる人は温潤で、詩を好まない人は刻薄である。詩は、もともと情より出ずるもので、詩を好まない人は、情が稀薄である。
 西郷隆盛が西南の役で敗れ、ふるさとの城山で自刃する直前につくった漢詩がある。
 尽日 洞中 棋響 閑
 (じんじつ、どうちゅう、ききょう、のどかなるを)
 日がな一日、この洞窟の中で碁を囲み、その音が響くなかで、のどかに暮らしていることだ。
 洞窟のなかで、死の寸前まで隆盛は囲碁をしていたというのです。これには驚きました。
 竹角一声響
 指揮非有人
 弱氓皆猛虎
 潤屋乍微塵
 酷吏空懐手
 姦商僅挺身
 撫御誰違道
 乱党本良民
 これは山田方谷が体験した松山藩内に起きた百姓一揆のありさまを詠じたものです。
 一揆にたちあがった農民は善良な民である。政治が道を間違えているのだと、方谷は百姓一揆を詠じて、はっきりと政治の疲弊を断罪している。
幕末の志士たちの教養の深さに感服しました。
(2014年7月刊。1700円+税)

波よ、鎮まれ

カテゴリー:社会

著者  沖縄タイムス「尖閣」取材班 、 出版  旬報社
 尖閣諸島付近の漁業の実情を知ることのできる本です。この海域は、かつて日本人も中国人も共存共栄していた漁業だったのです。知りませんでした。
 偏狭な領土ナショナリズム思想をもつ活動家たちが魚釣島に上陸して緊張感を高めた。そして、石原慎太郎都知事(当時)が尖閣諸島の購入計画を発表して、緊張関係は一挙にエスカレートした。
 中国漁船の衝突事件では、日本政府も中国政府も対応を誤った。
 中国漁船による尖閣諸島周辺の操業は、日中漁業協定によって合法である。中国漁船と沖縄漁船のトラブルはほとんどない。起きるトラブルの大半は、台湾漁船のマグロはえ縄漁による漁具の交差・切断や漁具盗難である。
小さな徴発の応酬が戦争にまで発展した事例は世界にはいくつもある。
 マグロはえ縄漁船は、最前線で台湾漁船と激しい漁場の競合に直面している。
 尖閣海域は、高級魚(フエダイ、ムツ、ハチビキ科など)が捕れる好漁場だが、近年は漁場を利用する人はほとんどいない。
 尖閣海域は、石垣島から170キロ離れ、自船で行くと、10時間かかる。そして、尖閣諸島周辺の海は荒い。
 尖閣海域は、かつて沖縄と台湾の農民が魚を分けあう「生活圏」だった。この背景には、台湾の漁場が日本に比べて圧倒的に「視野」が狭かったことにある。
釣魚台周辺は、好漁場。サバの産卵地域でもある。
安倍首相のように、中国や韓国・北朝鮮について頭から敵視して、対話交流もしないというのは、信じがたいほどの誤りです。70人もの大企業代表国を引きつれて世界各地に出かけている安倍首相が、今もって中国にも韓国にも行ってないなんて、許せないことです。
(2014年4月刊。1600円+税)

虚像の抑止力

カテゴリー:社会

著者  猿田 佐世、マイク・モチヅキほか 、 出版  旬報社
 この本の発行主体である新外交イニシアティブ(ND)の事務局長である猿田佐世弁護士は、日本とアメリカで弁護し活動しながら、アメリカ議会で活発なロビー活動を進めています。その猿田弁護士が企画した沖縄でのシンポジウムが本になっていますので、大変読みやすく、問題の本質が明快にえぐり出されています。
 柳沢協二氏は、海兵隊が沖縄に存在することが抑止力であるという論理は成り立たないと力説しています。
 そもそも、抑止力とは何か? 抑止力とは、相手が侵略してきたとき、これを抑止し、その目的に見合う以上の損害を与える意思と能力を認識させることによって、侵略を思いとどませることを言う。
 いま、アメリカと中国とは、相互にライバル意識を持ちながら、経済的には切っても切れない関係にある。それは、冷戦時代のアメリカとソ連との関係は決定的に異なっている。つまり、相互に最大の貿易・投資のパートナーであり、国の存立の基盤である経済活動において互いに必要としている。だから、両国のあいだには、相互に相手を破滅させるような戦争をする動機はない。
 アメリカは、尖閣諸島をめぐる日中の対立軍事衝突に発展し、そこに巻き込まれることを心配している。
 沖縄の海兵隊は、能力はともかくとして。投入の意思がない以上、抑止力とはなりえない。
 沖縄にアメリカ軍の基地が集中していることは、中国にミサイル能力が向上するに伴い、基地の脆弱性が増していることを意味する。いざというとき、中国のミサイルの格好の標的になって、破滅してしまう恐れが強い。
 屋良朝博氏は、なぜアメリカ軍の海兵隊が沖縄に移ってきたのか、いまも謎だという。沖縄には、そもそも海兵隊はいなかった。知りませんでした。
 尖閣諸島を中国軍が占拠したとき、沖縄にいるアメリカ軍海兵隊が奪還してくれるはずだ。日本人の多くは、このように思い込んでいる。しかし、アメリカ軍の海兵隊トップは、小さな島の奪還に、海兵隊は無用だと断言する。海兵隊は地上戦闘兵力であり、シーレーン防衛とか中国の艦船と対決するような事態には投入されない。
 アメリカの国防総省(ペンタゴン)は、海兵隊を沖縄から全面撤退するように提言した。
在日アメリカ軍の駐留経費は年間3600億円。日本の負担は、ヨーロッパのNATO諸国の負担の2倍。イタリアの12倍、韓国の8倍。まさしく大盤振る舞い。「おもてなし」だ。
 半田滋氏は、日本政府はアメリカ政府に対して盲目的な主従関係にあるという。
 アメリカ軍の駐留経費の75%を日本政府が負担している。
 いえ、決して安倍首相のポケット・マネーで負担しているのではありません。私とあなたの税金によって、まかなわれているのです。毎日、苦労して働いて納めている税金がアメリカのために使われているなんて、とんでもないことです。プンプン・・・。
 アメリカ軍の海兵隊は、沖縄に常駐しているのではない。海兵隊は、沖縄に1年の半分以上はいない。
 新書版より少し大きなポケット・サイズの本です。190頁しかありませんので、大切なポイントをつかみやすい本になっています。それにしても、猿田弁護士は会うたびに若々しく、美しくなっています。やっぱり、時代の要請にこたえて活動すると、人は若返ることができるんですね。こんな外交活動を支えるためにも、ぜひ本屋の店頭で手をとり、お買い求めください。あなたの、そのささやかな行動が日本を救うのです。
(2014年8月刊。1400円+税)

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