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2010年9月 の投稿

物質のすべては光

カテゴリー:宇宙

著者:フランク・ウィルチェック、出版社:早川書房
 究極の感覚強化装置は、考える精神である。考える精神は、世界にはもっといろいろなことがあって、多くの点で目に映るものとは異なるということに気づかせてくれる。
 世界についての重要な事実の多くは、わたしたちの感覚に直接とび込んでは来ない。
 今や、物質と光は、まったく別のものという古い考え方は捨て去られた。
 たとえば、質量保存の法則は成り立たない。電子と陽電子が光速に近い速度で衝突すると、出てくるものは、入ってきたものより3万倍も重いことになる。
 すなわち、質量は実際に保存されない。質量は存在の根底ではない。
 E=mc2は、実際には静止している孤立した物体にしか当てはまらない。
光の粒子、つまり光子は、質量がゼロである。それなのに、光は重力によって曲がってしまう。光子のエネルギーはゼロではなく、重力はエネルギーに作用する。
 光子は電気的に中性である。光子は、互いに大々的に反応しあうことはまったくない。 超伝導体の内部では、光子は質量を持っている。超伝導体のなかで速度を落とした光子は、本当の質量を持っている粒子と同じ運動方程式に従う。
 宇宙の質量の大半(95%)は、電子、光子、クォーク、グルーオンから出来ているのではない。二つの種類がある。ダーク・マターとダーク・エネルギーと呼ばれている。これらの物質は、検出されるレベルで光を吸収することはなく、光を放出するところも観察されていない。
 ダーク・エネルギーは、よく分からない存在だ。まるで時空の本質的な属性であるかのように、完璧に均一に広がっていて、いたるところで、また過去から未来にわたって、同じ密度のようだ。
 ダーク・エネルギーは、負の圧力を及ぼす。さいわい、ダーク・エネルギーは、宇宙全体の70%を提供していた。ただ、その密度は水の密度の7×10-30倍しかなく、また、その負の圧力が相殺するのは、普通の大気圧の1兆分の1でしかない。
 分かった気にはさせてくれますが、とても難しい内容の宇宙に関する本です。それでも、宇宙の広大さに思いをはせて、楽しく、分からないなりに読みとおしました。
(2010年4月刊。2300円+税)

裸は、いつから恥ずかしくなったか

カテゴリー:日本史(江戸)

 著者 中野 明、 新潮新書 出版 
 
 日本人は江戸時代まで、男も女も人前で裸であることになんのためらいもなかった。風呂は混浴があたりまえだった。明治政府が外国からの批判を受けて禁止してから裸は恥ずかしいものとされ、今や逆説的に見せる下着が流行している。ところが、ドイツなどには、今も混浴サウナがあって、旅行した日本人が驚いている。
 なーるほど、と思う指摘ばかりでした。混浴風呂と言えば、私が小学生の低学年のころ、父の田舎(大川です)に行くと、集落の共同風呂があり、入り口こそ男女別でしたが、なかの浴槽は男女混浴でした。昭和30年代の初めのころです。そして、私が司法試験を受けていたころ(1970年代はじめ)、東北一人旅をしたとき、山の温泉は混浴が普通でした。昼間、私が一人で温泉に入っていると、山登りを終えた女子高生の一団がドヤドヤとにぎやかに乱入してきたので、慌ててはい出した覚えがあります。
私は残念ながら体験していませんが、ドイツやオーストリアでは、サウナに男も女も皆すっぽんぽんで堂々と入っているそうです。驚いた日本人女性がその体験記をブログでいくつも紹介しているとのことです。
江戸時代の銭湯が男女混浴であることに驚いた外国人によるレポートが図入りでいくつも紹介されています。ただし、江戸幕府は何度も禁令を出していたようです。天保の改革のとき、水野忠邦も混浴を厳しく禁じました。これって、7歳になったら男女席を同じくしない、どころではありませんよね。
 そして、夕方になるとタライで水浴びします。若い女性が素っ裸になって道路に面したところで水浴びしているのを、通りかかった外国人が驚嘆して見ていたのでした。
 人前での行水や水浴ばかりか、そもそも日本人は、性器を隠そうとする意識がきわめて低かった。そして、当時の日本人は、裸体を公然と露出していても貞操が危うくなることはなかった。要は、裸体とセックスの結びつきがきわめて緩やかだったのである。
 当時の日本人にとって裸体は、顔の延長のようなものであり、日常品化されていた。明治4年、裸体禁止令が出された。外国人の目を政府が気にしてのことである。
 明治9年、裸体をさらして警察に検挙された者が東京だけで2091人にのぼった。
 明治政府による裸体弾圧以降、日本人は裸を徐々に隠すようになる。この結果、日本人に裸体を隠す習慣が根づいていった。しかし、それには予期しない副作用があった。
 裸体を隠すことで、女性の性的魅力を高めてしまった。明治政府の裸体弾圧は、セクシーな日本人女性を形成するための一大キャンペーンになったのである。
 そもそも日本人は、現代でいうパンツをはく習慣はなかった。まして、ブラジャーをやである。男性は褌、女性は腰巻である。
 下着の一部を見せる現代の女性の行為は、現代社会が下着を隠す社会だからこそ成立するのである。そして、下着を隠す習慣が生まれることで、女性は裸体を五重に隠すようになった。現代の日本人の常識って、案外、底の浅いものだったんですね。
 
(2010年5月刊。1200円+税)

昭和天皇、側近たちの戦争

カテゴリー:日本史(戦後)

著者:茶谷誠一、吉川弘文館
 昭和天皇をめぐって、さまざまな思惑が微妙にすれ違い、天皇自身の意思も必ずしも貫徹してはいなかったという実情が詳細に、また実証的に明らかにされていて、大変面白く、興味深く読みました。著者はまだ30歳台の若手研究者です。学者ってやっぱりすごいなと思いました。
 遅くとも1946年1月までに、マッカーサーをはじめとするGHQは、日本占領統治の円滑化のために天皇制を利用することを決め、アメリカ本国にもその意見を伝えていた。つまり、GHQとアメリカ政府の日本占領統治方針として、天皇制の存続と昭和天皇の在位(退陣させないこと)が申し合わされていた。
 しかし、天皇の周囲には、天皇を戦犯・罪人として裁くべきだという声があり、少なくとも退位させようという声も強かった。
 昭和天皇は、即位直後から「統治権の総攬者」としての地位を自覚し、天皇大権の取り扱いについても、自分の意思を無視した恣意的な運用に厳しい目を向けていた。1927年に田中儀一内閣がおこなった中央・地方の官吏異動につき、天皇は牧野内大臣に対して反対の意思をもらした。
 張作霖爆殺事件が起きたのは1928年6月4日のこと。関東軍の謀略計画によってひき起こされた。翌1929年6月、田中儀一首相が張作霖事件の最終報告のため参内して昭和天皇に拝謁した。昭和天皇は、牧野内大臣らとの手はずどおり、田中首相に前回の上奏内容と矛盾していると叱責し、田中首相からの再説明を拒否して拝謁を打ち切った。結果として、田中内閣は総辞職した。
 牧野グループによる輔導の結果、積極的な政治介入の姿勢を見せる昭和天皇は、田中首相を叱責して内閣総辞職に至らしめるという事態までひき起こしたのである。
 田中首相叱責事件によって、天皇の政治意思の表明や親裁が抑制されていた大正時代とは異なり、あらためて天皇の意思が政局に重大な影響を与えることが各政治勢力に認識させる契機となった。そのため、天皇の意思と異なる政治思想や政策を抱く政治勢力からは、天皇の君徳輔導にあたる側近、とくに牧野グループへの批判が噴出するようになった。
 1930年7月のロンドン条約批准の際の惟幄(いあく)上奏阻止問題により、軍部や右翼から牧野内大臣、鈴木貫太郎侍従長ら天皇側近を批判する声が高まった。側近を批判する人々にとって、牧野や鈴木は、天皇の政治意思を独占し、自分たちに都合のよい聖意を形成させていると認識されていた。1930年代を通じて激化する側近攻撃は、いよいよ本格化のきざしを見せていった。
 1935年、国内では、天皇機関説排撃運動とそれに連動した天皇側近への排斥運動がおこっていた。なかでも、在職歴の長い牧野内大臣と美濃部達吉の師であった一木枢密院議長への批判が激しく、いわゆる重臣ブロック排撃が叫ばれた。
 牧野が内大臣の辞位を決意した背景には、軍部や右翼勢力になすすべなく追随していく時局への憂慮と側近間の意見対立から、それを阻止できないみずからの無力と孤立を感じていたことにある。
 1935年12月、牧野が内大臣を辞任した。これは昭和天皇にとっても衝撃であった。天皇は裁可したあと、声をあげて泣いた。
 1937年、日中戦争が勃発したあと、天皇は重要な外交問題が発生すると、御前会議の招集を主張することがあった。しかし、湯浅内大臣は、天皇の親裁や政治責任の波及という問題を避けるため、御前会議ではなく、閣議に親臨という形式にこだわった。失敗したときの責任追及が天皇に及ばないようにしたいということである。
 即位以来、天皇の大権意識は強く、輔弼(ほひつ)者による勝手な大権の行使には厳しい目を向けてきた。日中戦争以降も、天皇は輔弼者の施政に一任していたわけではなく、天皇大権にかかわる事柄には、とくに注文をつけ、適切な処理を求めていた。
 天皇は、防共協定強化問題に限らず、1939年5月から8月の平沼内閣総辞職までの期間において、天津租界封鎖事件と日英会談、ノモンハン事件、ナチス党大会への寺内寿一元陸相の派遣問題など、自身の信条とする強調外交路線に反する陸軍の行動全般について、不信感をいだいていた。
 天皇や湯浅内大臣の陸軍批判は痛烈となり、7月5日、天皇は板垣陸相に対し、陸軍内部の下剋上風潮や幼年学校からの軍事教育の偏重、板垣陸相の能力にまで言及しながら詰問した。湯浅内大臣は、陸軍は乱脈で、もうとても駄目だ、国を滅ぼすものは陸軍じゃないか、と憤慨していた。逆に、陸軍内では天皇の政治意思や権威が軽視されていた。
 天皇を、タテマエはともかく、ホンネでは単に利用できればいいと考えていた軍部。天皇に失敗した政策の責任が波及しないように汲々としていた側近など、さまざまな思惑が交錯していたことが、この本のなかで生き生きと描かれていて、大変勉強になりました。
(2010年5月刊。1700円+税)
フランスで日本のマンガが大人気であることを知り、大変驚きました。
 ディジョンの中央郵便局の前にはマンガ専門の小さな店があります。そこには日本のマンガ(もちろん、フランス語です)しか置いてありません。実は、2年前にエクサンプロヴァンスでも同じような店を見つけたのでした。ディジョンの店で私は『神の滴』を1冊買い求めました。フランス語にもワインの勉強にもなると考えてのことです。
 そして、中央郵便局の近くの大きな書店の2階にもマンガのコーナーがあり、そのなかには「少女」の棚までありました。こまやかなマンガのストーリーが好まれているようです。

防衛融解

カテゴリー:社会

 著者 半田 滋、 旬報社 出版 
 
 自衛隊ウォッチャーの第一人者が自衛隊の現状、そしてアメリカ軍の果たしている実際の役割を事実に即して具体的にリポートしていて、大変、目を開かせられる本です。一人でも多くの人に読んでもらいたいと思いました。
 太平洋戦争後もアメリカ軍による占領状態を保障し、基地の地代のために働く2万5000人の基地従業員(日本人)の給料負担はもちろん、アメリカ軍が公用だけでなく私用で使った水道光熱費まで、全額、日本人の税金で負担する。これが日米安保条約である。
 たとえば、首都・東京にある横田基地にアメリカ軍の将官がアメリカから飛来する。このとき、日本政府は、許可していないし(アメリカ軍は許可をもらう必要がない)、その将官が誰かも知るすべがない。アメリカ軍は、日本政府の許可なく、どんな航空機でも横田基地に離着陸させることができる。このように首都のど真ん中に主権の及ばないアメリカ軍基地があり、アメリカ軍の管理する空域(日本の飛行機は逆にアメリカ軍の許可なしには飛べない)の広がる日本は、まともな国だろうか。
 そうですよね。これでは、日本が独立国家だなんて恥ずかしくて、とても言えません。これからもずっと今のままにしていいなんて私は思いません。あなたはどうですか・・・・?
 5兆円もの軍事費がなかなか削減されません。陸上自衛隊においては、活動経費が削られてしまったため、富士山のふもとにある演習場まで移動するのに高速道路が使えず、一般道路を走ります。そこで、トイレ休憩にはドライブインを使うしかありません。ジュースやガムを隊員が購入して、トイレを使わせてもらっています。
ところが、陸上、海上、航空の三自衛隊は目玉となる大型兵器の購入は認められている。海上自衛隊は、1200億円もするヘリ空母の建造が認められた。陸上自衛隊は新型戦車16両、157億円が認められた。航空自衛隊は、ミサイル防衛(MD)システムである。MDシステムには終わりがない。すでに8500億円を投じたが、今後もアメリカへ次々にお金を支払わなければいけない。なぜか? 著者は、自衛隊が高額な武器を買い続ける理由の一つに、高級自衛官の退職後の天下り先の確保をあげています。ええっ、これって、ほとんど汚職そのものではないでしょうか・・・・。国民を守るためというより、高級制服幹部たちの「老後」の生活を守るために莫大な私たちの税金がつぎ込まれるなんて、許せませんよ。
 防衛費の配分比率は、陸海空で1,5対1対1に事実上、固定化されている。金額でいうと、陸が1兆7000億円、海が1兆1000億円、空も1兆1000億円。これって、おかしいですよね。こんなところで固定比率があるなんて、ありえないでしょう。軍事費って、本当に利権の対象でしかないことがよく分かります。ところが、表向きは国民を守るためにはどうしても必要だというのです。騙されてはいけませんよね・・・・。
 普天間基地問題についての著者の指摘にも目を見開かされました。
 アメリカにとって沖縄は、中国に対抗する最前線基地なのである。沖縄の基地建設は、受注をめぐる地元企業同士の争いだけでなく、本土の巨大企業対、沖縄の地元企業との戦いでもある。そして普天間基地の移設については、アメリカのゼネコン(ベクテル社)そして沖縄最大のゼネコン(國場組)がからんでいる。辺野古地区への移設案を検討するときには、沖縄の建設業者が受注できる工法が求められていた。
なーんだ、住民の意思とか利便性という前に、建築会社の意向のほうが優先しているのですね・・・・。なんということでしょうか。
 日本の安全にはアメリカの駐留が不可欠というのは、神話であって、現実の話ではない。日本は1999年に周辺事態法を制定した。この法律によると、台湾や朝鮮半島が有事になったときには、それに参戦したアメリカ軍が日本の飛行場や港湾など、戦争に必要な日本の施設をつかうことを認めている。つまり、周辺有事になれば、アメリカ軍は日本中の自衛隊や民間の施設を自由に使えるのである。
海兵隊が着上陸侵攻作戦をしたのは1950年9月の朝鮮戦争における仁川上陸作戦が最後である。それは今からもう60年も前のこと。今や、強襲掲陸艦に乗り込み、海岸から上陸して敵地に切り込む着上陸侵攻の戦争形態自体が起こりえない。海兵隊は存在そのものが問われる危機的状況に陥っている。緊急展開なら、アメリカ本土にある第一、第二海兵遠征軍のほうが沖縄の第三海兵遠征軍より早く敵地に進出できる。見た目の距離と実際の移動時間は比例しない。
 沖縄にいる第三海兵遠征軍の価値は、唯一、海外に展開していることに尽きる。これを「抑止力」と呼ぶのは、ほめすぎ以外の何ものでもない。
うひゃあ、そ、そうなんですか・・・・。
アメリカ軍海兵隊がグアムに移転する経費の半額を日本政府つまり私たち日本人の税金で負担する。既に2009年度に346億円、2010年度に468億円が支払われた。日本は、グアムに2320億円もかけて、アメリカ将兵のための住宅を建設する。大佐級だと一棟で6300万円という超高級住宅である。日本に住んだこともないアメリカ兵の家族のために、なぜ日本政府が住宅を提供する必要があるのか。いやはや、日本政府って、とんだ巨額のムダづかいをしています。これが例の「事業仕分け」の対象にならないなんて、いったいどういうことでしょうか。プンプンプン。
ところが、逆に、自衛隊がアメリカに行って、演習場を借りて訓練すると、使用料を支払わなければならない。数十億円にもなる。
日本にあるアメリカ軍の駐留経費の7割も日本政府が負担する。物見遊山でドライブするアメリカ兵の高速道路料金も日本が負担する。
ああ、なんということでしょう。これが日米安保条約だなんて・・・・。許せません。腹の立つことばかりですが、目をそらすわけには行きません。あなたも、ぜひ読んでみて下さい。
(2010年7月刊。1500円+税)

ラ米取材帖

カテゴリー:アメリカ

 著者 伊高 浩昭、 ラティーナ 出版 
 
 はじめ、この本のタイトルの意味が分かりませんでした。ラテン・アメリカを「ラ米」としたのです。つまり南アメリカのことです。もっと分かりやすいタイトルをつけてほしいですよね。
 1967年以来、48年間に及ぶラテン・アメリカ取材の記録が一冊の本にまとめられています。まさしく現在のラテン・アメリカは今昔の感があります。かつての反共・軍事独裁政権は、いまや、どこの国にも存在せず、対米自主外交というより、反米傾向が強くなっています。これは、それだけアメリカがこれまで無茶苦茶なことをやってきたことの反動、裏返しなのだと思います。
 アルゼンチンでは、肉と言えば、牛肉を意味する。でなければ羊肉だ。豚肉や鶏肉は常識では肉に入らない。肉は、すべて炭焼きか特殊なオーブンでのあぶり焼きで、ステーキは脂身か赤みの中に溶け込むように長時間かけて焼く。口に入れると、とけてしまいそうに軟らかい。パリージャの珍味は、特別注文の牛の睾丸である。
軍隊のないコスタリカの話がもっとも興味をひきます。
 軍がなければ、外交に攻撃性がなくなる。他国からも警戒されない。外交が不備でも軍が強いからといった誤った安心感を人民に与えることがなくなる。戦争は起こりえない。軍がなかったから戦争にならなかった。軍がなければ、仮想敵国がなくなり、他国の軍縮を促すことになる。武器生産国から武器禁輸の圧力をかけられなくなる。武器が手元にあれば使いたくなるだろう。なければ使えないし、使わない。武器よ、さらばだ。
 軍隊を廃止した最大の利点は、国の富を社会開発にまわせること。教育や福祉にまわせる。
 軍はクーデターの道具だから、軍がなければ、軍事独裁はありえない。
 軍という武装した政治的圧力団体が消えれば文民社会だけになり、真の対話が成り立つ。社会正義の理念をもとに合意が生まれ、これが政策になる。平和教育が説得力をもつ。軍があれば、平和教育は鈍る。
 国内総生産(GDP)の10.7%を教育と保健にまわし、政府の存在価値を示している。兵士ゼロの社会では、人民の生活が良くなる。一人あたりGDPは、他の中米諸国の2倍以上で、非識字率は4%と最低になっている。
 平和ボケって非難されることの多い日本ですが、コスタリカの話って実に説明力がありますよね。
 キューバにいたチェ・ゲバラが、なぜ今もって世界中で抜群の人気を誇っているのでしょうか? 著者の考えは、次のとおりです。死後40年もチェはなぜ、これほどまでに人気があるのか。答えは、正義に欠ける現代社会が、いぜんとして、いや、ますます正義の実現のために不正義と戦い抵抗する象徴であるチェを理想的価値の体現者として必要としているということだろう。
 最近にもチェ・ゲバラを主人公とする映画が出来て、みましたが、それほど現代社会には不正義が目に見える形ではびこっているのですよね・・・・。
ベネズエラのチャベス大統領は新しい社会主義をめざしています。明らかに反米主義です。そして、この本は、その陰の面も指摘しています。
 カラカスをはじめ、都市部では凶悪犯罪が激発し、政官界では国際原油価格の高騰で入る、潤沢な「あぶく銭」をかすめとる腐敗が蔓延している。巷での凶悪犯罪と当局者の腐敗は、明らかに社会を劣化させている。これでは革命基盤まで腐食してしまわないか心配になってしまう・・・・。
 南アメリカの歴史とその断面を知ることの出来る本です。
 
(2010年5月刊。1905円+税)
 フランス旅行の楽しみは何ですかと訊かれ、私はすぐに美味しい料理が食べられることです、と答えました。農業国フランスは、食を大切にしています。食材も味付け、盛り付けも本当に心が配られていて、美味しいのです。人生を大切にするということは食を大切にすることなんだなと実感させられます。
 リヨンのホテルからタクシー20分で(30ユーロ)ポール・ボキューズに行ってきました。三つ星レストランとして、世界に名高いところです。食事中にマダムが挨拶にまわってきました。
 ここでは、コース料理ではなく(食べきれないのを心配して)、クネルとリ・ド・ヴォーを注文しました。クネルは白身魚のすり身ゆでたもので、はんぺんに似た食感です。リ・ド・ヴォーは仔牛の胸腺肉で、少しとろっとした肉です。ワインは少しだけはりこんでヴォーネ・ロマネの赤にしました。そしてデザートはスフレにしました。いやあ、さすがに実に美味しかったですよ。

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