法律相談センター検索 弁護士検索
2007年11月 の投稿

解決のための面接技法

カテゴリー:司法

著者:ピーター・デイヤング、出版社:金剛出版
 ミラクル・クエスチョンという手法があることを初めて知りました。
 「これから変わった質問をします。今晩あなたが眠っているあいだに、あなたのかかえている問題が解決してしまったという奇跡がおきたとします。明日の朝、目が覚めたとき、どんな違いから奇跡の起きたことが分かるでしょうか?」
 これを、柔らかな声でゆっくりおだやかにたずねるのです。
 このミラクル・クエスチョンが有効なのは、第一に奇跡について尋ねることによって、クライアントは無限の可能性を考えてよいことになる。第二に、質問は将来に焦点を当てる。それは、かかえていた問題がもう問題ではなくなったときを生活の中に呼びおこす。これによって、現在と過去の問題から焦点をずらし、今より満足のいく生活に目を向けさせる働きをする。問題に浸りきった思考から、解決に焦点をあてる方向へ、劇的な転換を求められる。
 このミラクル・クエスチョンをするときは、それぞれのクライアントにあわせて行わなければならない。たとえば、深刻な不幸を経験したクライアントに対しては、小さなミラクルを描かせることが大切である。
 これに答えようとするクライアントのほとんどが気持ちが明るくなり、希望をもちはじめる。なーるほど、このような質問をして、発想の切り換えを促そうというのですね。大変参考になりました。
 親と子は、お互いに腹を立て、傷つけあい、失望はしていても、お互いを大事に思っている。相手に対する怒り、精神的苦痛、失望は、大事に思われ、尊敬され、評価され、愛されたいという願望の裏返しである。
 親と子の関係に希望を見出せるように、相互の思いやりと善意のしるしを育て、強調することが必要である。そのためには、不満の肯定的側面を強調すればいい。子どもにさんざん失望させられたのに、まだ子どもをあきらめていない証拠なのだ。
 そうなんですよね。口にした言葉を額面どおりに受けとったらいけないというのは、よくあることです。
 自殺すると言っているクライアントに接したときには、まず自殺が不合理であり、危険で他の人を傷つけると説得したくなるし、自殺への偏見をもった反応を示しがちだ。しかし、これではクライアントの考え方に反するので、彼をさらに孤独に追いやり、自殺の危険を高めることになる。
 絶望しているクライアントの視点に影響されない最善の方法は、必ず別の側面があると自分に言いきかせ、それを探しはじめることである。自殺について話すクライアントがまだあなたと一緒にいて、生きて呼吸をしていることを忘れないようにするといい。ともかく、クライアントは過去のトラウマや現在の痛みにもかかわらず、どうにか生きのびている。クライアントの長所を活性化し、感情と状況をコントロールできるという気持ちにさせる。
 たとえば、「今朝、どうやってベッドから出ましたか」と問いかける。小さな、しかも否定できない事実からスタートするのが大切である。
 この本をしっかり理解したというわけではありませんが、弁護士にとってもいろいろ役に立つことが書かれていると思いました。
(2007年4月刊。4600円+税)

風は山河より

カテゴリー:日本史(中世)

著者:宮城谷昌光、出版社:新潮社
 徳川家康が三河一帯を支配する前から始まる大河小説です。主人公は三河の武士である菅沼三代。東から武田信玄が攻めてきて、織田信長が西にいて、両雄のあいだで揺れ動かざるをえません。5巻ものの大長編です。『小説新潮』に2002年4月号から2007年3月号まで連載されていたそうです。
 モノカキのはしくれを自称している私は「あとがき」に目がひかれました。いやあ、ホンモノの小説家って、ホント、大変なんですね。
 連載開始後、一年もたたぬうちに、つらさをおぼえた。そのつらさは軽減するどころか、増大しはじめた。小説をつづけてゆくうえで調べなければならぬことが山ほどあり、毎日、5時間ほど資料と文献を読んだあと、原稿用紙にむかうと、疲れはてた自分がいた。そういう状態では、一日に一枚しか原稿を書けない。
 これがいつまで続くのか。そう考えるたびに悪寒をおぼえ、暗澹となった。引くに引けない、とはこういうことであろう。私は尺取り虫のようなものであった。そういう寸進を2年以上続けた。連載回数が50回に近づくころ、ようやく筆が速くなった。その速さに、自分でもおどろいた。結末が遠いながらもはっきりとみえたことで、小説がぶれなくなった。
 すごいですね。ここまでやるのですね。著者は「原稿用紙にむかう」と書いているので、パソコン入力ではないのでしょうね。私と同じ、手書き派だと推測しました。そして、実は、私も5巻ものの大長編小説(実は6巻まで考えています)に挑戦中なのです。既に3巻を出して、近く4巻目を刊行する予定です。私の場合には、結末がまだ自分でも見えてきませんので、主人公たちは一体どうなることやらと思いながら書きすすめています。なにしろ私の分身たちも主人公の一人なのですが、小説というのは書きすすめているうちに独り歩きしていくので、たとえ書き手であっても完全に制御することはできないのです。また、そこに書き手としてのワクワクする楽しみもあるわけですが・・・。
 第1巻は三河の守護の成り立ちの説明から始まっています。室町時代には、細川氏でなければ一色氏であった。しかし、応仁の乱以降、守護の威権ははなはだしく衰え、一色氏は南の渥美を戸田氏に奪われ、足下から台頭した波多野全慶に敗れて、ついに三河を支配する力を喪失した。ところが一色氏に仕えていた牧野古白成時は、今川に近づき、波多野氏に勝って一色氏の旧領の中心部を支配することになる。
 実は、私の配偶者の旧姓は牧野と言います。亡くなった父親は古文書や家系図に関心をもっていて、三河の牧野家の末裔であることを誇りに思っていました。ひょんなところで、牧野家の話が出てきて、驚いてしまいました。
 決断せぬ者を相手にすることは、時の浪費である。うーん、そうなんですね・・・。
 甲斐の武田晴信(のちの信玄)が父の信虎を駿河へ追放した。このとき晴信は21歳、信虎は48歳。うむむ、よほど信虎は家臣から人望を得ていなかったのですね。それにしても、とても信じられない年齢です。
 無沙汰とは、沙汰(訴訟)をとりあげないことをいう。なおざりにすることを意味する。 全5巻を半年かけて、ようやく読みきりました。こんな長編を書くのは本当に大変だったと思いますが、読むほうもそれなりに大変でした。それでも戦国時代の息吹を強く感じさせられ、生きた日本史の勉強になりました。
 私の読めない、意味を知らない漢字、熟語がたくさんあったことにも驚きました。
(2006年12月〜2007年3月刊。1700円+税)

犬はきらい?

カテゴリー:生物

著者:エミリー・ヨッフェ、出版社:早川書房
 私は犬派です。猫は、どうしても好きになれません。幼いころから、ずっと我が家に犬が飼われていたので、犬にはすごくなじみがありますが、猫はいませんでしたので、なんとなく敬遠してしまいます。
 猫と犬とは根本的に違う。犬は美人コンテスト出場者のようなもので、他人を喜ばせたいと思っている。サーシャ(著者の飼い犬)は、家の中で粗相すると著者が怒ると理解してからは失敗しない。猫はスーパーモデルのようなもので、他人に喜ばせてもらいたいと思っている。
 なーるほど、そうなんですね・・・。私は犬が散歩しているのを見ると、犬の表情を見ます。生き生きとした犬の顔を見ると、私までうれしくなってきます。
 猫の知性を試す方法は、まずない。猫はごほうびに釣られないため、賢さをはかるのは難しい。それこそ猫が人間というものを天才的に理解している証拠だ。はいはい、それをやればエサをくれるっていうんだね。でも、知ってるんだ。ここに寝そべって、のんびりうたた寝したり毛づくろいしたりしていても、結局は、エサをもらえるんだよね。
 むむむっ、敵は見抜いていたのか・・・。
 猫が粗相するのには理由がある。たとえば飼主夫婦の結婚生活に緊張が生じているから。夫婦が離婚してしまうと、猫の粗相も止む。ええっ、そうなんですか・・・。
 犬を飼い慣らすことの面白さに味をしめた人間は、夢中になって、次々と動物を家畜化していった。イノシシも豚として飼いはじめた。それが農業に変革をもたらし、やがては近代の文明化につながっていく。
 ロシアで驚くべき実験がやられた。野生のギンギツネを飼育した。個体の人間に対する反応を調べ、生まれつき人慣れしたキツネ同士をかけあわせていった。すると、わずか6世代で子孫のなかに人間を恐れない、それどころか人間のそばにいたがる個体が誕生した。さらに数世代を経ると、行動だけでなく、ぶち模様の毛や垂れた耳をもつ子どもが生まれた。キツネの犬化がはじまりかけていた。
 うひゃあ、そういうことができるのですか。本当なんでしょうか。
 ペットの飼い主にとっての最大の悩みは、犬においては攻撃的であること、猫においてはトイレ以外の場所に粗相すること。
 子犬の発達のためには生後16週間までの時期が重要だ。原則として、犬の生涯にわたる社会性は、この16週間で決まる。
 オオカミには、集団での狩りを成功させるには大きな脳を必要とする。しかし、捨ててある鶏の足をかぎつけて食べる犬には大きな脳は必要ない。人間にとって、犬の知性の後退はプラスとなった。
 ビーグル犬を飼い、一時預かりに挑戦する著者の犬との共存日記です。ベッドでも犬と一緒に寝ているようですが、本当でしょうか。犬好きの私でも、とても考えられません。でも、猫を冬の寒いときに湯たんぽがわりにしている人は多いようですから、そういう人も多いのでしょうね。
 私の家でも、私が高校生までスピッツを座敷犬として飼っていましたから、家のなかはいつもザラザラしていました。そのころは何とも思わず平気でしたが、今では、とても耐えられません
(2007年10月刊。1333円+税)

空母エンタープライズ

カテゴリー:日本史(古代史)

著者:エドワード・P・スタッフフォード、出版社:元就出版社
 夜間戦闘機のない時代の航空母艦です。
 ミッドウェー海戦の前、アメリカ海軍のニミッツ大将は敵(日本軍)には知られていない武器、空母部隊一つ分に相当するものを持っていた。それは暗号解読班である。日本軍の暗号を知っていた。ニミッツは山本五十六大将の攻撃計画のいつ、どこへという重要な要素を知っていた。
 1941年12月から1942年6月まで、日本海軍の絶対優勢期、そして日米海軍がほぼ互角の戦力で死闘をくり広げたソロモン諸島での戦いで、ビッグEと呼ばれた空母エンタープライズは主要な海戦のほとんどに参戦して大活躍しました。もちろん、日本海軍を次々に撃破していったわけです。読んでいると、日本軍って、どうしてこんなにバタバタと撃ち落とされてしまうんだろうと歯がゆさを覚えるほどです。彼我の科学技術力と物量の差を改めて感じざるをえませんでした。
 ところが、無敵を誇っていたかのような空母エンタープライズは、日本の敗戦間近の5月14日、フィリピン海において神風特攻機によって戦闘不能となって、戦線を離脱せざるをえなくなり、修理のためパールハーバーへ向かった。
 その前の年の半年間で、空母エンタープライズ一艦によって、日本海軍は、艦艇19隻、飛行機300機を失っていた。
 戦艦武蔵に対する雷爆撃では外れたのが少なかった。18個の1000ポンド爆弾のうち11個が命中した。多くが中心線に沿って中央部の近くに当たった。魚雷は8本全部が命中した。巨大な戦艦は一瞬、至近弾と命中した魚雷が高く上げた水飛沫、炸裂した爆弾から舞い上がった白い煙、火災による黒煙により見えなくなった。それから長く黒い艦首が沸騰する大釜からゆっくりと滑り出てきた。武蔵は艦首から沈んで停止し、炎上した。これは、最高の対空兵器を装備した近代戦艦が航空機の攻撃だけで沈められた最初の例である。
 マリアナ沖海戦のとき、空母エンタープライズは2隻の敵空母に10個の爆弾を命中させ、12機の敵機を撃墜した。そのかわり、飛行機5機を失った(ただし、戦闘で失ったのは1機のみ)が、人員の損失はなかった。
 攻撃機216機のうち、100機が失われた。20機は戦闘で、80機は燃料切れと着陸時の事故により。その100機の搭乗員209人のうち死亡したのは49人のみ。
 アメリカ軍の戦死者は全部で55人。そのなかには、事故による死亡6人も含んでいる。
 この本を読むと、日本軍と違って、アメリカ軍が末端兵士に至るまで、その人命の損失を重大視していたことがよく分かります。そこに初めから勝負があったのではないでしょうか。
 ミッドウェー海戦、ガダルカナル上陸作戦そしてソロモン海戦などで、アメリカ海軍も日本軍よりは優れたレーダーをもっていても、今のように衛星から追跡できなかったわけですから、広い太平洋のなか、いつ、どこで遭遇するか分からないという賭けをしていたのだということがよく分かります。アメリカ側からみた太平洋戦史を日本人が知るのも、あの戦争の実相を認識するうえで大切だと思いました。
 ちなみに、空母エンタープライズは2万トン弱で、飛行機も90機しか運んでいませんでした。まさに中型空母です。
(2007年8月刊。上下巻。2300円+税)

美味しい食事の罠

カテゴリー:社会

著者:幕内秀夫、出版社:宝島社新書
 砂糖と油脂に殺されようとしている日本人。マック、ケンタそしてホカ弁、コンビニの前を通るたびに、日本人って可哀相だなと思います。もっと、食事を大切にしようよと、叫びかけたくなります。
 食費にあまりお金をかけていない人ほど、油脂をたくさん食べている傾向がある。油脂には、素材の悪さをごまかす便利な働きがある。多少、味の落ちる素材でも、油脂まみれにしてしまえば、なんとなく油脂自体のコクや美味しさで食べられてしまう。素材の味が分からずに美味しく食べられる。
 ファーストフードは、輸入小麦と砂糖と油脂の塊だ。油脂と砂糖は満腹感ももたらしてくれる。人間は、油脂の味や、甘い味を、本能的に求めるようにできている。脳にとって、油脂や砂糖の甘さは快楽である。
 人間の二大欲求は食欲と性欲。性欲のほうがお粗末なため、日本人を過剰なまでに食欲に走らせ、一億総砂糖漬けを招いている。未婚女性の4割に男性の友人がいない。そのフラストレーションのはけ口として、食の快楽に走っている。
 長寿の島だった沖縄で男性の寿命が短くなるという異変がおきている。それは、沖縄男性の半分が肥満になったこと、ハンバーガーショップの普及率が日本一と関連がある。ギトギトと油脂まみれの総菜が沖縄で売れている。
 全国のサラリーマンが夕食にしているのは、甘い缶コーヒーだ。缶コーヒーの危険性に多くの男性が無自覚である。缶コーヒーは糖分のほか、クリームなどの脂肪分がたっぷり。これは砂糖の点滴と同じ。糖尿病への特急切符である。
 乳ガンにかかった女性の多くが朝食にパンを食べている。砂糖と油脂入りのパンに、マーガリンとジャムを塗りたくり、わずかな生野菜にマヨネーズやドレッシングで油脂まみれにして食べ、糖分たっぷりの甘いヨーグルトを食べている。いわば食事をとらずにお菓子を食べているのと同じ。これは大変です。みんなに知ってほしいですよね。
 ハンバーガーは食事ではない。ふむふむ、なるほど、そうなんですね。
 いやあ、考えさせられました。私はいま典型的なメタボになってしまいました。そこで、ダイエットを宣言し、実行しています。ともかく食べる量を減らすのです。ガマンガマン、これを合言葉に、いつもお腹が空いている状況に耐えています。さすがに年齢(とし)をとって、空腹には耐えられるようになりました。美味しいものを少しだけ、ということが実践できるようになったのです。うれしいやら悲しいやら、です。だって、来年には還暦を迎えようとするのですから、健康第一ですよね。
(2007年9月刊。700円+税)

福岡県弁護士会 〒810-0044 福岡市中央区六本松4丁目2番5号 TEL:092-741-6416

Copyright©2011-2025 FukuokakenBengoshikai. All rights reserved.