弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年11月18日

獲る、食べる、生きる

生物


(霧山昴)
著者 黒田 未来雄 、 出版 小学館

 私の日曜日の夜の楽しみは、録画したNHK『ダーウィンが来た』をみることです。
 日本と世界のさまざまな生き物の生態が詳しく紹介され、いつも驚嘆しています。自宅で映像をみるのは楽ちんそのものですが、映像を撮っているカメラマンとそれを支えているスタッフの苦労は想像を絶します。
 この本の著者は、まさしくこの番組のディレクターをつとめていたそうです。
 著者が大自然に触れる道を踏み込むようになったのは、星野道夫、有名な野生動物カメラマンです。この星野氏は、残念なことに、43歳のとき、カムチャッカでヒグマに襲われて亡くなってしまいました。
 著者は26歳のとき、星野道夫も行ったアラスカの犬ぞりを体験しています。すごい行動力です。
 犬ぞりを引く犬たちの健康管理で大切なことはエサよりも水。湿度が低いため犬は脱水症状になりやすい。犬の尿の色が濃くなっていないか、常に気を配っておく必要がある。
 犬ぞりの犬が引くことのできる重量は自分の体重と同じ。だから、体重40キロの犬が4頭なら160キロ。犬たちは、走りながら排泄する。犬たち自身が走りたいと思わないと犬ぞりは動かない。そこで、性格の違う犬の一頭一頭に声をかけ、抱きかけ、抱きしめ、ほめてやり、チームとしての集中力を高め、走り出す。なかなか難しいんですね。
 ヘラジカの鼻は珍味中の珍味。全体を覆う毛を焼いて落とし、ゆっくりと煮込む。黒く変色した皮をナイフで丁寧に取り除き、少し塩をつけて口に放り込む。濃厚な脂、コリコリとした軟骨、さらにとろけるように柔らかい肉。いろいろな味と食感が、絶妙なバランスで複雑に混ざりあう。いやあ、ホント、美味しそうですよね...。
 野生動物を狙うハンターに求められる(問われる)のは、観察力と想像力、そして最後は気力。まさに人間力が根底から試される真剣勝負だ。
著者のハンターとしての先達(師匠のキース)は、狙った獲物に銃弾があたったと分かっても、「すぐには動くな」と著者をさとした。「彼は今、死を受け入れなくてはいけない。そのための時間を、彼に与えてあげなくては」と言う。
 「獲物に最後の力が残されているとしたら、まだ近づいてはダメ。彼らが死を受け入れるためのひとときを決して穢(けが)してはならない。しっかりと待つんだ」
 いやあ、これにはまいりました。さすがは先達です。こんな心構えで、獲物を狙うのですね。単なる楽しみとはまるで違います。
 著者は北海道でヒグマを撃ちました。仔グマ2頭を連れた母ヒグマでした。そんなときは仔グマも生かさないのだそうです。「なんで僕が殺されなくてはいけないの...」と訴える仔グマの視線を感じたとのことです。いやあ、臆病な私にはとても出来ない状況です。
 いま51歳の著者は東京外国語大学を卒業し、商社に入って、そのあとNHKに転職したとのこと。そしてNHKを辞め、最近では狩猟・採集生活を送っているそうです。とてもとても真似できない人生です。うらやましい限りですね。だって、人生は一度かぎりなんですから、...。やりたいことをやった者が勝ちですよね。
(2023年8月刊。1700円+税)

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