弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年8月14日

冬のデナリ

アメリカ


(霧山昴)
著者 西前 四郎 、 出版 福音館日曜日文庫

 北米大陸最北かつ最高峰のアラスカにそびえ立つマッキンレーのデナリに厳冬登山。まさしく無謀そのものです。マイナス40度、いや50度という厳しい寒さのうえ、峰々に吹き渡るブリザード(嵐)。そして途上の氷河には底知れぬクレバス(割れ目)がある。いやはや、とんでもない冒険をしようという男たちが7人も8人も集まったのです。いえ、初めは賛同者は誰もいませんでした。それがいつのまにか志願する男たちが寄ってきて...。
 メンバーの年齢構成は20代の青年ばかりではありません。最年長は39歳の外科医。身長190センチ、体重100キロです。最年少は22歳のヒッピー・詩人。アメリカ人だけでなく、スイス人、フランス人そしてニュージーランド人もいて、31歳の日本人もいます。この日本人は身長160センチ、50キロと小柄です。
個性豊かな山登りたちが8人もいて、本当に統制がとれるのか、登頂をめぐってメンバー同士が張りあうのでは...、そんな心配もします。
 荷物を確保し、それをきちんと分類して頂上に至るまであちこちに分散して配置します。危険を分散するのです。この食糧確保と輸送を担当したのは、日本人のジローでした。8人分、そして40日分の食糧と装備を山に運び上げるのですから、大変な苦労が必要です。
 零下30度の乾燥しきった空気に寝袋をさらす。これを怠ると、身体が発散する湿気を吸い込んだ羽毛は、やがて氷の玉に固まってしまう。
隊員が2人、氷河のクレバスに落ちた。1人目のアーサーは、なんとか自力ではい上ってきた。しかし、2人目のフランス人のファリンはダメだった。8人のグループのうちの1人が登山途中で死んだとき、その登山は中止すべきなのか、それとも続行してよいものか...。結局、遺体は下のほうに運びつつも、登山を続行することになった。うむむ、難しい選択ですね。仲間の1人が事故死しても、なお登山しようというのですから、並の神経の持ち主ではありません。
氷河の旅が終わると、次はアイゼンの世界。もうクレバス事故という不意打ちを心配する必要はない。軽合金でできた12本の鬼の爪を防寒靴にくくりつける。
 高度の高いところで、口を開けて大きくあえぐのは禁物(きんもつ)。寒気のもとで、水分をすっかり氷雪片にして落としてしまった空気はカラカラに乾燥しており、不用意に深く息を吸うとノドが焼けてくように痛む。
 鼻の高いディブは、鼻の先を凍傷でやられないよう、手術用マスクをかけて用心している。一日の仕事が終わってテントに入る。断熱マットを敷き寝袋を広げてすわりこむ。まず靴下をはきかえて、ぬれた靴下を絞る。足からこんなに汗が出るとはと驚くほど、気密な防寒靴の中で粗毛の厚い靴下は、ぐっしょり汗を吸っている。
 その絞った靴下は、テントの外に出しておくだけでよい。翌朝には、カラカラに乾燥していて、氷の細かい結晶をパタパタとはたき落とすと、すぐに素足にはくことができる。
 食事は乾燥食に頼る。1キロの肉が200グラムのコルクのような乾燥肉になっている。湯の中に、この「コルク」を入れて肉らしい煮物に戻るまで温める。おいしくはない。
 湿度の高い軟雪と違い、大きな雪のブロックから、わずかな量の水しかできない。80度の熱湯をつくるのに、長い時間と大量のガソリンを消費する。体内の水分不足は凍傷になりやすいので、ともかくたくさんお茶、ジュース、コーヒーを飲まなければならない。昼食用のテルモスを用意するゆとりはないので、朝晩に飲めるだけ飲んでおく。登山靴もメーカー特注品。
 先頭の3人は、なんとか頂上にたどり着いた。記念写真をとろうとしても、無線電話機を使おうとしてもバッテリーが厳しい寒さで動かない。零下49度だった。
問題は帰路に起きた。遭難寸前のところ、岩陰で缶詰食品を見つけた。また、別のところにガソリンが4リットル、岩陰に置かれていたのを発見した。こんな奇跡的な発見によって、頂上をきわめた3人組は生還することができたのでした。まさに、超々ラッキーだったとしか言いようがありません。死の寸前で助かったのです。
 いやはや、こんな苦労までしても厳寒の冬山に登る物好きな人たちがいるのですね...、信じられません。まあ、こちらはぬくぬくとした感じで、人間ドッグのあいまにとてつもない緊迫感を味わうことが出来ました...。前から気になっていた本を本棚の奥から引っぱり出して読了したのです。

(1996年11月刊。1700円+税)

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