弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2023年8月 8日

下山事件

日本史(戦後)


(霧山昴)
著者 柴田 哲孝 、 出版 祥伝社文庫

 1949(昭和24)年7月5日、初代の国鉄総裁・下山定則が朝から行方不明となり、翌7月6日未明に国鉄常磐線の北千住駅と綾瀬駅の中間地点で遺体となって発見された。いわゆる下山事件。ときは日本占領下、マッカーサーのGHQが日本を支配していた。
 下山総裁は国鉄合理化にともなう10万人規模の人員整理の渦中にあり、7月4日に第一次人員整理として3万700人の名簿を発表したばかりだった。このころ、7月15日には三鷹駅で無人電車が暴走して死傷者を出した三鷹事件、8月17日には福島県内で機関車が脱線転覆して乗務員3人が死亡した松川事件が起きていた。松川事件については政府は直後から共産党が犯人だと発表し、共産党関係者や国労の組合員などが逮捕・起訴され、いったんは死刑判決まで出たものの、被告人らのアリバイを証明する物証(諏訪メモ)が掘り起こされて、逆転無罪となった。GHQないしCIA等のアメリカ機関がからんだ謀略事件というのが今では有力となっている。
 この本は矢板玄(くろし)が代表をつとめるY機関(亜細亜(アジア)産業の別名)が関わっていたという説を中心として語られています。GHQのキャノン機関の下請け機関として、非合法工作にいくつも関わっていたというのです。著者の祖父は柴田宏(ユタカ)。1970(昭和45)年7月に69歳のとき病死した。
事件当時、下山総裁は、精神的にかなり追いつめられていた。下山総裁への殺人予告電話がかかってきた。
 失踪当日、下山総裁の行動はいかにも不思議なものだった。これは自殺しようとしている人の行動とは矛盾している。
 CIAをはじめとするプロの謀報員のプロパガンダには、一定の法則がある。その9割は「実話」で、残る1割に「虚偽」を挿入してカバーストーリーを構成する。たとえば、人名、地名、日時などを入れ替える。
 下山総裁の遺体はいかにも不審な轢死体であるのに、検視した医師は自殺だと断定した。これに対して布施健検事が疑問を呈した。東大の法医学教室(古畑鑑定)は、死後轢断と判定した。
下山総裁は腕の血管を切られ、血を抜き取られて死んだというCICの元協力者だった朝鮮人の証言がある。
田中清玄と西尾末広の二人は、下山事件の周辺に登場する。
 下山総裁の遺体が発見された大友野の轢断現場には、下山総裁が身につけていたはずのロイド眼鏡、ネクタイ、ライター、シガレットケース、シャープペンシルがついに発見されなかった。そして、右側の靴が大きく裂けていたのに、右足はまったく無傷だった。
 キャノン機関のキャノンは1981年、自宅のガレージで射殺体になって発見された。享年66歳。自殺とされた。
M資金はウィロビーのWを裏返しにしたらMになる。ウィロビーの裏金という意味。
 伊藤律も共産党の情報をどんどん持ってきていた、ただのスパイだ。
GHQは国防省、CIAは国務省。両者は敵対していた。
下山総裁が事件当日、3時間近くも休息したはずの末広旅館で、ヘビースモーカーなのに1本もタバコを吸っていないという。そして、女将の長島フクの夫は特高警察官あがり。現場は大きく左にカーブしている。戦前の中国・満州での張作霖爆殺事件のカーブと同じ構図だ。
 矢板玄は1998年5月、83歳で死亡した。矢板玄も統一協会の後援者だった。亜細亜産業は七三一部隊と奇妙な符号がある。
戦後の疑惑にみちた事件について、その真相に一歩迫っている本だと思いました。
(2017年5月刊。857円+税)

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