福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

声明

2020年12月10日

法制審議会答申(諮問第103号)に反対し,改めて少年法適用年齢引下げに反対する会長声明

1 はじめに                                
2020年(令和2年)10月29日,法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会は,少年法の適用年齢を18歳未満とすることの是非等について調査審議の結論を取りまとめ,法務大臣に答申した(以下「答申」という。)。
しかし,答申は,次のとおり,多くの問題をもつものであるから,当会は,答申に反対する。


2 答申の概要
答申は,次のような骨子に従い,罪を犯した18歳及び19歳の者に対する処分に関する法整備を行うべきであるとする。
すなわち,18歳及び19歳の者について,犯罪の嫌疑のある事件は全て家庭裁判所に送致する。しかし,いわゆる原則逆送事件の範囲を,現行のもの(故意の犯罪行為によって被害者を死亡させた事件)から「死刑又は無期若しくは短期1年以上の刑に当たる罪の事件」まで拡大する。また,公判請求された18歳及び19歳の者については,推知報道の制限をしない。
なお,これらに加え,答申は,罪を犯した18歳及び19歳の者について,現行法上認められている資格制限の排除を明言していない。


3 答申に反対する理由                           
⑴ 18歳及び19歳の者を現行少年法の適用対象と明示するべきである
現行少年法は,有効に機能しており,少年の検挙人員は,2003年(平成15年)以降,絶対数のみならず,人口比でも減少を続けている。この傾向は,18歳及び19歳の少年についても同様であって,2003年(平成15年)から2018年(平成30年)の検挙人員でいえば,2万9190人から7287人にまで減少している。
現行法は,少年の健全育成を理念として掲げ,少年の資質や家庭環境に対する家庭裁判所調査官の調査や少年鑑別所での心身鑑別を通じて少年の問題点を明らかにし,個別の少年の抱える問題点に対応するための保護処分によって立ち直りを図っている。その運用についても,家庭裁判所,少年鑑別所,保護観察所,付添人など,少年を取り巻く関係者の不断の努力によって適切になされている。
先に述べた少年の検挙人員の減少は,まさにこれが有効に機能していることを示しているのであって,18歳及び19歳の者を現行少年法の適用対象に含めることを明示するべきである。
⑵ 原則逆送事件の対象を拡大すべきではない
答申に従い,短期1年以上の刑にあたる罪を逆送事件とすれば,逆送される事件の種類が大幅に増える。そして,これらの事件には,強制性交等罪や強盗罪にまで含まれている。しかも,そもそも短期1年以上の刑にあたる罪は多様であり,上述した強制性交等罪や強盗罪に限っても,犯罪の内容や経緯は様々である。
そのため,それらを一律に原則逆送とすることは,個別処遇を重視する現行少年法の理念を大幅に後退させる。
また,逆送が「原則」の文字通り運用されることとなれば,「原則」との趣旨に従った形式的,簡易的な判断や調査がなされ,18歳及び19歳の者に対する処遇が形骸化するおそれもある。このような結果となれば,新たな制度がかえって再犯防止に逆効果となる可能性すらある。
答申が嫌疑のある事件をすべて家庭裁判所に送致する手続を採用しているのは,現行少年法の全件送致主義が有効に機能していることを前提としていると思われる。
したがって,原則逆送事件の対象を拡大してはならない。
⑶ 推知報道を制限すべきである
公判請求された18歳及び19歳の者であっても,家庭裁判所に移送される可能性は残されている。にもかかわらず,公判請求がなされたことを機に実名報道等がなされれば,情報がSNS等により無制限に拡散されるうえ,拡散された情報の削除は事実上不可能である。一旦犯罪報道された者が社会復帰を図ることは極めて困難であり,推知報道の制限緩和は,取り返しのつかない結果をもたらしかねない。
また,逆送事件の範囲拡大に伴い,強盗罪や強制性交等罪に関する実名報道等の増加が予想される。この種の事件は,被害者が情報の拡大を望まない場合も多くあり,そのような情報等が拡散されるおそれもある。
したがって,公判請求された18歳及び19歳の者についても,推知報  道の禁止は貫徹されなければならない。
⑷ 資格制限の排除を明言すべきである
現行少年法は,罪を犯した少年が再び社会生活を送るための環境を整えるため,数多くの法令で定められている種々の資格制限を排除している。
このような現行少年法の趣旨は,答申が,「成熟しておらず,成長発達途上にあ」ることを認める18歳及び19歳の者にも当然に妥当する。したがって,立ち直りの弊害となる資格制限を排除することを明言しないことは,現行法の趣旨に反する。
よって,18歳及び19歳の者の立ち直りの機会を奪うことになる資格制限の排除を明言すべきである。


4 最後に                                 
当会は,2015年(平成27年)6月25日に少年法適用対象年齢を18歳未満に引き下げることに反対する会長声明を発出し,2017年(平成29年)5月24日には対象年齢を引き下げることに反対する総会決議もした。2019年(平成31年)3月11日には,法制審議会での議論状況を踏まえ,改めて少年法適用年齢引下げに反対する会長声明も発出した。
今回の答申は,18歳及び19歳の者について,現行少年法の健全育成及び公正の理念を大幅に後退させるものであり,大きな問題がある。
当会は,今回の答申に反対するとともに,あらためて少年法適用年齢引下げに反対するものである。

2020年(令和2年)12月9日

福岡県弁護士会   
会長 多 川 一 成

学生支援緊急給付金に関し困窮学生への平等な給付を求める会長声明

 政府は,2020年5月19日,新型コロナウイルス感染症拡大の影響で,世帯収入,アルバイト収入等が激減し,経済的困窮に陥った学生に対し,「『学びの継続』のための学生支援緊急給付金」(以下「本給付金」という。)を創設することを閣議決定した。本年9月までに3次推薦までが行われ,給付終了となったが,今後,再追加配分の実施も検討されている。
本給付金は,経済的に困窮し学業継続に困難をきたしている学生を救済し,教育を受ける権利を保障するための措置として是非とも必要なものである。
 しかしながら,本給付金の制度は以下の問題を含んでおり,速やかに是正されるべきである。

第1に,外国人留学生に対してのみ「学業成績優秀者」の要件が課せられていることである。
本給付金の要件として「既存の支援制度を活用していること,又は既存の支援制度への申請を行う予定であること」が課せられているが,外国人留学生の場合はこれに代えて,「学業成績が優秀な者であること」,具体的には「前年度の成績評価係数が2.30以上であること」が要件とされている。これは成績上位25~30%程度に相当するとされる。他方で,学業成績以外の代替要件は定められていない。
「既存の支援制度」で求められる学業成績が上位2分の1程度であり,かつ学業成績がこれに該当しなくても学習計画書の提出等で支援を受けられる仕組みがあることに比して,外国人留学生に対しては支給要件が加重されている。
この点について,文部科学省は,「いずれ母国に帰る留学生が多い中,日本に将来貢献するような有為な人材に限る要件を定めた」と説明したと報道されている(2020年5月20日共同通信)。
 しかし,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により経済的困窮に陥った学生に対して「学びの継続」を支援する必要性は,外国人留学生についても異なることはなく,日本に将来貢献するかどうかなどという不明確な事由によって制限されるべきものではない。
加えて,政府は,2008年に「留学生30万人計画」を掲げて以降,外国人留学生を積極的に受け入れる政策をとっており,2019年末に「留学」の在留資格をもつ者は34万人を超えている(2020年3月27日出入国在留管理庁発表)。
このような国家の政策のもとで日本に留学してきた多くの外国人留学生が,新型コロナウイルス感染症拡大の影響によって生活に困窮しているのである。「学びの継続」を支援するという本給付金の趣旨からすれば,外国人留学生に対してのみ支給要件を加重し,学修意欲のある多くの留学生を支援から除外することに合理性は認められない。

 第2に,本給付金の対象学校から朝鮮大学校が除外されていることである。
 本給付金は,創設当時,国公私立大学(大学院含む)・短大・高専・日本語教育機関を含む専門学校に在学する学生のみを給付金の対象としたため,各種学校である朝鮮大学校及び外国大学日本校は,大学同様の高等教育機関であるにもかかわらず,対象外とされていた。 
後から,外国大学日本校については新たに給付金の対象に含めることとされたが,朝鮮大学校は未だに対象外とされたままである。
 しかし,朝鮮大学校については,1998年に京都大学が朝鮮大学校卒業生の大学院受験を認め合格したことを契機として,1999年8月,文部科学省が学校教育法施行規則を改正して大学院入学資格を拡充し,外国大学日本校とともにその卒業生に大学院入学資格を認めている(学校教育法102条1項・同施行規則155条1項8号・学校教育法施行規則の一部を改正する省令の施行等について(平成11年8月31日文高大第320号)第一の二)。また,2012年には社会福祉士及び介護福祉士法施行規則が改正され,朝鮮大学校卒業生にも受験資格が認められる(社会福祉士及び介護福祉士法7条3号・同施行規則1条の3第3項3号)。このように,他の外国大学日本校と同様に,朝鮮大学校を日本の高等教育機関として認める法制度が存在している。
朝鮮大学校の学生も他の高等教育機関に在籍する学生と同様に,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により経済的に困窮しているという事情に変わりはない。各種学校の認可を受けていない外国大学日本校もこの制度の対象とされているのだから,朝鮮大学校のみを制度から除外することに合理的理由はない。
 各種学校に属する朝鮮学校については,高校無償化制度および幼保無償化制度においても政府による除外が行われており,再三にわたって同様の除外,差別政策が繰り返されていることは,看過できないものである。

 これらの外国人留学生に対する支給要件の加重や朝鮮大学校の排除は,憲法14条の平等原則,人種差別撤廃条約5条(e)(v),社会権規約2条2項,13条1項,2項(c)に違反する,合理的理由のない差別である。
 よって,当会は,政府に対し,以上の差別を直ちに是正すべく,留学生や朝鮮大学校に通う困窮学生に対しても,他の学生と平等に給付する制度を設けたうえ,速やかに給付することを求める。

2020(令和2)年12月9日
福岡県弁護士会
会長 多川 一成

2020年9月17日

「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」の内容を踏まえた法改正に反対する会長声明

1 2020(令和2)年7月14日、法務大臣の私的懇談会である第7次出入国管理政策懇談会は、収容・送還に関する専門部会が同年6月19日に取りまとめた報告書をもって「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)を行った。現在、出入国在留管理庁において、本提言を踏まえた出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)の改正が検討されており、今秋の臨時国会で法案が提出される予定という。
しかし当会は、本提言においてなされた
① 難民申請者の送還停止効に対する例外の創設
② 退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則の創設
③ 仮放免された者等による逃亡等の行為に対する罰則等の創設
を踏まえた法改正に対しては、以下の理由により、強く反対するとの立場をここに表明する。

2 かねてから指摘されているとおり、日本では、迫害を受けるおそれから祖国を逃れ、庇護を求めてくる人々のうち、これを難民として受け入れる数が極めて少なく、トルコのクルド人をはじめ、諸外国であれば難民と認められている人々であっても、日本ではその地位が認められていない。
本来難民として保護されるべき人々を多数とりこぼしている現状において、本提言が行った①「難民申請者の送還停止効に対する例外の創設」を認めることは、迫害を受ける人々を、時に命の危険すらある本国に送り返す危険すら内包する。さらに、本提言が行う②「退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則の創設」は、このような本来難民として保護すべき人々に対し、罰則を科して、迫害を受ける恐れのある祖国への帰国を迫るものでもある。これらの提言を法改正に反映させることは、日本が1981(昭和56)年10月3日に加入し翌年1月1日から発効した難民条約第33条第1項「ノン・ルフールマンの原則」(締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見のためにその生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放しまたは送還してはならない)に照らし、許容することはできない。
また、低い認定率の中にあってもなお日本において難民と認められた人々の中には、退去強制令書の発付後、複数回申請を繰り返し、裁判を経てようやく難民としての地位を認められた者、または人道的配慮から在留特別許可を認められた者も存在する。本提言が行う①「難民申請者の送還停止効に対する例外の創設」や②「退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則の創設」は、司法の判断を仰ごうとする人々の裁判を受ける権利を侵害するおそれもあり、許容することはできない。
 
3 また、退去強制令書が発付され、入管施設に長期収容されている人々の中には、配偶者や実子等の家族がいるために日本を離れられない者、日本で生まれ育ったため現実的に日本以外に行き場がない者、日本での生活が長く母国との繋がりを完全に失ってしまった者など、帰るに帰れない事情を抱える人々が多く存在する。その中には、強制退去令書の取消訴訟などの司法手続き等を経て在留資格を付与された人々も少なからず存在する。本提言が行った②「退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則の創設」は、やはりこうした人々からも、裁判を受ける権利を奪うおそれがあり、許容できない。

4 本提言③「仮放免された者等による逃亡等の行為に対する罰則等の創設」は、罰則により仮放免中の逃亡を予防しようと試みるものであるが、現行法においても、逃亡すれば直ちに実質無期限収容をとる入管施設に再収容されるのだから、身体拘束の場所が一定期間刑事施設に移るだけであって、予防効果としての意味はないに等しい。
むしろこのような罰則の創設は、脆弱な地位にある外国人を支援する人たちや、彼/彼女たちから相談や依頼を受ける行政書士や弁護士などの活動を共犯として処罰する潜在的な危険があり、人道的活動を萎縮させるおそれがあり、許容することはできない。同様の問題は、②「退去強制令書が発付されたものの本邦から退去しない行為に対する罰則の創設」においても指摘できる。

5 本提言を行った収容・送還に関する専門部会は、2019(令和元)年10月、送還忌避者の増加や収容の長期化を防止するための方策を検討することを目的として設置されたが、その背景には、出入国管理庁(当時は出入国管理局)が2017(平成29)年頃より仮放免をほぼ認めないような運用を取り始め被収容者の収容が長期化したこと、2019(平成31・令和元)年頃からこうした運用に抗議するため多くの被収容者たちがハンガーストライキを始めたこと、その結果同年6月大村入国管理センターにおいてナイジェリア人の被収容者が餓死するという事件が発生したこと、これにより社会の耳目が一気に入管の長期収容問題に向けられたという経緯があった。長期収容の問題は、これまで各所から指摘されているとおり、収容は送還に必要な最小限でしか用いないこと、司法審査を導入すること、収容期間の上限を設けること、仮放免の運用基準を設置し公表すること等によってこそ解決される。本提言は、一人の収容者を餓死に追いやった長期収容の原因について、主に被収容者に帰せるのみであって、全件収容主義や実質無期限収容主義を採る日本の収容制度の問題から目を背けるものである。
よって、このような本提言の内容を踏まえた法改正に、当会は強く反対する。

2020年(令和2年)9月16日

福岡県弁護士会

会長 多川 一成

2020年8月28日

法律事務所への捜索等に抗議する会長声明

 東京地方検察庁の検察官ら(以下「検察官ら」という。)は,2020年(令和2年)年1月29日,カルロス・ゴーン氏に対する出入国管理法違反,その他の者に対する同法違反(幇助)及び犯人隠避被疑事件について,同氏の別件被告事件の元弁護人ら(以下「元弁護人ら」という。)が所属する法律事務所(以下「本件事務所」という。)に対し,立ち入り,捜索(以下「本件捜索」という。)を行った。もっとも,結局,検察官らは,元弁護人らから押収拒絶権を行使された物について,差押えをせず,検察官らが押収したものは,弁護士らが任意に呈示していた面会簿のみだった。
 この点,検察官らは,本件捜索に先立つ同月8日,元弁護人らにおいて押収拒絶権(刑事訴訟法105条)を行使することが可能な対象物(同氏に貸与していたパソコン)のみを明示した別の捜索差押許可状により,本件事務所に立ち入ろうとしたところ,元弁護人らに押収拒絶権を行使されたため,事務所内への捜索(立ち入り)自体を断念していた。
 本件捜索は,その後,検察官らが裁判官から新たな捜索差押許可状(以下「本件令状」という。)の発付を受けたうえで行われた。本件令状は,法律事務所に通常保管されていると思われる,事件との関連性に疑問がある物をも含めて,網羅的・包括的に対象物としていた。
 このように,本件捜索は,一度は元弁護人らに押収拒絶権を行使されたため,検察官らが事務所内への捜索を断念した後に,改めて事件との関連性に疑問がある物を含む,網羅的・包括的な物を対象とする本件令状により強行されたものである。かかる事実に照らせば,検察官らが行った本件令状の請求及び執行は,本件事務所内の捜索のみを目的としていたと解さざるを得ず,元弁護人らに対する威迫行為であり,その職務を侵害する重大な違法行為であるというべきである。
 よって,当会は,検察官らのこれらの行為に強く抗議する。
 さらに,裁判官は,適正手続きの要請のもと,強度の人権侵害である強制処分を行う令状を発付する権限が与えられている。ところが,一度,検察官らが対象物を明示した捜索差押令状を請求し,これを執行した際に,元弁護人らが押収拒絶権を行使したため,捜索自体を断念した経緯があるにもかかわらず,本件令状のような網羅的・包括的な令状の請求に対し,裁判官が本件令状を漫然と発付したことは,令状発付時に適切な審査を期待されている裁判官の職責を放棄し,適正さを著しく欠いた令状主義の精神を没却する違法な行為であると言わざるを得ない。よって,当会は,裁判官のかかる令状発付行為に対し,併せて強く抗議する。
 刑事司法を担う検察官及び裁判官が上記のような各違法な行為に及んだことは,刑事司法の公正さ及び適正手続きに対する国民の信頼を著しく損なうものであり,厳しく批判されるべきである。


2020年(令和2年)8月28日

福岡県弁護士会

会長 多川 一成

2020年7月 3日

外国人学校の幼児教育・保育施設を幼保無償化の対象とすること等を求める会長声明

1 子ども・子育て支援法の一部を改正する法律が2019年10月1日より施行され、同日より幼児教育・保育の無償化(以下「幼保無償化制度」という。)が開始された。
 しかし政府は、朝鮮学校や、ブラジル人学校、インターナショナルスクールをはじめとする、各種学校の認可を受けた外国人学校の幼児教育・保育施設(以下「外国人学校幼保施設」という。)に関しては、幼保無償化制度の対象外とした。
 政府はその理由を「各種学校については、幼児教育を含む個別の教育に関する基準はなく、多種多様な教育を行っており、また、児童福祉法上、認可外保育施設にも該当しないため」と説明している(2018年12月28日関係閣僚合意)。また、「法律により幼児教育の質が制度的に担保されているとは言えないこと」も挙げている(幼児教育・保育の無償化に関する自治体向けFAQ【2020年3月5日版】)。
 しかし、外国人学校幼保施設は、学校教育法第134条に基づき各種学校としての認可を受け、各都道府県知事の監督に服しながら、幼稚園に相当する幼児教育を行っており、学校教育法により、教育の質を制度的に担保されている。
 しかも、現行の幼保無償化制度の対象には、幼稚園の預かり保育や、ベビーシッター等を含む認可外保育施設等、まさに多種多様な形態の施設及び事業が含まれていることからすれば、外国人学校幼保施設だけを、「多種多様な教育」を理由として同制度の対象外とすることには、なんの合理的理由も見出せない。
 また、実態として、認可外保育施設に相当する保育を提供している外国人幼保施設も当然存在している。しかし現状、外国人学校幼保施設が認可外保育施設として幼保無償化制度の対象となるためには、各種学校の認可を返上し、同認可によって受けている利益を放棄せざるを得ない。外国人学校幼保施設のみが、このような法的不利益を制度適用の実質的要件とされることに合理的な理由はない。
 「全ての子どもが健やかに成長するように支援する」という子ども・子育て支援法第2条2項の基本理念に照らせば、外国人学校幼保施設が制度の対象外とされることに合理的理由はなく、憲法第14条、国際人権規約の社会権規約第2条2項、自由権規約第2条1項、子どもの権利条約第2条1項及び人種差別撤廃条約第2条1項(a)、(c)、第5条(e)(ⅴ)等が禁止する差別的取り扱いに該当する。
 政府は、子ども・子育て支援法を速やかに改正し、あるいはその運用を改め、外国人学校幼保施設をただちに幼保無償化制度の対象とすべきである。
2 現在、現行の幼保無償化制度の対象となっていないいわゆる幼児教育類似施設について、こうした施設についても支援を行うべきではないかという問題意識の下、政府と自治体による支援の在り方を検討するべく、「地域における小学校就学前の子供を対象とした多様な集団活動等への支援の在り方に関する調査事業」が実施されている。
 しかしながら、当該調査事業においても、調査対象として外国人学校幼保施設を含めるか否かは、自治体の判断にゆだねられ、また、調査対象の要件として、自治体が支援を行っていることが原則とされた。
 そのため、支援を受けられていない数多くの外国人学校幼保施設が調査対象になることができなかった。特に朝鮮学校の幼保施設については、文部科学省が2016年3月29日、各自治体に対し、補助金の「適正かつ透明性ある執行」を求める通達を発し、これに呼応して多くの自治体が朝鮮学校に対する補助金を停止ないし廃止した経緯もある。
 多くの外国人学校幼保施設が当該調査事業の対象外とされた結果、調査事業後の政府と自治体による支援からも置き去りにされてしまう恐れを強く懸念する。そうすることもまた、上記の幼保無償化制度からの除外と同じく、憲法や各種国際人権条約に反することはいうまでもない。
 外国人学校幼保施設は、外国にルーツを持つ子どもに対して、幼児教育や保育を提供するとともに、他施設との交流など地域の多文化共生実現にとって不可欠な役割を果たしている。上記の子ども子育て支援法の理念にも照らせば、政府や自治体による積極的な支援がなされるべきことは当然である。
 政府及び各自治体においては、外国人学校幼保施設に対し、今後積極的な財政的支援をしていくことを求める。

2020年(令和2年)7月2日

福岡県弁護士会 会長 多 川 一 成

2020年6月12日

緊急声明~修習資金の貸与を受けた元司法修習生に対する貸与金返還の一律猶予を求める~

1 新型コロナウイルス感染症の全国的な流行、さらに本年4月の緊急事態宣言の発令といった未曾有の事態により、市民生活には甚大な影響が生じている。営業自粛や顧客減少による資金繰りの悪化、賃金カットや解雇、契約のキャンセル、借金返済不能、家庭内でのDV等、深刻な問題が噴出しており、司法に対する法的なニーズは高まっている。しかし、その一方で、この間、全国の裁判所では特に緊急性を要する一部の事件を除いて裁判期日が取り消されたほか、弁護士会の法律相談はじめ法テラス、行政機関等主催の法律相談もほぼ全て中止される等、紛争解決機能に重大な停滞が生じた。
 こうした事態の中で、当会では、新型コロナウイルス問題対応として市民・労働者や事業者に対する各種無料電話相談を行ってきているほか、緊急事態宣言期間中は面談相談から無料の電話相談に切り替えて市民からの相談に対応するなど、司法アクセスを止めないための対応に努めてきた。各弁護士も、市民からの相談・依頼に対応するためにそれぞれに工夫を凝らしてきた。こうした活動に、弁護士になって数年の若手の多くが、積極的な役割を果たしている。
2 このような状況の中で、若手弁護士のうち、司法修習生に対する修習資金(以下「貸与金」という。)の貸与を受けた弁護士については、本年度分の貸与金の返金期限が7月25日に迫っている(平成29年最高裁判所規則第4号による改正前の司法修習生の修習資金の貸与等に関する規則第7条、修習資金貸与要綱第16条第1項)。
 しかしながら、新型コロナウイルスによる社会生活、経済活動への影響は未曾有の世界的規模のものであり、収入減少等の影響は弁護士にも深刻に及んでいる。特に、弁護士業務を開始して数年ほどしか経過していない若手弁護士への影響は大きく、本年度の貸与金の返済資金を準備することが難しくなるという事態に直面している者もいる。
 因みに、貸与金の返還については、平成29年法律第23号による改正前の裁判所法第67条の2第3項において、一定の場合には最高裁判所が返還期限を猶予することができる旨が定められており、新型コロナウイルス感染防止対策に伴う収入減は「災害、傷病その他やむを得ない理由により返還することが困難となった場合」にあたると解される。また、貸与金の返還期限の猶予を求める場合の申請期限は、原則として当年の5月31日までとされており、提出期限経過後の申請も可能とはいえ、返還期限後に猶予申請が承認された場合には返還期限の翌日から猶予申請が承認される日までの間について延滞金(年14.5%)が発生する(最高裁判所HP)。緊急事態宣言の発令が4月7日であったことや、これによる社会生活、経済活動への影響がその後日を追って現実化、拡大・深刻化してきている状況に鑑みれば、申請のための期限は極めて短く、期限内の対応は困難というべきである。そもそも今回の新型コロナウイルス問題がもたらしつつある社会経済的な極めて深刻なダメージを考えれば、かかる個別的な申請にかからしめる返還猶予の対応では全く不十分と言わざるを得ない。
3 司法は、三権の一翼として、法の支配を実現し国民の権利を護るべき役目があり、その司法の担い手としての公共的使命を負う法曹を、高度な技術と倫理感を備えるべく養成することは、本来的に国の責務である。従って、司法修習生が修習専念義務(兼職禁止)の下でも経済的な不安なく修習に専念できるような修習制度、すなわち給費または給付金の支給により、国から修習中の生活の保障を受けたうえでの修習こそあるべき姿である。そのような見地から戦後60余年にわたり維持されてきた給費制が、2011年(平成23年)に廃止され、2017年(平成29年)に修習給付金制度として部分復活されるまでの間の司法修習生(司法修習第新65期から第70期)、合計約1万1000人(全法曹の約4分の1に相当し、いわゆる「谷間世代」と呼ばれる)は、給費も修習給付金も支給されず無給を強いられ、その多くが貸与金に頼らざるを得なかったものであり、その余の世代に比して、特に不公平・不平等な状況下におかれ、貸与金返済問題や経済的窮状が若手法曹としての使命感に基づくチャレンジへの足かせにもなっている。社会の期待に応え、司法の使命、法曹としての使命を遺憾なく発揮できる態勢を維持するためには、谷間世代の不公平・不平等の是正こそが肝要であることはいうまでもない。
当会は、谷間世代が被っている不公平・不平等の是正を求め、2018年1月に会長声明を発出するとともに、是正施策の一環として、日本弁護士連合会が実施中の谷間世代弁護士に対する一律の給付金(20万円)制度に加えて、当会独自策として、5年間の分割で総額上限30万円の給付金を支給する制度を本年度から実施している。しかしながら、法曹の養成は国の責務であることに鑑み、今後とも、国に対して、一律給付などによる谷間世代の不公平・不平等の抜本的是正策の実現を求めていくものである
4 新型コロナウイルスによる国民生活への影響は、当面の間、相当程度深刻に持続することが予想されるところ、社会的弱者に対する法的サービスを担う弁護士の活動がますます重要になると考えられる。また、直接接触を避け、オンラインでの対応が必要となるなど、弁護士の活動も新たな形で行っていく必要が出てくることも疑いない。このような状況では、進取の精神に富んだ若手弁護士こそがその中心的担い手となるはずである。しかしながら、新型コロナウイルス感染防止対策に伴う収入減の中での貸与金の返済という負担は、若手弁護士の志に基づくチャレンジへの更なる足かせとなりかねないものである。法曹養成の責務を負う国としては、さしあたり、本年度の貸与金の返還の一律猶予(また、これに応じて各年度の返還期限を順次1年ずつ繰り下げること)を緊急不可欠な施策として実施すべきである。
5 よって、当会は、最高裁判所に対し、貸与金の返還義務者に対する本年度の返還を一律猶予(前同)するよう求める。

2020年(令和2年)6月12日

福岡県弁護士会

会長 多川一成

2020年5月15日

刑事収容施設における一般面会の制限に関する会長声明

 令和2年4月7日,日本政府により,新型コロナウイルス感染症を対象とする新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき,福岡県を含む7都府県を対象とする緊急事態宣言が発令された。
 これに先立つ同月6日,法務省は,矯正施設の長等に対して「新型インフルエンザ等緊急事態宣言が発出された場合における矯正施設の運営について(通知)」を発出し,緊急事態宣言の対象区域に所在する刑事施設において,弁護人等及び領事以外の者については面会を原則として実施しないこととした。
 政府は,その後同月16日に,緊急事態宣言の対象区域を全国に拡大するとともに,従前からの対象区域に6道府県を加えた13都道府県を特定警戒都道府県と位置づけた。
 これを受けて法務省は,同月17日,矯正施設の長等に対して,新たに「新型インフルエンザ等の緊急事態宣言下における矯正施設等の運営について(通知)」を発出し,同月6日付の通知の効力を停止したうえで,特定警戒都道府県に所在する刑事施設では,引き続き弁護人等及び領事以外の者については面会を原則として実施しないこととした。
 これらの通知を受けて,福岡拘置所を初めとする対象となる刑事施設では,同月8日以降,一般面会の受付業務自体を行っていなかった。その後,同年5月14日の緊急事態宣言の対象区域変更により同宣言が解除された福岡拘置所等の一般面会は再開されたものの,解除されなかった都道府県の刑事施設における上記通達に基づく運用は依然として継続されるものと思われる。また,再び感染状況が悪化して緊急事態宣言の対象区域が拡がれば,福岡拘置所等でも上記運用が再開される可能性が高い。
 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)は,被収容者の権利義務の範囲並びにこれを制限することのできる根拠及び限界を定めることを眼目の一つとして,監獄法を改めて制定された法律であり,未決拘禁者の面会権を保障したうえで,規律秩序を維持するための措置等について詳細な規定を設けている。そして,刑事収容施設法では,感染症の拡大防止を目的として未決拘禁者の面会権を制限することを許容する規定を設けていないのであり,一般面会を原則として実施しないとの上記通達及びこれに基づく運用は刑事収容施設法に違反している。
 これに対して法務省は,国有財産法に基づく庁舎管理権としての運用であり,違法ではないとするようである。
 しかし,そもそも国有財産法は,「他の法律に特別の定めのある場合を除」いて国有財産の管理等に関して定めた法律であって(同法1条),刑事収容施設法に面会制限に関する特別の定めがある以上,これに反する形で庁舎管理権を行使することは法律上許されない。
 実質的に考えても,未決拘禁者の面会権は,未決拘禁者が外部との交通を維持するうえで必要不可欠なものであり,憲法上の表現の自由とも関わる重要な権利であること(林眞琴ほか『逐条解説刑事収容施設法(第3版)』〔有斐閣,2017年〕540頁)や,既にみた刑事収容施設法の立法趣旨に鑑みると,未決拘禁者の面会権を制限する措置については刑事収容施設法に根拠規定が必要であり,国有財産法のような一般的,抽象的な法令の規定がこれに代わり得るものとは考え難い。
 したがって,国有財産法の規定は,上記通達及びこれに基づく運用の法律上の根拠とならないから,上記通達及びこれに基づく運用は,現行法の下では違法と言わざるを得ない。感染症の拡大防止を目的として未決拘禁者の面会権を制限しようとするのであれば,立法措置が必要である。
 国は,刑事収容施設における感染症の拡大を防止して被収容者の生命,身体を保護する責務を有するだけでなく,未決拘禁者の面会権の重要性に鑑み,これを保障する責務をも有する。したがって,立法に当たっては,一般面会を制限する措置を発動するための要件や執り得る措置の内容について専門科学的な見地から吟味されるべきことはもちろん,直接の面会を制限せざるを得ない場合に備え,電話やインターネットを利用した面会等の代替措置を整備することが検討されなければならない(なお,一般面会は,未決拘禁者以外の被収容者にとっても重要なものであるから,拘禁の本質に反しない限り,できる限り尊重されるべきであり,併せて検討されるべきである。)。
 そこで,当会は,国に対し,新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するとともに刑事収容施設における被収容者の面会権を保障するための措置として,早急に次のことを行うよう求める。
1 刑事収容施設における一般面会を制限する措置を発動するための要件や執り得る措置の内容について専門科学的な見地から吟味して立法すること
2 刑事収容施設における電話やインターネットを利用した面会等の代替措置を含む法制度及び体制を整備すること

2020年(令和2年)5月14日

福岡県弁護士会

会長 多川一成

2020年4月24日

検察庁法の改正の一部に反対する会長声明

 2020年(令和2年)3月13日、内閣は、国家公務員法等の一部を改正する法律案を国会に提出した。同法案第4条は検察庁法の一部を次のとおり改正するものである。
①検察官の定年を現行の63歳から65歳へ段階的に引き上げる。
②内閣又は法務大臣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案して」、「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として」内閣等が定める事由があると認める場合には65歳の定年後も最長3年間、勤務を延長させることができる(以下、「定年後勤務延長制」という。)。
③63歳以降は、原則として高検検事長、地検検事正等の一定の高位の官職にとどまれなくなる(以下、「役職定年制」という。)。
④役職定年制の特例措置として、前記②と同様の要件がある場合には、63歳以降もこれらの官職を継続できる。
そもそも検察官は刑事手続において起訴権限を独占し(刑事訴訟法247条)、捜査においても警察官等に対し指示・指揮をなし得る(同法193条)等、強大な権限を有することにより、行政官でありつつ実質的に刑事司法の一翼を担っている。検察官がこうした権限を独立して公平公正に行使することが極めて重要であることは、1947年(昭和22年)の検察庁法制定時、1949年(昭和24年)の国公法制定時、1981年(昭和56年)の国公法改正時等の政府答弁や条文改正等を通じて、確認されてきたところでもある。
殊に、検察官が政治的独立性を保つことができなければ、特定の政治勢力の意向に影響された権限行使がなされる結果、適正な捜査がなされなかったり、起訴不起訴の判断が左右されたりすることにより、行政権による司法権の侵害と、憲法の基本原理たる三権分立の侵害を来す危険もある。
上記定年後勤務延長制及び役職定年制の特例措置の規定は、当該規定自体が抽象的であること、及びその要件の定立及び充足性の判断を、内閣からの一定の独立性を有する人事院ですらなく内閣等に委ねていることから、内閣等の裁量的判断を基礎とするため、恣意的に運用されるおそれがある。それ自体が検察官に求められる強い政治的独立性に反し許されない。
仮に、定年後勤務延長制が導入されることになれば、検事総長から副検事に至るまでの全検察官について、65歳の定年後も勤務を継続するために、時の政治権力者やそれに連なる者の意向を慮る恐れが生じ得る。その場合に具体的対象となる事犯は、例えば、政治家の収賄事犯から、交通事犯まで様々なものがあり得る。
また、役職定年制の特例措置規定についても、検事長、検事正等の役職者が63歳以降にその役職を継続するためにはやはり同様の懸念があるが、殊にこういった検察組織の上位にある者が時の政治権力者等の意向を慮るときには、直接の権限行使にとどまらず、配下の検察官への指揮監督にあたっても政治的影響が及ぶことになるから、政治的独立性を損ねた不公正な捜査や訴追がより組織的になされる恐れがあると言わざるを得ない。
よって、当会は、国公法等改正案中の検察庁法の改正案のうち、定年後勤務延長制及び役職定年制の特例措置の導入に、断固として反対する。


2020年(令和2年)4月24日
福岡県弁護士会 会長 多 川 一 成

2020年4月21日

新型コロナウイルス感染症拡大を受けての刑事収容施設の被収容者に関する会長声明

 新型コロナウイルス感染症は世界各地に広がり,我が国においても感染が拡大している。政府は,本年4月7日,緊急事態宣言を公示し,福岡県を含む7都府県が対象となった。同月16日以降,同宣言の対象は全国に及んでいる。
 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は,集団感染リスクの高い場所として,いわゆる「3つの密」(密閉空間,密集場所,密接場面)が重なった場を挙げている。刑事収容施設は,まさにこの「3つの密」が重なる場所である。既に,渋谷警察署の留置施設において集団感染が発生し,一部の拘置所においても感染例があり,判明していないだけで無症状の感染者が存在する可能性もある。現在の収容状況を前提とする限り,いずれは刑事収容施設内で大規模な集団感染が発生するおそれが高いと言わざるを得ない。既に,中国やアメリカでは刑事収容施設内で大規模な集団感染が発生しており,暴動や脱獄といった事態に至っている例もある。
 一方,これまでの我が国の医療体制は,医療関係者の不断の努力によって安心・安全が維持されてきた。しかし,新型コロナウイルス感染症の拡大による影響は,医療関係者の努力を凌駕しており,既に医療崩壊の兆しが見受けられる。物的資源の不足や医療関係者の負担は甚だしく,早晩,限界を超えることも想定しておかなければならない。
 このような状況のもとで刑事収容施設内の大規模な集団感染が発生したなら,被収容者に適切な医療が施されることは期待できず,場合によっては被収容者が命を落とすことになりかねない。このような危険は,勾留や自由刑の執行について法が想定していない不利益である。それにもかかわらず,なおも平時と同様に勾留や自由刑の執行を継続することは,被収容者を蔑ろにするものであって,到底許されるものではない。勾留や自由刑の執行は,適正な裁判や刑罰権を実現しようとするものではあるが,被収容者の生命や健康なくしてその目的を達することはできない。
 のみならず,刑事収容施設内の大規模な集団感染は,逼迫する医療体制に更なる負担をかけることになりかねず,また,職員等を介して施設外の感染リスクをも増大させ,全ての国民が様々な犠牲のもとに取り組んでいる新型コロナウイルス感染症の収束を阻害する要因にもなる。
 したがって,刑事収容施設内の大規模な集団感染を防止するための実効的かつ根本的な対策を早急に講じる必要がある。
 政府は,4月13日,刑事収容施設を含む矯正施設は「3つの密」が重なる状況が生じやすく,「職員又は被収容者にひとたび感染者が発生すると急速に感染が拡大する蓋然性が高」いことを自覚したうえで,「専門家会議の下に,副大臣主宰の矯正施設感染防止タスクフォースを設置し,専門家会議等の専門的な知見を活用しながら,矯正施設の特性を踏まえた新型コロナウイルス感染症対策に係るガイドラインの策定等を行うこと」とする方針を定めた(法務省新型コロナウイルス感染症対策基本的対処方針)。
 今後,上記タスクフォースでも検討されるであろうが,既に述べた諸問題を考慮するなら,刑事収容施設内の大規模な集団感染を防止する実効的かつ根本的な対策としては,被収容者を一定数釈放してその総数を減じ,「3つの密」の状況が生じないようにするほかないように思われる。報道によれば,アメリカのカリフォルニア州当局は,暴力犯以外の受刑者約3500人を早期に釈放すると発表しており,他の州や国でも同様の動きが見受けられるところである。我が国の報道をみても,出入国在留管理庁は,退去強制のため収容中の外国人を仮放免する制度を柔軟に活用している様子が見受けられる(なお,福岡拘置所においては,代替措置もなく一般面会を一律禁止する措置を執っているが,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律には感染防止を目的とした一般面会の制限は規定されておらず,上記運用は同法に違反している。)。
 そこで,当会は,国並びに全ての裁判所及び裁判官に対し,新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するための緊急かつ特別の措置として,早急に次のことを行うよう求める。
(国に対し)
1 被収容者について勾留又は刑の執行を一定期間停止して釈放する法制度を整備すること
2 前項の被収容者の基準等を策定すること
(全ての裁判所及び裁判官に対し)
1 国による法整備等を待たずに,逮捕・勾留の必要性を平時よりも厳格に判断するなどして,事案によっては,逮捕状の請求及び勾留請求を却下し,勾留を取り消し,勾留の執行を停止し,又は保釈許可の決定をすること
2 前項と同様の観点から,勾留に関する準抗告,抗告及び特別抗告を判断すること


2020年(令和2年)4月20日

福岡県弁護士会

会長 多川一成

2020年3月27日

検察官の定年後に勤務を延長する旨の閣議決定の撤回を求める会長声明

 2020年(令和2年)1月31日、内閣は、2月7日限りで検察庁法22条が定める定年(63歳)を迎え、退官する予定だった黒川弘務東京高等検察庁検事長(以下、「黒川氏」という。)について、国家公務員の定年後もその勤務を延長させ得ると定める国家公務員法(以下、「国公法」という。)81条の3を適用して、勤務を6か月延長すると閣議決定した(以下、「1.31閣議決定」といい、同条の適用による定年後の勤務延長を「定年後勤務延長」という)。
 これは従来の政府解釈(検察官には国公法の定年制の規定は適用されないという1981年(昭和56年)の国会答弁)に反するが、2020年(令和2年)2月13日以降、内閣は、国公法81条の3が検察官にも適用され、定年後勤務延長が可能であると解釈することとしたという説明を始めた。
 しかし、一般職の国家公務員の定年退職について定める国公法81条の2第1項は、「法律に別段の定めのある場合を除き」と規定している。検察官も一般職の国家公務員ではあるが、その定年については検察庁法22条が定めている。従って、検察官の場合、検察庁法22条が国公法81条の2第1項の「別段の定め」にあたるので、国公法81条の2第1項ではなく、検察庁法22条が適用されるのである。
そして、一般職の国家公務員の定年延長を認める国公法81条の3は「前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合において」との限定を付している。
つまり、同条によって認められる定年後勤務延長は、「国公法81条の2第1項の規定により退職すべきこととなる場合」に限定されているから、同条項によることなく検察庁法22条によって定年退官する検察官については、国公法81条の3の適用による定年後勤務延長はないと解釈すべきことになる。
条文の文言を素直に解釈する限り、国公法81条の3を検察官に適用してその定年後勤務延長をすることはできない。別途、検察庁法に検察官の定年後勤務延長を可能とする規定がない以上、検察官の定年後勤務延長は不可能であると解釈するのが道理である。
 検察官の定年制が、定年後勤務延長規定の適用がない等、他の一般職と異なるものとされた立法趣旨は、検察官の職務と責任に特殊性があることによる。この点は、国公法が制定された際の同法附則13条、及び、同法制定に併せて検察庁法改正により追加された同法32条の2により、検察庁法22条は検察官の職務と責任の特殊性に基づく国公法の特例であることが、条文上、明確にされ、それら条文が現在も不変であることからも明白である。
 検察官の職務と責任の特殊性とは、刑事訴訟において公訴提起の権限を独占し(刑事訴訟法247条)、捜査においても、警察官等に対し指示・指揮をなし得る(同法193条)等、強大な権限を有することによって、行政官でありつつ実質的に刑事司法の一翼を担うことを指す。
 そのような権限を検察官が行使するに際しては、不偏不党を旨とすべきである。つまり、特定の党派にくみすることなく、公平・中立の立場を保つべきである。これが損なわれ、検察官の権限が政治的に利用されれば、行政権が司法権の公平な作用を害し、三権分立を損なうともに、司法に対する国民の信頼を確保し得なくなる。従って、検察官の人事権は検察庁法の規定上は内閣又は法務大臣にあるが、その行使に際しては政治的影響を介入させぬよう、極めて慎重な配慮がなされなければならない。
よって、検察庁法の立法趣旨からも、同法が検察官の定年後勤務延長を認める規定を置いていないのは、政治的思惑が介入しかねない定年後勤務延長を許さない趣旨であると解すべきである。
 以上のとおり、検察庁法上、検察官の定年後勤務延長は認められない。検察官に国公法81条の3を適用し、定年後勤務延長を可能とすることは、解釈の限界を超え、違法である。しかも、法律による行政(法治主義)に反し、検察官の不偏不党を害しかねないものであって、その影響は深刻である。
 よって、当会は、違法な法解釈に基づく1.31閣議決定に断固として抗議しその撤回を求めるものである。

2020年(令和2年)3月27日

福岡県弁護士会

会長 山口雅司

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