福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

声明

2022年3月16日

旧優生保護法訴訟において国の賠償責任を認めた大阪高裁及び東京高裁違憲判決を踏まえて、被害者の全面救済を求める会長声明

本年2月22日、大阪高等裁判所は、旧優生保護法違憲国家賠償請求大阪訴訟について、続いて、本年3月11日、東京高等裁判所も、同東京訴訟について、いずれも一審の原告敗訴判決を変更し、請求を一部認容するという画期的な判決(以下「大阪高裁判決」、「東京高裁判決」という。)を言い渡した。
両判決とも、旧優生保護法の違憲性を明確に認め、大阪高裁判決はそのような憲法違反の法律を立法した国会議員の責任を肯定し、東京高裁判決は同法に基づいて違憲・違法な優生手術を実施せしめた厚生大臣の責任を肯定したという相違はあるものの、いずれも国の国家賠償責任を認めた。その上で、これまで一審判決が除斥期間をもって原告の請求を斥けたのに対して、そのようなことは正義・公平の理念に反するとして、除斥期間の適用を制限することとしたものである。
これまで各地の同種訴訟では旧優生保護法の明確な違憲性が肯定されながらも、除斥期間が高い壁となって、請求棄却判決が相次いでいただけに、大阪高裁判決及び東京高裁判決がこの壁を乗り越えて、被害者の願いに寄り添う判決をしたことについては、高く評価できる。
とりわけ、東京高裁判決は、憲法違反の法律に基づく施策によって生じた被害の救済を、憲法の下位規範である民法724条後段を無条件に適用することによって拒絶することは慎重であるべきで、憲法17条により保障された国家賠償請求権を実質的に損なうことがないよう留意しなければならないことにも言及している。除斥期間の適用に関して、このような憲法に立脚した法論理が語られたことは画期的である。
そこで、当会は、国に対し、旧優生保護法に基づく過酷な被害をもたらしたことを真摯に反省し、大阪高裁判決に対する上告受理の申立てを取り下げるとともに、東京高裁判決に対する上告又は上告受理の申立てを断念し、両判決を速やかに確定させた上で、旧優生保護法の問題の全面解決に向けて、両判決が示した法的な賠償責任を前提に、被害を償うに足りる十分な賠償・補償はもちろんのこと、責任の明確化と謝罪及び真相究明・恒久対策について早急に検討し、一人でも多くの被害者に被害回復の途が開かれるよう積極的な対応を行うよう求める。
当会としては、今後も、旧優生保護法の問題について、あまねく被害回復がなされるよう必要な提言を適時行っていくとともに、旧優生保護法により侵害された尊厳の回復を含む真の被害回復の実現に向けて、真摯に取り組んでいく所存である。


2022年(令和4年)3月16日
福岡県弁護士会     
会長 伊 藤 巧 示

2021年12月21日

死刑執行に抗議する会長声明

 本日,国内において3名の死刑確定者に対して死刑が執行された。
 日本における死刑執行は,今世紀に入ってから,2011年を除いて毎年行われていたが2019年12月から今回の死刑執行まで2年間なされていなかった。今回の執行により,今世紀において合計94人もの死刑確定者が,国家刑罰権の発動としての死刑執行により生命を奪われていることになる。

 たしかに,突然に不条理な犯罪の被害にあい,大切な人を奪われた状況において,被害者の遺族が厳罰を望むことはごく自然な心情である。しかも,日本においては,犯罪被害者及び被害者遺族に対する精神的・経済的・社会的支援がまだまだ不十分であり,十分な支援を行うことは社会全体の責務である。
 しかし,そもそも,死刑は,生命を剥奪するという重大かつ深刻な人権侵害行為であること,誤判・えん罪により死刑を執行した場合には取り返しがつかないことなど様々な問題を内包している。
 人権意識の国際的高まりとともに,世界で死刑を廃止または停止する国はこの数十年の間に飛躍的に増加し,法律上及び事実上の死刑廃止国は,2019年12月31日時点で,国連加盟国193か国のうち142か国にのぼる。2018年12月17日には,国連総会本会議において,史上最多の支持(121か国)を得て死刑廃止を視野に入れた死刑執行の停止を求める決議案が可決され,本年7月1日には,米国連邦政府において,司法長官が連邦レベルでの死刑執行の一時停止を司法省職員に指示する通知を公表した。このように死刑廃止は世界的な潮流という状況にある。

 当会においても,1996年以降,死刑執行に対しこれに抗議する会長声明を発出してきたほか,2020年9月18日に死刑制度の廃止を求める決議を採択し,本年8月25日には「米国における連邦レベルでの死刑の執行停止を受け,日本における死刑制度の廃止に向けて,死刑執行の停止を求める会長声明」を発出している。
 そこで、当会は,今回の死刑執行について強く抗議の意思を表明するとともに,日本が,基本的人権の尊重,特に生命権の不可侵性の価値観を共有できる社会を目指そうとしている国際社会と協調し,国連加盟国の責務を果たせるよう,あらためて死刑の執行を停止することを強く要請するものである。


2021年(令和3年)12月21日
福岡県弁護士会会長 伊藤 巧示

2021年12月 8日

岡口基一裁判官を罷免しない判決の宣告を求める会長声明


1 岡口裁判官に対する弾劾裁判所への訴追について
  裁判官訴追委員会は、本年6月16日、岡口基一裁判官(仙台高等裁判所判事兼仙台簡易裁判所判事、以下「岡口裁判官」といいます。)について、その罷免を求め、弾劾裁判所に訴追しました。
  岡口裁判官の罷免事由とされているのは、SNS上での投稿や取材コメント等の表現行為について、「裁判官弾劾法第2条第2号に規定する裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったときに該当する。」というものです。
  岡口裁判官は、現在、弾劾裁判所により、その職務執行の停止がなされています。

2 裁判官の独立と身分保障について
  司法権は、立法権、行政権と並ぶ三権の一つで、裁判所がこれを担うこととされており、立法権や行政権を含むいかなる外部からの圧力や干渉も受けない、独立した存在とされています。
  そして、裁判が公正に行われ、人権の保障が確保されるためには、裁判を担当する個々の裁判官が、独立して職権を行使できなければなりません。
  それゆえ、憲法は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(憲法76条3項)として、裁判官の職権行使の独立を明記し、「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない」(憲法78条前段)として、裁判官の身分を保障しています。

3 弾劾裁判による罷免の限界について
  上記のとおり、人権の保障が確保されるためには、裁判官の独立と身分保障は欠かせませんが、他方で、裁判官は、司法権という国家権力を行使する者であり、その権限行使に対し、一定の民主的規制を及ぼす必要があります。
  そこで、日本では、裁判官の身分保障の例外として、国会議員で構成された弾劾裁判所において、裁判官を罷免することができる裁判官弾劾制度が採用されました。
  弾劾裁判所の構成員である国会議員は、国民から選挙により選出されたとはいえ、立法権の担い手であり、立法権による裁判官の独立の侵害の危険性を孕みます。また、弾劾裁判により罷免された裁判官は、裁判官としての身分を失うだけではなく(裁判所法46条2号)、法曹資格それ自体をも失ってしまいます(検察庁法20条2号、弁護士法7条2号)。そのため、弾劾裁判により裁判官を罷免できるのは、「職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき」、「その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき」に限定され(裁判官弾劾法2条)、きわめて厳格に解釈されています。
  過去に罷免判決が宣告された例は7件ありますが、いずれも、職務を放置し、職務上の義務に著しく違反したことが明らかな事案や、収賄や公務員職権濫用、児童買春、ストーカー行為、盗撮等の犯罪を行い、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったことが明らかな事案に限られています。

4 岡口裁判官に対する罷免について
  確かに、岡口裁判官の表現行為は、訴追委員会の主張するとおり、「刑事事件の被害者遺族の感情を傷つけるとともに侮辱し」、「私人である訴訟当事者による民事訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すとともに、当該訴訟当事者本人の社会的評価を不当におとしめたものである」等とも評価し得るものであり、岡口裁判官は、一連の行為について、真摯に向き合う必要があります。
  しかし、岡口裁判官の一連の行為は、裁判官という公的な立場で行った表現行為ではなく、職務外の私的な表現行為にとどまり、次に述べるとおり、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき」に該当するとは認められません。
  私的な表現行為自体を理由とする裁判官の罷免が認められた場合、一般の裁判官に対し、その表現行為を萎縮させ、著しく制約する結果が生じかねません。
  また、このような理由で罷免が認められてしまうと、裁判官が罷免をおそれ、萎縮し、司法権の独立及び裁判官の独立が害されることも危惧されます。
  そこで、裁判官の私的な表現行為が「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき」に該当するのは、その表現行為が、犯罪行為に匹敵し、当該裁判官の法曹資格を失わせなければ、国民の裁判官に対する信頼が回復しないほどの悪質なものである場合に限ると考えるべきです。
  将来、岡口裁判官が、裁判官の10年の任期(憲法80条1項)を終えた際、再任されず、裁判官としての身分を失うことはあり得るにせよ、それを超え、岡口裁判官を罷免してしまうと、行為と処分との均衡を著しく失することとなります。
  岡口裁判官の表現行為は、犯罪行為に匹敵し、岡口裁判官の法曹資格を失わせなければ、国民の裁判官に対する信頼が回復しないほどの悪質なものではなく、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき」に該当するとは認められません。

5 むすび
  裁判所は、社会的少数派の人権を擁護する最後の砦です。
  そのような裁判所を構成する裁判官の身分保障と独立を守ることは、極めて重要です。
  よって、当会は、弾劾裁判所に対し、岡口裁判官に対する訴追について、冷静かつ慎重に審理し、罷免しない判決を宣告するよう求めます。

2021年(令和3年)12月8日   
福 岡 県 弁 護 士 会       
会長 伊 藤 巧 示

2021年11月19日

成年年齢引下げに伴う消費者被害防止のための措置を求める会長声明

 民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げる「民法の一部を改正する法律」(平成30年法律第59号。以下、「本法律」という。)の施行日は2022年(令和4年)4月1日とされている。
 18歳、19歳の若年者は、就職、進学等で社会との接触が一気に増える時期であるが、友人関係の影響を受けやすく、リスクを十分把握しないままに誘いに応じてしまったり、被害に遭ったときにどう対応すればいいか分からず、解決が遅れ、被害が深刻になってしまったりする事態が生じやすい。この時期こそ、消費者被害に巻き込まれることから防止しなければならない。成年年齢が引き下げられ、若年者に民法上認められていた未成年取消権が失われれば、消費者被害に巻き込まれた場合の救済策が不十分なものとなってしまう。
 当会では、2018年(平成30年)2月23日、「民法の成年年齢引下げに反対する会長声明」を発出した。この会長声明では、仮に成年年齢の引下げを行うとしても、①事業者が消費者の判断力、知識、経験等の不足につけ込んで締結させた契約を取り消すことができる規定(消費者契約法の改正)と、②知識、経験、財産状況に照らして、当該取引を行うのが適切でない若年者に対する勧誘を禁止するとともに、そのような勧誘が行われた場合にはその契約を取り消すことができる規定(特定商取引法の改正)を設けること、③若年者がクレジット契約をする際の資力要件とその確認方法を厳格化すること(割賦販売法の改正)及び④若年者が貸金業者等から借り入れを行う際の資力要件とその確認方法につき厳格化を図ること(貸金業法と主要銀行向けの総合的な監督指針等の改正)が必要であるとしていた。
 ところが、本法律制定から3年以上が経過した現時点でも、これらの対応は不十分である。
 ①の取消権については、消費者庁での検討会で議論されているが、創設の目途はたっていない。②から④についても、改正は具体化されていない。
 また、消費者被害の防止のためには消費者教育が重要であるところ、福岡県下の公立高校をみても、外部講師を招いた消費者教育についての予算措置がないなど、取り組みは遅れている。
 一方で、大学生などの若年者に対する消費者被害は依然として発生し続けている。SNSやインターネット上の広告を通じて、簡単に稼げる方法があると誘い込む副業詐欺や、本来は受け取れない持続化給付金を受け取る方法を教えるという詐欺、海外の不動産への投資と称してお金を支払わせておきながら、その後、連絡が取れなくなるといった詐欺など、手口は多様化、巧妙化している。
 そこで、当会は、国に対し、成年年齢引下げに伴う消費者被害防止のために、早急に、先に指摘した①から④の改正や、場合によっては成年年齢引下げの施行延期などを含めて、十分な対応措置がとられることを求めるものである。


2021年(令和3年)11月18日
福 岡 県 弁 護 士 会
会 長  伊 藤 巧 示

2021年9月 1日

米国における連邦レベルでの死刑の執行停止を受け、日本における死刑制度の廃止に向けて、死刑執行の停止を求める会長声明

英語版(English)

1 当会における「死刑制度の廃止を求める決議」の採択
当会は、2020年(令和2年)9月18日、生命に対する権利が人間の尊厳に由来する固有の権利であり、すべての人権の基盤となる根源的な基本的人権であるとし、政府及び国会に対し、死刑制度の廃止並びにこれが実現するまでの間、死刑の執行を停止することなどを求める「死刑制度の廃止を求める決議」を採択した。
2 米国における死刑執行のモラトリアム通知の公表とその意義
2021年(令和3年)7月1日、米国連邦政府において、司法長官が連邦レベルでの死刑執行のモラトリアム(一時停止)を司法省職員に指示する通知を公表した(以下「モラトリアム通知」という)。
この点につき当会は、モラトリアム通知が米国における連邦レベルでの死刑執行を停止させるだけでなく、死刑廃止の第一歩となるのかを注視していきたい。なぜなら、死刑の執行停止が死刑制度の廃止に至る過程で表明されることが多く、特に米国においては、現大統領が選挙中から連邦レベルでの死刑廃止を公約に掲げていたからである。
また、国際社会における日本と米国両国の立ち位置にも留意すべきである。2019年(令和1年)12月末時点で、国連に加盟する193か国のうち死刑制度の存在しない国(法律上または10年間以上死刑執行をしていない事実上の廃止国)は142か国であり、経済協力開発機構(OECD)加盟国38か国に限ってみると、死刑執行を容認してきたのは日本と米国の連邦及びその一部の州だけになっている。こうした状況下で、日本に先んじてモラトリアム通知が出されたからである。
3 日本における死刑制度の廃止に向けて、死刑執行停止を求める
1989年(平成1年)12月、国連総会において自由権規約第二選択議定書(死刑廃止条約)が採択され、同条約は1991年(平成3年)7月に発効した。そうした中、日本では、同条約の採択直前である1989年(平成1年)11月に福岡拘置支所(現福岡拘置所)で死刑が執行されてから、同条約発効をはさんで1993年(平成5年)3月まで、3年4か月にわたり死刑が執行されない期間があった。ただ、日本では、これまでモラトリアム通知のように、政府として死刑制度に関する明確な政策判断に基づいて死刑執行を停止したことはない。
 そこで、当会は、日本が、基本的人権の尊重、特に生命権の不可侵性の価値観を共有できる社会を目指そうとしている国際社会と協調し、国連加盟国の責務を果たせるよう、政府及び国会に対し、死刑制度の廃止に向けた第一歩として、死刑執行の停止を求める。

2021年(令和3年)8月25日
福 岡 県 弁 護 士 会
会 長  伊 藤 巧 示

2021年7月 8日

早期に民法を改正し、選択的夫婦別姓制を導入するよう求める会長声明

 2021年6月23日、最高裁判所大法廷(大谷直人裁判長)は、夫婦同姓(夫婦同氏)を強制する民法750条と戸籍法74条1号について、憲法24条に違反するものではないと判断しました。
 夫婦同姓を定めた民法規定については、2015年12月16日に「合憲」とする最高裁判決が存在します。今回の大法廷決定は、2015年の判決以降の社会や国民の意識の変化等を認めながらも、同判決を引用したのみで実質的な検討は行わず、夫婦同姓を強制し別姓夫婦に法律婚の効果を認めないことがなぜ許されるのかという本質的な問いには答えませんでした。多数決原理で是正されにくい少数者の権利侵害状況を救済するのがまさに司法の役割であり、最高裁判所がその任務を果たさなかったことは、極めて不当です。

 しかしながら、2015年の最高裁判決では、5人の裁判官が、夫婦同姓の強制は憲法24条違反であるとの意見を述べています。今回の大法廷決定でも、4人の裁判官が網羅的な検討を行い、夫婦同姓の強制は憲法24条違反であると述べ、国会が長期間に亘りこの問題を放置してきたことを厳しく批判しています。さらに、いずれの多数意見も、制度の在り方は国会で論ぜられ判断されるべきと、立法府の取組みを促しています。

 もとより氏名は重要な人格権であり(1988年2月16日・最高裁判所判決参照)、改姓は、望んで行う場合は別として、アイデンティティの喪失に加え、個人の識別を阻害し、結果として、変更前の氏名に紐付けられていた当該個人に対する信用や評価が損なわれる等の重大な不利益をもたらします。現行法下では、婚姻によって当事者の一方がこの不利益を被り不平等な状況が生じさせられます。現時点でも婚姻時に改姓する大多数は女性である実情は変わらず、性別による不平等が存在しています。

 選択的夫婦別姓制は、1996年に法制審議会によって答申されているにもかかわらず、四半世紀を経ても未だ成立していません。

 当会は、これまで、夫婦同姓の強制(民法750条)が憲法第13条、第14条及び第24条に反するものであることを繰り返し指摘し、是正を求めてきました(2010年4月22日会長声明、2015年5月27日総会決議、2015年12月17日会長声明)。

 国際的に見ても、民法制定当時(1947年)と異なり、夫婦同姓を強制する法制度を残すのは日本の他にありません。国連女性差別撤廃委員会からは、女性に対する差別を助長する制度として、2003年から2016年までに3度に亘り是正勧告がなされました。これに対し、政府は法改正をする方針であると説明してきましたが、現在までの間、国会に改正法案を提出するには至っていません。

 もはや先延ばしは許されません。当会は、あらゆる形態の家族が尊重され、性別による不平等が解消されることを目指して、改めて、民法750条を改正し、望む人だけが改姓し望まない改姓が強制されない選択的夫婦別姓制を導入する立法を速やかに行うよう、強く求めます。

2021年(令和3年)7月7日   
福岡県弁護士会 会長 伊 藤 巧 示

2021年5月 6日

マイナンバーカードの義務化とデジタル関連法案に反対する会長声明

1 はじめに
  本年3月,マイナンバーカードと健康保険証の一体化の試験運用が開始され,今秋にも本格運用が開始されようとしている。さらに,特別定額給付金の支給が迅速に行われなかったことの改善などを目的として,マイナンバーカードの積極的な活用を一つの柱とするデジタル関連法案が国会に提出され,すでに衆議院で一部修正の上承認され,参議院で審議されている。これらには,以下に述べる問題点がある。


2 マイナンバーカードの義務化について
 (1) 権利が義務になる問題点
健康保険証の一体化に加え,マイナンバーカードと運転免許証の一体化も,2024年度を目標として進められている。健康保険証については,現行のものを廃止することにより,政府は2022年度末にはほぼ全国民がカードを取得することを目標にしている。医療サービスを受けようとする者の全員が持たざるを得ないのなら,利便性を求めるものの権利ではなく,事実上の義務化に逆転すると言うほかない。
当会は,マイナンバー制度に対して,病気や障がいなどのセンシティブな情報の収集・蓄積と名寄せの手段となり,プライバシー権を侵害するとして反対してきた(2013年(平成25年)5月10日「共通番号法」制定に反対する声明等)。マイナンバーカードが任意の制度とされている趣旨は,プライバシー権を重視する市民に「カードを持たない自由」を保障するというプライバシー保護が根幹にある。事実上の義務化は,このプライバシー保護の根幹を犯すものとして許されない。
また,入力ミスにより,本人の患者情報が確認できない不具合のほか,他人の患者情報がひも付けされるなどの重大な問題事象が生じたため,本年3月の本格運用がいったん延期されている。本格運用がなされれば,同意を前提として患者の投薬状況等について照会が可能となるが,内容が誤っている場合,他の患者のプライバシーを侵害するばかりでなく,誤認により本人の適切な治療が妨げられる恐れすらある。ヒューマンエラーを前提とすると,利便性があるとは到底考えられず,生命健康の利益を上回るはずがない。
これに対し,健康保険証との一体化のメリットとして資格過誤の防止が挙げられているが,係る資格過誤の割合はわずかに0.27%にすぎない。しかも,現行の健康保険証が併用されること,なりすまし防止のためには目視でもよいことからすると,患者の指紋を逐一チェックするに等しい顔認証チェックは過剰なプライバシー侵害として,いわゆる比例原則に反している。
さらに,法律で厳重な管理を要するとされるマイナンバーが記載されたカードを,日常生活で頻繁に利用され,携帯されることも多い健康保険証と一体化することは,制度的に矛盾しており,紛失や漏洩の機会が飛躍的に増大する。
(2) 顔認証チェックの既成事実化について
  また,マイナンバーカードのICチップには顔画像データが登載されているところ,医療機関の窓口では,カードリーダーによってこの顔画像データから顔認証データ(目・耳・鼻などの位置関係等の特徴点を瞬時に数値化したもの)を生成し,顔認証チェックによる本人確認を行うことになる。
しかしながら,顔認証データは,指紋の1000倍の本人確認の精度があるため,我が国でもこれを用いた本人確認が実用化されているが,その収集・利用が強制である場合,必要性・相当性が欠ければ違法なプライバシー侵害となりうる。
この点,当会は,2014年(平成26年)5月27日に,警察が法律によらず顔認証装置を使用しないよう求める声明を発した。罪もない市民の行動を監視することが容易になり,プライバシー侵害ばかりでなく,市民の表現の自由を萎縮させる危険が大きいからである。
EU(欧州連合)では,GDPR(一般データ保護規則)9条1項で顔認証データの原則収集禁止を掲げ,空港やコンサート会場での顔認証システムの使用に際しても,同意していない客の顔認証データを取得しないようにしなければならない。
我が国でも,顔認証チェックによる本人確認について,民間における顔認証データの利用場面においても,利用できる条件等についてのルールを法律で作成しないまま運用されるべきではない。


3 デジタル関連法案について
 また,すでに衆議院を通過し,参議院で審議中のデジタル関連法案は,当会が一貫して反対しているマイナンバーの利用拡張を内容とする預貯金口座の管理法案を含んでおり問題がある。
この点,デジタル関連法案には行政機関が保有する個人情報を,省庁の垣根を越えて共同でクラウド管理する(ガバメントクラウド)ことが含まれている。そのため,行政機関が保有する個人情報は,今後市民が知らない間にさらに自由に利用される懸念がある。現状でも,国が保有する個人情報について,匿名加工をして民間での利活用を図るとして,すでに国を被告とする訴訟の原告団情報が対象とされているとも言われている。
しかし,国が取得した情報は,国が自由に処分してよいわけではない。医師や弁護士が取得した情報は,守秘義務で守られ,勝手に処分されないルールにより,市民はプライバシー侵害を恐れずにサービスを受けることができるのである。
形式的には,ガバメントクラウドの対象となるのは,行政機関個人情報保護法の解釈で適合したと行政機関自身が判断したものとされるが,個人情報保護法適合性とは別の枠組みとして,プライバシー権侵害の必要性・相当性の観点から,不法行為が成立する可能性があることに配慮しておらず,適当ではない。国に対する市民の裁判を受ける憲法上の権利(憲法17条,32条)の保障に抵触する可能性すら考えられるのであり,到底許されない行為である。
現状の行政機関個人情報保護法においては,「相当の理由」さえあれば個人情報を本人の同意なく目的外利用できる条項が定められており,これを市民がチェックする機会もなくクラウドでさらに利用範囲を拡大することは危険を伴う。このようにプライバシー侵害を防ぎ得ず,拡大しかねないデジタル関連法案について,その危険性を十分に市民が理解していないまま成立させることには重大な問題がある。
そもそも,デジタル関連法案は,多くの法案と条文の変更を含んでいるにもかかわらず,全体像の主権者へのわかりやすい開示はなされておらず,リスクが周知されているとは到底言いがたい。当会としても,判明した問題点の1部を指摘できただけであり,全体像とその問題点には未だ解明できていない部分も残されている。


4 結論
よって,マイナンバーカード保有の事実上の義務化のみならず,法律による限定のないままの顔認証チェックを既成事実化することは,重大なプライバシー侵害と監視社会状況を招く懸念があり,許されない。
また,デジタル関連法案は,拙速な審議で可決されるべきではなく,参議院において否決され,廃案とされたうえ,十分な周知と主権者が同意・不同意を検討する時間が付与されるべきである。


2021年(令和3年)5月6日

福岡県弁護士会会長 伊 藤 巧 示

2021年4月28日

札幌地裁判決を受けて、改めてすべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める会長声明

1 2021(令和3)年3月17日、札幌地方裁判所で、同性間の婚姻ができない現在の婚姻に関する民法及び戸籍法の諸規定(以下「本件諸規定」という。)は憲法14条1項に反し、違憲である旨の判決が言い渡された。
2 同判決において、札幌地裁は、まず、同性愛者であっても異性とは婚姻できるから区別取り扱いにはあたらないとする国の主張を退けて、同性愛者のカップルは自分の性的指向に沿った相手と婚姻することができず、婚姻によって生じる法的効果を享受することができない点で、異性愛者との区別取扱いがあるということを認めた。
 そして、性的指向は、性別や人種と同様に自らの意思に関わらず決定される個人の性質であり、このような人の意思によって選択・変更できない事柄に基づく区別取扱いが合理的根拠を有するかの検討については、真にやむを得ない区別取扱いであるかの観点から慎重になされなければならないとした。
 その上で、婚姻によって生じる法的効果を享受することは重要な法的利益であるところ、異性愛者と同性愛者との差異は性的指向が異なるのみであり、かつ、性的指向は人の意思で選択・変更できるものでないことから、そのような法的利益は同性愛者も異性愛者も等しく享受し得るものと解するのが相当であり、本件諸規定は、同性愛者と異性愛者について区別取扱いをするものであると認定した。そして、立法府は同性婚について否定的な意見や価値観を持つ国民が少なからずいることを斟酌することはできるとしたが、同性愛者が圧倒的多数の異性愛者の理解又は許容がなければ重要な法的利益である婚姻によって生じる法的効果を享受できないとするのは自らの意思で同性愛を選択したのではない同性愛者の保護にあまりにも欠けるところ、性的指向による区別取り扱いを解消することを要請する国民意識が高まっており、今後も高まり続けるであろうことや、外国においても同様の状況にあることからすれば、立法府の裁量権を行使するにあたっては限定的に斟酌されるべきとし、結論として、本件諸規定が、同性愛者に対しては、婚姻によって生じる法的効果の一部ですらもこれを享受する法的手段を提供しないとしていることは、立法府の裁量権の範囲を超えたものであり、合理的根拠を欠く差別取扱いに当たり、憲法14条1項に違反すると認めた。
3 本件諸規定が同性間の婚姻を認めないことにより、結婚を望む同性カップルはきわめて広範な分野に及ぶ法律上、事実上の不利益を被ってきた。本判決は、憲法第13条及び第24条1項違反を認めなかった点では不十分であるが、これまで長きにわたり同性カップルが被ってきた不利益を、憲法14条1項に違反する差別であると断じた点で画期的なものである。
さらに、マイノリティであるがゆえに立法の過程で実現することが困難な権利が問題となる本件につき、違憲判断を行い、人権の最後の砦としての司法の役割を正しく果たした点で、高く評価すべきものである。
4 当会は、2019(平成31)年5月29日の定期総会において、本件諸規定が同性間の婚姻を認めないことは人権侵害であり、かつ、差別であるから、政府及び国会に対して同性間の婚姻制度を整備するよう求める「すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める決議」を採択した。
本判決は同決議とその方向性を一にするものであり、当会が求める同性間の婚姻制度の実現に向けて重要な意味を持つものとして歓迎する。
5 当会が「すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める決議」を採択してから既に2年近くが経過し、その間、パートナーシップ制度の拡大など、社会の理解は大きく進んだと言えるが、未だに同性間の婚姻制度は整備されておらず、政府・国会において、少なくとも公式には同性間の婚姻制度の整備に向けた議論の着手すらなされていない。
  その間、同性カップルに対する差別は継続し、放置されてきた。
  そこで、当会は、本判決により本件諸規定が憲法違反であると認定されたことを受けて、政府及び国会に対し、本判決を真摯に受け止め、同性間の婚姻制度を直ちに整備することを改めて求める。


2021年(令和3年)4月28日  
福岡県弁護士会 会長 伊 藤 巧 示

2021年2月17日

東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会会長の女性差別発言に抗議し,すべての個人が尊重される社会の実現を目指す会長声明

1 2021(令和3)年2月3日,公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下「組織委員会」という。)会長である森喜朗氏は,報道陣に公開されたオンラインの公益財団法人日本オリンピック委員会の臨時評議員会において,「女性理事を4割というのは,文科省がうるさく言うんです。」「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。」「女性は競争意識が強い。」「数で増やす場合は時間も規制しないとなかなか終わらないと困る。」「私どもの組織委にも女性は何人いますか?(中略)みんなわきまえておられる。」などと発言した(以下「森氏発言」という。)。
かかる森氏発言は,「女性」を一括りにした上で,女性の人数が増えることを問題視し,また女性の発言時間を規制すべきというもので,女性を意思決定から排除したいとの偏見および差別意識を表明したものといえる。
2 この点,日本国憲法は個人を尊重し(第13条),性別による差別を禁じ(第14条),国際人権規約(自由権規約第3条,第26条等)でも,性別による差別を禁じ,男女に同等の権利を確保することを求めている。
そして,組織委員会が拠り所とするオリンピック憲章においても,オリンピズムの根本原則第6項で,「このオリンピック憲章の定める権利および自由は人種,肌の色,性別,性的指向,言語,宗教,政治的またはその他の意見,国あるいは社会的な出身,財産,出自やその他の身分などによる,いかなる種類の差別もうけることなく,確実に享受されなければならない。」と規定し,性別による差別を禁止している。
また,日本国内では,男女共同参画社会の実現に向け,2003(平成15)年に内閣府男女共同参画局が「社会のあらゆる分野において,2020年までに,指導的地位に女性が占める割合が30%程度になるよう期待する」という目標を決定し,関係機関への働きかけ・連携が行われてきた。
国連が2030年までに達成をめざす「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015年9月の国連サミットで採択)でも,目標5として「ジェンダー平等」が掲げられている。
以上のように,意思決定手続に多様な意見を反映させ,十分な議論を経て結論を得るために女性を含め多様な人々が積極的に関与すべきことは,国際社会における普遍的な価値というべきである。
森氏発言は,日本国憲法や国際人権規約の理念に反し,国際社会における普遍的な価値にも反するものであり,個人の尊重に基づく社会の在り方自体を否定するものである。
3 世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表しているジェンダー・ギャップ指数(各国における男女格差を測る指標。経済活動や政治への参画度,教育水準,出生率や健康寿命などから算出。)の2020年版で,日本は153か国中121位である。日本社会が男女共同参画社会にはほど遠い現状である中,森氏発言は,差別の解消に努力しないという誤ったメッセージを世界に発信するものにほかならず,国際社会の中での日本の信用を損なわせるものである。
4 さらに,森氏発言とその後の謝罪会見,森氏発言を事実上黙認していたと取られかねない組織委員会の対応については,国内のみならず海外メディアや市民からの批判,多くのボランティアの辞退,スポンサー企業の抗議などの世論の強い反発があった。これを受けて森氏は会長辞任を表明するに至ったが,その経過を見れば,森氏のみならず組織委員会自体において問題の理解が不十分であるとの疑いを持たざるを得ない。
森氏発言や組織委員会の対応は,単に偶発的なものではなく,日本社会にいまだ性別による差別が根強く蔓延していることの表れである。組織委員会は,森氏の辞任によってこの問題の幕引きをすることなく,ジェンダー平等,男女共同参画及び多様性の尊重に向けた抜本的な改善策を示すべきである。
5 以上の次第で,当会は,森氏発言及び組織委員会の対応につき強く抗議するとともに,組織委員会に対し,再発防止の徹底と,ジェンダー平等、男女共同参画及び多様性の尊重のための抜本的な改善策の提示を求める。
また,国においては,ジェンダー平等,男女共同参画及び多様性の尊重の理念に反する行為を決して放置,容認せず,これらが尊重される社会を主体的に実現する姿勢を示すことを求める。
当会は,2016(平成28)年5月に「男女平等及び性の多様性の尊重を実現する宣言」を行い,2017(平成29)年3月に「福岡県弁護士会男女共同参画基本計画~誰もが活躍できる開かれた弁護士会であるために」を策定している。当会としても,あらゆる差別的発言を放置・容認せず,全力をあげて,すべての個人が尊重される社会の実現のために取り組む決意である。


2021(令和3)年2月17日
福岡県弁護士会   
会長 多 川 一 成

2020年12月11日

発信者情報開示請求において請求者の住所地での裁判管轄を求める会長声明

発信者情報開示請求において請求者の住所地での裁判管轄を求める会長声明

2020(令和2)年12月11日
福岡県弁護士会 会長 多川 一成


 現行法上、インターネット上で匿名の発信者により名誉権等の人格権を傷つけられた被害者及びその遺族などの関係者(以下「被害者等」という。)は、被害回復のため、プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)における発信者情報開示請求によって発信者を特定したうえで、改めて特定した相手に損害賠償請求をするなど、二段階、三段階の手続による必要がある。現行の制度には、被害者救済の上で様々な課題があり、このため、政府は、被害者等救済を促進するための法改正を検討する「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を発足させ、同会は、「最終とりまとめ(案)」を公表し、その中で現行制度の検討のほか、非訟手続による新たな制度の方向性を示した。
 ここで、同「最終とりまとめ(案)」では言及されていないものの、以下の理由から、現行制度を維持する場合でも、非訟手続を導入する場合でも、発信者情報開示のための手続において、同手続の請求を行う被害者等(以下「請求者」という。)の住所地に裁判管轄を認めるべきである。
 まず、現行制度下における発信者情報開示請求仮処分申立、同訴訟において、その管轄は、原則として被告の住所地となるところ(民事訴訟法3条の2第1項)、コンテンツプロバイダ(サイト運営者)、アクセスプロバイダ(インターネット接続業者)の多くが東京都に存在することから、東京地裁においてその多くが取り扱われるに至っている。また、海外事業者の場合で国内に営業所がない場合、東京都千代田区を管轄する東京地裁が管轄権を有することから(民事訴訟規則10条の2及び民事訴訟規則6条の2)、結局、現状では、仮処分、訴訟のほとんどが東京地方裁判所に申し立てられている。
 発信者情報開示仮処分・訴訟では、専門性が求められるため、請求者本人による対応は難しく、弁護士を依頼することが多いが、仮処分の場合、審尋(多くの場合2回)と供託手続のために、2、3往復分の交通費と日当の支出を余儀なくされる。請求者が地方在住者の場合、これらは、大きな負担となるため、請求を断念し泣き寝入りせざるを得ない場合も多い。
 ところが、「最終とりまとめ(案)」でも、発信者情報開示制度における地方在住の請求者の負担が一切考慮されていない。また、新たな裁判手続として非訟事件手続の創設も検討されているが、その手続でも、地方在住の請求者の負担が一切考慮されていない。これは実質的には、被害者等の裁判を受ける権利の実現を困難ならしめる結果となりかねない。
 従って、現行の発信者情報開示請求仮処分、同訴訟において、請求者の住所地においても裁判管轄を認めるべきであり、仮に新しい裁判手続を導入した場合でも、請求者の住所地に裁判管轄を認めるなど、被害者等の権利保護、司法アクセスの確保を徹底し、裁判を受ける権利を十分に尊重した制度設計を行うべきである。


以上

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