福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

宣言

2022年5月30日

自殺予防・自死問題対策のための取組及び連携を一層強化する宣言

 わが国の年間自殺者数は、1998年(平成10年)に急増し、同年から2011年(平成23年)まで14年連続して3万人を超える状態が続いた。当会は、2012年(平成24年)に自死問題対策委員会を発足し、また、同年5月23日には「『自死』をなくすための行動宣言~自死を防ぐための『気づき』『つなぎ』『見守り』とは何かを考える~」を採択した。この宣言で当会は、①会員を対象とする自殺対策に関する研修を充実させること、②医療福祉専門職(医師・臨床心理士・精神保健福祉士等)の協力を得て法律相談を行う体制をつくり、アウトリーチ(訪問支援)としての法律相談を実施すること、③弁護士会と各専門機関とのネットワークを構築し連携を強化すること、④基本的人権の擁護を使命とする弁護士会としての立場から政策提案及び立法提言を行うこと掲げ、今日まで、追い込まれた末の死として自殺で亡くなることを防ぐための活動に取り組んできた。
 全国でも、国をはじめとする関係者の様々な取り組みが進められた結果、年間自殺者数は3万人台から2万人台に減少し、2019年(令和元年)には2万人を下回った。ところが、新型コロナウイルス感染症流行下において、2020年(令和2年)の年間自殺者数は2万1081人となり、11年ぶりに前年を上回る人数となった。これを具体的にみると、男性の自殺者数は11年連続で減少しているのに対し、女性の自殺者数が増加し、女性の自殺者数増加が2020年(令和2年)の自殺者総数の増加に直結していることが分かっている(厚生労働省「令和3年度版自殺対策白書」)。さらに、2016年(平成28年)以降増加傾向にある学生・生徒の自殺者数も、2020年(令和2年)は前年に比して著しく増加した。2021年(令和3年)の自殺者総数は、警察庁の自殺統計(速報値)によると2万0984人であり、前年からわずかに減少したものの、前年に引き続いて子ども・若者及び女性の自殺が目立つ状況にある。
 このように、わが国の自殺・自死の問題は、未だ深刻な状況にある。また、新型コロナウイルス感染症が自殺の要因となる様々な問題を悪化させている可能性がある。
令和3年度版自殺対策白書において、2020年(令和2年)の「女性の自殺の増加」を職業別に見ると、「被雇用者・勤め人」で増加し、原因・動機別では、「勤務問題」,その中でも「職場環境の変化」が過去5年平均と比して98.3%の増加となっており,新型コロナウイルスの感染拡大により労働環境が変化したこととの関連が示唆されている。また、2020年(令和2年)における児童生徒の自殺者数は499人で,前年の399人から大きく増加した。新型コロナウイルス感染症に伴う長期にわたる休校は,通常の長期休業と異なり,教育活動再開の時期が不確定であることなどから児童生徒の心が不安定になるおそれが指摘されている(文部科学省の「コロナ禍における児童生徒の自殺等に関する現状について」)。
このように、新型コロナウイルス感染症の拡大は、子ども・若者及び女性の自殺の深刻化に影響があると考えられる。私たちは、新型コロナウイルス感染症という新たな問題が自殺・自死問題に与えている影響を分析し、新たな課題に対応していく必要がある。
 そこで、当会は、これまでの自殺・自死問題に対する取組みを踏まえて、さらなる活動の拡充を目指し、次のとおり宣言する。 
1  2012年(平成24年)の宣言で述べた取組みを継続することはもとより、自殺の危険因子となりうる法的問題に関わる当会の各委員会において、それぞれの課題解決への取組に一層の力を注ぎ、それによって自殺危険因子を除去・減少させるよう努め、弁護士会として自殺予防に寄与していく。
2  弁護士が自殺の危険性が高い人の支援を行う際にも、多角的視点から同人のニーズを検討し、対応が必要と判断した際には、弁護士会内での他の専門窓口や、他の専門機関につないで各種施策との連携を図るようにするとともに、自殺予防に取り組む他の専門機関から法的支援の要請を受けた場合には適切に対応する。このようにして、自殺予防のためのネットワーク作りをさらに強めていく。


2022年(令和4年)5月27日
福岡県弁護士会

宣言の理由


1  福岡県弁護士会の自殺・自死問題へのこれまでの取り組み
 自殺は、追い込まれた末の死といえる。そして、自殺が発生する背景には複数の要因が連鎖して存在していることが多い。
われわれ弁護士は、日常の業務の中で、自殺の要因(経済問題、家庭問題、労働問題、男女問題、学校問題等)となりうる法的問題に携わることが多い。
弁護士が、法的問題を通じて、相談者又は依頼者等と関わる中で、自殺の危険性があると感じた場合は、単に法的問題を解決するだけではなく、必要に応じて、適切な他の専門職につなぐ必要性が高いといえる。
 弁護士が、このような自殺予防の「ゲートキーパー」としての役割を果たしていくことを目指して、当会は2012年(平成24年)の宣言にもとづき以下の活動を行ってきた。
(1) 研修の充実
 弁護士が自殺予防の「ゲートキーパー」としての役割を果たしうるためには、弁護士が、自殺・自死問題に対する理解を深める必要がある。
そこで当会は、会員を対象に、自殺対策に関する知識及び自殺企図者の法律相談技術の向上を図る研修を毎年行ってきた。
 最近5年間のものとしては、2021年(令和3年)9月実施の「弁護士・事務職員のメンタルヘルス」、2020年(令和2年)9月実施の「ケーススタディで学ぶ、希死念慮者や自死遺族にまつわる各種事件への対応」、2019年(令和元年)5月実施の「こころの問題を抱えた方からの法律相談のスキル(ロールプレイ実践)」、2018年(平成30年)7月実施の「こころの問題を抱えた当事者への弁護士の対応の留意点」、2017年(平成29年)9月実施の「被災者の法律相談における精神医療の観点からの留意点」が挙げられる。
(2) 法律相談による支援
ア 自殺・自死問題に対応する相談
 当会は、自殺・自死問題に対応する相談窓口として、①自死遺族法律相談及び②自死問題支援者法律相談の2つの相談制度を設けている。
①自死遺族法律相談は、2012年10月に開始した制度で、現在も福岡県、福岡市、及び北九州市で開催している。福岡市では、市との共催で毎月1回、天神弁護士センターにおいて弁護士1名と心理専門職1名の合計2名による面談相談及び電話相談を実施している。福岡市の相談では2012年の開始以来、電話相談40件(うち10件が継続相談となった)、面談相談110件(うち48件が継続相談となった)の計150件の相談を受けている。北九州市では、北九州市の委託事業として、北九州市精神保健福祉センターにおいて、電話相談及び面談相談を行っている。福岡県では、福岡県精神保健福祉センターにおける法律相談に毎月1回、会員を派遣している。
 ②自死問題支援者法律相談は、2013年12月に開始した制度で、自殺の危険性がある本人ではなく、本人を支援する方々(家族、医療関係者、福祉関係者など)からの相談を受け付けるものである。相談申込みの受付から原則48時間以内に弁護士による電話相談を行い、必要に応じて面談相談も行うもので、支援者と共に本人の法的問題の解決を図ることを目指す制度である。筑後地域では、「かかりつけ医による精神科医紹介制度」とタイアップする形での相談にも応じている。
同相談では、2013年12月の開始以来、合計238件(➀相談者内訳:家族31件、本人78件、支援者129件、②相談結果内訳:電話相談のみ98件、面談相談のみ78件、電話相談及び面談相談57件)の相談を受けている。
イ 個別の自殺要因に対応する相談
 また、個別の自殺要因に対応する様々な相談も実施している。
自殺の要因として多い経済的な問題や、雇用の問題に関する法的支援として、県内17か所の法律相談センターで無料の多重債務相談・無料労働相談を実施している。
生活困窮者への法的支援としては、➀生活保護に関する無料法律相談である生活保護支援システム(いわゆる生活保護版当番弁護士制度)を運営して相談を受けているほか、②日本司法支援センター(法テラス)及び県内の14自治体(試行中のものも含む)と連携し、生活保護利用者・自立支援事業対象者向けに、各自治体の福祉事務所(保護課)への巡回法律相談であるリーガルエイドプログラム(Legal Aid Program)を実施し、③法テラスと連携しホームレス支援のための法律相談も実施している。
⑶ ネットワークの構築・連携の強化
 当会は、自殺・自死問題に対応するため、国や自治体、医師、社会福祉士、精神保健福祉士、臨床心理士等の専門職団体との協議や連携を行っている。
 上記の自死遺族法律相談や自死支援者法律相談は、精神保健福祉士や臨床心理士等の専門職の同席や協力を得て実施している。また、福岡市主催の自死問題対策の相談会(こころと法律の相談会)に会員を派遣し、精神科医師、臨床心理士、精神保健福祉士、司法書士と一般市民からの相談に対応している。
 また、他の専門職と共同して相談に対応するだけではなく、医師や精神保健福祉士と自殺・自死問題に関する研究会及び交流会を行っている。例えば、福岡大学病院精神科とは、毎年複数回の共同研究会(テーマ研究、ケーススタディ等)を行っており、当会北九州部会の自死問題対策委員会の月例会議には毎回北九州市精神保健福祉センターのスタッフも参加している。筑後部会では、精神保健福祉士会と毎年合同でセミナーを開いている。
 さらに、当会は、毎年、市民向け自殺対策シンポジウムを開催している。シンポジウムでは、自殺対策に関する専門家の講演だけでなく、他の専門職とのパネルディスカッションを行い、意見交換を行っている。 
⑷ 積極的な政策提言及び立法提言
当会には、自殺危険因子に関係する分野を扱う様々な委員会があるが、制度改善によって自殺危険因子をなくしていくべく、それぞれの分野における政策・立法提言を行っている。
 例えば、自殺の大きな要因の1つである貧困問題に関しては、生活保護改正法案の廃案を求める会長声明(2013年(平成25年)11月22日)、ホームレス自立支援特別措置法の期限延長を求める会長声明(2017年(平成29年)3月9日)、生活保護基準の引き下げを行わないように求める会長声明(2018年(平成30年)3月9日)、最低賃金の引上げを求める会長声明(2018年(平成30年)6月8日、2020年(令和2年)7月27日、2021年(令和3年)7月7日)等がある。
 多重債務の問題に関しては、貸金業法や利息制限法の改悪の動きに強く反対する会長声明(2012年(平成24年)7月18日)があり、保証人の自殺に関しては、個人保証の原則禁止など抜本的な法改正を求める決議(2013年(平成25年)5月22日)がある。
 コロナ禍のもとでは、中小企業・小規模事業者の経営を支援することにより、経営者、従業員とその家族の生活、取引先の経営を守る宣言(2021年(令和3年)5月27日)を行っている。


2 さらなる取り組みの必要性
(1) 自殺・自死の問題が未だ深刻な状況にあること
2012(平成24年)の宣言の後の全国の自殺者数の推移は、本宣言の趣旨の中に記載したとおりである。
 福岡県の年間自殺者数の推移も見てみると、1998年(平成10年)から毎年1000人を超える状況であった。2014年(平成26年)には、16年ぶりに年間自殺者数が1000人を下回り、以降、減少傾向が続いていたが、2020年(令和2年)に、年間自殺者数が826人となり、国全体と同様に前年を上回る結果となった。
 このように、全国的にも、福岡県においても、この10年間の様々な自殺予防の取り組みの成果もあって、自殺者数は減少していたにもかかわらず、コロナ禍のもと、再び増加の兆しをみせている。
 コロナ禍により、貧困問題や孤立をはじめとする様々な自殺危険因子が生じたが、その悪影響は、新型コロナウイルス感染が落ち着いたとしても、長期的に残存する可能性がある。
 我々は、自殺・自死の問題が未だ深刻な状況にあることを認識し、当会が行ってきた自殺対策の取り組みをより一層強化する必要がある。また、自殺の危険因子に関わりのある分野を取り扱う各委員会も、危険因子の解消につながるそれぞれの活動を一層充実させる必要がある。 
(2) 各機関との連携による包括的な取組みの必要性
また、追い込まれた末に自殺で亡くなってしまうことを回避するためには、複雑に連鎖している問題を解決する包括的な取組みが重要である。
なぜなら、問題を部分的に解決するだけでは、支援として充分でないことが広く認識されており、調査結果にも裏付けられているといえるからである。
具体的には、NPO法人自殺対策支援センター・ライフリンクが自死遺族に対して行った自殺の実態調査で、自殺者が一人あたり平均して4つの問題(例えば失業→生活苦→多重債務→鬱病等)を抱えていたこと、また、自殺者(相談の有無が明らかな者)のうち約70%が、亡くなる前に専門機関に相談していたことが明らかとなっている。相談時期としては、亡くなる前1か月以内の相談が約60%であり、自殺者は、自殺に至る直前に専門機関に相談をしたにもかかわらず、自殺に至ってしまったという深刻な現実がある。
そのため、自殺を防ぐためには、各専門機関が連携することで、自殺の危険性が高い人が抱えている問題の一部ではなく、全体を解決していく必要がある。
(3) われわれ弁護士に求められている役割
弁護士として自殺の危険性が高い人の支援を行う際にも、同観点から、他に対応が必要な問題はないか検討し、対応が必要と判断した際は、専門機関につなぎ、連携を図りながら支援を行うことが重要である。
 当会は、これまで自殺予防の支援を行う関係機関とのネットワークの構築を行ってきたが、新型コロナウイルス感染症の影響下で自殺の要因となる問題が悪化している中で、このような取組みをさらに強化することが求められている。
 また、社会における自殺予防のためのネットワーク構築としては、いずれかの支援窓口にたどり着けば、各関係機関の連携を活かして他の要因についても必要な支援を受けることができる体制を築くことが必要である。
このようなネットワークを構築することができれば、社会の誰もが、複雑に連鎖する問題に対して包括的な支援を受けることができる可能性が高まり、自殺・自死問題の解決だけではなく、社会の住民の命とくらしの質を守ることにつながるといえる。
われわれ弁護士も、支援につながるための窓口の一つであることを認識し、その役割を果たすことが求められている。私たちの社会は、今、これまで予期していなかった様々な問題に直面しているが、より良い社会を実現するため、法律の専門家として、積極かつ果敢に取り組む所存である。
以上から、当会は、上記のとおり宣言する。


 

以上

ヘイトスピーチのない社会の実現のために行動する宣言

1 人種ないし民族的出身などに基づく社会的少数者に対する偏見・憎悪・嫌悪の感情等を主な内容とする差別的言動(いわゆるヘイトスピーチ)は、対象とされた人々の個人の尊厳(憲法第13条)、法の下の平等(憲法第14条)等の基本的人権を著しく侵害するものであるばかりか、これを放置すると攻撃対象とされた人々に対する社会的な差別、偏見、憎悪、暴力等を助長しかねない、絶対に許されないものである。
2 しかし、我が国では、長くヘイトスピーチに対する対応がなされておらず、その対応の不十分さについて、国際的にも批判を受けていたところである。
このような国際的な動向もあって、2016年(平成28年)6月、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取り組みの推進に関する法律」(いわゆるヘイトスピーチ解消法)が制定された。
3 同法に対しては、その性質や限界などについて種々の批判もあるものの、ともあれ、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」が我が国において許されないものであることを宣言し(前文)、これを解消すべきことが国及び地方公共団体の責務であることを明らかにした点(第1条)では大きな意義のあるものであった。
 しかし、遺憾なことに、同法施行後も我が国ではヘイトスピーチが続いている。間もなく同法が施行後6年となるが、状況は変わっていないばかりか、市中での街宣行動や、インターネット上でのヘイトスピーチが横行している。
4 福岡県内においても、在福岡大韓民国総領事館前、在福岡中華人民共和国総領事館前等、また、天神等の繁華街や駅前等において、ヘイトスピーチにあたりうる表現行為が平然となされ続けている。
また、インターネットの動画サイト上に、前記の街頭におけるヘイトスピーチ等を内容とする投稿が組織的になされている。
福岡県は、歴史的な諸事情やアジア諸国と近接しているという地理的な面から、異なるルーツを持つ市民が多く共生している地域であり、県内における実状に照らしてヘイトスピーチを根絶すべき要請は大きい。
5 それにもかかわらず、当会はこれまでこの問題に正面から取り組んできたとは言えず、このことは大いに反省しなければならない。
また、目を外に転じても、福岡県内には例えばヘイトスピーチに対する実効的な施策としての条例を定めている自治体は未だなく、十分な対策がなされているとは言えない実情にある。
全国的な状況を見れば、表現の自由に配慮しつつ、公の施設を利用してヘイトスピーチがなされる場合における施設利用の規制に関する条例やガイドラインを制定し、第三者機関を置くなどの取り組みを行っている自治体も存在していることを考えれば、福岡県内の自治体の取り組みの遅れは、看過できない。
6 そこで、当会は、上記反省の上に立って、次の通り宣言する。
⑴ 異なるルーツを持つ市民が、共に安心し、平穏なる生活が営めるよう、ヘイトスピーチ問題を対象とする法律相談体制をより充実させる等、ヘイトスピーチによる被害の予防・救済のための法的支援の活動を進めていく。
⑵ 福岡県内におけるヘイトスピーチを根絶するために、いかなる方策によることが実効的であるのかについて、表現の自由に配慮しつつ、具体的検討を進めていく。
⑶ 福岡県及び福岡県内の自治体に対しても、多文化共生の理念を尊重し、ヘイトスピーチを根絶するための実効的な方策をとるよう求め、その実現のために、連携した取り組みを行っていく。


2022年(令和4年)5月27日
福岡県弁護士会

宣言の理由

1 ヘイトスピーチが絶対に許されないものであること
わが国では2009年(平成21年)12月、京都朝鮮第一初級学校に隣接する児童公園を利用して上記学校に対し、「朝鮮学校を日本から叩き出せ」等の怒号をもって誹謗中傷する内容の抗議・街宣をするいわゆる「京都朝鮮第一初級学校事件」が発生した。
また、2010年(平成22年)頃以降、東京都の新大久保や大阪市の鶴橋等で頻繁に反韓デモが実施された。そこでは「韓国人は日本から出ていけ」「ゴキブリ朝鮮人を追い出せ」「韓国人を殺せ」「鶴橋大虐殺を実行しますよ」「実行される前に自国に戻ってください!」等、在日韓国人、在日朝鮮人を誹謗中傷し、嫌悪、排撃することを扇動するが如き表現が用いられた。
このように、人種ないし民族的出身などに基づく社会的少数者に対する偏見・憎悪・嫌悪の感情等を主な内容とする差別的言動(いわゆるヘイトスピーチ)は、攻撃対象とされた人々の個人の尊厳(憲法13条)、法の下の平等(憲法14条)等の基本的人権を著しく侵害するものであり、これが横行するときは攻撃対象者に対する社会的な差別、偏見、憎悪、暴力等を助長するものであり、絶対に許されないものである。
しかし、我が国では、長くヘイトスピーチに対する対応がなされてこなかった。その対応の不十分さについて、2014年(平成26年)7月に国連自由権規約委員会から、同年8月には国連人種差別撤廃委員会から勧告を受けていたところであった。
2 ヘイトスピーチ解消法(2016年)の制定
(1)制定経緯について 
ヘイトスピーチが社会問題化する中で、2013年(平成25年)以降、国会においても度々議論がなされ、法制化の検討がなされていたが、2016年(平成28年)5月24日、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」)が成立し、同年6月3日の公布日から施行された。
同法制定の背景としては、①当時、ヘイトスピーチを伴う街頭宣伝活動が各地で公然と行われ、またその様子がインターネットで広められていたこと、②2014年(平成26年)8月に、人種差別撤廃委員会が、日本政府に対し、人種差別的ヘイトスピーチやヘイトクライムから保護する必要のある社会的弱者の権利を擁護する重要性を喚起し、増悪及び人種差別の表明、デモ・集会における人種差別的暴力及び増悪の扇動にしっかりと対処するよう等の勧告を出したこと、③京都朝鮮第一初級学校事件の民事訴訟において、同年12月9日、最高裁判所が被告らの上告を棄却し、名誉毀損と業務妨害を認めて加害者側に損害賠償を命じた判決が確定したこと等があった。
(2)問題点
もっとも、同法については、主に①対象が、「本邦外出身者」への不当な差別的言動に限定されているため、本法内出身者が含まれない点、②対象となる「本邦外出身者」も「適法に居住するもの」に限定されている点に問題があると指摘されている。
さらに、同法はいわゆる理念法であり、具体的な規制や手続について定めているものではないため、十分な対策とは言えないとの批判がなされている。
国際的にも、2018年(平成30年)8月、国連人種差別撤廃委員会は同法の施行を歓迎しつつも、同法の適用範囲が狭く、また、同法施行後も我が国でヘイトスピーチが続いていることを踏まえ、同法の改正等を内容とする勧告を行っている。
このような状況下で、全国でヘイトスピーチは続けられている。
3 福岡県内でのヘイトスピーチ問題の現状
(1)福岡県内の在留外国人数、歴史的・地理的経緯
福岡県は、アジア諸国と近接しているという地理的な面から、大陸からの文化を積極的に受け入れ、中国や朝鮮半島の人々などとの交流によって発展してきたという歴史的な経緯が存在する。
そして、2020年(令和2年)12月末の在留外国人統計によると、福岡県には8万1072人(全国の都道府県で9番目の人数)の在留外国人が暮らしており、異なるルーツを持つ市民が多く共生している。
とりわけ、同統計によると、福岡県内には1万1265人の特別永住者が暮らしており、これは大阪府、東京都、兵庫県、愛知県、京都府、神奈川県に次ぐ全国7番目の人数である。
また、同統計によると、国籍・地域別でも、福岡県内には、韓国・朝鮮の人が1万5862人暮らしており、これは、大阪府、東京都、兵庫県、愛知県、神奈川県、京都府、埼玉県、千葉県に次ぐ全国9番目の人数である。
これには、福岡県には、戦前多くの炭鉱があり、そこでは多数の朝鮮半島出身者が働いていたこと、終戦時、博多港は、在日コリアンが朝鮮半島へ引き揚げる港の一つとなっており、朝鮮半島に近いために多くの在日コリアンが集まったという経緯がある。しかも、戦後の混乱等から朝鮮半島に引き揚げず、そのまま福岡県にとどまった在日コリアンも多数存在していた。
   さらに、福岡県内には、学校法人福岡朝鮮学園が設置・運営する学校として、北九州市八幡西区折尾に九州朝鮮中高級学校、北九州朝鮮初級学校、同八幡付属幼稚園が、同市小倉北区に同初級学校小倉付属幼稚園が、福岡市東区和白に朝鮮初級学校が存在し、広く九州に居住する在日コリアンの子どもに対し民族教育を実施しており、また、福岡市内には広く山口、九州(長崎を除く)、沖縄を管轄区域とする在福岡中華人民共和国総領事館、九州・沖縄を管轄区域とする在福岡大韓民国総領事館が存在している。
(2)ヘイトスピーチに関する実態調査
以上のような状況を踏まえて、2016年(平成28年)3月の平成27年度法務省委託調査研究事業によるヘイトスピーチに関する実態調査報告書を見ると、2012年(平成24年)4月から2015年(平成27年)9月までの間(42か月)に福岡県で行われたヘイトスピーチを伴うデモ・街宣活動は49件にのぼっていた。この件数は、東京都、大阪府、愛知県、北海道に次ぐ、広島県と同数で全国5番目に多い件数であった。
そのため、ヘイトスピーチ解消法の成立以前においても、福岡県議会では2014年(平成26年)12月18日に外国人等への差別助長いわゆるヘイトスピーチに対する取組の充実強化を求める意見書が、福岡市議会では2015年(平成27年)3月16日にヘイトスピーチの根絶のための早急な対策を求める意見書が、北九州市議会では同年3月11日にヘイトスピーチ対策を求める意見書がそれぞれ採択されている。
しかし、福岡県内においてヘイトスピーチに対しカウンター等の抗議活動を行っている団体によると、その後の2015年(平成27年)11月から2021年(令和3年)7月までの間(69か月)に福岡県で行われたヘイトスピーチを伴うデモ・街宣活動は78件(近隣県における件数を加えると91件)発生しており、ヘイトスピーチ解消法の施行後も福岡県内におけるヘイトスピーチが決して解消されていない状況が存在する。
2021年(令和3年)8月26日、福岡法務局は、2019年(平成31年)3月11日の九州朝鮮中高級学校近くで行われた、特定の政党の選挙演説における「おまえらは日本から出て行けと言われて当たり前」、「朝鮮人は危険です」などという発言を「ヘイトスピーチ」と認定している(但し、人権侵犯の有無は不明確とされている)。
(3)総領事館前等での抗議活動
さらに、在福岡大韓民国総領事館前はもとより、福岡市内の在福岡中華人民共和国総領事館前等においても、街宣車での大音量での抗議活動なども行われており、その言動の中にはヘイトスピーチと見られるものが含まれている。
前述のヘイトスピーチに関する実態調査報告書を見ても、2012年(平成24年)に、九州・沖縄地区において「支那人移民を一人残らず日本からたたきだせ」というテーマを掲げたデモ・街宣活動が行われたとされているところであって、中国出身者に対するヘイトスピーチも問題となっている。
全国的には、特に2020年(令和2年)、新型コロナウィルス感染症の感染拡大で社会不安が広がる中で、沖縄県では「今入国しているチャイニーズは歩く生物兵器かもしれない」などという街頭宣伝が行われたり、東京都では同年6月にデモ行進内で行われた「新型コロナウィルス、武漢菌をまき散らす支那人、今すぐ出ていけ」などの発言をヘイトスピーチと認定したりしている。
4 地方自治体における取組みの状況
(1)大阪市における取組みの状況
大阪市では、2016年(平成28年)1月18日、「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」が施行された。
同条例は、ヘイトスピーチ解消法に先だって制定された、ヘイトスピーチに関する全国初の条例である。同条例におけるヘイトスピーチ解消法との比較による特徴は、対象が、本邦外出身者に対する言動に限定されないこと、実効性確保の措置として、拡散防止措置、氏名等の公表がなされることがあるということである。
2019年(令和元年)12月27日には、同条例に基づいてヘイトスピーチの実行者2名の氏名が全国で初めて公表された。同条例については、憲法21条1項などへの適合性が争われて住民訴訟が提起されたが、2022年(令和4年)2月15日、最高裁判所第三小法廷において、憲法21条1項に違反しない旨の判断がなされた。
(2)川崎市における取組みの状況
神奈川県川崎市では、2017年(平成29年)11月9日、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律に基づく『公の施設』利用許可に関するガイドライン」が策定・公表された。
2018年(平成30年)5月30日、公園内行為許可申請に対し「不当な差別的言動から市民の安全と尊厳を守る」という観点から、全国初の不許可処分が行われた。その後、2019年(令和元年)12月16日、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」が施行された。ヘイトスピーチに対する禁止規定を設けるとともに、刑事罰を科しうるとした全国初の条例である。
(3)その他の自治体における取組みの状況
上記のほか、東京都世田谷区(2018年)、東京都(2019年)、大阪府(2019年)東京都国立市(2019年)、神戸市(2020年)、宮崎県木城町(2021年)、愛知県(2022年)においてヘイトスピーチに関する条例が制定されている。なお、香川県観音寺市では、2017年6月29日、観音寺市公園条例の改正によりヘイトスピーチが禁止行為として規定され、違反した場合に5万円以下の過料を科すこととされている。
(4)福岡県内の自治体における取組みの状況
一方、福岡県内では、ヘイトスピーチ解消法施行後、啓発ポスターの作成等の活動のほか、福岡法務局による人権救済活動の一環としてのヘイトスピーチ認定等が行われたことはあるものの、条例制定等を含む実効的取り組みには未だ至っていない。
5 当会におけるヘイトスピーチ問題への取り組み状況
(1)いくつかの取り組み
   翻って当会の活動を顧みると、遺憾ながらヘイトスピーチ問題に正面から取り組んできたとはいえないが、それでも、この問題に関する取り組みを全くしてこなかったというわけではない。人権擁護委員会への人権救済申立事件としてヘイトスピーチに関する問題提起がなされ、個別的に検討を行ったことは幾度かあった。また、2015年(平成27年)には当会の人権擁護委員会委員が多く参加する九州弁護士会連合会人権擁護委員会において、西南学院大学の奈須祐治教授(憲法学)、京都第一初級朝鮮学校襲撃の代理人を務めた具良鈺弁護士(大阪弁護士会)を招き、ヘイトスピーチ問題の学習会を開催したことがあった。2019年度(令和元年度)から福岡県からの委託を受けて実施している人権侵害に関する無料電話法律相談、「ふくおか人権ホットライン」においてヘイトスピーチを含む人権問題全般の相談に対応してきた。日弁連のヘイトスピーチ問題に関する全国会議にも当会からも毎年人権擁護委員会の委員が参加している。
(2)取り組みの不十分さと反省
しかし、これまで当会内にヘイトスピーチ問題の専門的検討を行う組織はなく、会としての声明等の意見を発出したことはなかったし、自治体に実効的なヘイトスピーチ対策を求める前提としての、実効的なヘイトスピーチ解消のための方策の検討もできていない。前記のふくおか人権ホットラインのほかに、ヘイトスピーチ問題に的を絞った法律相談会等を実施したこともなかった。
このように当会のヘイトスピーチ問題に対する取り組みは、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体としては不十分であったと言わざるをえない。
そして、県下において前記のようなヘイトスピーチの横行を招いている現状を前に、私たちはこれまでの自らのヘイトスピーチ問題に対する対応の不十分さを反省し、真摯にその事実と向き合う必要がある。
6 反省の上に立ち、これからとるべき対応
  以上の反省を踏まえ、今後はヘイトスピーチ問題の解消のため、当会は、法律家の団体として、以下述べるような具体的な取り組みを行っていく必要があることを自覚し、本宣言を行うものである。
(1)ヘイトスピーチによる被害の予防・救済のための法的支援の活動
   前記のとおりヘイトスピーチは許されざる人権侵害である。
   当会は、ヘイトスピーチによる被害者を救済するため、単に一般的な人権侵害に対する法律相談体制を整えるというにとどまることなく、ヘイトスピーチ問題に対する法律相談体制を整えていく必要がある。
   また、人権救済申立制度におけるヘイトスピーチ被害の救済にも尽力していく必要がある。
(2)ヘイトスピーチ解消のための実効的方策の具体的検討
   県内の各自治体にヘイトスピーチ解消のための実効的な方策をとるよう呼びかけて連携を図る前提として、まず、私たち自身が、行政による表現活動の過度な規制とならないよう、また、健全な表現活動に対する萎縮効果を生じさせることのないよう表現の自由に十分に配慮した上で、ヘイトスピーチ解消のための実効的方策とはどのようなものであるのかにつき、調査・研究を行い、具体的な検討を行っていく必要がある。
(3)実効的な方策実施に向けた自治体との連携した活動
 そして、ヘイトスピーチ解消のための実効的な方策の具体的検討を行うだけでなく、検討結果を踏まえ、県内の各自治体と連携し、実効的な方策の実現に向けた活動を行っていくことが必要である。
 

以上

2021年5月28日

罪に問われた障がい者に対する支援の拡大を図り,その個人の尊厳の回復に向けて活動する宣言

 障がい者が罪に問われた事案の中には,福祉的な支援が届いていなかったがゆえに,また根深い差別ゆえに社会から疎外され,生活に困窮し,その結果,犯罪を繰り返している事案が少なからず存在する。
 さらに,罪に問われた障がい者は,その障がいの特性から,捜査機関に供述を誘導されるおそれがある。また,私たち弁護士もその障がいの特性を理解していなかったために適切な弁護ができず,重要な事実が見逃されてきた可能性がある。そして,障がいゆえに差別され,他者に受け入れられた経験に乏しいことから,自らに有利な事実を主張することを放棄する者がいることも経験的に知られている。
 このような罪に問われた障がい者が早期に福祉的支援を受けることは,まさに「個人の尊厳」を回復させる意義を有すると気づき,すでに各弁護人や当会を含む各弁護士会において,福祉専門職や福祉的専門団体との協働が実現し,大きな成果を挙げてきた。
 かかる動きを受け,国は,2021年度(令和3年度),地域生活定着支援センターの事業に,被疑者・被告人に対する福祉的支援を行い,早期に被疑者・被告人を地域生活に移行させる,「被疑者等支援事業」を加えた。これによって,全国で一律に,被疑者・被告人への福祉的支援が実施される計画となっている。
 しかし,かかる「被疑者等支援事業」だけでは罪に問われた障がい者の個人の尊厳を回復させるには十分ではなく,この事業の開始を契機として,当会としても,さらなる活動の拡充が必要である。
 そこで,当会は,罪に問われた障がい者の個人の尊厳の回復を図るために,以下の事項に取り組むことを宣言する。
1 個々の弁護士が刑事弁護活動において主体的・積極的に福祉との連携に取り組むよう促進し,より充実した研修実施,情報提供を行うこと
2 福祉機関・団体とのより一層の協力関係を構築すること
3 障がい者への福祉的支援の意義及び差別解消の必要性についてさらなる社会の理解を求めること

2021年(令和3年)5月27日
福岡県弁護士会

宣言の理由

1 罪に問われた障がい者の存在と福祉的支援の必要性
  2019年(令和元年)の矯正統計年報によれば,同年の新規受刑者のうち,20%が,知的障がいがあるとされるIQ69以下である。また,このIQを測定するに当たって「テスト不能」とされた人を含めると23%に上る。
 この数字によらずとも,私たち弁護士は,刑事弁護を通じ,少なくない被疑者・被告人に,コミュニケーションの取り難さを感じることがあった。そして,私たちは,これが障がいによるものであると気付かなくとも,その被疑者・被告人の歩んだ人生に触れるとき,その生きづらさがあったことを知り,また,その生きづらさが刑事事件につながったこと,この生きづらさを解消する福祉的な支援が得られれば,罪に問われなかった可能性があったことも,経験的に感じていた。さらに,その生きづらさの根底には,障がい者に対する差別があり,その差別ゆえに,自ら社会との関りを持てず,また,その関りを持つことを諦めざるを得なかった人々に接することもあった。
 このような状況は従来から続いていた中で,2006年(平成18年)1月には,いわゆる下関駅放火事件が発生した。これは,通算して40年を超える刑務所での受刑歴があり,知的障がいのあった被告人が,出所後,福祉的支援の途を探ったが,これを得られず,出所して8日後に,自ら刑務所に戻ることを目的として,下関駅に放火して全焼させた事件であった。この事件を契機として,このように罪に問われた障がい者に対する福祉的支援の必要性が社会的にも認知されるようになった。
 これを受けて,2009年度(平成21年度)から国の「地域生活定着支援事業(現在は地域生活定着促進事業)」が開始され,地域生活定着支援センターが主体となって,矯正施設収容中から,矯正施設や保護観察所,既存の福祉関係者と連携して,支援の対象となる人が釈放後から福祉の支援を受けられるような取り組みがはじまり,2012年(平成24年)にはこれが全国に広がった。これによって,障がい者が,矯正施設に収容されたならば,福祉の支援を受けられる機会が設けられた。
 しかし,そもそも,罪に問われた障がい者が,社会内において福祉の支援を得られていたならば,罪を犯さなかった可能性がある。加えて,刑事施設で受刑することになれば,それまでの社会資源が失われ,社会との関係が希薄化し,社会復帰と自立が困難になって,ひいては個人の尊厳の回復が困難になる。
そのため,矯正施設に収容される前段階である捜査あるいは公判段階における福祉的支援を充実化することは極めて重要であるし,その根源を正すという意味で障がい者の差別を解消することも必要である。
2 福岡県弁護士会の取り組み
 このような罪に問われた障がい者が少なからずいる中で,障がいについての知識があり,あるいは福祉関係者との人脈のある弁護士は,捜査あるいは公判段階において,その知見や人脈を用いて,障がいに気づき,福祉関係者らと連携して,その福祉的支援を得てきた。
 しかしながら,このような個別の弁護人の属人的な知見や人脈に依存しては,弁護人次第で,罪に問われた障がい者の権利を守る機会が失われていることから,制度として福祉的な支援を得られるようにすることが求められていた。
 そこで,当会は,2014年(平成26年)に,罪に問われた障がい者の特性に即応した権利擁護活動を行うことを目的として,刑事弁護等委員会及び高齢者・障害者等委員会の委員からなる触法障害者支援ワーキンググループを組織した。
 また,当会会員に対する研修や啓発を通じて,各弁護人の障がいへの気づきを促したり,各会員の障がいや福祉に関する知識を深めたりしてきた。
 そして,各福祉関係者とも連携し,福祉の側における罪に問われた障がい者に対する偏見を除去することに努めてきた。
 さらに,当会は,2014年(平成26年)から北九州市の,2015年(平成27年)から福岡市の,各障がい者基幹相談支援センターと連携し,罪に問われた障がい者の刑事弁護を行う会員が福祉的支援を得られる枠組み作りに取り組んできた。これらの制度によって,前記両市への帰住を希望する被疑者・被告人に関しては,個別の弁護人が,福祉関係者との人脈等がなくても,福祉的支援を一部でも得られるようになった。
 併せて,当会からの働きかけも契機として,県内の裁判所では,勾留質問に際して,障がいの有無を確認し,その結果を国選弁護人に通知する取り組みが広がりつつある。
3 さらなる福祉的支援を促進することの必要性及びそれに伴う制度の整備並びに差別解消のための取り組みの必要性
(1) しかしながら,捜査あるいは公判段階における福祉的支援のための制度,ないし個々の会員の活動は未だ十分であるとは言えない。
 刑事手続において被疑者・被告人への福祉的支援を実現するためには,弁護人が障がいの特性に精通し,福祉制度に精通した福祉の専門家との連携を図ることが必要である。そのためには,弁護人が主体的に活動してこそ,罪に問われた障がい者の福祉的支援を実現することができ,その個人の尊厳の回復を図ることができることを,私たちは改めて自覚する必要がある。
(2) 2021年(令和3年)においては,前記地域生活定着支援センターの業務が拡大され,捜査又は公判段階から,障がい者を含む罪に問われた福祉的支援の必要な人の福祉的支援に向けた取り組みがはじまった。
 しかしながら,公が主導する支援にも限界があり,本来支援対象とされるべき被疑者・被告人が適切に選別されない,あるいは,被疑者・被告人の意思を十分に尊重せず,意に反した支援が進んでいく可能性を否定できない。何より,現段階での制度では,「不起訴相当事件および起訴されたとして執行猶予がほぼ確実に予測される事件」のみが,その支援対象となる危険があり,弁護人により積極的な活動がなければ,救われるべき被疑者・被告人の福祉的支援が置き去りにされてしまう。そのため,罪に問われた障がい者に対する支援を充実化し,個人の尊厳の回復につなげるためには,公が主導する支援だけでは不十分であり,被疑者・被告人に接する弁護人こそが主体的に取り組む必要がある。
 一方,当会と北九州市及び福岡市の障がい者基幹相談支援センターとの連携事業の利用件数が,統計上想定される件数から考えて低調であることから明らかなように,個別の弁護人の意欲に依存するだけでは罪に問われた障がい者に対する支援を広く充実させることは困難である。
 そこで,当会は,個々の弁護人が福祉と連携し,罪に問われた障がい者のための福祉的支援を実現できるよう,個々の弁護人の活動を促進しなければならない。
(3) また,個々の弁護人が,罪に問われた障がい者の障がいに気づかなければ,刑事手続を通した福祉的支援を実現することもできない。そして,弁護人に福祉についての正しい知見がなければ,罪に問われた障がい者のために適切な福祉的支援を図ることは困難である。
 そのためには,私たちが,障がいや福祉について,さらに研鑽しなければならず,当会としても,その研鑽の機会を設けなければならない。
(4) また,弁護人が罪に問われた障がい者の個人の尊厳を回復させるためには,その障がい者の特性に合った,適切な福祉的支援を実現する必要がある。
 そのためには,より多様な福祉の支援を得る機会を保障する必要があることに鑑み,当会が,より多くの福祉との協力関係をより一層強化しなければならない。
(5) さらに,先に述べた通り,障がい者が罪に問われた事件の中には,その差別を受けた経験から,自ら社会との関りを閉ざしたことが原因となったものもあった。前記下関駅放火事件で罪に問われた障がい者のように,社会に受け入れられることを諦め,刑務所に行くために,罪を犯した事件もあった。このような,いわば負の連鎖を断ち切るためにも,より根源的な問題として障がい者に対する差別を解消する必要がある。
 そして,障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律が制定され,施行された今日においても,罪に問われた障がい者が直面する現実においては,障がい者に対する差別が解消されたというには未だ道半ばである。障がい者が,差別されず,社会から受け入れられていれば,その犯罪に至らなかった可能性があることにも鑑み,障がい者の差別の解消に取り組む必要がある。
4 そこで,罪に問われた障がい者の個人の尊厳を回復するために,弁護人が主体  的に福祉と連携することを当会が促進することのほか,当会が前記事項に取り組むことを決意し,ここに宣言するものである。
                                             

以上

2016年5月25日

男女平等及び性の多様性の尊重を実現する宣言

私たちの住む社会は、さまざまな個性をもつ人々で構成されています。どの人もみな、個人として尊重され、自らの個性と能力を十分に発揮する機会が確保されなければならないことは、いうまでもありません。性別という枠を超えた人権尊重の必要性も指摘されはじめている現在、性の多様性を受け入れ、それぞれの個性を生かし活躍する社会という観点は非常に重要です。

かかる観点から、福岡県弁護士会は、真の男女平等の実現とともに、性別を問わず、全ての人々が、自分らしく、個性と能力を十分に発揮できる社会をめざして、みずからが総合的かつ統一的な取り組みを行うことが必要だと考えました。当会がこうした取り組みを行うことで、会内で会員が活動しやすい環境が整備されるだけでなく、社会における多様な人々の司法アクセスの確保や法的ニーズに応えることにもなり、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士・弁護士会の使命を果たすことにもつながります。

そこで、当会は、性の多様性を受け入れ尊重する「開かれた弁護士会」となるべく、下記の活動指針を実現していくことを宣言します。

  1. 男女平等及び性の多様性の尊重を実現するための「基本計画」を整備する。
  2. 弁護士のワーク・ライフ・バランスを推進するため、家事・育児・介護等の負担を担う会員も活動しやすいよう支援する施策を整備する。
  3. セクシュアル・ハラスメント及び性別による差別的な取扱いを防止するため、既存の制度の充実を図る。
  4. 男女平等の実現及び性的マイノリティの権利擁護に関し、会員の理解を深めるための施策を進め、研修・啓発活動をよりいっそう充実させる。

2016年(平成28年)5月25日
福 岡 県 弁 護 士 会

宣 言 の 理 由

1 福岡県弁護士会でのこれまでの取り組み

当会においては、性別による差別的取扱い等の防止に関する規則の制定、産前産後期間における会費等免除制度の創設、育児期間中における会費等免除制度の創設、研修時間等の配慮、女性弁護士社外役員候補者名簿の作成・提供など、さまざまな男女平等実現のための施策がとられてきたところである。

2 政府・社会の動向

2015年(平成27年)の我が国のジェンダー・ギャップ指数(GGI)は依然として145か国中101位と、男女間の格差が先進国の中で最低水準である。かかる状況を受けて、「社会のあらゆる分野において、2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも30%程度となるよう期待する」との政府目標が掲げられ、2015年(平成27年)には国会で「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)」が成立するなどしている。また、性的マイノリティの権利擁護に関する議論も活発化しており、議員連盟の発足や、文部科学省から各地方自治体等への通知がなされるなど、社会の意識と実情に急速な進展も見られる。

3 福岡県弁護士会としての今後の課題と目標

当会では、2016年(平成28年)4月1日時点での会内女性割合が約17.8%(会員数1198名 女性会員212名)であるなかで、2016(平成28)年度の役職者に占める女性会員の数と割合は、執行部(会長・副会長及び事務局長)は過去最高の2名(25%)、常議員6名(20%)であるものの、この数や割合が安定的に維持できる状況にはなく、委員長は7名(11%)と依然として低いままであり、会務活動におけるさらなる男女平等の実現が期待される。そのためには、家事・育児等を担う会員の会務活動への参加に障壁となっている事由の調査や分析などが不可欠であり、その上で、障壁事由を取り除くための施策を整備することが必要である。

男女平等の観点からは、会員の出産・育児・介護等に伴う労働時間の制約や収入の格差、女性修習生の就職難など、問題を指摘する声があるものの、その実態の把握が出来ていないため、原因の分析と問題解消のための取り組みが急がれる。と同時に、男女問わず弁護士として実力を発揮しながら自らの人生を充実させていくために、弁護士のワーク・ライフ・バランスを推進することも重要である。弁護士にワーク・ライフ・バランスの考え方が浸透することは、社会における家庭責任の適切な分担や、仕事と家庭責任との両立の促進にもつながるものである。

また、当会では、2009年(平成21年)に「セクシュアル・ハラスメントの防止に関する規則」を施行し、セクシュアル・ハラスメントや性別による差別的取扱の防止に向けて取り組んできた。このような当会が既に設置している制度についても、相談件数が僅かに留まるなど、未だ十分に活用されていない可能性がある。そのため、会員が利用しやすく、実効的な制度になるべく、制度内容の充実を図る必要もある。

加えて、2015年(平成27年)、当会(両性の平等に関する委員会内)に性的マイノリティに関するLGBT小委員会が発足した。LGBTは性の多様性の一部であって、「人権」の問題であり、人権擁護を使命とする弁護士・弁護士会が率先して取り組むべき問題である。しかし、弁護士会内における同問題に関する周知は未だに不十分と言わざるをえない状況であり、LGBTが戸籍や婚姻に留まらず、日常生活全般に関わる問題であることの理解を深めるために、当会において様々な研修や啓発活動が必要である。

そこで、当会において、男女平等及び性の多様性の尊重を実現するための「基本計画」を整備し、総合的かつ統一的な取り組みをさらに進めると共に、様々な施策の整備や制度の充実を図るべきであると考え、本宣言案を提案する。

2012年5月23日

福岡県弁護士会 環境宣言


福岡県弁護士会 環境宣言


第1 基本理念
人類は,限りある資源を大量に使用し,大量生産・大量消費・大量廃棄の社会システムによって,自然環境を破壊してきました。しかし,かかる反省に基づき,資源を使い果たすのではなく、現代の世代が将来の世代の利益や要求を充足する能力を損なわない範囲内で環境を利用し要求を満たしていく社会(持続可能な社会)へと方向転換をしつつあります。
現在,かけがえのない地球環境を保全し,持続可能な社会を形成しようとする市民の意識は強まり,今まさに,温室効果ガス排出量削減など環境保全活動が世界的な流れとして定着しつつあります。そのような世界的な変革がなされつつある最中に,2011年3月11日,福島第一原子力発電所事故が発生し,環境影響の低い持続可能社会を構築する重要性がより一層明らかになりました。
福岡県弁護士会では,公害問題・環境問題は人権問題であるとの視点から,これまで悲惨な公害の根絶や自然環境の保全・再生に向けて,国や自治体に対して様々な提言を行うとともに,シンポジウムの開催などを通じて市民の皆様にも環境保全の重要性を訴えて参りました。
当会は,地球環境の保全が人類共通の最重要課題の一つであることを認識し,今後も,環境負荷の低減,環境保全のため,外部に対するこれらの活動を継続するとともに,当会会員の執務や,当会の会務,会館の運営等においても,環境保全の活動に取り組むべく,ここに以下の宣言をします。

第2 環境宣言
 1 弁護士会の活動や弁護士業務による環境影響を常に認識し,地球環境への負荷を可能な限り低減するために,以下の施策に取り組む努力をします。
(1) 省エネ活動の推進
(2) 省資源活動の推進
(3) 当会の会員及び職員各人の環境保全意識の向上
 2 環境問題に関する提言・啓発活動に取り組みます。


                         2012(平成24)年5月23日
                          福 岡 県 弁 護 士 会
                            会長  古 賀 和 孝

「自死」をなくすための行動宣言~自死を防ぐための「気づき」「つなぎ」「見守り」とは何かを考える~


「自死」をなくすための行動宣言
~自死を防ぐための「気づき」「つなぎ」「見守り」とは何かを考える~

第1 宣言の趣旨
わが国の年間自死者数は、1998年(平成10年)に急増し、1998年(平成10年)から14年連続して3万人を超え、その後も高い水準が続いている。
このような現状を変えるべく、当会は、自死をなくし、生きやすい社会づくりを目指して、私たち自身がその職責・使命を果たし自死問題を解決するために、次のとおり取り組む決意であることを宣言する。

1 自死について、さらに一層理解ある弁護士を増やすため、当会所属の会員を対象とした研修を充実させ、「ゲートキーパー」として機能する弁護士を養成すること。

2 こころと法律の問題の総合的な相談窓口を整備し、弁護士会の法律相談において医療福祉専門職(医師・臨床心理士・精神保健福祉士等)と一緒に相談する体制をつくり、アウトリーチ(訪問支援)としての法律相談を実施すること。

3 弁護士会と行政・医療機関・福祉機関・民間団体等とのネットワークを構築し連携を強化すること。

4 基本的人権の擁護を使命とする弁護士会としての立場から、積極的かつ責任ある政策の提案及び立法提言を行い、提案・提言にかかる政策と立法実現のために、当会を挙げて取り組むこと。


                         2012(平成24)年5月23日

                            福 岡 県 弁 護 士 会
                             会長  古 賀 和 孝 

                        


第2 宣言の理由
当会がこのような宣言をする理由は、次のとおりである。


1 自死の現状


 わが国の年間自死者数は、1998年(平成10年)に急増し、同年から14年連続して3万人を超え、2011年(平成23年)は警察庁の発表で30、651人(確定値)となっている。この中には、2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災に関連する自死者55人(同年6~12月)が含まれ、震災がなければ、また震災後の社会的支援があればもっと生きられたであろう人の命を思うと誠に痛ましいものがある。
福岡県の自死者数は、2011年(平成23年)は1、308人(確定値、前年比49人増)で全国8位、自死死亡率(10万人あたりの自死者数)は25.8人(確定値、前年比1.0人増)で全国16位と、自死者数、自死死亡率ともに全国の上位を占めている。全国の自殺者は、2009年(平成21年)に32、845人、2010年(平成22年)に31、690人、2011年(平成23年)に30、651人と減少傾向であるが、福岡県では、平成21年に1、310人、平成22年に1、259人、平成23年に1、308人と減少することはなく、深刻な状態を脱していない。
一人でも多くの自死を防ぎ、自死のない社会を作ることは、わが国の喫緊の課題であるといえるし、とりわけ自死者数等が多く、状況が改善していない福岡県においては、より積極的に解決に取り組まなければならないといえる。


 2 弁護士と自死問題との関わり


 自死問題の多くには、社会的要因が影響している。具体的には、失業や倒産、さらにはパワハラや長時間労働などの雇用・労働に関する要因や、多重債務や保証倒れなどの経済的な要因、親子や夫婦の不和や家族の死亡、子育て・介護の悩み、学校内でのいじめなどの家庭や学校などでの人間関係による要因など、様々な要因がある。
  弁護士は、普段の業務の中で、そのような社会的要因に関連する紛争や問題に関わっており、依頼者や相談者本人、あるいはその家族に、自死を企図する人がいることも少なくない。また、心中を図って刑事事件の被疑者・被告人となる人と関わることもあれば、犯罪被害者やその遺族など精神的ショックから自死のリスクが高まっている人と関わることも多い。
また、弁護士は法律問題や紛争の解決をその職責とすることから、自死のリスクのある人が抱える社会的要因や問題を解決し、それによって自死を回避することができるという役割も担っている。
その意味では、弁護士は専門家として自死問題に必然的に関わらなければならない立場にあり、また自死問題を解決する重要な役割を果たすことができる立場にもあるといえる。
そして、現実に、これまでも弁護士は、その業務の中で、社会的要因や問題を解決するなどして、自死防止のための努力をしてきた。


3 自死問題に対する弁護士会の取り組み


   2009年(平成21年)以降、日本弁護士連合会(日弁連)は、会内にチームを作って具体的に活動を開始した。また、中小零細事業者が保証人に迷惑をかけることを苦にして自殺したり生活破綻に追いやられた保証人が自殺するという事例が散見される等「個人保証」が自死の原因となっていることから、2012年(平成24年)1月20日、日弁連は、民法(債権関係)の改正作業において、個人保証の禁止や新たな保証人保護規定を設けるなど、保証制度を抜本的に改正することなどを含む「保証制度の抜本的改正を求める意見書」を採択して法務省に対し執行した。
当会では、多重債務問題・貧困問題対策等の従来の弁護士業務の中での自死問題への取り組みに加え、2010年(平成22年)に「自死問題対策関連委員会連絡会議」を発足させ、各種の取り組みを推進してきた。
具体的には、2010年(平成22年)度は、弁護士を対象として研修会(講師:弁護士、精神科医師)を複数回実施した。2011年(平成23年)度は、①福岡市と共催で、一般市民、医療福祉関係者、弁護士対象の自殺問題連続研修会を実施し、②自死リスクの高い人向けの法律相談窓口を設置し、③2012年(平成24年)3月には、福岡市主催の「こころと法律の相談会」の実施主体として精神科医師・臨床心理士・精神保健福祉士・司法書士と合同で一般市民からの相談を受ける試みを行った。さらに、④2011年(平成23年)12月発行の書籍『判例・実務からみた民法(債権法)改正への提案』(福岡県弁護士会編・民事法研究会)において、自殺の原因たる保証の問題点に着目して自然人保証の原則禁止を提言した。
そして、2012年(平成24年)度も、①昨年度に引き続いて「こころと法律の相談会」の実施や、②新たに自死遺族を対象とした法律相談の実施といった試みを行政と連携して進めているところである。
このように、当会には自死問題に対する具体的な取り組みを着実に行ってきたという実績があるが、本年4月に「自死問題対策委員会」を新たに設置し、さらに自死問題に対する取り組みを進めようと考えている。


4 取り組み①~研修の充実


  その取り組みの1つ目としては、会員に対する研修のさらなる充実である。
  上述したとおり、弁護士の業務において、依頼者や相談者、その家族には自死を企図する人やそのリスクの高い人が少なからず存在する。
しかしながら、全ての弁護士が相談者の自死の危険を示すサインやその対応方法を身につけているわけではない。
また、自死の背景には、これらの多岐にわたる社会問題が複合的に絡み合っていることが多いため、弁護士のみの力で自死を解決できるわけでは必ずしもなく、関係専門職(医療機関・福祉関連機関)、民間支援団体等につなぎ、あるいは協力していくことも必要であるが、問題に対する理解が必ずしも深くないために、法的な問題を解決するのみで、関係機関等に適切につなぎ、あるいは十分な協力を求めることができないことも考えられる。
そこで、自死についての理解を深め、普段の業務において自死の危険性の高い人の存在に「気づき」、医療・福祉・法律問題の解決へと「つなぎ」、安心して暮らせるよう「見守り」を行える専門家、すなわち「ゲートキーパー」の役割を担えるように、当会会員に対して研修を行っていく必要がある。
当会としてはこれまでも様々な研修を行ってきたが、今後はさらに様々な角度から充実した研修を行い、当会会員の「ゲートキーパー」としての機能を高めていく所存である。


5 取り組み②~積極的な法律相談の実施
  

 上述したとおり弁護士が自死のリスクの高い人が抱える社会的要因や問題を解決することにより、自死を回避することができることも少なくないが、そのような自死のリスクの高い人が、必ずしも弁護士のところまでつながらず、社会的要因や問題を解決できないまま自死を選んでしまっているという実情もあると考えられる。
   政府がまとめた「自殺総合対策大綱」においても、失業、倒産、多重債務などの社会的要因は自殺の危険を高める要因となるから相談・支援体制の整備・充実を図るとともに相談窓口等を周知するための取り組みを強化する必要があることが挙げられている。
   当会としても、これまでに、自死リスクの高い人向けの法律相談窓口を設置したり、福岡市主催の「こころと法律の相談会」の実施主体として精神科医師・臨床心理士・精神保健福祉士・司法書士と合同で一般市民からの相談を受けるなど、相談・支援体制の整備や充実を図ってきた。
   今後は、このような取り組みを継続・発展していくとともに、自死リスクの高い人への法律相談その他の相談をより周知し、さらには自ら弁護士へアクセスすることが困難な人へ弁護士が手をさしのべるため、弁護士から出向いていくアウトリーチ(訪問支援)の方策も行っていく所存である。


6 取り組み③~ネットワークの構築・連携の強化
 

  そして、上述したように自死の背景に社会問題が複合的に絡み合っていることが多いため、弁護士のみの力で自死を解決できるわけでは必ずしもなく、関係専門職(医療機関・福祉関連機関)、民間支援団体等につなぎ、あるいは協力していくことも必要である。
   したがって、自死をなくすための「気づき」「つなぎ」「見守り」を実施するには、単に相談会を一緒に開催するだけではなく、普段の弁護士業務においても、それらの関連団体につなぎ、協力を仰ぐために、関連団体とのネットワークを構築し、緊密に連携していく必要がある。
   上記「大綱」においても、包括的な取り組みを実施するためには、様々な分野の人々や組織が密接に連携する必要があること等が指摘されている。
当会としても、福岡県・福岡市・北九州市の自殺対策連絡協議会に参加する等すでにそのようなネットワークの構築や連携に踏み出しているが、今後はさらにそれを進め、一般市民との接点の多い行政を中心として、弁護士会と関係専門職(医療機関・福祉関連機関)、民間支援団体等も含めたネットワークが構築され、緊密な連携を強化していく所存である。


7 取り組み④~積極的な政策提案及び立法提言


また、弁護士会は、上述したように自死問題に関わることが多い専門家団体であり、かつ法律の専門家団体であるという立場から、自死問題について積極的な政策提案や立法提言も行っていく必要があると考えている。
3項で指摘したとおり、2011年(平成23年)12月発行の書籍において、自殺の原因たる保証の問題点に着目して自然人保証の原則禁止を提言したりしてきているが、今後も具体的な自死問題への取り組みに裏打ちされた政策提案や立法提言を積極的に行っていく所存である。


8 よって、当会は、上記のとおり宣言する。

                                         以上

2011年6月10日

「働く貧困」をなくすために~非正規労働者の働く権利を守るためのルールの確立を求める宣言~

1 1990年代後半からの10年間,わが国の国内総生産はほとんど増加せず,大企業が利益を蓄積する一方で,雇用者報酬は大きく減少した。いわゆるワーキングプア(「働く貧困」)層が最近5年間だけでも120万人増加し,雇用者総数の実に4人に1人が年収200万円以下の状況となっている。
これらは,1990年代後半からのいわゆる構造改革路線のもと,労働市場にも市場原理主義が強化されて雇用が流動化されたことで,正規雇用から非正規雇用への置き換えが進んだ結果,雇用者報酬は大きく減少したが,大企業の経常利益は大幅に増加するという結果となってあらわれたものである。
まともに働いても最低限度の生活すら維持できない「働く貧困」はあってはならないものである。とりわけ非正規労働者は,不安定雇用と低賃金という状況下におかれており,これらの状況を是正していくことは急務である。
2 これら「働く貧困」状況を打開していくためには,正規雇用が原則であることを確認するとともに,不安定雇用と低賃金の労働条件下におかれている非正規労働者の働く権利を確立し,まともに働けば最低基準以上の生活を維持できるだけの賃金と,安心して働き続けることのできる雇用の安定が求められる。
 具体的には以下のとおりの非正規労働者の働く権利を守るためのルールの確立が必要である。
① すでに2010年4月に国会に上程され,いまだに審議が進んでいない労働者派遣法改正案を,登録型派遣が許容されている政令指定26業務の見直し,製造業派遣の「常用型」派遣の乱用防止,派遣先の団体交渉応諾義務の確認など,より労働者保護に資するような修正を加えたうえ,速やかに成立させること。
②  有期労働契約に関しては、「正当事由」のない有期労働契約の締結を禁止する入口規制や,正規労働者との間の均等待遇原則を導入する等の適切な法的規制をすること。
③  生活保護基準以下の額に据え置かれ,「働く貧困」の大きな原因となっている最低賃金を,少なくとも時給1000円程度にまで引上げること。
④  実質的には労働者であると認められるにも関わらず,請負や委託等の契約類型のもと,「個人事業主」とされ,劣悪な労働条件下に置かれている人々に対する労働実態に応じた法的規制及び保護を行うこと。
3  もっとも,これらのルールを実現していくためには,雇用者総数の70%近くを抱える中小企業の経営の安定が不可欠である。したがって,過当競争にさらされている中小企業の経営の安定のため,中小企業に対する政策的な手当が必要であることが指摘されなければならない。
4 「働く貧困」解消の問題は,憲法25条に定める生存権の侵害をいかに解消するかという極めて憲法的かつ実践的な課題である。
とくに,現在,東日本大震災の影響で,全国各地で雇い止めが急増しており,権利が保障されていない非正規労働者は失業と貧困にあえぎ苦しんでいる。基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする当会は,これら「働く貧困」が蔓延する状況を看過することはできない。
当会は,国および地方自治体に対して,上記に掲げた,非正規労働者の権利を守るためのルールの確立を訴えるとともに,自らも,生存権の擁護と支援のための緊急対策本部を中心に,現に苦境の中にいる非正規労働者をはじめとする労働者のための相談活動や,これを担う会員に対する研修などを強化するなど,「働く貧困」をなくすため最大限の努力を行うことを宣言する。

以上

平成23年5月25日 福岡県弁護士会


宣言の理由

1 近年わが国は,経済成長が低迷を続けるなか,大企業は利益をあげているのに,労働者はますます貧しくなっている状況にある。
(1) 1997年から2007年までの10年間,主要7カ国(G7)中,わが国以外の6カ国がGDP(国内総生産)を30%~70%増加させているのに対し,わが国のGDPの伸び率はわずか1%にも達していない(名目GDP,総務省「国民経済計算」,OECD「Labour Force Statistics」。なお,実質GDPの伸び率も一桁の%にとどまっている。)。このような中,同じ10年間で,わが国大企業(資本金10億円以上,約5500社)の経常利益は15兆円から32兆円へと大幅に倍加し,内部留保の額は142兆円から229兆円という空前の規模に膨れあがっている(財務省「法人企業統計調査」)。ところが,一方で雇用者報酬では,他の6カ国が20%~70%増加しているのに対し,わが国だけが5.2%逆に減少しているのである(前記OECDデータ)。とりわけ,年収200万円以下のいわゆるワーキングプア層はこの5年間(2005年~2010年)だけでも120万人増加し,雇用労働者総数の実に4人にひとりが年収200万円以下(約1100万人,24.5%)の状況となっており(国税庁「民間給与実態調査結果」),わが国政府が2009年に初めて発表した,相対的貧困率は15.7%(2007年現在)と,OECD諸国の中でも最悪の部類に属している。
(2) これらの背景事情としては,1990年代後半からのいわゆる構造改革路線のもと,労働法制,とくに労働者派遣法が改正されるなど(1999年~2004年の一連の改正),総じて労働市場が流動化されたことが指摘されなければならない。その結果,正規労働者から非正規労働者への置き換えが進み,1996年から2011年までの15年間で,正規労働者は約400万人減少し(-10.6%),非正規労働者は約720万人増加(+71.9%)した(総務省「労働力調査」)。他方で,人件費を抑え,競争力を強化した大企業は経常利益を大幅に増加させるという相反する結果が生じているのである。
(3)  まともに働いても最低限度の生活すら維持できない「働く貧困」はあってはならない。派遣労働者,パートタイマー,期限付きの契約社員などといった非正規労働者の多くは,いつ解雇や雇止めをされるか分からない不安をかかえながら低賃金で働いている。現に,厚生労働省2007年賃金構造基本統計調査によると,非正規労働者の賃金水準は,正規労働者を大きく下回っており,平均現金給与月額で20万9800円と正規労働者の6割で,特別給与を考慮すると5割の水準にとどまることが報告されている。また,雇用契約でない業務委託や請負という契約形式の増加により,労働基準法などによる保護の対象外と扱われ,その結果,不安定かつ劣悪な条件下におかれた労働者が多数生み出された。
2 このように「働く貧困」が拡大する中,日弁連は,2006年人権擁護大会「貧困の連鎖を断ち切り,すべての人の尊厳に値する生存を実現することを求める決議」,2008年人権擁護大会「貧困の連鎖を断ち切り,すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」,2010年人権擁護大会「貧困の連鎖を断ち切り,すべての子どもの生きる権利,成長し発達する権利の実現を求める決議」,2009年第60回定期総会「人間らしい労働と生活を保障するセーフティネットの構築を目指す宣言」と相次いでこうした状況に警告を発してきた。当会も,2009年6月「すべての人が尊厳をもって生きる権利の実現をめざす宣言」,2010年9月「子どもの貧困をなくし,希望を持てる社会にすることを求めるアピール」を発し,また,2009年4月「生存権の擁護と支援のための緊急対策本部」を立ち上げて,この間,様々なとりくみを行ってきた。
しかしながら,こうした努力にもかかわらず,事態は一向に改善されていない。「働く貧困」の原因の一つと指摘される労働者派遣法の改正案についても,2010年4月に国会に上程されているが,いまだ継続審議のまま成立の目処も立っていない。
3 これら「働く貧困」状況を抜本的に打開していくためには,わが国における労働法制のあり方として,正規雇用が原則であることを確認し,非正規雇用に対する適切な法的規制が確立されなければならない。すなわち,不安定雇用と低賃金の労働条件下におかれている非正規労働者の権利を確立し,まともに働けば,最低基準以上の生活を維持できるだけの賃金と,安心して働き続けることのできる雇用の安定が求められるものである。
具体的には,以下のとおりの非正規労働者の権利を守るためのルールの確立が必要である。
①  労働者派遣法改正案の修正及び速やかな成立
労働者派遣法は1986年に制定されたが,上述したとおり,1990年代後半からの構造改革路線のもと,労働者派遣の許容範囲を広げる方向での改正が1999年~2004年にかけて行われた。その結果,労働市場において正規労働者から非正規労働者への切り替えが促進された。
 ところが,2008年秋のリーマンショック以後,いわゆる「派遣切り」が多発して,多くの派遣労働者が雇用と住居を失い社会問題化したことは記憶に新しいところである。
 このような状況を受けて,日弁連は,2008年12月に「労働者派遣法の抜本改正を求める意見書」を公表し,派遣対象業務の限定,登録型派遣の禁止,日雇い派遣の禁止等の8項目を求めた。その後,2009年3月に,日弁連の要求項目の多くを取り上げた野党3党(民主・社民・国民新)の改正案が国会に提出されたが衆院解散により廃案になり,政権交代後に再度法案が議論され,2010年3月に現改正案が閣議決定され,同年4月に国会に上程された。
現改正案は,登録型派遣,日雇い派遣,製造業派遣の原則禁止や,違法派遣についての直接雇用みなし規定の創設等を盛り込んでおり,非正規労働者の現状を改善するための一定の効果が期待されるが,現在に至るも継続審議のまま成立の目処すら立っていない状況にある。そのため,派遣労働者のおかれた状況は変わらず,依然として様々な違法派遣が後を絶たず,日雇い派遣等も規制されないままとなっている。したがって,一刻も早い改正派遣法の成立が求められる。
 もっとも,上記改正案にも,必ずしも専門職とは言いがたい職種も含む政令指定26業種について依然として登録型派遣を認めていること,本来全面禁止されるべき製造業派遣につき「常用型」は許容しており濫用の危険があること,派遣先の団体交渉応諾義務が定められていないことなどの不十分な点がある。
したがって,国会での充実した審理を通じてこれらを修正したうえで,よりよい派遣法改正が実現されるべきである。
 ② 有期労働契約に対する規制立法
2010年9月,厚生労働省の有期労働契約研究会が報告書を発表した。
報告書は,有期雇用の現状を「雇用の不安定さ,待遇の低さ等に不安,不満を有し,これらの点について正社員との格差が顕著な有期労働者らの課題に対して政策的に対応することが,今,求められている」として,「いかにして有期労働契約の不合理・不適正な利用を防止するかとの視点が重要」と強調している。
報告書は,有期労働契約締結にあたっての入口規制(有期労働契約締結のためには正当事由が必要とすること)に消極であるなど,必ずしも十分ではない側面もあるが,更新回数や利用可能期間の限定,正規労働者と非正規労働者の間の均等待遇原則の導入等を謳っている。性急な更新回数の限定等は,非正規労働者の雇い止めを促進するなど,弊害も予想されることから,十分な検討が必要であるが,ヨーロッパでは当たり前となっている入口規制を中心に,早急かつ実効的な法整備が求められるものである。
③ 最低賃金の引き上げ
最低賃金は,労働者の生計費等を考慮して定めなければならないとされている(最低賃金法3条)。しかし,従来の日本型雇用のもとで,世帯に正規労働者が存在し,その収入が家計を支えるとみられていたため,最低賃金の算定も家計補助的パートタイム労働者の低賃金をもとに計算されていた。しかし,上述のとおり正規雇用から非正規雇用への置き換えがすすんだ現在においては,非正規雇用の収入のみで家計を支える世帯が増大している。このような前提のもとで最低賃金額が見直されなければならない。
 この点,2010年10月~11月にかけて各都道府県の最低賃金が改定され,全国で一定額が引き上げられたものの,その水準は全国平均で時給730円(福岡県は692円)と未だ低い数字に据え置かれている。
 最低賃金法9条3項は,考慮事項として「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう,生活保護にかかる施策との整合性に配慮する」ことを挙げているところ,生活保護基準ですら(福岡市一等地,18歳単身世帯),時給に換算すれば1070円である(毎月勤労統計調査による所定内実労働時間の実態をふまえた月150時間労働を前提。なお,厚労省の採用する月173.8時間労働を前提としても,時給換算923.5円となる)。
フルタイムで働いてもワーキングプアから脱却できないような最低賃金は早急に改められるべきであって,最低でも時給1000円程度にまで引き上げられなければならないものである。
 現に欧米諸国の最低賃金は購買力平価で換算しても軒並み時給1000円を優に超えており,わが国においても実現できないことはない課題であるし,この要求は,連合をはじめ,わが国の多くの労働団体も求め続けている課題である。
 ④ 「個人事業主」の形態をとる実質労働者の労働条件の改善
建設請負労働者や出版請負等各種フリーランス,委託を受けて配送等を行う配送業者など,実質的にみて労働者でありながら,契約形式は委託契約等のまま劣悪な労働条件で働かされている「個人事業主」が数多く存在する。こうした実質労働者については,その法的性格に見合った労働行政の適正な指導とあわせ,法律レベルでの規制が求められるところである。
この点,つい先日最高裁が,大手住宅設備機器会社と業務委託契約を締結して修理補修に従事していた者について,「(業務委託契約を締結して業務に従事していた者らは会社の)指定する業務遂行方法に従い,その指揮監督の下に労務の提供を行っており,かつ,その業務について場所的にも時間的にも一定の拘束を受けていた」として,「労働組合法上の労働者に当たる」ものであると判示し,同人の加入した労働組合からの団交申し入れを拒否した会社の行為は不当労働行為を構成するという判断を示した(平成23年4月22日最高裁第三小法廷判決)。この判決を契機に,委託契約等を締結して「個人事業主」とされている労働者に対しても,その労働実態に応じて労働関係法規による保護がなされるような法整備へ向けた議論が開始されるべきである。
4 このような非正規労働者の権利の確立は,ヨーロッパでは当たり前となっており,韓国では一時期非正規雇用の割合が50%を超えるところまで進んだが,近年,非正規保護法が成立するなど,打開が図られているところである。我が国も遅れをとるべきではない。
もっとも,非正規雇用に対する法的規制を強化し,労働条件の改善を図る(例えば,最低賃金を全国一律に時給1000円程度にまで引き上げる)とした場合,利益を蓄えている大企業にとってはまだしも,体力のない中小企業にとっては現実的に対応することが困難であろう。実際,中小企業に対しても労働法制と同様に,市場原理主義が強化され(1999年 中小企業基本法改正),過当競争にさらされて中小企業が生き残りのために,正規労働者から非正規労働者への置き換えや低賃金化を進めざるを得なかったという側面も否定できない。
したがって,非正規労働者の働く権利を守るためのルールの確立と同時に,雇用者総数の70%近くを抱えるといわれる中小企業が,その従業員の労働条件の向上を図ることができるように,国や地方自治体において,中小企業の経営を安定させるための積極的な政策を展開することが求められることを忘れてはならない。
5 「働く貧困」の解消は単なる経済政策ではなく,その置かれた実態に鑑みた時,憲法25条の生存権侵害をいかに解消するかという極めて憲法的かつ実践的な人権課題である。
とくに,現在,東日本大震災の影響で,全国各地で雇い止めが急増しており,権利が十分に保障されていない非正規労働者は失業と貧困にあえぎ苦しんでいる。基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする当会は,これら「働く貧困」が蔓延する状況を看過することはできない。
 当会は,国および地方自治体に対して,上記に掲げた,非正規労働者の働く権利を守るためのルールの確立を訴えるとともに,自らも,2009年4月に立ち上げた,生存権の擁護と支援のための緊急対策本部の諸活動を強化し,現に苦境の中にいる非正規労働者をはじめとする労働者のための「雇用と生活問題ホットライン」等の相談活動や,会員向け労働事件研修をこれまで以上に実施するなどして,「働く貧困」をこの社会からなくすために,最大限の努力を行うことを決意し,冒頭のとおり宣言するものである。
以上

2010年5月27日

中小企業への積極的な法的支援を行う宣言

 福岡県弁護士会は、司法改革の真の目的が、社会の隅々まで法による紛争の予防や解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会、すなわち法化社会の実現にあるところ、企業数、雇用に占める割合、技術力等において、わが国の経済や雇用の主要な担い手である中小企業に対して、必要な法的情報やサービスの提供が行き渡り、わが国全体が等しく法化社会となることを目指し、福岡県弁護士会中小企業法律支援センターを中心として、中小企業への積極的な法的支援を実施すべく、以下のとおり宣言する。

1 諸団体等との協力関係の構築
 中小企業が、その抱える法的問題に関して容易に弁護士にアクセスし、弁護士による法的助言や支援、ひいては必要かつ有益な司法制度を的確に利用し、法律の擁護を十分に受けられる環境を整備するため、行政官庁及び自治体並びに中小企業諸団体等との間で適切な協力関係を構築する。また、福岡県弁護士会と関連する専門士業団体等との間のネットワークを有効に構築・増強し、そのネットワークが円滑に機能するための基盤の整備に努める。
2 研修制度・紹介制度の充実
 中小企業の法的問題に積極的に取り組む精通弁護士を養成するため、専門研修制度を充実させる。また、弁護士相互間のネットワークやサポートシステムを構築しつつ、中小企業が抱える法的問題に応じて適切な弁護士を紹介等できる態勢を作る。
3 広報・啓発及び継続的な調査・研究と提言
 中小企業が抱える法的問題について、中小企業から司法制度や弁護士へのアクセス障害を取り除き、弁護士が適切かつ効果的にその役割を果たすため、上記の取り組みや中小企業を巡る独占禁止法をはじめとする諸法令の徹底について広報や普及・啓発に努める。また、総合法律支援(2004(平成16)年,総合法律支援法)や権利保護保険の中小企業への拡大適用の可能性を探ることを含め、中小企業に対する法的支援制度のあり方について継続的な調査・研究を開始するとともに、その成果をふまえて日本弁護士連合会や法務省、経済産業省等の関係機関に対してその導入や改善を求める等、適時に、中小企業を支援する立法上・行政上の措置を求める提言等の活動を行う。

                2010(平成22)年5月25日
                 福岡県弁護士会定期総会

提 案 理 由

1 司法改革(法化社会の実現)と中小企業
 司法改革の真の目的は、社会の隅々まで法による紛争の予防や解決に必要な情報やサービスの提供が受けられる社会、すなわち「法化社会」の実現にある。その目的を達成するために、国民がプロフェッションたる弁護士と豊かなコミュニケーションを図る場が設けられること、弁護士が「国民の社会生活上の医師」として、国民にとって「頼もしい権利の護り手」であるとともに「信頼しうる正義の担い手」として、高い質の法的サービスを提供することが求められている。これは言うまでもなく、福岡県弁護士会(以下「当会」という。)が、日本弁護士連合会及び各地の弁護士会とともに掲げて取り組んできた「市民のための司法改革」に通じる。
 中小企業は、全国で420万社、福岡県内だけでも15万社以上ある。中小企業が我が国の企業全体に占める割合は90パーセント以上、雇用でも70パーセント以上であり、日本の経済は中小企業で支えられていると言っても過言ではない。「市民のための司法改革」が社会の隅々まで法による紛争の予防や解決に必要な情報やサービスの提供が受けられることを目指すものである以上、法律専門家である弁護士が、個人のみならず、中小企業を含む企業の諸活動全般において、相談・助言を含む適切な法的サービスを提供すること、企業の活動が公正な法的ルールに従って行われるよう助力すること、紛争の発生を未然に防止すること、紛争が発生した場合には、法的ルールの下で適正・迅速かつ実効的な解決・救済が図られることが必然の理である。

2 中小企業への法的援助の必要
 ところが、未だ中小企業の現場では、「弁護士の敷居の高さ」、「弁護士に相談するのは最後の最後」という感覚が払拭されていない実情がある。この点は、先に日本弁護士連合会が全国の中小企業を対象として行ったアンケート調査において、回答した中小企業のほぼ半数が弁護士利用経験がなく、その理由のほとんどが「特に弁護士に相談すべき事項がない」という理由であったこと、しかしながら、一方で80パーセントの中小企業が法的問題を抱えておりながら、相談相手がないか、もしくは相談する相手先としても多くは弁護士以外に相談しているという結果が出ていることにも表れている。
 実際、我々弁護士が日常の相談業務で接していると、中小企業の多くに未だ法的援助が行き渡っていない実情を実感する。取引契約書の不存在・不備、大企業や親企業などからの優越的地位を背景とした不利な取引条件の甘受、経営危機に遭遇しての専門的援助の欠如、事業承継に関しての不理解や法的援助の不足等々の事態が往々にして見られる。まして、昨今の深刻な世界的不況や国内市場の収縮傾向のもと、中小企業の経営は困難を窮めており、中小企業の疲弊がすなわち我が国経済の沈滞を招いているといっても過言ではない。
 もちろん、これまでの個々の弁護士の業務活動によって、中小企業を含む企業活動に弁護士が関与する意義の認知度が向上してきた経緯はある。
 しかし、弁護士の中小企業への関与は、個々の弁護士による個別の中小企業へのアクセスに委ねるだけでは不十分であり、弁護士会が組織的・積極的に中小企業にアクセスし、弁護士側の中小企業問題に関する精通度を高めつつ必要とする企業に適切な弁護士を紹介できるシステムを構築すること、そのための基盤を整備すること、そして中小企業から司法制度や弁護士に対するアクセス障害を取り除くことが重要である。
 我が国の企業全体に占める割合が90パーセント以上、雇用でも70パーセント以上を占める中小企業の経営安定に寄与することは、新たな産業の創出に与し、就業の機会を増大させ、市場における公正な競争を促進し、地域経済の活性化を促進することとなる。また、下請法はじめ独占禁止法その他中小企業関連法規の徹底が促進されることにもなる。中小企業支援は、市民の立場に立つ法曹たる弁護士の社会的使命ともいうべきである。
 中小企業支援に関して、弁護士が果たすべき役割については、日本弁護士連合会が経済産業省中小企業庁と発表した「中小企業の法的課題解決支援のための中小企業庁と日本弁護士連合会の連携について」(2007(平成19)年2月)、「中小企業の法的課題解決支援のための経済産業省中小企業庁と日本弁護士連合会の連携強化について」(2010(平成22)年3月18日)の各共同コミュニケにも指摘されているところである。

3 中小企業からのアクセス障害の克服のために
 当会は、「市民とともに」を合言葉に、県内20か所という全国の弁護士会の中でも有数の法律相談センターを開設し、市民の司法へのアクセス障害を解消するべく努力を続けてきた。1991(平成3)年には、隣接専門士業団体との間で福岡専門職団体連絡協議会を設立し、以降、相互理解に努め、相互に専門職を紹介する制度を備え、また共同研究会、定例の共同相談会など着実な協力関係を構築して地域社会に貢献する努力を重ねてきた。
 さらに、当会は、日本弁護士連合会と共催で、中小企業向けシンポジウム・セミナー、無料法律相談会を開催するほか、当会独自に、中小企業支援機関・団体(九州経済産業局、各地の商工会議所、福岡県商工会連合会、中小企業基盤整備機構九州支部、中小企業診断協会福岡県支部、福岡県中小企業再生支援協議会等々)と意見交換会、勉強会を開催するなど、地道に活動してきた。
 そのような活動の中で、中小企業のあらゆる場面において弁護士が担うべき役割について、未だ十分な理解が得られておらず、弁護士が「身近な相談相手」として意識されていない現実にも直面した。とりわけ、県下の中小企業が今次の深刻な経済不況下、ひどく疲弊して呻吟しているなか、当会としては、中小企業からの支援の要請に応えるべく、さらなる取り組みの強化に努めることが必要であることを痛感するに至った。
 そこで、当会は、中小企業支援を積極的に推進する組織として、本年4月1日、当会に「中小企業法律支援センター」を設置した次第である。

4 積極的な支援活動への取り組みの決意
 当会は、今後「中小企業法律支援センター」を中心として、中小企業に対して次のとおりの法的支援活動に精力的に取り組む決意である。
(1)関係諸団体等との協力関係の構築
 中小企業が、その抱える法的問題に関して容易に弁護士にアクセスし、弁護士による法的助言や支援、ひいては必要かつ有益な司法制度を的確に利用し、法律の擁護を十分に受けられる環境を整備するため、これまでにも増して、行政官庁及び自治体並びに中小企業諸団体等との間で適切な協力関係を構築する努力を払う。
 また、1991(平成3)年に福岡専門職団体連絡協議会を設立して以降、当会が進めてきた隣接専門士業団体との協力関係を、今後は、中小企業支援の観点から、さらに有効なネットワークとして構築・増強し、そのネットワークが円滑に機能するための基盤の整備に努めることとする。
(2)研修制度・紹介制度の充実
 中小企業の法的問題が広汎で専門的であることに鑑み、中小企業の法律問題に積極的に取り組む精通弁護士を養成することを目指すこととして、そのための専門研修制度を充実させることとする。
 また、弁護士相互間のネットワークやサポートシステムを構築・活用して、中小企業が抱える法的問題に即応して適切な弁護士を紹介する等の態勢を作ることとする。
(3)広報・啓発等及び継続的な調査・研究と提言
 中小企業が抱える法的問題について、中小企業から司法制度や弁護士へのアクセス障害を取り除き、弁護士が適切かつ効果的にその役割を果たすためには、独占禁止法関係法規その他中小企業関係法制に関して中小企業やこれに関連する企業・団体等に周知することが重要であることにかんがみ、これらの広報や普及・啓発に努めるものとする。
 また、総合法律支援(2004(平成16)年,総合法律支援法)や権利保護保険の中小企業への拡大適用の可能性を探ることを含め、中小企業に対する法的支援制度のあり方について継続的な調査・研究を開始するとともに、その成果をふまえて日本弁護士連合会や法務省、経済産業省等の関係機関に対してその導入や改善を提言する等、適時に、中小企業を支援する立法上・行政上の措置を求める提言等の活動を行うこととする。

5 よって、上記のとおり宣言する次第である。

2009年6月 2日

すべての人が尊厳をもって生きる権利の実現をめざす宣言

すべての人が尊厳をもって生きる権利の実現をめざす宣言

1 県下において深刻化する貧困と社会不安の増大
現在,我国においては,解雇が急増して雇用不安が深刻化するとともに,非正規雇用労働者・母子・高齢者・障害者家庭等の貧困の拡大と生活の窮乏化が進行している。一方,これを補うべき社会保障分野のセーフティネットも崩壊状況にあり,極めて深刻な社会不安が広がっている。
この福岡県内においても事態はたいへんに深刻である。
生活保護行政については,行政による違法な窓口規制によって生活保護を利用できるはずの人が申請に行っても追い返されている実態があり,北九州市においては生活保護から排除された市民が餓死・孤独死するという事件も発生している。
派遣労働者,パートタイマー,アルバイトなどの非正規雇用労働者の多くは,まじめに働いても低賃金のため生活費をまかなうことができず,サラ金などから借金して多重債務者となり,或いは失職して住居を喪失する人も少なくない。福岡県内のホームレスの数も全国で最も増加している。
また,当会が本年3月9日に実施した「生活保護・派遣切り110番」においても,不当な生活保護行政と派遣切りによって多くの県民が苦しんでいる実態が明らかとなった。

2 憲法が保障するすべての人が人間らしく尊厳をもって生きる権利は危機的状況にある
憲法は,個人の尊厳原理に立脚し,幸福追求権について最大の尊重を求め(13条),法の下の平等を定め(14条),勤労の権利(27条)や教育を受ける権利(26条)を保障している。これらの規定によれば,憲法は,すべての人に,公正かつ良好な労働条件のもとで,人間らしく働き,生きる権利を保障している。
さらに憲法25条は,「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定め,「国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなれければならない」と定めている。
しかし,前述した貧困と生活窮乏の実態は,これら憲法が保障しているすべての人が人間らしく尊厳をもって生きる権利が危機的な状況にあることを示しており,これらの解決を図ることは,我国の社会において緊急の課題というべきである。

3 当会における緊急対策本部等の設置と取り組み
前述の情勢は,「基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とする」弁護士と弁護士会が,すべての人の人間としての尊厳をもって生きる権利を擁護し支援する活動を緊急に展開することを求めている。
当会は,今般,日本国憲法の原理と弁護士法上の使命に鑑み,弁護士・弁護士会として行うべき緊急の取り組みを具体化するため,この問題に関連する各委員会の協議をへて,「生存権の擁護と支援のための緊急対策本部」を立ち上げた。また,司法制度委員会の中に労働法制部会を設置して労働者派遣法の抜本改正等あるべき労働法制の調査研究を進め必要な提言を行うこととした。
緊急対策本部においては,生活保護受給を求める申請代理人の活動や違法な派遣切りや雇い止めの是正を求める労働局に対する申告代理人の活動,その他,生存権,労働権を擁護し支援するための各種法律相談活動を担当する支援当番弁護士等による法的緊急支援サービスに取組み,社会的セーフティ・ネットを再構築するために,当会としてできうる限りの活動を推進することをここに宣言する。

4 国・地方自治体及び市民に対する呼びかけ
すべての人の尊厳と生存権を確保するために,国と地方自治体が果たすべき役割と責任は大きいものがある。そこで当会は国・地方自治体に対し,以下の諸方策を実施するよう強く求めるとともに,併せて,広く市民に対して,日本国憲法の理念にたって,真に人の尊厳を基調とする社会に転換するためにともに手を取り合って努力することを呼びかけるものである。
(1) 国は,非正規雇用の増大に歯止めをかけワーキングプアを解消するために,労働法制と労働政策を抜本的に見直すこと。特に労働者派遣法制の抜本的改正を行うべきである。
(2) 国と都道府県は,全ての勤労者が人間らしく文化的な生活を営むことのできるように最低賃金を引き上げること。併せて失業者政策を抜本的に強化すること。
(3) 国及び地方自治体は,社会保障費の抑制方針を改め,また,ホームレスの人も含め社会的弱者が社会保険や生活保護の利用から排除されないように,社会保障制度の抜本的改善を図り,セーフティネットを強化すること。
(4) 国及び地方自治体は,中小企業対策を緊急に行い,中小企業における経営と雇用の維持に対する支援を強化すること。
(5) 国は,障害者自立支援法について,応益負担制度を廃止するとともに,障害程度区分制度を障害者の自己決定権に最大限配慮し障害者のニーズに応じて必要なサービスを受給できるような内容に改めることを柱として抜本的な改正を行うこと。
   
                      2009年(平成21年)5月25日 
                      福岡県弁護士会定期総会


              宣言の理由

第1 拡大し深刻化する貧困とセーフティネットの崩壊
1 貧困と格差の存在
従前から,我国には深刻な格差と貧困の問題が存在してきた。たとえば,貯蓄なしの世帯は,1990年代後半から急増し,2人以上世帯では約2割,単身世帯では約3割に達していた(金融広報中央委員会2007年家計の金融行動に関する世論調査)。国民健康保険の保険料滞納世帯も増加し,保険証を使えない「無保険者」も2007年(平成19年)には34万世帯となっている。また,生活保護利用世帯は112万世帯,生活保護利用者は156万人と(厚生労働省福祉行政報告例2008年4月分),10年間で46万世帯,61万人が増加している。貧困が拡大する中で,わが国の自殺者数は,1998年(平成10年)から10年連続で3万人を超え,2007年(平成19年)の約3万3000人のうち7300人が経済苦を理由としていることが明らかになっている(警察庁2008年6月発表)。
この福岡県内においても事態はたいへんに深刻である。生活保護行政については,行政による違法な窓口規制によって生活保護を利用できるはずの人が申請に行っても追い返されている実態がある。北九州市においては生活保護から排除された市民が餓死・孤独死するという事件も発生している。派遣労働者,パートタイマー,アルバイトなどの非正規雇用労働者は,まじめに働いても低賃金のため生活費をまかなうことができず,サラ金などから借金して多重債務者となっている人も多く存在している。2007年(平成19年)の厚生労働省の調査によると,福岡県内のホームレスの数は1117名にも及んでおり,全国で最も増加している。
また,当会が本年3月9日に実施した「生活保護・派遣切り110番」では,1日で68件の相談が寄せられ,不当な生活保護行政と派遣切りによって多くの県民が苦しんでいる実態が明らかとなった。
2 大量のワーキングプアを生み出した労働法制の規制緩和
 我国においては,もともと多くの女性労働者がパート労働者として不安定かつ低賃金労働に従事してきており,特に,母子家庭のワーキングプア問題は従来から深刻な問題であった。このような従来からのワーキングプア層に加え,1990年代後半以降「ネットカフェ難民」の出現などに象徴されるように新たにワーキングプアに落ち込む人々が急増した背景には相次いだ労働法制の規制緩和がある。
1999年(平成11年)「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」(以下「労働者派遣法」という。)が改正されて派遣対象業務が原則自由化され,さらに2003年(平成15年)改正により製造業務にまで拡大された。労働基準法についても従前1年とされていた有期雇用の契約期間の上限が1998年(平成10年)改正に続く2003年(平成15年)改正により原則上限が3年,特例上限が5年に緩和され,「有期雇用契約」による不安定雇用も増加した。
こうした法改正の結果,非正規労働者は,1890万人に及び全雇用労働者数に占める割合は,1992年(平成4年)の21.6%から今や35.5%と過去最高に達した。(総務省2007年就業構造基本調査)。非正規労働者の平均現金給与月額は20万9800円と正規労働者の6割で,特別給与を考慮すると5割の水準にとどまる(厚生労働省2007年賃金構造基本統計調査)。年収200万円以下で働く民間企業の労働者が,2006年(平成18年)には1000万人を超え1023万人にまで増加した(国税庁2006年分民間給与実態統計調査)。勤労世帯(就業中のほか,求職中の世帯を含む。)中,生活保護基準以下の生活を営んでいる貧困世帯の数及び割合は,1997年(平成9年)の458万世帯(12.8%)から2007年(平成19年)には675万世帯(19%)に増加している(総務省就業構造基本調査に基づく後藤道夫都留文科大学教授による分析)。
3,社会不安を顕在化させたセーフティネットの崩壊
 このような中,昨年のアメリカの金融危機に端を発した急激かつ深刻な世界同時不況の波が襲っている。これにより派遣労働者或いはパート・アルバイト等の非正規雇用労働者に対する派遣打ち切り,雇止,解雇等が急増して,雇用不安が一気に強まり,非正規雇用労働者,母子家庭,高齢者障害者等,いわゆる社会的弱者を中心に我国における貧困の問題が一挙に顕在化して,その深刻さの度合いを著しく強めている。
1990年代を通じて実施されてきた規制緩和を軸とした構造改革政策は,一方において日本型雇用の解体や非正規雇用を増大させることによって社会保障への需要を大きく増加させながら,他方において,社会保障そのものを大リストラの対象とし,雇用保険の給付削減,児童扶養手当の縮減等の給付削減や負担増,医療費の国庫負担の削減などによる社会保障費の系統的な抑制を進めてきた。その結果,「介護崩壊」「医療崩壊」等という言葉が飛び交うほどにわが国の社会生活上のセーフティネットは崩壊の危機に直面しており,社会保障の機能不全は極めて深刻な事態にある。
そうした中で失業等による勤労収入の低下が生活の崩壊に直結し,生存権が侵害されるという構造が作られているのである。

第2 憲法が保障する人間らしく働き生きる権利はいま危機的な状況にある
 憲法13条は,個人の尊厳原理に立脚し,幸福追求権について最大の尊重を求めている。また,憲法25条は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障し,この生存権の保障を基本理念として,憲法27条の勤労の権利及び28条の労働基本権は,勤労者に対して人間に値する生存を保障すべきものとする見地に立ち,勤労の権利及び勤労条件を保障し,経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として労働基本権を保障している。また,憲法14条は法の下の平等を定めているのであって,結局,憲法は,すべての人に,公正かつ良好な労働条件を享受しつつ人間らしく働き,かつ生活する権利を保障しているというべきである。
しかしながら,前述のとおり,雇用における規制緩和の過度の進展と社会保障制度の大幅な後退という事態が進み,更に,世界同時不況という状況の中で非正規雇用労働者を中心に雇用不安が極めて深刻な状況となっており,これに伴って正にその日の生活も,あるいは明日の命自体が脅かされるという現実が生じている。本来憲法が保障しているすべての人が人間らしく働き生きる権利は極めて危機的な状況に置かれており,ひいては人間の尊厳が脅かされる事態となっていると言わざるを得ない。この状況の解決を図ることは,我国の社会において緊急の課題である。

第3 生存権の擁護と支援のための緊急対策の促進とセーフティネット再構築のよびかけ
1、当会の取り組み
当会は,従前より生活保護問題対策委員会を設置して,生活保護問題を中心に取り組みを進めてきた。本年3月には,生活保護申請等に関して相談活動窓口を設け,当番弁護士の社会保障版との報道もなされた。しかし,前述のような状況に鑑みるとき,単に生活保護の局面のみにとどまらない,労働法制や社会保障制度などをも視野に入れた幅広い総合的な取り組みが是非とも不可欠であるとの認識に立って,この間,当会は,憲法委員会,生活保護問題対策委員会,消費者委員会,高齢者・障害者委員会,精神保健委員会,個別労働紛争問題PT,人権擁護委員会,多重債務者救済本部,両性の平等に関する委員会,子どもの権利委員会及び行政問題委員会など,これらの問題に関連する各委員会において協議を進めてきた。
そして今般,弁護士会及び弁護士として行うべき緊急の取り組みを具体化して今回の深刻な不況と国民生活の窮乏化に多面的かつ総合的に対処するために,当会会長を本部長とする「生存権の擁護と支援のための緊急対策本部」を立ち上げることとした。また司法制度委員会の中に労働法制部会を設置し,現在のワーキングプアを生み出してきた主要な法制度である労働者派遣法の抜本的改正を始め,あるべき労働法制を調査研究し必要な提言を行うこととした。
これらによって,今後,生活保護受給権などの権利行使の支援(申請代理人活動)や労働局に対して違法行為の是正を求める申告等の支援(申告代理人活動)など生存権や労働権を擁護し支援する活動に当たる支援当番弁護士による法的緊急支援サービスなどに取組み,また,これらの取組を通じて,社会的セーフティネットの再構築のため,そして貧困と格差の社会を人の尊厳と生存権がまもられる社会へと変えていくために,当会としてできうる限りの活動を推進することを決意した。
2,国・地方自治体及び市民に対する呼びかけ
 もとより,当会及び当会に所属する弁護士のみの力でこの重大な問題を解決するのに十分でないことは明らかである。
そこで当会は,当会としてできうる限りの活動を推進することは言うまでもないが,併せて,憲法上の重大な責務を有している国・地方自治体に対して雇用や社会保障制度などに関して本来行政に課された諸方策を直ちに実施することを強く求めたい。とりわけ,以下に挙げる緊急の課題については,速やかに必要な措置が講じられるべきである。
1)国は,正規雇用が原則であり,有期雇用を含む非正規雇用は合理的理由がある例外的場合に限定されるべきであるとの観点に立って,労働法制と労働政策を抜本的に見直すべきである。また,不安定雇用をもたらす主要な原因となっている労働者派遣法制の抜本的改正を行うべきである。
2)2007年(平成19年)最低賃金法改正により考慮事項として「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう,生活保護にかかる施策との整合性に配慮するものとする」(同法9条3項)とされた。それにもかかわらず,我国の最低賃金は,主要先進国中でも最低のレベルにあり,大幅な引上げがなければ現行水準のままでは労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができない。よって,国は,すべての人が人間らしい生活を営むことのできる水準に,最低賃金を大幅に引き上げるよう施策を講ずるべきである。また,国と都道府県は,失業者政策を抜本的に強化するべきである。
3)社会保障費の抑制を止め,社会保障制度の抜本的な改善を図るべきである。すなわち,ワーキングプアが増大する中で,本来,社会保障施策に注力すべきところ,現行の政策はそれに全く逆行し,憲法の保障する健康で文化的な生活の保障を脅かすものであるから,社会保障費の抑制を止めるべきである。また,ホームレスの人を含め社会的弱者が社会保険や生活保護の利用から排除されないように,社会保険制度の見直しや生活保護制度を利用しやすくすることなどを含め,抜本的なセーフティネットの強化を図るべきである。
4)今日の厳しい経済状況の中においては,単に労働者のみならず中小企業も当然に極めて厳しい経営環境に置かれていることはいうまでもない。したがって,国及び地方自治体は,中小企業への対策を緊急に行い,中小企業における経営とそこで働く労働者の雇用の維持に対して支援を強化することが強く求められる。
5)更には,障害者に対する社会保障政策も抜本的に改められるべきである。もとより,障害者が国家に対して福祉サービスを請求する権利は憲法によって保障された人権として位置づけられるべきものである。しかし,現行の障害者自立支援法は,障害者の福祉サービス需給に関する権利を侵害ないし不当に制限する危険性を有している。ついては,国は,障害者自立支援法について,応益負担制度を廃止するとともに,障害程度区分制度を障害者の自己決定権に最大限配慮し障害者のニーズに応じて必要なサービスを受給できるような内容に改めることを柱として抜本的な改正を行うべきである。

 そしてまた,当会は,このように行政に対して強く要請するとともに,広く市民に対して,真に人間の尊厳を基調とする社会に転換するために共同の努力を進めることを呼びかけるものである。
3、結語
以上の内容を福岡県弁護士会の総意として確認するために,本定期総会において「すべての人が尊厳をもって生きる権利の実現をめざす宣言」を採択し,ここに宣言するものである。
                              以上

2008年5月27日

より良い刑事裁判の実現を目指して

2009年(平成21年)5月21日には、裁判員裁判が開始され、被疑者国選制度が大幅に拡大されます。この大きな変わり目を間近に控え、当会は、誤判を防ぐ、より良い刑事裁判の実現をめざして5つの決意を宣言します。


1 刑事裁判の基本的なルールの普及に努めます。
 刑事裁判は、無実の市民を罰しないために、無罪の推定、証明責任の原則(検察官に犯罪事実の証明責任があること)、合理的な疑いを残さない程度の証明、証拠裁判主義など基本的なルールに基づいて行われます。刑事裁判の判断の基準は、証拠に基づき良識に照らして考えたとき、検察官の言い分が合理的な疑いを挟まない程度に信用できるか否かにつきるのです。
市民のみなさんが、裁判員として参加されることで、これらの基本的なルールに忠実なより良い裁判が実現することが期待されています。
そのため、当会は、刑事裁判の基本的なルールを市民のみなさんに広くご理解いただけるよう、その普及に努めます。


2 「人質司法」を解消するため勾留および保釈について運用や制度の改革を求めていきます。
 わが国では、志布志事件(鹿児島県議会議員公職選挙法違反事件)など否認を貫いた被告人は、保釈も認められず長期にわたる身体拘束を受けることが一般ですし、起訴事実を認めていても、第1回公判前の保釈は極めて困難な実情にあります。このような取扱は無罪推定の原則にも反するものです。
 このような「人質司法」は被疑者・被告人に虚偽の自白をさせる元凶で、冤罪、誤判を招く温床になっており、その改善は今後も極めて重要かつ緊急な課題です。
殊に、公判前に争点を整理してから集中した審理を行うという裁判員裁判を実施するにあたっては、誤判を防ぎ、充実した審理が行えるようにするために、被告人と弁護人が十分に打ち合わせをする機会をよりいっそう保障されることが必要となります。
そこで当会は、この「人質司法」を解消するために、勾留および保釈について運用や制度の改革を求めていきます。


3 違法不当な取調べをなくすため取調べの全面的な可視化(取調べの全過程の録画)を求める運動を実行します。
 現在、捜査機関の取調べは密室(取調室)で行われています。これまでの裁判では被告人の自白調書が重要な証拠にされていたため、捜査機関の長時間の身体拘束状態での取調べや、脅迫・利益誘導・暴力を用いた取調べが行われるなど違法・不当な取調べを助長する結果ともなっていました。そしてこのような取調べによって虚偽の自白による冤罪も数多く生じています。
 このような違法な取調べをなくすためには、取調べの全過程を録画するという「取調べの可視化」の実現が必要です。
 取調べ可視化によって違法な取調べを防ぎ、虚偽の自白を防止する制度を作ることは、自白の任意性や信用性をめぐって審理が長期化することを防ぎ、裁判員に過重な負担をかけることを防ぐことにもなり、裁判員裁判の実施にとっても不可欠となります。
 現在、検察庁などで行われている取調べの一部の録画では、録画時以外になされた違法な取調べを明らかにできないばかりか、捜査官に都合のよい部分のみが録画されるおそれがあり、かえって嘘の自白の信用性を高めてしまう結果となりかねません。
 当会は、取調べの全面的可視化実現に向けて精力的に取り組んでいきます。


4 裁判員裁判の課題を検討し、その適切な制度運用を求める活動に努めます。
 裁判員裁判は、市民の良識を刑事裁判に反映させるものであり、また公判中心主義の裁判(見て聞いて分かる裁判)を実現する重要な契機となります。このことから、誤判の防止に役立つ可能性をもっている制度ですが、裁判員の負担を減らすことを過度に強調するならば、本来必要な被告人・弁護人の立証活動までが制約され、かえって誤判を招く事態にもつながりかねない制度になってしまいます。
 現在、準備が進められている裁判員裁判には、弁護人の選任のあり方、公判前整理手続のあり方、裁判員選任のあり方、裁判員に対する説示のあり方、審理のあり方、評議のあり方、事後検証のあり方など、検討されなければならない基本的な課題があります。
 当会は、これらの課題を検討し、その課題を克服して裁判員裁判の適切な制度運用がなされるように求める活動に努めます。


5 制度改革に対応する弁護態勢を確立します。
 裁判員裁判では、公判前整理手続、連日開廷での集中した審理が予定され、弁護人には、短期間に集中的に充実した弁護活動をすることが求められています。その責任を全うするためには、一部の弁護士に負担が偏ることなく多くの弁護士が、この裁判員裁判の刑事弁護を担う必要があります。
 この裁判員裁判や被疑者国選弁護事件の拡大に対応するために、是非とも被疑者国選弁護登録者を拡大する必要があります。
 そこで、当会は、多くの弁護士が国選弁護登録をするように会員に働きかけをするとともに、現行の国選弁護制度が抱える課題の改善を、最高裁や法務省、政府に求めていきます。
 また、裁判員裁判を真に「刑事裁判に市民の健全な良識を反映させるための制度」にするためには、その手続内容が、市民にわかりやすいものでなければなりません。われわれ弁護士も、わかりやすい裁判を実現するための提言や弁護活動のあり方についての研究、研修、実践に励みます。


2008年(平成20年)5月22日

              福岡県弁護士会 会長 田邉 宜克

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