福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2003年8月 1日

司法修習生の給費制維持を求める声明

声明

福岡県弁護士会 会長  前田 豊

 平成15年(2003年)8月1日

 司法は、法の支配の理念に基づき、政治部門と並んで社会を支える重要な柱であり、この司法の運営に直接携わるプロフェッションである法曹に対しては、国民が個人の尊厳・基本的人権を享有する主体として自律的な社会生活関係を維持・形成し、発展させていくために必要な法的サービスを提供するという役割を果たしていくことが期待されている。制度を活かすものは人であり、そして21世紀における司法の役割の増大に応じて、その担い手である法曹(弁護士・検察官・裁判官)の果たすべき役割も、より多様で広くかつ重くなっていく。そのため、法曹の質と量を大幅に拡充する事が不可欠とされている。
 かくして、新たな法曹養成制度は、21世紀の司法を担うにふさわしい質を有した法曹を確保するため、従前の司法試験による選抜ではなく、法科大学院を中核とする法曹養成制度に改め、法科大学院での履修に続いて、新司法試験を経て実務修習を中心とする司法修習を実施することになった。その際、司法修習制度は、これまでの実務修習制度の有用性に鑑み,この新制度のもとにおいても引き続いて実施することとされたものである。

  ところで現在、従来から司法修習生に対して給与を支払っていた制度(給費制)を維持するかどうかが検討されている。
 しかし、上記のとおり、法曹養成制度は単なる職業人の養成ではなく、国民の権利擁護、法の支配の実現にかかわるプロフェッションたる法曹を養成するものであり、したがって、法曹の養成は、国及び社会にとって極めて公共性・公益性の高い重要事項である。
 そして、弁護士は、基本的人権の擁護と社会的正義実現の担い手であるのに加えて、各種公益活動、公的弁護、公設事務所、法律相談センターなど公益性の高い分野を担い、実行する人的資源であり、その公共性、公益性が高い点においては、裁判官あるいは検察官と全く同様である。
 従って、法曹養成とりわけ司法修習に対しては、可能な限り国費が投入されるべきであり、そうすることが国と社会に活力を与え、透明で公正なルールに従って適正かつ迅速に紛争解決をはかり、法の支配を貫徹することを可能\とするものである。

 司法修習生には、給費制の反面、修習専念義務が課されており、他の職業に就いて収入を得る方法を閉ざされている。従って、修習専念義務を課したまま給与を支給しないことは合理的均衡を欠き、また当然、司法修習生の生計の維持を困難とする。
 加えて、司法修習生になる前に2年ないし3年の法科大学院に在学することから,その間に多額の学資や生活資金が必要となる。この経済的負担はそれ自体極めて重大な問題であるが、その上司法修習生に対し給与を支給しないことは、負担を一層増大させるものであり、経済的打撃はさらに大きくなる。そして、この経済的負担の大きさゆえに、多くの有用な人材が法曹を目指すことを諦めることも懸念される。
 そこで、法科大学院における学生の経済的負担を軽減するべきことはもとより、司法修習生に対する給費制を維持して、修習に専念できる態勢を整備すべきである。
 これに対し、給費制に代えて貸与制を採用するとの意見があるが、多額の負債を抱えて新人法曹としての生活をスタートさせることは、その後の返済を考えると、到底好ましいものとは思われない。
 法曹には多種多様な人材が求められるものであるが,経済的負担の大きさから一定の富裕層のみからの偏った人材しか輩出されなくなるとすれば、それは極めて憂慮すべき事態を招来するものであり,司法制度改革審議会意見書の趣旨にも反することとなる。
 よって、司法修習生への給費制度は今後とも堅持されるよう強く求めるものである。

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司法修習生の給費制維持を求める声明

声明

福岡県弁護士会 会長  前田 豊

 平成15年(2003年)8月1日

 司法は、法の支配の理念に基づき、政治部門と並んで社会を支える重要な柱であり、この司法の運営に直接携わるプロフェッションである法曹に対しては、国民が個人の尊厳・基本的人権を享有する主体として自律的な社会生活関係を維持・形成し、発展させていくために必要な法的サービスを提供するという役割を果たしていくことが期待されている。制度を活かすものは人であり、そして21世紀における司法の役割の増大に応じて、その担い手である法曹(弁護士・検察官・裁判官)の果たすべき役割も、より多様で広くかつ重くなっていく。そのため、法曹の質と量を大幅に拡充する事が不可欠とされている。
 かくして、新たな法曹養成制度は、21世紀の司法を担うにふさわしい質を有した法曹を確保するため、従前の司法試験による選抜ではなく、法科大学院を中核とする法曹養成制度に改め、法科大学院での履修に続いて、新司法試験を経て実務修習を中心とする司法修習を実施することになった。その際、司法修習制度は、これまでの実務修習制度の有用性に鑑み,この新制度のもとにおいても引き続いて実施することとされたものである。

  ところで現在、従来から司法修習生に対して給与を支払っていた制度(給費制)を維持するかどうかが検討されている。
 しかし、上記のとおり、法曹養成制度は単なる職業人の養成ではなく、国民の権利擁護、法の支配の実現にかかわるプロフェッションたる法曹を養成するものであり、したがって、法曹の養成は、国及び社会にとって極めて公共性・公益性の高い重要事項である。
 そして、弁護士は、基本的人権の擁護と社会的正義実現の担い手であるのに加えて、各種公益活動、公的弁護、公設事務所、法律相談センターなど公益性の高い分野を担い、実行する人的資源であり、その公共性、公益性が高い点においては、裁判官あるいは検察官と全く同様である。
 従って、法曹養成とりわけ司法修習に対しては、可能な限り国費が投入されるべきであり、そうすることが国と社会に活力を与え、透明で公正なルールに従って適正かつ迅速に紛争解決をはかり、法の支配を貫徹することを可能\とするものである。

 司法修習生には、給費制の反面、修習専念義務が課されており、他の職業に就いて収入を得る方法を閉ざされている。従って、修習専念義務を課したまま給与を支給しないことは合理的均衡を欠き、また当然、司法修習生の生計の維持を困難とする。
 加えて、司法修習生になる前に2年ないし3年の法科大学院に在学することから,その間に多額の学資や生活資金が必要となる。この経済的負担はそれ自体極めて重大な問題であるが、その上司法修習生に対し給与を支給しないことは、負担を一層増大させるものであり、経済的打撃はさらに大きくなる。そして、この経済的負担の大きさゆえに、多くの有用な人材が法曹を目指すことを諦めることも懸念される。
 そこで、法科大学院における学生の経済的負担を軽減するべきことはもとより、司法修習生に対する給費制を維持して、修習に専念できる態勢を整備すべきである。
 これに対し、給費制に代えて貸与制を採用するとの意見があるが、多額の負債を抱えて新人法曹としての生活をスタートさせることは、その後の返済を考えると、到底好ましいものとは思われない。
 法曹には多種多様な人材が求められるものであるが,経済的負担の大きさから一定の富裕層のみからの偏った人材しか輩出されなくなるとすれば、それは極めて憂慮すべき事態を招来するものであり,司法制度改革審議会意見書の趣旨にも反することとなる。
 よって、司法修習生への給費制度は今後とも堅持されるよう強く求めるものである。

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2003年8月25日

住基ネットの稼働停止等を求める会長声明

声明

福岡県弁護士会 会長  前田 豊

 平成15年(2003年)8月25日 

1.本日、住民基本台帳ネットワークシステム、いわゆる住基ネットが本格稼働(第2次稼働)を始めた。
 当会は、2002年8月5日の第一次稼働以前より、住民の個人情報が漏洩する可能性があり、また行政機関による個人情報の恣意的収集、濫用の危険があるので、個人情報保護のための所要の措置が講じられるまでの間の住基ネットの稼働延期を要請してきた。\n 第一次稼働後、個人情報保護法及び行政機関等個人情報保護法が一応成立したものの、繰り返し指摘してきたように、個人情報の漏洩及び行政機関による個人情報の恣意的収集、濫用という危険性を払拭するものではなく、個人情報保護のためには不十分なものである。\n さらに、福岡県下の複数の自治体において、住基システムとインターネットを物理的に接続しており、その運用面での情報漏洩の危険性もある。地方自治情報センターが本年1月、2月、7月に実施した全国調査の結果も、市町村等の自治体における住基ネットのセキュリティが万全でない現実を示している。

2.また、住基ネットへの接続を拒否している自治体や住基ネットへの接続を住民個人の選択に委ねている自治体があり、相当数の住民の情報が住基ネット上に流通していない状態が続いているが、これによって住民基本台帳に関する事務が混乱したという事情は認められない。また、住基カードを独自に利用する条例をつくった自治体は、全国の市区町村3,207のうち45市区町村にとどまっている。これらは、この住基ネットの必要性に大きな疑問を投げかけるものである。
 他方で、本日からの本格稼働は、これまでの市町村−県(地方自治情報センター)−国の行政機関という縦の情報の流れに加え、市町村から市町村へという横の情報の流れを作るものであるが、市町村等における住基ネットのセキュリティが万全でない状態で稼働をこのまま進めることは危険である。しかも、相当数の住民情報が住基ネット上に流通していない状態で本格稼働を行えば、一部もしくは全部の住民の情報を流さない自治体と全住民の情報を流す自治体との間で大きな混乱を招くのではないかとの指摘もなされている。

3.更に、今回の本格稼働において、住基カードが発行されることになるが、この住基カードは膨大な量の個人情報の蓄積とこのカードによる個人情報へのアクセスを可能にし、個人情報の漏洩の危険性を格段に大きくするものである。ところが、国は、住基カードのセキュリティ対策の検討を本年5月25日に始めたばかりであり、現時点における住基カードのセキュリティー対策は不十\分なものといわざるを得ない。
 のみならず、この住基カードに多数の個人情報を載せ又はアクセスを可能にすることは、カードを媒体とした個人情報の集約を可能\にし、国民総背番号制の機能を与える危険性がある。\n このため、当会では,つとに福岡県内の各自治体に住基カードの発行を停止すること、もしも発行する場合にはそこに載せる個人情報を基本情報のみに限ることを要請してきた。

4.当会は、住基ネットの本格稼働が始められたことに遺憾の意を表すとともに、あらためて住民のプライバシー権・自己情報コントロール権を保障するための十\分に実効性のある措置が取られるまでの間、また少なくとも住基ネット管理の安全性が確認されるまでの間、住基ネットの稼働を一時停止するよう求めるものである。また、各自治体に対しては、住基カードへ載せる個人情報を住民基本情報のみに限るほか、住民の個人情報を保護するために可能な限りの措置を取るよう求めるものである。\n

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2003年8月26日

北九州市小倉北区の飲食店に対する暴力団関係者による殺人未遂・資料業務妨害事件に関する会長声明

声明

福岡県弁護士会 会長  前田 豊

平成15年(2003年)8月26日

 去る8月18日午後8時頃、北九州市小倉北区において飲食店に対し、暴力団関係者による爆発物を用いた殺人未遂、威力業務妨害事件が発生した。\n この事件は、北九州市内における民事介入暴力排除運動に携わる市民をターゲットにした悪質な犯罪行為であり、暴\力の力によって市民の生命・身体や営業に圧力をかけ、広く暴力、暴\力団に対する恐怖感を植え付けようとしいてる点で、「暴力による支配」を狙った市民社会に対する挑戦である。\n 今回の事件は、基本的人権と社会正義の実現を目的とする弁護士会としても到底看過することのできない重大な犯罪である。
 北九州地区においては、これまでも地道な暴力排除運動が積み重ねられてきたところであるが、今回の犯行によって、これまでの暴\力排除運動を些かも後退させてはならないと考える。
 当弁護士会としては、今回の卑劣な犯行を強く非難するとともに、広範な市民とともに、より大きな民事介入暴力排除の運動を積極的に推し進めていく決意である。\n

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2003年8月27日

「『弁護士報酬敗訴者負担の取扱い』に対する当会の意見

意見

司法制度改革推進本部 本部長小泉純一郎殿へ

 2003年8月27日   福岡県弁護士会 会長 前田 豊

 1. 一般的(両面的)敗訴者負担制度について
 (結論) 一般的(両面的)敗訴者負担制度の導入には反対である。
 (理由) 当会は本年2月12日、「弁護士報酬の一般的敗訴者負担制度を導入することには強く反対する」との決議をあげ、これを司法改革推進本部に提出していた。ところがこの問題の具体化を推進している司法改革推進本部司法アクセス検討会では、次のような意見によって具体化が推進されている傾向にある。例えば、
 ・ 「訴訟が起こしやすくなればなるほどいいかどうか。司法制度に過剰に期待するのは考え直したほうがいい。」
 ・ 「現在の裁判は概ね勝つべき者が勝っており、勝敗の見通しが立てにくいことはない。」
 ・ 「敗訴者負担制度導入の根拠は公平である。」
 ・ 「負担させる額は弁護士報酬の一部であるから萎縮効果は小さい」
 ・ 「弁護士報酬は訴訟に必要な費用であるから、他の訴訟費用と同様に当然に敗訴者負担としてよい。」
等々の意見である。
 しかし、これらの意見は、司法制度改革推進法、即ち、司法制度審議会の意見の趣旨に則って行われるべき制度改革作りの目的に反した方向の意見であると言わざるを得ない。当会はこの点にまず反対を表明するものである。\n 司法制度審議会意見書は「21世紀の我が国社会にあっては司法の役割の重要性が飛躍的に増大する。国民が容易に自らの権利・利益を確保実現できるよう、そして、事前規制の廃止・緩和等に伴って、弱い立場の人が不当な不利益を受けることのないよう、国民の間で起きる様々な紛争が公正かつ透明な法的ルールの下で適正かつ迅速に解決される仕組みが整備されなければならない」として、21世紀のあるべき司法制度の姿は「国民にとって、より利用しやすく分かりやすく、頼りがいのある司法とするため、国民の司法へのアクセスを拡充する」と明記しているのである。
 ところで、弁護士報酬を訴訟費用ないし訴訟費用と同等に敗訴者に負担させるかどうかは、正に司法制度全体のあり方と密接に関連する問題である。即ち、法律扶助制度が充実していること、証拠の偏在を訴訟において解消する証拠開示の問題、団体訴権が認められていること、権利保護保険が広く市民の間に一般的に普及していることが必要不可欠であり、これら司法アクセスを促進する諸制度が拡充ないし整備されないまま、一般的(両面的)敗訴者負担制度だけを導入するとすれば、市民の裁判利用は著しく阻害されることになる。
 現在、わが国では、弁護士報酬は訴訟当事者の各自負担となっている。即ち、昭和46年に民事訴訟費用等に関する法律が制定され、訴訟費用について列挙主義がとられるようになり、弁護士報酬はそこから除外された。これは、敗訴した場合に負担する金額があまりに過大になると訴訟に伴う費用負担のリスクが著しくなり、その結果、訴訟の利用を阻害することになることを懸念して除外されているのである。昭和51年発行の裁判所書記官研修所編「民事訴訟における訴訟費用の研究」7頁にはこのような説明がなされている。
 これまで司法アクセス検討会でも、行政訴訟、労働訴訟、公害・薬害等訴訟、不法行為訴訟、消費者と事業者間の訴訟等について大枠の議論がなされ、これらの訴訟については一般的(両面的)敗訴者負担制度を導入するのは適当でないとの方向性が出ているものの、力の格差のない市民間の訴訟や事業者間の訴訟には導入すべきであるとの意見も強い。力の格差のない市民間や事業者間といった一般的な範疇で導入するならば、訴訟手続の大部分に原則導入することになってしまう。しかし、改めて強調するが、弁護士報酬を一般的に敗訴者に負担させる両面的敗訴者負担制度は、力の格差のない市民間の訴訟であっても、敗訴の場合に相手方の弁護士報酬を負担することを考慮することになり、訴訟アクセスを容易にするものではなく、かえって市民の訴訟利用を遠ざけ、阻害する結果になるのである。その結果、両面的敗訴者負担は、新たな事件屋や違法な解決手段を生み出す危険がある。

 2. 片面的敗訴者負担制度の導入について
 (結論) 片面的敗訴者負担制度の導入について具体的に検討すべきである。
 (理由) 市民にとって有利に作用する片面的敗訴者負担制度は、市民が勝訴した場合には自分の弁護士報酬を相手方から回収することができ、敗訴した場合には相手方の弁護士報酬を負担しないというものである。このような片面的敗訴者負担制度は、司法アクセスの促進に資するものであり、両面的敗訴者負担制度とは全く別の機能を持つ制度であり、むしろ市民の裁判利用を促進するものである。\n 片面的敗訴者負担制度は、市民の訴訟利用の促進に資し、審議会意見等の趣旨に合致するものである。当会は、2月12日の決議でもこの点を明らかにしていたが、改めて行政事件や公害・環境に関する差し止め訴訟、消費者契約法10条の取引約款の無効を主張する訴訟、労働訴訟、独禁法24条の不正取引の侵害防止又は予防訴訟等、重要な公益に係る訴訟類型について、片面的敗訴者負担制度を導入し、市民の司法アクセスの促進を\n図るべきであると要求するものである。
 これまでのアクセス検討会では、片面的敗訴者負担制度について十分な検討がなされていない。当会は、訴訟結果が公共的利益をもたらす訴訟には片面的敗訴者負担制度を導入すべきことを求め、導入すべき訴訟について、早急に具体的検討がなされるよう求めるものである。\n

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犯罪被害者の刑事手続参加の是非に関する意見

意見

日本弁護士連合会 御中
同会犯罪被害者の刑事訴訟手続参加に関する協議会 御中

2003年8月27日   福岡県弁護士会 会長 前田 豊

意見の趣旨
 犯罪被害者(犯罪被害者の遺族を含む、以下同じ)が刑事訴訟手続に関与できるような制度は、基本的には認めるべきではない。

意見の理由

1 当会意見形成の経緯
  当会としての意見形成に先立ち、人権擁護委員会・刑事弁護等委員会・犯罪被害者支援に関する委員会(以下、「犯罪被害者支援委員会」という)の各委員会に対して意見を求めたところ、その回答内容は、次のとおり大きく相違するものであった。
 1: 人権擁護委員会・刑事弁護等委員会の意見
  犯罪被害者の刑事訴訟手続参加は、基本的には認めるべきではない。
 2: 犯罪被害者支援委員会の意見
  訴訟に混乱を与えない程度に限定された範囲内において、犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を肯定すべきであり、犯罪被害者に対し次の権利を認めるべきである。
  ア  犯罪被害者の在廷権
  イ  証拠開示、閲覧・謄写権
  ウ  証拠調べ請求権
  エ  証人尋問権
  オ  被告人質問権
  カ  意見陳述権 
 このため、上記各委員会の意見を踏まえて、常議員会において慎重に議論したうえで、当会としての意見を取り纏めたものである。

2 当会の基本的立場
 当会としては、以下に述べるとおり、刑事訴訟の基本構造・無罪推定の原則を厳格に貫徹する観点から、犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を認めるべきではなく、また、犯罪被害者支援の視点を考慮しても、犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を肯定するべき必然性はない、と考える。\n (1) 刑事訴訟の基本構造\n 犯罪被害者は事件の直接の関係者であるため、当該事件の刑事訴訟手続の内容や結果について強い関心を抱くことは当然である。
 しかしながら、刑罰権は国家が独占しており、その具体的実現を目的とする刑事訴訟手続は、刑罰権の存否及びその程度について裁判所が公権的に判断する手続である。この刑事訴訟の基本構造に照らせば、私人である犯罪被害者に刑事訴訟の当事者たる地位を付与することは、許されるべきではない。\n (2) 無罪推定の原則
 犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加することは、現行刑事訴訟手続の原則である無罪推定の原則にそぐわない。
 すなわち、現行の刑事訴訟法は起訴状一本主義等の予断排除の諸制度を擁して、無罪推定の原則を貫徹しているところ、犯罪被害者の刑事訴訟手続への当事者的な参加を認めるとすれば、公判開始時において既に「被害者」の存在を肯定することとなり、この事態は、無罪推定の原則を実質的に稀釈化する結果に繋がる虞がある。特に、裁判員制度の導入が目前となっている現状においては、その危惧を強く抱かざるを得ない。\n 刑事訴訟の現場では様々な形で公訴事実が争われるところ、被害の発生そのものが争われる場合、あるいは、被害が犯罪によるものか否かが争われる場合において、犯罪被害の存否自体が証拠によって証明されていない段階であるにもかかわらず、「犯罪被害者」の存在を肯定しこれに訴訟上の地位を認めることは、明らかに無罪推定の原則に反するものである。
 また、上記の如き争点がなく情状が争われているに過ぎない場合であっても、犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加することによって、私的制裁の色彩が強まることは否めない。
 近時、社会的に注目される事件に関して、刑事訴訟が始まる前からマスメディアによる報道によって被告人が「真犯人」に擬せられる傾向がある。犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を容認することは、このような傾向とあいまって、被告人の各種防御権を脆弱化させる結果となることを危惧するものである。
 (3) 犯罪被害者支援の視点
 犯罪被害者の刑事訴訟手続参加を容認する立場からは、その理由として、真相の究明、名誉回復、適正な刑罰、信頼できる刑事司法の確立等の事由が挙げられている。
 しかしながら、いずれの事由についても、犯罪被害者に対する適切な情報の提供と検察官に対する意見具申の権利を認めれば十\分に達成できるものである。容認論が掲げる事由があるからと言って、犯罪被害者が刑事訴訟手続に参加しなければならないという必然性はない。

3 個別的な権利の検討
 犯罪被害者支援委員会が犯罪被害者に認めるべきであるとする各種権利について、以下において個別的に検討するが、当会は、いずれの権利もこれを認めるべきではないと考える。
 (1)在廷権
 犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(以下、「犯罪被害者保護法」という)は、裁判所に対し、犯罪被害者に対する優先的傍聴の配慮義務を課しており(同法第2条)、したがって、現行制度においても、裁判所の裁量の余地を残してはいるものの、犯罪被害者は優先的に傍聴ができる制度となっている。
 犯罪被害者支援委員会のいう「在廷権」とは、犯罪被害者が傍聴人という立場で傍聴席に在席することではなく、犯罪被害者に刑事訴訟法上の特別の地位を付与したうえで、その故に犯罪被害者が法廷内に在席することができる権利をいうものとされている。
 在廷権容認論は、次項以下で検討する諸権利を犯罪被害者に認めることとした場合に、これらの権利を行使する前提として在廷権なる権利を認めようとするもののようであるが、当会は、次項以下に記載する諸権利の付与について否定的見解をとるので、在廷権なる権利も認めるべきでないと考える。
 (2)証拠開示、閲覧・謄写権
 現行制度においても、犯罪被害者には、一定の制限はあるものの進行中の訴訟記録の閲覧・閲覧謄写権が認められている(犯罪被害者保護法第3条)。
 これに対し、犯罪被害者支援委員会の立場は、検察官の手持ち証拠全部・弁護人手持ち証拠について、犯罪被害者の開示、閲覧・謄写権を認めようというものである。
 検察官手持ちの証拠の開示等を認めようとする根拠は、犯罪被害者が検察官に対して十分な意見を述べるためには、その前提として事件の全貌を知る必要があり、そのためには検察官手持ちの証拠の内容を知る必要があるというものである。しかしながら、刑事訴訟における証拠は、適正手続を経て初めて証拠採用されるものであり、証拠採用前の証拠は、裁判官の目にも触れてないものである。このように訴訟手続にも現れていない「証拠」を犯罪被害者に開示することは、刑事訴訟手続の根幹たる諸原則(証拠裁判主義、当事者主義、被告人の防禦権の保障)を揺るがすものであって、断固として容認できない。\n  また、弁護人手持ちの証拠の開示、閲覧・謄写権を認めることは、被告人の防禦権の保障の見地から、なおさら容認できない。
 (3)証拠調請求権
 現行刑事訴訟法が前提とする国家刑罰主義・当事者主義の下では、刑事訴訟における真実の解明は、検察官・弁護人の法廷活動によってなされるべきであり、犯罪被害者が証拠調べを望むときは、検察官に情報を提供するなど検察官を通して行うべきである。
 犯罪被害者の証拠調請求権に関する容認論者が指摘するように、犯罪被害者が重要と考える証拠を検察官が軽視する事態は起こり得るが、その場合であっても、犯罪被害者と検察官が協議することによって事態を解決するべきである。なぜならば、検察官とは別に犯罪被害者に証拠調請求権を認めるとなれば、被告人の防御対象が多岐にわたることとなるうえに、検察官立証と犯罪被害者立証とが齟齬する場合も想定され、被告人の防御権が侵害される虞れがあるからであり、また、審理が長期化したり、証拠調べの混乱などにより最悪の場合には真実解明が疎かになることすら想定されるからである。
 (4)証人尋問権、被告人質問権
 犯罪被害者に証人尋問権・被告人質問権を認めるべきであるとする見解は、犯罪被害者は事件の直接の関係者として事実を最もよく知っており、それらの者が尋問することによって、より真実が解明されるという考えに立っている。
 しかしながら、まず、犯罪被害者は事実を正しく認識している場合もあるが、逆に、事件に近すぎるが故に事実を正確に捉えたり伝えたりすることが困難な場合もある。後者のような場合、犯罪被害者が(あるいは、その意向を受けた代理人が)証人尋問・被告人質問をすることにより、かえって真実解明が遠のく虞れも懸念される。
 また、犯罪被害者本人(あるいは、その意思を代弁する代理人)による尋問と質問は、犯罪被害者の私怨を晴らす場として利用される危険性をはらんでおり、私的復讐を昇華した現行制度を根底から揺るがす虞れがある。国家刑罰主義・当事者主義とは、まさしくそのような懸念を払拭するために、客観的な目を持った検察官に立証活動を委ねるものである。
 (5)意見陳述権
 現行刑事訴訟法は、犯罪被害者等に対し被害に関する心情その他被告事件に関する意見陳述する機会を与えている(刑訴292条の2)。
  犯罪被害者支援委員会の見解は、現行の上記意見陳述とは別に、犯罪被害者に対し事実関係を含めた最終意見(最終弁論)の陳述を認めるようとするものであり、犯罪被害者に証人尋問等の権利を認めるのであれば、最終意見陳述権も認めるべきであるというものである。
 しかし、当会は、犯罪被害者に独自の立証活動を認める制度に反対であるから、これを前提とする意見陳述権についても容認できないところである。

4 結論
 以上に述べたとおり、当会は、犯罪被害者が刑事裁判手続に関与できるような制度は、刑事訴訟手続の基本的理念に反する虞れが強く、被告人の防御権を脆弱化させるとともに、私的制裁の色彩を帯びることによって刑事訴訟手続への信頼を失わせる虞れもあるから、これを認めるべきではない、と考える。
 犯罪被害者の権利保障という視点が軽視されてきたという指摘は十分に首肯できるものの、これに対する対策は、犯罪被害者の刑事訴訟手続への参加という形ではなくて、別の社会政策として取り組まれるべきである。\n  したがって、当会としては、犯罪被害者の刑事訴訟手続への参加に反対するとともに、犯罪被害者の救済に必要な制度を実現するために、別途の検討を行うことを求めるものである。

以上

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