福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2020年12月11日

発信者情報開示請求において請求者の住所地での裁判管轄を求める会長声明

声明

発信者情報開示請求において請求者の住所地での裁判管轄を求める会長声明

2020(令和2)年12月11日
福岡県弁護士会 会長 多川 一成


 現行法上、インターネット上で匿名の発信者により名誉権等の人格権を傷つけられた被害者及びその遺族などの関係者(以下「被害者等」という。)は、被害回復のため、プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)における発信者情報開示請求によって発信者を特定したうえで、改めて特定した相手に損害賠償請求をするなど、二段階、三段階の手続による必要がある。現行の制度には、被害者救済の上で様々な課題があり、このため、政府は、被害者等救済を促進するための法改正を検討する「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を発足させ、同会は、「最終とりまとめ(案)」を公表し、その中で現行制度の検討のほか、非訟手続による新たな制度の方向性を示した。
 ここで、同「最終とりまとめ(案)」では言及されていないものの、以下の理由から、現行制度を維持する場合でも、非訟手続を導入する場合でも、発信者情報開示のための手続において、同手続の請求を行う被害者等(以下「請求者」という。)の住所地に裁判管轄を認めるべきである。
 まず、現行制度下における発信者情報開示請求仮処分申立、同訴訟において、その管轄は、原則として被告の住所地となるところ(民事訴訟法3条の2第1項)、コンテンツプロバイダ(サイト運営者)、アクセスプロバイダ(インターネット接続業者)の多くが東京都に存在することから、東京地裁においてその多くが取り扱われるに至っている。また、海外事業者の場合で国内に営業所がない場合、東京都千代田区を管轄する東京地裁が管轄権を有することから(民事訴訟規則10条の2及び民事訴訟規則6条の2)、結局、現状では、仮処分、訴訟のほとんどが東京地方裁判所に申し立てられている。
 発信者情報開示仮処分・訴訟では、専門性が求められるため、請求者本人による対応は難しく、弁護士を依頼することが多いが、仮処分の場合、審尋(多くの場合2回)と供託手続のために、2、3往復分の交通費と日当の支出を余儀なくされる。請求者が地方在住者の場合、これらは、大きな負担となるため、請求を断念し泣き寝入りせざるを得ない場合も多い。
 ところが、「最終とりまとめ(案)」でも、発信者情報開示制度における地方在住の請求者の負担が一切考慮されていない。また、新たな裁判手続として非訟事件手続の創設も検討されているが、その手続でも、地方在住の請求者の負担が一切考慮されていない。これは実質的には、被害者等の裁判を受ける権利の実現を困難ならしめる結果となりかねない。
 従って、現行の発信者情報開示請求仮処分、同訴訟において、請求者の住所地においても裁判管轄を認めるべきであり、仮に新しい裁判手続を導入した場合でも、請求者の住所地に裁判管轄を認めるなど、被害者等の権利保護、司法アクセスの確保を徹底し、裁判を受ける権利を十分に尊重した制度設計を行うべきである。


以上

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2020年12月10日

法制審議会答申(諮問第103号)に反対し,改めて少年法適用年齢引下げに反対する会長声明

声明

1 はじめに                                
2020年(令和2年)10月29日,法制審議会少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会は,少年法の適用年齢を18歳未満とすることの是非等について調査審議の結論を取りまとめ,法務大臣に答申した(以下「答申」という。)。
しかし,答申は,次のとおり,多くの問題をもつものであるから,当会は,答申に反対する。


2 答申の概要
答申は,次のような骨子に従い,罪を犯した18歳及び19歳の者に対する処分に関する法整備を行うべきであるとする。
すなわち,18歳及び19歳の者について,犯罪の嫌疑のある事件は全て家庭裁判所に送致する。しかし,いわゆる原則逆送事件の範囲を,現行のもの(故意の犯罪行為によって被害者を死亡させた事件)から「死刑又は無期若しくは短期1年以上の刑に当たる罪の事件」まで拡大する。また,公判請求された18歳及び19歳の者については,推知報道の制限をしない。
なお,これらに加え,答申は,罪を犯した18歳及び19歳の者について,現行法上認められている資格制限の排除を明言していない。


3 答申に反対する理由                           
⑴ 18歳及び19歳の者を現行少年法の適用対象と明示するべきである
現行少年法は,有効に機能しており,少年の検挙人員は,2003年(平成15年)以降,絶対数のみならず,人口比でも減少を続けている。この傾向は,18歳及び19歳の少年についても同様であって,2003年(平成15年)から2018年(平成30年)の検挙人員でいえば,2万9190人から7287人にまで減少している。
現行法は,少年の健全育成を理念として掲げ,少年の資質や家庭環境に対する家庭裁判所調査官の調査や少年鑑別所での心身鑑別を通じて少年の問題点を明らかにし,個別の少年の抱える問題点に対応するための保護処分によって立ち直りを図っている。その運用についても,家庭裁判所,少年鑑別所,保護観察所,付添人など,少年を取り巻く関係者の不断の努力によって適切になされている。
先に述べた少年の検挙人員の減少は,まさにこれが有効に機能していることを示しているのであって,18歳及び19歳の者を現行少年法の適用対象に含めることを明示するべきである。
⑵ 原則逆送事件の対象を拡大すべきではない
答申に従い,短期1年以上の刑にあたる罪を逆送事件とすれば,逆送される事件の種類が大幅に増える。そして,これらの事件には,強制性交等罪や強盗罪にまで含まれている。しかも,そもそも短期1年以上の刑にあたる罪は多様であり,上述した強制性交等罪や強盗罪に限っても,犯罪の内容や経緯は様々である。
そのため,それらを一律に原則逆送とすることは,個別処遇を重視する現行少年法の理念を大幅に後退させる。
また,逆送が「原則」の文字通り運用されることとなれば,「原則」との趣旨に従った形式的,簡易的な判断や調査がなされ,18歳及び19歳の者に対する処遇が形骸化するおそれもある。このような結果となれば,新たな制度がかえって再犯防止に逆効果となる可能性すらある。
答申が嫌疑のある事件をすべて家庭裁判所に送致する手続を採用しているのは,現行少年法の全件送致主義が有効に機能していることを前提としていると思われる。
したがって,原則逆送事件の対象を拡大してはならない。
⑶ 推知報道を制限すべきである
公判請求された18歳及び19歳の者であっても,家庭裁判所に移送される可能性は残されている。にもかかわらず,公判請求がなされたことを機に実名報道等がなされれば,情報がSNS等により無制限に拡散されるうえ,拡散された情報の削除は事実上不可能である。一旦犯罪報道された者が社会復帰を図ることは極めて困難であり,推知報道の制限緩和は,取り返しのつかない結果をもたらしかねない。
また,逆送事件の範囲拡大に伴い,強盗罪や強制性交等罪に関する実名報道等の増加が予想される。この種の事件は,被害者が情報の拡大を望まない場合も多くあり,そのような情報等が拡散されるおそれもある。
したがって,公判請求された18歳及び19歳の者についても,推知報  道の禁止は貫徹されなければならない。
⑷ 資格制限の排除を明言すべきである
現行少年法は,罪を犯した少年が再び社会生活を送るための環境を整えるため,数多くの法令で定められている種々の資格制限を排除している。
このような現行少年法の趣旨は,答申が,「成熟しておらず,成長発達途上にあ」ることを認める18歳及び19歳の者にも当然に妥当する。したがって,立ち直りの弊害となる資格制限を排除することを明言しないことは,現行法の趣旨に反する。
よって,18歳及び19歳の者の立ち直りの機会を奪うことになる資格制限の排除を明言すべきである。


4 最後に                                 
当会は,2015年(平成27年)6月25日に少年法適用対象年齢を18歳未満に引き下げることに反対する会長声明を発出し,2017年(平成29年)5月24日には対象年齢を引き下げることに反対する総会決議もした。2019年(平成31年)3月11日には,法制審議会での議論状況を踏まえ,改めて少年法適用年齢引下げに反対する会長声明も発出した。
今回の答申は,18歳及び19歳の者について,現行少年法の健全育成及び公正の理念を大幅に後退させるものであり,大きな問題がある。
当会は,今回の答申に反対するとともに,あらためて少年法適用年齢引下げに反対するものである。

2020年(令和2年)12月9日

福岡県弁護士会   
会長 多 川 一 成

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学生支援緊急給付金に関し困窮学生への平等な給付を求める会長声明

声明

 政府は,2020年5月19日,新型コロナウイルス感染症拡大の影響で,世帯収入,アルバイト収入等が激減し,経済的困窮に陥った学生に対し,「『学びの継続』のための学生支援緊急給付金」(以下「本給付金」という。)を創設することを閣議決定した。本年9月までに3次推薦までが行われ,給付終了となったが,今後,再追加配分の実施も検討されている。
本給付金は,経済的に困窮し学業継続に困難をきたしている学生を救済し,教育を受ける権利を保障するための措置として是非とも必要なものである。
 しかしながら,本給付金の制度は以下の問題を含んでおり,速やかに是正されるべきである。

第1に,外国人留学生に対してのみ「学業成績優秀者」の要件が課せられていることである。
本給付金の要件として「既存の支援制度を活用していること,又は既存の支援制度への申請を行う予定であること」が課せられているが,外国人留学生の場合はこれに代えて,「学業成績が優秀な者であること」,具体的には「前年度の成績評価係数が2.30以上であること」が要件とされている。これは成績上位25~30%程度に相当するとされる。他方で,学業成績以外の代替要件は定められていない。
「既存の支援制度」で求められる学業成績が上位2分の1程度であり,かつ学業成績がこれに該当しなくても学習計画書の提出等で支援を受けられる仕組みがあることに比して,外国人留学生に対しては支給要件が加重されている。
この点について,文部科学省は,「いずれ母国に帰る留学生が多い中,日本に将来貢献するような有為な人材に限る要件を定めた」と説明したと報道されている(2020年5月20日共同通信)。
 しかし,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により経済的困窮に陥った学生に対して「学びの継続」を支援する必要性は,外国人留学生についても異なることはなく,日本に将来貢献するかどうかなどという不明確な事由によって制限されるべきものではない。
加えて,政府は,2008年に「留学生30万人計画」を掲げて以降,外国人留学生を積極的に受け入れる政策をとっており,2019年末に「留学」の在留資格をもつ者は34万人を超えている(2020年3月27日出入国在留管理庁発表)。
このような国家の政策のもとで日本に留学してきた多くの外国人留学生が,新型コロナウイルス感染症拡大の影響によって生活に困窮しているのである。「学びの継続」を支援するという本給付金の趣旨からすれば,外国人留学生に対してのみ支給要件を加重し,学修意欲のある多くの留学生を支援から除外することに合理性は認められない。

 第2に,本給付金の対象学校から朝鮮大学校が除外されていることである。
 本給付金は,創設当時,国公私立大学(大学院含む)・短大・高専・日本語教育機関を含む専門学校に在学する学生のみを給付金の対象としたため,各種学校である朝鮮大学校及び外国大学日本校は,大学同様の高等教育機関であるにもかかわらず,対象外とされていた。 
後から,外国大学日本校については新たに給付金の対象に含めることとされたが,朝鮮大学校は未だに対象外とされたままである。
 しかし,朝鮮大学校については,1998年に京都大学が朝鮮大学校卒業生の大学院受験を認め合格したことを契機として,1999年8月,文部科学省が学校教育法施行規則を改正して大学院入学資格を拡充し,外国大学日本校とともにその卒業生に大学院入学資格を認めている(学校教育法102条1項・同施行規則155条1項8号・学校教育法施行規則の一部を改正する省令の施行等について(平成11年8月31日文高大第320号)第一の二)。また,2012年には社会福祉士及び介護福祉士法施行規則が改正され,朝鮮大学校卒業生にも受験資格が認められる(社会福祉士及び介護福祉士法7条3号・同施行規則1条の3第3項3号)。このように,他の外国大学日本校と同様に,朝鮮大学校を日本の高等教育機関として認める法制度が存在している。
朝鮮大学校の学生も他の高等教育機関に在籍する学生と同様に,新型コロナウイルス感染症拡大の影響により経済的に困窮しているという事情に変わりはない。各種学校の認可を受けていない外国大学日本校もこの制度の対象とされているのだから,朝鮮大学校のみを制度から除外することに合理的理由はない。
 各種学校に属する朝鮮学校については,高校無償化制度および幼保無償化制度においても政府による除外が行われており,再三にわたって同様の除外,差別政策が繰り返されていることは,看過できないものである。

 これらの外国人留学生に対する支給要件の加重や朝鮮大学校の排除は,憲法14条の平等原則,人種差別撤廃条約5条(e)(v),社会権規約2条2項,13条1項,2項(c)に違反する,合理的理由のない差別である。
 よって,当会は,政府に対し,以上の差別を直ちに是正すべく,留学生や朝鮮大学校に通う困窮学生に対しても,他の学生と平等に給付する制度を設けたうえ,速やかに給付することを求める。

2020(令和2)年12月9日
福岡県弁護士会
会長 多川 一成

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2020年9月23日

精神保健福祉法の退院請求等手続への国選代理人制度の導入と、日本の精神科医療の脱施設化と地域移行の早期実現を求める決議

決議

精神保健福祉法の退院請求等手続への国選代理人制度の導入と、日本の精神科医療の脱施設化と地域移行の早期実現を求める決議

【決議の趣旨】
1 精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度を導入することを求める。 
2 日本の精神科医療における脱施設化と地域移行が世界の動向から完全に取り残されている状況を確認し、脱施設化と地域移行を早期に実現する具体的政策の立案・実施を求める。

【決議の理由】
第1 決議の趣旨1について
 1 精神医療審査会制度とこれに対する退院請求及び処遇改善請求手続(以下「退院請求等手続」と言う。)は、1984年に発覚した宇都宮病院事件をはじめとする精神科病院における入院者への虐待等深刻な人権侵害状況に対し、国内外からの厳しい批判を受け、1987年の精神衛生法から精神保健法への改正において導入されたものである。

 2 国際人権B規約9条4項は「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所(Court)がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する。」と定める。わが国政府見解では、Courtとは専門的なトライビューナル(裁決機関)であってもよいとの国際的解釈の下、精神医療審査会は同規約上のCourtであるとされている。
したがって精神医療審査会にはCourtとしての実体を担保する手続保障の必要があるが、退院請求等手続が、精神科病院入院者の人身の自由や処遇に関する基本的人権の制約に対する不服申立手続であることにかんがみれば、退院請求等手続における代理人選任権の保障は最も重要な手続保障というべきである。1991年12月に国連総会において決議された「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」の原則18の1においても「患者は不服申立て又は訴えにおける代理を含む事項について、患者を代理する弁護人を選任し、指名する権利を有する。もし患者がこのようなサービスを得られない場合には、患者がそれを支弁する能力がない範囲において、無償で弁護人を利用することができる。」と定められている。先進諸国においては、こうした権利が当然のこととして付与されているだけでなく、その実効性を担保するために、例えば病院に患者の権利擁護情報コーナーが設置され人権団体の職員等が常駐して相談に応じたり、弁護士を紹介して手厚い権利擁護が実践されているところである。

 3 当会は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士自らが、前記国際人権規約及び国連原則の理念を体現すべく、全国にさきがけ、1993年に、精神科病院入院者等からの依頼により病院に赴き無料で法律相談を行い、退院請求等手続の代理人となる「精神保健当番弁護士制度」を発足させ、現在まで活発な活動を展開しているところである(2019年3月時点における登録弁護士数は405名、2018年度における出動件数は375件にのぼる。)。
   当会の活動は、費用支援の点では2002年10月開始の日弁連の法テラス委託援助事業に引き継がれて、全国的な制度に発展した。また九弁連においても2012年度に「精神保健に関する連絡協議会」が発足し、現在では8単位会すべてにおいて精神保健当番弁護士制度が立ち上がり、各単位会において活発な活動が展開されている(2019年3月時点における登録弁護士数は当会を含め653名、2018年度における出動件数は当会を含め633件にのぼる。)。

4 全国的にみると、法テラス委託援助事業の利用件数は2018年度で1098件に留まっているものの(ただし大阪、愛知県、岡山県等では、法テラスの本来事業である民事法律扶助の出張相談制度を利用したり、単位会独自の制度設計を行っており、実際の出動件数はさらに多い。)、本年11月鹿児島市開催を目指して準備が進められてきた第63回日弁連人権擁護大会第1分科会において「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして~地域生活の実現と弁護士の役割」がテーマとなるなど、今後急速に精神保健当番弁護士制度の全国展開が期待できる(なお、同大会は2021年10月岡山市開催に変更されている)。

5 さきがけたる当会は、その全国展開への後押しを全力で行うとともに、本来あるべき国選代理人制度の導入を強く求めるものである。 

第2 決議の趣旨2について
1 精神保健当番弁護士活動の限界と我が国の精神科医療の問題
上記のとおり、当会は、精神保健当番弁護士制度の活動を展開し、その実践を通じて、多くの精神障害者の退院や処遇改善を実現し、その人権保障に寄与してきた。
しかし他方において、精神障害があるといっても私たちと普通に意思疎通できる入院者がどうして退院を認められないのだろうか、妄想があっても通常の社会生活は送れるのではないだろうかと感じられるケースも少なくなかった。また、病状のためでなく、地域に退院する受け皿がないためにやむなく入院を継続する、いわゆる社会的入院のケースもあった。こうしたケースを通して私たちは、我が国の精神科医療そのものの問題にも直面した。
こうした問題意識から、当会では過去に以下のような、精神保健当番弁護士活動に限らず精神科医療の問題を広くテーマに取り上げて公開シンポジウムを開催してきた。
2001年1月 医療保護入院の要件を考える
2003年3月 心神喪失者等観察法案と精神障害者の人権
2007年3月 精神障害者の社会復帰の現状と展望
2009年2月 精神障害者の社会復帰の課題と展望
2010年10月 精神科医療を動かすもの・・社会的入院の解消に何が必要か
2015年2月 改正法における早期退院と弁護士の役割
2018年2月 オープンダイアローグが日本の精神科医療にもたらすもの
こうして、精神保健当番弁護士制度は、たとえこれを国選代理人制度に高めたとしても、あくまでも個別の入院者の人権保障制度にとどまり、我が国の精神科医療における人権保障上の諸問題の根本的な解決にはならないという限界も意識せざるを得なかった。精神科医療の人権上の諸問題の解決には、国が必要な政策を立案し、これを実行していくことが必要不可欠である。精神疾患は、近年、その増加が顕著であり、2007年の総患者数は419万人に及び、生活習慣病と同じく、誰もがかかりうる疾患である。精神科医療の人権上の諸問題は、精神障害者への偏見と差別も加わって国民の精神科医療への受診を躊躇させる要因ともなっており、国民の健康増進の観点からも早急な問題の改善・解消が必要である。

2 我が国の精神科医療の問題点
  そこで、我が国の精神科医療の現状を、様々なデータによって先進諸国と比較し、その問題点を明らかにする。
まず、精神病床数が突出して多く、世界の精神病床の約4分の1が日本にあると言われ、2016年の人口10万人当たりの精神病床は263床であり、OECD加盟国の平均である69床の4倍以上である。また精神病床の平均在院日数も突出して長く、2017年の267.7日という数字はOECD加盟国の平均36.7日の約7倍である。加えて、日本では在院患者数に占める強制入院の割合が2018年で約46.8%と、EU諸国の10%台に比べ著しく高い。任意入院であるにもかかわらず閉鎖処遇が多用されている。さらに、精神病床院での隔離、身体拘束が多用され、かつ長期にわたっており、しかもその件数が増加している点が報道等により社会問題化している。
日本の精神科医療の最も大きな問題は、精神障害者に対する隔離政策ともいえる病院収容主義・入院医療中心の精神科医療からの脱却と地域生活中心への移行(以下、「脱施設化と地域移行」と言う。)が遅々として進んでいないことにある。

3 先進諸国の精神保健の歴史と動向(特にリカバリーモデル)
  欧米の先進諸国においても、かつては精神障害者を病院に隔離する入院医療中心の精神科医療の時代があった。しかし、劣悪な施設環境の中で個人の尊厳が無視された知的障害者や精神障害者の悲惨な状況に対する批判や反省が高まった。
こうして1960年代ころから、向精神薬の発達とも相俟って、精神疾患だけを理由とする入院隔離に対し、精神障害者の自由権をできるだけ保障する立場から脱施設化と精神科医療改革が推進されていった。その結果、一部の国では、地域の受け皿や支援体制が十分整備されていなかったため、入退院の回転ドア現象を生むとともに、医療保護の必要な多くの精神障害者がその機会を奪われ、ホームレス化したり、刑務所に収容される弊害を生じたこともあった。
しかし、1980年代以降、医師、看護師、作業療法士、精神保健福祉らの多職種チームが重症の精神障害者の地域生活を包括的に支援するプログラム(ACT:包括的地域生活支援サービス)や、入院・隔離し投薬によって症状を抑え込むという方法ではなく、精神障害者との対話ないし対話の場を徹底して継続していき、薬も最小限にとどめる治療技法(オープンダイアローグ:開かれた対話)等が開発・研究され、実践され、欧米における精神科医療福祉の標準となっていった。これにより、上記弊害を克服しつつ、脱施設化と地域移行がさらに進み、コミュニティ中心の精神保健サービスが発展していった。
特に指摘すべきは、こうした先進諸国においては、精神科医療のあり方についても、薬物医療・入院治療・診断名中心で精神症状の寛解・治癒を主目的とする医療(医学モデル・リハビリテーションモデル)から、当事者が障害を抱えながら生活する地域において本人の価値実現を支援することに重点を置くリカバリーの考え方(リカバリーモデル)へのパラダイム・シフトが進展していったことである。そこでは、治療の場は病院ではなく地域であり、地域における本人(及びその家族)のニーズを中心にして多職種のスタッフがその実現に向けて支援することが重視されている。医師の病気に対する専門的治療の優先順位は必ずしも高くない。
2010年代以降、このようなリカバリー運動が精神障害者支援の世界的潮流となっている。私たちは、このような精神障害者支援の在り方こそが、障害者権利条約の理念にも適った精神科医療のあるべき姿であると確信する。

4 世界に逆行した我が国の精神保健政策
  ところが、我が国においては、世界で精神病床の削減が重要な政策課題として取り組まれ始めた1960年代から、これに逆行する政策が進められた。即ち、戦後間もない時期の民間精神科病院に対する国庫補助制度、及び患者当たりの医師や看護師の人員配置を少なくてよいとする精神科特例の結果、民間精神科病院の設立が促進され、過度の入院中心主義がもたらされた。人口1万人当たりの精神病床数は実に1994年まで増加し、そのピークは28床に達し、その後も病床数は高止まりの状態にあった。
2004年、ようやく厚労省が「精神保健医療福祉の改革ビジョン」(以下「改革ビジョン」と言う。)を公表し、国として初めて「入院医療中心から地域生活中心へ」という政策の転換を提言した。そして、そのために国民意識の変革や立ち遅れた精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を10年で進めるとした。特に「受入条件が整えば退院可能な者(約7万人)」については、精神病床の機能分化・地域生活支援体制の強化などにより、10年後の解消を図ることを目標として掲げた。
しかし、改革ビジョンの公表から10年間に、精神病床は、2004年の35万4937床から2014年の33万0694床に減少したにとどまる。また、「受入条件が整えば退院可能な者」は、なお5.3万人いるとされ、達成率は約24%にとどまった。改革ビジョンが掲げた目標は失敗したと言わざるを得ない。
そして、2017年のデータにおいても、精神病床は33万1700床あり、「受入条件が整えば退院可能な者」は5.0万人と報告されている。

5 2004年の「改革ビジョン」後の政策の迷走
  その後、我が国は、精神保健福祉法の2013年改正に基づき、翌14年に厚労大臣による「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」(以下「大臣指針」と言う。)を定めた。そこでは、社会的入院や長期入院者のための退院支援や地域生活における医療、生活面の支援体制の整備など、法改正に先立って設置された障がい者制度改革推進会議でも提言された精神保健福祉改革の改善メニューが網羅されている。
しかし、大臣指針には、絶対的に不足している社会内居住環境の整備など、改善メニューを実現するための具体的な作業工程やその裏付けとなる予算措置を伴っていないという致命的な問題があった。また、病床削減については、「機能分化は段階的に行い、・・・人材及び財源を効率的に分配するとともに、・・・地域移行を更に進める。その結果として、精神病床は減少する。」と記載するのみで、具体的な削減計画を立案することなく、地域移行の進展による結果任せとするに等しい内容であった。
のみならず、大臣指針に先行して2012年の機能分化に関する検討会の報告書以降、「重度かつ慢性」という概念を導入し、長期入院がやむを得ない患者がいることを容認するようになった。先進諸国がACTやオープンダイアローグ等の開発・研究と実践によって脱施設化を図り病床削減を実現してきたことと比べると、一部の長期入院を温存する聖域作りと批判されて然るべきである。
このように、大臣指針やその前後の施策は、改革ビジョンが10年で解消するとした目標を実現できなかった原因を検証することなく、病床削減について地域移行の進展による自然減少という結果任せにするものであり、改革ビジョンにおいて示された精神病床の削減と地域移行に向けた積極的な姿勢が後退したと評しても過言ではなかった。

6 近年の精神保健福祉行政の問題点
  その後、我が国は、2018年からスタートした第7次医療計画と第5期障害福祉計画において、「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」という掛け声の下に、全国の自治体を巻き込んだ取り組みを進めようとしている。そこでは、入院需要を3か月未満の入院を要する急性期、1年未満の入院を要する回復期、1年以上の入院を要する慢性期(長期)に分けた上で、それぞれの入院需要を予想し、これを計画目標に設定している。
しかし、以下述べるとおり、この計画は、精神病床の削減と地域移行の観点から重大な問題を内包している。
まず第一に、目標とする入院需要が、計画最終年度である2025年度末に20.5~22.4万床と予測されている。その人口当たり病床数はなおOECD諸国の平均の優に2倍以上の水準であり、政策目標として低すぎる。その要因の一つは、長期入院者の需要予測において、「重度かつ慢性」とされる入院者については、統合失調症の新治療薬の普及や認知症施策の推進で若干の入院需要の減少を目指すだけで、基本的に退院促進の対象から外されていることにある。「重度かつ慢性」の概念が、一部の長期入院を温存する聖域作りと批判されるべき点については上記のとおりである。また、認知症を重度かつ慢性とされる入院者に含め、その長期入院者が多数在院する認知症治療病棟という名称の精神病床を温存している点も、いわゆる治療反応性がない認知症という疾患を強制入院の対象としてよいのかという根本的な問題が看過されている。超高齢化社会を迎え、すべての人の身近な問題となった認知症を精神病床で処遇する国は日本以外に例を聞かない。
また、急性期と回復期の入院需要について、現状を是認し、逆に若干の増加が予測されていることがもう一つの要因である。これは、日本の年間の新規強制入院件数が欧米諸国に比べて異常に多いという問題を看過するものである。OECD諸国の平均入院期間が10日から1か月程度であること等に照らせば、そもそも入院3か月や1年という長い入院期間を基準としていることも問題である。急性期だからという理由でとりあえず入院させ、一度入院させると2、3か月は入院を継続する現状の運用を是正するためには、入院治療をできる限り回避すべく先進諸国が取り組んできた成果に倣った政策を立案・遂行する必要があるのに、計画にはそのような観点が完全に欠落している。
第二に、目標達成に必要な地域移行を促す基盤整備としての「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」の取組み自体にも、大きな問題がある。地域移行の責任は自治体と支援事業者にあるとされている。しかし、国の提言である改革ビジョンによっても病床削減がほとんど進まなかったのに、自治体と支援事業者の努力で実現を期待するのは困難である。過剰な精神病床を擁する精神科病院からの個々の入院者の退院は、本来、行政が、リカバリーモデルへのパラダイム・シフトに基づいて、入院医療に配分されてきた予算と人的資源を地域医療福祉に移行させる総合的な政策を計画・立案し、その一環として策定した病床削減計画に基づいて実施されるべきである。そのような計画を策定せず、また、計画に対する病院の協力義務がなければ、民間病院は病院経営のために、病床稼働率を念頭に置いて入退院をコントロールする範囲でしか退院支援に協力しないであろう。また、一定数の入院者を退院させたとしても、病院は、空いた病床に別の新規患者を入院させるであろうから、病床削減に結びつかないのである。

7 結語
  以上のとおり、我が国の精神科医療は、脱施設化と地域移行の世界的動向から完全に取り残されている。それにもかかわらず、我が国の近年の精神保健福祉行政は、改革ビジョン以降、その精神が後退したと思われるほどに迷走し、脱施設化と地域移行を実現するにはあまりに実効性の乏しい内容にとどまっている。
上記の第63回日弁連人権擁護大会第1分科会においては、「精神障害のある人の尊厳の確立をめざして~地域生活の実現と弁護士の役割」というテーマの下、精神障害者の人権保障上の諸問題について、より広汎かつ根本的に論じ、その改善・解消に向けた方策を提言するべく、来年岡山市開催を目指し引き続き準備を進めている。
そこで、当会としても、我が国の精神科医療における最大の問題点として、脱施設化と地域移行が世界の動向から完全に取り残されている状況を確認するとともに、脱施設化と地域移行を早急に実現する具体的政策の立案・実施を求めるものである。


2020年(令和2年)9月18日
福岡県弁護士会

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刑事身体拘束手続に関する法改正と運用改善を求める決議

決議

 
決議の趣旨

 当会は,「人質司法」という言葉に代表される日本の刑事身体拘束を巡る問題を抜本的に改革するために,以下のような法改正と裁判官の運用改善を求める。
1 求める法改正
(1)勾留質問時の弁護人立会権を保障する形で刑事訴訟法を改正すること。
(2)勾留の判断において比例原則が適用されることを明記する形で刑事訴訟法を改正すること。
2 求める裁判官の運用改善
(1)勾留質問において勾留理由に関する具体的な質問をするなどして実質的な勾留質問を行う運用とすること。
(2)勾留質問への弁護人の立会いを認める運用とすること。
(3)勾留理由開示手続において具体的・実質的な勾留理由を説明・回答する運用とすること。
(4)勾留の判断にあたって身体不拘束の原則や比例原則を踏まえて勾留理由を厳格に判断する運用とすること。

2020年(令和2年)9月18日
福岡県弁護士会

決議の理由

1 日本における刑事身体拘束手続の問題
(1)憲法34条は「何人も,正当な理由がなければ,拘禁されず,要求があれば,その理由は,直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」と規定している。
 これを受けて刑事訴訟法では,逮捕や勾留について裁判所による令状審査を要求した上で,勾留理由開示制度や勾留に対する不服申立制度(準抗告)を採用している。
 また,日本も批准する国際人権(自由権)規約9条3項は,逮捕・抑留された者は,司法機関の面前に速やかに引致され,引致後「妥当な期間内に裁判を受ける権利又は釈放される」権利を有することを保障し,「裁判に付される者を抑留することが原則であってはなら」ないと定め,身体不拘束の原則を明らかにしている。
(2)ところが,このような憲法や刑事訴訟法,そして国際人権(自由権)規約の定めがあるにも関わらず,実際には刑事訴訟法が歪曲された形で運用され,憲法が「正当な理由」を求め,刑事訴訟法が「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」を求める被疑者の勾留の要件について,単に「証拠隠滅のおそれ(=可能性)」として解釈し,安易に勾留が認められてきた。
 そして,いったん勾留されれば,起訴前保釈制度がない中で最長23日間の長期にわたって身体拘束を余儀なくされ,起訴後も保釈が認められなければ判決まで身体拘束が続くことになる。
 特に,被疑者が否認するなど事実関係を争ったり,あるいは黙秘権を行使したりしている場合には,安易に「罪証隠滅のおそれ」を認めて勾留し,判決まで,あるいは証人の証拠調べ等が終わるまでは保釈も認められないことから,被疑者自身の身体の自由を人質として自白を強要する「人質司法」と呼ばれてきた。
 しかも,このような傾向は刑事訴訟法制定から時間を経るにしたがってより進み,1977年(昭和52年)には68.1%だった地方裁判所における起訴時身体拘束率が,1987年(昭和62年)には72.7%,1997年(平成9年)には79.2%,2005年(平成17年)には82.3%にまで増加している。また,1977年(昭和52年)には37.7%だった判決時身体拘束率に至っては,1987年(昭和62年)には54.3%,1997年(平成9年)には66.1%,2005年(平成17年)には71.3%と2倍近くまで増加している。
 このような勾留に関する運用が,上記のような憲法上の保障や,国際人権(自由権)規約の定める身体不拘束の原則に大きく反していることは明らかである。
(3)また,勾留理由の開示についても,刑事訴訟法が定める勾留理由開示の手続をとっても,捜査上の秘密を理由に実質的な勾留理由が説明されることはなく,形骸化してしまっており,憲法上の保障がないがしろにされているとしかいいようのない状態となっている。
 本来であれば,本人及び弁護人の出席する公開の法廷で勾留の理由が具体的に明らかにされることによって,「正当な理由」なく勾留されていないかどうかがチェックされ,違法・不当な勾留を防ぐことができるのであり,これが形骸化されていることによって,上述したような身体不拘束の原則に反した「人質司法」と呼ばれる状況を生み出しているともいえる。
2 当会や日弁連の取り組み
(1)かかる日本の刑事身体拘束手続の問題に関しては,以前から当会も日本弁護士連合会も問題を指摘するともに,様々な宣言や決議をしたり,意見書をまとめたりしてきた。
(2)約20年前の1999年(平成11年)10月には,日本弁護士連合会は刑事訴訟法施行50年にあたり「新しい世紀の刑事手続を求める宣言-刑事訴訟法施行50年をふまえて-」と題する宣言をした。
 この宣言では,わが国の刑事手続を真の憲法の理念にかない,国際人権法の水準に見合ったものに改革していくため,①国費による被疑者弁護制度の実現,②代用監獄の早期廃止,③捜査の可視化,④人質司法の打破,⑤証拠の事前全面開示,⑥公判審理の活性化,⑦法曹一元や陪・参審制度の導入など,刑事訴訟法の全面的な改正をも視野に入れた広範な改革に取り組むことを宣言した。
 このうち,①や⑤,⑥,⑦に関しては,その後の刑事司法改革の中で勾留段階における被疑者国選弁護制度の導入や拡大,裁判員裁判制度及び公判前整理手続による証拠開示制度の法制化や公判中心主義の強調といった形で刑事訴訟法が改正され,一定の成果を上げてきたということはできる。
 また,③に関しても,司法制度改革の中では導入されなかったものの,その後も日本弁護士連合会や当会において取り組みを続け,2016年(平成28年)の刑事訴訟法改正によって一部事件について取調べの録画録音が義務付けられるに至った。
 しかし,刑事身体拘束に関する②代用監獄の早期廃止及び④人質司法の打破に関しては,特に刑事訴訟法の改正はなされてきていない。
(3)このように刑事身体拘束手続の改革が進まない状況の中,2007年(平成19年)9月に日本弁護士連合会は「勾留・保釈制度改革に関する意見書」をまとめ,逮捕や勾留,保釈に関する制度改革の提言をまとめた。
 その中で,勾留に関しては,①比例原則の明記,②刑事訴訟法60条1項2号(勾留要件のうち証拠隠滅に関する規定)の改正,③勾留質問に対しての弁護人の立会権の保障,④刑事訴訟法420条3項,429条2項(準抗告理由を制限する規定)の削除,⑤勾留・保釈に関する当事者の手続保障の整備を提言した。
 この意見書は,裁判員裁判制度を前にした裁判官協議会での意見や大阪地方裁判所令状部部長の論文等で保釈運用の見直しに言及される中でまとめられたものであったが,起訴後勾留率も判決時身体拘束率も2005年(平成17年)をピークに徐々に減少に転じ,2018年(平成30年)には起訴時身体拘束率は74.2%に,判決時身体拘束率は51.4%にまで下がってきている。
 この点,判決時身体拘束率は20%も減少しているが,これについては2013年(平成25年)から全国弁護士協同組合が始めた保釈保証書発行事業も寄与しているものと考えられる。
 但し,2013年(平成25年)の時点ですでに判決時身体拘束率が63.0%にまで下がっているし,保釈と無関係な起訴時身体拘束率も下がっていることからすれば,保釈保証書発行事業のみで各身体拘束率の減少を説明することはできず,刑事身体拘束に関する裁判官の意識の変化が表れているといえる。
 しかし,この間に勾留や保釈等の身体拘束に関する刑事訴訟法の改正はなく,いつまた逆戻りしてもおかしくはない。
(4)そして,当会においても,2008年(平成20年)5月に,約1年後に裁判員裁判が開始され,被疑者国選制度が大幅拡大されるという大きな変わり目を控え,「より良い刑事裁判の実現を目指して」と題して,①刑事裁判の基本的なルールの普及に努めること,②「人質司法」を解消するため勾留および保釈について運用や制度の改革を求めていくこと,③取調べの全面的な可視化(取調べの全過程の録画)を求める運動を実行すること,④裁判員裁判の課題を検討し,その適切な制度運用を求める活動に努めること,⑤制度改革に対応する弁護態勢を確立することの5つの決意を宣言していた。
 その後,当会では法教育の普及の中で刑事裁判の基本的なルールの普及に努めたり,裁判員裁判検証運営協議会やその他の協議会を通じて裁判員裁判の適切な制度運用を求め続けたり,弁護態勢確立のために様々な研修を繰り返し実施したりしてきたし,取調べの可視化に関してはシンポジウムを実施するなどして一部事件についての取調べの録画録音の義務化される刑事訴訟法改正に繋がった。
 一方で,②刑事身体拘束に関しては,全国弁護士協同組合による保釈保証書発行事業の立ち上げによる保釈運用の一定の改善や,様々な研修の実施とそれによる日々の弁護活動の実践によって個々の事件での実績は上げてきてはいるものの,運用や制度の改革にまでは至れていない。
3 最近の動きや変化
 以上述べてきたとおり,刑事身体拘束の問題に関しては,古くから日本の刑事司法の重要な問題の一つと捉えられ,様々な運動や取り組みはなされてきたものの,刑事訴訟法の改正や運用の大幅変更という抜本的な解決には至らず,ずっと積み残されてきた問題であるといえる。
 そのような問題意識の中で,埼玉弁護士会が全国に先駆けて2010年(平成22年)から「被疑者の不必要な身体拘束に対する全件不服申立運動」を実施し,これが全国に広がっていった。この運動は,単に全件について勾留に対する不服申立をするのではなく,弁護人の目から見て勾留の必要がないのではないか,勾留要件を満たさないのではないかと考える事件については,全件不服申立を行っていくという運動であり,不服申立が認められる件数が増えていくことにより,勾留請求段階での裁判官による勾留却下自体が増えるという効果を生んだ。
 九州弁護士会連合会においても各地でこの運動を開始し,当会では2017年(平成29年)に北九州部会で先行して運動を始め,全県的にも当会の刑事弁護等委員会が呼びかける形で2018年(平成30年),2019年(令和元年),そして本年と運動を展開し,勾留請求や勾留決定そのものを阻止したり,不服申立によって勾留決定が取り消されたりするなど,個々の弁護実践の中でも一定の成果を上げてきた。
 このような各弁護士会の取り組みの影響もあってか,2009年(平成21年)までは1%を切っていた勾留請求却下率が急激に増加し,2014年(平成26年)には2%を超え,2018年(平成30年)には5.89%と10年足らずで約6倍にまで勾留請求却下率が増えており,勾留についての裁判官の意識や姿勢にも変化が見られる。
4 法制度や運用の改革の必要
(1)以上のような最近の勾留に関する動きや変化は歓迎すべきものであるが,これらの動きや変化は弁護士会の取り組みや裁判官の意識や姿勢の変化に伴うものに過ぎず,具体的な法制度や運用の変更に伴うものではない。
 また,起訴時身体拘束率や判決時身体拘束率が徐々に改善してきているとはいっても,元東京大学総長の故平野龍一博士が「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」と結んだ論文が発表された1985年(昭和60年)当時と同程度の率に戻ったというだけで,問題の本質が改善されたとは言い難い状況にある。
 とはいえ,ずっと悪化し続けてきた刑事身体拘束を巡る問題について改善の兆しが見られていることはたしかであり,今こそ「人質司法」という言葉に代表される日本の刑事身体拘束を巡る問題を抜本的に改革する時機に来ているというべきである。
 そのような中で,当会は,2019年(令和元年)7月に刑事身体拘束に関する韓国視察を実施し,その視察結果も踏まえて同年9月には第62回日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「人質司法からの脱却~その勾留,本当に必要ですか?」を開催し,改めて日本における人質司法の問題を見直すとともに,かかる状況を変えるために何が必要であるのかを市民とともに議論した。
 そのような議論も踏まえ,当会としては,以下のような法制度の改正や運用の改善が早急に必要であると考える。
(2)必要な法制度の改正
 ア 勾留質問時の弁護人立会権の保障
   刑事訴訟法61条は,勾留の判断にあたって勾留質問することを裁判官に義務付けている。
   そして,勾留判断の前提としてなされる以上,勾留質問においては,単に犯罪事実に関する意見,陳述を聞くだけではなく勾留理由(勾留要件)に関する意見,陳述も聞くことが当然の前提となっている(最高裁判所判例解説刑事篇昭和41年度193頁(最高裁判所昭和41年10月19日第三小法廷決定),注解刑事訴訟法上巻[全訂新版]214頁以下)。
   したがって,本来勾留質問においては,勾留理由に関する陳述を聞くために,逃亡を疑うに足りる相当な理由の判断要素(家族,仕事,住居関係や任意聴取の求めが事前にあったか否か)や罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由の判断要素(被害者,目撃者,共犯者との関係性や逮捕までの接触の有無)などについての具体的質問が必要なはずである。
   ところが,現在の勾留質問では,もっぱら被疑事実そのものに関する弁解について質問されているだけで,逃亡や罪証隠滅のおそれに関する具体的な質問はほとんどなされておらず,勾留の判断のための手続として刑事訴訟法が予定している勾留質問手続が単なる形式的な手続となり,形骸化してしまっている。
   かかる勾留質問手続の形骸化は,憲法において保障されている勾留理由開示手続が形骸化していることとも繋がっている。結局のところ,勾留要件に関して抽象的な理由でしか判断せず,具体的な事情に踏み込んで判断しようとしていないため,勾留質問において具体的な事情を質問せず,勾留理由開示手続において具体的な勾留理由が開示されないのである。
   一方で,憲法34条が被疑者の勾留に関して,「要求があれば,その理由は,直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。」としていることからすれば,非公開の場とはいえ,勾留質問の段階で勾留の理由を説明することは憲法34条の趣旨に適う制度・運用であると言えるし,これに対する被疑者や弁護人側の意見をその場で聴取することができれば,より慎重に勾留の判断をすることができ,無用な被疑者の身体拘束を避けることができる。
   この点,当番弁護士制度や被疑者国選弁護制度が普及するまでは,被疑者段階で弁護人が選任されること自体が少なく,まして勾留質問段階で弁護人が選任されていることは期待できない面があったが,被疑者国選弁護の対象が勾留された全事件に拡大され,当番弁護士を含めて逮捕段階から弁護人が関与するケースが大幅に増加した現在,勾留質問に弁護人が立ち会えるケースは大幅に増えている。
   このような弁護人を巡る状況の変化に加え,勾留質問手続の形骸化を防ぎ,憲法34条の趣旨に沿って無用な被疑者の身体拘束を避けるためにも,勾留質問時の弁護人の立会権を保障するよう刑事訴訟法を改正すべきである。
 イ 勾留に関する比例原則の明記
   また,上述したように憲法上の保障や身体不拘束の原則に大きく反する形で異常に身体拘束率が高くなっている現状を改めるには,上記のような勾留質問等における手続面での法制度の改正に留まらず,勾留要件や勾留基準そのものについての法制度の改正が必要である。
   そして,上述したとおり,本来刑事訴訟法は厳格な勾留要件を定めていたにも関わらず,これが解釈や運用の中で安易に勾留が認められてきたことからすれば,勾留要件そのものを見直すよりも勾留基準を明確にすることが実効的であると考えられる。
   この点,1990年(平成2年)の「第8回犯罪防止及び犯罪者処遇に関する国際連合会議」での「未決拘禁に関する決議」では,「未決拘禁は,自由の剥奪が,容疑犯罪及び予想される刑罰に比して不均衡となる場合には,命じられないものとする。」として,未決拘禁において比例原則が適用されることを明らかにしている。
   比例原則自体は,日本の行政法や刑事訴訟法でも認められている基準であり,憲法において勾留に「正当な理由」が要求されていることからしても,日本における勾留の判断においても比例原則が適用されるはずである。
   しかし,比例原則の観点からすれば原則として勾留が許されないはずである罰金刑や執行猶予刑が見込まれるような被疑者や被告人について勾留が認められるケースが多いのが実情であり,現在の裁判実務では勾留判断において比例原則を極めて軽視した判断がなされていると言わざるを得ない。
   そこで,勾留の判断において比例原則が適用されることを明記する形で刑事訴訟法を改正すべきである。
(3)必要な運用の改善
 刑事身体拘束に関して抜本的に改革するには,上記2点についての法制度の改革が必要であると考えるが,法制度の改革を待たずとも,現行の法制度においても以下のような運用改善は可能であり,速やかに運用を変更すべきである。
 ア 勾留質問の実質化
   上述したとおり,本来勾留質問においては,勾留理由に関する陳述を聞くために,逃亡を疑うに足りる相当な理由の判断要素(家族,仕事,住居関係や任意聴取の求めが事前にあったか否か)や罪証隠滅を疑うに足りる相当な理由の判断要素(被害者,目撃者,共犯者との関係性や逮捕までの接触の有無)などについての具体的質問が必要なはずである。
   ところが,現在の勾留質問では,もっぱら被疑事実そのものに関する弁解について質問されているだけで,逃亡や罪証隠滅のおそれに関する質問はほとんどなされておらず,勾留質問の手続が形骸化している。
   勾留理由に関する具体的な質問なしに,勾留理由について適切な判断をすることができるはずがないのであり,本来の憲法及び刑事訴訟法の趣旨に則って,勾留質問において勾留理由に関する具体的質問をするなどして実質的な勾留質問をするよう裁判官における運用が改善されるべきである。
 イ 勾留質問への弁護人立会いの許可
   勾留質問への弁護人立会権の保障については,上述したとおり刑訴法の改正によってなされるべきであるが,現行の刑訴法においても弁護人の勾留質問への立会いを禁止する規定はなく,裁判官において弁護人の勾留質問への立会いを認めても何ら法に反するものではない。
   実際に,過去には勾留質問への弁護人の立ち会いを認めた例もある。
   一方で,弁護人は,勾留質問の時点ですでに被疑者のみならず家族や関係者から一定の事情を聞いており,勾留要件に関する事情も把握しており,勾留質問への弁護人の立会いが認められれば,裁判官による勾留質問に付随して勾留要件に関する事情を補足したり,勾留理由開示や準抗告を待たずに勾留理由に関する弁護人の意見を述べたりすることができ,裁判官はそれらの補足事情や弁護人意見も踏まえて,より適正に勾留の判断を行うことが可能となる。
   したがって,法制度の改革を待たずに,勾留質問への弁護人立会いを許可するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
 ウ 勾留理由開示の実質化
   上述したとおり,勾留理由の開示についても,刑訴法が定める勾留理由開示の手続をとっても,捜査上の秘密を理由に実質的な勾留理由が説明されることはなく,形骸化してしまっており,憲法上の保障がないがしろにされているとしかいいようのない状態となっている。
   かかる運用が刑訴法に則ったものとは言い難いし,勾留質問が実質化されれば勾留要件に関する具体的事情が明らかとなった上で勾留理由を具体的・実質的に判断することになるはずであり,そうすれば勾留理由開示手続においても具体的・実質的な勾留理由を開示することも可能なはずである。
   したがって,勾留質問の実質化とあわせて,勾留理由開示についても具体的な勾留理由を説明・回答することにより勾留理由開示手続を実質化するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
 エ 身体不拘束の原則・比例原則を踏まえた勾留に関する厳格な判断
   上述したように,現在の刑事身体拘束を巡る状況としては,身体不拘束の原則,比例原則に反する形で身体拘束率が高くなってしまっているが,現行の刑事訴訟法においても身体不拘束の原則や比例原則を適用して勾留の判断をすることは可能であるし,むしろそれが求められている。
   また,本来刑事訴訟法が勾留要件として要求している,「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」について,これを単に「証拠隠滅のおそれ(=可能性)」と緩めて解釈するのではなく,これを厳格に判断することで,身体不拘束の原則や比例原則に適う形での勾留判断は可能なはずである。
   したがって,比例原則等が刑訴法に明記されることを待たずして,身体不拘束の原則や比例原則を踏まえて,勾留理由について厳格に判断するよう裁判官における運用が改善されるべきである。
5 結語
 そこで,当会としては,上述したような法制度の改正を政府及び国会に求めるとともに,法制度の改正を待たずに上述したような運用改善を裁判所に求める。
 また,当会としては,シンポジウム等を通じて法制度の改革や運用改善の必要性を広く市民と共有していくとともに,個別の弁護活動における勾留質問の実質化や勾留質問への弁護人の立会い,準抗告等の勾留に対する不服申立を積極的に行っていく運動や取り組みを通じて,法改正や運用改善を目指していく所存である。
                                             

以上

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