福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2025年5月29日
刑事法廷内の入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議
決議
【決議の趣旨】
当会は、裁判官、裁判所及び国に対し、刑事公判廷の入退廷時における被告人等の基本的人権を保障するため、以下の措置を早急に講じることを求める。
1 裁判官は、被告人等の基本的人権を尊重し、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめ、刑事訴訟法287条1項但書が規定する事由があり、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しないこと。
2 国は、刑事訴訟法287条1項本文が規定する刑事法廷内における身体不拘束原則を入退廷時の被告人等に対しても確実に保障するため、同法に287条の2を新たに設けて、入退廷時の被告人等に対しても、身体不拘束原則が及ぶことを明記すること。
3 国及び裁判所は、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備(例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室あるいはスペース等の設置)を講じること。
2025(令和7)年5月28日
福岡県弁護士会
【決議の理由】
第1 刑事法廷内における手錠・腰縄使用の現状
1 現状
現在、勾留された被疑者・被告人(以下「被告人等」という。)は、審理中は手錠・腰縄を外された状態であるが、手錠・腰縄をされたままの状態で刑事法廷内に入廷させられ、審理終了後は手錠・腰縄をされたままの状態での退廷を余儀なくされている。つまり、被告人等は審理前後の時間帯は、手錠・腰縄をされたままの状態で刑事法廷内にいなければならず、その姿を裁判当事者や傍聴人など周囲に晒されることになる。
裁判員裁判の場合、2009(平成21)年法務省通知で、少なくとも裁判員は、被告人の手錠・腰縄姿を目にしないための配慮がなされているが、傍聴人や検察官などからは手錠・腰縄姿が見られることについては何らの配慮もなされておらず、手錠・腰縄をされた状態で入退廷することは通常裁判と同様である。
2 日本の刑事司法の根本的問題
被告人等に対する手錠・腰縄使用は身体拘束の一つであり、身体拘束は公権力による人身の自由に対する究極の侵害であるにもかかわらず、日本の刑事司法では、身体拘束が極めて安易に許容され、過剰かつ長期の身体拘束が実務上常態化しており、被告人等の人身の自由に対する過剰な人権侵害状況が、刑事法廷内の入退廷時にも表れている。
安易な身体拘束、身体拘束の長期化及び「人質司法」の抜本的解決は、刑事法廷内の入退廷時の手錠・腰縄問題解決のためにも極めて重要な課題である(当会2024(令和6)年5月24日付け「刑事身体拘束手続に関する裁判所の運用改善を求める決議」参照)。
第2 当会の活動
このような状況を踏まえて、当会では、2020(令和2)年10月、手錠・腰縄問題に関する学習会を開催した後、2021(令和3)年8月、手錠・腰縄問題PTを立ち上げ、刑事法廷内の入廷時に手錠・腰縄を使用しないように求める活動を始めた。
2021(令和3)年11月に行われた法曹三者による「第一審強化方策福岡地方協議会刑事部会」では、当会提案で手錠・腰縄問題を議題に挙げたが、裁判所からは個別事案において法廷警察権を行使する裁判長(裁判官)が判断する事項であるなど、形式的な回答しかなされなかった。
また、当PTは当会会員(刑事弁護人)から裁判所への手錠・腰縄不使用申入れを行うように呼び掛けており、2021(令和3)年10月から2025(令和7)年3月までの3年6か月間に当会会員から裁判所に申し入れた件数は合計62件であったが、そのうち、刑事法廷外で手錠・腰縄を外した事案はなく、僅か4件(約6.5%)で被告人の入廷後に傍聴人を入れる「時間差方式」による配慮が行われたのみであった。
第3 憲法・国際人権法等違反
1 憲法・自由権規約違反
⑴ 個人の尊厳及び人格権侵害
まず、被告人等は、個人として尊重され(憲法13条)、品位を傷つける取扱いを受けず(自由権規約7条、拷問等禁止条約16条1項)、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して取り扱われなければならないが(自由権規約10条1項)、手錠・腰縄のまま入退廷させることは、被告人等の自尊心を傷つけ、屈辱感、羞恥心、無力感等を与え、肉体的にも精神的にも服従を強いることとなり、個人の尊厳を侵害し、品位を傷つける取扱いである。
⑵ 無罪推定の権利侵害
被告人等は、有罪判決を受けるまで無罪として取り扱われる無罪推定の権利が保障され(憲法31条、自由権規約10条2項(a)、同14条2項)、自由権規約委員会の一般的意見32(自由権規約14条の解釈指針)は、「被告人は通常、審理の間に手錠をされたり檻に入れられたり、それ以外にも、危険な犯罪者であることを示唆するかたちで出廷させられたりしてはならない。」と指摘しているが、手錠・腰縄のまま入退廷させることは、被告人等を罪人であるかのように取り扱っているような外観を生じさせるため、無罪推定の権利を侵害する。
⑶ 防御権等侵害
被告人等は、刑事裁判の一方当事者として防御権が保障され、検察官と対等な立場で裁判に臨む権利を有しており(憲法31条以下)、全ての者は裁判所の前で平等であるが(自由権規約14条1項)、手錠・腰縄のまま入退廷させることは、訴訟活動を萎縮させ、防御権を充分に行使し得なくなるおそれがあり、対等当事者としての地位が脅かされるため、被告人等の防御権、対等当事者として裁判に臨む権利を侵害する。
2 国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)違反
国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)48条1項は、「より制限的でない制御形態では効果がない場合にのみ」、「必要かつ合理的に利用可能な最も侵襲性の低い形態」の拘束具のみが、「必要な時間のみに用いられ、かつ、...危険がもはや存在しなくなった後にはできる限り速やかに取り外され」なければならないとの条件の下、使用が認められるが、日本の刑事法廷内における手錠・腰縄使用は、同規則の厳格な拘束具の使用基準に違反している。
3 海外の事例
⑴ 大韓民国(韓国)
韓国では、刑事法廷横に待機室が設置され、待機室で手錠を着脱することになっているため、被告人は手錠・腰縄をしない状態で公判廷に入退廷することができ、公判廷での身体不拘束原則が徹底されている。
2024(令和6)年、日本弁護士連合会が大韓弁護士協会に待機室の設置状況について照会したところ、大韓弁護士協会を通じて「法院行政処」(日本の最高裁事務総局に相当)から、ほとんどの刑事法廷には被告人待機室が設置されており、待機室が設置されていない法廷は、刑事本案事件以外の令状実質審査、即決審判などを担当する法廷又は外部見学などの体験法廷等に使用されているとの回答がなされている。
⑵ 欧州連合(EU)
EUでは、無罪推定を受ける権利等に関する指令(2016年)において、「法廷または公衆の面前において、身体拘束具を使用することによって、被疑者・被告人が有罪であるものとして露見されないようにするために適当な措置をとる」こと(5条1項)、「手錠、ガラスの覆い、檻および足枷などのような身体拘束具によって、法廷または公共の場において、被疑者・被告人が有罪であるとの印象を与えることを慎むべきである」(前文20項)と明記している(北村泰三「被告人を入退廷時に手錠・腰縄で拘束する措置は人権侵害か?」世界人権問題研究センター「研究紀要」23号(2018年)32頁)。
⑶ 米国
米国連邦最高裁判決(2005年5月23日)は、有罪・無罪の評決(guilt phase)後の量刑審理(penalty phase)に被告人が出廷する際、足鎖・手錠・胴鎖で拘束されていた事案(デック対ミズーリ事件)について、「法廷の公的尊厳(courtroom's formal dignity)とは、被告人を尊重して扱うこと(respectful treatment of defendants)を含むものであり」、「法廷における拘束具の使用は、裁判官が支持する司法手続の厳守性と慎みを損なうものである」と言及し(北村・前掲11~12頁)、個別の事案毎に逃亡のおそれや法廷内の安全確保等の事情を考慮せずに、被告人に人から見えるような拘束具を付けたまま出廷させることは、合衆国連邦憲法修正第5条及び修正第14条等(法の適正手続)に違反していると判示している(北村・前掲9頁)。
⑷ 英国
英国では、一般的に被告人は法廷に入廷する際も手錠などの拘束具は外されており、逃亡または暴力を振るうおそれのある場合に限って手錠で拘束されることも認められるが、手錠を使用する合理的な根拠を証明する責任は、訴追側にあるとされている(北村・前掲7頁)。
⑸ 小括
このように上記諸外国などでは刑事法廷内で被告人等に手錠・腰縄が使用がされないか、少なくとも一定の制限があるのに対して、日本では漫然と一律に手錠・腰縄を使用している実態であり、国際的な観点から見ても、被告人等に対する人権保障が大きく立ち後れている。
第4 法令・通知
1 刑事訴訟法
刑事訴訟法287条1項は「公判廷においては、被告人の身体を拘束してはならない。」という身体不拘束原則を規定しているが、裁判実務上、「公判廷」とは「審理の開始から終了まで」と限定解釈されているため、漫然と一律に入退廷時に手錠・腰縄が使用されている(昭和32年5月7日法務省矯正局長通達でも、裁判実務に沿って、手錠は開廷時に解錠し、閉廷時に施錠することが定められている。)。
2 平成5年法務省矯正局長通知
⑴ 平成5年法務省矯正局長通知の内容・経緯
他方、平成5年7月19日付け法務省矯正局長通知「刑事法廷における捕縄及び手錠の使用について」(以下「平成5年通知」という。)では、最高裁判所事務総局刑事局と法務省矯正局が協議した結果として、今後、特に戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせることは避けるべきであるという事情が認められる場合には、被告人を傍聴人より先に入廷させ、被告人を傍聴人より後に退廷させて、傍聴人のいない所で解錠・施錠することを原則とし、これによることができない特段の事情がある場合には、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し又は施錠させるという方法その他適切な方法を執ることとされた。
しかし、平成5年通知別添記載の最高裁判所と法務省との協議経過によれば、当初、最高裁事務総局刑事局は、法務省矯正局に対し、「傍聴人を退廷させずに戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための一つの方策として、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し、又は施錠させるという運用を一般化すること」を打診していたのである。
このように、入退廷時に手錠・腰縄を使用するという従来の運用を廃止し、法廷外で手錠・腰縄を解錠・施錠することを一般化するという運用に変更しようとした最高裁判所事務総局刑事局の当初の考え方こそ、被告人等の個人の尊厳・人格権、無罪推定の権利、防御権等を保障する憲法・国際人権法に適うものであり、高く評価される。
⑵ 平成5年通知の意義と限界
平成5年通知は、開廷時の解錠・閉廷時の施錠の原則を維持しつつも、入退廷時に手錠・腰縄を使用している現状に一定の例外を設けたことには大きな意義がある。
しかし、原則として入退廷時の手錠・腰縄状態が前提とされており、「特に戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせることは避けるべきであるという事情」という判断基準も不明確であり、実際、平成5年通知によって法廷出入口の外で手錠・腰縄が外された事例はほぼ皆無であるから、同通知はほとんど全く機能していない。
そこで、最高裁判所事務総局刑事局が、当初、法廷外で手錠の解錠・施錠を行うよう打診していたという歴史的経緯を再認識した上で、「公判廷」(刑事訴訟法287条1項)を物理的な法廷の場と解釈して、入退廷時にも身柄不拘束原則を適用するという運用にしなければならない。
第5 手錠・腰縄国賠訴訟判決
入退廷時の手錠・腰縄使用の違憲性を訴える国賠訴訟が複数提起されてきたが(大阪地裁、京都地裁・大阪高裁、広島地裁・広島高裁・最高裁)、いずれも国賠法上の違法は認められず、全ての原告が敗訴している。
しかし、その中でも、2019(平成31)年5月27日大阪地裁判決(判例タイムズ1486号230頁)は、入退廷時の手錠・腰縄使用に関する人権侵害性及び運用改善に言及している。
すなわち、「現在の社会一般の受け取り方を基準とした場合、手錠等を施された被告人の姿は、罪人、有罪であるとの印象を与えるおそれがないとはいえない」「手錠等を施されること自体、通常人の感覚として極めて不名誉なものと感じることは、十分に理解される」「手錠等についての社会一般の受け取り方を基準とした場合、手錠等を施された姿を公衆の前にさらされた者は、自尊心を著しく傷つけられ、耐え難い屈辱感と精神的苦痛を受けることになることも想像に難くない」「確定判決を経ていない被告人は無罪の推定を受ける地位にあること」などに鑑み、「個人の尊厳と人格価値の尊重を宣言し、個人の容貌等に関する人格的利益を保障している憲法13条の趣旨に照らし、身体拘束を受けている被告人は」「手錠等を施された姿をみだりに公衆にさらされないとの正当な利益ないし期待を有しており、かかる利益ないし期待についても人格的利益として法的な保護に値するものと解することが相当である。」と判示した。
そのうえで、運用の在り方について、「公判期日が開かれる法廷への入退廷に際して、手錠等を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための具体的な方法について検討すると、現在の我が国の裁判所における法廷施設の状況を前提とするならば、①法廷の被告人出入口の扉のすぐ外で手錠等の着脱を行うこととし、手錠等を施さない状態で被告人を入退廷させる方法、②法廷内において被告人出入口の扉付近に衝立等による遮へい措置を行い、その中で手錠等の着脱を行う方法、③法廷内で手錠等を解いた後に傍聴人を入廷させ、傍聴人を退廷させた後に手錠等を施す方法が考えられる。」と判示した。
このように大阪地裁判決は、一律に手錠・腰縄を使用する現状の運用を改善する上で、重要な意義を有している。
第6 適切な法廷警察権の行使
前述したように、入退廷時の手錠・腰縄使用は被告人等の基本的人権を侵害するから、入退廷時の被告人等にも刑事訴訟法287条1項(身体不拘束原則)の保障が及ぶと考えるべきである。
そもそも、刑事裁判に臨むために被告人等は裁判所に出頭し、公判で訴訟活動をする予定である以上、一般的に暴行や逃亡のおそれが高いとは言えないから、漫然と一律に手錠・腰縄を使用する必要性はない。
もし暴行・逃亡の緊急事態が生じた場合は、刑事施設職員(刑務官)のみならず、裁判所が配置する看守者(同287条2項)によっても対処可能であるし、裁判長が法廷警察権を行使して在廷命令その他相当な処分(身体拘束を含む)により対処可能である(同288条2項)。
この点、例外的に身体拘束が許容される「暴力を振い又は逃亡を企てた場合」(同287条1項但書)とは、現実に暴行行為に及びまたは逃亡行為を実行に着手した時点と解釈されるべきであり、かつ、身体拘束の比例原則やマンデラ・ルール(48条1項)に鑑みると、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しないようにしなければならない。
裁判官は憲法尊重擁護義務(憲法99条)を負っている以上、被告人等の基本的人権を尊重するため、適切に法廷警察権を行使して、原則として入退廷時の手錠・腰縄を使用することを止めるべきである。
第7 立法・制度整備の必要性
そもそも、刑事被収容者処遇法成立時(2006(平成18)年6月)の附帯決議では「拘禁されている被告人が法廷に出廷する際には、逃走等の防止に配慮しつつ、...捕縄・手錠を使用しないことについて検討すること」(参議院附帯決議第十一項)が明記されていた。
被告人等に対して手錠・腰縄を使用しないよう弁護人が申入れをしても、ほとんどの裁判官は何らの措置もしない状況であるため、裁判官による被告人等の人権保障を基本に据えた適切な法廷警察権の行使は期待できない状況である。
裁判官が、広範な裁量権を理由に被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用する運用を続け、被告人等に対する人権侵害をなくすことに全く努力も配慮もしない以上、かかる人権侵害状況を抜本的に解決するためには、立法でもって新たに明文を設けなければならない。
具体的には、現在の刑事訴訟法287条1項と同様、入退廷時における身体不拘束原則を明記した規定として、「被告人の入退廷時においても前条の例による。」(287条の2)を新設すべきである。
また、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備として、例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室やスペース等の設置がなされるべきである。
他方で、入退廷時の被告人等に手錠・腰縄を使用しない場合、暴行・逃亡の懸念が指摘されるところであるが、暴行・逃亡防止については物的・人的整備を講じることで対処が可能であるから、暴行・逃亡の懸念を理由に入退廷時の被告人等に手錠・腰縄を使用する運用を続けることは、到底許されない。
第8 結語
刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄の使用は、法曹三者が日常的に目にしながらも、その人権侵害性を見過ごしてきたと言わざるを得ず、手錠・腰縄問題は早急に改善されなければならない。
よって、刑事公判廷の入退廷時における被告人等の基本的人権を保障するため、決議の趣旨で述べたとおり、裁判官に対しては、原則として入退廷時に手錠・腰縄の使用をやめること、国に対しては、入退廷時にも身体不拘束原則が及ぶことを明記した規定を刑事訴訟法改正により追加すること、国及び裁判所に対しては、入退廷時の被告人等に手錠・腰縄を使用しないための施設整備を求める。
また、当会は、本決議をもって、早急に手錠・腰縄問題を解決するべく、手錠・腰縄使用の人権侵害性を広く知らしめるとともに、裁判所への申入活動の活性化など様々な取り組みを積極的に推進していき、被告人等の基本的人権の擁護に努めることをここに決意する次第である。
以上