福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2003年9月 1日

『刑事裁判の充実・迅速化について(たたき台)』に対する意見

意見

2003年9月1日   福岡県弁護士会 会長 前田 豊

第1 刑事裁判の迅速化を考える際の基本的視点について

 1 刑事裁判の充実・迅速のためには,現行制度の運用の改善とともに,制度の改革が必要不可欠である。
 憲法37条1項は,「すべての刑事事件においては,被告人は,公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」と定める。
 このように,刑事事件における迅速な裁判の要請は,基本的に被告人の権利とされていることに留意されるべきである。
 もとより,刑事裁判が行為者の刑事責任という社会的責任の有無及びその内容を決するものであることから,その裁判が迅速かつ適正に行われることは,社会的関心事であり,社会性を有するものであるといえる。
 しかしながら,前記のとおり,迅速な裁判の要請が,基本的には被告人の権利として憲法上保障されている上,我が国の憲法において,法定手続の保障(憲法31条)をはじめとして,刑事手続について詳細な規定を設けているのも(憲法33条以下),過去の歴史の中で,刑事手続,刑事裁判の名において,多くのえん罪,誤判,人権侵害を生んだということに対する反省に基づくものであることを銘記すべきである。
 刑事手続がなされることによって社会的感銘力が発揮されるという観点でも,また,証拠散逸を防ぐという手続的な観点からも,迅速な裁判が求められるということは理解できるものの,迅速な裁判を形式的に希求することは,刑罰の拙速な実行に陥る危険を有しているものであって,まずは,適正かつ充実した裁判がなされるための運用や制度が構築されることが肝要である。\n
 2 我が国の刑事手続は,第二次世界大戦後の刑事訴訟法の制定に際し,いわゆる当事者主義的構造を多く採り入れている。\n 当事者主義は,被疑者,被告人について,これを訴訟の客体としてではなく,訴訟の当事者として,訴追者である検察官と対等の地位を与えることを基本とするものであり,それによって,被疑者,被告人の権利を保障するとともに,双方当事者が,それぞれの立場で主張立証を尽くすことにより,事実が明確になり,実体的な真実発見にも資することになり,適正な裁判が実現するという考え方に基づくものである。
 この制度は,検察官と被疑者,被告人とが,実質的にも対等であってはじめて実効性を有するものであり,弁護人制度も,訴訟の場では圧倒的に劣後的立場にある被疑者,被告人を援助するものとして存在する。
 しかしながら,我が国の刑事裁判の実情は,警察官及び検察官が捜査段階において収集した証拠,殊に,被疑者が身体拘束を受けた状態で長時間の取調を受け,そこで作成された供述調書といった書証による証拠調を中心として進行している。
 したがって,裁判において,争いになった刑事事件の多くは,捜査段階で収集された証拠に対する検討,吟味が手続の中核をなしているといっても過言ではなく,自白調書の任意性,信用性判断のための証拠調手続に多くの時間を費やしているといった状況にある。

 3 また,検察官の手持ち証拠については,原則として,検察官が取調請求予定の証拠について開示がなされ,被告人はもとより弁護人としては,他にいかなる証拠が存在するか判らないまま,訴訟が進行し,事案によっては,その進行状況によって,五月雨式に証拠が開示されている。\n しかも,検察庁からの取調請求予定の証拠についても,その開示は第一回公判期日の2週間ないし10日程度前になってなされており,立証趣旨を明記した証拠調請求書(実務では証拠等関係カードをもって代えることが多い)については,公判期日前日になっても交付されず,公判期日当日,法廷で交付されているのがほとんどである(なお,この点は福岡地方裁判所第一審強化方策協議会において何度も改善要求を議題として提案しているが,残念ながら改善される気配はなく,また裁判所も改善について積極でないのが実態である)。\n 裁判の充実,迅速化の方策として,準備手続の活用,争点整理の明確化等が挙げられているが,そのためには,必要かつ十分な準備期間が保障されることが必要最低限の条件である。\n
 4 以上のことから,刑事裁判における充実,迅速化のためには以下の点についての根本的な改革が必要不可欠な条件である。
 (1) 全面的な証拠開示
 (2) 録音録画による取調の全過程の可視化
 (3) 保釈制度の改革等身体拘束制度の改革をすることによって、弁護人との実効的な準備の確保を可能にすること\n (4) 刑事訴訟法39条3項を廃止する等の接見交通権の実質的な保障をすることによって、弁護人との実効的な準備を可能にすること\n 充実かつ迅速な裁判は上記の点が実現されるか否かで左右されるといえるほど重要であり,連日開廷や準備手続を整備しても,上記の点が改革できなければ単に形式的に手続を制度化するだけになり,却って,本来の目的である充実した審理や適正な裁判実現を阻害することとなる。
  以下「たたき台」について必要な限りで意見を述べる。


 第2 その1についての意見

 1 準備手続の目的等
 (1) 準備手続の決定
  同規定案自体に特に異存はないが,早期の証拠開示等によって,十分な準備期間が保障されることが必要である。\n (2) 準備手続の目的
  アについては,「公判の審理を充実させ,迅速かつ継続的に行うことができるよう」とすべきであり,イについては削除すべきである。
 (3) 裁判員制度対象事件における必要的準備手続・・・ 特に異存はない
 (4) 準備手続の主宰者  B案に賛成する。

 2 準備手続の方法等
 (1) 準備手続の方法
  アについて,出頭と書面の提出を並列的に規定しているが,書面の提出は補充的なものにすべきである。
  イについて,被告人に対しては黙秘権告知を行い,応答義務がないことを明定すべきである。
  ウについては,特に異存はない。
  エについては,削除すべきである。
  被告人に主張や証拠に関する署名義務を認めるのは相当でない。
 (2) 準備手続の出席者
 規定案については,特に異存はないが,被告人の出席について,被告人が希望すれば準備手続に出席できる旨の規定を設けるべきである。
 当事者である被告人の出席権が保障されるべきだからである。
 (3) 準備手続の内容
 証拠能力の判断のための事実取調べ,証拠調べに対する決定については準備手続きで行うのではなく公開の法廷での公判手続きにおいて行うべきである。\n 規定案では,「専ら」証拠能力の判断のための取調べとするが,証拠能\力に関する取調及び判断については,それが実体に対する判断とは,理論上は区別されるものの,当該証拠の内容を完全に除外した証拠能力に対する取調や判断というのは現実には想定できず,準備手続において決されるべきではない。\n (4) 準備手続の結果の顕出
  準備手続において,被告人が発言,応答等をした場合,これは証拠とされることがないことを明記すべきである。
 (5) 準備手続の充実
 「できる限り早期に終結させるように努めなければならないものとする」   という規程は削除すべきである。
 裁判の充実,迅速の目的のための準備手続に,上記条項が加わると準備手続の拙速を促していると解さざるを得ない。

 3 検察官による事件に関する主張と証拠の提示
 全面的な証拠の開示をすべきである。
 (1) 検察官主張事実の提示
 全部の公判事件について行うことを明記すべきである。なお,現在,検察官は裁判所が証拠を開示すべき期間について何度申し入れをしても遵守せず,弁護人としては準備ができなくて困っている状態が続いている。\n この問題は古くて新しい問題であるが,この問題が解解決できれば裁判の充実迅速にとって大きな前進である。なお,検察官が期間の遵守をしなかった場合,一定のペナルティーを課すべきである。
 (2) 取り調べ請求証拠の開示
 アについては異存はない。イについて,「検察官が開示することが相当でないと認める場合」との規定は削除されるか,さらに要件が具体化,厳格化されるべきである。
 (3) 取り調べ請求証拠以外の証拠の開示
 全面的な証拠の開示をすべきである。したがって,A案,B案いずれも不十分である。\n
 4 被告人側による主張の明示
 (1) 主張の明示等
 アについては,B案に賛成する。なお,検察官からの完全な証拠開示を前提とすべきである。イについて,B案に「できる限り」という条項入れるべきである。
 (2) 開示の方法
  特に異存はない

 5 争点に関連する証拠開示
 前記のとおり,全面的な開示がなされるべきであるが,仮に,かかる規定を設けるとしても,開示による弊害は明白かつ差し迫ったか危険がある場合に限定すべきである。

 6 更なる争点整理と証拠開示
 前同様特に異存はない。

 7 証拠開示に関する裁定
 (1) 開示方法の指定
 特に異存はない。
 (2) 開示命令
 被告人は除外されるべきである。他は特に異存はない。
 (3) 証拠の提示命令
 特に異存はない。
 (4) 証拠の標目と提出命令
 アについては,特に異存はない。イについては,A案,B案とも反対である。一覧表は開示されるべきである。\n
 8 争点の確認等
 (1) 争点の確認
 特に異存はない。
 (2) 準備手続終了後の主張
 B案に賛成する。
 準備手続において争点整理をする以上,A案の考え方も理解できないものではないが,無垢の者を処罰してはならないという大原則がある刑事裁判において,また,検察官が立証責任を負う刑事裁判において,被告人・弁護人について,争点につき失権効を設けるのは相当でない。
 (3) 準備手続終了後の証拠調べの請求
 C案に賛成する。
 主張と同様に,刑事裁判の原則に照らし,証拠請求についても準備手続において行う旨の規定は肯定できても,失権効を設けるべきではない。

 9 開示された証拠の目的外使用の禁止等
 (1) 目的外使用の禁止
条項の新設は反対であり,削除すべきである。
 解説では記録の暴力団関係者への流出が問題になったために新設をするとのことであるが,当該被告事件の審理の準備以外の目的での使用することを一般的に禁止する規定を新設する根拠とはならない。\n 本規程が新設されれば,記録を当該被告人の民事事件で使用することも禁止され,被告人の共犯者の事件で使用することも禁止されることになり不合理であり,現状と著しく相違している。
また、社会に対して問題を指摘する場合、学術研究の対象となる場合などもあり、一般的に限定されるべきではない。
 まして,罰則を設けて禁止する等論外である。
 ところで,刑事手続に付随する措置に関する法律第3条は,犯罪被害者に公判調書等の謄写権を認める。その際、被害者には名誉もしくは生活の平穏を害しないことという注意規程はあるが,目的外使用の禁止の規程はない。そのため民事の裁判は勿論,その他の目的にも自由に使用できるのであり,完全に均衡を失している。
 (2) 開示された証拠の管理
 条項の新設は反対である。
 前記開示された証拠の管理責任者は弁護人なのかについては議論が分かれている。それにもかかわらず,弁護人に対して証拠の管理義務を強制できるような制度の復活は困難である。

 10 証拠開示に関して証拠開示に応じなかった場合または開示すべき証拠を提出しなかった場合の制裁規定が欠落している。
 公訴棄却,あるいは,絶対的控訴理由とするなどの措置が講じられるべきである。証拠の開示についていかに立派な制度を制定しても捜査機関がそもそも開示の対象から外した場合,重要な証拠が闇に葬り去られることになる。


 第3 その2についての意見

 1 連日開廷の確保等について
 連日開廷の原則の法定
 明記することには反対ではないが,連日開廷を可能にするための条件が確保さ  れているかは大いに疑問がある。\n裁判の迅速化に関する法律4条に明記されるよう,連日開廷を可能にするための人的物的設備を整備するための十\分な財政的措置を採ることが最低限の条件であるが,現在の裁判所の体制では人的,物的条件が整備されておらず,ひとつの事件で連日開廷をした場合,他の事件を犠牲にしなければならないのが実情である。この点の制度改革をどのようにするのか,たたき台は曖昧である。
 また,前記のとおり,全面的証拠開示,十分な準備期間,被告人の身体拘束からの解放等が保障されるべきである。\n
 2 訴訟指揮の実効性の確保
 (1) 国選弁護人の選任
 裁判長は弁護人がいなければできない準備手続又は弁護人がなければ開廷することができない場合で,公判期日に職権で弁護人を付する場合は弁護人が正当な理由なく出頭しないとき又は準備手続若しくは公判手続に在席しなかったときに限定すべきである。
 正当な理由がある場合にも別の弁護人を選任することは行き過ぎである。
 (2) また,裁判長は職権で選任された弁護人に対しては,当該弁護人の準備が十分になされるよう準備手続又は公判期日に十\分に配慮しなければならない旨の条項を追加すべきである。

 3 訴訟指揮権に基づく命令の不遵守に対する裁判等
 (1) 過料の制裁ないし損害賠償に関する規定を新設することには絶対に反対である。
 そもそも,訴訟指揮権は当事者の信頼の上に成り立つものであり,罰則や制裁規定で訴訟指揮の遵守を求める事自体極めて問題である。
 また,訴訟指揮が遵守されない事例が散見されたという事実もないのであり,それにもかかわらず弁護権の侵害と直結する重大な問題について,安易に処罰規定を設けるべきではない。
 (2) 裁判所による処置請求
 絶対に反対である。
 本件の規定はすべて裁判所が正しい訴訟指揮をすることを前提にしているが,実際の事件ではことは単純ではない。それにもかかわらず裁判所が一方的に処罰をし弁護士会等に対して処置請求をするという規定は言語道断である。

 4 直接主義,口頭主義の実質化
 直接主義,口頭主義の実質化をして調書裁判を排除すべきである。
 このために,捜査の可視化は最低限必要な条件である。以上の直接主義,口頭主義の実質化は裁判員制度対象事件の場合当然に導入すべきであるが,直接主義,口頭主義の実質化は裁判員制度対象事件以外の事件にも必要不可欠な制度である。

 5 即決裁判手続
  たたき台の構想は公的弁護制度が完全に実施され,弁護人の援助を受けることが必要な条件である。\n この点についての制度化がない場合当然反対である。
 また,裁判手続についてだけを改めても,現状とどの程度違うのかそもそも実効性に疑問がある。

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2003年9月11日

労働関係事件への総合的な対応強化に係る意見

意見

2003年9月11日   福岡県弁護士会 会長 前田 豊

 当会は,労働関係事件についての総合的な対応を強化する必要があると認め,次のとおり,意見を述べる。

 意見の趣旨 
1 利用しやすい労働審判制度を
 労働関係事件が多発していることから,労働紛争に関して,多様な紛争解決制度が設けられる必要がある。労働検討会で提起された個別労働紛争に関する労働審判制度については,適性・迅速な解決が図られるよう,労使の参与員が裁判官と対等に合議に加わることを認め,定型の申立書を備えるなどして口頭での申\立を可能にし,利用しやすい制度とすべきである。\n 2 相談におけるワンストップサービスを裁判外の行政相談等にあっては,個別労働紛争に係る各行政機関の連携を強化し,官民も含めた関係団体の協力も得て,利用者の便宜に資するワンストップサービスを充実させるべきである。
 3 仮処分・本案訴訟の迅速化を
 仮処分手続と本案訴訟の審理の迅速化を図るため,仮処分手続については,解雇事件等緊急を要するもことに鑑み,原則として申立後2か月以内に裁判所の判断を出すこととし,本案訴訟についても審理期間を短縮するための諸方策を併せて講じるべきである。
 4 労働委員会の機能強化を\n 労働委員会の事務局の専門性を強化するなど,労働委員会の判定機関としての機能を強化するとともに,訴訟段階で初めて出された証拠方法については,時期に遅れた攻撃防御方法として証拠から排除するなど,労働委員会の解決機能\を充実し,実効性を高めるべきである。
 5 整理解雇の4要件の法制化を
 整理解雇の4要件についてはすみやかに法制化し,行政指導などにより周知徹底を図るべきである。

 意見の理由
 1 これまでの労働検討会の議論状況に対する評価
 議論の前提として,個別労働紛争の増加が共通認識となっているが,それがいかなる背景に基づくのかの議論がなお不足しているように思われる。すなわち,人件費削減に関わる解雇や労働条件の不利益変更等の紛争が増え,働くルールそのものの空洞化が生じている。こうした中で,検討会全体の議論は,労働者の地位・権利に配慮した考察がなお不十分であるように感じられる。\n 2 喫緊の課題
 そうした中において,当会は,実現すべき喫緊の課題に絞って意見の趣旨を述べることとしたものであり,早急に実現可能な内容として提案する。\n 3 意見の趣旨に至った理由
 (1) 中間報告で導入が提唱されている労働審判制度にあっては,簡易・迅速・安価な紛争解決という趣旨に照らし,調停に類似する制度として導入することが望ましい。その場合,専門的知識を有する労使のスタッフを確保し,裁判官とともに,参与として,労使委員が実質的に関与するなどして労働審判制度を利用しやすいものにする必要がある。
 (2) 行政段階における,いわゆるたらい回しを防止し,利用者の便宜に徹することが喫緊の課題である。現在でも関係行政機関の連絡協議がなされているようであるが,今後は弁護士会も含めた官民の連携と協力体制の構築を図るべきである。\n (3) ヨーロッパの労働裁判制度においては,従来から早期解決が重視されている。一方,我が国では,仮処分が本案訴訟化し,本案訴訟も長期化している。そこで,仮処分制度本来の趣旨・目的に立ち返り,とくに解雇事件における緊急の救済の必要性にも鑑み,仮処分手続の審理期間を短縮すべきである。本案においても,本案移行後の計画審理,集中証拠調べを実施することで,審理期間の短縮を図るべきである。
 (4) 労働委員会の機能強化については,これまでも数多くの議論がなされ,提言もなされてきたが,現状に鑑みれば,一つの方策として,労働委員会事務局の専門性を強化することも有力な一方策として考えられる。\n (4) リストラ・整理解雇については,すでに確立された判例法理があるので,これを法制化し,アナウンス効果を高めることで,解雇に対する認識を高め,併せて行政指導によって趣旨の徹底を図ることが重要と考える。

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