福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2016年6月10日

放送規制問題に関する会長声明

声明

「報道の独立性は重大な脅威に直面している。」これが、国連人権理事会に指名され、2016年4月に、「意見及び表現の自由」の公式調査を実施した特別報告者の日本の現状に対する評価である。

2016年2月8日、衆議院予算委員会で、高市早苗総務大臣は、野党議員が「憲法9条改正に反対する内容を相当の時間にわたって放送した場合、電波停止になる可能性があるのか」と質問したのに対し、「行政指導しても全く改善されず公共の電波を使って繰り返される場合、それに対して何の反応もしないと約束するわけにはいかない」と述べ、放送局が政治的な公平性を欠く放送を繰り返したと判断した場合、放送法4条違反を理由に、電波法76条に基づいて電波停止を命ずる可能性に言及した。

このような発言は、誤った法解釈に基づき、放送・報道機関の表現の自由を牽制し萎縮させるものであり、我が国の民主主義を根幹から揺るがしかねないものである。

国の主権者である国民が、自ら思考し、議論を重ね、政治的な意思決定をするにあたって、情報の自由な流通が確保されていることが重要であることは論を俟たない。それゆえ、憲法21条は、国民の「知る権利」を保障するとともに国民の表現の自由の実質的保障に必要不可欠である「報道の自由」を保障しているのである。

これを受けて、放送法第1条2号は、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」を放送法の目的として規定した。

表現の自由は、一度侵害されれば民主制の過程で回復することが困難である。報道の自由との関係では、仮に政府から特定の立場に偏った報道を強いられると、国民は多様な見解に触れる機会を失うとともに、偏った報道を強いた政府を批判し制御するための情報源を失うことになる。主権者として政府を制御する側の国民が、情報を統制されることによって、立場が逆転することは、過去の歴史からも明らかである。

このように、憲法及び放送法全体の趣旨に照らせば、行政機関が主体となって、放送の内容を吟味・検討することは許されない。時の政府が、放送内容の「政治的公平性」を判断し、電波法76条などの罰則規定を用いて放送事業者を威嚇することで、放送事業者が萎縮してしまっては、国民の「知る権利」は形骸化してしまう。放送法4条が、放送事業者が自律するにあたって依るべきところの倫理規範であることは明らかである。総務大臣および現内閣は放送法4条を規制規範であると解釈しているが、それは、放送法はもちろん、憲法の理念にも反する。

このような誤った解釈を前提に、放送事業者に対し、電波法76条に基づき電波停止を命ずる可能性について言及することは、放送事業者だけでなく、情報を発信するあらゆるメディアに対して、報道の自由を萎縮させる事態に繋がりかねない。

国連人権理事会の特別報告者は、総務大臣の発言を、「メディアを制限する脅迫として合理的に認められる。」と評する。この評価は、政府の本当の関心が報道の内容やトーンにあるとの分析によるものである。2014年11月20日、自民党が、「選挙時の報道の公平性、中立性、正当性を保障するための要求」という手紙を放送ネットワークに送付した事実、また、アベノミクスに対する報道ステーションの報道内容を批判し、「公正で中立なプログラム」を要求する手紙を送付し、この中で放送法4条1項4号の基準を十分に考慮していないと述べている事実がこの分析を裏付ける。その上で、特別報告者は、放送法4条の廃止、そして、政府自らをメディア規制活動の外に置くことを勧告している。

以上のとおりであって、総務大臣発言は、憲法・放送法の趣旨に反し、かつ、国際基準に照らしても、メディアの独立性の重大な脅威となるものである。

よって、当弁護士会は、報道の自由を萎縮させ、国民の知る権利を侵害し立憲民主主義を損なう総務大臣の発言に強く抗議し撤回を求めるとともに、政府に対し報道・表現の自由への干渉・介入となり得るような行政指導や発言を行わないよう求める。

2016年(平成28年)6月10日
福岡県弁護士会
会長 原 田 直 子

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