福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

意見

2023年12月 7日

緊急事態時に国会議員の任期延長を許す憲法改正に反対し、大規模自然災害等 の緊急事態時にも選挙を実施できるようにするための制度整備を求める意見書

第1 意見の趣旨
 当会は、
1 現在、第212回国会の衆議院憲法審査会において議論がなされている、大規模災害等の緊急事態時に国会議員の任期延長を許すとする憲法改正に反対する。
2 国に対し、大規模災害等の緊急事態時においても選挙を実施できるよう、公職選挙法改正等の制度の整備をすることを求める。


第2 意見の理由
1 はじめに
 現在、第212回国会の衆議院の憲法審査会において、大規模自然災害等の緊急事態時に国会の権能を維持するために国会議員の任期延長を認める内容の憲法改正を行うべきであるとの議論が提起され、これに賛成する会派から具体的な条文案も示されている。
 それら条文案では、概ね、外部からの武力攻撃、大規模自然災害、内乱、感染症まん延等の緊急事態が発生し、選挙の一体性が害されるほどの広範な地域において国政選挙の適正な実施が70日を超えて困難であることが明らかな場合に、手続的要件を充足すれば、国会議員の任期を延長(任期満了や衆議院解散の場合は前議員の身分を復活させたうえで延長。延長期間は1年とするものや、「国政選挙が適正に実施されるまでの間」の上限6ヵ月とするもの等があり、再延長を可とする。)するとされている。手続的要件は、選挙実施困難性の認定は内閣が行い、国会において過半数ないし出席議員の3分の2以上の事前承認を要するというものである。


2 国民の選挙権行使の機会を縮小させること
 憲法は、主権が国民に存することを宣言し(前文、1条)、公務員を選定し及びこれを罷免することは国民固有の権利であると定め(15条1項)、国会の両議院は全国民を代表する選挙された議員でこれを組織すると定めて(43条1項)、国民に対し主権者として衆参両議院の議員の選挙において投票することによって国の政治に参加する権利を保障している。選挙は国民が国の政治に参加して国政のあり方を決めるという国民主権の根幹であるから、憲法はこうした国民主権の根幹に関わる権利として、国民に選挙権を保障しているのである。
 したがって、国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず、制限することがやむを得ないと認められる事由がなければならない(最高裁判所2005年(平成17年)9月14日在外日本人選挙権剥奪違法確認等請求事件判決同旨)。
 国会議員の任期は、衆議院議員が4年(45条本文)、参議院議員が6年で3年ごとの半数改選であり(46条)、衆議院議員について、衆議院解散の場合には期間満了前に終了する(45条但書)。従って、憲法は、衆議院について少なくとも4年に1度の頻度で(衆議院解散の場合にはより高い頻度で)、参議院について3年に1度の頻度で、国民に選挙権行使の機会を保障していると言える。これは、国民主権原理を充実させるために、かかる頻度において国民の意思を国政に反映させる機会を確保しているものでもある。
 議員任期が延長されれば、国民が、本来であれば延長前に行使できた選挙権を、延長された期間中には行使できなくなり、選挙権を行使できる頻度も延長前より低くなるのであるから、この権利行使の機会を縮小させることになる。選挙権行使の頻度を低めるということは、憲法が国民主権を充実させようとした態度とは正反対の方向であり、国民主権原理を後退させるものである。後述するところから明らかなとおり、そのように選挙権行使の機会を縮小させることにやむを得ないと認められる事由があるとは言い難い。


3 濫用のおそれがあること
 国会議員の任期を延長すれば、延長時点における議院の会派構成を維持することになる。そこで、内閣や、その存立の基礎である両議院(とりわけ衆議院)の多数派(与党)が国民多数の支持を失っている場合には、権力維持目的で濫用されるおそれがある。
 選挙実施困難性の認定権限を持つ内閣が、選挙(とりわけ衆議院議員総選挙)を実施すれば自らの存立の基礎である政権与党が多数派を維持し得ず少数派勢力に転落すると見通される場合に、現在の会派構成を維持するため、あえて選挙実施困難であると認定する(逆にそのように考えない場合にはあえて認定しない)という恣意的な権限行使をするおそれがあるからである。
 また、内閣が選挙実施困難であると認定した場合の承認権限を有する国会も、任期を延長しなければその地位を失うはずの国会議員が自ら任期延長の可否を決するというのであるから、自らの保身の可否を自ら判断できることになるのであって、延長を可とする誘因が強く、お手盛りの判断となる危険が大きいと言わざるを得ない。任期を延長せずに選挙を実施すれば多数派勢力が少数派に転落する可能性が強いという見通しがある場合にはなおさらである。
 国会議員の任期延長が現に政治的に利用された実例があることも忘れてはならない。1941年(昭和16年)、衆議院議員の任期満了前に立法措置により任期が1年間延期されたことがあるが、その理由とされたのは、「今日のような緊迫した内外情勢下に、短期間でも国民を選挙に没頭させることは、国政について不必要にとかく議論を誘発し、不必要な摩擦競争を生じせしめて、内外外交上はなはだ面白くない結果を招くおそれがあるのみならず、挙国一致防衛国家体制の整備を邁進しようとする決意について、疑いを起こさしめぬとも限らぬので、議会の任期を延長して、今後ほぼ1年間は選挙を行わぬこととした」(法学協会「第七六帝國議會・新法律の解説」(1941年(昭和16年)有斐閣刊))ということであった。
 その翌年である1942年(昭和17年)には一転して、「議会の刷新を期し、政治力の結集を図ることがむしろ戦争遂行のため緊要であると考え、戦争の真っ最中であえて総選挙を断行した」(「議会制度百年史・帝国議会史・下巻」636頁)という理由により、戦時下、東京、横須賀、横浜、名古屋、神戸、大阪等への空襲の12日後に、任期満了時にあえて任期を延長することなく、衆議院議員総選挙(翼賛政治体制協議会による推薦の有無により選挙戦に圧倒的な有利不利の差が生じたとされ、当選者の8割以上を推薦者が占めたいわゆる翼賛選挙)が行われたのである。
 このような実例に鑑みても、憲法上、国会議員の任期延長を許すこととした場合に権力維持目的で濫用されるということは、杞憂に過ぎないとは到底言えず、現実的にそのおそれがあるものと言わねばならない。


4 議員任期を延長せずとも現行憲法の規定により対応可能であること
 そもそも、憲法は、現在の議員任期延長条文案が想定するような場面に対処するため、参議院の緊急集会の規定を置いている(54条2項後段)。衆議院解散により全ての衆議院議員が不在となっても、「国に緊急の必要があるとき」には内閣が参議院の緊急集会を求めることができるのである。参議院議員は半数ごとの改選である(46条)ため、全議員が不在となることはないし、定足数(56条により各議院の総議員の3分の1)に不足する事態が生じることもないため、緊急集会が開会できなくなる事態は想定し難い。緊急集会において採られた措置は「臨時のもの」とされ、次の国会開会後10日以内に衆議院の同意がない場合には効力を失うものとされて、衆議院による関与の機会が保障され、二院制の原則に対する配慮もなされている。
 衆議院議員の任期満了の場合には、公職選挙法31条1項により、衆議院議員総選挙を「議員の任期が終る前三十日以内に行う」ことが原則とされているから、原則として衆議院議員が不在となることはない。
 但し、同条2項が例外的場合を想定して定める、1項による総選挙期間が「国会開会中又は閉会の日から二十三日以内にかかる場合」に、総選挙を「国会閉会の日から二十四日以後三十日以内に行う」という場合には、衆議院議員不在の期間が生ずる。1項による場合にも、衆議院議員総選挙を行うべき任期終了前30日間に自然災害等が発生すれば、衆議院議員不在の期間が生じ得る。
 しかし、これらはかなり稀な例外であると思われるうえ、この場合には憲法54条2項後段を類推適用して、参議院の緊急集会で対応することが考えられる。任期満了による衆議院議員不在の場合も解散による不在の場合と状況が酷似しており類推の合理的基礎があるうえ、この場合に類推適用しても解釈によって適用場面が不当に広がるという事態は生じ得ないからである(2023年(令和5年)5月18日、衆議院憲法審査会に参考人として招致された長谷部恭男早稲田大学大学院教授及び大石眞京都大学名誉教授の発言同旨)。
 参議院の緊急集会に関しては、衆議院解散総選挙の場合に衆議院議員の不在期間が憲法上、70日と限定されている(54条1項により解散の日から40日以内に総選挙、総選挙から30日以内に特別会招集)ことから、参議院の緊急集会の存続期間も70日に限定されていると解して、その日数を超えた事態への対応のために議員任期延長の必要を説く見解もある。
 しかし、憲法上、参議院の緊急集会自体の存続期間が限定されているわけではなく、国会の機能を臨時的に代替するという緊急集会の機能から考えれば、必ずしも緊急集会の存続期間を衆議院解散から70日と限定する必要性はない。そもそも、憲法54条1項が衆議院解散から総選挙までの日数及び総選挙から特別会の招集までの日数を限定した理由は、衆議院解散後に総選挙を実施しようとしなかったり、総選挙後に特別会を招集しようとしなかったりして、国民の支持を失ったにもかかわらず従前の内閣(及び従前の衆議院多数派議員)が政権の座に居座り続けようとすることを許さないという目的によるのであり、日数の限定はその手段である。任期延長を可能とし、国民の支持を失った内閣や多数派議員が政権の座に居座り続けるのを認めるということでは、目的と手段が逆転することになり、本末転倒というほかない。
 また、公職選挙法上、一部の投票所において「投票を行うことができない」又は「更に投票を行う必要がある」場合であっても、繰延投票(公職選挙法57条)によることで選挙そのものは実施し、当該一部の投票所において投票を繰り延べるという方策も用意されているから、これによることも可能である。この場合、投票が繰り延べられた投票所を含む選挙区については選挙結果の確定が遅れることとなるが、投票が可能となり次第、順次投票を実施して選挙結果を確定していけばよい。
 このように、議員任期を延長せずとも現行憲法の規定によって十分に対応可能なのである。


5 緊急事態時にも選挙を実施できるようにするための制度の整備こそが必要であること
 大規模自然災害時等において選挙実施が困難となる事態をより根本的に解決するためには、公職選挙法の改正等の制度整備によって、国民の選挙権の行使の機会を拡充する方策を実現することがより重要である。
 具体的には、平時から選挙人のバックアップ名簿を作成することや、避難者が住所地の投票所に戻らずとも避難先の投票所で本来の選挙区における投票をできるようにすること(現行制度でも、指定港における船員の不在者投票という制度(公職選挙法49条7項)があり、それと類似の制度を創設すること。)、郵便投票制度の拡充(現行の公職選挙法49条2項でも一部の身体障害者や要介護者に、あるいは在外投票制度で認められている郵便発送による投票を被災者にも広げること。)、投票所単位の繰延投票では対処できない場合に備えて都道府県選挙管理委員会の判断により選挙自体を延期できる制度の創設、などを検討すべきである(日本弁護士連合会の2017年12月22日付「大規模災害に備えるために公職選挙法の改正を求める意見書」でも同様の提言がなされている。)。
 また、大規模自然災害時には、被災自治体が選挙事務を担うことによる人的負担及び経費負担を緩和すべきことも課題となるが、災害対策基本法の被災自治体への職員派遣制度を弾力的に運用することによって人的負担を緩和し、費用を被災自治体と職員派遣自治体のみの負担によることなく国が負担することによって経費負担を緩和することにより解決可能である。
 このような制度の整備を行うことにより、大規模災害等の事態においても選挙の実施が容易になると考えられ、それにより民意を反映した国会・内閣の構成が可能となる。そして、そのような制度整備は、公職選挙法等の法改正等により可能なのである。


6 結語
 以上のとおり、国会議員の任期を延長する憲法改正案は、その想定する事態が現行憲法規定により対応可能であるため改正の必要性が認められない。そうでありながら国民の選挙権行使の機会を縮小させ、国民主権原理を後退させるのみならず、特に内閣・政権与党による濫用のおそれがある。真に国民主権、民主主義を尊重するためには、大規模自然災害等の下でも選挙を実施できる制度の整備こそが必要である。
 よって、当会は、第212回国会の衆議院憲法審査会において議論されている、大規模災害等の緊急事態時に国会議員の任期延長を許すとする憲法改正に反対するとともに、国に対し、大規模災害等の緊急事態時においても選挙を実施できるよう、公職選挙法改正等の制度の整備をすることを求める。


2023年(令和5年)12月6日
福岡県弁護士会
会長 大 神 昌 憲

2022年6月 1日

特定商取引に関する法律等の書面の電子化に関する主務省令において適正な措置を講じることを求める意見書

第1 意見の趣旨
 特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律(以下「預託法」という。)の書面交付義務の電子化に係る政省令を定めるに当たっては、不意打ち的な勧誘や利益誘引型の勧誘等により消費者被害が多発している現状を踏まえ、電子化によって消費者保護機能が低下することがないように、下記の内容の措置を講じるべきである。

1 消費者からの承諾の取得について
⑴ 事業者に対して、消費者から契約書面等の交付義務を電子化することの承諾を得るのに先立って、次の事項についての説明義務を課すこと
① 消費者は原則として書面の交付を受けることができること
② 書面交付に代えて提供される電子データ(書面に記載すべき事項を電磁的に記録したもの)には、契約内容やクーリング・オフ制度などの重要な内容が記録されていること
③ 電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(または事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日となること
⑵ 事業者に対して、同じく消費者から承諾を得るのに先だって、次の事項についての確認義務を課すこと
① 消費者が自身のスマートフォン・パソコン等の電子機器を操作して、電子メールの受信、送信、電子メールの添付ファイルの閲覧及び同添付ファイルの電子データの保存ができること
② 消費者が自身のスマートフォン・パソコン等の電子機器を操作して、事業者のWebサイトにアクセスしてID・パスワードによりログインし、同サイトの電子データを閲覧し保存できること
⑶ 事業者が消費者の承諾を取得する方法について、次の点を定めること
① 訪問販売、電話勧誘販売及び訪問購入、連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び預託等取引、特定継続的役務提供のうち後記②の類型を除く契約類型においては、必要事項を記載した承諾書面への消費者の署名及び承諾書面の控えを消費者へ交付すること
 ここにいう必要事項の記載は、対象契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、提供する電子データが契約書面に代わる重要なものであること、電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(または事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることを記載すること
② 特定継続的役務提供のうち、オンラインで契約を締結し、オンラインで役務提供を行う類型(オンライン完結型取引)については、電子メールによって承諾を得ることも許容されるが、その承諾は、事業者が①の承諾書面の記載事項と同様の記載をした電子メールを消費者に送信し、消費者がその内容を確認した旨の電子メールを事業者に返信するという方法によること
⑷ 事業者が消費者の承諾を取得するに際しては、次の行為を禁止すること
① 電子データの提供の意義・効果等についての虚偽・誇大な説明及び表示
② 困惑させる行為による承諾の要請
③ 書面交付に比して対価その他の取引条件で有利に扱う告知
④ 書面交付に比して契約締結手続が迅速化する旨の告知
⑤ 家族その他の第三者への同時提供を希望しないようにする高齢者への働き掛け
⑸ 事業者に対し、高齢者である消費者の承諾を得る際には、家族その他の第三者への電子データの同時提供を希望するかどうかの意思確認を義務付けること
⑹ 消費者の真意に基づく承諾を得たことの立証責任は事業者が負うこと及び事業者が上記⑴から⑸の義務または禁止のいずれかに違反した場合には書面交付義務を履行したものとは認められず、クーリング・オフの起算日が到来しないことを明記すること
2 事業者が契約条項を電子データで消費者に提供する方法等について
⑴ 電子データの提供方法を以下のものとすること
① 電子メールにPDFファイルを添付する場合には、事業者が契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置を講じたPDFファイル形式の電子データを添付した電子メールを消費者に送信し、閲覧及び保存を促し、消費者が電子メールを受信して添付ファイルを閲覧し、かつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信するものとすること
② 事業者のWebサイトの電子データにアクセスさせる場合には、事業者がWebサイトに契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置を講じたPDFファイル形式の電子データを掲載し、アクセスのためのURLを電子メールで消費者に通知し、閲覧及び保存を促すとともに、消費者がこれを閲覧しかつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信するものとすること
⑵ 電子メール本文において以下の内容を告知すること
  事業者は、電子データまたはURLを送信する電子メール本文に、①契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、②添付した電子データが契約書面に代わる重要なものであること、③電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(又は事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることを明記すること
⑶ 電子データの提供とクーリング・オフの起算日を以下のとおりとすること
① 事業者が電子データを提供した場合のクーリング・オフの起算日は、事業者の送信した電子メールが消費者のメールサーバに到達した日ではなく、消費者が受信した電子メールに添付された電子データを閲覧・保存した上で、事業者に対し確認メールを返信した日とすること
② 事業者がWebサイト上で電子データを提供した場合のクーリング・オフの起算日は、消費者が電子データを閲覧・保存した上でその旨の確認メールを事業者に送信した日とすること
③ 仮に政省令によって起算日自体について上記①、②のように規定することができない場合は、消費者が電子データを閲覧・保存したことを事業者において確認する手順を加え、事業者がその手順を履行しないときは、電子データの到達日をもってクーリング・オフの起算日であることを主張できないものとすること
⑷ 高齢者の家族等への提供方法を以下のとおりとすること
  事業者は、高齢者である消費者が電子化を承諾するに際し、家族その他の第三者への電子データの提供を希望することを表明した場合には、当該家族等に対しても同時に電子データを提供するものとすること
⑸ 概要書面を電子データによって提供する場合の契約概要の説明について以下のとおりとすること
  事業者は、概要書面の交付に代えて電子データを提供する場合、消費者が当該電子データを閲覧している状態であることを確認の上、契約の概要を説明するものとすること
⑹ 契約書面等を電子データによって提供した場合の再提供義務について以下のとおりとすること
 事業者に対し、契約書面等の交付に代えて電子データを提供した場合、消費者が電子データの再提供を請求したときは再提供する義務を課すこと
⑺ 契約条項の保存措置義務について以下のとおりとすること
  書面交付義務の電子化を実施する事業者に対し、契約締結時の契約内容の電子データについて、改ざんが生じないよう対策を講じて保存する措置をとる義務を課すこと

第2 意見の理由
1 はじめに
⑴ 2021年(令和3年)6月16日に公布された「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律」(以下「本改正法」という。)においては、特定商取引法及び預託法が規定する販売業者等の契約書面等交付義務(以下「書面交付義務」という。)について、消費者の承諾を得ることを要件に、契約書面等を電子化することと、電磁的方法によって提供することを可能としており、この「電磁的方法による提供」の具体的規律については主務省令に委任している。
  これを受けて消費者庁は、「特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会」(以下「本検討会」という。)を設け、上記の消費者の承諾の取り方や、電磁的方法による提供のあり方等についての検討を継続している。
  しかし、そもそも、消費者側においては、訪問販売等において契約書面等をあえて電子化する必要性は乏しく、デジタル社会の進展とともに消費者と事業者の間の情報の質及び量並びに交渉力の格差は縮まるどころかむしろ拡大していることに鑑みれば、契約内容の確認および把握という点で、事業者から交付される契約書面等は依然として極めて重要な意義を有している。そのため、本改正法については、消費者保護の観点から、日本弁護士連合会、全国各地の弁護士会及び消費者団体が反対意見と懸念を表明している。当会も、同年3月24日、「特定商取引に関する法律等の書面の電子化に反対する意見書」を公表した。
  加えて、同年6月4日、参議院地域創生及び消費者問題に関する特別委員会は、本改正法の附帯決議として「書面交付の電子化に関する消費者の承諾の要件を政省令等により定めるに当たっては、消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されることを確保するため、事業者が消費者から承諾を取る際に、電磁的方法で提供されるものが契約内容を記した重要なものであることや契約書面等を受け取った時点がクーリング・オフの起算点となることを書面等により明示的に示すなど、書面交付義務が持つ消費者保護機能が確保されるよう慎重な要件設定を行うこと。また、高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」を要請している(以下「参議院附帯決議」という。)。
⑵ そもそも、特定商取引法等が必ずしも処分証書ではない文書について事業者に対して書面交付義務とクーリング・オフ制度を定めた趣旨は、不意打ち的な勧誘、利益誘導型の勧誘によって冷静に考えれば締結しなかった契約を締結させられてしまったような場合や、契約内容が複雑・不明瞭で、その契約を締結した場合にどのような法律関係が形成されるのかが客観的に判断しづらい契約内容となっていることから生じるトラブルから、消費者を保護することにある。
  例えば、①訪問販売、電話勧誘販売や訪問購入であれば、勧誘の不意打ち性、攻撃性という問題性を、②連鎖販売、業務提供誘引販売取引や預託取引であれば、複雑・不明瞭な契約内容を充分に理解しないまま多額の利益等に幻惑されて契約してしまうという問題性を、③特定継続的役務提供であれば、役務の内容、質、効果の客観的判断が困難なまま長期的な契約を締結せざるを得ないという問題性をそれぞれ内在している。それゆえ、消費者を不当な契約から解放するためにクーリング・オフ制度が設けられ、その前提として、消費者に契約内容やクーリング・オフ制度を正確に把握させるために、事業者に対して書面交付義務が設けられている。
  消費者トラブルは、消費者が一度決済をしてしまえば、法的救済を行うことが極めて困難になるという性質が特に強く表れる類型の紛争である。そのため、早期に、簡易な方法で契約関係から離脱する手段(クーリング・オフ制度)を講じておくことは、市民の権利を保障し、安心して経済活動に関わることを促すことに繋がる重要な施策である。今回の、事業者に対して電磁的方法による書面交付義務の履行を認めるという法改正は、電磁的機器を利用しなければその内容を把握できない電磁的方法を認めるという意味で、極めて大きな消費者保護制度の変更を認めるというものである。従ってクーリング・オフ制度の前提をなす重要かつ不可欠な規律として電磁的方法による書面交付義務を定めるものである以上、極めて厳格な制度設計が求められる。
2 消費者の真意に基づく明示的な承諾確保の必要性(意見の趣旨1項関係)
⑴ 同⑴関係
 書面交付義務の電子化について、消費者の真意に基づく承諾があると言えるためには、同⑴記載の事項について十分に説明し、理解を得ることが不可欠の前提条件である。参議院附帯決議においても、「消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されること」を要請している。
⑵ 同⑵関係
  また、消費者が書面交付義務の電子化について真意に基づく承諾をするためには、単に形式的な説明と承諾があることでは足りず、消費者に電子データの提供に対応できるだけの電子機器の操作能力が必要である。したがって、事業者は、消費者が同⑵記載の操作をすることができることを質問により確認し、電子データの提供手順において検証するという手順を踏むことが求められる。
⑶ 同⑶関係
  特定商取引法等の取引類型は、事業者の主導的な勧誘行為により消費者の冷静な意思形成を歪めやすい特徴があることから、書面交付義務の電子化についても、口頭による説明と承諾のやり取りでは真意に基づく明示的な承諾を確保することはできない。国会質疑においても、政府参考人から、口頭や電話だけでの承諾は認めないことに加えて、オンラインで完結する取引の場合は電子メールで、その他の分野は書面による承諾を得てその控えを消費者に交付する方法とすることが考えられること、ただし、オンライン完結型取引であっても、悪質業者の被害が顕著に見られる分野については書面による承諾とし、被害発生のおそれが低いオンライン取引に限って電子メールによる承諾の取得を認めることも一案として検討したい、とする答弁がある。加えて、消費者自らが承諾書面に署名することによって、電子化の承諾の意義と効果に注意を向け、これを承諾することの意味を自覚する契機ともなる。契約内容とクーリング・オフ制度を告知する機能をより確実に確保する観点から、オンラインによる役務提供の取引等の類型を含めて、書面による承諾と承諾書面の控えの交付を要するものとすべきである。
  上記の趣旨から、承諾書面には、少なくとも、対象契約を特定する事項(契約申込日・商品名・代金額・事業者名)、提供する電子データが契約書面に代わる重要なものであること、電子データを受領した旨の消費者から事業者への確認メールの送信日(または事業者が消費者の受領を確認した日)がクーリング・オフの起算日であることが記載されていなければならない。このような書面へ消費者自らが署名し、その写しが消費者に交付されることを要するものとすべきである。
  オンライン完結型取引についても、消費者の真意による承諾が明確になるよう、消費者自らが事業者のメールに返信することを要するものとすべきである。
⑷ 同⑷関係
  特定商取引法等が規定する取引類型が不当勧誘行為による不本意な契約締結の被害が発生しやすい分野であることを踏まえるならば、書面交付義務の電子化の承諾を取得する場面においても、電子データの提供の意義・効果等について虚偽・誇大な説明や表示をするなどの消費者を誤認させる行為や、消費者を困惑させて承諾を要請する行為は禁止する必要がある。
  また、書面交付を直ちに又は遅滞なく行うことは事業者の義務であるから、電子データの提供を選択する方が対価その他の取引条件で有利に扱われるとか、手続が迅速に進むといった告知は、不当な誘導として許されない。家族その他の第三者への同時提供を希望しないようにする高齢者への働き掛けも許されないものとされるべきである。
⑸ 同⑸関係
  消費者が高齢者である場合、判断能力・拒絶能力の低下や事後的な対処能力の低下により訪問販売等の被害に遭うリスクが増大する。そのため、国や地方公共団体においては、高齢者見守りネットワークを構築して家族その他の第三者による消費者被害の防止・早期発見に結び付ける取組が推進されている。
ところが、書面交付義務が電子化されて、高齢者がスマートフォンなどの電子機器内に契約データを保管していても、家族等がそれを発見して被害救済に結び付けることは極めて困難である(一般的には契約書や請求書といった紙媒体での資料がきっかけとなって被害の発見に繋がることが多いと思われる。)。
  そこで、事業者が一定年齢以上の高齢者である消費者に対して書面の電子化の承諾を求める場合は、家族その他の第三者に電子データの同時提供を希望することができる旨を当該消費者に説明した上で、これを希望するか否かの意思確認をする手順とし、これを希望する高齢者については、後述するように承諾に付随する条件に従って家族等への同時提供を実行することが求められるものとすべきである。
この点は、参議院附帯決議においても、「高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること」とされているところである。なお、このような手順を踏むものとしても、契約の締結自体について第三者の関与・承諾を要件とするものではなく、高齢者が希望する場合に電子データを同時提供するだけであるから、高齢者の自己決定権を制約することにもならない。
⑹ 同⑹関係
  書面交付義務の電子化は、事業者が「申込みをした者の承諾を得て」電子データで提供することができる(特定商取引法4条2項等)という規定である。そのため、申込者の承諾を得たことの立証責任は、条文構造から見ても事業者が負うべきである。そして、その承諾については承諾の意義・効果を理解した上での真意に基づく明示的な承諾の意思表示であることを要するべきであるから、承諾の意思表示の存在の立証責任を事業者が負うことを明記することが求められるとともに、事業者が、上記第1・1⑴から⑸の義務を果たさず、あるいは禁止行為に違反するときは、承諾に基づく電子データの提供には該当せず、書面交付義務が履行されていないこととなり、クーリング・オフの起算日が到来しないこととすべきである。
3 事業者が契約条項を電子データで消費者提供する方法等について(意見の趣旨2項関係)
⑴ 同⑴関係
① 書面に代えて電子データの提供を行う場合には、事業者が契約条項全体の一覧性を確保し改ざん防止措置を講じたPDFファイル形式の電子データを添付した電子メールを消費者に送信して、閲覧及び保存を促し、消費者が電子メールを受信して添付ファイルを閲覧し、かつ保存した上で、その旨の確認メールを事業者に返信することとすべきである。
② 事業者のWebサイト上で電子データの提供を行う場合は、事業者がアクセス用URLを電子メールで提供するだけでなく、消費者に速やかに電子データを閲覧・保存するよう促し、消費者がアクセスして契約条項の電子データを閲覧・保存した上で、その旨の確認メールを事業者に送信する(または閲覧・保存したことを事業者が確認する。)という手順にすべきである。
⑵ 同⑵関係
 前記いずれかの方法で契約条項の電子データを提供した場合、書面で提供される場合と比べて、消費者には添付ファイルを開いて確認するという作為が必要になるため、その行動がとられないリスクがある。そのうえ、添付ファイルを開いて閲覧したとしても、手のひらサイズの小さなスマートフォンの画面に詳細な契約条項が表示されることとなると、主な契約内容やクーリング・オフ制度に関する記載が看過されてしまう危険性がある(書面の場合にはフォント数に関する規制が存在するが、端末で見る場合には現実の文字サイズはその端末のサイズに依存することになる。)。
そこで、送信する電子メール本文に同⑵記載の内容を明確に表示すべきことを政省令に明記すべきである。なお、消費者がクーリング・オフの通知を電磁的記録により行う場合の送信先電子メールアドレスは、添付ファイルの電子データ内だけでなく、電子メール本文にも表示すべきである。これらの措置は、書面交付義務をデジタル化することによる事業者の利便性だけでなく、デジタル化に伴う消費者の利便性も確保するものであり、本改正法の趣旨に合致するものだと言える。
⑶ 同⑶関係
① 事業者が電子メールに契約条項の電子データを添付して送信した場合、その電子メールは消費者が契約しているプロバイダのメールサーバにまず記録され、消費者が自己の電子機器のメールソフトを操作して電子メールを電子機器上で受信し、添付ファイルを開くことで現実に電子データを閲覧できる状態となる。この点、特定商取引法等の書面交付に代わる電子データの到達時期は、消費者保護のためのクーリング・オフ制度を消費者に告知し、クーリング・オフ行使の起算日を画する基準として考えられるべきものであるから、契約成立時期の判断基準と一致させる必要はなく、消費者が契約条項及びクーリング・オフの存在を現実的に確認できたと評価できる時点であって、かつ事業者にとっても共通の明確な時点を基準とする必要がある。
 こうした観点から見ると、事業者の送信した電子データが消費者のメールサーバに到達した日ではなく、消費者が、受信した電子データを閲覧・保存した上で、事業者に対する確認メールを返信した日をもって、クーリング・オフの起算日と扱うべきである。
② また、事業者のWebサイトに消費者がアクセスして電子データを取得する場合も、消費者が電子データをダウンロードし閲覧・保存した旨の確認メールを事業者に送信した日、または消費者がダウンロードし閲覧・保存したことを事業者が確認した日をもって起算日とすべきである。
③ なお、本改正法に消費者の「電子計算機に備えられたファイルへの記録がされた時」に消費者に到達したものとみなす旨が規定されたことから(4条3項等)、政省令によって到達日自体を変更することができないとすれば、電子データの具体的な提供方法が政省令に委任されていることを踏まえて、消費者が電子データを閲覧・保存したことを事業者において確認することを手順として定め、その手順を怠ったときは、事業者は電子データの到達日をもってクーリング・オフの起算日として主張できない旨を規定すべきである。そして、消費者が一定期間内(例えば1営業日以内)に電子データを閲覧・保存した旨の確認メールを送信しない場合は、事業者は遅滞なく書面の交付を行うべきである。
⑷ 同⑷関係
  消費者が高齢者である場合、書面交付義務の電子化による見守り機能喪失の不利益を防止するため、前述したとおり当該高齢者が承諾に付随する条件として家族その他の第三者への電子データの同時提供を希望した場合には、事業者は、当該家族等に対し電子データを同時提供する手順を踏むものとすべきである(なお、家族その他の第三者のメールアドレスを事前の同意なく事業者に提供することが当該家族等の個人情報の第三者提供の問題となり得るが、高齢者本人は個人情報保護法上の事業者に当たらないうえ、契約条項の電子データの同時提供が希望される家族等は高齢者との間に信頼関係が存在すると考えられることから、高齢者の被害防止の趣旨が優先されるものと考えられる。)。
  このことは、高齢者である消費者に対し、書面交付義務の電子化について家族等への同時提供という条件付きの承諾の機会を与え、その条件付き承諾に従って提供するものと捉えることが適切である。
  家族等への電子データの提供方法は、高齢者に対する提供方法と同じ方法で同時に提供するものとすべきである。高齢者である消費者が家族その他の第三者への提供を希望するが、そのメールアドレスを事業者に直ちに提供することができないときは、当該高齢者の希望は、自分だけで書面交付義務の電子化に対処することへの不安に基づくものであると考えられる以上、原則に戻って事業者は書面交付を行うべきである。この点は国会審議においても、「契約の相手方が高齢者の方々の場合には、家族などの契約者以外の第三者にも承諾に関与させる、家族などにもメールを送らせることなどによって安易に承諾を得られないようにすることで消費者被害の発生を抑止できるのではないかと考えております」との政府参考人答弁がなされている。
⑸ 同⑸関係
  連鎖販売取引、業務提供誘引販売取引及び預託等取引は、利益誘引の強調により不利益な契約条件を見落としがちであること、特定継続的役務提供は内容不明確な役務を長期多数回提供する契約内容が分かりにくいことから、契約の勧誘段階で概要書面を交付する義務が定められている(特定商取引法37条1項、42条1項、55条1項、預託法3条1項)。本来は、勧誘場面で概要書面を形式的に交付するだけでなく、交付した概要書面を提示した状態で複雑な契約内容を説明する手順を踏むべきところである。
  そこで、概要書面の交付に代えて電子データにより提供する場合には、事業者は、電子データの提供について所定の手続により消費者の承諾を得て電子データを提供した後、直ちに、消費者が当該電子データを開いて閲覧している状態であることを確認の上、契約の概要を説明する手順に進むものとすることを政省令に明記すべきである。
⑹ 同⑹関係
  書面交付義務の電子化により、事業者は契約管理の効率化等の点で利便性を得る一方で、消費者には、電子データの文字が小さくて読み取りが困難である、適切に保存できておらず削除されてしまった、必要なときに必要なデータに迅速にアクセスすることが困難である等の不利益を被ることが少なくないと考えられる。
  そこで、事業者に対し、契約書面等の交付に代えて電子データにより提供した場合、消費者から電子データの再提供を請求されたときは、再提供に応じる義務を課すべきである。なお、この点は、契約内容の確認等も目的とするものであるから、電子データの再提供はクーリング・オフ期間とは連動しないものとすべきである。事業者にとっては、書面の再交付に比べ費用面でも手続面でもそれほどの負担とはならないと考えられる。
⑺ 同⑺関係
  事業者が書面交付義務の電子化を実施する場合、契約締結時の契約条項の電子データと、後日事業者が契約条件を変更した場合の契約内容との対応関係が不明確になるおそれがある。
  そこで、書面交付義務の電子化を実施する事業者に対し、契約者ごとに契約締結時の電子データについて、改ざんが生じないような対策を講じて保存する措置をとる義務を課すべきである。
4 小括
 前述のとおり、契約書面等は、クーリング・オフ制度の不可欠な前提をなす重要な書類である。
  しかし、契約書面等が書面で交付されている現在においてさえ、契約書面等がそのように重要な書類であることは必ずしも深く認識されていない。消費生活相談や法律相談の現場において、契約書面等に、消費者の重要な権利を制限する条項が記載されているにもかかわらず、そのことが事業者から説明されておらず、消費者がその条項の存在を認識していないということが判明するケースは枚挙に暇がない。中には、そのような状況が悪質事業者によって悪用されていると思しき事態もしばしば見受けられてきた。
  このような状況下で、契約書面等が電子化された場合には、より一層、その傾向が強まるおそれがある。近時の例としても、詐欺的な定期購入商法においては、消費者が最初に閲覧するウェブサイト上で「初回無料」や「お試し」、「いつでも解約可能」といった表示が強調されていることで、契約条項内に記載されている定期購入である旨や解約に関して子細な条件がある旨の記載が認識されておらず、解約を巡ってトラブルになる例が多数確認されている。デジタル社会が形成されていくとしても、消費者が安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与するものでなければならないのであって、消費者保護機能を否定するものであってはならない。
  そこで、電子化の承諾の場面においても、契約書面等の重要性が看過され、消費者の真意に基づかない電子化への承諾がされないよう、消費者の権利を保障する施策が講じられることが不可欠である。
第3 結語
 以上のとおり、消費者保護、ひいては市民の経済活動の安心を担保する観点から、特定商取引法等の書面の電子化に関する主務省令において適正な措置を講じることを求める。


2022年(令和4年)6月1日
                       福岡県弁護士会
                          会長 野田部 哲也

2021年3月24日

特定商取引に関する法律等の書面の電子化に反対する意見書

消費者庁は,消費者委員会2021年1月14日会議において,特定商取引に関する法律が定める通信販売を除くすべての取引と特定商品等の預託等取引契約に関する法律が定める取引について,オンライン契約か対面契約であるかを問わず,消費者が承諾すれば,電磁的方法により契約書面や概要書面を交付することを容認する内容への改正を検討する旨の方針を示し,同年3月5日,同方針を踏まえ,「消費者被害の防止及びその回復の促進を図るための特定商取引に関する法律等の一部を改正する法律案」が閣議決定され,国会に提出された。しかしながら,同改正法案は,特定商取引に関する法律及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律がこれまで担ってきた消費者保護機能を損なう危険のあるものであるため,以下のとおり意見を述べる。


1 意見の趣旨
 電磁的方法により契約書面や概要書面を交付することを容認することは,消費者保護の根幹たる特定商取引に関する法律及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律上の書面交付義務を軽視し,各法の果たしてきた消費者保護を大きく後退させるものであり,今後オンライン取引が拡大していくことを踏まえても,拙速というべきであって,反対である。


2 意見の理由
(1) 法定書面の機能及び重要性
 特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)及び特定商品等の預託等取引契約に関する法律(以下「商品預託法」という。)は,訪問販売等の方法により消費者と契約をする事業者に対して契約書面及び概要書面の交付義務を課しており(特商法4条等,商品預託法3条,以下「法定書面」という。),法定書面の記載事項について特定商取引に関する法律施行規則等において極めて厳格に定められている。これは,消費者に対して,自らの行った契約の内容を明確に認識させる機会を保障するとともに,クーリング・オフ等の手続により,契約関係からの離脱をする機会を保障するためであって,事業者の法定書面交付義務は,特商法及び商品預託法における消費者保護の柱ともいうべき極めて重要なものとして位置付けられてきた。
 実際の相談現場においても,消費者自身が,誰と,いつ,どのような内容の契約を締結したのかを明確に認識していない事例は枚挙に暇がなく(そしてその原因については,消費者の注意不足に起因するというよりも,契約内容自体が複雑であることに起因する事例が多数見受けられる。),消費者の手元に残された契約書面等から上記の情報を確認していくという手法がとられている。また,クーリング・オフは一定の期間内に行わなければならないところ,契約書面等がそもそも交付されていない場合や,記載事項が法定の要件を満たさない場合には,この期間が進行しないため,相談現場においては,法定書面交付の有無,交付の時期及び記載の不備の有無などから,クーリング・オフの可能性を検討しており,紙面として残された契約書面等は事案解決のための重要な資料となっている。
 さらに,当該消費者自身が消費者被害にあっている認識を持てないような場合(若年者や高齢者であって判断能力が充分でない場合や,言葉巧みに勧誘されてその認識を阻害されているような事案など)でも,家族や知人,福祉関係者や地域の方など周囲の者が,当該消費者が保有している契約書面等をきっかけとして被害に気付くという事例もあり,被害発覚の端緒としても機能している。
(2) 法定書面の電磁的方法による交付を認めた場合に生じる弊害
ア 電磁的方法で交付することに対する同意承諾の問題
 ここで,まず,消費者の同意を前提に法定書面を電磁的方法によって交付することができるとした場合に,その同意が真意に基づいていることをいかに確保するかという点が重要な問題となる。クーリング・オフ自体,不意打ち的要素を有する勧誘方法が行われる場合に認められているものであるから,法定書面の交付方法についても,仮に消費者が同意したとしても真意に基づかない場合の救済措置が必要である。
 次に,この同意についての保存義務及び立証義務を事業者に負わせるとしても,当該資料が改ざんないし偽造されることをいかにして防止するのかも問題となる。
 この点について,消費者委員会は,2021年2月4日付け特定商取引法及び預託法における契約書面等の電磁的方法による提供についての建議において,消費者の承諾の取得を実質化することが求められているが,具体的な方法には及んでおらず,未だ十分に検討されているとはいえない。
イ 契約条項の見落とし
 電磁的方法で契約書面等を確認する際,消費者は,スマートフォン等の端末で契約条項を確認することになるが,端末の小さな画面では一覧性に劣るうえ,高速に画面をスクロールしてしまうと必要な条項を見落としてしまったり,理解できない条項を読み飛ばしてしまうおそれがあるため,契約内容を十分に認識できない可能性が高まる。
 また,端末上でしか契約条項が確認できない場合に,目を惹く広告表示に気を取られ,契約条項がほとんど読まれないということは,相談が急増し高止まりしているネット通販の定期購入トラブルにおいて,一応は表示されている解約制限が認識されていないという相談内容が多いことからも明らかである。
ウ 契約書類の保存と改ざんないし偽造の危険性
 さらに,消費者側における電磁的方法で交付された書面の保存,閲覧をどのように確保するのかという点も問題となる。
 考え方としては,事業者のサイト上に自らのアカウントを作成して契約内容を確認する方法をとる方法や,メール等で送信する方法が考えられるが,前者の場合にはサイトの閉鎖,退会(事業者が強制的に行う場合を含む)のみならず,IDやパスワードの失念等により,後者の場合には当該データの消去(端末の故障等により意図せず消えてしまう場合も含む)や端末の紛失等によって,契約書等の電磁的記録を確認できなくなるという事態が生じることも十分に想定される。
 また,事業者側においては技術的には消費者が契約時に確認した契約内容とは異なる内容が契約書として保存したり,メール等で送信することは充分に可能である反面,消費者側でそのことを確認するのは著しく困難となる。
エ 家族や見守りの方が消費者トラブルを発見できなくなること
 さらには,スマートフォン等の端末については,第三者がその端末内のデータを見ることは基本的に想定されていないため,前述のような当該消費者自身が消費者被害にあっている認識を持てない場合,第三者が消費者の保有している法定書面を発見してその契約の問題点に気付くといったことも起きなくなってしまう。
オ 従前の関係省庁の見解
 さらに,官邸の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)第5回情報通信技術利活用のための規制・制度改革に関する専門調査会(2011年1月20日開催)の参考資料1「各省庁に対する書面調査結果」の通し番号41番において,当時,消費者庁及び経済産業省は,「消費者側が自ら主体的に電磁的交付に係る明示的な意思表示を行い得るものか疑義がある。」,「特に,昨今,訪問販売や電話勧誘販売においては,高齢者の判断力・交渉力不足に付け入る悪質な手口も多く,事業者側に有利なかたちで消費者の意思形成が誘導され,消費者被害が生じている実態を踏まえると,不意打ち的に勧誘を受ける高齢者を含む消費者が,電磁的交付について積極的な承諾の意思表示を行う取引形態になっているとは考えにくい。...したがって,高齢者を含む消費者が,電磁的交付について積極的な承諾の意思表示を行い得る環境であるとは言い難いと考えられる。」ということや,クーリング・オフ制度について「その起算日(書面交付日)は,手交,書留や配達証明等を利用することで客観的な立証が行われ,書面受領の時期についての消費者及び事業者の無用な争いが生じることが避けられているが,電磁的交付においては,送受信時期を偽ることや,受信機器の故障などにより。書面受領の時期をめぐる消費者トラブルを惹起する危険性もあると考える。」として極めて慎重な意見が示されてきた。
 現状,上記の問題点を覆すような状況の変化は見受けられないばかりか,事業者と消費者の間の技術力等の格差は拡がるばかりである。
(3) 立法事実の不存在
 訪問販売等の対面で勧誘及び契約が行われる取引について,契約書面等を電磁的方法で交付する必要は乏しい。
 実際に,2021年1月20日の消費者委員会本会議において,質問を受けた訪問販売に関する事業者団体の説明者は,電磁的方法で契約書面等を交付することについて質問を受けた際,「青天のへきれきみたいなものがあって...そういった議論はしてきた経緯はございません」と回答している。
 このように,以上の法定書面の機能及び重要性と電磁的方法による交付を認めた場合に生じる弊害にもかかわらず,なお電磁的方法による法定書面交付を広範に容認する必要性を裏付ける立法事実の存在は明らかでない。
(4) 結論
 取引の態様によっては,契約書面等を電子化していくことは消費者にとっても便宜になる場面もあり,いずれは契約書面等が電子化されていくこともありうる。
 しかし,デジタル社会の進展とともに,現時点では,消費者と事業者の間の情報の質及び量並びに交渉力の格差は縮まるどころか,むしろ拡大しており,事実関係の確認および把握という点で,事業者から交付された法定書面は依然として消費者にとって極めて重要な意義を有している。
 したがって,少なくとも現段階においては,電磁的方法により契約書面等を交付することについての同意の真意性の確認,契約書面等の改ざんないし偽造のおそれ,契約書面等の保存,閲覧の確保の点で具体的な検討がなされておらず,拙速であり,消費者庁の示した改正方針には反対である。

以上

2021年2月18日

中学校校則の見直しを求める意見書

文部科学省 御中
福岡県教育委員会 御中
福岡市教育委員会 御中
北九州市教育委員会 御中

2021(令和3)年2月17日
福岡県弁護士会    
会 長 多 川 一 成

【意見の趣旨】

1 合理的理由が説明できない校則や生徒指導、子どもの人権を侵害する校則や生徒指導は、直ちに廃止し、もしくは見直すべきです。
2 不必要な男女分けをする校則や生徒指導は、直ちにやめるべきです。
3 校則の制定、見直しにおいては、生徒も参加する校則検討委員会で検討するなど、生徒の意見を反映すべきです。

【意見の理由】

第1 はじめに
当会では、これまで、様々な子どもに関する問題に取り組んできた。学校における子どもの人権の問題についてみると、1993(平成5)年に福岡県内の中学校で丸刈りが強制されていた実態を調査し、その廃止に向けて取り組んできた。また、2010(平成22)年には体罰について考えるシンポジウムを開催し、教育委員会と一緒に体罰をなくす取り組みについて検討した。そして、最近では、2017(平成29)年にシンポジウム「LGBTと制服」を開催した。これは自分の性自認にそぐわない制服を無理やり着用させられる子どもたちの苦しみ、それによる不登校やトラウマといった悲劇をなくして、「男子は学ラン」「女子はセーラー服」といった性別に縛られない生き方を尊重できるようにすることはもちろん、「生徒が自分の意見で着たい服を選ぶことができる」という自由を守る活動として行われたものであった。こうした活動が実り、新標準服が誕生し、2020(令和2)年4月1日より福岡市内の市立中学校69校の9割で新標準服が採用された。
このように、当会では学校における子どもの人権の問題について取り組んできましたが、残された問題として「校則」がある。
文部科学省は、校則について「学校が教育目的を実現していく過程において、児童生徒が遵守すべき学習上、生活上の規律として定められており、児童生徒が健全な学校生活を営み、よりよく成長していくための行動の指針」としており、「学校を取り巻く社会環境や児童生徒の状況は変化するため、校則の内容は、児童生徒の実情、保護者の考え方、地域の状況、社会の常識、時代の進展などを踏まえたものになっているか、絶えず積極的に見直さなければなりません。」としている。しかし、校則については、様々な問題点が指摘されており、男女で異なる髪型の制限があったり、下着の色が特定の色に指定されていたり、靴下の色や柄についても細かな規定がされている等規制の内容に合理性がなく、生徒の学校生活を必要以上に制限するものが多数存在している。そこで、当会は、校則の実態を調査するため、福岡市の市立中学校69校の校則について調査検討した。調査検討の結果は、以下のとおりである。

第2 調査検討の視点
1 子どもの人権及び子どもの権利
子どもは人格的に自律した存在であり、基本的人権を享有する主体である。したがって、子どもであるからとして、基本的人権の享有を妨げられる理由はない。日本国憲法は、13条で、すべて国民は、個人として尊重されると規定し、同14条は、すべて国民は、法の下に平等であって差別されないと規定する。したがって、子どもも、個人として尊重され、平等に取り扱われる。
この点、子どもは、自ら選びながら自分をつくり成長していくために、探求し学習することが必要であるが、そのためには教育を受ける権利(学習権)が十分に保障されることが必須の前提となる。そのため、子どもとの関係では憲法26条の教育を受ける権利が特に重要となる。したがって、学校教育の過程にあるということは、子どもに対して、より十分な人権保障を要求する根拠にこそなれ、子どもの人権を制限する根拠にはなり得ないものである。
1989(平成元)年、子どもの権利条約が国連総会で採択され、1994(平成6)年に日本もこれを批准した。同条約は、子どもは「保護の対象」であるだけでなく、何よりもまず「権利の主体」であり、さらには「権利行使の主体」と捉えている。同条約12条は、「自己の意見を形成する能力のある児童は、自己に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表現する権利」があることを認め、子どもの意見表明権を保障する。そして、同条約はこれに引き続いて、子どもの表現の自由(13条)、思想・良心・信教の自由(14条)、集会・結社の自由(15条)、プライバシーの権利(16条)を保障する。
同条約は、子どもに関するすべての措置をとるに当たっては、公的なものであれ、私的なものであれ、子どもの最善の利益が考慮されなければならないと規定する(3条)。したがって、子どもの保護と教育の観点から大人とは異なる特別な制限がなされる場合は、子どもの最善の利益を図るためのものでなくてはならない。
2 校則の定義及び法的根拠
「校則」は法令用語ではなく、一般には、「学則」「生徒心得」「義務規定」「学習の心得」などの校内規則の総称として使われている。ここでは、校則は学校によって全生徒に対して画一的に示され、生徒の生活・行動を直接かつ継続的に規制している生徒指導に関する規範としての性格をもち、その違反に対しては最終的に懲戒処分等の学校による何らかの強制力が予定されているものと捉える。
校則制定権の根拠について法の明文はない。もっとも、学校教育法5条は、「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定のある場合を除いては、その学校の経費を負担する。」とされており、学校の設置者は学校の物的管理(校舎をはじめとした施設の管理を含む。)や運営管理(児童生徒の管理を含む。)などに必要な行為をなし得ると解されており、同法37条4項、49条により、校長は校務をつかさどることから、校則制定権をこの「校務」に含めて理解することもあり、裁判例においては学校長に校則制定権を認めている。
もっとも、学校長に校則制定権が認められるとしても、校則は生徒の自己決定権に関わるものであることからすれば、少なくとも当事者である生徒の意見を尊重しなければならず、校則を制定・改変するにあたっては、生徒も手続きに参加する必要があるといえる。この点、国際連合子どもの権利委員会は、日本に対し、日本の子どもの意見表明が家庭・学校その他のあらゆる場所で軽視されている旨の勧告を度重ねてしている。例えば、2010(平成22)年6月の最終見解において、「学校が児童の意見を尊重する分野を制限していること、政策立案過程において児童が有するあらゆる側面及び児童の意見が配慮されることがないことに対し、引き続き懸念を有する。委員会は、児童を、権利を有する人間として尊重しない伝統的な価値観により、児童の意見の尊重が著しく制限されていることを引き続き懸念する。」としていることに留意すべきである。
3 校則による規制の正当化要件・規制の限界
前述のとおり、子どもは、一人の人間としてその尊厳を尊重され、人格及び能力を最大限に発達させ開花させるために教育を受ける権利(学習権)が保障されている。そして、学校は子どもの学習権を実現する場所の一つであり、子どもは学校生活を通じて多くのことを学び成長発達していく。そのため、学校は、子どもに対し、学習権を十分に保障できるような環境を提供することが求められる。
他方で、学校は、家庭教育などと異なり、家族等を超えた社会集団によって営まれる。そのため、学校がその教育目的を達成するために、生徒の教育に適した環境を整備・維持するため生徒に一定の規制をすることが認められる。
この点、公立中学校で丸刈りが強制されていたことについての裁判例は、学校長に校則を定める権限を認めつつも、これは無制限なものではなく、中学校における教育に関連し、かつ、その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるものであると判断しており、校則が教育を目的として定められたものである場合、その内容が著しく不合理である場合には学校長の裁量権を逸脱し、違法となるとしている。
しかし、上記裁判例の基準は学校長の裁量権をあまりに広く認めている。上述のとおり、子どもには自己決定権があり、どのような服を着るのか、どのような髪型にするのか等は本来子どもが自由に決めることができるものである。このことは、学校内においても、変わることはない。そのため、校則によって子どもの自己決定権を制限するにあたってはその規制が教育目的を達成するために必要・不可欠であり、かつ憲法・子どもの権利条約から見て正当なものであり、その手段や手続きも教育的配慮のもとに適正な手続きを踏まえて行われなければならない。しかも、校則は、生徒に対し一律に適用されるものであることから、一律に規制するだけの教育目的が必要である。

したがって、校則を検討するにあたっては、①規制に真に必要かつ重要な学校教育上の目的が認められること ②規制目的と規制手段(態様・程度)が実質的に合理的関連性を有することの2つの要件を満たしていることが必要であり、いずれかの要件を満たさない場合には当該校則については廃止や見直しが必要となる。

第3 福岡市立中学校の校則の問題点
1 校則の規定内容の問題点
検討した校則には、服装、頭髪、持ち物、学校外での行動に至るまで事細かな規制が設けられていた。なお、詳細については、別紙調査報告書を参照されたい。
しかし、今回検討した資料からはこのような規制にどのような教育目的があるのか明らかではない。
以下、項目ごとに検討する。
(1) 標準服の規制について
校則においては、標準服の着方について事細かな規制がなされている。そもそも生徒が登校にあたりどのような服装をするかは生徒の自由な意思により決せられるべきことからすれば、標準服の存在自体、憲法13条の観点からとはその必要性を別途議論する必要はあろう。ただ仮に、標準服が必要であったとして、憲法13条を根拠とする生徒たちの個人の尊重という点においても、また標準服が「学校において着用することが望ましい」とされている服装であることからしても、校則において標準服の着方、すなわちスカート丈やシャツ、ベルト等について細かな規制をするのであれば、そのような規制について教育目的が認められることが必要である。しかし、シャツの色や形、スカートの丈等を規制することにどのような教育目的があるのか明らかではない。授業等の活動において支障がないようにスカート丈やスラックスの幅等の規制を設けているとも思えるが、生徒の体型や活動のスタイルは個々で異なるのであるから、個別の事情に応じて対応すれば足り、画一的に長さや幅を規制する必要性はない。
また、衣替えの時期について一律に規制する校則もあったが、気候に応じてどの標準服を着るかは、体質の問題も相まって、生徒の判断に本来委ねられるべきものである。また、生徒によっては、怪我や生まれつきの痣、リストカット痕等、他の生徒に肌を露出したくない理由があるなどして、年中長袖を着用したいという希望もある。このような各生徒の事情に応じず、画一的に時期によって、標準服の切り替えを生徒に強いる校則は、必要性・合理性がないばかりか、生徒がかかえる個人的事情を暴露させる結果となってプライバシーを害したり、ひいてはいじめを助長したりするなど弊害が考えられる。
(2) 頭髪の規制について
頭髪の長さや髪型について様々な規制が設けられているところ、頭髪の長さや髪型について細かく決めなければならない合理性や必要性は全く認められない。
この点、禁止される髪型としてツーブロックがあるところ、東京都では都立高校の校則でツーブロックが禁止されていることに関して、東京都教育委員会委員長が「外見等を理由に事故や事件に遭うケースがあるため、生徒を守る趣旨から定めている」と述べたと報道されているが、髪型を規制することと事故・事件の防止との間に因果関係があるのか極めて疑問である。学校側は、重要な教育目的を達成するために髪型を規制する必要があるのかとともに、規制目的と規制手段との間に実質的合理的関連性があるのか納得できる説明を行う必要がある。
また、校則では髪ゴムの色やヘアピンの数等についても規制しているが、これらについて規制するだけの教育目的は認められない。
さらに、染色や脱色、パーマを禁止する校則も多く認められるが、その背後には学校が一方的に想定する中学生像があり、そこでは頭髪は直毛で黒色であることが前提となっている。
しかし、そもそも髪の色や形状は人によって異なっており、生徒がどのような髪の色や髪型にするかは自由に決定できるものであることから、制約を受ける理由はない。仮に、何らかの制約を課す理由があったとしても、頭髪が直毛や黒色ではない生徒に対し、地毛証明書の提出を求める等の指導を行うことは、生徒の生まれながらの髪色や髪質を否定し、個人の尊厳を踏みにじるもので過度な指導であり、直ちに見直しが必要である。
(3) 眉毛の規制について
眉毛に手を加えることを禁止する旨の規制が確認できた学校は56校であり、うち2校が眉の間を含み、3校が額を含んで一切手を加えることを禁止していた。
しかし、眉毛に手を加えることを禁止することにどのような教育目的があるのか不明である。仮に何らかの教育目的があったとしても、眉毛の形状にコンプレックスのある生徒もいることも容易に想像できることから、眉毛に手を加えることを一律に禁止することは過度な制限であると言わざるを得ない。
(4) 下着、靴下、靴の規制について
下着に関する規制は83%の中学校で認められた。しかし、下着の色や柄に関してこのような規制を設ける教育目的が明らかでなく、規制する必要性・合理性も全く見当たらない。このような規制は、教職員が生徒の下着を目視するなどの違反調査がなされることにもつながり、生徒に羞恥心を抱かせるなど新たな人権侵害を生み出すことにもなりかねない。
靴や靴紐、靴下の色、靴下の長さについても、細かく指定する校則が認められるが、これらについて規制することに何らかの教育目的を見出すことは出来ず、仮に何らかの教育目的があったとしても、一律に色や種類を指定するという規制手段には合理性や必要性がない。
(5) 防寒着・防寒具に関する規制について
コート類等に関する規制を設けている中学校は全体の70%となっていた。多くの中学校がコート類の種類・色を指定していたが、これらの規制にどのような教育目的があるのか明らかではない。仮に何らかの教育目的があったとしても、寒暖の感じ方には個人差がある以上、どの防寒着を着るかは本来生徒の判断に委ねられるべきものであり、一律に規制する必要性や合理性はない。また、コート類の色については、暗色系の色を指定する中学校が多く見受けられたが、暗色系は、夜道などではかえって目立たず、交通事故に巻き込まれやすくなることを考え合わせると、暗色系に限定する必要性や合理性もない。なお、フード禁止に関し、「防犯のため」と規定する中学校もあったが、フード禁止と防犯がどう関係するのかなど不明な点が多く、規制する目的になり得るのか極めて疑問である。
セーター、トレーナーに関する規制を確認できた中学校は全体の83%であり、カーディガンに関する規制を確認できた中学校は全体の65%となっていた。種類や色、柄、デザインなどを規制する中学校が多かったが、これらを規制することにどのような教育目的があるのか明らかではない。仮に何らかの教育目的があったとしても、一律に種類や色、柄、デザインなどを事細かく指定するという規制手段には合理性や必要性がない。
マフラー、ネックウォーマー、手袋等の防寒具に関する規制を設けている中学校は全体の70%であり、細かい指定はあまり見受けられなかったが、そもそも規制する目的が明らかではない。仮に何らかの教育目的が認められるとしても、規制を設ける必要性や合理性について納得できる説明が求められる。
校舎内における防寒着・防寒具の着用禁止についても、その目的が判然としない。授業等の活動において支障がないようにこのような規制を設けているとも考えられるが、そうであれば昇降口で着脱を強制する必要性・合理性は乏しい。また、コロナウイルスの影響により室内の定期的な換気が必要となり、校舎内での防寒対策も必要な昨今の情勢も考え合わせると、教室内であっても画一的に着用を禁止する必要性は乏しい。
(6) 持ち物について
鞄の種別について規制を定めている学校は、69校中15校あり、その全てが学校指定のスクールバッグしか使用してはいけないとの内容を定めていた。しかし、通学に使用する鞄が学校指定でなければならない必然性はなく、生徒の選択の自由を過度に制限するものである。校則の中には「必ず両肩でからうこと」と鞄の持ち方についてまで規制するものもあるが、障害がある生徒に対する配慮が欠けており、規制の合理性を欠く。また、鞄に付けるキーホルダーの個数や大きさについて規制を設けることについても、教育目的は明らかではなく、規制の合理性がない。
携帯電話を持ち込み禁止とする学校があった。携帯電話については、授業時間中に操作することで学業が疎かになる懸念もある一方、保護者との連絡用や防犯用品として必要である側面もある。そのため、学業への影響から携帯電話の持ち込みを制約することに教育目的は認められるとしても、携帯電話を使用する場所や時間を限定する方法によっても教育目的を達成することは可能であり、持ち込みを一律禁止とすることは教育目的達成との間に合理的関連性が認めらない。なお、令和2年(2020年)8月、文部科学省は中学校への携帯電話の持ち込みを一定条件のもとで認める旨の通知を出しており、今後、中学校において携帯電話持ち込みに関しての議論が始まるものと思われる。
(7) 学校外行動の規制について
校則の中には、生徒の学校外の行動について規制するものがあった。しかし、学校が子どもの行動を制約できるのは基本的に学校内に限られる。子どもの権利条約5条においては、子どもの権利行使にあたり、親が指示・指導を与える責任、権利、義務を尊重しなければならないと定めており、子どもに対する一次的養育責任は親であると明確に定めている。したがって、学校外行動については、保護者が許可した場合まで学校が一方的に制約できるものではなく、校則で規制する必要性もない。
学校は保護者及び生徒への指導にとどめ、保護者も学校に子どもの全ての行動の責任を求めるのではなく、学校外行動について子どもとしっかりと協議することが必要である。
(8) 男女区別を基準とする規制について
標準服に関する規制において、男女で規制内容が異なっていた中学校が全体の72%にも上っていた。また頭髪についても男女で異なる規制を設けている中学校は全体の84%となっていた。防寒具のカーディガンの着用について、女子生徒、あるいはセーラー服着用時の女子生徒のみ認める中学校は13校あった。
しかし、性自認や性表現には多様性があり、「男」「女」以外の性を自認する者、生まれた際に割り当てられた性と性自認や性表現が異なる者等がいるにもかかわらず、生まれた際に割り当てる「男」「女」という二元的な性別基準によって生徒の服装や髪型を区分する正当な目的はない。特に標準服については福岡市立中学校の多くが、2020年度からスカートやスラックスを自由に選択できる新標準服を導入しているが、上記のように男女で標準服の規制内容を分けることは、選択型標準服を導入した趣旨にも反する。
2 校則運用上の問題点
(1) 明文なき校則による制限
 当事者ヒアリングの結果からは、生徒手帳等に記載されていないにもかかわらず、生徒の自由を制限するような明文なき校則が存在しており、これに基づき生徒指導がなされている実態が明らかになった。
前述のとおり、生徒は自己決定権を有しているところ、校則はこれを制限するものであることから、事前に生徒のどのような行動を制限するかについては生徒がわかるように明らかにしておく必要がある。生徒自身にどのような規制が存在するのか明確に分からない状態のまま、校則違反として指導することは、生徒に不意打ちをもたらし、妥当ではない。校則による制限は、教育目的を達成するために合理的な範囲内に限られるべきことからすれば、生徒手帳等によって事前に決められている以上の制限を生徒に課して指導することは非常に問題である。
また、校則に規定がないにもかかわらず、おでこの産毛剃りをしたことについて指導を受けたという事実が認められた。これは教職員に生徒が頭髪等について何らかの加工をすることに否定的な認識があることから、おでこの産毛剃りという校則に規定のないものについてまで拡大解釈して校則違反であると指導しているものと思われる。頭髪等を制限する目的である「中学生らしさ」が人や場所や時代によって変遷し得る曖昧なものであるにもかかわらず、生徒指導の基準となっていることから、上記のような拡大解釈を招いているものと考える。
(2) 教職員による恣意的な運用
校則に関する指導において、同じ教職員であっても生徒によって指導内容が異なっていたり、教職員の機嫌によって指導内容が異なったりする等、教職員による恣意的な運用が認められた。
校則は生徒の自由を制限するものであるから、校則に関する指導も規制内容に従って行われる必要がある。それにもかかわらず、教職員による恣意的な運用がなされていることには、制限する基準が曖昧であることに加えて、教職員自身が校則で制限する理由や目的を理解しないまま生徒指導にあたっていること(そもそも制限する理由や目的がない校則が多いことにも注意が必要である。)に原因があると思われる。
(3) 生徒の人権を侵害する生徒指導
校則の中には下着の色の指定のように規制する内容そのものが理不尽なものがあり、これに違反した場合の指導方法として「脱がせるよう指示する。」「脱がせた後に保護者に連絡する。」等生徒に羞恥心を抱かせるおそれの高い指導内容を規定するものもあり、生徒のプライバシーを侵害する恐れが非常に高い内容となっていた。また、生徒が眉毛に手を加えた場合には教室に入れなかったり、教職員が太く大きく眉毛を書いたりするものや休み時間はトイレ以外に教室から出ることを禁止するといった合理性のない過度な制裁を規定するものもあった。
実際の生徒指導においても、校則に違反したということで長時間指導を受けたり、地毛が明るいだけなのに毎回指導を受けたりする等明らかに行き過ぎたものも認められた。また、校則違反の指導の中で、何かと「連帯責任」を取らせる指導もあった。
このような指導は生徒の人権を侵害するものであり、直ちに見直しが必要である。 
(4) 校則についての議論に対する不当な抑圧
校則の内容については、生徒の実情や時代の進展などを踏まえて見直していくことが不可欠であり、見直しにあたっては当事者である生徒の意見が反映される必要がある。しかし、実際には、生徒会で校則について議論していたところ、先生から校則の議論を禁止されたり、校則について意見をすると「内申に響くぞ」と言われたり、理不尽な指導に不満気でいると先生から「そんな態度なら内申やらんぜ」と言われ、生徒が自ら口をつぐんでしまうという状況にあることがわかった。
校則は教育目的を達成するために生徒の自由を制限するものであることから、本来であれば当事者である生徒も校則の制定に関与することが求められるべきである。そして、子どもの自由を制限する場合にはその制限は子どもの最善の利益を図るためのものでなくてはならないことからすれば、少なくとも何が子どもの最善の利益であるかを判断するためには子どもの意見表明を尊重する必要がある。しかし、実際には、学校現場では生徒に校則についての意見表明が認められておらず、そればかりか生徒が校則による規制に疑問を持つような様子を見せたならば「内申書」を盾に取って、生徒を威圧する不適切な指導が行われている。生徒は、校則の意義について疑問を感じながらも、そのことについて意見を出すことができず、ただ「校則で決められているから」ということだけで自由を制限されており、それが強いストレスとなっている実態も明らかになっている。
学校は、このような指導方法を早急に見直す必要がある。

第4 特別支援学校の校則の問題点
1 校則の規定内容の問題点
開示された2校の校則には標準服の着用についての規定があり、「ボタンをきちんと留め、シャツの裾を出したりしない。ズボンやスカートは腰の高さの位置ではく。」との定めが置かれているが、一般的な着用の仕方を示しているにとどまっていた。「実態に応じて準備してください。」と併記されていることからも分かるように、実際には標準服を着用している生徒はほとんどおらず、指導も行われてないようである。
他方、頭髪や眉については、比較的詳細な定めが置かれていた。特に「パーマや髪染めはしない。」、「整髪料等は使用しない。」、「眉を剃ったり、細くしたりするなどの加工をしない。」といった定めは、そもそも目的が不明で、学校教育に必要な範囲を超えていることが明らかであり、合理性も認められない。
以上のように、開示された特別支援学校の校則には一部合理性のないものも認められたが、全体としては厳しい校則とはなっておらず、先に検討した福岡市内の中学校において厳しい校則が例外なく存在したことと対照的である。
2 特別支援学校の校則との比較から見える問題点
今回、特別支援学校の校則については文書の公開請求を行ったにとどまり、生徒や保護者、教職員からのヒアリングは実施できていない。そのため、(厳しい)校則を定めていない理由も正確には把握できていないが、特別支援学校の性質に照らすと、その要因として、次のようなものがあると推察される。
①知的障害のある生徒については、校則を示すだけで望ましい行動を促したり望ましくない行動を制限したりすることが難しい。
②発達特性として服装や持ち物へのこだわりが強い生徒がいるため、校則にルールを定めても守ってもらうことが期待できない。
③学級編制の標準や教職員配置が中学校に比べて充実しているため、ルールを一律に適用しなくても、個別対応がある程度可能である。
こうした理由の当否について、更に調査を行う必要があると思われるが、仮に的を射たものだとすると、次のような考察が可能である。
すなわち、こうした校則の定め方からは、学校長が、ルールを伝えても理解してもらうことが難しい生徒に対しては個別に、柔軟に対応する一方、「言えば分かる」中学校の生徒については、厳しいルールをもって一律に、硬直的に対応するという発想を持っていることが窺える。
しかし、子どもの権利は、障害の有無や理解力の高低にかかわらず、すべての子どもに等しく保障されており、また身体面・学習面で能力の高い生徒が権利侵害を受けにくいとも決して言えない。校則の定め方について中学校と特別支援学校との間に格別の差異をもうけている背景には、やはり子どもの権利を蔑ろにする価値観があると言わざるを得ない。

第5 結論
今回検討した福岡市立中学校の校則には、服装、頭髪、持ち物、学校外での行動に至るまで事細かな規制が設けられていた。しかし、そのいずれにも真に必要かつ重要な学校教育目的上の目的を認めることができず、規制するだけの合理的理由を見出すことができなかった。特に、下着の規制については、校則に規定があることにより教員が生徒の下着を目視して違反調査がなされることにもつながり、生徒の自尊心やプライバシー権の侵害を伴うものである以上、直ちに廃止すべきである。
また、生徒指導の現場では、明文なき校則により生徒の自由を制限したり、校則が教職員によって恣意的に運用されている実態が明らかなとなった。また、校則の指導の中には、生徒の人権を侵害するような指導方法も認められた。このような指導方法についても、直ちに見直しが必要である。
性自認や性表現の多様性が認められるようになり、福岡市立中学校において選択型の新標準服が採用されるに至ったにもかかわらず、現在においてもなお標準服や髪型について男女で異なる規制内容を定める校則が認められた。かかる事実は、学校が新標準服が採用された意義を理解していないことを如実に示している。学校は新標準服が採用された意義を再度確認し、不必要な男女分けをする校則や生徒指導を改善すべきである。
市立中学校は義務教育の場であるため、地域から多くの生徒が通学してくる。その中には複雑な家庭の事情を抱えて家庭に居場所がない生徒もいれば、発達障害のある生徒もいるし、不登校となっている生徒もいる。生徒は一人一人個性や抱える問題が異なっており、そのような生徒たちが共に学ぶことに学校教育の意義がある。そのため、学校はすべての生徒にとって安心して過ごせる場所であることが重要であり、それには多様性の受容と尊重が不可欠である。
校則は学校におけるルールであるが、本来、ルールは「人を縛るもの」ではなく、「人(特に弱者)を守る」役割を担うものである。したがって、本来校則は、生徒が教育を受ける権利を保障するとともに、学校という集団の中で個々の生徒の人権を保障する役割を担うべきもののはずである。
しかし、現在の校則は、単に上(教職員側)から生徒を縛るものになってしまっており、生徒の権利や人権を守るという役割がほとんど果たされていないものとなってしまっている。このような校則は、生徒一人一人の個性を尊重できるように、生徒の人権を守るものに見直していく必要がある。そして、見直しにあたっては、生徒の意見を反映させることが不可欠であり、そのためにも学校は生徒に対し校則についての自由な議論を保障すべきである。
よって、当会は、中学校の校則について早急に見直すことを求める次第である。

以上

校則に関する調査報告書

2021(令和3)年2月17日

福岡県弁護士会

第1 調査方法・対象について
当会は、2020(令和2)年7月30日、福岡市(実施機関は福岡市教育委員会)に対し、福岡市内の各中学校における、校則、生徒心得、生活心得、生活のきまり等の名目の如何を問わず学校内外における生徒の言動、生徒が身につけるもの、生徒の外見、持ち物に関する決まり事を定めたものや当該定められた決まり事が分かる文書一切の公開を求める公文書公開請求を行った。その結果、福岡市は、同年8月30日付けで福岡市内の市立中学校全69校が作成した文書を開示した。
また、同年11月25日、福岡市(実施機関は福岡市教育委員会)に対し、福岡市内の各特別支援学校中等部(他の学部と共通で定められているものを含む。)における、校則、生徒心得、生活心得、生活のきまり等の名目の如何を問わず学校内外における生徒の言動、生徒が身につけるもの、生徒の外見、持ち物に関する決まり事を定めたものや当該定められた決まり事が分かる文書一切の公開を求める公文書公開請求を行った。その結果、福岡市は、同年12月10日付けで2校(福岡中央特別支援学校と若久特別支援学校)が作成した文書を開示した。
さらに、当会は、福岡市内の生徒、保護者、教職員から直接聴き取り調査(当事者ヒアリング)を行った。当事者ヒアリングでは、①学校内での校則の運用状況、②校則等に規定がないにもかかわらず行動を制限されることの有無、③校則についての考え、④校則がなくなると学校はどうなると思うかの概ね4点を中心に聞き取りを行った。
当会は、上記情報公開請求によって開示された文書及び当事者ヒアリングにより聞き取った内容について、調査検討した。
なお、情報公開請求によって開示された文書は、中学校ごとに様々であり、標準服について規制する文書のみ開示した中学校も含まれていた。そのため、本調査は、あくまで情報公開請求によって開示された文書のみを調査検討するものであり、福岡市内の市立中学校の校則を網羅的に調査検討したものでない。

第2 校則調査の結果
1 標準服
(1) 男女区別規制
福岡市で導入された新標準服はジェンダーレスを目指したものであるが、校則上、標準服に男女区別が設けられている学校は24校、明確な男女分けではないものの、男子生徒のように見えるイラストにはスラックス・女子生徒のように見えるイラストにはスカート(キュロット)を描くなどして事実上男女分けをしている学校は26校と、69校中50校(72%)の学校で男女分けをしている校則を設けていた。また、新標準服に対応しない校則のみを継続していると見受けられる学校が3校あり、これらの中学校ではすべて男女分けがなされていた。
(2) シャツの規制
標準服のブレザー下に着用するシャツについて、学校指定カッターシャツ又はポロシャツと定める校則がある学校は69校中17校、それ以外の52校中、学校指定シャツはないもののシャツの色(白・水色・青色・ピンク等)を指定する学校は69校中49校(全体の71%)、デザイン(ボタンダウンは不可、丸襟など)を指定する学校は23校であった。
また、シャツについてこれらの校則の定めに違反した場合の対応として3校では「きちんと直せる範囲については、その場で指導して直させる。直せないものについては、その場で脱がせる。(違反の格好のままでは、教室にあげない)」「脱がせた後に保護者連絡」「再登校」といった規定が設けられていた。
(3) スカートの長さ規制
「ひざの皿が見えない」「背筋を伸ばして膝立ちをしてすそが床につく長さ 長すぎないようにすること。目安5cm」「ひざ立ちし両腕を肩の位置まであげた状態ですそが床に十分につく(うつむかず背筋を伸ばす)。立った状態でひざが見えない」といったスカート丈を定める校則を設けている学校は69校中59校(85%)であった。
(4) スラックスの規制
スラックスについても、「すそが地面につかない程度」といった長さ規制があるものが69校中20校、「幅は、ももを両手でつかんだとき、やや余裕があるくらい」といった幅の規制について設ける学校は69校中3校あった。
(5) その他標準服に関する規制
上記の(1)~(4)に含まれないものとして、「昼休みに外で遊ぶときなど、上着を脱いで活動することはよいが、違反の防寒着で行っていた場合は指導」「タートルネックやフード付きのように、極端に首回りから出たり、袖から出たりしないようにさせる」「ブレザーを脱いで、ベストを着た状態で活動することは、禁止」「袖のボタンはきちんと留めさせる。(制服袖まくりは不可)」といった校則を設けている学校、「上着の折り曲げや、腰パン等については直させる」「袖を折る場合は、2回以上ひじが見えるまで折る」と定める学校など、標準服の着用の仕方について指定を設けている学校があった。
2 ベルト
スラックスに着用するベルトについても、その色について69校中62校(90%)が「黒のみ」「黒・茶・こげ茶のみ」といった規制を設けていた。また69校中48校(70%)は「柄入り、メッシュ型、華美なものは不可」「無地」「縫い糸が白等は可」「編み込みのものは不可」「皮または合皮」「布製」といったベルトの形・素材に関する規制を設け、24校は「極端に穴の数が多いもの、2色以上は不可」「1つ穴」「ベルトの穴はシングル」「二重穴あきは禁止」「ベルト穴に金属がついたものは不可」といったベルト穴に関する規制を設け、18校では「極端に細かったり太かったりするものは不可」「幅3cm以上」といった太さの規制を設けていた。
3 標準服を着る時期(衣替えの時期指定)
また、標準服のいわゆる冬服・夏服・中間服といった着用の時期を具体的に校則で定めていたり、あるいは校則で別途学校から着用時期を指定するなどの記載をしていたりして、生徒に着用時期を規制する校則がある学校は69校中12校であった。
4 頭髪
(1) 男女区別規制
頭髪に関し、男女という性別で区別した規制を設けていた中学校は、69校中58校(約84%)であった。
(2) 髪の長さ
髪の長さに関する規制を設けていた中学校は、69校中62校(約90%)であった。
具体的な規制内容としては、前髪は眉や目にかからない(69校中59校(約86%))、横髪は耳にかからない(69校中59校(約86%))、後ろ髪は襟や肩につかない、肩にかかる場合は耳より下でゴムで結ぶ(69校中61校(約88%))というものであった。
(3) 髪型
髪型に関する規制を設けていた中学校は、69校中60校(約87%)であった。
具体的な規制内容としては、ツーブロックの禁止(69校中45校(約65%))、ソフトモヒカンの禁止(69校中27校(約39%))、剃り込み禁止(69校中16校(約23%))というものであった。
(4) 髪の結び方・髪留め(ゴムやヘアピン等)
髪の結び方・髪留め(ゴムやヘアピン等)に関する規制を設けていた中学校は69校中61校(約88%)であった。
髪の結び方についての具体的な規制内容としては、耳より下で結ぶ(69校中51校(約74%))、2つもしくは1つで結ぶ(69校中18校(約26%))、お団子・ポニーテール・編み込み禁止(69校中7校(約10%))というものであった。
また、髪留め(ゴムやヘアピン等)についての具体的な規制内容としては、ゴムの色を黒や紺や茶に指定(69校中58校(約84%))、ヘアピンの色を黒や紺や茶に指定(69校中44校(約64%))、カッチン留め、バレッタ、カチューシャ、リボン、シュシュや飾りがついたものや髪飾りは禁止(69校中14校(約20%))、ヘアピンやゴムなどを不必要にたくさん使わない(69校中10校(約14%))というものであった。
(5) 髪の加工(脱色、染色、パーマ、整髪料)
脱色を禁止していた中学校は、69校中49校(約71%)であった。
染色を禁止していた中学校は、69校中54校(約78%)であった。
パーマ(ストレートパーマ、縮毛矯正を含む。)を禁止していた中学校は、69校中55校(約80%)であった。
整髪料の使用を禁止していた中学校は、69校中52校(約75%)であった。
5 眉毛
眉毛に手を加えることを禁止する旨の規制が確認できた学校は69校中56校(81%)であり、そのうち2校が眉の間を含み、3校が額を含んで一切手を加えることを禁止していた。
 6 下着
下着(肌着、アンダーシャツ等シャツの下に着るものを含む)に関する規制を確認できた中学校は69校中57校(約83%)であった。具体的には、下着の色に関する規制を設けていた中学校が57校(約83%)あり、下着の柄(無地・ワンポイント)に関する規制を設けていた中学校が54校(約78%)あった。
これらの規制について違反した場合の指導内容を規定している中学校が3校あった。その内容は、「脱がせるよう指示する。」「脱がせた後に保護者に連絡する。」などというものであった。
7 靴下、靴、靴紐
靴の色に関する規制が確認できた学校は69校中63校(91%)であった(複数の色から選択が可能な学校は3校)。また、靴の色に関する規制を設けている学校の多くは、靴を紐靴に限定しており、紐の色まで指定していた学校が69校中54校(78%)確認できた(複数の色から選択が可能な学校は2校)。
靴下についても、色に関する規制が確認できた学校が69校中56校(81%)、長さに関する規制が確認できた学校は51校(73%)、ワンポイントすら許容しないと明示している学校が12校存在した。
8 防寒着
(1) コート類に関する規制
ア コート等の種類・色に関する規制
コート類(コート、ジャンパー、ウィンドブレーカー、ブルゾンな ども含む。以下「コート等」という。)に関する規制を確認できた中学校は69校中48校(約70%)であった。このうち、コート等の種類に関する規制を確認できた中学校は46校あり、Pコート、スクールコートに限定する中学校が多数見受けられた。また、コート等の色に関する規制を確認できた中学校は44校であった。このうち、特定の色を指定する中学校が43校、華美でないものとする中学校が2校あった。
  イ その他コート類に関する規制
コートの柄(無地、ワンポイント等)を規制する中学校が9校、フードを禁止する中学校が11校、コート等の長さを規制する中学校が2校、ボタンの色を指定する中学校が3校、ベルトや肩章などコート等の装飾に関する規制が確認できた中学校が5校あった。

(2) セーター、トレーナー、カーディガンに関する規制
セーター、トレーナーに関する規制を確認できた中学校は69校中57校(約83%)あった。具体的には、Vネックのみ、パーカー・ハイネック・タートルネック禁止などその種類に関する規制が確認できた中学校が26校、色に関する規制が確認できた中学校が56校(約81%)、柄(無地、ワンポイント等)に関する規制が確認できた中学校が42校あった。
カーディガンに関する規制を確認できた中学校は69校中45校あった。このうち、色に関する規制が確認できた中学校が43校、柄やデザイン(網目の模様、編み方、ボタンの色等)に関する規制が確認できた中学校が27校、学校指定やこれに準じるものとしてカーディガンの種類を限定する中学校が6校あった。このなかには、「学校に展示された見本のカーディガンと同色、同デザインのカーディガン」や「細糸のメリアス編みのカーディガン」など細かく規制している中学校もあった。
また、カーディガンに名札をつける旨を明記する中学校が25校あり、左胸等への縫付けを明記する中学校が16校あった。
さらに、カーディガンの着用について、女子生徒、あるいはセーラー服着用時の女子生徒のみ認める中学校は13校あった。
(3) マフラー、ネックウォーマー、手袋等の防寒具に関する規制
マフラー、ネックウォーマーに関する規制を確認できた中学校は69校中48校(約70%)あった。具体的には、「華美でないもの」「派手でないもの」と規定する中学校が22校あり、マフラーの長さに関して規定する中学校は6校あった。このうち、「長さは150センチメートル」と具体的な長さを指定する中学校も見受けられた。
手袋に関する規制を確認できた中学校は69校中47校であった。「華美でないもの」「派手でないもの」と規定する中学校が20校あり、飾りがついたものを禁止する中学校が2校あった。
(4) 防寒着・防寒具の校舎内での着脱に関する規制
校舎内でコート等の着用を禁止する中学校は35校あった。このうち 昇降口で着脱させることを明記する中学校は6校あった。マフラー、ネックウォーマー、手袋について、校舎内での着用を禁止するものが43校(約70%)、学校の昇降口で着脱させる旨を明記する中学校が8校あった。
9 持ち物
(1) 鞄に関する規制
鞄の種別について規制を定めている学校は、69校中15校あり、その全てが学校指定のスクールバッグしか使用してはいけないとの内容を定めていた。鞄に付ける装飾品に関する校則を定めている学校は、69校中23校あった。
具体的には、装飾品については、大きさの指定があるもの(例えば生徒手帳に隠れる大きさとするもの)が13校、個数の指定があるもの(例えばキーホルダーは1個までとするもの)が15校であった。
(2) 携帯電話に関する規制
携帯電話を持ち込み禁止とする学校は、69校中7校であった。
(3) その他持ち物に関する規制
ア 制汗剤、汗拭きシート、日焼け止め等
制汗剤や汗拭きシート、日焼け止め、リップクリーム、ハンドクリームに関する校則を設けている学校は、69校中12校であった。そのうち、制汗剤、汗拭きシートについては10校が規制を設けているが、許可制は1校、無臭なら可とするものが2校であった。また、日焼け止めについて校則を設ける学校は6校であり、そのうちスプレータイプはNGとするものが2校、「家で塗っていく、塗り直しは更衣室で行う」等の場所の規制があるものが2校であった。さらに、リップクリームとハンドクリームについて規制を設けているのは6校であり、その全てにおいて無色無臭のもののみ可となっている。
イ 使い捨てカイロ、金銭、飲食物
使い捨てカイロに関する校則を定める学校は69校中3校であった。その内容は、使い捨てカイロは使用して良いが見えるように使用しない、使い捨てカイロは許可するが使用後は必ず家に持ち帰って処分するというものである。金銭の所持を禁止とする学校は69校中5校あり、そのうち教師に預けるものとするのは2校であった。飲食物に関する校則を定める学校は69校中8校あった。そのうち飲料の種類を指定するもの(お茶か水なら可)は6校であり、ペットボトル飲料の持ち込みを不可とするのは1校であった。
10 学校外行動
遊戯施設(ゲームセンターやカラオケボックス、映画等)への立ち入り制限に関する校則を定める学校は69校中7校あり、そのうち保護者の許可又は同伴を必要とするものは5校あった。また、アルバイトを禁止する学校は69校中2校あった。さらに、通学に関する校則を定める学校は10校あり、登下校中の買い食いを禁止する学校が7校あった。通学については、自転車通学を禁止するものが9校、通学路の制限をするもの(例えば登下校は学校で決められている通学路を通るとするもの)が2校であった。加えて、生徒の外出や外泊に関する定めをおく学校は5校であった。そのうち外泊を禁止とするものが4校、外出の制限をおくもの(例えば、外出するときは、行先、用件、帰宅予定時刻を保護者に伝え、日没前に帰宅することとするもの)が4校であった。

第3 特別支援学校における校則調査の結果
1 開示された校則の概要
開示された文書の一つは、タイトルが「5.生活について」とされている6項目のものである。その体裁を見る限り、入学時などに保護者に配布される資料の一部ではないかと思われる。少なくとも、生徒向けに作成・配布されたルールではない。また、性別により異なる定めも見当たらない。
もう一つの文書は「学校生活のきまり」とのタイトルが付けられ、「学校での一日の生活のしかた」、「見だしなみについて」、「その他」の3項目で構成されている。すべての漢字にふりがなが振られており、生徒に示すことが想定されていることが分かる。
いずれも学校生活を送るうえで必然的に生じる決まりごとが定められていた。
 2 標準服
特別支援学校の校則においても、標準服についての規定があり、「原則は福岡市の標準服または、それに近いもの」といった定めがあった。また、1校については、これに加え、「ボタンをきちんと留め、シャツの裾を出したりしない。ズボンやスカートは腰の高さの位置ではく。」との定めが置かれている。
もっとも、「実態に応じて準備してください。」と併記されており、実際、福岡市立の特別支援学校では、中等部の生徒が標準服で通学していることはほとんどないようである。
3 頭髪・眉
開示された校則の一つには、頭髪や眉について、「パーマや髪染めはしない。」、「整髪料等は使用しない。」、「眉を剃ったり、細くしたりするなどの加工をしない。」といった定めがあり、比較的詳細な定めが置かれている。

第4 当事者ヒアリングの結果
当会では、福岡市内の中学生、保護者、教職員の合計十数名から聞き取り調査を実施した。以下、当事者ヒアリングの結果について詳述する。
1 校則で制限する理由についての説明
【聞き取った中学生が実際に体験した事実】
・髪型やゴムの色を決める理由について先生から「統一感を出すため」と言われた。
・後髪を縛る時は耳よりも下の位置でなければならないが、その理由を尋ねると先生から「男子がうなじを見て欲情するから」と言われた。
・髪を結ぶ位置が耳よりも下なのはなぜかと尋ねると、先生から「政府がそう言っている」と言われた。
・ツーブロックがいけないのも「政府がそう言っている」と言われた。
・先生は「同じ服装をするからこそ出る個性」と言うが、それは間違っていると思う。髪型など自由にした方が個性が出ると思う。
2 書かれていない校則による制約
【聞き取った中学生が実際に体験した事実】
・生徒手帳に載っていない校則が多い。
・校則では前髪は眉毛を超えないとあるのに、眉上でなければならないと指導された。
・校則では髪を結ぶゴムが黒・紺・茶と指定されているが、茶色のゴムをしていても「明るすぎ」と指導され買い直さなければならなかった。
・校則では靴下の色は「白」としか規定されていないのに、実際には織り目が縦に入っている靴下でなければ校則違反として指導される。
・事前の連絡なく靴下のワンポイントが禁止され、校則違反の指導を受けた。それまで使っていた靴下がダメになった。
(聞き取った中学生が目撃した事実)
・友人が、おでこの産毛を剃ったところ、生徒手帳にはおでこの産毛を剃ってはいけないという規則はないのに、教師から職員室前で1時間半、立ったまま指導された。泣いていても指導は終わらなかった。
3 制限の目的が不明な校則
【聞き取った中学生が実際に体験した事実】
・無言清掃
・無言給食
・職員室前無言通行
・他の階には行ってはならない。
・他の教室に行ってはならない。
・多目的トイレは使ってはならない。
・暑くても袖をまくってはいけない。
4 校則に関する指導の状況
【聞き取った中学生が実際に体験した事実】
・スカート丈の検査は全員体育館に集められ、両手を前に水平に出して、膝立ちをさせられる。体育館には男子もいる。
・体操服に着替えているときに教師が入ってきて(下着について)指導をされたことがある。
・ある教科では「校則ひとつで高校落ちるぞ」と毎回20分ほど同じ話をされる。授業をして欲しい。
・何かと「連帯責任」を取らされる。
・「連帯責任」って教師によるイジメだと思う。
・男子女子が一緒に区切りもなく体育館で一斉に生活点検をされる。その際、女の先生から下着の色をチェックされるが、男子もいるから恥ずかしい。
・生徒のことを呼び捨てにする先生が多い。下の名前を呼び捨てにする先生もいる。
・体育の後、靴下が下がっていると先生から「わざとやろう」と文句を言われる。
・靴下違反と指摘されると靴下を脱いで裸足で上靴を履かなければならない。
・名札を忘れると、名前を書いたガムテープを胸に貼られる。
・眉毛を整えたら、生えるまで毎朝職員室でチェックを受けなければならない。
・校則違反と指導を受けたら、掃除や草抜きをさせられる。
・横髪が少しでも耳にかかっていると「部活やめろ」と言われる。
・先生に気に入られている生徒はあまり指導されない。
・先生の機嫌に左右される。
・学年全員が集められて服装指導を受けるが、その間全員黙想しなければならない。
をする。
・「今自分がしている格好でいつでも高校入試に行けるようにしろ」と言われる。
【聞き取った中学生が目撃した事実】
・コロナで学校に行けず5月下旬にやっと入学できたのに、入学してすぐに、中1の女子生徒が男の先生から下着の色を指摘され、それ以来学校に行くことができなくなった。
・寝癖がついたまま登校した生徒を先生は他の生徒がいる前で大爆笑して笑い者にし、校則違反と指導した。髪の長さや色は違反していなかった。整髪料や縮毛矯正も許されていないので癖毛の生徒は大変だと思う。
・もともと髪の色が明るい生徒に対し、毎回「気をつけなさい」と指導していた。
・地毛なのに2か月以上毎日職員室に髪の色を見せにいかされた。保護者が抗議しても「親ぐるみのことがあるから」と言って続けさせられた。
・靴下が短いからと没収され、別の靴下を渡された。自分の靴下は返してもらえなかった。
【保護者から聞き取った事実】
・不登校の生徒がせっかく登校しても服装違反ということで学校に入れてもらえなかった。
・校則通り15cmと表示がある靴下を買って履いていったのに、教師から右足は合格、左足は不合格と言われ買い換えるよう指導された。たまたま左足がずり落ちていただけなのに、教師からはずり下がっても15cmになるものを買えと言われた。
・母親から教師に「靴下15cmルールやめませんか」と言うと教師から「なぜ守ろうとしないんですか」と言い返された。
・忘れ物をしても友人に借りたり、教科書を見せてもらったりしてはならず、教師から犯罪者のように扱われる。
・地毛証明書を提出させられる。
・廊下に一列に並ばされ、シャツの胸をはだけ、先生が生徒一人一人の下着をチェックする。
・靴下の長さで呼び出されて昼休みが終わるまで叱られ、帰りの会でも立たされ、他の生徒の前で説教をされた。
【教職員から聞き取った事実】
・先生が自作した靴下の長さを測る器具を使って生徒の間を歩いて検査している。
・眉毛に手を入れている生徒は、生えるまで毎日職員室で検査する。
5 校則についての生徒の意見表明の状況
【聞き取った中学生が体験した事実】
・生徒会で校則について議論をしていたところ、先生から校則の議論はしてはならないと止められた。
・校則がおかしいと声に上げることはない。言っても無理だから諦めている。
・先生から生徒総会は校則について話し合う場じゃないと釘を刺された。
・生徒総会で校則に関する質問が出たらそれを止めるように先生から言われた。
・生徒会は校則について触れてはいけないと先生に言われた。
・廊下で男子はツーブロック禁止でかわいそうねと話をしていると、それを聞いていた先生が「ツーブロックで高校受験に行ってみろ。後輩たちのために自分の人生賭けてみるか」と怒鳴られた。
・校則ついて意見をすると「内申に響くぞ」と言われる。そのため口をつぐんでしまう。
・生徒が集団になって訴えても、大人が間に入ってくれないと先生に丸め込まれる。
・理不尽な指導に不満気でいると先生から「そんな態度なら内申やらんぜ」と言われる。
・生徒が正論を言っても先生は納得しない。それどころか逆に説教される。
【聞き取った中学生が目撃した事実】
・社会の教科書の人権のページを示して先生に抗議した生徒もいる。
・生徒会に立候補する生徒がスピーチ原稿に校則のことを書いていたところ、他の生徒がいる前で、先生はその生徒が泣くまで長時間説教をした。そのため校則に関するスピーチはできなかった。
【教職員から聞き通った事実】
・生徒たちが校則について話題にできる制度はない。生徒総会でも校則について話題にしようとしても、「校則は先生たちが決めるもの」と言って話題にさせないと思う。
6 校則がなかったらどうなるか
【中学生の声】
・校則がなければ、意見も出しやすく明るい学校になると思う。
・校則がなかったら良いのにといつも思っている。
・校則がなくなっても生徒たちがグレることはないだろう。むしろストレスがなくなりちょっと元気になると思う。
・校則がなくなったら、他の子がどんな子かもっとよく知る機会になると思う。
・校則がなくなったら、学校が楽しくなると思う。
・校則がなくなったら、先生に怒られることもかなり減ると思う。
【保護者の声】
・先生は「服装の乱れは心の乱れ。心の乱れはヤンキーの第一歩」と言うが、校則がなくてもヤンキーにはならないと思う。
【教職員の声】
・校則がなくなったら、最初は少し派手になる生徒が出てくるかもしれないが、そのうち落ち着いてめちゃくちゃにはならないと思う。
・校則がなくなったら、教師と生徒の人間関係も良くなるのではないか。
7 その他
【中学生の声】
・小学校までは細かく言われることがなかったのに、中学校に入学した途端、細かな校則で規制される。本当にそんなことをする必要があるのか疑問に思う。
・一人一人個性があるのに統一する必要はないんじゃないか。
・生徒には厳しいくせに、先生は水色のピアスにピンクの口紅、髪も染めてウルフカットにしている。
・先生の言葉遣いが悪い。怒鳴り散らし、高圧的。
・部活を辞めさせてもらえない。退部届をもらわないといけないが、先生がくれない。
・学校で感じるストレスの7割が校則。
・校則のせいで学校に行くことがストレスになる。
・変な校則について、先生の方が間違っていると思うが、大人とケンカしなければいけないことにストレスを感じる。
・生徒会で校則について変えられるようにして欲しい。
・今ある校則で残した方が良いと思うものはない。

以上

(別紙)校則調査結果一覧(PDF)

2020年5月15日

検察庁法改正等による検察官の独立性の侵害等に反対する意見書

2020年(令和2年)5月14日

福岡県弁護士会
会長 多川 一成

【意見の趣旨】

1 2020年(令和2年)年3月13日に内閣から国会に提出された国家公務員法等改正案中の検察庁法を改正する提案のうち、全ての検察官について、内閣又は法務大臣の判断により、定年後も最長3年間、勤務を延長し得るとする内容、及び、新たに延長する65歳の定年を待たず、63歳以降、次長検事、検事長、検事正、上席検察官という一定の高位の官職にとどまれないとする原則に対する特例措置として、内閣又は法務大臣の判断によりそれらの官職にとどまることを可能とする内容は、立法事実を欠くうえ、検察官の政治的独立性を侵害するものであり、さらには司法権の独立及び三権分立を侵害する危険をも有するものであるので、当会はこれらの改正に反対する。

2 2020年(令和2年)2月7日に定年を迎えた黒川弘務元検察官について、定年後に東京高等検察庁検事長としての勤務を6か月延長する旨の同年1月31日の閣議による決定は、検察庁法に反し違法かつ無効であり、同年2月18日の閣議において決定された答弁書における、同人を検事総長に任命することも可能であるとの答弁は極めて不適切であるので、当会は内閣に対し、これらをいずれも撤回するとともに、検察庁法に基づいて東京高等検察庁検事長を任命することを求める。

【意見の理由】

第1 はじめに

当会は、2020年(令和2年)3月27日(以下、2020年を指すときは単に月日のみ表示する。)、「検察官の定年後に勤務を延長する旨の閣議決定の撤回を求める会長声明」(以下、「3.27会長声明」という。)を、また4月24日、「検察庁法の改正の一部に反対する会長声明」(以下、「4.24会長声明」という。)を発したところである。

上記閣議決定と検察庁法の改正とは各個独立の事象ではなく、定年後に勤務を延長する閣議決定を一度なしたうえ、法改正によってそのような措置を恒常的に可能としようとするものである。その経緯及び内容からは、法改正の意図が先行の勤務延長決定の違法性を取り繕う点にあることが窺われる。その点において両者は密接に関連していると思われるので、本意見書で改めて両者について論ずることとする。

第2 検察庁法改正案について
1 改正案の概要

内閣は、3月13日、国家公務員法等の一部を改正する法律案を国会に提出した(以下、国家公務員法を「国公法」と略称する。)。

この法律案第4条は検察庁法の一部を改正する内容であり、同法案第4条は検察庁法の一部を次のとおり改正するものである。

①検察官の定年を現行の63歳から65歳へ段階的に引き上げる。

②内閣又は法務大臣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案して」、「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として」内閣等が定める事由があると認める場合には65歳の定年後も最長3年間、勤務を延長させることができる(以下、「定年後勤務延長制」という。)。

③63歳以降は、原則として次長検事、高検検事長、地検検事正、区検上席検察官という、一定の高位の官職にとどまれなくなる(以下、「役職定年制」という。)。

④役職定年制の特例措置として、前記②と同様の要件がある場合には、63歳以降も定年まで(さらに②によって最長66歳まで)これらの官職を継続できる。

しかしながら、内閣又は法務大臣の判断による全検察官についての定年後勤務延長制(②)と役職定年制の特例措置規定(④)の導入は、以下に見るとおり、政治的思惑の下に恣意的に運用されるおそれが強い不当なものであると言わねばならない。

2 検察庁法の立法趣旨~独立性の確保が必要不可欠であること~

(1) 検察庁法の沿革

検察庁法は、1947年(昭和22年)5月3日、日本国憲法施行にあわせて、国会法、内閣法、裁判所法等とともに、新憲法の下で骨格をなす重要な国家機関を規律する法律の一つとして施行された。大日本帝国憲法下において旧裁判所構成法に規定されていた検事や検事局に関する事項を新法制定によって独立させるとともに、新憲法における司法権独立の強化に応じた内容としたのである(検察庁法を制定した1947年(昭和22年)帝国議会の貴族院検察庁法特別委員会における、同年3月28日の木村篤太郎司法大臣による同法の提案理由説明(国立国会図書館ホームページの帝国議会会議録検索システム。以下、帝国議会の議事の引用に関して同じ。))。

(2) 検察官の強大な権限と地位

検察官は、刑事訴訟において公訴提起の権限を独占し(刑事訴訟法247条)、捜査においても、警察官等に対し指示・指揮をなし得る(同法193条)等、強大な権限を有することによって、行政官でありつつ実質的に刑事司法の一翼を担う。

このような強大な権限を有すること、及びその刑事司法作用に占める司法官に準ずる地位において、検察官は一般職の国家公務員ではあるが、他の一般職国家公務員とは決定的に異なっている。

また、検察官がこのような強大な権限を行使する際には、他の公的権力や社会的勢力からの独立性が確保されていなければ、公平公正な職務遂行をなし得ない。特に、憲法上の政治部門(立法権、行政権)からの独立性が確保されず、特定の政治勢力の意向に影響された権限行使がなされる結果、適正な捜査がなされなかったり、起訴不起訴の判断が左右されたりすれば、司法権の独立と、憲法の基本原理たる三権分立の侵害を来す危険もある。

そこで、検察官が権限を行使するに際しては、独立性、とりわけ政治的独立性の確保が必要不可欠である。

3 検察庁法や国公法の立法及び改正の経緯

(1) 大日本帝国憲法下において、検事の定年は裁判所構成法80条の2が、検事総長65歳、その他の検事63歳という、現在と同じ定年年齢を定めていたが、併せて「但シ司法大臣ハ三年以内ノ期間ヲ定メ仍在職セシムルコトヲ得」との定めがおかれ、司法大臣の判断により検察官の定年後勤務延長が可能とされていた。

しかし、日本国憲法施行にあわせて施行された検察庁法では、22条が、検察官の定年を、検事総長65歳、その他の検察官63歳と定める一方で、検察官の定年後勤務延長を認める規定は置かれなかった。裁判所構成法に置かれていた定年後勤務延長規定が検察庁法に置かれなかったということは、立法者の意思として、検察庁法にあえてこれを引き継がせなかったということを意味する。*1

(2) 1947年(昭和22年)、検察庁法に6か月後れて国公法が制定された。その際、「一般職の国家公務員の職務と責任の特殊性に基づいて国公法の特例を要する場合には別に法律等によって規定できる」とする国公法附則13条が規定され、また、検察庁法22条を含む検察庁法の一部の条文は、「国公法附則13条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基づいて、国公法の特例を定めたものである」とする検察庁法32条の2が検察庁法改正により追加された。これらにより、検察庁法22条は国公法の特例であることが、国公法と検察庁法の双方の条文上において、明確にされた。

検察庁法32条の2にいう検察官の職務と責任の特殊性について、同条を追加する改正がなされた際の参議院法務委員会における政府答弁(1949年(昭和24年)5月11日、参議院法務委員会における政府委員・高橋一郎法務庁検務局長の答弁。国立国会図書館ホームページの国会会議録検索システム。以下、国会議事の引用について同じ。下線部は引用者による。)では、「第32條の2は、檢察官は、刑事訴訟法により、唯一の公訴提起機関として規定せられております。従って、檢察官の職務執行の公正なりや否やは、直接刑事裁判の結果に重大な影響を及ぼすものであります。このような職責の特殊性に鑑み、従来檢察官については、一般行政官と異り、裁判官に準ずる身分の保障及び待遇を與えられていたのでありますが、國家公務員法施行後と雖も、この檢察官の特殊性は何ら変ることなく、従ってその任免については、尚一般の國家公務員とは、おのずからその取扱を異にすべきものであります。よって、本條は、國家公務員法附則第十三條の規定に基き、檢察廳法中、檢察官の任免に関する規定を國家公務員法の特例を定めたものとしたのであります。」と説明されている(この政府答弁を、以下、「49年検務局長答弁」という。)。

この点は、検察庁法の解釈に際し実務上最もよく参照されている『新版検察庁法逐条解説』180頁でも、同様に解説されている。*2

(3) 国公法には当初、定年制が定められておらず、当初から定年制を定めていた検察庁法と異なっていたが、1981年(昭和56年)の国公法改正により、定年制度が導入された。この改正案の国会審議における政府答弁(以下、「81年答弁」という。)では、改正国公法の定年後勤務延長規定を含む定年制は検察官に適用されないことが明言された。*3

(4) このような立法、及び法改正の経緯を通じ、検察庁法22条による検察官の定年規定は、検察官の職務と責任の特殊性による国公法の特例とされてきた。この職務と責任の特殊性とは、49年検務局長答弁に示されているとおり、検察官が公訴提起の権限を独占し、職務執行の公正か否かが直接刑事裁判の結果に重大な影響を及ぼすものであることを指す。そのため、上記第2の2で論じたとおり、検察庁法の重要な立法趣旨としての、検察官の職権行使の独立性の確保が不可欠なのである。それゆえ、やはり49年検務局長答弁に示されているとおり、検察官には一般行政官と異なり、特別職である裁判官に準ずる身分保障と待遇が与えられ、国家公務員法の施行に関わらず、他の一般職国家公務員とは異なる取扱いがなされてきたのである。

4 定年後勤務延長制と役職定年制の特例措置とを導入する立法事実を欠くこと

立法目的及びその達成手段の合理性を裏付ける社会的・経済的・文化的な事実を立法事実という。新規の立法にせよ、法改正にせよ、国会の立法にあっては当該立法をなすに足るだけの立法事実が必要である。

検察庁法改正案中の定年後勤務延長規定及び役職定年制の特例措置としての63歳以降の役職継続規定の要件は、内閣又は法務大臣の判断により、定年退官すべき検察官の「職務の遂行上の特別の事情を勘案して、」当該検察官の「退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由」(又は「法務大臣が定める準則」)がある、というものである。

しかし、これらの要件はいずれも、検察官の職務遂行原理としての検察官一体の原則に反するものである。

検察官一体の原則とは、検察官は、検事総長を頂点とした指揮命令系統に服する統一的な組織に属する全ての検察官が一体となって職務を遂行し、職責を果たすという原則である。

この原則によって、特定の検察官によってしか担い得ない職務は観念できないとされる。従って、検察官にあっては、改正国公法81条の7第1号(現行国公法81条の3)や検察庁法改正案9条3項、同5項ただし書き、22条2項、同3項、同5項等が規定するような「職員の職務の遂行上の特別の事情」により、「当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずる」ような事態はそもそも観念されない。現に、従前、検察官の職務はこの原則に沿って遂行されてきている。一見すれば定年退官や転勤によって支障が生じかねない場合にあっても、引継ぎを十分に行うとか、そもそも定年時期や転勤時期を控えた検察官にはそれらの時期をまたぐような職務を担当させないとかの組織的工夫によって、支障が生じるのを回避してきたものと思われる。

今般の国公法改正案について、当初、この改正案に関する内閣法制局の審査を終え、法案を確定させた時点では、検察庁法を改正する部分に、定年後勤務延長制の導入(②)と役職定年制の特例措置規定(④)は含まれていなかった(2020年(令和2年)4月16日衆議院本会議における森法相の答弁等)。これは、検察庁や法務省が、法改正の必要はないと考えていたことを意味する。

このように、内閣又は法務大臣の判断による全検察官についての定年後勤務延長制(②)と役職定年制の特例措置規定(④)の要件は、検察官一体の原則に反する事態を想定するものであって、そもそも、検察官の職務遂行原理にそぐわない。そのような制度を導入すべき立法事実はないということに帰する。

5 改正案による検察官の政治的独立の侵害の深刻な影響

(1) 全検察官についての定年後勤務延長制の導入(②)による影響

検察庁法改正により導入が図られている全検察官についての定年後勤務延長制の導入(②)は、勤務延長の要件がそもそも検察官の職務遂行原理に反し、かつ抽象的であるうえ、その定立及び充足性の判断を、内閣からの一定の独立性を有する人事院ですらなく内閣又は法務大臣に委ねていることから、制度に内在する欠陥として、その実際の運用が恣意的になされるおそれがある。例えば、内閣や法務大臣、その政治的存立母体としての政権与党やこれに連なる政治勢力の意向に沿う検察官のみについて定年後も勤務延長を認め、それ以外の検察官については認めないとする運用も可能だからである。そして、規定の適用が最長3年に及ぶという効果の大きさから、人事管理上の効果も大きなものがあると思われる。この点において、全検察官についての定年後勤務延長制には、制度上の重大な欠陥があると言わざるを得ない。

憲法の基本原理たる国民主権を実現する方途として、わが国は政党政治制によっており、内閣の成立や法務大臣の選任には政治的影響が及ぶことが予定されている。そうであるからこそ検察官の政治的独立性を確保する必要性があることは本意見書第2の2の(2)で論じたとおりであるが、定年後勤務延長の制度について想定され得る上記のような運用においては、そこに政治的影響が介在し、検察官の政治的独立性が侵害されるおそれがある。

検察官の強大な権限は、総理大臣をはじめとする政権与党の要職にある政治家をすら対象として行使され得るものであり、また、その必要があるのに行使されなければそれもまた司法権の公平な作用を担保し得ないという意味で重要なものである。

特に、なされるべき捜査・起訴がなされなければ、司法権を担う裁判所はこれを是正すべき方途を持たない。不当な不起訴を是正するための制度として検察審査会があるが、そもそも捜査段階において適正な捜査がなされていなければ、検察審査会においても必要な証拠収集ができず、検察審査会の審査に支障を来すこととなる。

定年後勤務延長制の制度的欠陥により、時の政治権力者やこれに連なる者の犯罪行為についてなすべき捜査・起訴がなされず、逆に、その政敵とされる者に対して捜査・起訴の権限が過大に行使される等、検察官の強大な権限が政治的に利用されるおそれがあるが、そうしたおそれが現実の事態となれば、刑事司法作用の公平が害されることとなる。それは行政権による重大な司法権の侵害である。そしてまた、国民主権の基礎が揺るがされることともなる。

あるいはまた、全国の検察官の取扱う事犯は多岐にわたる。社会的耳目を集めるような巨大犯罪から、多くの国民が知ることもないような軽微事犯にまで広範囲に及ぶ。後者についても、検察官の職務が公正に遂行され、刑事司法作用の公平が確保されなければならないことはもちろんである。しかし、定年後勤務延長の制度が恣意的に運用され、検察官の職務遂行に政治的影響が及べば、政治的影響の有無、強弱によって起訴不起訴の判断が左右されるといった公平を欠く取扱いが広範に行われないとも限らない。政治家を対象とする巨大贈収賄事件等と異なり、社会的に目立つことはないが、こうした取扱いが全国に及ぶ危険すらあることを考えると、検察官の強大な権限行使がその根幹部分において政治的独立性を害され、公平を失していくことともなりかねない。こうした点において、全検察官についての定年後勤務延長制は、重大な欠陥を内包する制度であると言わざるを得ない。

かつまた、検察官の権限行使の公平について国民が疑念を抱くこととなれば、実際には公平に権限が行使されている場合も含めて、検察官の職務遂行に対する国民の信頼を保つことも困難である。ことは検察のあり方そのものに関わる。

(2) 役職定年制の特例措置(④)による影響

また、法改正により、役職定年制の特例措置としての63歳以降の役職継続規定(④)が導入されれば、やはり、その実際の運用は恣意的になされるおそれが大きい。次長検事、検事長、検事正、上席検察官は、63歳で役職を解かれるか、役職を継続できるかの判断権を内閣又は法務大臣に握られ、これを継続するためには内閣等の意向を窺うこととならざるを得ない。そこには、時の政治権力者やそれに連なる者の影響が及ぶ危険が存在すると言わねばならない。

検事長、検事正、上席検察官は当該検察庁の他の検察官及び管轄区域内の検察庁の検察官を指揮監督する。また次長検事はすべての検察官を指揮監督する検事総長を補佐し、検事総長に事故のあるときや検事総長が欠けたときは検事総長の職務を行う者としてすべての検察官を指揮監督する。

従って、検事長、検事正、次長検事の職務遂行に政治的影響が及べば、それを通じ、当該検察官の指揮監督下にある検察官の職務遂行にも政治的影響が及ぶことがあり得る。この場合、政治的影響を受けた捜査、起訴不起訴の判断がより組織的になされることとなる危険がある。こうした点において、役職定年制の特例措置は、重大な欠陥を内包する制度であると言わざるを得ない。

6 結論

以上のとおり、国公法等改正案中、検察庁法を改正する内容のうち、全検察官について内閣等の判断による定年後勤務延長制を導入するとする部分(②)、及び、役職定年制の特例措置として内閣等の判断により一部の検察官についてのみ役職定年を解除し、役職を継続し得るとする部分(④)は、立法事実を欠くうえ、検察官の政治的独立性を害し、行政権による司法権の侵害、憲法の基本原理たる三権分立の侵害を来す危険を有するものであるので、当会は、これらの改正内容について、断固として反対する。

第3 黒川弘務元検察官の定年後の勤務を延長した閣議決定及び同元検察官の検事総長就任を可能とした閣議決定について
1 2つの閣議決定等をめぐる事実経過

1月31日、内閣は、2月7日限りで検察庁法22条が定める定年退官する予定だった黒川弘務東京高等検察庁検事長(当時。以下、「黒川氏」という。)について、一般職の国家公務員の定年後もその勤務を延長させ得ると定める国公法81条の3を適用し(以下、黒川氏についての定年後勤務延長を「本件勤務延長」という。)、6か月間の定年後勤務延長をする旨を閣議決定した(以下、「1.31閣議決定」という。)。

これに対し、81年答弁で示された、検察官の定年には検察庁法22条が適用され、国公法の定年制の規定は適用されない、との政府解釈に反し違法である、等の批判が向けられた。

この国会審議の過程では、森雅子法務大臣(以下、「森法相」という。)が81年答弁の存在を知らなかったことも明らかになった。

他方、81年答弁で示された政府解釈について、人事院給与局長は「現在まで同じ解釈を引き継いでいる。」と答弁した(2月12日の衆議院予算委員会)。

このような事態を受けて、安倍晋三内閣総理大臣(以下、「安倍首相」という。)は、上記人事院給与局長の答弁の翌日である2月13日の衆議院本会議において、上記のような従来の政府解釈の存在を認めたうえで、これを変更し、検察官にも同法同条が適用され、定年延長が可能であると解釈することとした旨の、それまでには行っていなかった説明を行った。

これに対応して、上記人事院給与局長は、同月20日の衆議院予算委員会において、「81年答弁で示された政府解釈を引き継いでいる。」旨の上記答弁を撤回したが、この撤回は、「つい、言い間違えた。」という、わが国の政府委員たる幹部職国家公務員としてはおよそ考え難い答弁によってなされた。

さらに、安倍首相の上記衆議院本会議答弁後には、1.31閣議決定以前になされたという、本件解釈変更をめぐる法務省と人事院の間の協議等についても説明がなされた。ところが、それは、協議結果を記載したとされる文書に日付が記載されていなかったり、必要な文書決裁を経ておらず、決済が口頭でなされたと説明されたりするなど、わが国の官公署における事務処理としてはおよそ信じ難い手法をも含む説明であった。

こうした不可解な経過によって本件勤務延長がなされたことに対して国民各層からの批判が噴出し、また、その目的が黒川氏を次期検事総長に任命することにあるのではないかという強い疑念が向けられた。

そのような中、内閣は、2月18日、黒川氏の検事総長就任も可能であるとする答弁事項を含む答弁書を閣議決定した(以下、この答弁書の一部である当該答弁事項を「2.18答弁」という。)。

本意見書第2で論じた検察庁法の改正案は、こうした経過の中、3月13日に国会提出されたものであり、当初の国公法改正案の検察庁法改正部分には定年後勤務延長制(②)と役職定年制の特例措置規定(④)が含まれていなかったのに後から付加されたこととも併せ考えると、本件定年後勤務延長と関連して先に確定していた国公法改正案に加えられたものと考えられる。そのことは、今般の検察庁法改正案が、本件定年後勤務延長の違法性を取り繕う目的で提案されたものであることを窺わせる。

2 検察官に定年後勤務延長規定は適用できないこと

しかし、3.27会長声明で論じたとおり、検察庁法、国公法の条文の文理解釈、及び、検察庁法の立法趣旨(本意見書第1の2でさらに詳述したもの。)に基づく解釈によれば、検察官に定年後勤務延長規定は適用できない。

1.31閣議決定は、解釈の限界を超えて違法であるばかりか、権力者による恣意的専断的な統治を許さないために、予め定めたルール(法律)による統治をなすべきとする、法律による行政(法治主義)にすら反するものであって、違法かつ無効である。

従って、現在、適法な任命手続きを経た東京高検検事長は存在しない。故に、内閣が適法な東京高検検事長を任命する必要がある。

3 2.18答弁の不適切性

2.18答弁は、黒川氏の検事総長就任を可能としている。この点は、本件勤務延長が黒川氏を検事総長に任命する目的でなされたのではないかという国民の疑念を強め、検察に対する国民の信頼をさらに低下させるものというほかなく、極めて不適切である。

また、国公法81条の3の規定を黒川氏に適用したとする内閣の論理によるとしても、同条が認める定年後勤務延長は、「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情」によるものであり(同条、下線は引用者による。)、特殊性なり特別の事情なりの判断対象はあくまで東京高検検事長の職務である。検事総長の職務ではない。黒川氏は、特例的に延長された東京高検検事長の勤務を終えれば、検察官としての定年を過ぎている以上、その定年規定に沿って速やかに退官すべき地位にある。検事総長は、すべての検察庁の職員を指揮監督する検察トップとしての性格上、現職の検察官から任命するという実務慣行による限り、その候補に黒川氏を含めるとするのは、違法な定年延長を利用するものであって、断じて許されない。

4 結論

よって、当会は、内閣に対し、違法かつ無効な1.31閣議決定、及び、極めて不適切な2.18答弁を撤回し、改めて適法な決定により、東京高等検察庁検事長を任命することを求める。

以上



*1 1947(昭和22)年3月28日の帝国議会貴族院検察庁法特別委員会における質疑では、検察庁法22条の定年規定が例外を設けない一律規定とされている点について、橋本實斐委員による、例外措置を設けないのかという質問に対して、木村篤太郎司法大臣が例外を設けず一律の定年として提案した旨を答弁している。

*2 「この条は、庁法制定当初は存在しなかったが、国家公務員法の施行に伴い、昭和二四年法律第一三八号による改正で追加されたものであり、検察官の級別、任命資格、欠格事由、定年、適格審査、剰員及び身分保障の規定は、検察官の職責の特殊性に基づき、国家公務員法の施行によって影響を受けず、同法の特例として効力を存続するものとすることを明らかにしたのである」(良書普及会、1986年(昭和61年)、出版当時、検事総長の任にあった伊藤栄樹著、初版は1963年(昭和38年)の同人著『逐条解説検察庁法』。)
*3 「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております。今回の法案では、別に法律で定められておる者を除き、こういうことになっておりますので、今回の定年制は適用されないことになっております。」(1981年(昭和56年)4月28日、衆議院内閣委員会における、検察官や大学教官に国公法の定年制の適用があるかという質問に対する、政府委員・斧誠之助人事院事務総局任用局長の答弁)。

2018年3月27日

罹災証明書の申請期限の延長についての意見書

平成30年3月27日

朝倉市
朝倉市市長 森田俊介 殿

福岡県弁護士会
会長 作間 功

1 意見の趣旨

罹災証明書(二次調査及び再調査を含む。)の申請について、申請期限を6か月程度延長することが相当である。

2 意見の理由

平成29年7月の九州北部豪雨災害では、豪雨に伴う河川の氾濫により大量の土砂や流木が住宅に流入する等の被害により、多くの住民が、未だに仮設住宅暮らしを余儀なくされています。被災地の復旧・復興は、着実に進んできているとはいえ、未だ途上の段階であります。

住家の被害認定は、災害により被災した住家の「被害の程度(全壊、半壊等)」を認定されるものであり、この認定結果に基づき、被災者の方々に「罹災証明書」が交付されます(災害対策基本法第90条の2)。この証明書の被害認定区分は、被災者生活再建支援金の支給、住宅の応急修理など様々な被災者支援策を受ける際の重要な基準となります。

しかしながら、従来の災害に係る住家の被害認定基準運用指針(以下「旧運用指針」といいます。)は、昨年の九州北部豪雨水害のような大量の土砂や流木が流入するといった水害を、必ずしも想定せずに策定されていたと思われ、住家被害認定の手法として不適当であると指摘されてきました。そのため、九州北部豪雨災害では、被災者の被害実態にそぐわない被害認定がなされていたと思われる事例が数多く散見されており、被災者の生活再建及び被災地の復旧復興が十分に行われていないように思われます。

そうした中、内閣府において、昨年11月から本年3月までの間、九州北部豪雨水害等における経験や知見等を踏まえて旧運用指針を見直すべく、四回にわたって検討会が開催され、この検討結果を受けて、今月23日、旧運用指針が改定されました(改定後の運用指針を「本運用指針」といいます。)。

本運用指針が、九州北部豪雨災害における経験や知見をも踏まえて改定されたという経緯からすれば、平成29年7月九州北部豪雨の被災者の中には、本運用指針を基準とした場合、被害認定の程度が重く認定される被災者がおられることが十分に予測されます。しかしながら、貴市は、罹災証明(二次調査及び再調査を含む。)の申請期限を平成30年3月30日(金)までと区切っておられます。運用指針が改定された以上、貴市は、本運用指針を改定された趣旨を踏まえて、住家被害の認定を行う必要が新たに生じておられます。

そこで、当会は、罹災証明書(二次調査及び再調査を含む)の申請について、申請期限を、本年3月30日ではなく、さらに少なくとも6カ月程度延長することが相当であると考えます。

以上

2017年11月27日

福岡県多重債務者生活再生事業の継続を求める意見書

2017年(平成29年)11月27日
福岡県弁護士会 会長 作間 功

第1 意見の趣旨

福岡県は,平成20年から実施している「福岡県多重債務者生活再生事業」(以下,「本事業」という。)を平成30年度以降も継続すべきである。

第2 意見の理由

1. 福岡県人づくり・県民生活部生活安全課は,本年9月29日に受託者であるグリーンコープ生活協同組合ふくおかに本事業を平成29年度までで終了すると口頭で通知し,同年10月10日付で各市町村長(多重債務相談窓口担当課)宛に事業終了すると通知文を送付したとのことである。

多重債務問題は,貸金業法の改正(総量規制等)により,一時期より沈静化したが,近時は,銀行等が貸金業法13条の2の適用がないことを利用して,貸金業者による保証を付した貸付を行うことにより,再び深刻化しつつある。このことを背景として,本年の本事業による相談窓口の受付件数は,前年(平成28年)の1,747件を大きく越える2,300件(9月までの実績×2)と予測される。

この2,300件という数字は,新しい取組として多くの報道がなされた本事業開始時である平成20年度の3,431件や,偽装質屋による多くの消費者被害が発生した平成24年の相談件数には及ばないものの,過去の平均数を上回るものであり,本事業による相談窓口が県民にとって身近な相談窓口として定着していることを示すものである。

加えて,弁護士・司法書士による債務整理等の相談件数は9月までで149件であり,年間の推計では300件となり,前年の273件を越える実績が予想される。この実態からしても,多重債務相談は減少しておらず,本事業の終了の根拠とはならない。

このように本事業による相談窓口は,多くの福岡県民が多重債務の問題解決に向けて相談を行う窓口になっているのであるから,それを閉ざすべきでない。

2. 本事業では,県内4つの相談室(福岡,北九州,直方,久留米)で相談を受けているが,多重債務者が相談に来易いように身近な自治体との連携で出張相談会が開催されている。具体的には,昨年31の県内自治体との連携により71回の出張相談会を実施し,111件の面談を受けている。

多重債務者にとって,自ら積極的に相談窓口を探すことは負担であるから,身近な相談機会の周知はアウトリーチの取り組み・相談者の発見としても有効である。同様に出張相談会を開催している自治体の開催要望は強く,相談会の広報や会場の手配等の協力や自治体の機関との連携も図れており,無くてはならないものに定着している。本事業が終了すれば,住民の身近な相談機会が無くなるとともに,自治体にとっても継続的な支援や代替措置は容易に取れない。

従って,県民にとって身近な相談機会を奪うべきではない。

3. 本事業は,貸付事業を中核とした事業である。貸付を行う前提として,多重債務者へのカウンセリング,アセスメントを行い,相談者の家計の状況の把握とそうなった背景を相談者と共有した上で,債務の整理を前提に家計の見直しや,滞納の解消,不足する生活資金の貸付を行っている。

このように,多重債務問題を入り口として生活全体を再生していくことを目的とする機関は少なく,支援のネットワークの中での重要な位置を占めている。かつて多重債務問題が深刻な社会問題になった時期に国の多重債務問題改善プログラムがまとめられ,その対策方針の中の顔の見えるセーフティネット貸付が重要視されたが,福岡県はこれに着目して,全国で最初に,相談・貸付・金銭教育・悪徳商法被害救済の総合的な事業として,本事業を開始したものである。

本事業による貸付を受けている相談者は,既に債務不履行状態にあり信用情報が悪化しているため,どこからも借り入れができない者が全体の貸付のうち実に82%(29年上半期)に及んでいる。このように,本事業は,多重債務者に対する貴重な貸付機関として機能している。実際,多重債務者は貸付によって問題解決を図ろうとする傾向が強く,貸付がある相談窓口で,相談者との対話により,生活上の問題点を明らかにした上での貸付を契機にする本事業による生活再建活動は,多重債務問題を解決するためには極めて有効である。

加えて,近年は,銀行のカードローンによる多額の債務が多くなってきている。平成28年度における501万円から1000万円の債務を抱えている相談者は,2年前と比べて2.5ポイント増加しているし,法律家による債務整理相談の内,自己破産の割合は43%と5.2ポイント増加していることがその傾向を表している。銀行のカードローンによる多額の債務を抱えた多重債務問題として社会的な問題になりつつあり,多重債務生活再生事業はこの問題にも対応できている。

多重債務者の生活再生は,単に多重債務者が抱えている返済不可能な債務の解消を行なえば済むものではない。同時に抱えている家賃や税金,公共料金の滞納の問題や当面の生活資金の不足,学費や車検の費用の不足等,様々な問題をも解決する必要があるのである。本事業は,生活資金の貸付を行なう点で「顔の見えるセーフティネット貸付機関」として特徴あるものであり,この貸付業務を梃子にして多重債務者が抱えている様々な課題に対してカウンセリングやアセスメントを行なって各支援機関と連携して生活の再生に向かえるように伴走する事業である。このように,多重債務者の支援のネットワークの重要な位置を占める本事業を終了すべきではない。

4. 平成27年から生活困窮者自立支援法が施行され,自立相談支援事業を中核にして支援事業が始まっている。その中の家計相談支援事業は,家計管理により生活の課題を解決していくものとして多重債務者生活再生事業と類似している。しかし,この家計相談支援事業は県内の全ての自治体では実施しておらず,全県民対象の多重債務生活再生事業の代替とはならない。

加えて,家計相談支援事業は貸付を伴っておらず,その意味でも代替とはならない。

多重債務者や生活困窮者の問題は生命に関わる深刻な問題である。特に,多重債務者は生活困窮状態にあり,DVや虐待,ネグレクト等の複合的な課題を抱えている場合が多い。

県民生活の安全を所管する部署は,本事業が県民に対するいわば生命にかかわる事業であることを十分考慮して,慎重な判断をすべきである。従って,本事業の重大な変更をするためには,上述の本事業の実施状況を正確に把握した上で,本事業を仮に廃止した場合に,県民生活にどのような影響が及ぶのかを慎重に検討し,代替措置が十分可能かも含めて判断するべきである。従って,本事業の存続の可否については,手続的には,一番現場を把握している受託者や福岡県消費生活審議会で,事業の方向性について検討した後に行うことが必要不可欠である。

そのような手続的配慮も欠いたまま,本事業を廃止すべきではない。

よって,福岡県は,平成30年度以降も本事業を継続すべきである。

以  上

2017年9月13日

消費者契約法の改正にかかる意見

平成29年(2017年)9月13日

内閣総理大臣 安倍 晋三 殿

衆議院議長 大島 理森 殿

参議院議長 伊達 忠一 殿

内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全) 江崎 鐵磨 殿

消費者庁長官 岡村 和美 殿

内閣府消費者委員会委員長 高 巖 殿

内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会座長 山本 敬三 殿

福岡県弁護士会
会長  作間 功

消費者契約法の改正にかかる意見

2000年(平成12年)4月に制定された消費者契約法(以下「法」という。)については,法施行後の消費者契約に係る苦清相談の処理例及び裁判例等の情報の蓄積を踏まえ,情報通信技術の発達や高齢化の進展を始めとした社会経済状況の変化への対応等の観点ら,2016年(平成28年)5月25日において法改正が行われた。

しかし,この改正にあたっては,内閣府消費者委員会(以下「消費者委員会」という。)および同委員会の下に設置された消費者契約法専門調査会(以下「専門調査会」という。)において多岐にわたる項目についての検討がなされたものの,法改正として実現したのは僅か6項目に止まり,「勧誘」要件の在り方,不利益事実の不告知,困惑類型の追加,「平均的な損害の額」の立証責任,条項使用者不利の原則,不当条項等の追加等については,引き続き検討を行うべきものとされた。そして,その後の検討を踏まえ,2017年(平成29年)8月4日に専門調査会が報告書(以下「本報告書」という。)をとりまとめ,同月8日,消費者委員会は,さらなる意見を付したうえで,内閣総理大臣に対する答申を行うに至った。

現在,成年年齢の引下げに関する民法改正の動きが加速するなか,知識や経験の不足した若年成人をめぐる消費者被害の増加が懸念され,また認知症等により判断力の不十分な高齢者をめぐる消費者被害の防止及び救済が,もはや一刻の猶予もない状況にあるとともに,消費者庁において新たな法改正作業が進められていることに鑑み,当会として,下記のとおり意見を述べる。

第1 意見の趣旨

本報告書に示された消費者契約法の見直しにかかる専門調査会の提言については,消費者被害の防止及び救済の促進という観点から一定の評価をすることができるものである。しかし,その提言をもって,消費者被害の防止及び救済に対する十分な措置が講じられたものと結論づけることはできない。特に,本報告書を受けた消費者委員会の答申において敢えて付言されているとおり,「特に早急に検討し明らかにすべき喫緊の課題」が残されており,また本報告書の提言内容についても,より適切かつ妥当な対応をなすべきものと考えられる点が少なくない。

そこで,以下においては,本報告書にもとづいて,その検討すべき各論点についての意見を述べることにする。

第2 意見とその理由
1. 事業者の努力義務について(法3条第1項関係)

【意 見】

(1) 契約条項の解釈について疑義が生ずることのないよう配慮すべき事業者の努力義務を規定する本報告書の提言については,これに賛成する。

しかし,より適切には,契約条項の内容が不明確であり,解釈に疑義が生じた場合につき,消費者にとって有利な解釈をとるべきものとする旨の解釈準則(「条項使用者不利の原則」又は「消費者有利解釈の原則」)を明確に規定すべきである。

(2) 当該消費者契約の目的となるものの性質に応じ,当該消費者契約の目的となるものについての知識及び経験についても考慮した上で,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない旨の事業者の努力義務を規定する本報告書の提言については,これに賛成する。

しかし,より適切には,事業者の法的義務として適合性原則を明文化し,当該契約の目的となる商品及び役務などにつき,当該消費者の知識,経験,年齢などに基づくその判断力に応じて必要かつ合理的な配慮を行わなければならない旨の適合性原則を事業者の法的義務として明確に規定すべきである。

【理 由】

(1) 契約条項の内容が不明確であり,その解釈に疑義が生じた場合につき,諸外国においては,消費者にとって有利に解釈すべきものとする解釈準則(「条項使用者不利の原則」又は「消費者有利解釈の原則」)が確立している。消費者契約における事業者と消費者の情報や交渉力の格差などに鑑みるならば,わが国においても同様の解釈準則を明文において規定することが,公平の理念からみて妥当である。

(2) 消費者と事業者の情報に格差が存在する現状においては,事業者に積極的な情報提供を義務付けるのみならず,当該契約の目的となる商品や役務に関する当該消費者の知識や経験に応じた適切な情報の提供を義務づけることによって,質及び量における情報の格差を実質的に是正することが必要である。

〔参 考〕

本報告書12頁,13頁

契約条項の明確化の努力義務を定めた法第3条第1項を改正し,事業者は,消費者契約の条項を定めるに当たっては,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易なものになり,また,条項の解釈について疑義が生ずることのないよう配慮するよう努めなければならない旨を明らかとすることとする。

事業者の情報提供の努力義務を定めた法第3条第1項を改正し,当該消費者契約の目的となるものの性質に応じ,当該消費者契約の目的となるものについての知識及び経験についても考慮した上で,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない旨を明らかとすることとする。

2. 不利益事実の不告知における主観要件について(法第4条第2項関係)

【意 見】

不利益事実の不告知による取消しの要件につき,「故意」のみならず「重大な過失」を追加する本報告書の提言については,これに賛成する。

しかし,より適切には,不利益事実の不告知による取消しにつき,不告知者の故意過失を要件から削除すべきである。

【理 由】

(1) 不利益事実の不告知による取消しにつき,不告知者の故意過失を要件とすることは,その立証責任が消費者にあることから,消費者に困難を強いるものである。しかし,「故意」のみならず,「重大な過失」を要件に追加するならば,主観的要件にかかる消費者の立証責任を緩和するものであって,消費者被害の防止及び救済を促進するという観点において妥当であるが,その主張立証の困難性は,依然として解消されていない。

(2) 現行法上,不実告知による取消しについて,不実告知者の故意過失は要件とされておらず(法4条第1項第1号),「不作為による不実告知」とも言うべき不利益事実の不告知について,不告知者の故意過失を要件とすることに合理性は認められない。

(3) したがって,不利益事実の不告知による取消しにつき,不告知者の主観的要件を削除し,不利益事実の不告知という客観的事実のみをもって,その要件とすべきである。

〔参 考〕

本報告書3頁

不利益事実の不告知(法第4条第2項)の主観的要件に「重大な過失」を追加することとする。

3. 合理的な判断をすることができない事情の利用にかかる困惑類型の追加について(法第4条第3項関係)

【意 見】

(1) ①消費者の不安を煽る告知及び②勧誘目的で新たに構築した関係の濫用につき,これらを合理的な判断をすることができない事情の利用にかかる困惑類型(法第4条第3項)に追加する本報告書の提言については,これに賛成する。

(2) 本報告書において提言された上記(1)の①及び②に加え,合理的な判断をすることができない事情の利用にかかる困惑類型(法第4条第3項)につき,年齢又は障害などによる消費者の判断力の不足に乗じた勧誘行為を追加すべきである。

【理 由】

(1) 本報告書の提言する合理的な判断をすることができない事情の利用にかかる困惑類型の追加によって,いわゆる霊感商法,就職セミナーへの勧誘,恋人商法といった消費者被害につき,その防止及び救済の範囲を拡大することが期待される。

(2) 法第4条第3項は,事業者が消費者の合理的な判断ができない事情を作出又は増幅させ,その状況を不当に利用した勧誘行為(いわゆる「作出型勧誘行為」)について困惑類型として定めるものであり,本報告書の提言においても,事業者が消費者の合理的な判断ができない事情を利用したにすぎない勧誘行為(いわゆる「つけこみ型勧誘行為」)は対象とされていない。

特に,認知症など高齢者の判断力不足に乗じた不当な勧誘行為による消費者被害が著しく増加しているほか,政府は,2017年(平成29年)8月4日,民法における成年年齢を18歳に引き下げる民法改正法案を秋の臨時国会に提出する方針を明らかにしており,成年年齢の引下げによって,知識や経験不足などにより合理的な判断をすることができない若年成人をめぐる消費者被害の増加が懸念されており,これら高齢者及び若年者に対する消費者被害の防止と救済は,喫緊の課題であると言わなければならない。すなわち,合理的な判断をすることができない事情の利用にかかる困惑類型(法第4条第3項)として,年齢又は障害などによる消費者の判断力の不足に乗じた勧誘行為を規定することは,今回の法改正における最も重要な課題である。

〔参 考〕

本報告書

事業者の一定の行為によって消費者が困惑して意思表示をしたときの取消権を規定した法第4条第3項において,下記①及び②のような趣旨の規定を追加して列挙することとする。

① 当該消費者がその生命,身体,財産その他の重要な利益についての損害又は危険に関する不安を抱いていることを知りながら,物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該損害又は危険を回避するために必要である旨を正当な理由がないのに強調して告げること

② 当該消費者を勧誘に応じさせることを目的として,当該消費者と当該事業者又は当該勧誘を行わせる者との間に緊密な関係を新たに築き,それによってこれらの者が当該消費者の意思決定に重要な影響を与えることができる状態となったときにおいて,当該消費者契約を締結しなければ当該関係を維持することができない旨を告げること

判断力の不足等を不当に利用し,不必要な契約や過大な不利益をもたらす契約の勧誘が行われる場合等の救済については,重要な課題として,民法の成年年齢の引下げの存否等も踏まえつつ,今後も検討を進めていくことが適当である。

4. 心理的負担を抱かせる言動等にかかる困惑類型の追加について(法第4条第3項関係)

【意 見】

①消費者が意思表示をする前に,事業者が履行に相当する行為を実施し,契約を強引に求めること,②事業者が消費者に契約の締結を目的とする行為を実施し,当該消費者が契約締結の意思表示をしないことによって損失が生じることを正当な理由がないのに強調して告げることにつき,これらを心理的負担を抱かせる言動等にかかる困惑類型(法第4条第3項)に追加する本報告書の提言については,これに賛成する。

ただし,意思表示前における履行に相当する行為の実施にかかる取消しの対象となる事業者の行為につき,「契約における義務の全部又は一部の」履行に相当する行為」のみならず,当該契約と密接な関連を有する付随行為を含む旨を明確に規定すべきである。

【理 由】

意思表示前における履行に相当する行為の実施及び契約拒絶による損失の強調につき,心理的負担を抱かせる言動等にかかる困惑類型(法第4条第3項)として追加することは,消費者被害の防止及び救済を促進するという観点において妥当である。

しかし,意思表示前の履行に相当する行為については,当該契約の前提として密接な関連を有する付随行為がなされた場合においても,消費者の心理的負担に乗じて契約を迫る点に変わるところはなく,これらの場合についても契約取消しの対象とすべきである。

〔参 考〕

本報告書

事業者の一定の行為によって消費者が困惑して意思表示をしたときの取消権を規定した法第4条第3項において,下記①及び②のような趣旨の規定を追加して列挙することとする。

① 当該消費者が消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をする前に当該消費者契約における義務の全部又は一部の履行に相当する行為を実施し,当該行為を実施したことを理由として当該消費者契約の締結を強引に求めること

② 当該事業者が当該消費者と契約を締結することを目的とした行為を実施した場合において,当該行為が当該消費者のためにされたものであるために,当該消費者が当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしないことによって当該事業者に損失が生じることを正当な理由がないのに強調して告げ,当該消費者契約の締結を強引に求めること

5. 後見開始等の審判を受けたことを理由とする解除権付与にかかる不当条項類型の追加について

【意 見】

消費者が後見開始,補佐開始または補助開始の審判を受けたことのみを理由として事業者に解除権を付与する条項につき,不当条項類型として無効であるものとする本報告書の提言については,これに賛成する。

ただし,「後見開始,補佐開始または補助開始の審判を受けたことのみ」ではなく,「後見開始,補佐開始または補助開始の審判を受けたこと」を契約の解除事由とする条項につき,不当条項類型として無効である旨を規定すべきである。

【理 由】

後見開始等の審判を受けたことをもって契約の解除事由とすることに,何ら合理性は認めらない。したがって,後見開始等の審判を受けたことのみを契約の解除事由とする条項をもって不当条項類型として無効である旨を定める本報告書の提言は,消費者被害の防止及び救済を促進するという観点において妥当である。

しかし,後見開始等の審判を受けたこと「のみ」をもって不当条項の要件とするならば,後見開始等の審判を受けたことを解除事由の一つとして考慮することは許されることになる。

そこで,「後見開始,補佐開始または補助開始の審判を受けたことのみ」ではなく,「後見開始,補佐開始または補助開始の審判を受けたこと」を契約の解除事由とする条項につき,不当条項類型として無効である旨を規定すべきである。

〔参 考〕

本報告書

消費者契約が,物品,権利,役務その他の消費者契約の目的となるものの対価を消費者が支払うことを内容とする場合において,当該消費者が後見開始,保佐開始又は補助開始の審判を受けたことのみを理由として事業者に解除権を付与する条項を無効とする旨の規定を設けることとする。

6. 事業者への決定権限付与にかかる不当条項類型の追加について

【意 見】

事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効(法第8条)及び消費者の解除権を放棄させる条項の無効(法第8条の2)の潜脱を可能とするような事業者の決定権限付与条項につき,不当条項類型として無効であるものとする本報告書の提言については,これに賛成する。

しかし,より適切には,事業者が契約の内容を事後的かつ一方的に決めることを許容する条項(「事業者への解釈権限付与条項・決定権限付与条項」)そのものにつき,不当条項類型として無効である旨を規定すべきである。

【理 由】

本報告書に列挙された条項は,実質的には,「事業者への解釈権限付与条項・決定条項」とされるものであり,これらの条項を不当条項類型として無効であるとする本報告書の提言は,消費者被害の防止及び救済の範囲を拡大するものとして妥当である。

しかし,より適切には,「事業者への解釈権限付与条項・決定条項」とされる条項を各別に列挙して規定するのではなく,「事業者への解釈権限付与条項・決定条項」そのものを不当条項類型として規定し,事業者が契約の内容を事後的かつ一方的に決めることを許容する条項そのものにつき,不当条項類型として無効とする旨を規定すべきである。

〔参 考〕

本報告書

次に掲げる消費者契約の条項は無効とする旨の規定を設けることとする。

ア 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の要件に該当するか否かを決定する権限を事業者に付与する条項

イ 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされる当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の要件に該当するか否かを決定する権限を事業者に付与する条項

ウ 事業者に債務不履行がある場合に消費者の契約を解除する権利の要件に該当するか否かを決定する権限を事業者に付与する条項

7. 不当条項としての「サルベージ条項」について

【意 見】

ある条項が強行法規に反し無効となる場合に,その条項の効力を強行法規によって無効とされない範囲に限定する旨の条項(いわゆる「サルベージ条項」)につき,不当条項類型として無効である旨を規定すべきである。

【理 由】

サルベージ条項は,その存在によって消費者が不当条項の無効主張を諦めることとなり,結果として不当条項を甘受しかねないものとして,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものである。

〔参 考〕

本報告書

サルベージ条項を現時点で不当条項として規律するのではなく,サルベージ条項の使用状況や裁判例の状況等を踏まえた上で,今後の課題として,必要に応じ検討を行うべきである。

8. 不当条項としての賠償責任の一部を免除する条項について

【意 見】

事業者の軽過失による消費者の生命又は身体の侵害に対する損害賠償にかかる賠償責任の一部を免除する条項につき,不当条項類型として無効である旨を規定すべきである。

【理 由】

人の生命及び身体は要保護性の高い重要な法益であり,本来,合意による処分に適するものではない。

〔参 考〕

本報告書

軽過失による人身損害の一部免責条項に関する規律については,当面は法第10 条の解釈・適用に委ねつつ,その状況等を踏まえた上で,今後の課題として,必要に応じ検討を行うべきである。

9. 「平均的な損害の額」の立証に関する規律の在り方について(法第9条第1号関係)

【意 見】

「事業の内容が類似する同種の事業者に生ずべき平均的な損害の額」を消費者が立証したことにより,「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」が立証されたものとする推定規定を導入する本報告の提言については,これに賛成する。

しかし,より適切には,「平均的な損害」にかかる立証責任を事業者に転換する旨を法律上規定すべきである。

【理 由】

消費者において「平均的な損害の額」及びこれを「超えること」を主張立証すべきものとする判例の立場(最判平成18年11月27日民集60巻9号3437頁)においても,「平均的な損害」にかかる推定規定の導入は,消費者の立証困難性を緩和するものとして妥当である。

しかし,「事業の内容が類似する同種の事業者」にかかる類似性要件を厳格に要求するならば,この推定規定が働く余地は大きく制約されることとなり,当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を算定するのに必要な帳簿などの資料が当該事業者の元にあることを考えるならば,「平均的な損害」にかかる立証責任については,立証責任の公平な分配という観点から,これを事業者に転換する旨を法律上規定すべきである。

〔参 考〕

本報告書

法第9条第1号の「平均的な損害の額」に関し,消費者が「事業の内容が類似する同種の事業者に生ずべき平均的な損害の額」を立証した場合には,その額が「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」と推定される旨の規定を設けることとする。

10. 「平均的な損害」における損害の範囲について(法第9条第1号関係)

【意 見】

契約解除後に履行期が到来する役務等の逸失利益につき,原則として「平均的な損害」に含まれない旨を規定すべきである。

【理 由】

契約解除後に履行期が到来する役務等が解除された場合において,事業者はその未履行分の履行義務を免れることから,損益相殺により,逸失利益は,原則として,生じないものというべきである。

〔参 考〕

本報告書

〔前略〕実態把握や分析を更に積み重ねた上で,「解除に伴う」要件の在り方や「平均的な損害の額」の意義など法第9条第1号に関する他の論点と併せて,今後の課題として,必要に応じ検討を行うべきである。

11. 約款の事前開示について(法第3条関係)

【意 見】

約款による消費者契約について,事業者は,契約締結前において,約款を消費者に開示すべきことを原則とする旨を規定すべきである。

【理 由】

約款による消費者契約にあっても,その法的拘束力の根拠は,契約当事者間における意思の合致であり,約款に法的拘束力が認められるためには,当該約款が契約締結時までに消費者に開示され,あるいは当該約款が消費者の知ることのできる状態に置かれなければならない。

〔参 考〕

本報告書

約款の事前開示については,消費者に対する契約条項の開示の実態を更に把握することなどを経た上で,今後の課題として,必要に応じ検討を行うべきである。

第3 おわりに

今回の法改正においては,2014年(平成26年)8月5日の消費者委員会に対する内閣総理大臣の諮問に示された「情報通信技術の発達や高齢化の進展を始めとした社会経済状況の変化への対応等の観点」とともに,2017年秋の臨時国会に民法改正法案の提出が予定されている成年年齢の引下げに伴う若年者保護の必要性という視点を踏まえなければならない。

その点において,「判断力の不足等を不当に利用し,不必要な契約や過大な不利益をもたらす契約の勧誘が行われる場合等の救済については,重要な課題として,民法の成年年齢の引下げの存否等も踏まえつつ,今後も検討を進めていくことが適当である。」として,最も重要な課題を先送りした本報告書は,きわめて不十分なものであると言わざるをえない。

そして,これに対し,消費者委員会が,その答申において,「合理的な判断をすることができない事情を利用して契約を締結させるいわゆる『つけ込み型』勧誘の類型につき,特に,高齢者・若年成人・障害者等の知識・経験・判断力の不足を不当に利用し過大な不利益をもたらす契約の勧誘が行われた揚合における消費者の取消権」について,「早急に検討し明らかにすべき喫緊の課題」であることを敢えて付言したことは,きわめて重く受け止めなければならない。

仮に,今回の法改正において,高齢者・若年成人・障害者等の知識・経験・判断力の不足へのつけ込み型勧誘類型についての立法化がなされなかったとしても,本報告書は,これらに対する立法措置が不要であると判断したものではなく,政府において直ちにさらなる法改正の検討を開始すべきである。

2015年12月17日

少年法の成人年齢引下げ問題に関する意見(法務省の意見募集に関して)

第1 意見の趣旨
 1 少年法第2条1項の定める「成人」の年齢を現行の20歳から引き下げるべきではない。
 2 若年者に対する刑事法制の在り方について検討を行うときも,少年法の成人年齢の引下げ問題とは切り離し,別途議論すべきである。

第2 意見の理由
1 公職選挙法の改正に伴い,少年法第2条1項が定める「成人」年齢について,これを引き下げるべきか否かの議論がある。
しかし,当会の本年6月25日付「少年法適用対象年齢引下げに反対する会長声明」で詳しく指摘したとおり,法律の適用対象年齢は,各法律の立法趣旨に照らして個別具体的に検討すべきであり,少年法の適用対象年齢についても,18歳・19歳の少年は未成熟であり,再犯防止策としては刑罰を科すよりも保護処分に付する方が適切であるとの立法趣旨に照らし,そして,子ども・若者の成長発達ないし最善の利益と犯罪予防などの社会全体の利益を実現する観点から,個別具体的に検討すべきである。そして,現行少年法の手続と教育的な処遇や環境調整等は再犯防止に効果を挙げるなど,有効に機能しているため,現行少年法が適用対象年齢を旧少年法(大正14年制定)の18歳未満から20歳未満へと引き上げた趣旨について,現時点においてこれを変更すべき合理的な理由は存在しない。適用対象年齢の引下げは,18歳・19歳の少年がこれまで受けることができた教育的な働きかけや環境の調整という機会を奪うこととなり,その結果,少年の立ち直り・更生の機会を奪い,再犯の可能性を高める結果を引き起こしかねず,少年にとっても社会にとっても不利益な結果となりかねない。
よって,少年法の「成人」年齢は引き下げるべきでない。

2 この点,自由民主党の政務調査会が本年9月17日に取りまとめた「成人年齢に関する提言」は,少年法の「成人」年齢について,「国法上の統一性や分かりやすさといった観点から,少年法の適用対象年齢についても,満18歳未満に引き下げるのが適当である」とする。
しかし,上記提言も,国民年金の支払義務や児童福祉法に定める児童自立生活援助事業における対象年齢などの諸法令については適用年齢引下げの対象外とし,飲酒・喫煙や公営ギャンブルについては適用年齢引下げの是非を引き続き検討するとしているように,やはり,法律の適用年齢は,各法律の立法趣旨に照らして個別具体的に検討すべきものである。上記提言の「国法上の統一性や分かりやすさ」との観点は,少年法の適用年齢を変更する根拠としては極めて薄弱であり,不十分であるといわざるを得ない。
そして,上記提言も認めるとおり,罪を犯した者の社会復帰や再犯防止という点で,現行少年法の保護処分が果たしている機能には大きなものがある以上,少年法の適用対象年齢を引き下げる必要はない。

3 法務省は,上記提言を受け,「若年者に対する刑事法制の在り方全般に関する意見募集」を行っているが,当会としては,以上の理由から,少年法の「成人」年齢の引下げについて,改めて強く反対する意見を表明するものである。
また,若年者に対する刑事法制の在り方については,本来,少年法の「成人」年齢引下げ問題とは別の,20歳以上の若年成人に関する検討課題である。従って,若年者に対する刑事法制の在り方について検討する場合であっても,それと少年法の「成人」年齢の引下げの是非とを関連付けて議論すべきではなく,両者は切り離して議論されるべきである。
                                   以 上


                    2015年(平成27年)12月17日
                    福岡県弁護士会  
                    会 長  斉  藤  芳  朗 

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