福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2020年5月15日

検察庁法改正等による検察官の独立性の侵害等に反対する意見書

意見

2020年(令和2年)5月14日

福岡県弁護士会
会長 多川 一成

【意見の趣旨】

1 2020年(令和2年)年3月13日に内閣から国会に提出された国家公務員法等改正案中の検察庁法を改正する提案のうち、全ての検察官について、内閣又は法務大臣の判断により、定年後も最長3年間、勤務を延長し得るとする内容、及び、新たに延長する65歳の定年を待たず、63歳以降、次長検事、検事長、検事正、上席検察官という一定の高位の官職にとどまれないとする原則に対する特例措置として、内閣又は法務大臣の判断によりそれらの官職にとどまることを可能とする内容は、立法事実を欠くうえ、検察官の政治的独立性を侵害するものであり、さらには司法権の独立及び三権分立を侵害する危険をも有するものであるので、当会はこれらの改正に反対する。

2 2020年(令和2年)2月7日に定年を迎えた黒川弘務元検察官について、定年後に東京高等検察庁検事長としての勤務を6か月延長する旨の同年1月31日の閣議による決定は、検察庁法に反し違法かつ無効であり、同年2月18日の閣議において決定された答弁書における、同人を検事総長に任命することも可能であるとの答弁は極めて不適切であるので、当会は内閣に対し、これらをいずれも撤回するとともに、検察庁法に基づいて東京高等検察庁検事長を任命することを求める。

【意見の理由】

第1 はじめに

当会は、2020年(令和2年)3月27日(以下、2020年を指すときは単に月日のみ表示する。)、「検察官の定年後に勤務を延長する旨の閣議決定の撤回を求める会長声明」(以下、「3.27会長声明」という。)を、また4月24日、「検察庁法の改正の一部に反対する会長声明」(以下、「4.24会長声明」という。)を発したところである。

上記閣議決定と検察庁法の改正とは各個独立の事象ではなく、定年後に勤務を延長する閣議決定を一度なしたうえ、法改正によってそのような措置を恒常的に可能としようとするものである。その経緯及び内容からは、法改正の意図が先行の勤務延長決定の違法性を取り繕う点にあることが窺われる。その点において両者は密接に関連していると思われるので、本意見書で改めて両者について論ずることとする。

第2 検察庁法改正案について
1 改正案の概要

内閣は、3月13日、国家公務員法等の一部を改正する法律案を国会に提出した(以下、国家公務員法を「国公法」と略称する。)。

この法律案第4条は検察庁法の一部を改正する内容であり、同法案第4条は検察庁法の一部を次のとおり改正するものである。

①検察官の定年を現行の63歳から65歳へ段階的に引き上げる。

②内閣又は法務大臣が「職務の遂行上の特別の事情を勘案して」、「公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として」内閣等が定める事由があると認める場合には65歳の定年後も最長3年間、勤務を延長させることができる(以下、「定年後勤務延長制」という。)。

③63歳以降は、原則として次長検事、高検検事長、地検検事正、区検上席検察官という、一定の高位の官職にとどまれなくなる(以下、「役職定年制」という。)。

④役職定年制の特例措置として、前記②と同様の要件がある場合には、63歳以降も定年まで(さらに②によって最長66歳まで)これらの官職を継続できる。

しかしながら、内閣又は法務大臣の判断による全検察官についての定年後勤務延長制(②)と役職定年制の特例措置規定(④)の導入は、以下に見るとおり、政治的思惑の下に恣意的に運用されるおそれが強い不当なものであると言わねばならない。

2 検察庁法の立法趣旨~独立性の確保が必要不可欠であること~

(1) 検察庁法の沿革
検察庁法は、1947年(昭和22年)5月3日、日本国憲法施行にあわせて、国会法、内閣法、裁判所法等とともに、新憲法の下で骨格をなす重要な国家機関を規律する法律の一つとして施行された。大日本帝国憲法下において旧裁判所構成法に規定されていた検事や検事局に関する事項を新法制定によって独立させるとともに、新憲法における司法権独立の強化に応じた内容としたのである(検察庁法を制定した1947年(昭和22年)帝国議会の貴族院検察庁法特別委員会における、同年3月28日の木村篤太郎司法大臣による同法の提案理由説明(国立国会図書館ホームページの帝国議会会議録検索システム。以下、帝国議会の議事の引用に関して同じ。))。

(2) 検察官の強大な権限と地位
検察官は、刑事訴訟において公訴提起の権限を独占し(刑事訴訟法247条)、捜査においても、警察官等に対し指示・指揮をなし得る(同法193条)等、強大な権限を有することによって、行政官でありつつ実質的に刑事司法の一翼を担う。

このような強大な権限を有すること、及びその刑事司法作用に占める司法官に準ずる地位において、検察官は一般職の国家公務員ではあるが、他の一般職国家公務員とは決定的に異なっている。

また、検察官がこのような強大な権限を行使する際には、他の公的権力や社会的勢力からの独立性が確保されていなければ、公平公正な職務遂行をなし得ない。特に、憲法上の政治部門(立法権、行政権)からの独立性が確保されず、特定の政治勢力の意向に影響された権限行使がなされる結果、適正な捜査がなされなかったり、起訴不起訴の判断が左右されたりすれば、司法権の独立と、憲法の基本原理たる三権分立の侵害を来す危険もある。

そこで、検察官が権限を行使するに際しては、独立性、とりわけ政治的独立性の確保が必要不可欠である。

3 検察庁法や国公法の立法及び改正の経緯

(1) 大日本帝国憲法下において、検事の定年は裁判所構成法80条の2が、検事総長65歳、その他の検事63歳という、現在と同じ定年年齢を定めていたが、併せて「但シ司法大臣ハ三年以内ノ期間ヲ定メ仍在職セシムルコトヲ得」との定めがおかれ、司法大臣の判断により検察官の定年後勤務延長が可能とされていた。

しかし、日本国憲法施行にあわせて施行された検察庁法では、22条が、検察官の定年を、検事総長65歳、その他の検察官63歳と定める一方で、検察官の定年後勤務延長を認める規定は置かれなかった。裁判所構成法に置かれていた定年後勤務延長規定が検察庁法に置かれなかったということは、立法者の意思として、検察庁法にあえてこれを引き継がせなかったということを意味する。*1

(2) 1947年(昭和22年)、検察庁法に6か月後れて国公法が制定された。その際、「一般職の国家公務員の職務と責任の特殊性に基づいて国公法の特例を要する場合には別に法律等によって規定できる」とする国公法附則13条が規定され、また、検察庁法22条を含む検察庁法の一部の条文は、「国公法附則13条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基づいて、国公法の特例を定めたものである」とする検察庁法32条の2が検察庁法改正により追加された。これらにより、検察庁法22条は国公法の特例であることが、国公法と検察庁法の双方の条文上において、明確にされた。

検察庁法32条の2にいう検察官の職務と責任の特殊性について、同条を追加する改正がなされた際の参議院法務委員会における政府答弁(1949年(昭和24年)5月11日、参議院法務委員会における政府委員・高橋一郎法務庁検務局長の答弁。国立国会図書館ホームページの国会会議録検索システム。以下、国会議事の引用について同じ。下線部は引用者による。)では、「第32條の2は、檢察官は、刑事訴訟法により、唯一の公訴提起機関として規定せられております。従って、檢察官の職務執行の公正なりや否やは、直接刑事裁判の結果に重大な影響を及ぼすものであります。このような職責の特殊性に鑑み、従来檢察官については、一般行政官と異り、裁判官に準ずる身分の保障及び待遇を與えられていたのでありますが、國家公務員法施行後と雖も、この檢察官の特殊性は何ら変ることなく、従ってその任免については、尚一般の國家公務員とは、おのずからその取扱を異にすべきものであります。よって、本條は、國家公務員法附則第十三條の規定に基き、檢察廳法中、檢察官の任免に関する規定を國家公務員法の特例を定めたものとしたのであります。」と説明されている(この政府答弁を、以下、「49年検務局長答弁」という。)。

この点は、検察庁法の解釈に際し実務上最もよく参照されている『新版検察庁法逐条解説』180頁でも、同様に解説されている。*2

(3) 国公法には当初、定年制が定められておらず、当初から定年制を定めていた検察庁法と異なっていたが、1981年(昭和56年)の国公法改正により、定年制度が導入された。この改正案の国会審議における政府答弁(以下、「81年答弁」という。)では、改正国公法の定年後勤務延長規定を含む定年制は検察官に適用されないことが明言された。*3

(4) このような立法、及び法改正の経緯を通じ、検察庁法22条による検察官の定年規定は、検察官の職務と責任の特殊性による国公法の特例とされてきた。この職務と責任の特殊性とは、49年検務局長答弁に示されているとおり、検察官が公訴提起の権限を独占し、職務執行の公正か否かが直接刑事裁判の結果に重大な影響を及ぼすものであることを指す。そのため、上記第2の2で論じたとおり、検察庁法の重要な立法趣旨としての、検察官の職権行使の独立性の確保が不可欠なのである。それゆえ、やはり49年検務局長答弁に示されているとおり、検察官には一般行政官と異なり、特別職である裁判官に準ずる身分保障と待遇が与えられ、国家公務員法の施行に関わらず、他の一般職国家公務員とは異なる取扱いがなされてきたのである。

4 定年後勤務延長制と役職定年制の特例措置とを導入する立法事実を欠くこと

立法目的及びその達成手段の合理性を裏付ける社会的・経済的・文化的な事実を立法事実という。新規の立法にせよ、法改正にせよ、国会の立法にあっては当該立法をなすに足るだけの立法事実が必要である。

検察庁法改正案中の定年後勤務延長規定及び役職定年制の特例措置としての63歳以降の役職継続規定の要件は、内閣又は法務大臣の判断により、定年退官すべき検察官の「職務の遂行上の特別の事情を勘案して、」当該検察官の「退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる事由として内閣が定める事由」(又は「法務大臣が定める準則」)がある、というものである。

しかし、これらの要件はいずれも、検察官の職務遂行原理としての検察官一体の原則に反するものである。

検察官一体の原則とは、検察官は、検事総長を頂点とした指揮命令系統に服する統一的な組織に属する全ての検察官が一体となって職務を遂行し、職責を果たすという原則である。

この原則によって、特定の検察官によってしか担い得ない職務は観念できないとされる。従って、検察官にあっては、改正国公法81条の7第1号(現行国公法81条の3)や検察庁法改正案9条3項、同5項ただし書き、22条2項、同3項、同5項等が規定するような「職員の職務の遂行上の特別の事情」により、「当該職員の退職により公務の運営に著しい支障が生ずる」ような事態はそもそも観念されない。現に、従前、検察官の職務はこの原則に沿って遂行されてきている。一見すれば定年退官や転勤によって支障が生じかねない場合にあっても、引継ぎを十分に行うとか、そもそも定年時期や転勤時期を控えた検察官にはそれらの時期をまたぐような職務を担当させないとかの組織的工夫によって、支障が生じるのを回避してきたものと思われる。

今般の国公法改正案について、当初、この改正案に関する内閣法制局の審査を終え、法案を確定させた時点では、検察庁法を改正する部分に、定年後勤務延長制の導入(②)と役職定年制の特例措置規定(④)は含まれていなかった(2020年(令和2年)4月16日衆議院本会議における森法相の答弁等)。これは、検察庁や法務省が、法改正の必要はないと考えていたことを意味する。

このように、内閣又は法務大臣の判断による全検察官についての定年後勤務延長制(②)と役職定年制の特例措置規定(④)の要件は、検察官一体の原則に反する事態を想定するものであって、そもそも、検察官の職務遂行原理にそぐわない。そのような制度を導入すべき立法事実はないということに帰する。

5 改正案による検察官の政治的独立の侵害の深刻な影響

(1) 全検察官についての定年後勤務延長制の導入(②)による影響
検察庁法改正により導入が図られている全検察官についての定年後勤務延長制の導入(②)は、勤務延長の要件がそもそも検察官の職務遂行原理に反し、かつ抽象的であるうえ、その定立及び充足性の判断を、内閣からの一定の独立性を有する人事院ですらなく内閣又は法務大臣に委ねていることから、制度に内在する欠陥として、その実際の運用が恣意的になされるおそれがある。例えば、内閣や法務大臣、その政治的存立母体としての政権与党やこれに連なる政治勢力の意向に沿う検察官のみについて定年後も勤務延長を認め、それ以外の検察官については認めないとする運用も可能だからである。そして、規定の適用が最長3年に及ぶという効果の大きさから、人事管理上の効果も大きなものがあると思われる。この点において、全検察官についての定年後勤務延長制には、制度上の重大な欠陥があると言わざるを得ない。

憲法の基本原理たる国民主権を実現する方途として、わが国は政党政治制によっており、内閣の成立や法務大臣の選任には政治的影響が及ぶことが予定されている。そうであるからこそ検察官の政治的独立性を確保する必要性があることは本意見書第2の2の(2)で論じたとおりであるが、定年後勤務延長の制度について想定され得る上記のような運用においては、そこに政治的影響が介在し、検察官の政治的独立性が侵害されるおそれがある。

検察官の強大な権限は、総理大臣をはじめとする政権与党の要職にある政治家をすら対象として行使され得るものであり、また、その必要があるのに行使されなければそれもまた司法権の公平な作用を担保し得ないという意味で重要なものである。

特に、なされるべき捜査・起訴がなされなければ、司法権を担う裁判所はこれを是正すべき方途を持たない。不当な不起訴を是正するための制度として検察審査会があるが、そもそも捜査段階において適正な捜査がなされていなければ、検察審査会においても必要な証拠収集ができず、検察審査会の審査に支障を来すこととなる。

定年後勤務延長制の制度的欠陥により、時の政治権力者やこれに連なる者の犯罪行為についてなすべき捜査・起訴がなされず、逆に、その政敵とされる者に対して捜査・起訴の権限が過大に行使される等、検察官の強大な権限が政治的に利用されるおそれがあるが、そうしたおそれが現実の事態となれば、刑事司法作用の公平が害されることとなる。それは行政権による重大な司法権の侵害である。そしてまた、国民主権の基礎が揺るがされることともなる。

あるいはまた、全国の検察官の取扱う事犯は多岐にわたる。社会的耳目を集めるような巨大犯罪から、多くの国民が知ることもないような軽微事犯にまで広範囲に及ぶ。後者についても、検察官の職務が公正に遂行され、刑事司法作用の公平が確保されなければならないことはもちろんである。しかし、定年後勤務延長の制度が恣意的に運用され、検察官の職務遂行に政治的影響が及べば、政治的影響の有無、強弱によって起訴不起訴の判断が左右されるといった公平を欠く取扱いが広範に行われないとも限らない。政治家を対象とする巨大贈収賄事件等と異なり、社会的に目立つことはないが、こうした取扱いが全国に及ぶ危険すらあることを考えると、検察官の強大な権限行使がその根幹部分において政治的独立性を害され、公平を失していくことともなりかねない。こうした点において、全検察官についての定年後勤務延長制は、重大な欠陥を内包する制度であると言わざるを得ない。

かつまた、検察官の権限行使の公平について国民が疑念を抱くこととなれば、実際には公平に権限が行使されている場合も含めて、検察官の職務遂行に対する国民の信頼を保つことも困難である。ことは検察のあり方そのものに関わる。

(2) 役職定年制の特例措置(④)による影響
また、法改正により、役職定年制の特例措置としての63歳以降の役職継続規定(④)が導入されれば、やはり、その実際の運用は恣意的になされるおそれが大きい。次長検事、検事長、検事正、上席検察官は、63歳で役職を解かれるか、役職を継続できるかの判断権を内閣又は法務大臣に握られ、これを継続するためには内閣等の意向を窺うこととならざるを得ない。そこには、時の政治権力者やそれに連なる者の影響が及ぶ危険が存在すると言わねばならない。

検事長、検事正、上席検察官は当該検察庁の他の検察官及び管轄区域内の検察庁の検察官を指揮監督する。また次長検事はすべての検察官を指揮監督する検事総長を補佐し、検事総長に事故のあるときや検事総長が欠けたときは検事総長の職務を行う者としてすべての検察官を指揮監督する。

従って、検事長、検事正、次長検事の職務遂行に政治的影響が及べば、それを通じ、当該検察官の指揮監督下にある検察官の職務遂行にも政治的影響が及ぶことがあり得る。この場合、政治的影響を受けた捜査、起訴不起訴の判断がより組織的になされることとなる危険がある。こうした点において、役職定年制の特例措置は、重大な欠陥を内包する制度であると言わざるを得ない。

6 結論

以上のとおり、国公法等改正案中、検察庁法を改正する内容のうち、全検察官について内閣等の判断による定年後勤務延長制を導入するとする部分(②)、及び、役職定年制の特例措置として内閣等の判断により一部の検察官についてのみ役職定年を解除し、役職を継続し得るとする部分(④)は、立法事実を欠くうえ、検察官の政治的独立性を害し、行政権による司法権の侵害、憲法の基本原理たる三権分立の侵害を来す危険を有するものであるので、当会は、これらの改正内容について、断固として反対する。

第3 黒川弘務元検察官の定年後の勤務を延長した閣議決定及び同元検察官の検事総長就任を可能とした閣議決定について
1 2つの閣議決定等をめぐる事実経過

1月31日、内閣は、2月7日限りで検察庁法22条が定める定年退官する予定だった黒川弘務東京高等検察庁検事長(当時。以下、「黒川氏」という。)について、一般職の国家公務員の定年後もその勤務を延長させ得ると定める国公法81条の3を適用し(以下、黒川氏についての定年後勤務延長を「本件勤務延長」という。)、6か月間の定年後勤務延長をする旨を閣議決定した(以下、「1.31閣議決定」という。)。

これに対し、81年答弁で示された、検察官の定年には検察庁法22条が適用され、国公法の定年制の規定は適用されない、との政府解釈に反し違法である、等の批判が向けられた。

この国会審議の過程では、森雅子法務大臣(以下、「森法相」という。)が81年答弁の存在を知らなかったことも明らかになった。

他方、81年答弁で示された政府解釈について、人事院給与局長は「現在まで同じ解釈を引き継いでいる。」と答弁した(2月12日の衆議院予算委員会)。

このような事態を受けて、安倍晋三内閣総理大臣(以下、「安倍首相」という。)は、上記人事院給与局長の答弁の翌日である2月13日の衆議院本会議において、上記のような従来の政府解釈の存在を認めたうえで、これを変更し、検察官にも同法同条が適用され、定年延長が可能であると解釈することとした旨の、それまでには行っていなかった説明を行った。

これに対応して、上記人事院給与局長は、同月20日の衆議院予算委員会において、「81年答弁で示された政府解釈を引き継いでいる。」旨の上記答弁を撤回したが、この撤回は、「つい、言い間違えた。」という、わが国の政府委員たる幹部職国家公務員としてはおよそ考え難い答弁によってなされた。

さらに、安倍首相の上記衆議院本会議答弁後には、1.31閣議決定以前になされたという、本件解釈変更をめぐる法務省と人事院の間の協議等についても説明がなされた。ところが、それは、協議結果を記載したとされる文書に日付が記載されていなかったり、必要な文書決裁を経ておらず、決済が口頭でなされたと説明されたりするなど、わが国の官公署における事務処理としてはおよそ信じ難い手法をも含む説明であった。

こうした不可解な経過によって本件勤務延長がなされたことに対して国民各層からの批判が噴出し、また、その目的が黒川氏を次期検事総長に任命することにあるのではないかという強い疑念が向けられた。

そのような中、内閣は、2月18日、黒川氏の検事総長就任も可能であるとする答弁事項を含む答弁書を閣議決定した(以下、この答弁書の一部である当該答弁事項を「2.18答弁」という。)。

本意見書第2で論じた検察庁法の改正案は、こうした経過の中、3月13日に国会提出されたものであり、当初の国公法改正案の検察庁法改正部分には定年後勤務延長制(②)と役職定年制の特例措置規定(④)が含まれていなかったのに後から付加されたこととも併せ考えると、本件定年後勤務延長と関連して先に確定していた国公法改正案に加えられたものと考えられる。そのことは、今般の検察庁法改正案が、本件定年後勤務延長の違法性を取り繕う目的で提案されたものであることを窺わせる。

2 検察官に定年後勤務延長規定は適用できないこと

しかし、3.27会長声明で論じたとおり、検察庁法、国公法の条文の文理解釈、及び、検察庁法の立法趣旨(本意見書第1の2でさらに詳述したもの。)に基づく解釈によれば、検察官に定年後勤務延長規定は適用できない。

1.31閣議決定は、解釈の限界を超えて違法であるばかりか、権力者による恣意的専断的な統治を許さないために、予め定めたルール(法律)による統治をなすべきとする、法律による行政(法治主義)にすら反するものであって、違法かつ無効である。

従って、現在、適法な任命手続きを経た東京高検検事長は存在しない。故に、内閣が適法な東京高検検事長を任命する必要がある。

3 2.18答弁の不適切性

2.18答弁は、黒川氏の検事総長就任を可能としている。この点は、本件勤務延長が黒川氏を検事総長に任命する目的でなされたのではないかという国民の疑念を強め、検察に対する国民の信頼をさらに低下させるものというほかなく、極めて不適切である。

また、国公法81条の3の規定を黒川氏に適用したとする内閣の論理によるとしても、同条が認める定年後勤務延長は、「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情」によるものであり(同条、下線は引用者による。)、特殊性なり特別の事情なりの判断対象はあくまで東京高検検事長の職務である。検事総長の職務ではない。黒川氏は、特例的に延長された東京高検検事長の勤務を終えれば、検察官としての定年を過ぎている以上、その定年規定に沿って速やかに退官すべき地位にある。検事総長は、すべての検察庁の職員を指揮監督する検察トップとしての性格上、現職の検察官から任命するという実務慣行による限り、その候補に黒川氏を含めるとするのは、違法な定年延長を利用するものであって、断じて許されない。

4 結論

よって、当会は、内閣に対し、違法かつ無効な1.31閣議決定、及び、極めて不適切な2.18答弁を撤回し、改めて適法な決定により、東京高等検察庁検事長を任命することを求める。

以上


*1 1947(昭和22)年3月28日の帝国議会貴族院検察庁法特別委員会における質疑では、検察庁法22条の定年規定が例外を設けない一律規定とされている点について、橋本實斐委員による、例外措置を設けないのかという質問に対して、木村篤太郎司法大臣が例外を設けず一律の定年として提案した旨を答弁している。

*2 「この条は、庁法制定当初は存在しなかったが、国家公務員法の施行に伴い、昭和二四年法律第一三八号による改正で追加されたものであり、検察官の級別、任命資格、欠格事由、定年、適格審査、剰員及び身分保障の規定は、検察官の職責の特殊性に基づき、国家公務員法の施行によって影響を受けず、同法の特例として効力を存続するものとすることを明らかにしたのである」(良書普及会、1986年(昭和61年)、出版当時、検事総長の任にあった伊藤栄樹著、初版は1963年(昭和38年)の同人著『逐条解説検察庁法』。)
*3 「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております。今回の法案では、別に法律で定められておる者を除き、こういうことになっておりますので、今回の定年制は適用されないことになっております。」(1981年(昭和56年)4月28日、衆議院内閣委員会における、検察官や大学教官に国公法の定年制の適用があるかという質問に対する、政府委員・斧誠之助人事院事務総局任用局長の答弁)。
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