福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

転ばぬ先の杖(第35回) 自殺問題は今なお非常事態、ちょっとした知識と相談窓口としての頼れる弁護士会へ

自死問題対策委員会委員 椛島 敏雅(31期)

弁護士会で自殺問題の法律相談や講演会等を実施

自殺、それは本人には取返しのつかないことであり、残された親族に対しても一生、その人生に深い傷を負わせるものです。福岡県弁護士会は、自殺は最大の人権侵害であり、本人や親族並びに社会に対して大きな災いをもたらすものとして、それを防ぐ立場から、自死問題対策委員会を設けて、自死問題支援者法律相談や自死遺族法律相談及び自死問題に関する研修会や講演会並びに専門職との交流会等の活動を行っています。

自殺対策の成果で自殺者は大幅な減少傾向にあるが、今なお非常事態は続いている

不名誉な自殺大国だった日本も、2006(平成18)年10月に自殺対策基本法が施行されて以降、個人の問題と認識されがちであった自殺問題について、2007(平成19)年6月、政府が内閣府(現在は厚労省所管)に自殺総合対策会議を設置して「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指す」という観点から自殺総合対策大綱を策定しました。この官民挙げての総合的な自殺対策に取り組んだ結果、最も多かった2003(平成15)年の34,427人から、2016(平成28)年には21,897人まで減少しました。

福岡県も多い時は一時1,350人を超えていましたが、精神保健福祉センターが中心になって自殺対策に取組んだ結果、2015(平成27年)には937人まで減少しています。

しかしながら、今年7月に閣議決定された自殺総合対策大綱によると、「我が国の自殺死亡率は主要先進7か国の中で最も高く、年間自殺者数も2万人を超えている。かけがえのない多くの命が日々、自殺に追い込まれており、非常事態はいまだ続いている」と総括し、2026(平成38)年までに、10万人当りの自殺者数を現在の18.5から、先進7か国並みの13に減少させる目標を立てて対策に取り組む事にしています。

自殺問題の専門家によると自殺未遂者は既遂者の約10倍いて、自殺を考えた事のある自殺念慮者になると更に裾野が広がると言われています。以前、多重債務が大きな社会問題になった頃、全国クレジット・サラ金問題対策協議会でアンケート調査をしたところ、多重債務者の約4割近い人が自殺を考えたことがあるという結果が出て吃驚したことがありました。過労やパワハラ、ギャンブル依存症等でうつになって苦しんでいる人たちも同様で、自殺問題はそれだけ根深く裾野が広がっていると思います。自殺という大事に至らないため、私たちを含め、本人、その家族や友人知人の方がちょっとした知識や相談先を知っていることは大変重要なことだと思います。

自殺の背景とサイン

自殺は本人が多重債務や倒産、生活困窮、過労、パワハラ、セクハラ、いじめ、離婚問題や健康問題等の社会的要因によって追い込まれた末に生命がその人自身によって絶たれることです。また、ギャンブル依存症、アルコール依存症、統合失調症等のハイリスク者等による自殺も含めて、自殺者は自殺の前に何らかのサインを出していると言われています。早くからこの問題に取組んできたライフリンクの調査によると、自殺者の60%以上の人が自殺する1月前にいずこかに相談に行っているという結果が出ています。相談先は法律家も含まれています。追い込まれて相談に行っているのに、「それはあなたの責任です」とか、「そのくらいは仕方がないです」等と誤った「助言」をしたら、その人は自殺リスクを著しく高めてしまいます。私たちは国民の権利擁護を使命とするプロとして正しい知識を身に着け、自殺予防のゲートキーパーとしての役割を担う必要があると思います。

自死念慮が懸念される相談者への対応

相談者には「ストレスが多い時は、ゆっくり休むのがいいですよ」、「眠れていますか」、「食事はとれていますか」など聞き、眠れていないことが続いている時は精神科医や県、市の精神保健福祉センターの相談窓口に繋ぎ、TALKの原則で相談に乗ることが大切です。

(Tell 誠実な態度で話しかける Ask 自殺する意思についてはっきり尋ねる Listen 傾聴する Keep safe 安全を確保する相談原則)。「死にたい」と言われた時は、「あなたに死んでほしくありません。一緒に解決方法を考えて行きましょう」と寄り添って、精神保健福祉センター等の団体や専門職に繋ぐようにしましょう。(2017.09.13記)

第60回人権大会プレシンポジウム 監視社会で失われる市民の自由を考える ―公権力から丸裸にされ、批判を封じられる主権者でいいか― に参加して

情報問題対策委員会 松本 敬介(68期)

1 はじめに

8月19日、福岡県弁護士会館3階にて、当委員会による企画のもと、第60回人権大会プレシンポジウムを開催いたしました。

特定秘密保護法、マイナンバー制度に続き、今年6月15日にはいわゆる共謀罪を盛り込んだ改正組織的犯罪処罰法が強行採決の末に成立しました。国民の表現の自由が脅かされるとともに、一方的に国民のプライバシーが吸い上げられ、国民が公権力の監視下に置かれる時代に突入しつつあります。

しかし、情報主権を巡る問題が風化しないうちに、このままでいいのか、主権者としての地位を奪われていいのかと、市民の皆様に問題意識を広く問う必要性があります。本年10月5日に大津市で開催される第60回人権擁護大会シンポジウムでも、第2分科会で「情報は誰のもの?~監視社会と情報公開を考える~」と題した企画が実施される予定ですが、情報主権を考える企画を多数発信し続けた当会では、よりタイムリーに市民の皆様と問題意識を共有するために、人権大会プレシンポジウムを企画いたしました。

今回は、ジャーナリストの斎藤貴男氏、大垣警察市民監視事件弁護団団長の山田秀樹弁護士、政治学を専門に研究していらっしゃる西南学院大学准教授の田村元彦氏をゲストにお呼びしました。

2 基調講演

まず斎藤氏から基調講演を行っていただきました。いわゆる共謀罪法の成立を受けて、未だに浸透していない同法の怖さを中心に講演していただきました。

講演の冒頭で、斎藤氏は、住基ネットが登場した際に、「俺が番号化するのか」と国民総背番号化の危機を感じたと述べました。住基ネットは、地方公共団体共同のシステムとして、国民一人ひとりに11桁の番号(住民基本コード)を割り振り、氏名、生年月日、性別、住所の「基本4情報」などが記載された各市町村の住民基本台帳をネットワーク化することで、これに関る事務を効率化するというものです。なお、12桁のマイナンバーは、この住民基本コードを基に組み立てられています。

斎藤氏は、思えばことあるごとに国家の国民総背番号化への野心が垣間見られたと回顧します。つまり、監視社会化の問題は今に始まったことではないということです。ジャーナリストとして数々の現場を取材してきた斎藤氏がこれから何を話すのか、参加者の期待が高まります。

まず、斎藤氏は、いわゆる共謀罪法の内容に言及します。

いわゆる共謀罪法の施行により、犯罪行為としては何も起こっていない計画の段階で犯罪捜査をすることが可能になるところ、どうやって捜査するかといえば、結局は会合にスパイを送り込んだり、盗聴することになると指摘します。

また、森林法違反や著作権法違反など、およそテロとは無関係の犯罪も捜査対象になることを指摘します。これでは、何でもテロと結び付けられ、単なる酒の席での冗談も捜査対象になり得ます。

結果的に検挙に至らないまでも、これでは市民が発言を自粛してしまいます。それは、捕まえようと思えば捕まえられる権限が捜査機関に付与されたこと、そういった脅威を背景にしていることを、斎藤氏は分かりやすく説明します。

「共謀罪の問題は共謀罪法の成立で終わることはない。」斎藤氏は、いわゆる共謀罪法が含む実質的な問題を考えるにあたり、国家が同時に進行させている制度全体を俯瞰することの重要性を示します。いわゆる共謀罪法の成立の他、通信傍受ができる対象犯罪の拡大化、GPS捜査の立法化など、捜査手法の高度化によって名実ともに国民監視を徹底する体制が整いつつあることを指摘します。

また国民監視のための技術も進歩しているとのことです。例えば、街中に設置されている監視カメラによって顔情報を取得・データベース化し、保有している顔写真と照合するという顔認証システムが構築されています。その他にも音声認証、果ては仕草認証というものが登場していると聞いたときには驚きました。

私達が気づかないところで、実に様々な情報が収集されているのです。

監視化の問題点は、何がいいことで悪いことかというのを各人ではなく、国家の価値基準で判断されていくことであると、斎藤氏は強調します。この判断のために情報が収集されているというわけです。

では、何故国家は監視社会化を進めていくのか、講演は佳境に入ります。

斎藤氏は、次の2つの理由があると推測します。1つは、新自由主義的な構造改革に拍車をかけて経済成長につなげるという経済戦略を採るにあたり、格差社会が更に拡大することが予想されるところ、生じた格差によって追い込まれた低所得層による反発を押さえ込むためであると推測します。

もう1つは、政府には戦時体制の構築の意図が垣間見られるが、それに反対する勢力を押さえ込むためであると推測します。

講演の最後に斎藤氏は、「国家は暴走するものだから歯止めをかける必要があるし、服従してはならないと思う。私は自分が与えられた人生を自分の意志で全うしたい」と語りました。物腰の柔らかい口調でしたが、強い信念を感じた一言でした。

3 パネルディスカッション

続いてパネルディスカッションでは、当委員会委員長の武藤弁護士がコーディネーターを務め、基調講演をしていただいた斎藤氏と、山田弁護士、田村氏にご登壇いただきました。

パネルディスカッションの最初に、山田弁護士から弁護団長を務めている大垣事件についてご紹介いただきました。

事件はいわゆる共謀罪法が施行される前の2014年に起きました。大垣警察署が、風力発電施設計画を進めている事業者を警察署に呼び出して、脱原発活動や平和運動をしていた大垣市民2人の氏名、学歴、職歴、病歴などの個人情報、地域の様々な運動の中心的役割を担っている法律事務所に関する情報を事業者に提供していたことが新聞報道により発覚しました。

これにより、大垣署が日常的に市民の個人情報を収集するとともに、住民運動・市民運動を警察が敵視していることが明らかになったわけですが、まさにいわゆる共謀罪法施行下における日本社会を先取りした事件といえます。

続いて田村氏からは、現在の日本社会について、自分の私生活から離れた問題に対して関心を寄せないことや、経済的な観点を偏重して物事の良し悪しを判断している傾向にあることについて問題提起をしていただきました。

また、社会で起きている事象について国民が関心を寄せないことが、監視社会を招き寄せているのではと見解を示されました。

田村氏が見解を示されたことに続いて、武藤委員長から、どうやったら目の前の社会問題を一般の方に伝えられるかとの議題が提起されました。斎藤氏からは、政府の関心が少子高齢化による国内マーケットの縮小を踏まえ、外需を拡大させることにあること、原発事業を始めとするインフラ輸出を外需拡大の基盤として戦略を練っているところ、海外への輸出にあたり武装集団による護衛がグローバルスタンダードで、日本もそれに合わせたいといった思惑があると指摘されました。そして、こういった仕組みについて理解すると、現在の日本が戦前のような軍事国家に逆戻りするおそれというのは、それほど絵空事ではないということが分かります。経済ジャーナリストとしても活躍された斎藤氏の指摘は明快で、様々な観点から世の中の仕組みについて知ることの大切さに気づかされます。

また、山田弁護士からは、社会問題化している事象について、自分の生活圏に生じる問題として学ぶことが大切であること、特にいわゆる共謀罪との関係では、自分達の行動を国が勝手に思想・信条と結びつけて意味付けをするので、自分とは関係のない問題と考えてはいけないことが、田村氏からも、個人の履歴から、第三者に勝手に人格を推察されることの危うさが指摘されました。

大垣事件を例にとると、養鶏場を営む原告の方は、風力発電所の設置の影響で鶏が卵を産まなくなるという経済的損失が生じるおそれがあるため、風力発電所の設置に反対していました。ところが、大垣署は、風力発電所の設置に反対しているという事実から、その原告の方を、自然に手を加えることは許さないという思想・信条を持った活動家であると決めつけて、監視の対象にしたとのことです。

4 おわりに

およそ3時間に亘る長丁場でしたが、参加された市民の方は集中力を切らさず聞き入っており、大変充実した内容のシンポジウムでした。

当委員会では、一人ひとりの個人が尊重される社会を目指すために、今後も市民の皆様と手を取り合って、監視社会化に立ち向かう取り組みを行っていきます。

2017年9月 1日

主権者教育から考える死刑制度問題

死刑存廃検討PT座長(九弁連「死刑廃止検討PT」委員長)(日弁連「死刑廃止及び関連する刑罰制度改革実現本部」事務局長代行)岩橋 英世(56期)

1 はじめに

2017年7月15日(土)と8月6日(日)の両日にわたり、福岡県弁護士会主催(九弁連・日弁連共催)のシンポジウム「高校生向け企画(主権者教育)やってみよう『模擬国会~死刑廃止法案は可決か否決か?~』」が開催されました。

この企画は、2013年から始まった九弁連「死刑廃止を考える」連続シンポジウムの一環ですが、今回の企画は高校生向けの主権者教育を通じて「死刑制度問題」を考えてもらうという実験的な試みでもありました。

同じような企画は日弁連の第59回人権擁護大会(福井大会)の分科会でも行われていますが、この福井大会では高校の協力の下で事前準備(死刑制度に関する調査・検討)をした高校生が討論の後に採決をしました(結果は死刑廃止が多数)。

これに対し、今回の福岡シンポでは、事前配布資料は法務省のHPに掲載されている「死刑の在り方についての勉強会」のまとめの資料の一部を配布したのみで、その他の事前準備(高校による死刑制度に関する調査・検討)はできていません。

さて、死刑廃止法案は可決されたのか、否決されたのか?

2 プレシンポジウム(7月15日)

当会会員全員に、当シンポジウムのパンフレットを配布し、また会員向けメーリングリスト(allfben)にも告知していましたので、会員の皆様方には、今回のシンポジウムが(1)出前授業・(2)プレシンポジウム・(3)模擬国会の3部構成になっていたことをご存知かと思います。

しかし、残念ながら、(1)出前授業・(2)プレシンポジウム・(3)模擬国会の全てに参加した高校生は0(ゼロ)、(2)プレシンポジウムに参加した高校生は14名、(3)模擬国会に参加した高校生は33名と、当初の予定を大きく下回る参加状況でした。

プレシンポジウム(7月15日)は、参加高校生は14名ではあったものの、当会の春田弁護士によるワークショップや講師との質疑応答において活発な発言が行われ、その人数の少なさを感じさせない熱気を発してくれました。

この日のカリキュラムでは、第一東京弁護士会所属の本江威憙弁護士(元最高検公判部長)から死刑存置の理由(被害者遺族の処罰感情、それに応えることで国民の法治国家への信頼を得ること、及び、正義に適うことなど)を、笹倉香奈甲南大学法学部教授から死刑廃止の理由(死刑存廃は国際的な問題であること、アメリカの動向を踏まえた死刑廃止への必然性、死刑廃止国は被害者・遺族へのサポートも充実していることなど)を、そして、蓮見二郎九州大学大学院准教授からシティズンシップ教育について(単なる数の論理ではなく、また形式的なディベートでもなく、十分な議論を行うことが重要であること、熟議的民主主義を目指すべきことなど)の講義が行なわれました。

各々の講師の持ち時間は30分以下と短かったものの、その内容は非常に示唆的で内容の深いものでしたので、反訳ができましたら月報で報告をさせていただきます。

3 模擬国会(8月6日)

参加高校生は33名で、この内でプレシンポジウムに参加した高校生は13名でした。事前配布資料が法務省HP「死刑の在り方についての勉強会」の一部(http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji02_00005.html)しかなく、各高校での事前準備(調査・検討)もなかったため、半数以上の参加高校生は、この日に初めて議論を行うことになりました。

十分な情報や考察が無い中で議論を行うという状況(ぶっつけ本番?)は、ある意味で多くの一般市民が死刑制度問題を考える状況と似ており、このような状況において高校生がどのような議論に流れるのかは興味深かったです。

なお、この模擬国会では、当日、参加高校生が事前に死刑存廃について考えていたこと(廃止「可決」か存置「否決」か)とは関係なく、くじ引きで一方的に廃止「可決」組と存置「否決」組に振り分けて議論をしてもらう仕組みにしました。

そのため、参加高校生の中には、事前に考えていた意見・理由とは逆の意見・理由について考えなければならないという負荷が掛かっていました。

このように、事前の情報が不十分だけでなく、当日に違う意見の理由付けを考えなければならないなど大変だったと思います。しかし、予想以上に参加高校生の議論は活発に繰り広げられ、頼もしさすら感じました。

白熱した議論でしたが、やはり情報が法務省HPに限定されていたため、またプレシンポジウムの笹倉教授の内容を聞いて理解できた高校生が少なかったため、議論の争点が「被害者遺族の心情」「犯罪抑止」に集中し、その他として「誤判冤罪」「国際的潮流」「死刑執行に携わる者(刑務官)の負担」が出てくる程度でした。

弁護士を含む多くの市民も同じかと思いますので、参加高校生は短い時間の中でとても良く考え抜いたと思います。

なお、採決の結果は、賛成(廃止)が12票、反対(存置)が21票で、死刑廃止法案は否決されました。

18歳は大人ですか? ~少年法適用年齢引下げ問題シンポジウム~

子どもの権利委員会 委員 古賀 祥多(69期)

去る平成29年8月5日、日本弁護士連合会、九州弁護士会連合会共催のもと、「18歳は大人ですか?~子どもたちのいま、少年法のこれから~」と題しまして、少年法適用年齢引下げ問題に関するシンポジウムが開催されました。当日は130名もの方々にご参加いただきました。

少年法適用年齢引下げ問題とは

現在、法制審議会では少年法の適用対象年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げることが検討されています。もし適用対象年齢が引き下げられると、これまで18歳・19歳に対して行われた家庭裁判所の手厚い調査が行われなくなり、教育の機会が奪われてしまう等の問題が生じてしまいます(この点につき、シンポジウムの中では、楠田瑛介会員、吉田幹生会員から、Q&A形式での掛け合いでわかりやすく解説していただきました)。福岡県弁護士会は、平成29年5月24日の定期総会において、「少年法の適用対象年齢引下げに反対する決議」をしております

http://www.fben.jp/suggest/archives/2017/05/post_340.html)。

なお、法制審議会では、適用対象年齢引下げとともに成人を含めた犯罪者処遇一般を見直すことが検討されており、そうすることによって少年法適用年齢が引き下げられた場合の弊害が解消できるといった意見も出されていますが、犯罪者の処遇の決定を裁判所の判断を経ずに検察官が行う案などが主張されており、問題を孕んでいると言えます。

基調講演

まず、児童精神科医の高岡健さんから基調講演があり、高岡さんからは、戦後の法改革により、少年法の適用年齢が18歳未満から20歳まで引き上げられたという歴史、18歳、19歳の少年事件における家庭裁判所の調査の実績、25歳までは可塑性が認められているという脳科学の知見等、様々な観点から少年法適用年齢引下げ問題について解説していただきました。

元少年の声

続いて、元少年の方から、「自分が19歳で少年院送致になったとき、当初は素直に受け入れられなかったけれども、担当の法務教官の言葉に影響されて日々を大切に生活するようになり、少年院での教育を経て、達成感・やりがいを覚え、成長できた。これからは、今までお世話になった方を裏切るようなことは絶対にしたくない。」というお話をいただきました。

パネルディスカッション
・はじめに

パネルディスカッションでは、基調講演をしていただいた高岡さん、福岡市立福岡女子高等学校教諭の岩元優さん、特定非営利活動法人おおいた子ども支援ネット専務理事・統括所長の矢野茂生さん、家庭裁判所調査官の太田直道さん(全司法労働組合からの参加)がパネリストとして参加され(なお、太田さんは、裁判所の見解を示すものではなく、個人の考えを話すと前置きされて発言しました。)、大谷辰雄会員がコーディネーターとして参加されました。

・現在の子ども達の現状・実情について

(岩元さん)自尊感情がものすごく低い。また、経済格差が大きく、低所得の親を持つ家庭が1クラスに6、7人くらいおり、教育どころか日々の生活に困難を来している家庭もある。

(矢野さん)現在の少年達には、かつての少年のようなエネルギーを感じられない。被虐待や発達特性の問題を抱えたケースが含まれ、アセスメントが難しい少年が多い。

(太田さん)暴走族でやんちゃする少年が少なく、周りに流されて非行に走る少年が多い。ライン等で知り合った人とつるんで非行に走るケースもある。被虐待・貧困などの問題を抱える少年が多く、根深い問題を抱えている。

・18歳・19歳とはどういう世代で、大人はどのように接するべきか。

(岩元さん)一人親の場合、子どもが十分な教育を受けていないケースがあり、教育の機会を必要とする18歳・19歳が多い。また、子どもの声を聞いて心を開いてもらう必要もある。

(矢野さん)自分が知っている19歳の非行少年は、事件の中で、私を含めた様々な大人と接する中で、事件と向き合い成長した。私は、少年にとって人のつながりがとても重要であり、18歳・19歳でもその重要性は変わりない。

(太田さん)「刑事裁判所に送致された少年は、少年裁判員に送致された場合よりもより高い再犯リスクがある」というアメリカ司法省の機関の紀要があるとおり、少年に対しては刑罰ではなく教育が必要である。

・公職選挙法・民法などでの「未成年者」の概念と統一すべきとの意見について

(高岡さん)昨今の複雑な社会の実態を的確に捉え切れておらず、適切ではない。「わかりやすさ」を重視する見解は誤りであり、複雑な現代社会のあり方を踏まえれば、むしろ「わかりづらい」くらいがちょうどいい。

・少年法適用対象年齢を18歳・19歳にした場合の実名報道に関する影響

(岩元さん)実名報道がなされれば、18歳の高校生は必ず退学処分になり、かつ、他の高校はその子どもを引き受けなくなる。そうなれば、その子どもの最終学歴は中卒となってしまい、立ち直りの機会を奪ってしまう。

・18歳・19歳を「大人」とすることにより「大人としての自覚」が生まれるか

(矢野さん)少年は、自分自身で克服できないような問題が積み重なった結果非行に至ったのであり、法律が「大人」と決めたからといって少年が変わるというものではない。

・今回のシンポジウムの感想

(太田さん)少年法は被害者の気持ちに配慮した制度にすべきとの意見もあるようだが、現行制度においても、重大事件などでは逆送されて刑罰を受ける場合があることを知ってもらう必要がある。

(矢野さん)児童福祉の現場では、慈善活動だけで運用していくことには限界がある。少年が抱える問題は、その少年が成長して親となったときに次世代へと連鎖するため、少年の問題を長期的な目線で取り組むべきである。

(岩元さん)高校生は、「子ども」であり、社会に出て、社会の実態を知ることで、少しずつ大人になる。少年法適用年齢引下げには反対である、むしろ引き上げるべきである。

(高岡さん)非行少年を取り巻く問題は、被虐待・発達障害・貧困といった問題だけでなく、昨今の社会コミュニティーの解体が背景とした、いわば「関係の貧困」にある。「関係の貧困」が、現在の少年の特徴である自尊感情の低下を招き、非行の原因となっているのではないか。

感想

今回のシンポジウムでは、福祉関係・教育関係・司法関係に携わっている方々や、学生の方が参加され、「具体的なエピソードを聞けて大変勉強になった」、「多様な角度から考えることができた」、「18歳・19歳の非行少年に対して教育の機会が必要だと思った」というご意見をいただきました。

私も、最近、少年事件を初めて担当し、少年が、手続の中で自分の非行と向き合い、家族の大切さ、自分を支える大人の存在に改めて気づき、成長していった様子を目の当たりにしました。今回、シンポジウムに参加して、あのときの少年のように、事件を含めた自分や家族等について見つめ直し、成長する機会を奪うことはしてはならないと思いました。少年法適用年齢引き下げについては今後国会で審議されるところですが、今回のシンポをきっかけに、市民の方々でもさらなる議論が広がればと思います。

犯罪被害者支援委員会 犯罪者支援シンポジウム「犯罪被害者支援条例を考える」(7/30)

会員 若杉 朗仁(62期)

1 はじめに

平成29年7月30日(日)、福岡市健康づくりサポートセンター「あいれふ」講堂において、福岡県弁護士会主催、日本弁護士連合会共催によるシンポジウム「犯罪被害者支援条例を考える」を開催しました。これは、平成16年に犯罪被害者等基本法(以下「基本法」といいます。)が制定された後、福岡県においては平成25年3月に「福岡県犯罪被害者取組指針(平成29年4月改定)」が策定されたものの、未だ犯罪被害者及びその家族又は遺族(以下「犯罪被害者等」といいます。)に対する支援が十分であるとは言えない現状を踏まえ、犯罪被害者等に対する、より充実した支援策を推進するための福岡県条例制定に向けた啓蒙活動の一環として開催されたものです。

2 第1部 犯罪被害者支援条例の解説

まず、当会会長作間功弁護士の御挨拶により開会となりました。

作間会長は、これまでの我が国における犯罪被害者等に対する支援の歩みについて御説明された上で、未だ支援は道半ばと言わざるを得ず、今後、犯罪被害者等に対して生活支援を含めた、きめ細かな支援を実現するためには、犯罪被害者等が生活基盤を置く地方公共団体による支援が不可欠であること、持続的な支援を提供するためには財政的な裏付けが必要であること、そのためには法的根拠としての条例が必要であること、市民の力で条例を作ることは自治の実践であり、その立法活動を支えることは法律の専門家集団である弁護士会としても大きな意義があることなどシンポジウム開催の目的等について概略を御説明されました。

引き続き、当委員会副委員長林誠弁護士において、犯罪被害者支援条例についての解説がありました。

林弁護士は、全ての犯罪被害者等は、基本法3条において、個人の尊厳が重んじられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有しているという基本理念について説明された後、地方公共団体は、かかる基本理念に則り、その地域の状況に応じた施策を策定及び実施する責務を有すること(同法5条)について説明されました。その上で、現状は、犯罪被害者等の中には支援を求めても無駄なのだという諦めの気持ちを持たれている人さえいる状況にあること、このような現状を改善するためには自治体及び住民の被害者支援に対する意識を向上させるとともに、犯罪被害者等の「拠り所」となるような、自治体の具体的な責務を明確にした条例を制定する必要があるのではないかという提言をされました。

その中で、林弁護士からは、例えば神奈川県では、犯罪被害者等支援に関する条例を制定したことで、横浜駅近くの利便性のある場所に「かながわ犯罪被害者サポートステーション」を開設し、犯罪被害者等が1つの窓口で一元的に途切れない支援の提供を受けることができるようになったことなど各地の具体的な取り組みについて紹介されました。

3 事例報告及びパネルディスカッション

続いて、飲酒運転の交通事故により大切な長男を亡くされた犯罪被害者遺族1名による事例報告、並びに当会委員世良洋子弁護士をコーディネーターとした同遺族4名及び精神科医本田洋子先生によるパネルディスカッションが行われました。

事例報告においては、長男を亡くされた深い悲しみのほか、御自身の二次被害に関する体験について、例えば飲酒運転を撲滅したいという気持ちからマスコミの取材に対応していたところ、インターネット上で「子供が死んだのだから黙っておけ。」「飲酒運転なんかなくなるわけがない。」などと心ない書き込みをされたり、自宅にもそのような内容の電話がかかってくるなどして、とても辛く悔しい思いをされたこと、長男の仏壇の前で毎日泣いていたところ、その様子を見ていた二男から「お兄ちゃんじゃなくて、僕が死んだらよかったね。」などと言われ、兄弟も親と同じように、又はそれ以上に傷ついているのだと気付かれたということなどについて話してくださいました。

パネルディスカッションにおいては、それぞれの御遺族の御経験(誰に相談すればよいのかさえ分からなかった、話を聞いてもらえただけで気持ちが軽くなった、自治体窓口での思いやりに欠けた対応により更に悲しみが増したという御経験等)を踏まえ、犯罪被害者遺族の立場から条例制定の必要性について意見が交わされました。また、本田医師からは、精神科医としての専門的見地を踏まえ、特に性犯罪は被害が潜在化しやすく、レイプ神話などにより被害者が極めて困難な状況に陥りやすいため、犯罪抑止に向けた実効的な教育・広報・啓蒙活動等の取り組みが必要であるという意見等が出されました。

これに引き続き、日本弁護士連合会犯罪被害者支援委員会委員長有田佳秀弁護士から、犯罪被害者等支援に関する条例制定の必要性等について総括していただいた後、閉会の運びとなりました。

4 おわりに

私は、今年の3月に検事を退官して弁護士登録しました。検事をしていた頃から、国や地方公共団体による犯罪被害者等の支援は不十分だと感じていました。国は、刑罰権を独占している一方で、犯罪被害者等に対する支援については十分に行わないことについて矛盾ないしジレンマを感じていました。たしかに、犯罪被害者等に対する支援は少数者のための施策であると言わざるを得ない側面があるとともに、支援策の具体的な内容及びその基準等を定めることが困難であるという特殊性があるため、その施策を決めることは必ずしも容易ではないのだと思います。しかし、だからこそ、まずは、常に犯罪被害者等の声に耳を傾け、誰もが手を差し伸べることができるような制度を作る必要があるのだと思います。パネルディスカッションにおいて、一人の御遺族が、「犯罪被害者支援は難しい。でもやらなければならない。」と話されていました。そのとおりだと思いました。自ら発言・発信することができる弁護士が率先し、今後も条例制定等に向けた継続的な活動を続けていく必要があるのだと考えます。

九州北部豪雨に関する無料法律相談実施報告

災害対策委員会委員長 吉野 大輔(64期)

1 九州北部豪雨に関する福岡県弁護士会の取組み

2017(平成29)年7月5日から6日にかけて、福岡県と大分県を中心とする九州北部で集中豪雨、いわゆる平成29年7月九州北部豪雨が発生しました。

福岡県弁護士会は、7月12日付で、本部長を作間功会長とする九州北部豪雨復興対策本部を立ち上げ、多くの関連委員会に協力いただき、福岡県弁護士会が一体となって被災者支援を行っていく体制を整えました。

これまで、福岡県弁護士会は、広島県弁護士会の今田健太郎弁護士から広島土砂災害に関する被災者支援について講演をしていただいたり、弁護士があっせん人となり災害に関する紛争の円満な解決を図る調停の制度(災害ADR)を整備したり、「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」の登録支援専門家の依頼を受け入れる準備等、様々な支援活動を行ってきました。また、被災者への情報提供については、弁護士会ニュースの作成及び配布、HPやツィッターなどを通じて被災者支援情報の提供などを行ってきました。

ただし、本報告では、無料法律相談を中心に報告させていただきます。

2 無料面談相談

福岡県弁護士会は、福岡地区及び筑後地区では7月7日から、北九州地区及び筑豊地区では7月10日から、県内17カ所の法律相談センターでの無料面談相談を開始しました。

7月の相談件数は、合計18件で、その内12件が北九州地区の相談でした。相談内容のほとんどが、崖崩れにより隣の家の土砂などが相談者の土地に流れ込んできたなどの相隣関係のトラブルでした。かかる相談傾向は、その分析を今後丁寧に行う必要がありますが、北九州市では多くの崖崩れが確認されており、九州北部豪雨が広範囲に甚大な被害をもたらしたことを物語っていると思います。

3 無料電話相談

無料電話相談は、7月11日から開始しました。8月4日まで、電話相談の時間帯を午前10時から午後4時まで行っていましたが、電話相談の件数等を考慮して、8月5日から、午後1時から午後4時までに変更しました。

8月17日時点で、合計29件の電話相談がありました。

最も多い相談内容は、公的支援・行政認定等に関する相談です。災害被災者への法的支援制度として、住宅に被害が生じた場合にはその被害程度に応じて支援金が給付される被災者生活再建支援制度や被災者のご遺族に弔慰金が支給される災害弔慰金制度等があります。被災者に対し、これらの法的支援制度の情報を提供することは、無料電話相談の重要な役割であります。

次いで多い相談内容は、工作物責任・相隣関係に関する相談です。九州北部豪雨災害は、河川の増水・氾濫や土砂崩れなどにより、周辺地域の土砂や流木が被災者の土地や住居に流れ込む被害が多かったことが原因であると思われます。

4 避難所への出張相談

避難所への出張相談は、不定期ではありますが、7月25日から、随時避難所へ会員を派遣する方法で開始しました。

朝倉市の避難所には、7月25日に1カ所、7月29日に2カ所、8月9日に1カ所、8月11日に1カ所、8月12日に2カ所で出張相談を行いました。東峰村の避難所には、8月8日に1カ所、8月16日に2カ所で出張相談を行いました。8月17日時点で、福岡県の全ての避難所で出張相談を行いました。

弁護士が避難所に行っただけでは、被災者から相談に来ることはほとんどありません。弁護士による被災者への法的支援が可能であることの周知が行き届いていないことが原因と思われます。そのため、弁護士から被災者に声をかけて話を直接聞いて行く方法で行われています。避難所にいる被災者は、住居に住むことができなくなっている方々ですので、罹災証明書の申請の有無、罹災証明取得後の公的支援制度の説明をすると、熱心に聞いていただけますし、被害状況等の話をしていただけます。弁護士にとっても、そうした中で、被災者に必要な支援が何かを把握することに努めております。

5 今後の課題

災害対策員会は、九州北部豪雨の被害状況に比して、法律相談件数が少ないと考えています。弁護士による被災者に対する法的サービスが可能であることが、被災者等に周知できていないことが原因と思われます。また、特に在宅被災者には、公的サービスが行き届かない問題があります。今後は関係自治体の職員やボランティア団体と連携して、法律相談の周知をさらに図って行くことが必要であること考えています。

8月18日から仮設住宅への入居が始まりました。今後は仮設住宅への出張法律相談を行っていくことも検討していかなければなりません。

また、これまでの相談内容を分析することで、被災者支援に必要なことを把握し、関係自治体やボランティア団体に対し、被災者支援に必要な情報提供及び政策提言をしていきたいと考えています。現在の段階では、災害対策委員会では罹災証明の認定が厳格に過ぎることが問題であると考えており、様々なチャンネルを使って、自治体やボランティア団体と問題点の共有を図っています。

6 まとめ

九州北部豪雨に関する法律相談には、多くの会員にご協力いただきました。この場を借りて御礼を申し上げます。ただ、被災地の復興には、継続的かつ長期的支援が必要です。災害対策委員会としては、被災地復興まで継続的支援を行う予定ですので、今後ともご協力のほど宜しくお願い申し上げます。

あさかぜ基金だより ~ひとよし法律事務所を訪問して~

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 服部 晴彦(68期)

ひとよし法律事務所を訪問しました

あさかぜ基金法律事務所の所員弁護士の服部です。あさかぜは、弁護士過疎偏在問題の解消のため、弁護士過疎地域で働く弁護士を養成する公設事務所です。あさかぜで養成を受けた弁護士は九弁連管内のひまわり基金法律事務所や弁護士過疎地に所在する法テラス7号事務所(総合法律支援法第30条第1項7号)に赴任していますが、日弁連の支援を受けて、弁護士過疎地で独立開業した弁護士もいます。66期の中嶽修平弁護士は、平成28年3月に熊本県人吉市にて「ひとよし法律事務所」を開業しました。

私と若林毅弁護士は、本年8月5日に、ひとよし法律事務所を訪問、見学し、中嶽弁護士から開業前や開業してからの話を聞きました。

人吉市はこんなところ

人吉市は熊本県の南東に位置し、宮崎県、鹿児島県と境を接している人口3万3000人の城下町です。球磨焼酎と温泉で有名で、球磨川での川下りやラフティングなど自然を活かした観光に力を入れています。中嶽弁護士は、人吉市に近い熊本県球磨郡水上村の出身で、弁護士になる前は人吉市役所の職員として勤務していました。

人吉市には、熊本地裁人吉支部があり、人吉市のほか、球磨郡の9町村(人口5万3000人)を管轄しています。人吉市には中嶽弁護士の他に2名の弁護士がいます。

事務所を開業するにあたって

福岡から人吉までは、新幹線と高速バスを乗り継いで2時間もかかりません。ひとよし法律事務所は、古社青井阿蘇神社の境内近くのマンション2階にあり、人吉駅からも徒歩で10分かからない好立地です。

事務所を探したときの苦労話を中嶽弁護士に聞いたところ、エレベーターなどバリアフリーに対応していること、複数台を駐車できる駐車場があること、オートロックなどセキュリティが十分であることなどを条件に探したが、条件に見合う事務所用テナントの空きがなく、自宅を探そうと立ち寄った不動産業者からたまたま事務所用の物件を紹介され、条件に合致した物件でそのまま契約に至ったとのことでした。

開業準備で苦労した点は、複合機はリースだったが、その他の什器備品類は、新品で購入することになり、初期費用が高くなってしまった。福岡と違って、中古でオフィス用品を揃えるのが難しいので、過疎地での開業では注意が必要とのことでした。また、備品類の納品に時間がかかるので、早めに発注しないと開業に間に合わなくなるため、計画的に開業準備を進めるほうがよいとのことでした。

相談件数、受任件数を増やすには

法律事務所の運営において、一定数以上の相談件数、受任件数を確保する必要がありますが、過疎地域での開業直後は一からのスタートなるので、大変ではないかと思い、相談件数を増やす営業活動についても聞いてみました。

相談や受任の経路としては、地元紙や電話帳への広告の掲載、ホームページ作成といった広報をしているので、そこから相談予約がある、また、消費生活センターや球磨郡各自治体の出張相談から受任するケースもある。その他、相談を増やすための工夫としては、税理士や司法書士ほかの他士業との交流や青年会議所などの団体に積極的に参加する、仕事用の携帯電話を転送設定にして、業務時間外の予約受付をする、相談料も30分2000円と安くして気軽に相談してもらえるようにしているとのことで大変参考になりました。

中嶽弁護士は、私達が事務所訪問した日も、夕方からは地元の夏祭りが開かれ、実行委員として参加するということを言っていて、地域の活動にも積極的に参加して、弁護士の存在をアピールしていくことも、営業活動として必要だと痛感しました。

弁護士過疎地赴任に向けて

私は平成27年12月にあさかぜに入所し、弁護士過疎・偏在地域への赴任に向けて、あさかぜで養成を受けてきました。未だに赴任先は決まっていませんが、独立開業という選択肢も考えて、あさかぜにおいて準備を進めていきたいと考えています。

「転ばぬ先の杖」(第34回) 自然災害による被災者の債務整理に関するガイドラインのご紹介

災害対策委員会 宮下 和彦(46期)

1 今夏の九州北部豪雨災害で被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

今回の転ばぬ先の杖では、九州北部豪雨災害のように災害救助法が適用される大規模な災害に遭ってしまい、そのため住宅ローンなどの支払が難しくなった個人の方のための一つの解決手段として、自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン(以下「ガイドライン」といいます。)をご紹介します。

2 このガイドラインは、元々東日本大震災に伴い策定された個人債務者の私的整理に関するガイドラインの運用の経験を踏まえて、全国銀行協会を始めとする関係金融機関、金融庁ほか関係各庁、日弁連、日本不動産鑑定士協会連合会ほかの関係士業団体や学識経験者らが協議を重ねて平成27年12月に策定されたもので、平成28年4月1日から運用が開始されました。ガイドラインは、被災した債務者の自助努力による生活や事業の再建、ひいては被災地の復興・再活性化を目的とするもので、自然災害に被災したがため、従来から有していた住宅ローンや事業性ローンその他の債務の支払が出来なくなった、あるいは出来なくなるおそれがある被災者(この要件を災害起因性と言い、り災証明書の入手が必要です)が、一定の要件の下、債務の全部または一部の減免を受けられる制度です。これまで、昨年4月の熊本地震や10月の鳥取県中部地震、12月の新潟県糸魚川市における大規模火災などで利用されており、熊本地震においてはこれまで660件以上の利用申込みがなされています。

ガイドラインを利用することのメリットとして、破産や民事再生などの法的手続と異なり、

(1) 弁護士などの登録支援専門家の手続支援を無料で受けられる。

(2) 自分の手元に残せる現金などの自由財産の枠が、破産などに比べると大きい。

(3) 個人の信用情報として登録されず、将来新たな借入れも可能である。

(4) 原則として、保証債務の履行も認められない。

ことが挙げられます。

手続の流れは、債務者が、まず最大の債権者(いわゆるメインバンク)からガイドラインの手続を進めることについての同意書をもらいます。次に、債務者が、同意書を各地の弁護士会に提出します。すると、一般社団法人自然災害被災者債務整理ガイドライン運営機関(全国銀行協会からガイドラインに関する事業を譲り受けた組織です)によって、当該債務者の担当の登録支援専門家の弁護士が選任されます。債務者は、その弁護士と打ち合わせを行い、支援を受けながら、必要書類や資料を整えて全ての債権者に対して債務整理開始の申出をします。この申出により、債務の支払について一時停止の効力が生じます。つまり支払わないことについて、債権者のお墨付けを得ることになります。その後、債務者は、登録支援専門家の支援の下、債権者ごとの特定調停条項案を作成し、各債権者宛に提出します。各債権者の同意が得られれば、債務者は特定調停の申立をして、債務の免除や減額を内容とした特定調停が成立することになります。

債務の免除を受けるためには、原則居住不動産を手放さなければなりませんが、不動産鑑定士の登録支援専門家に鑑定を依頼し、適正に評価された価格を5年間で支払うことにより、当該不動産を手元に残すことも可能です。

3 但し、ガイドラインの利用には先に述べた災害起因性などの一定の要件があるうえ、あくまで債権者の同意が必要です。また、認められている自由財産枠には限界もあります。あくまで個人債務者のための手続であり、法人については認められません。特定調停によって、当該債権について判決を受けたのと同様の債務名義が生じますので、調停条項通りの支払が滞ると、競売申立などの強制執行を受ける恐れがあるなど、デメリットが無いわけではありません。

それでも、被災者にとっては、生活・事業の再建に有用な一定の現預金を確保して、従来の債務の減免を受け、さらに、将来の借入れ等の可能性も残すことが出来ますので、生活・事業再建の有力な手段となり得ることは間違いありません。被災者におかれては、まずガイドラインによる解決の可能性を探ることは転ばぬ先の杖と言えるはずです。

2017年8月 1日

あさかぜ基金だより

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 弁護士 若林 毅(68期)

あさかぜの所員弁護士は、およそ2年の養成を経て、九州内の弁護士過疎地域に赴任します。平成20年9月の事務所開設以来、これまでに18名の弁護士が、九州内の弁護士過疎地に赴任しています。私も2年目となり、赴任を考える時期となりました。

そこで、今回は弁護士過疎地域への赴任に向けて、あさかぜでどのような養成を受けているかについて、ご紹介したいと思います。

事件処理の養成について

あさかぜは、委員会方式という運営方式を採っており、所長はいません。

所員弁護士に、福岡県弁護士会所属の指導担当弁護士がそれぞれ3名選任され、事件の共同受任などを通じて指導を受けます。また、福岡県弁護士会の執行部経験者を中心としたあさかぜ応援団や九弁連管内の弁護士との共同受任や事件の紹介を通じて経験を積みます。

私自身も指導担当をはじめ多くの諸先輩弁護士と様々な種類の事件を共同受任させていただき、日々多くのことを学んでいるところです。

単独受任事件では、刑事、債務整理、離婚等の家事事件が比較的多く、共同受任事件では、一般民事事件その他の事件が多い印象です。

あさかぜでは、事件管理簿を作成し、毎週弁護士と事務局がミーティングを行い、事件処理についてその週にするべきことを確認・共有し、業務の効率化に努めています。あさかぜでは所員の転出が常に予定されているため、事件の引継をスムーズにすることも目的の一つです。

事務所経営・運営の養成について

あさかぜ所員は、主として九州管内のひまわり基金公設事務所に赴任することが予定されており、基本的に独立して事務所を経営していく必要があるため、事件処理だけではなく、事務所の経営・運営についても意識的に考え実践するよう養成を受けています。

具体的には、九弁連のあさかぜ基金管理委員会と福岡県弁のあさかぜ基金法律事務所運営委員会から、経営、養成、赴任準備などについて指導・助言を受けています。

事務所会議も開催しています。事務所会議は、運営委員会委員長と事務局長、担当副会長、所員弁護士、そして事務職員が参加し、月1回開かれています。ここでは、キャッシュフローデータにもとづき、毎月の収支の動きの把握に努め、経営ノウハウについてもアドバイスを受けています。キャッシュの動きを月単位で把握することで、事件について終結する目途を考えたり、法律相談をどのように受任につなげていくか工夫したり、賞与の支払いや税金・社会保険料の支払いを念頭に置いてランニングコストを意識するように心掛けています。事務所の広報についても、さらにホームページを拡充する方策を検討しているところです。

また、あさかぜでは、事務職員の労務管理も養成の一環としています。ひまわり公設事務所に赴任すれば、事務職員の募集・採用、就業規則の作成・改定、36協定の提出、労働時間の管理などを行う必要があるからです。赴任後の事務職員への指導も視野に、所員弁護士が一度は各所の事務手続(裁判所・検察庁・弁護士会・法務局・労基署・郵便局関係など)を行うようにもしています。

この他にも赴任へ向けて、所員弁護士各自が委員会活動や各種研修にも積極的に参加し、弁護士としての活動の幅を広げるべく研鑽を積んでいます。

日々の業務では、目の前の事件処理に追われがちになることも多いのですが、事務所経営・運営についてもしっかり学び、今後の養成期間をより充実したものにしていくつもりですので、引き続きご指導、ご援助をお願いします。

「転ばぬ先の杖」(第33回) 貸金業者の取立てと消滅時効

消費者委員会 山田 裕二(69期)

転ばぬ先の杖。このコーナーは、一般の方に役立つ法律知識をお伝えするコーナーです。今回は、消費者委員会が担当します。

消費者問題には、様々な種類のものが存在します。今回はその中でも、貸金業者の取立てと消滅時効との関係について取り上げたいと思います。

そもそも消滅時効というのは、一定期間権利行使をしないことにより、権利を消滅させる制度のことを言います。これは、権利の上に眠る者を保護しない、すなわち、権利を持っているのに一定期間使わない人は保護しないという法の考え方を具体化したものです。

具体的には、民法第167条に規定されていて、債権の場合には、時効期間は10年とされています。また、商行為によって生じた債権の場合については、商法第522条で、時効期間は5年とされています。商行為とは、例えば、貸金業者がお金を貸す行為等をいいます。したがって、貸金業者の貸金債権は消滅時効期間が5年になります。

つまり、貸金業者からお金を借りていた場合でも、お金を返さなければならない日(弁済期)に支払をせず、その日から5年経過してその間に貸金業者から何の請求も無い場合には、消滅時効により返済しなくてよいということになります。

ただし、時効期間が経過したからといっても当然に権利が消滅するわけではありません。消滅時効は「援用」、すなわち時効期間が経過したので債権を消滅させますという意思表示をしないと効果が発生しません。そのため、貸金業者は、時効期間が経過していることをわかった上で請求してくることがよくあります。時効期間が経過していても支払ってもらえればそれでよいからです。

時効期間を経過しているかもしれないと感じた場合には、弁護士に相談するなどして、確認してから対応するようにしましょう。

また、注意を要しますが、何らの請求もないまま5年過ぎた後でも、時効の援用ができなくなる場合があります。

それは、「時効期間経過後に債務者が債務を承認した場合」です。

この場合には、もはや時効の援用ができなくなるという最高裁昭和41年4月20日判決があるため、時効期間が過ぎた後に債務を承認すれば、それ以降は時効の主張ができなくなるとされているのです。そして、これは、時効期間が経過したことを時効を主張する人が知っていたか否かに関係ないとされています。その理由としては、債務者が時効期間を経過したことを知っていたかどうかにかかわらず、時効期間満了後に債務を認めたのであれば、債権者としてはもはや時効を言い出すことはないであろうと信頼するはずで、その信頼を保護して、時効主張を許さないとするのが信義則に照らして相当であるからと説明されています。

では、「債務の承認」とは何かですが、よく出てくるのは、弁済、例えばお金を借りたときにお金の返すような場合があたります。お金の支払いをすると言うことは、自分に支払うべき債務が残っていることを認めてその支払をしているものということで、債務の承認に当たるとされます。

そして、そのような前提の下で問題となったのが下記の事案です。

時効期間が経過した債務者に対し、貸金業者が債務名義(例えば判決等)がないにもかかわらずこれがある旨の虚偽の事実を記載した「強制執行予告通知」を送り付け、困惑して電話をしてきた債務者に対し、「いくらでもよいからお金を入れてくれ」と申し向けて10万円を支払わせ、その後、更に47万円の貸金返還請求がされたという事案です。

この事案の場合、上記最高裁の判決から考えると消滅時効の期間が経過した後に10万円を支払っているので、追加で請求された47万円について、消滅時効の援用はできないこととなりそうです。

しかし、大分地裁平成28年11月18日判決は、時効の援用を認めました。

理由としては、本件貸金業者は、組織的に強制執行通知を送付するという脅迫的な言動による取立てをしており、社会通念上許されない違法なものであると認定したことにあります。

つまり、貸金業者は、違法な取立行為を行っており、今後時効を援用されないだろうと信頼することが相当であるとは言えないから、消滅時効の援用が信義則違反にならないと考えたのです。

同様の事案で、督促状に不安や恐怖を感じた後に債権者の従業員に連絡したところ、従業員から一括返済を重ねて求められて困惑又は畏怖した結果一部弁済した事案でも、消滅時効の援用を認めています。(浜松簡裁平成28年6月6日判決)

また、時効完成後に、債権者が債務者に対して督促状を頻繁に送り、さらに債権者の従業員が債務者宅を訪れて2000円の弁済を受けた上で、早期返済計画を立てることを求め、その求めに応じて債務者が分割弁済案を提案したものの債権者が拒否した事案でも、時効の援用を認めました。

この事案では、貸金債権の時効期間が経過した後の借主の支払いは、債権者従業員の訪問請求に対して、十分な法的知識を持ち合わせていない借主が従業員の言動に誘導された結果の反射的な反応の域を出るものでなく、債務の弁済の実質をなしていないとして、債権者における時効を援用しないという信頼が信義則上保護するに足りないものと判断され、消滅時効の援用が認められています。(宇都宮簡裁平成24年10月15日判決)

以上のような最近の裁判例からすると、時効完成後に弁済をした場合であっても、貸金業者の取立ての行い方によっては、時効の援用が認められる可能性があることになります。

貸金業者の取立てについても、当然適法な方法で行わなければならず、法律を遵守する必要があります。そのため、騙したり脅したりという取立てを受けて支払いをなした場合には、時効を援用する権利は失われないというのが、裁判例の傾向であると言えます。

貸金業者の問題のある取立て、対応に悩まされている方は、ぜひ弁護士にご相談下さい。

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