福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2017年5月号 月報

シンポジウム「子どものいのちを守るために~学校現場における自殺予防を考える~」のご報告

月報記事

自死問題対策委員会 松井 仁(44期)

2017年3月12日(日)午後2時から、天神ビルで、福岡県弁護士会主催「子どものいのちを守るために~学校現場における自殺予防を考える~」が開催されましたので、その内容をご報告します。

我が国では、年間自殺者数が3万人を下回ったものの、なお交通事故死者数の約5倍という高い数値にあるうえ、15歳~24歳の層においては自殺率はむしろ増えています。メディアでは、いじめ等を苦にした子どもの自殺事例が繰り返し報道され、社会問題となっています。そこで、本年のシンポジウムは、小学生から高校生までの子どもの自殺予防をテーマに開催いたしました(因みに昨年は大学生を中心とした若者の自殺予防のシンポを行いました)。

会場には、日曜日の午後にもかかわらず、学校関係者、行政職員、医療専門職、法曹関係者、一般市民の方など、60名以上の多数の参加があり、熱心に聞いておられました。

基調講演では、兵庫教育大学大学院教授・精神科医の岩井圭司氏に、子どもたちの自殺のリスクにはどのようなものがあるか、子どもたちのSOSに対して、大人がどのように対応すればよいのか、自殺予防のためにどのような教育をすべきか等についてお話しいただきました。

岩井氏によれば、学校において「死」「自殺」というテーマを扱うことを現場の先生方が避ける傾向にあり、文科省発行の副読本「心のノート」でも、命の大切さばかりに頁が割かれ、死についてはほとんど触れられていない問題を指摘されました。他方で、兵庫県では、家族を亡くした犯罪被害者がその思いを語る授業が展開されており、それを聞いた生徒から「実は死にたいと思っていたけど、生きようという気持ちが湧いてきた」といった感想が出ているとのことでした。つまり、「死」を正面から見つめることが必要であること、また、命を大切にしましょうという道徳を語るよりも、エビデンス(証拠)を示すことが重要だということです。

また、岩井氏は、子どもから例えば「死にたい」と言われたときの対応の原則として、(1)誠実、(2)話をそらさない、(3)傾聴、(4)感情を受け止める(説教や激励はしない)、を挙げられました。また、子どもに気持ちを聞き出すのに、「あなたは今死にたいですか」と聞いても答えにくいので、「ひょっとして最近、死にたくなるほどつらいことがありましたか」と聞いてみる、といった言葉の工夫も紹介していただきました。

基調講演のあと、当会自死問題対策委員会の阿比留真由美弁護士から、当会が運営している自死遺族法律相談制度、自死問題支援者法律相談制度の概要とこれまでの実績、いくつかの相談事例の紹介を行いました。

休憩をはさみ、パネルディスカッションを行いました。当会自死問題対策委員会の佐川民弁護士の進行のもとで、パネリストとして、岩井氏に加え、2人の有識者の参加を得て、子どもの自殺予防について議論しました。

まず、パネリストのシャルマ直美氏(北九州市スクールカウンセラー、臨床心理士として同市の自殺予防教育をリードしてこられた方)から、北九州市での実践についてプレゼンをしていただきました。同市では、「だれにでもこころが苦しいときがある」のだから「誰かに相談できる力を持とう」というテーマの子ども向けパンフレットを作成し、現場の授業で利用しており、教師からも生徒からも好評であるとのことでした(実物も配布されました)。また、新たな取り組みとして「4本の木」という題材を使って、ストレスに対処するための複数の方法を示し、生徒に好きなものを選ばせて話し合う、といった授業も紹介されました。

もう一人のパネリストである石崎杏理氏(性的マイノリティの子どもや若者をサポートする団体「FRENS」代表。居場所づくりや相談事業、教育機関での講演活動も活発に行っておられる方)からは、最近よく耳にするようになったLGBTという言葉の意味についてに分かりやすい説明がありました。その中でも特にトランスジェンダーの子どもたちが、学校現場において様々な困難に直面しており(例えば、性自認と異なる制服の強制、トイレ問題、いじめや揶揄、カミングアウトの方法等々)、自殺のハイリスク群になっていることについて、プレゼンが行われました。

その後の議論では、岩井氏に若者の自殺が減らない社会的背景について分析してもらったり、シャルマ氏に、北九州市において上記の授業を受け入れてもらうための苦労話をしていただいたり、石崎氏に、トランスジェンダーであることを子どもがカミングアウトしようとするときの学校との連携の具体例について教えてもらったりしました。また、子どもに関わっている教師や親の側のメンタルの問題(苦しいのに弱いところを見せられない等)も同時に対応していかねばならないという視点も提示されました。

議論は尽きず、会場からはたくさんの質問用紙が提出されていたのですが、全部聞ききれないうちに時間切れとなりました。

以上のとおり、大変充実した内容で、聴衆の皆さんは、本シンポジウムから、子どもの自殺予防に関わる様々なヒントや勇気を得られたのではないかと思います。出口で回収したアンケートでも、参加して良かったとの声が多数寄せられていました。

(なお、岩井氏の講演や各パネリストのプレゼンの内容を詳しく知りたい方は、当日の配布資料や上映資料を提供しますので、当職までご連絡ください。)

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「実務に役立つLGBT連続講座」番外編/マンガで知ろうLGBT

月報記事

両性の平等委員会・LGBT小委員会委員 石田 光史(53期)

■ これまで6回にわたり、実務に役立つLGBT基礎知識をお送りしてきました。ただもしかしたら会員のみなさんの中には、「そうは言っても、自分の周りには(自分はそうであるとカミングアウトしている)LGBTの方がいなくて、実感として何だかよく分からん。」という方もおられるかも知れません。

そういう自分の経験の不足を補ってくれるのは、今も昔も、小説であり、映画であり、マンガです。今回はLGBT講座の番外編として、筆者の好きなマンガという分野から、LGBTを知るためにうってつけのマンガをセレクトしてみました。もっとも、このジャンルは最近非常に流行りのようで、とても多くのマンガが出ています。今回は字数の関係上、厳選5つのご紹介ですが、もし興味を持たれたら、ご自身でも探してみてください。

■ 志村貴子『放浪息子』全15巻(エンターブレイン)

「女の子になりたい男の子と、男の子になりたい女の子のおはなし」。そう紹介すると、これまでこの連載を読んでくださった方は、ああ、トランスジェンダーの話ね、と思うかも知れませんが、このマンガは、そう一筋縄ではいきません。マンガの中で、トランスジェンダーとか性同一性障害という単語は、ただの1回も出てきませんし、様々な性自認・性的指向を持った人が登場します。女の子になりたいという願望を持ち、男の子が好きな男の子。男の子になりたいと思っているわけではないけど自分が着たいからと学生服を着る女の子。女の子になりたいと思う主人公を好きになる女の子。はっきりと描かれてはいないけどおそらく性別適合手術を受けているのではとうかがわれるMtoFの人。

私は、研修などで、「LGBTというのは分かりやすくひとくくりにした言葉だけど、本当はそんなに4種類にきっちり分けられるものではなくて、みなそれぞれ、性自認・性的指向でいろいろな傾向を持っているんだ。」と聞くたび、理屈としては分かるけど今ひとつ実感としてピンとこないところがありました。が、このマンガを読んで、その意味がよく分かったような気がします。

このマンガは、主人公2人の小学生時代から高校卒業までの成長を描いたものであるだけでなく、彼・彼女らを取り巻く友人や家族など非常に多くの人物が登場する一大群像劇です。LGBTの知識といった観点を離れても、マンガとしてとても読み応えのある、イチオシの作品です。

※ちなみに、ジュンク堂福岡店の4階マンガコーナーに、この『放浪息子』の原画が展示されています。お好きな向きはぜひチェックを!

■ 熊鹿るり『とある結婚』全1巻(太田出版)

ロサンゼルスに住む日本人の早紀とドイツ系アメリカ人のアンナ。2人はレズビアンのカップル。同性婚を禁止したカリフォルニア州の「提案8号」を無効とする連邦最高裁判決(ちなみにこの訴訟については3月29日に原田執行部の提案で上映会を行った映画「ジェンダー・マリアージュ」に描かれています。)を機に、アンナは早紀にプロポーズします。しかし早紀は、これまでレズビアンであることを家族に打ち明けておらず、また上司に自分がレズビアンであることを知られて憎悪の念を向けられたことなどから、このままアンナと結婚できるんだろうか、アンナと結婚するということはずっと周囲からそういう目で見られるかも知れないということなんだ、と不安を感じ、結婚に前向きになれず・・・。

2人の隣には、ゲイで、一緒に暮らしていたパートナーを亡くしたショーンと、ショーン(と亡くなったパートナー)の養子・コニーが住んでいます。舞台であるロサンゼルスはLGBTが多くフレンドリーな地域と言われていて、その雰囲気が伝わってくるマンガです。

■ 田亀源五郎『弟の夫』1~3巻(双葉社)

主人公の弥一は、妻との離婚後、娘の夏菜と2人暮らし。そこに突然、弥一の亡くなった弟・涼二と結婚していたというカナダ人男性・マイクが訪れます。弥一は、突然の訪問者に戸惑い、時に迷惑に思いますが、涼二を偲んで日本を訪れたマイクを突き放せず、3人での同居生活が始まります。他方、夏菜は、叔父の同性の結婚相手というマイクに強い興味を抱き、偏見のない目でマイクと交流を始めます・・・。

弥一は、弟がゲイであることを本人から知らされていました。そのときに弥一は、あからさまな嫌悪の感情を見せたり否定したりはしなかったけれど、それから自分は弟に対してよそよそしく接してきていたのではないか、それで良かったのか、と思います。「自分はLGBTに偏見はない。」と言い、そう思っていても、いざ身近な人にカミングアウトされた場合、あなただったら、どう接していきますか?

■ 鎌谷悠希『しまなみ誰そ彼』1~2巻(小学館)

高校生のたすくは、夏休みに入る2日前、同級生に「お前、ホモ動画観てたん?」と言われます。「お前、そうなん?」同級生の続けての問いに対し、必死にごまかすたすく。もう終わりだと思い、崖から飛び降りようかと思っていたたすくは、「誰かさん」と呼ばれる不思議な人物に導かれるように、「談話室」を訪ねます。そこは、ゲイ、レズビアンなど様々な人々が集う場所でした。

印象的なシーンを2つ。1つは、冒頭の、友人に同性愛の動画を見ていたことがばれたときのたすくの反応です。「兄貴が送ってきた釣り動画だよ。」と何気ないふりをして否定しますが、顔は引きつり、それでも必死で作り笑いを浮かべます。お前はホモっぽいと思っていたとさらに続ける同級生に対し、「バカじゃねーのホモなんて。きもいわ、そんなの。」・・・たすくは、自らを守るために、自分を否定する言葉を口にせざるを得なかったのです。

もう1つは、女装をする小学校6年生の男の子、美空。美空は、男性が好きというわけではないようです。女装について、「僕が着たいから(女性の服を)着るんです。」と堂々と述べる美空。しかし、女の子になりたいのか、と問われた美空は、「さあ。」としか答えられません。さらに問われた美空は、「僕のことなんか、僕にも分からん。誰にも。何にも分からん。」と、体を震わせてただ泣くだけでした・・・。

まだ2巻までしか出ていないので、今後どのように話が展開していくか分かりませんが、とても楽しみなマンガです。

■ 平沢ゆうな『僕が私になるために』全1巻(講談社)

このマンガの作者は、性同一性障害の診断を受け、タイで男性から女性の体になるための性別適合手術を受けました。これは、その過程を自らマンガ化したものです。

当然ながら、トランスジェンダー、性同一性障害の方には、その方ならではの辛さや苦悩、受けてきた差別的言動などがあるわけですが、このマンガでは、多少はそういった記載もあるものの、そのあたりよりも、性同一性障害の診断が出てから性別適合性手術を受け、戸籍の性別変更に至るまでの出来事を具体的に描写することに重点が置かれています(あとがきには、このマンガではあえてそのような方針をとったことが書かれています。)。したがって、「話には聞くけれど、実際にはどんな感じなんだろう?」と思っていた点が克明に描かれていて、とても興味深いマンガでした。

特にタイでの性別適合手術について頁を割いて紹介されており、「ええ!そんなことするの!?」とか、「うわ~、痛い~、やめてくれ~!」とか、それはもう、実際に体験した人でなければ描けない、冷や汗もののリアル描写が絶品です。どういうことが描かれているかは、ぜひどうぞ、実際に本を手に取ってみてください。

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連載/高齢者障がい者の権利擁護と弁護士~権利擁護法務の実務解説 最終回/福岡県弁護士会の高齢者・障がい者分野における取り組み

月報記事

高齢者・障害者等委員会委員 大町 佳子(62期)

今回をもちまして、高齢者障がい者の権利擁護と弁護士~権利擁護法務の実務解説~の連載を終了いたします。そこで、最後に、福岡県弁護士会の高齢者・障がい者の権利擁護に向けた取り組みを紹介したいと思います。

1 高齢者・障害者法律相談

福岡部会では、あいゆう相談として、無料電話相談を実施しています。無料電話相談には、電話をかけると天神センターで待機している弁護士が直接に対応するもの(毎週火曜・金曜の午後1時~4時)、天神センターの職員が受付をして担当弁護士から折り返すもの(平日の午前10時~4時)があります。相談は、高齢者・障がい者からの相談のみならず、その家族や支援者(施設等)からの相談も受け付けています。

無料電話相談では、相談担当弁護士が面談相談の必要性について判断し、面談相談が必要で、かつ、相談者が希望する場合は、面談担当弁護士へと相談を引き継ぎます。

その場合、面談相談が実施されることになりますが、面談相談には担当弁護士の事務所への来所相談と出張相談(高齢等の事情で担当弁護士の事務所への来所が困難な方のみ)があります。なお、出張相談は、法テラスの民事法律扶助制度の無料法律相談の資力要件を満たすか否かを問わず初回は無料となっています。これらの相談については、登録研修(登録継続研修を含む)を実施したうえで、登録要件を満たした弁護士に相談を担当してもらっています。

筑後部会では、毎週木曜日の午後1時から午後4時まで、「高齢者障害者無料電話相談」を実施しています。高齢者、障がい者ご本人のみならず、御家族、福祉関係の支援者等も対象にして、高齢者、障害者に関わることであれば相談内容を問わずに電話相談を行っています。

北九州部会では、弁護士会(あいゆう)の無料電話相談等は行っていません。ただし、北九州市と連携しており、北九州市各区役所で、1か月に1回、「高齢者・障害者あんしん法律相談」を実施しています。これにより高齢者・障がい者関係の法的問題を抱えている市民の方は、無料で弁護士による法律相談を受けることができるようになっています。

2 高齢者障がい者虐待対応チーム

福岡県弁護士会は、公益社団法人福岡県社会福祉士会と協力して、高齢者や障がい者の虐待事案について、市町村の活動・施策をサポートするために、各市町村との契約に基づいて、各市町村からの要請に対して、ケース会議へ弁護士と社会福祉士をペアで派遣しています。なお、各市町村へ派遣する弁護士と社会福祉士については、登録研修を受講してもらったうえで、高齢者障がい者虐待対応チームに登録してもらっています。

3 あいゆう研修

毎年、福祉職などの、弁護士以外の方も参加可能な形で、高齢者障がい者の福祉業務の専門家や弁護士による講義形式の研修を開催しています。昨年は、障がいを理由とする差別の解消の推進に関する法律や、成年後見制度における本人の意思決定支援について研修をしました。

4 高齢者・障がい者の消費者被害研修への講師派遣

福岡部会では、消費者委員会と協力して、高齢者・障がい者の消費者被害を防止すべく、研修会に講師派遣をしています。この研修会は、福岡市の地域包括支援センターの管轄区域を対象にしており、その区域の民生委員やケアマネージャーが研修を受けられています。研修会の内容は、消費者被害の実態や防止方法、成年後見制度の説明などです。

5 成年後見人等候補者推薦制度

福岡部会では、福岡家庭裁判所本庁と協力し、家庭裁判所が弁護士を後見人等として選任する際の候補者名簿を作成し、候補者を推薦しています。

6 その他

その他、福岡県弁護士会では、福岡市医師会とのパートナーシップに基づく勉強会などを実施しており、高齢者・障がい者の特性の理解や、社会的制度の在り方について相互に理解を深めたうえでの連携を目指しています。

また、福岡部会では、法テラス福岡の弁護士ナビゲーションに対して相談担当弁護士の名簿を提供しています。さらに、福岡部会では、地域包括支援センターとの連携を目指して、地域包括支援センターでの法律相談を実施すべく、福岡市との調整を図っているところです。

北九州部会では、北九州市や行橋市で、包括支援センター等の職員に対する法律相談を実施しています。

筑後部会では、筑後地区の各自治体の高齢者、障害者関係部署、社会福祉協議会等と「筑後地区高齢者・障害者支援連絡協議会」を組織し、3か月に1回の頻度で各自治体の担当職員等との事例検討会に高齢者・障害者委員会所属の弁護士が参加して、実際の事例に基づいて対応方法等を検討しています。

7 最後に

これまで、この連載をお読みいただきありがとうございました。これからも、高齢者・障がい者の権利擁護に対するご理解とご支援・ご協力をいただきますよう、何卒、よろしくお願い申し上げます。

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「転ばぬ先の杖」(第30回) 子どもの加害行為と親の民事責任

転ばぬ先の杖

会員 小坂 昌司(52期)

このコーナーは、弁護士会の月報を読まれる一般の方に向けて、役に立つ法律知識をお伝えするものです。今回は、子どもの権利委員会が担当します。

子どもは失敗しながら成長します。子どもが興味を持つことには、積極的に取り組ませてあげたいものです。その中で子どもが失敗をしたときには、それを成長の糧とできるように親が見守っていくことが必要です。

もっとも、子どもの失敗が、ときに、他人に損害を与えてしまうことがあります。もし、そのような事態になったときには、親は、まずは子どもと一緒に被害者に対して真摯に謝罪をするべきです。そして、同じようなことを繰り返さないように子どもを指導して自覚させることが必要でしょう。

被害者との関係では、謝罪をすることで許される場合も多いのですが、ときに法律上の責任問題に発展することがあります。

子どもの加害行為が犯罪に該当するような場合には、刑事上の責任として、子どもの年齢によって、家庭裁判所の手続きの対象となります。年少の子どもの場合には、児童相談所の指導の対象になります。

また、他人に財産的な損害を与えた場合には、民事上の責任として賠償の問題が発生します。そして、このような場合、加害行為をした子どもだけでなく、親が賠償の責任を負うことがあります。

以下では、どのような場合に、親が賠償責任を負うか考えていきます。

まず、民法は、故意または過失によって他人に損害を与えた者は、その損害を賠償する義務があると定めています。従って、未成年者も含めて、わざと、あるいは不注意で行った行為(これを「不法行為」といいます。)で第三者に損害を与えた場合には、その損害を賠償する義務を課されます。

もっとも、民法は「未成年者が、自分の行為の責任を理解する能力を備えていなかったときには賠償の責任を負わない」としています。この「能力」(これを「責任能力」といいます。)を備えているかどうかの明確な基準はありませんが、おおよそ12歳くらい(小学校を終える頃)から、この能力があると判断される場合が多いようです。

さらに民法は「子どもが(責任能力がなくて)責任を負わない場合には、子どもを監督する法律上の義務を負う者が賠償義務を負う。」と定めています。つまり、子どもの年齢が低く、責任能力がない場合には、子ども自身には賠償責任はなく、法律上の監督義務者である親が子どもに代わって賠償責任を負うことになります。なお、「法律上の監督責任を負う者」としては、親以外にも、例えば、児童養護施設の施設長や未成年後見人など、親に代わって子どもの監督をする立場にある人も含まれます。この親の責任は、親が監督義務を怠らなかったこと、あるいは、監督義務を果たしていても子どもの加害行為を防止できなかったであろうことを証明すれば免除されますが、これまでの裁判では、親が責任を免れることは稀でした。

なお、最高裁判所まで争われた事件で、当時11歳の子どもが小学校の校庭で友人とサッカーをして遊んでいたところ、蹴ったサッカーボールが校庭から路上に転がり出て、このボールを避けようとしたバイクを運転中の高齢者が転倒して最終的に亡くなったというものがあります。

この事件について地方裁判所と高等裁判所は親の責任を認めました。しかし、最高裁判所は、本件で子どもがしていたのはゴールに向かってサッカーボールを蹴るという通常の行為であり、一般的には他人に危害が及ぶとは考えられない行為であることや、親が危険な行為をしないように日ごろからしつけをしていたことなどを考慮して、親は責任を負わないと判断しました。平成27年に出されたこの最高裁判所の判決が裁判実務に影響を与える可能性があります。

次に、子どもの年齢が一定以上で、子どもに責任能力があるとされ、子ども自身に賠償責任が認められる場合でも、同時に親にも賠償責任が認められる場合があります。先に述べた「子どもに代わって責任を負う」という場合とは違って、親自身に課されている監督義務に違反したこと自体を不法行為と考えるのです。

子どもには賠償するための資力がない場合が多いので、被害者にとっては、親に賠償責任が課されるほうが、実際には損害の補填がされやすいという事情があります。従って、大きな被害を受けた場合には、子どもとともに、親に対しても賠償責任を追及する場合が多くなります。

実際に裁判となった例としては、高校2年生の子どもが友人から借りた原動機付自転車を、夜間に前照灯を付けずに走行させ、道路を歩いていた被害者をはねて死亡させたという事案があります。この子どもは、この当時生活が乱れ、夜間に外出して仲間と徘徊することが多く、バイクに無免許で乗ったり、シンナーを吸うなどの問題行動を繰り返していました。親はそれに気づいて何度も注意していましたが、子どもは親の指導を無視して従いませんでした。

この事案について裁判所は、親の教育、指導、監督が十分であったとは言い難く、常態化していた夜遊びと本件事故との間には密接な関係があるとして、親の賠償責任を認めました。この事案では、親は子どもに対して注意はしていました。他の有効な手立てを思いつかなかった可能性があり、親の責任を認めることは親にとって厳しいものとも考えられます。

なお、子どもの問題行動が収まらない場合には、親だけで悩むのではなく、児童相談所や少年サポートセンターなど、非行にかかわる専門機関に相談する方法もあります。そのようなことをしているかどうかによって、親の責任についての判断が異なる可能性もあると思われます。

以上のように、子どもが第三者に加害行為をした場合に親が責任を負うかどうかは、子どもの年齢、子どもがした行為の内容、普段の子どもの行動や親の指導状況などに応じて、かなり微妙な判断になります。

子どもが起こした事件・事故で他人に損害を与えてしまうと、親としては、被害者への対応に頭を悩ませることになるでしょう。もし、こうした問題が生じたときには、賠償責任などの難しいことは専門家に相談し、親としては、子どもの指導や加害者への謝罪に力を注ぐことが、子どもの成長のためにも重要です。法律的なことは迷わず弁護士に相談されることをお勧めします。

また、子どもの加害によって生じる賠償責任について、一定の場合は保険で賄える場合もありますので、保険への加入も検討する必要があります。

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ITコラム

月報記事

会員 柏 真人(63期)

今年の4月1日、

「将棋電王戦 佐藤名人が人工知能に敗れる」
というニュースをネット記事で見かけました。これまでも、プロ棋士がコンピューター将棋ソフトに敗れたことはありましたが、現役のタイトルホルダーでありしかも「名人」位にあるプロ棋士が将棋ソフトに敗れたことは、私にとって衝撃的な出来事でした。人工知能恐るべしです。

恐るべしなのは、なにもプロ棋士に勝利したからだけではありません、将来、人工知能いわゆるAIは、われわれ弁護士にとって代わる可能性を秘めているのです。今回は、弁護士業務は人工知能にとって代わられるのか、について考えてみたいと思います。

ネットの記事などを見ると、アメリカの大手法律事務所などでは、すでに人工知能の導入が始まっており、破産のアドバイスなどを弁護士が人工知能から受けていたりするらしいです。この波はやがて日本にもやってくるでしょう。

弁護士の思考過程を具体化すると、いろいろなご意見があると思いますが、概ね(1)事実の把握、(2)法律構成を考える、(3)あてはめ、(4)実際の解決の合理性の判断、といったところに集約されるのではないでしょうか。人工知能の得意分野は、(1)や(3)といった思考過程の分野でしょうか。事実を整理したりするのは得意そうですね。複雑な時系列を瞬く間に整理してくれそうです。また、判例検索なども得意そうです。そうなってくると、ある程度の定型的処理の可能な、過払い案件などの債務整理や知財分野では、人工知能は強力なライバルになりかねません。

ですが、上述の思考過程で、多くの弁護士が一番苦労しているところは、依頼者にとって一見不利に見える事実や不自然に見える事実を何とか依頼者に有利な(もしくはそれほど不利でない)事実に見せていくのか、といったところではないかと思います(少なくとも私はそうですが・・)。人間には、合理的に説明できない何かがあり、なにかをきっかけに不合理な行動をとってしまう時がある。それを弁護士になっていやというほど経験しました。そのような人間の「人間臭さ」を人工知能が理解し弁護していくのはまだまだ至難の業なはずです。そうなってくると、合理的な行動が求められる企業間取引・契約などの分野においては人工知能が優位な気がしないでもありません。他方、あくの強い依頼者をなだめすかし、辛抱強く打ち合わせを重ねる作業が必要な、いわゆる「町弁」は人工知能がライバルとなる日はまだまだ先の話のはずです。

と、電王戦第2局で佐藤名人が将棋ソフトを鮮やかに打ち破ることを期待しつつ、しがない「町弁」にすぎない私の先入観と希望が多分に入った今回のコラムを終了したいと思います。

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憲法リレーエッセイ 飯塚市長選挙奮戦記

憲法リレーエッセイ

会員 小宮 学(37期)

1 はじめに

私は、2月19日告示、2月26日投開票の飯塚市長選挙に立候補した。

突然、前市長と前副市長の賭けマージャン事件が昨年12月22日付西日本新聞1面で報道され、年末には飯塚市政治倫理審査会が設置されることが報道された。

あれよあれよという間に、前市長と前副市長は、1月11日に1月31日付で辞職することを記者会見し、今回の飯塚市長選挙となった。

立候補の理由や公職選挙法について感じたことを簡単に紹介させていただきます。

2 飯塚市長選挙立候補表明

(1) 前市長と前副市長の賭けマージャン事件の報道以来、私は、漠然とではあるが、「飯塚市政は不透明であり、おかしいのではないか。」と思っていた。

前市長と前副市長の賭けマージャンは、元市幹部が経営するマージャン店「浜」で繰り返されていたこと、本年4月から飯塚市の指定管理者となる事業者が参加していたことが報道されていた。

現飯塚市長(前教育長)は、1月20日、教育長の辞任届けを提出し、その直後に飯塚市長選挙に立候補することを表明した。

(2) 1月21日付西日本新聞には、現飯塚市長(前教育長)について、「自ら明らかにした市長との賭けマージャンとともに、有権者がどう判断するかは未知数だ。」と報道されていた。

私は、「自ら明らかにした市長との賭けマージャン」とは、いったい何のことだと思って、ただちに他の新聞記事を調べた。

(3) 1月21日付毎日新聞には、「2010年の教育長就任以降7、8回ほど食事代などを賭けてマージャンをやったことを明かし『多くの人から出馬を促されたが、私が出馬できるか悩んだ』と述べた。前教育長によると前市長、前副市長とも2、3回一緒にマージャンをしたが、業者と同席したことや平日の日中にやったことは『ない』と否定」とあった。

(4) なんのことはない。現飯塚市長(前教育長)は、前市長、前副市長を交えて2回ほど、食事代や場所代を賭ける形で賭けマージャンをしていたのだ。

前市長、前副市長と同じ穴のむじなではないか。マージャンは4人いなければできない。現飯塚市長(前教育長)は、いったい誰と賭けマージャンをしていたのか。私は、現飯塚市長(前教育長)には、飯塚市長になる資格はないと思った。

突如、私は、賭けマージャン問題の真相を解明したく、1月28日に立候補の記者会見をした。無所属で立候補することを表明した。

3 私の戦略

私は、筑豊じん肺訴訟の原告弁護団事務局長を務めた。

初代弁護団長松本洋一(平成3年10月21日死亡)は、弁護団会議で、常々、「闘いは勢いである、小さくても勢いがある方が勝つ。」と言っていた。

筑豊じん肺訴訟は、提訴から最高裁判所の勝利判決まで18年4カ月もかかってしまったが、たった169名の炭鉱夫じん肺患者が国、三井鉱山(現・日本コークス工業)、三菱マテリアル、住友石炭鉱業(現・住石HD)、古河機械金属、日鉄鉱業に勝った。

故松本洋一の言葉を胸に、全力で闘った。

自民党以外の全政党から支持を得たく、推薦依頼文を発送した。自民党に推薦依頼を求めなかったのは、私が立候補の記者会見をした日に自民党が現飯塚市長(前教育長)の推薦決定をしていたためだ。結局は、日本共産党だけが私の推薦決定をした。

無党派層から支持を得たく、(1)賭けマージャン問題の真相解明、(2)市4役の資産公開制度の強化・創設、(3)11年前の合併後に廃止されたコミュニティバスの復活強化、(4)保育所待機児童の解消、(5)小・中学校のエアコンの設置、(6)白旗山メガソーラー乱開発ストップなどの政策を一生懸命訴えた。

告示後の1週間は、宣伝カーの上に立ち、毎日約20回、政策を訴えた。

3人の候補者の中で、宣伝カーの上に立ち、政策を訴えたのは私だけだ。

全国から約200人の弁護士仲間が、推薦文をくれた。毎日、弁護士仲間が応援弁論にやって来た。

4 敗北

私は、敗北した。現飯塚市長(前教育長)が26,320票、O候補が10,609票、私が8,553票だった。

2月27日付朝日新聞は、私の敗戦の弁を、「精一杯やった。私の意見は市民に届いた。今後に必ずつながる。新しい飯塚の出発点になる。」と報じた。

敗北した当初は、たった8,553票だと思ったが、「地盤、看板、鞄」がない私が、よく8,553票も取ったものだと今は思っている。

5 公職選挙法との闘い
(1) 飯塚警察署からの電話による注意

飯塚警察署刑事課知能犯係から数回電話による注意があった。

1回は、私がたまたま選挙事務所にいたので、電話対応した。告示前の2月15日(水)午前9時頃に電話がかかってきた。

公職選挙法143条17項には、「立札及び看板の類は、縦150センチメートル、横40センチメートルを超えないものであり、かつ、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会の定めるところの表示をしたものでなければならない。」とある。

私は、同日、午前7時30分から柏の森交差点でハンドマイクを使って、「小宮まなぶ」とだけ書いた横断幕を掲げて、政策を訴えた。

告示前なので、「飯塚市長選挙」とは言ってはいけないし、書いてもいけない。「候補者」とも言ってはいけないし、書いてもいけない。

告示前に、ハンドマイクを使って、街頭で政策を訴えたのは、3候補者の中で私だけだ。

飯塚警察署刑事課知能犯係が言うには、この横断幕が縦150センチメートル、横40センチメートルを超えていたという。

私は、思わず電話口で、「お前は、憲法21条を知らないのか。」と怒鳴りたくなるのを、我慢して、「はい。はい。」と言った。

(2) その他

その他、公職選挙法との闘いは山ほどある。今の公職選挙法は、新人は選挙にでるなと言っているに等しい。

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