福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2017年5月号 月報

シンポジウム「子どものいのちを守るために~学校現場における自殺予防を考える~」のご報告

月報記事

自死問題対策委員会 松井 仁(44期)

2017年3月12日(日)午後2時から、天神ビルで、福岡県弁護士会主催「子どものいのちを守るために~学校現場における自殺予防を考える~」が開催されましたので、その内容をご報告します。

我が国では、年間自殺者数が3万人を下回ったものの、なお交通事故死者数の約5倍という高い数値にあるうえ、15歳~24歳の層においては自殺率はむしろ増えています。メディアでは、いじめ等を苦にした子どもの自殺事例が繰り返し報道され、社会問題となっています。そこで、本年のシンポジウムは、小学生から高校生までの子どもの自殺予防をテーマに開催いたしました(因みに昨年は大学生を中心とした若者の自殺予防のシンポを行いました)。

会場には、日曜日の午後にもかかわらず、学校関係者、行政職員、医療専門職、法曹関係者、一般市民の方など、60名以上の多数の参加があり、熱心に聞いておられました。

基調講演では、兵庫教育大学大学院教授・精神科医の岩井圭司氏に、子どもたちの自殺のリスクにはどのようなものがあるか、子どもたちのSOSに対して、大人がどのように対応すればよいのか、自殺予防のためにどのような教育をすべきか等についてお話しいただきました。

岩井氏によれば、学校において「死」「自殺」というテーマを扱うことを現場の先生方が避ける傾向にあり、文科省発行の副読本「心のノート」でも、命の大切さばかりに頁が割かれ、死についてはほとんど触れられていない問題を指摘されました。他方で、兵庫県では、家族を亡くした犯罪被害者がその思いを語る授業が展開されており、それを聞いた生徒から「実は死にたいと思っていたけど、生きようという気持ちが湧いてきた」といった感想が出ているとのことでした。つまり、「死」を正面から見つめることが必要であること、また、命を大切にしましょうという道徳を語るよりも、エビデンス(証拠)を示すことが重要だということです。

また、岩井氏は、子どもから例えば「死にたい」と言われたときの対応の原則として、(1)誠実、(2)話をそらさない、(3)傾聴、(4)感情を受け止める(説教や激励はしない)、を挙げられました。また、子どもに気持ちを聞き出すのに、「あなたは今死にたいですか」と聞いても答えにくいので、「ひょっとして最近、死にたくなるほどつらいことがありましたか」と聞いてみる、といった言葉の工夫も紹介していただきました。

基調講演のあと、当会自死問題対策委員会の阿比留真由美弁護士から、当会が運営している自死遺族法律相談制度、自死問題支援者法律相談制度の概要とこれまでの実績、いくつかの相談事例の紹介を行いました。

休憩をはさみ、パネルディスカッションを行いました。当会自死問題対策委員会の佐川民弁護士の進行のもとで、パネリストとして、岩井氏に加え、2人の有識者の参加を得て、子どもの自殺予防について議論しました。

まず、パネリストのシャルマ直美氏(北九州市スクールカウンセラー、臨床心理士として同市の自殺予防教育をリードしてこられた方)から、北九州市での実践についてプレゼンをしていただきました。同市では、「だれにでもこころが苦しいときがある」のだから「誰かに相談できる力を持とう」というテーマの子ども向けパンフレットを作成し、現場の授業で利用しており、教師からも生徒からも好評であるとのことでした(実物も配布されました)。また、新たな取り組みとして「4本の木」という題材を使って、ストレスに対処するための複数の方法を示し、生徒に好きなものを選ばせて話し合う、といった授業も紹介されました。

もう一人のパネリストである石崎杏理氏(性的マイノリティの子どもや若者をサポートする団体「FRENS」代表。居場所づくりや相談事業、教育機関での講演活動も活発に行っておられる方)からは、最近よく耳にするようになったLGBTという言葉の意味についてに分かりやすい説明がありました。その中でも特にトランスジェンダーの子どもたちが、学校現場において様々な困難に直面しており(例えば、性自認と異なる制服の強制、トイレ問題、いじめや揶揄、カミングアウトの方法等々)、自殺のハイリスク群になっていることについて、プレゼンが行われました。

その後の議論では、岩井氏に若者の自殺が減らない社会的背景について分析してもらったり、シャルマ氏に、北九州市において上記の授業を受け入れてもらうための苦労話をしていただいたり、石崎氏に、トランスジェンダーであることを子どもがカミングアウトしようとするときの学校との連携の具体例について教えてもらったりしました。また、子どもに関わっている教師や親の側のメンタルの問題(苦しいのに弱いところを見せられない等)も同時に対応していかねばならないという視点も提示されました。

議論は尽きず、会場からはたくさんの質問用紙が提出されていたのですが、全部聞ききれないうちに時間切れとなりました。

以上のとおり、大変充実した内容で、聴衆の皆さんは、本シンポジウムから、子どもの自殺予防に関わる様々なヒントや勇気を得られたのではないかと思います。出口で回収したアンケートでも、参加して良かったとの声が多数寄せられていました。

(なお、岩井氏の講演や各パネリストのプレゼンの内容を詳しく知りたい方は、当日の配布資料や上映資料を提供しますので、当職までご連絡ください。)

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