福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2012年9月 1日

◆憲法リレーエッセイ◆

憲法リレーエッセイ

会 員 後 藤 富 和(55期)

1 生物多様性と憲法

先日、自由法曹団九州総会で屋久島に行きました。脱原発に向けた熱い議論を行ったのですが、私がもう一つ興味があったのは屋久島におけるウミガメの保護。屋久島は世界自然遺産の島として有名ですが、この島の永田浜は国際的に重要な湿地としてラムサール条約に登録されています。永田浜には絶滅の危機に瀕しているアカウミガメとアオウミガメが産卵のために上陸する貴重な海岸です。

夜、家族でウミガメ観察会に参加しました。ウミガメを観察するには、NGOのレクチャーを受け、その指示に従わなければいけません。勝手に浜に入ることは禁じられています。レクチャー後、真っ暗な中、ウミガメが上陸するのをじっと待ちます。灯りはダメ、カメラもダメ、ケイタイもダメ、おしゃべりもダメ、列を外れるのもダメ。

ウミガメ上陸の知らせが入り、ガイドについて一列で静かに浜を進みます。途中、卵から孵った子ガメ達が一斉に海に帰る場面に遭遇しました。100匹以上はいたでしょう。小さな体に不釣り合いな大きな前脚をバタつかせ懸命に海に向かいます。私達はじっと子ガメを見守ります。子ガメ達が全て海に入っても、しばらく動けません。すぐそばに上陸した母親ガメが産卵の準備を始めたからです。産卵の準備が整い、卵を産み出してから静かにカメに近づきます。大きなアカウミガメがピンポン玉くらいの卵を産んでいます。産み終わり砂をかぶせるまで黙って見守ります。母親ガメが向きを変えて大きな体を揺すって海に帰って行きました。最後まで子ども達と一緒に見送りました。

今回、産卵と孵化の両方に立ち会えたのは幸運でした。

憲法の話でなぜウミガメ?と思われた方もいるでしょう。ウミガメの産卵(生物多様性保全)という環境権、他方で観光という経済的自由。この調整としてウミガメを見るために様々な制限、義務を課す。私は永田浜での取り組みに人権の調整原理としての「公共の福祉」の実現をみた気がしました。

2 PTAと憲法

以前も書きましたが私は福岡市立警固小学校PTAの研修委員長をしています。今年度の目玉は、9月の福岡朝鮮初級学校訪問、10月の教育講演会。この講演会は「公害、環境破壊から子どもを守る~ミナマタの経験をフクシマへ」をテーマに馬奈木昭雄会員にお話しいただきます。講演会はPTA会員だけでなく地域の皆さんにも解放されますので、当会会員のみなさんもぜひご参加下さい。

日時  10月16日午後1時~3時

場所  福岡市立警固小学校体育館

    (スリッパをご持参下さい)

あっ馬奈木会員の西日本新聞の連載「馬奈木昭雄聞き書き たたかい続けるということ」が単行本になったのはご存知でしょうか(西日本新聞社、1,995円)。特に若い会員の皆さんにご一読いただきたいと思います。

また3学期には春田久美子会員を講師に「人権と憲法」の学習会も予定しています。その他、毎月、様々な人権学習を企画しています。小中学生の子を持つ会員の皆さん、PTAの研修委員会(成人学習委員会)に参加してみてはいかがでしょうか。

3 嫌韓論について

この夏、日本国内で飛び交った嫌韓論にはホトホト嫌になりました。以下は私がインターネット上で発表した意見の抜粋です。


出口のない批判ではなく落としどころをどうするのか、どうなったら100年来拗れている日韓関係のもやい直しができるのか、まずは双方の政治家が真剣に考えるべきです。ただ、政治家にそれが期待できないのだったら、双方の国民同士が互いに相手を批判するのではなく、解決の緒を作るための交流を続けるべきだと感じます。大きな括りで「日本人」「韓国人」ってひとまとめに記号化してキャラを作り上げているからいけない。その「韓国人」って具体的に誰?その「日本人」って誰のこと?韓国人の私の友人は僕や僕の子ども達をネットに書いてるような日本人観で中傷はしないでしょう。逆に僕も韓国人の友人やその家族をネットで書いてあるような韓国人観で中傷することは絶対にしません。

ぜひ、日本人の方は韓国人の友人のことを、韓国人の方は日本人の友人のことを具体的に思ってください。そうすると、ひとくくりに「日本人」「韓国人」って批判はできないでしょう。批判よりも、両国の平和友好をどう築いていくかを考えましょう。

ネット上で飛び交う両国国民の書き込みの行き着く先は戦争です。ストレス解消で相手国を批判しても戦争への道を一歩進めるだけです。もし自分が日本の総理だったら、韓国の大統領だったら、どうやって両国の関係を平和に導くか、批判だけする傍観者じゃなく、子ども達に未来を残す責務をおっている大人として、子ども達に戦争の惨禍を経験させないためにどうすべきかを真剣に考えましょう。

かなり激しい内容になりましたが、ここ数日、パソコンを立ち上げるのが嫌になる程、飛び交う言説に心を痛めていることを分かってください。それは私だけじゃなく多くの日本人がそう感じているはずです。

そして、韓国の方へ。多くの日本人は私と同じように日韓の平和を願っていることを信じて下さい。

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北九州部会 ジュニアロースクールのご報告

月報記事

会 員 諸 隈 美 波(64期)

7月28日、北九州部会にてジュニアロースクールが開催されましたのでご報告させていただきます。

今年のテーマは「民事模擬調停」で、対象は小学生(5、6年生)。当日は小学生34人が参加、うち30名くらいの子どもたちを小学校の先生3人が引率してきてくれました。

1 民事模擬調停の内容

今年は、中学校で学ぶ「対立と合意」を少し先取りし、昔話を題材にした模擬民事調停を行いました。「桃太郎エピローグ」と題する昔話を用いて、双方の利害が対立している場面において、双方の言い分を理解し、対立点を明確にし、グループで議論し最終的には利害を調整した妥当な解決案として、調停条項をまとめるというものです。

さて、「桃太郎エピローグ」は、昔話の「桃太郎」の続きの話です。桃太郎は鬼退治をしましたが、実はその島は、以前鬼たちが住んでいた島で、鬼が修行で出ている間に人が住み着いてしまったという渡邊典子先生オリジナル(!)のお話です。鬼が村人から奪ったものをどうするのか(鬼は鶏を奪って、その後ひなが産まれている)、鬼が今後どこで暮らすか(鬼ヶ島は作物がとれない、現在村人が住んでいる島は狭くて鬼は住めない、などなどの事情有り。)という2点が大きな争点でした。


2 子どもたちの様子

まずは全体の話がわかるような寸劇、それから民事調停の説明、そして桃太郎と赤鬼が小倉子ども民事調停に申立を行い、調停をしているという寸劇という形で進めました。

寸劇の中から、双方のいい分からわかったことや対立点を理解してもらうよう、ワークシートに書き込んでもらい解決策をグループで議論してもらいました。最初こそ、子どもたちはとてもおとなしく、なかなか質問も出ませんでしたが、調停条項を考えるときにはするどい質問もたくさん出て子どもたちの発想の柔軟さを感じるとともに、一生懸命考えている姿を見ることができました。

グループ討論では、たとえば一つの案(今後桃太郎と鬼が一緒に住む)を出せば、桃太郎もしくは赤鬼にとってはあまりよくないもの(村人は鬼を怖がっている)なので、さらにそれをカバーするために別の条項(鬼は村人に手を出さないことを約束する、田んぼ仕事を一生懸命手伝って村人に鬼のことを理解してもらう)を考えるなど、悩み工夫している姿が見受けられました。


最後には各グループから発表をしてもらいました。私は採点する役でしたが、どれもよく考えられていて、とても迷いました。最終的には、一番いろいろな考慮要素をクリアできていると思える案を選びました。(鶏とひなを半数ずつわける、鬼は鬼ヶ島で住むが、村人が住んでいる場所から離れている場所で米作りを教えてもらうなど。)


3 感想・今後の課題

対立が生じている裏には双方の言い分があり、解決のためには、双方の言い分を良く聞いて解決案を示すことが大事だということがわかってもらえたかと思います。今回は模擬民事調停ということで、刑事裁判のように厳密なものの見方を教えられたわけではありませんが、今回の模擬民事調停が子どもたちの日常生活に役立つ視点となったのであれば嬉しいかぎりです。

もっとも、子どもたちからたくさんの意見を引き出し、議論を活発にするためにどのように進めていくべきかは今後の課題であり、工夫できるところだと思います。また1つの学校からまとめて参加していたことからすると、ジュニアロースクール自体の宣伝広報活動も考える必要がありそうです。

なお、アンケート結果からすると、おおむね楽しんでくれたようで少しホッとしました。個人的には、普段子どもと話す機会がない私にとっては、とても楽しい時間となりました。

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簡易算定表の研修を受講して

月報記事

両性の平等委員会 会 員 小 倉 知 子(49期)

6月19日養育費等の簡易算定表についての研修が行われました。講師は元久留米大学法科大学院法務研究科特任教授の松嶋道夫先生でした。松嶋先生は、平成24年3月3日日弁連のシンポジウム「子ども中心の婚姻費用・養育費への転換−簡易算定表の仕組みと問題点を検証する−」でパネリストとして参加されておられます。私は、大抵北九州の弁護士会館でライブ中継で受講しているのですが、この日は福岡で他の予定があったので県弁会館で受講することにしました。研修は申込段階でも定員いっぱいとなっており、(私は前の方に座っていて後ろの様子はよく分かりませんでしたが)大盛況であり、この問題に対して会員の関心の高さがうかがえました。

今回の研修は、家庭裁判所において「恒常的」に利用されている『養育費等の簡易算定表』の問題点を学ぶという目的で実施されました。この簡易算定表は判例タイムズ(1111号)に東京・大阪養育費等研究会というグループ(裁判官で構成)が発表したもので、『簡易迅速な養育費等の算定を目指して』という副題が付いています。

この算定表は平成15年に公表され、当時は簡単に養育費や婚姻費用の目安額が分かるということで大変便利なものと思われました。それまでは、相談者や依頼者から「養育費はいくらくらいですか」と質問されても、「父母の収入に応じて決まるので、いくらとは言えません」と応じるしかありませんでした。実際、養育費等を決めるときには、父母双方の収入に加えて、債務状況や教育費などについて調査官によって聴取調査が行われ、その上でどこまで養育費等に反映されるかが判断された上で、養育費等が決定されていました。そのため、相談者等から「だいたいでいいですから、金額を教えて下さい」と言われて非常に困った記憶があります。「自分の経験では、低い金額は子ども1人5,000円というのもあったし、高ければ15万円というのもあったから、収入によって大幅に変わるもので一概にいえない」「ただ基準という訳ではないけれども、調停で決められる金額としては2万から4万が多いように感じます」という程度の曖昧なことしか言えませんでした。しかし、簡易算定表が出てからは、一応「目安ですが」といいながら、表を提示して説明することができるようになり、便利になったものだと思いました。

ところが、だんだん簡易算定表が普及するにつれておかしなことになってきました。単なる目安だったものが「絶対的」な基準と変化し、調停などで算定表の基準とは異なる金額を要求すれば「算定表から外れている」とか「(異なる金額の)根拠を示せ」とか言われるようになってしまったのです。簡易算定表は、あくまでも「簡易迅速」を目的としたもので、「簡易迅速」に決める必要がなければ元に戻って、実態に即した計算をすべきなのです。ところが、次第に裁判所、弁護士が簡易算定表に縛られてしまうようになって本末転倒とも言える状況になってしまったのです。

私は、算定表に拘束されている状況がときに歯痒く、特に養育費が「安すぎる」という印象はあるものの、一体算定表のどこに問題があるのか、という部分はサッパリ分かりませんでした。それが、今回松嶋先生のお話を聞いて、(一部ですが)問題点が分かったように思います。というわけで、いくつか私の印象的な部分をご紹介したいと思います(松嶋先生のレジュメから引用)。

まず、算定表が不合理である典型的な例です。母(年収109万円)、父(年収600万円)が離婚し、母が子ども4人を育てている場合、算定表の計算からすれば、養育費は1人2万9,000円(4人合計11万6,000円)となります。一見養育費としては多いように思えます。ところが、父親は養育費を支払ったとしても、手元に年間460万8,000円残り、これが父一人の生活費となります(もちろん税金も含まれますが)。では母子はどうなるかというと、5人の生活費は248万2,000円(109万円+11万6,000円*12ヶ月)しかならないのです。父親は4人の子どもの生活に責任を負うべき立場にあるのに、一人で5人世帯の1.8倍の収入で暮らせるというのは、誰がどう考えても、不合理ではないでしょうか。

更に、子ども3人を、父(年収600万)が1人、母(年収109万)が2人と、それぞれ引き取って生活することになった場合でも、子ども同士に大きな生活格差が生じることになります。計算の紹介は省きますが、父親世帯の生活費525万3,300円、母子(子ども2人)世帯の生活費は183万4,700円となり、父子2人世帯の生活費は母子3人世帯の3倍ということになり、子ども同士の生活水準に極端な格差が生じます。同じ父母から生まれた子どもなのに、父母どちらと一緒に暮らすかによってこんなに格差が出来ていいのでしょうか。

しかも、これらの計算で重大な欠陥というべきものは、子どもの生活費を確定した上で、父母で負担割合を決めるため、母が一所懸命働いて、多くの収入を得たとしてもその恩恵を子どもは(生活費の増加という意味で)ほとんど受けられず、養育費負担額の減少という恩恵を父親が享受することになるのです。すなわち、子どものために頑張って収入を得ても、子どもの生活水準は変わらず、習い事が出来るなどの余裕には結びつかないのです。これは正当なのでしょうか。収入の増加は、そのまま子どもに還元すべきではないのでしょうか。

では、どうすればいいか。計算方法のどこを変えろというべきなのか。ここが一番弁護士にとって大事なところです。松嶋先生は、養育費制度として、子どもの成長・発達に必要な費用がいくらなのかを計算した上で(養育費の最低保障基準額)、この費用を父母で分担すべきだと言われています。そして、養育費について、養育費立替払制度(公的扶助)を導入すべきだと言われています。子どもの貧困化改善、子どもの生存権保障のためには国が責任を持つことが大事だと強調されておられます。なお、日弁連も20年前に養育費立替払制度を提起しています。そして、簡易算定表を前提とするならば、控除額(現在は60%程度が認められている)を減額させるしか方法はないと言われています。大きな控除が認められることによって、父は自分の生活が安泰(収入の6割は自分で使えるという保障になる)となり、母と生活している子どもは生活保護基準以下の生活を強いられることにもなるからです。

松嶋先生のレジュメには「便利だと利用している算定額には子どもの涙がこもっています」と一文がありました。10年間簡易算定表を批判しつづけてこられた先生の言葉には重みがあります。これからの時代を担う子どもたちの生存権を保障することは、社会の責任であり、弁護士の責務でもあります。今後、安易に算定表の金額を鵜呑みにせず、不合理な点を指摘しつづけていかなければならないとつくづく思いました。

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