福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2025年7月号 月報

手錠腰縄と決議と過去と将来~令和7年度定期総会決議報告

月報記事

手錠腰縄問題PT 副座長 市場 輝(66期)

第1 手錠腰縄に関する総会決議

令和7年5月28日、弁護士会2階大ホールにて令和7年度定期総会が行われ、刑事法廷内の入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議がなされました。

第2 決議内容

この総会決議は裁判官、裁判所及び国に対し、手錠腰縄に関する措置を求めるものです。 「詳細は弁護士会のホームページをご覧ください!!」とは言いません。広く会員等の皆様に知っていただきたく、多数の愛読者がいらっしゃる月報においても決議の趣旨1から2をそのままご紹介いたします。

  1. 裁判官は、被告人等の基本的人権を尊重し、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめ、刑事訴訟法287条1項但書が規定する事由があり、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しないこと。
  2. 国は、刑事訴訟法287条1項本文が規定する刑事法廷内における身体不拘束原則を入退廷時の被告人等に対しても確実に保障するため、同法に287条の2を新たに設けて、入退廷時の被告人等に対しても、身体不拘束原則が及ぶことを明記すること。
  3. 国及び裁判所は、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備(例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室あるいはスペース等の設置)を講じること。
    この総会決議は裁判官、裁判所及び国に宛てられたものですが、弁護士も過去への反省と将来への不断の努力が求められるところです。
第3 過去への反省

この総会決議に至るまでに、決議案に対して2人の会員から意見がなされました。弁護人としての実体験に基づく過去への反省を踏まえた意見です。

【意見1】

『決議案でも述べられている通り、手錠腰縄は人権に関する問題です。
手錠腰縄をされた被告人は、自尊心を深く傷つけられ、惨めな姿を家族や知人にさらすことになります。
私は、手錠腰縄問題に携わるようになって以降、身柄事件の被告人に何度もアンケートをとってきました。
「法廷内で、手錠・腰縄姿を見られた時の気持ちはどうでしたか。」という問いに対し、多くの被告人は「すごく嫌だった。」と回答します。
それ以前の私は、被告人に手錠腰縄姿を見られた気持ちなど聞いたことがありませんでしたし、被告人が自らそのことに言及することもありませんでした。
これは、私にとって手錠腰縄が当たり前の日常風景になっていたこと、そして、そんな私に対しては被告人がありのままの気持ちをさらけ出せなかったことを意味すると思います。
被告人の気持ちに気づかないままに弁護活動を続けていたことを今さらながら反省します。
裁判官に対しても、法廷内で被告人の手錠腰縄姿がさらされないような訴訟指揮を求める申し入れをしてきました。
ほとんどの裁判官は何ら対応することなく、場合によっては、法廷外でも法廷内でも申し入れについて何ら言及されないまま公判を終えることもあります。
他方で、とある裁判官は、被告人を入廷させる前に傍聴人を一旦退廷させ、被告人の手錠腰縄が解錠されてから傍聴人を再度入廷させるという措置をとりました。
当然、それによって公判の進行が妨げられたというようなことはありません。
私は、その裁判官の対応をありがたく思う反面、なぜ他の裁判官は同じことができないのかと憤りを感じます。 被告人の人権保障が裁判官の広範な裁量によって左右されてしまう、これは、日本の刑事司法におけるその他の問題点とも共通するものではないでしょうか。
裁判官は、手錠腰縄をする理由について、暴行や逃亡を防止するためなどと言います。しかし、身柄を拘束された被告人だけにそのようなおそれがあると、誰が、いつ判断したのでしょうか。
勾留に関する判断の中で、法廷で暴行を働いて逃亡するおそれがあるかどうかなど判断されません。にもかかわらず、身体拘束された被告人だけが一律に手錠腰縄という権利侵害を受ける一方で、どんなに屈強な被告人であっても、保釈中の被告人が入廷時に手錠腰縄で拘束される姿は見たことがありません。
身柄事件の被告人にだけ科されるこのような不公平な扱いを、被疑者・被告人を勾留から解放するための活動に並々ならぬ執念で取り組んできた我々弁護士が、見逃していいはずはありません。
手錠腰縄問題には、犯罪を犯した人間だからしょうがない、さらには身柄を拘束されている被告人だからしょうがない、という、およそ法律家の発想とは思われないような考え方が透けて見えます。』

【意見2】

『私は、この決議案に賛成する立場で意見を申し上げます。最近の体験をご紹介します。
無罪を主張している事件の被告人で、前科前歴のない方です。仮にAさんといいます。
起訴前勾留が約1か月、起訴後も第1回公判まで約2か月の間勾留され続けました。Aさんは最初のうち、取調べで潔白を主張して頑張っていましたが、日にちが経つうちに、接見する私に、「とにかく出してほしい。出られるのなら、嘘でも認めてかまわない。」と涙ながらに訴えました。何とか起訴まで否認で耐え続けましたが、身体拘束のまま第1回公判を終えた日の接見で、Aさんは次のように吐露しました。
「もう我慢できません。手錠に加えて腰縄まで付けられた状態で、たくさんの傍聴人がいる法廷に連れ出されたときは、これが市中引き回しなのかと思いました。次の裁判でもこんなみじめな姿で法廷に引っ張り出されるのはとても耐えられません。保釈がきくのなら、嘘でも何でも認めますから、とにかく出してください。」
Aさんは、かろうじて否認のまま保釈され、その後の裁判をたたかっています。しかし、虚偽自白による有罪判決と紙一重でした。
Aさんの弁護を通じて、「人質司法」というのは、単に身体拘束の期間が長期化するというだけではなく、公判廷での手錠・腰縄によって、被告人を文字どおり罪人の姿で法廷に引き出すという究極の屈辱を強いるものであり、両者が表裏一体となって、虚偽自白を生む「人質司法」の重要な要素なのだと、改めて認識しました。
私自身、口では「無罪推定だ、人質司法打破だ、被疑者・被告人の人権尊重だ。」と言いながら、このAさんの思いにどこまで共感できていたのかと問われると、率直に申して、「頭だけ、理屈だけで理解していた。」と告白せざるを得ません。
その意味で、この決議案は、裁判所、裁判官及び国会に向けたものではありますが、一面では、我々刑事弁護を担う弁護士一人ひとりの意識改革を迫るものだと受け止めます。
まさに「自分ごと」であり、現状を打開して、市中引き回しもどきの法廷、お白洲の法廷を改め、私たち自身が日常的な裁判所・裁判官に対する要求活動を含めて、真に憲法と国際人権法に基づく刑事法廷を創る実践をするため、明日からの行動を表明するものだと考えます。』

第4 将来への不断の努力
1 平成5年の最高裁事務総局刑事局の考え

総会決議の理由にもありますが、平成5年当時、最高裁事務総局刑事局は法務省矯正局に対し、傍聴人を退廷させずに戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための一つの方策として、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し、又は施錠させるという運用を一般化することを打診しています。

残念ながら、現在、この運用が定着しているとはいえません。この運用を定着させるには弁護士、弁護人の血の通った活動を続けることが求められていると思います。

2 弁護士、弁護人に求められるもの

当会では令和3年8月に手錠腰縄問題PTを立ち上げ、刑事法廷内の入退廷時に手錠腰縄を使用しないように求める活動を行ってきました。

具体的には、裁判所に対して手錠腰縄を使用しないように求める申入れ及びその結果報告をいただくように会員の皆様に呼び掛けてきました。また、弁護人を通じて手錠腰縄をされた状態で入退廷を余儀なくされた被疑者、被告人の方々に任意にアンケートをお願いしてきました。

PT立ち上げから間もなく4年を迎えることとなります。裁判所への申入れ件数やアンケートの件数は少しずつではありますが、確実に積みあがってきています。

この総会決議がなされる際、会員から「この総会決議で裁判官、裁判所がすぐに対応するとは考えられないので、今後、PTはどのような活動をして行くのか」という質問がされました。

この総会決議がなされたから、手錠腰縄問題を裁判官、裁判所、国に丸投げしていいわけでは当然ありません。前述でご紹介した会員の【意見1】【意見2】のとおり、正に、手錠腰縄が当たり前の日常風景になっていたことを反省し、人質司法と根を同じくするこの問題を「自分ごと」として、手錠腰縄問題を広く周知し、弁護士、弁護人が将来への不断の努力を継続していく必要があります。

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