福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画
2025年6月 5日
最低賃金額の大幅な引上げ及び地域間格差の解消を求める会長声明
声明
福岡県においては、2024年10月、福岡県最低賃金を前年比51円増額の1時間992円とする改定が行われた。しかし、時給992円は、正社員を含むフルタイムの労働者(一般労働者)の1か月の所定内労働時間である148.7時間(「毎月勤労統計調査 令和6年分結果確報」)で計算すると月額14万7510円程度と、未だいわゆるワーキングプアと呼ばれる水準にとどまっている。
一方で原材料価格の高騰や円安状況の継続など様々な社会情勢の影響により、コメ価格の高騰をはじめ食料品・日用品や光熱費など生活関連品の価格が昨年に引き続き上昇傾向にある。厚生労働省の「毎月勤労統計調査令和6年分結果確報」によると、現金給与総額(事業所規模5人以上)での実質賃金指数は前年比0.3%減となり、3年連続での前年比マイナスとなった。このように、物価上昇に労働者の賃金上昇が追いついておらず、名目賃金から物価変動の影響を除いた実質賃金の上昇率はほぼゼロの状態が続いている状況を踏まえると、労働者の生活を守り、経済を活性化させるためには、全ての労働者の実質賃金の上昇を実現する必要があり、そのためには最低賃金額を大幅に引き上げて賃金全体の底上げを図ることが不可欠である。
また、最低賃金額を大幅に引き上げると同時に、最低賃金法第9条以下の地域別最低賃金制度を抜本的に見直し、地域間格差の解消に向けて全国一律最低賃金制度の導入についても検討されるべきである。
中央最低賃金審議会は、2023年度(令和5年度)、地域別のランク制度を4段階から3段階に改定し地域間格差の是正を図ったが、2024年度(令和6年度)の最低賃金は、最も高い東京都で時給1163円であるのに対し、福岡県では時給992円、最も低い秋田県では時給951円であり、地域間における時給格差(最大212円)は今もなお大きい。一方で、地域別の労働者の生計費は、都市部と地方の間でほとんど差がないという調査結果もある。そのため、地方の最低賃金額を大幅に引き上げることは喫緊の課題である。
地域の最低賃金の高低と人口の増減には相関関係があるとされており、最低賃金の地域間格差は、最低賃金が低い地域の人口減ひいては経済停滞の要因の一つともなっている。全国一律最低賃金制度を導入し、地域間格差を解消させることは、地域経済にとってもプラスの影響をもたらしうるものである。
一方で、昨今の人手不足、経営者の高齢化、働き方改革関連法への対応など、現在、中小企業を取り巻く環境は大きな変革期にあり、厳しい状態にあることは否定できない。そのため、日本の経済を支えている中小企業が最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行うことができるよう、国(及び地方自治体)において、十分な支援策を講じることも必要である。例えば、社会保険料の事業主負担部分の免除・軽減、賃上げを実施したすべての中小企業が対象となる利用しやすい助成金制度の創設、人件費及び原材料費等の価格上昇を取引価格に適切に反映させることを可能にするような公正取引規制の徹底などの支援策が考えられる。
政府は2024年11月22日の閣議決定で「2020年代に全国平均1500円という高い目標の達成に向け、たゆまぬ努力を継続する」としている。2029年中に現在全国加重平均1055円の最低賃金を1500円に引き上げるためには、本年を含め毎年89円の引上げが必要であり、この目標達成のためにも、充実した中小企業支援策が直ちに検討されなければならない。
当会は、引き続き、本年度、中央最低賃金審議会が、厚生労働大臣に対し、地域間格差を縮小しながら全国すべての地域において最低賃金の引上げを答申すべきこと、また、福岡地方最低賃金審議会が、福岡労働局長に対し福岡県最低賃金の大幅な引上げを答申すべきことを強く求めるとともに、国に対し、中小企業への十分な支援策を求める。
2025年(令和7年) 6月4日
福岡県弁護士会
会長 上田 英友
2025年5月29日
刑事法廷内の入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議
決議
【決議の趣旨】
当会は、裁判官、裁判所及び国に対し、刑事公判廷の入退廷時における被告人等の基本的人権を保障するため、以下の措置を早急に講じることを求める。
1 裁判官は、被告人等の基本的人権を尊重し、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめ、刑事訴訟法287条1項但書が規定する事由があり、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しないこと。
2 国は、刑事訴訟法287条1項本文が規定する刑事法廷内における身体不拘束原則を入退廷時の被告人等に対しても確実に保障するため、同法に287条の2を新たに設けて、入退廷時の被告人等に対しても、身体不拘束原則が及ぶことを明記すること。
3 国及び裁判所は、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備(例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室あるいはスペース等の設置)を講じること。
2025(令和7)年5月28日
福岡県弁護士会
【決議の理由】
第1 刑事法廷内における手錠・腰縄使用の現状
1 現状
現在、勾留された被疑者・被告人(以下「被告人等」という。)は、審理中は手錠・腰縄を外された状態であるが、手錠・腰縄をされたままの状態で刑事法廷内に入廷させられ、審理終了後は手錠・腰縄をされたままの状態での退廷を余儀なくされている。つまり、被告人等は審理前後の時間帯は、手錠・腰縄をされたままの状態で刑事法廷内にいなければならず、その姿を裁判当事者や傍聴人など周囲に晒されることになる。
裁判員裁判の場合、2009(平成21)年法務省通知で、少なくとも裁判員は、被告人の手錠・腰縄姿を目にしないための配慮がなされているが、傍聴人や検察官などからは手錠・腰縄姿が見られることについては何らの配慮もなされておらず、手錠・腰縄をされた状態で入退廷することは通常裁判と同様である。
2 日本の刑事司法の根本的問題
被告人等に対する手錠・腰縄使用は身体拘束の一つであり、身体拘束は公権力による人身の自由に対する究極の侵害であるにもかかわらず、日本の刑事司法では、身体拘束が極めて安易に許容され、過剰かつ長期の身体拘束が実務上常態化しており、被告人等の人身の自由に対する過剰な人権侵害状況が、刑事法廷内の入退廷時にも表れている。
安易な身体拘束、身体拘束の長期化及び「人質司法」の抜本的解決は、刑事法廷内の入退廷時の手錠・腰縄問題解決のためにも極めて重要な課題である(当会2024(令和6)年5月24日付け「刑事身体拘束手続に関する裁判所の運用改善を求める決議」参照)。
第2 当会の活動
このような状況を踏まえて、当会では、2020(令和2)年10月、手錠・腰縄問題に関する学習会を開催した後、2021(令和3)年8月、手錠・腰縄問題PTを立ち上げ、刑事法廷内の入廷時に手錠・腰縄を使用しないように求める活動を始めた。
2021(令和3)年11月に行われた法曹三者による「第一審強化方策福岡地方協議会刑事部会」では、当会提案で手錠・腰縄問題を議題に挙げたが、裁判所からは個別事案において法廷警察権を行使する裁判長(裁判官)が判断する事項であるなど、形式的な回答しかなされなかった。
また、当PTは当会会員(刑事弁護人)から裁判所への手錠・腰縄不使用申入れを行うように呼び掛けており、2021(令和3)年10月から2025(令和7)年3月までの3年6か月間に当会会員から裁判所に申し入れた件数は合計62件であったが、そのうち、刑事法廷外で手錠・腰縄を外した事案はなく、僅か4件(約6.5%)で被告人の入廷後に傍聴人を入れる「時間差方式」による配慮が行われたのみであった。
第3 憲法・国際人権法等違反
1 憲法・自由権規約違反
⑴ 個人の尊厳及び人格権侵害
まず、被告人等は、個人として尊重され(憲法13条)、品位を傷つける取扱いを受けず(自由権規約7条、拷問等禁止条約16条1項)、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して取り扱われなければならないが(自由権規約10条1項)、手錠・腰縄のまま入退廷させることは、被告人等の自尊心を傷つけ、屈辱感、羞恥心、無力感等を与え、肉体的にも精神的にも服従を強いることとなり、個人の尊厳を侵害し、品位を傷つける取扱いである。
⑵ 無罪推定の権利侵害
被告人等は、有罪判決を受けるまで無罪として取り扱われる無罪推定の権利が保障され(憲法31条、自由権規約10条2項(a)、同14条2項)、自由権規約委員会の一般的意見32(自由権規約14条の解釈指針)は、「被告人は通常、審理の間に手錠をされたり檻に入れられたり、それ以外にも、危険な犯罪者であることを示唆するかたちで出廷させられたりしてはならない。」と指摘しているが、手錠・腰縄のまま入退廷させることは、被告人等を罪人であるかのように取り扱っているような外観を生じさせるため、無罪推定の権利を侵害する。
⑶ 防御権等侵害
被告人等は、刑事裁判の一方当事者として防御権が保障され、検察官と対等な立場で裁判に臨む権利を有しており(憲法31条以下)、全ての者は裁判所の前で平等であるが(自由権規約14条1項)、手錠・腰縄のまま入退廷させることは、訴訟活動を萎縮させ、防御権を充分に行使し得なくなるおそれがあり、対等当事者としての地位が脅かされるため、被告人等の防御権、対等当事者として裁判に臨む権利を侵害する。
2 国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)違反
国連被拘禁者処遇最低基準規則(マンデラ・ルール)48条1項は、「より制限的でない制御形態では効果がない場合にのみ」、「必要かつ合理的に利用可能な最も侵襲性の低い形態」の拘束具のみが、「必要な時間のみに用いられ、かつ、...危険がもはや存在しなくなった後にはできる限り速やかに取り外され」なければならないとの条件の下、使用が認められるが、日本の刑事法廷内における手錠・腰縄使用は、同規則の厳格な拘束具の使用基準に違反している。
3 海外の事例
⑴ 大韓民国(韓国)
韓国では、刑事法廷横に待機室が設置され、待機室で手錠を着脱することになっているため、被告人は手錠・腰縄をしない状態で公判廷に入退廷することができ、公判廷での身体不拘束原則が徹底されている。
2024(令和6)年、日本弁護士連合会が大韓弁護士協会に待機室の設置状況について照会したところ、大韓弁護士協会を通じて「法院行政処」(日本の最高裁事務総局に相当)から、ほとんどの刑事法廷には被告人待機室が設置されており、待機室が設置されていない法廷は、刑事本案事件以外の令状実質審査、即決審判などを担当する法廷又は外部見学などの体験法廷等に使用されているとの回答がなされている。
⑵ 欧州連合(EU)
EUでは、無罪推定を受ける権利等に関する指令(2016年)において、「法廷または公衆の面前において、身体拘束具を使用することによって、被疑者・被告人が有罪であるものとして露見されないようにするために適当な措置をとる」こと(5条1項)、「手錠、ガラスの覆い、檻および足枷などのような身体拘束具によって、法廷または公共の場において、被疑者・被告人が有罪であるとの印象を与えることを慎むべきである」(前文20項)と明記している(北村泰三「被告人を入退廷時に手錠・腰縄で拘束する措置は人権侵害か?」世界人権問題研究センター「研究紀要」23号(2018年)32頁)。
⑶ 米国
米国連邦最高裁判決(2005年5月23日)は、有罪・無罪の評決(guilt phase)後の量刑審理(penalty phase)に被告人が出廷する際、足鎖・手錠・胴鎖で拘束されていた事案(デック対ミズーリ事件)について、「法廷の公的尊厳(courtroom's formal dignity)とは、被告人を尊重して扱うこと(respectful treatment of defendants)を含むものであり」、「法廷における拘束具の使用は、裁判官が支持する司法手続の厳守性と慎みを損なうものである」と言及し(北村・前掲11~12頁)、個別の事案毎に逃亡のおそれや法廷内の安全確保等の事情を考慮せずに、被告人に人から見えるような拘束具を付けたまま出廷させることは、合衆国連邦憲法修正第5条及び修正第14条等(法の適正手続)に違反していると判示している(北村・前掲9頁)。
⑷ 英国
英国では、一般的に被告人は法廷に入廷する際も手錠などの拘束具は外されており、逃亡または暴力を振るうおそれのある場合に限って手錠で拘束されることも認められるが、手錠を使用する合理的な根拠を証明する責任は、訴追側にあるとされている(北村・前掲7頁)。
⑸ 小括
このように上記諸外国などでは刑事法廷内で被告人等に手錠・腰縄が使用がされないか、少なくとも一定の制限があるのに対して、日本では漫然と一律に手錠・腰縄を使用している実態であり、国際的な観点から見ても、被告人等に対する人権保障が大きく立ち後れている。
第4 法令・通知
1 刑事訴訟法
刑事訴訟法287条1項は「公判廷においては、被告人の身体を拘束してはならない。」という身体不拘束原則を規定しているが、裁判実務上、「公判廷」とは「審理の開始から終了まで」と限定解釈されているため、漫然と一律に入退廷時に手錠・腰縄が使用されている(昭和32年5月7日法務省矯正局長通達でも、裁判実務に沿って、手錠は開廷時に解錠し、閉廷時に施錠することが定められている。)。
2 平成5年法務省矯正局長通知
⑴ 平成5年法務省矯正局長通知の内容・経緯
他方、平成5年7月19日付け法務省矯正局長通知「刑事法廷における捕縄及び手錠の使用について」(以下「平成5年通知」という。)では、最高裁判所事務総局刑事局と法務省矯正局が協議した結果として、今後、特に戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせることは避けるべきであるという事情が認められる場合には、被告人を傍聴人より先に入廷させ、被告人を傍聴人より後に退廷させて、傍聴人のいない所で解錠・施錠することを原則とし、これによることができない特段の事情がある場合には、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し又は施錠させるという方法その他適切な方法を執ることとされた。
しかし、平成5年通知別添記載の最高裁判所と法務省との協議経過によれば、当初、最高裁事務総局刑事局は、法務省矯正局に対し、「傍聴人を退廷させずに戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための一つの方策として、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し、又は施錠させるという運用を一般化すること」を打診していたのである。
このように、入退廷時に手錠・腰縄を使用するという従来の運用を廃止し、法廷外で手錠・腰縄を解錠・施錠することを一般化するという運用に変更しようとした最高裁判所事務総局刑事局の当初の考え方こそ、被告人等の個人の尊厳・人格権、無罪推定の権利、防御権等を保障する憲法・国際人権法に適うものであり、高く評価される。
⑵ 平成5年通知の意義と限界
平成5年通知は、開廷時の解錠・閉廷時の施錠の原則を維持しつつも、入退廷時に手錠・腰縄を使用している現状に一定の例外を設けたことには大きな意義がある。
しかし、原則として入退廷時の手錠・腰縄状態が前提とされており、「特に戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせることは避けるべきであるという事情」という判断基準も不明確であり、実際、平成5年通知によって法廷出入口の外で手錠・腰縄が外された事例はほぼ皆無であるから、同通知はほとんど全く機能していない。
そこで、最高裁判所事務総局刑事局が、当初、法廷外で手錠の解錠・施錠を行うよう打診していたという歴史的経緯を再認識した上で、「公判廷」(刑事訴訟法287条1項)を物理的な法廷の場と解釈して、入退廷時にも身柄不拘束原則を適用するという運用にしなければならない。
第5 手錠・腰縄国賠訴訟判決
入退廷時の手錠・腰縄使用の違憲性を訴える国賠訴訟が複数提起されてきたが(大阪地裁、京都地裁・大阪高裁、広島地裁・広島高裁・最高裁)、いずれも国賠法上の違法は認められず、全ての原告が敗訴している。
しかし、その中でも、2019(平成31)年5月27日大阪地裁判決(判例タイムズ1486号230頁)は、入退廷時の手錠・腰縄使用に関する人権侵害性及び運用改善に言及している。
すなわち、「現在の社会一般の受け取り方を基準とした場合、手錠等を施された被告人の姿は、罪人、有罪であるとの印象を与えるおそれがないとはいえない」「手錠等を施されること自体、通常人の感覚として極めて不名誉なものと感じることは、十分に理解される」「手錠等についての社会一般の受け取り方を基準とした場合、手錠等を施された姿を公衆の前にさらされた者は、自尊心を著しく傷つけられ、耐え難い屈辱感と精神的苦痛を受けることになることも想像に難くない」「確定判決を経ていない被告人は無罪の推定を受ける地位にあること」などに鑑み、「個人の尊厳と人格価値の尊重を宣言し、個人の容貌等に関する人格的利益を保障している憲法13条の趣旨に照らし、身体拘束を受けている被告人は」「手錠等を施された姿をみだりに公衆にさらされないとの正当な利益ないし期待を有しており、かかる利益ないし期待についても人格的利益として法的な保護に値するものと解することが相当である。」と判示した。
そのうえで、運用の在り方について、「公判期日が開かれる法廷への入退廷に際して、手錠等を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための具体的な方法について検討すると、現在の我が国の裁判所における法廷施設の状況を前提とするならば、①法廷の被告人出入口の扉のすぐ外で手錠等の着脱を行うこととし、手錠等を施さない状態で被告人を入退廷させる方法、②法廷内において被告人出入口の扉付近に衝立等による遮へい措置を行い、その中で手錠等の着脱を行う方法、③法廷内で手錠等を解いた後に傍聴人を入廷させ、傍聴人を退廷させた後に手錠等を施す方法が考えられる。」と判示した。
このように大阪地裁判決は、一律に手錠・腰縄を使用する現状の運用を改善する上で、重要な意義を有している。
第6 適切な法廷警察権の行使
前述したように、入退廷時の手錠・腰縄使用は被告人等の基本的人権を侵害するから、入退廷時の被告人等にも刑事訴訟法287条1項(身体不拘束原則)の保障が及ぶと考えるべきである。
そもそも、刑事裁判に臨むために被告人等は裁判所に出頭し、公判で訴訟活動をする予定である以上、一般的に暴行や逃亡のおそれが高いとは言えないから、漫然と一律に手錠・腰縄を使用する必要性はない。
もし暴行・逃亡の緊急事態が生じた場合は、刑事施設職員(刑務官)のみならず、裁判所が配置する看守者(同287条2項)によっても対処可能であるし、裁判長が法廷警察権を行使して在廷命令その他相当な処分(身体拘束を含む)により対処可能である(同288条2項)。
この点、例外的に身体拘束が許容される「暴力を振い又は逃亡を企てた場合」(同287条1項但書)とは、現実に暴行行為に及びまたは逃亡行為を実行に着手した時点と解釈されるべきであり、かつ、身体拘束の比例原則やマンデラ・ルール(48条1項)に鑑みると、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しないようにしなければならない。
裁判官は憲法尊重擁護義務(憲法99条)を負っている以上、被告人等の基本的人権を尊重するため、適切に法廷警察権を行使して、原則として入退廷時の手錠・腰縄を使用することを止めるべきである。
第7 立法・制度整備の必要性
そもそも、刑事被収容者処遇法成立時(2006(平成18)年6月)の附帯決議では「拘禁されている被告人が法廷に出廷する際には、逃走等の防止に配慮しつつ、...捕縄・手錠を使用しないことについて検討すること」(参議院附帯決議第十一項)が明記されていた。
被告人等に対して手錠・腰縄を使用しないよう弁護人が申入れをしても、ほとんどの裁判官は何らの措置もしない状況であるため、裁判官による被告人等の人権保障を基本に据えた適切な法廷警察権の行使は期待できない状況である。
裁判官が、広範な裁量権を理由に被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用する運用を続け、被告人等に対する人権侵害をなくすことに全く努力も配慮もしない以上、かかる人権侵害状況を抜本的に解決するためには、立法でもって新たに明文を設けなければならない。
具体的には、現在の刑事訴訟法287条1項と同様、入退廷時における身体不拘束原則を明記した規定として、「被告人の入退廷時においても前条の例による。」(287条の2)を新設すべきである。
また、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備として、例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室やスペース等の設置がなされるべきである。
他方で、入退廷時の被告人等に手錠・腰縄を使用しない場合、暴行・逃亡の懸念が指摘されるところであるが、暴行・逃亡防止については物的・人的整備を講じることで対処が可能であるから、暴行・逃亡の懸念を理由に入退廷時の被告人等に手錠・腰縄を使用する運用を続けることは、到底許されない。
第8 結語
刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対する手錠・腰縄の使用は、法曹三者が日常的に目にしながらも、その人権侵害性を見過ごしてきたと言わざるを得ず、手錠・腰縄問題は早急に改善されなければならない。
よって、刑事公判廷の入退廷時における被告人等の基本的人権を保障するため、決議の趣旨で述べたとおり、裁判官に対しては、原則として入退廷時に手錠・腰縄の使用をやめること、国に対しては、入退廷時にも身体不拘束原則が及ぶことを明記した規定を刑事訴訟法改正により追加すること、国及び裁判所に対しては、入退廷時の被告人等に手錠・腰縄を使用しないための施設整備を求める。
また、当会は、本決議をもって、早急に手錠・腰縄問題を解決するべく、手錠・腰縄使用の人権侵害性を広く知らしめるとともに、裁判所への申入活動の活性化など様々な取り組みを積極的に推進していき、被告人等の基本的人権の擁護に努めることをここに決意する次第である。
以上
外国にルーツを持つ人々に対する人権保障の強化及び多民族・多文化が共生する社会の確立に取り組む宣言
宣言
【宣言の趣旨】
当会は、外国にルーツを持つ人々に対する人権保障をより一層強化し、多民族・多文化が共生する社会を確立するため、以下のとおり、取り組むことを宣言する。
1 ヘイトスピーチ及びヘイトクライム根絶のため、福岡県及び福岡県内の地方自治体に対し、ヘイトスピーチ及びヘイトクライムの被害実態の把握を求めていくとともに、実効的な対策として、ヘイトスピーチを明確に禁止し、これを規制する条例の制定を働きかけていくこと
2 外国にルーツを持つ子どもが、その言語、宗教、文化的伝統、アイデンティティを保持するための教育を受ける権利を享受することができるよう、これを妨げている、国または地方自治体の差別的な制度を廃止するため、より一層取り組むこと
3 司法の分野における調停委員、司法委員、参与委員に外国籍者を任命しないという、法令に根拠のない運用を改めさせるため、最高裁判所及び福岡県内の裁判所に対し、積極的に働きかけていくこと
2025年(令和7年)5月28日
福岡県弁護士会
【宣言の理由】
第1 外国にルーツを持つ人々の人権と多民族・多文化が共生する社会の確立の必要性
1 外国にルーツを持つ人々の状況
(1) 日本全国における状況
日本においては、外国人留学生や技能実習生、特定技能等の就労外国人の増加により、2024年(令和6年)末の在留外国人数は、過去最高の約377万人に達し、2023年(令和5年)末から約36万人の増加となった。厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は、2070年に日本の総人口は8700万人まで減り、そのうち1割は外国人が占めると推計しており、外国人は年間16万5000人ほど増える想定を示していたが、実際はその2倍以上のペースで急増している。在留カード及び特別永住者証明書上に表記された国籍・地域の数は195(無国籍を除く。)に達する。
また、出生後に日本国籍を取得した人や外国籍の親から生まれ日本国籍を有する人等も日本で生活している。今や日本は、様々な形で外国にルーツを持つ人々が多く暮らす社会となっている。
(2) 福岡県内における状況
このような日本全国の傾向は福岡県内においても顕著であり、2024年(令和6年)6月末時点で、福岡県の在留外国人数は過去最高の約10万5000人に達する。
その在留資格別の内訳としては、2023年(令和5年)12月末時点での統計で、留学が約20%、永住者が約16%、技能実習が約15%、特別永住者が約10%の上位を占め、特定技能も約8%を占めている。
2 外国にルーツを持つ人々の権利擁護に関するこれまでの当会の取り組み
当会では、外国にルーツを持つ人々の司法アクセス改善のため、1991年(平成3年)4月から、財団法人福岡国際交流協会(現公益財団法人福岡よかトピア国際交流財団)が実施する外国人無料法律相談に弁護士を派遣し、2000年(平成12年)3月からは、独自に外国人無料法律相談を開始するなど、外国にルーツを持つ人々の権利擁護に継続的に取り組んできた。
近時も、特定技能の在留資格を導入した出入国管理及び難民認定法の改正に伴って、2019年(令和1年)7月、福岡県がワンストップセンターとしての「福岡県外国人相談センター(MAIC)」を開所したのに伴い、当会も、2021年(令和3年)7月30日、同センターを運営する公益財団法人福岡県国際交流センターと協定を締結して、弁護士の派遣を始めた。
2019年(令和1年)10月からは、福岡県からの委託を受けて、「ふくおか人権ホットライン」を開始し、この電話相談では、外国にルーツを持つ人々が受けた誹謗中傷や差別的取り扱いに関する相談も受け付けている。
また、2024年(令和6年)10月17日、福岡市中央区天神のアクロス福岡に、県内で暮らす外国人向けのワンストップ相談窓口「FUKUOKA IS OPENセンター」が開所された際にも、専門機関として他団体と連携して参画している。
さらに、当会では、後述するとおり、国による外国にルーツを持つ人々を差別する施策や社会内での差別に対しても、会長声明等を発するなどして、その是正を求めてきた。
特に、先駆的な取り組みとしては、2000年度(平成12年度)に、福岡県内の市町村の職員採用試験における国籍条項撤廃のため、当会会員が、当時、既に国籍条項を撤廃している10自治体を除く福岡全県88の自治体を直接訪問し、撤廃を求める要望書を渡し、その理解を求める活動を展開した。
加えて、2016年(平成28年)5月に成立した「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(以下、「ヘイトスピーチ解消法」という。)の施行後もヘイトスピーチの実態に改善が見られないこと、当会として本問題への取り組みが不十分であったとの反省を踏まえ、2022年(令和4年)5月27日、「ヘイトスピーチのない社会の実現のために行動する宣言」を発出している(以下、「2022年宣言」という。)。
3 更なる取り組みの必要性
しかしながら、出入国在留管理庁が実施している「在留外国人に対する基礎調査」によると、未だ日常生活の多くの場面で外国にルーツを持つ人々が深刻な差別に直面している実態が浮き彫りとなっている。
すなわち、2024年(令和6年)度調査によれば、差別を受けた場面は2021年(令和3年)度から上位3項目は変わらず、「家を探すとき」(17.4%)、「仕事をしているとき」(14.2%)、「仕事を探すとき」(12.4%)であった。また、差別を受けた相手については、2022年度(令和4年度)から上位3項目は変わらず、「見知らぬ人」(43.6%)、「職場関係者」(31.4%)、「住宅不動産関係者」(25.1%)が占めている。
さらに、ヘイトスピーチを受けたことがあると回答した割合は12.7%、受けたことはないが見聞きしたことがあると回答した割合は31.6%にのぼる。ヘイトスピーチを受けたり見聞きした場所としては、「インターネット」(65.5%)、「街宣活動」(19.0%)、「デモ」(18.7%)が多い。
人口減少が進む日本において、外国にルーツを持つ人々は年々増しており、アジアの玄関口を標榜する福岡市を抱える福岡県においても、外国人の受け入れの拡大を進める上で、憲法、国際人権基準に沿った人権保障を強化し、多民族・多文化が共生する社会を構築することの重要性はより一層高まっているといえる。
第2 ヘイトスピーチ及びヘイトクライム根絶のための取り組みについて
1 2022年宣言後の活動状況について
当会は、前述の2022年宣言を受け、同年10月5日、関連する人権擁護委員会、国際委員会、憲法委員会、法教育委員会の4委員会の委員及び会員から組織する「ヘイトスピーチ問題対策ワーキンググループ」を設置し、同年12月から、同ワーキンググループの活動を開始した。
現在までの間に、①「福岡県ヘイトスピーチ対策連絡会議」の構成団体である福岡法務局、福岡県、福岡市、北九州市との意見交換、②学校法人福岡朝鮮学園が設置・運営する北九州市八幡西区折尾の九州朝鮮幼初中高級学校、福岡市東区和白の福岡朝鮮幼初級学校への訪問、③駐福岡大韓民国総領事館の訪問、④福岡県内の60のすべての地方自治体に対する文書照会などの方法により、福岡県内のヘイトスピーチ等の被害の実態や実効的な対策のあり方についての調査等を進めている。
また、2024年(令和6年)6月13日には、ヘイトスピーチ被害の救済活動で先駆的な実績を有する神原元弁護士を講師に招いて、会員向けの研修会「研修 ヘイトスピーチ被害救済の実務」を開催し、被害救済の実務に関する理解を深める機会を設けた。
さらに、同年12月14日には、ノンフィクション作家の加藤直樹氏を招いて「市民とともに考える憲法講座 第十四弾『101年前、いま、みらい~朝鮮人虐殺からヘイト問題を考える』」を開催した。
2 福岡県内のヘイトスピーチ被害の状況
とりわけ、当会の現在までの福岡県内の実態調査を通じては、ヘイトスピーチ解消法の施行後も、以下のとおり、ヘイトスピーチに該当する被害の実例が存在することが明らかになった。
例えば、朝鮮学校では、2022年(令和4年)5月24日、同年6月6日には、「在日朝鮮人は日本から出て行け!!」、「韓国は世界中に迷惑をかけています。消えろ」、「竹島返せ!!」という文言が記載された張り紙が学校入口の坂道付近に貼られるという事件が発生している。
また、篠栗町の城戸南蔵院前駅では、2020年2月15日、駅ホームのゴミ箱上に設置された案内板に、「チョンは死ね」という落書きがあったことが発見されたという事案もあった。
さらに、駐福岡大韓民国総領事館によると、領事館前でのデモ・街頭宣伝(ただし、一人によるものを除く。)は、ヘイトスピーチ解消法の施行前である2012年(平成24年)4月から2015年(平成27年)9月まで(42か月)の期間(2022年宣言で引用した「平成27年度法務省委託調査研究事業によるヘイトスピーチに関する実態調査報告書」による調査期間)が15件であったのに対し、同年11月から2021年(令和3年)7月まで(69か月)の期間が64件、同年8月から2023年(令和5年)12月まで(30か月)の期間が23件確認されている。主な発言内容には、「国に帰れ」、「さっさと出て行け」、「日本は韓国と断交せよ」、「反日韓国は竹島を返還せよ」、「日本政府は韓国人を追い出せ」、「朝鮮人」、「ゴキブリ」等の、著しく差別的・排外的な言葉が含まれている。領事館では、デモ・街宣活動について、情報が事前に把握できた場合、ウェブサイトに案内を掲載して、日本を訪れる人に対して注意喚起をしているところ、2015年(平成27年)から2023年(令和5年)までの掲示件数は144件にものぼっている。
加えて、法務省も、「ヘイトスピーチ解消法施行7年」との特設サイトにおいて、「近時、ヘイトスピーチは、街頭デモなどの示威行動からインターネットにその舞台を移しつつあり、インターネットを含めると依然として多くのヘイトスピーチが行われています。」とするとおり、ヘイトスピーチ解消法の施行後も、SNS等のソーシャルメディアを通じたヘイトスピーチは後を絶たず、当会の実態調査においても、福岡県内で発生した犯罪に乗じたSNS上でのヘイトスピーチも確認されている。
3 ヘイトスピーチを明確に禁止し、これを規制する条例制定の必要性
当会の現在までの調査等を通じても、ヘイトスピーチ解消法の施行後もなお、福岡県内においてヘイトスピーチの被害が継続して発生している実態が明らかになった。
それにもかかわらず、前述の福岡県内の地方自治体に対する文書照会(回答数は60自治体のうち46自治体)によれば、何らかの形でヘイトスピーチの状況把握を行っている自治体は11自治体で、これを行っていない自治体が28自治体を占めており、福岡県内のヘイトスピーチの被害実態を把握する体制自体が採られていないことが浮き彫りとなっている。
また、ヘイトスピーチ解消に向けた取り組みについても、これを行っている各自治体の施策としてはもっぱら啓発活動にとどまっている。
さらに、ヘイトスピーチを規制するための条例制定については、これに積極的な自治体は11自治体にとどまっており、これに消極的な自治体が32自治体と過半数を占める状況となっている。
他方、全国的には、ヘイトスピーチ解消法の施行から9年が経過し、ヘイトスピーチの拡散防止措置を定め若しくはヘイトスピーチの禁止を明記する条例又は本邦外出身者や外国人に対する不当な差別の解消や禁止を定めている条例を定める自治体としては、2022年宣言以降、新たに、沖縄県(2023年)、東京都渋谷区(2024年)、相模原市(2024年)、群馬県太田市(2024年)が加わり、13箇所を数える。必ずしもその自治体の規模の大小や特定の地域に偏ることなく条例制定を行う自治体が徐々に増加しているところであって、当会の調査に対し、福岡県による条例制定を希望する自治体もあった。
ヘイトスピーチ規制については、罰することよりも、教育的意味、つまり、ヘイトスピーチが行ってはいけないことであることを知らせ、予防することが主目的としており、人種差別撤廃委員会の一般的勧告35(2013)においても「人種主義的ヘイトスピーチは、人権原則の核心である人間の尊厳と平等を否定し、個人や特定の集団の社会的評価を貶めるべく、他者に向けられる形態のスピーチとして、国際社会が非難しているのだということを強調する機能」(para.10)として紹介されているところであって、この点は重要であるといえる。
そして、ヘイトスピーチ解消法が理念法に留まり、ヘイトスピーチの禁止規定すらないことからすれば、条例において、これを明確に禁止することが必要であり、さらには、過料などの罰則や氏名公表制度など、その禁止を実効的に実現する規制についても、その基準や手続保障等について配慮しつつ、検討されなければならない。
そこで、当会においても、福岡県及び福岡県内の自治体に対し、改めてヘイトスピーチ及びヘイトクライムの被害実態の把握を求めていくとともに、実効的な対策として、ヘイトスピーチを明確に禁止し、これを規制する条例の制定を働きかけていくことが必要であるといえる。
具体的には、条例制定を求める要請活動、地方議会議員を対象とした学習会や意見交換会などの企画・実施、条例制定の機運を高めるための市民向けシンポジウム等の開催などに取り組む。
第3 外国にルーツを持つ子どもに対する差別の是正に向けた取り組みについて
1 憲法、子どもの権利条約、自由権規約等の国際人権諸条約の諸権利
憲法は、人が自己の人格を形成、実現するために必要な学習をする固有の権利である学習権を保障するとともに、教育を受ける権利における法の下の平等を定めている(憲法第13条、第14条、第26条1項)。
また、社会権規約第13条は、すべての人に教育を受ける権利を保障し、初等教育を無償かつ義務的なものと規定している。中等、高等教育においても機会の均等を保障し、すべての人がアクセス可能であることを求めている。さらに、保護者には、自らの信条に従って、子どものために公立・私立学校(外国人学校を含む。)を選択する自由を保障している。
この教育を受ける権利は、差別なく平等に保障されなければならず(社会権規約第2条2項、自由権規約第26条、子どもの権利条約第2条、第28条1項)、民族的・言語的・宗教的少数者に対しては、その言語、宗教、文化的伝統、アイデンティティを保持し、それに基づく教育を行い、あるいはそのような教育を受ける権利が保障されている(自由権規約第27条、子どもの権利条約第29条1項)。
2 外国人学校やその幼児教育・保育施設に対する差別とその是正の必要性
上記の憲法、国際人権諸条約における諸権利にもかかわらず、日本における外国にルーツを持つ子どもの学習権、教育を受ける権利の保障は十分でない。
国は、外国人学校やその幼児教育・保育施設が、外国にルーツを持つ子どもの教育に重要な役割を果たしているにもかかわらず、学校教育法1条に定める「学校」(いわゆる「一条校」)に該当しない、各種学校においては幼児教育を含む個別の教育内容に関する基準がなく、多種多様な教育を行っている、などの理由で、国庫助成や給付金等の対象から排除するなどしている。
とりわけ、朝鮮学校については、朝鮮民主主義人民共和国による弾道ミサイル発射という時の情勢を契機として、いわゆる高校無償化制度から全国の朝鮮高級学校だけがその対象から除外されただけでなく、国が地方自治体に対し、補助金支出停止を促したこともあった(2016年(平成28年)3月29日文部科学大臣「朝鮮学校に係る補助金交付に関する留意点について(通知)」)。こうした国の動きを受けて、地方自治体においても、朝鮮学校への助成や給付金等の停止や削減が進んだ。
この点については、国連の子どもの権利委員会も、2019年(平成31年)3月に出した総括所見において「日本人以外の出自の子ども(コリアンなど)・・・に対して現実に行なわれている差別を減少させかつ防止するための措置(意識啓発プログラム、キャンペーンおよび人権教育を含む)を強化すること。」(para.18)を促しているところである。
このような国または地方自治体による外国人学校やその幼児教育・保育施設に対する差別が繰り返される現状は、教育を受ける権利の保障の観点から改められなければならないが、ヘイトスピーチとの関係でも、これを温存・助長しかねないものであって、ヘイトスピーチ規制の強化を図るにあたっても、その前提として改められなければならない。
3 外国にルーツを持つ子どもに向けられた差別に対する当会における取り組みの必要性
国または地方自治体による外国にルーツを持つ子どもに対する差別に対して、当会は、これまで、2010年(平成22年)3月25日、「平等な高校無償化制度の実施を求める会長声明」を、2016年(平成28年)5月13日、「朝鮮学校に対する補助金停止に反対する会長声明」を、2020年(令和2年)7月2日、「外国人学校の幼児教育・保育施設を幼保無償化の対象とすること等を求める会長声明」を、2020(令和2)年12月9日「学生支援緊急給付金に関し困窮学生への平等な給付を求める会長声明」を、2022年(令和4年)4月27日、「外国人留学生や朝鮮大学校に通う困窮学生に対する学生支援緊急給付金の平等な給付を再度求める会長声明」をそれぞれ発出し、その是正を繰り返し求めてきた。
しかしながら、国または地方自治体による差別は繰り返されており、上記のとおり、教育を受ける権利の侵害であって、また、このような動きが外国にルーツを持つ子どもに対するヘイトスピーチを温存・助長しかねない。
そこで、当会としては、外国にルーツを持つ子ども、とりわけ特別永住者の子孫である在日韓国・朝鮮人、朝鮮半島にルーツを持つ子どもが、その言語、宗教、文化的伝統、アイデンティティを保持するための教育を受ける権利を享受することを妨げている、これらの差別の是正に向けて、より一層取り組みを強化していく必要がある。
具体的には、引き続き国や地方自治体に対し、外国人学校やその幼児教育・保育施設への平等な制度の適用や財政的支援を求めるとともに、在日韓国・朝鮮人に対する歴史的な偏見や差別の歴史について、学習会開催などを通じた啓発活動にも取り組む。
第4 司法の分野における差別解消の取り組みについて
1 外国籍の調停委員等の就任拒否の問題
司法の分野においても、国が外国にルーツを持つ人々に対する差別を合理的理由なく継続している現状が未だ存在する。
すなわち、最高裁判所は、調停委員、司法委員及び参与員の採用に当たり、規則上は国籍要件がなく、その他の要件をすべて満たしているにもかかわらず、外国籍者の就任を一律に拒否している。
家事事件手続法にも民事調停委員及び家事調停委員規則にも、調停委員の資格要件や欠格事由として日本国籍の有無に関する規定はなく、法令上、調停委員に関する国籍要件は存しない。
そのため、「弁護士となる資格を有する者、民事若しくは家事の紛争の解決に有用な専門的知識経験を有する者又は社会生活の上で豊富な知識経験を有する者で、人格識見の高い年齢四十年以上七十年未満の者」(民事調停委員及び家事調停委員規則1条)であれば、国籍にかかわらず、調停委員に任命することは可能である。実際に、過去には、大阪弁護士会所属の外国籍弁護士が民事調停委員に採用された例がある。
ところが、最高裁判所は、2003年(平成15年)の兵庫県弁護士会の韓国籍会員についての調停委員の任命拒否以降、全国の弁護士会が、外国籍弁護士を推薦しても、候補者として扱わない運用を継続している。
これに対して、日本弁護士連合会及び各地の弁護士会は、2009年(平成21年)以降、多くの決議・会長声明・意見を発表し、当会においても、2010年(平成22年)3月、「国籍を調停委員・司法委員の選任要件としないことを求める声明」を発表しているが、最高裁判所は、日本弁護士連合会からの2004年(平成16年)、2008年(平成20年)の照会に対し、「公権力の行使または国家意思の形成への参画に携わる公務員」に該当することを理由に、前記運用を一向に改めていない。
しかしながら、そもそも調停とは、紛争の当事者間において、条理にかない実情に即した適正妥当な合意の成立を目指すという紛争の自主的解決を図る制度である。調停委員はその中で、当事者と一緒に紛争の実情に即した解決策を考えるために、当事者の言い分や気持ちを十分に聴取する等して合意の形成を目指すことをその職務とするものである。また、調停は当事者が合意して初めて成立するもので、調停委員が強制的な権限を持つものではない。このような制度趣旨・運用に照らすと、調停委員は「公権力の行使または国家意思の形成への参画に携わる公務員」には該当せず、最高裁判所の解釈は妥当性を欠いている。
したがって、最高裁判所の対応は、法令に根拠のない基準を新たに創設するものであるだけでなく、調停委員の具体的な職務、職責を勘案することなく、日本国籍の有無で異なる取り扱いをするものであり、国籍を理由とする不合理な差別として、憲法14条に違反する。
国際的にみても、国連人種差別撤廃委員会は、総括所見において、2010年(平成22年)3月と2014年(平成26年)8月の2度にわたり、人種差別撤廃条約第5条との関係で、資質があるにもかかわらず、外国籍者が、調停委員として調停手続に参加できないという事実に懸念を表明し、能力を有する日本国籍でない者が家庭裁判所における調停委員として行動することを認めるよう、締約国である日本の立場を見直すことを勧告している。
2 多民族、多文化共生の観点からも差別解消が急務であること
また、前述のとおり、既に日本は、外国にルーツを持つ人々が多く暮らす社会となっているのであって、調停の場に、他国の文化と日本の文化の相違等を理解している外国籍者が調停委員や司法委員として参画することは、外国籍当事者の実情に即した紛争解決という観点において、むしろ調停制度を充実させるものである。
家事調停においては、例えば国際結婚カップルの離婚調停のような場面で、外国籍の調停委員が関与することにより、外国籍配偶者の不安や孤立感を緩和し、調停手続をより円滑に進める効果が期待される。
2025年(令和7年)2月7日開催の2024年度(令和6年度)福岡法曹協議会での協議結果によると、福岡家庭裁判所においても、外国籍当事者の家事調停事件の新受件数は、2021年(令和3年)が74件、2022年(令和4年)が88件、2023年(令和5年)が108件と年々増加しており、多民族、多文化共生の観点からも差別解消が急務である。
3 当会における取組み強化の必要性
この問題について、当会では、前述の2010年(平成22年)3月の会長声明以降、2021年(令和3年)11月27日に近畿弁護士会連合会の外国籍の調停委員採用を求めるプロジェクトチームの韓雅之弁護士(大阪弁護士会)を講師に招いて、人権擁護委員会内で学習会を開催するなどの取り組みは行ってきた。もっとも、裁判所から当会に対して調停委員の推薦依頼がなかったこともあり、これまで必ずしも、具体的な取り組みを展開できていたとはいえない。
しかし、我々が属する司法の分野におけるこの差別を改めさせない限り、多民族・多文化が共生する社会の実現はあり得ない。当会としても、この差別を解消するべく、今後さらに積極的な取り組みを行う必要がある。
具体的には、最高裁判所に対し、改めて外国籍者の調停委員等への就任拒否を是正するよう求めるとともに、福岡県内の裁判所からもその要望が最高裁判所に届けられるよう、各種裁判所との協議会等において、この問題を積極的に提起していく覚悟である。
第5 結語
以上のとおり、人口減少が進む日本、そして、福岡県においては、外国にルーツを持つ人々は年々増加しているにもかかわらず、これらの人々に対するヘイトスピーチは未だ横行しており、教育分野や我々司法の分野においても差別が繰り返され、一向に是正されていない状況があるのであって、外国にルーツを持つ人々への人権保障を強化し、全ての人々が共生できる、活力のある日本の地域社会を創造するため、今こそ、具体的な行動が求められているといえる。
よって、当会は、宣言の趣旨記載のとおり、外国にルーツを持つ人々に対する人権保障をより一層強化し、多民族・多文化が共生する社会の確立に向けて、全力を挙げて取り組む所存である。
以上
2025年5月15日
5高裁での違憲判決を受け、直ちに、すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める会長声明
声明
1 同性間の婚姻ができない現在の婚姻に関する民法及び戸籍法の諸規定(以下「本件諸規定」という。)の違憲性を問う一連の訴訟において、2025年(令和7年)3月7日に名古屋高等裁判所は、憲法14条1項及び同24条2項に違反する旨の判決(以下「名古屋高裁判決」という。)を言い渡し、同月25日大阪高等裁判所も同様に、憲法14条1項および同24条2項に違反する旨の判決(以下「大阪高裁判決」という。)を言い渡した。
一連の訴訟は、札幌・東京(一次・二次)・名古屋・大阪・福岡の各地裁の判決が出され、いずれも原告側が控訴していたところ、上記各高裁判決は、2024年(令和6年)3月14日の札幌高裁、同年10月30日の東京高裁、同年12月13日の福岡高裁に続く、高裁における4件目、5件目の判断であり、これで、控訴審が係属していた全ての高裁判決が出されたことになる(東京高裁には二次訴訟が係属中である。)。
2 名古屋高裁判決は、性的指向は自らの意思で選択や変更はできないことを認め、婚姻により両当事者が人的結合関係を形成することは、法律婚制度ができる以前から行われてきた人間の本質的営みであり、個人の人格的存在と結びついた重要な法的利益であると指摘した。そして、人間が社会的存在であり、人格的生存には社会的に承認が不可欠であることからして、そのような人的結合関係を社会的に承認されること自体も個人の人格的存在と結びついた重要な法的利益であるとした。
それを踏まえ、本件諸規定が、異性間の人的結合関係についてのみ法律婚制度を定め、同性カップルが法律婚制度を利用する規定を全く設けていないことは、少なくとも現時点において、婚姻制度の制定については国会の裁量であることを踏まえても、なお、合理的な根拠を欠く差別的取り扱いであり、立法裁量の範囲を超えているとし、本件諸規定は憲法14条1項及び同24条2項に違反すると判断した。
また同判決は、パートナーシップ制度等、法律婚制度以外の制度では解消できない様々な不利益があることや、同性婚制度を法制化しても弊害は想定し難いことなどを具体的かつ詳細に判示しており、国会に対し、早急な同性婚制度の法制化を強く促す内容となっている。
3 大阪高裁判決は、婚姻は性愛を基礎とする親族身分的人的結合関係を規定しているところ、異性カップルは婚姻をし、親族的身分関係を形成し、互いに権利と責任を負い、各種の法的効果を享受して安定した共同生活を営むことができる一方、同性カップルはこのような法的利益を享受することができず、このような区別取扱いは合理的根拠に基づくものとはいえず、法の下の平等に反する、として本件諸規定は憲法14条1項に違反すると判断した。
また、相互に求め合う者同士が自ら選択した配偶者と婚姻関係に入ることができる利益は、 現代社会を生きる上での個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益に当たるものといえ、同性カップルがこれを享受することができないのは、性的指向が同性に向く者の個人の尊厳を著しく損なう不合理なものであるといわざるを得ない、として本件諸規定は憲法24条2項に違反すると判断した。
なお、同判決は、同性婚の法制化に困惑し心理的抵抗を覚える国民に、冷静かつ寛容な態度を期待することは、かけがえのない個人を尊厳ある主体として重んじることを旨として家族制度を構築することを命ずる憲法24条の理念に沿うものである、同性婚に対する国民感情が一様でないことは、同性婚を法制化しないことの合理的理由にはならない、とも指摘した。前記名古屋高裁判決も同旨の指摘をしている。
4 一連の訴訟では、地裁レベルとしては、大阪地裁を除く4地裁5判決において、本件諸規定を違憲ないし違憲状態とする判断が出ていた。
そして高裁レベルにおいては、札幌・東京・名古屋・大阪・福岡高裁と、控訴審が係属していた5つの高裁において、違憲判決が言い渡されるに至った。一連の訴訟で唯一、合憲判決であった大阪地裁判決も、大阪高裁判決によって覆された。
当会は、これまでの会長声明において、本件諸規定を違憲とする判決が相次いでいることから、このような司法判断の流れは確定し、もはや動かしがたい、と指摘したが、今回の高裁判決により、司法判断の流れがさらに明確になったというべきである。 これ以上、法制化を遅らせてよい事情は何一つない。
しかし、大阪高裁判決を受けて、林芳正官房長官は、「最高裁の判断を注視したい」とコメントしており、政府において、投げかけられている問題を自ら解決しようという姿勢は、残念ながら、全く見受けられない。
同性婚制度が存在しないことによって、多数の人々が多大な苦難を被り、人権を侵害され続けている。これまでに示された違憲判決を見るとき、この状況を放置し、最高裁の判断が出るまで待つことは、政府や国会の責務の放棄であると言わざるを得ない。直ちに、同性婚制度を実現させなければならない。
5 当会は、2019年(令和元年)5月29日の定期総会において採択した「すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を求める決議」において、憲法13条、14条、24条や国際人権自由権規約により、同性カップルには婚姻の自由が保障され、また性的少数者であることを理由に差別されないこととされているのだから、国は公権力やその他の権力から性的少数者が社会的存在として排除を受けるおそれなく、人生において重要な婚姻制度を利用できる社会を作る義務があること、しかし現状は同性間における婚姻は制度として認められておらず、平等原則に抵触する不合理な差別が継続していることを明らかにし、政府及び国会に対し、同性者間の婚姻を認める法制度の整備を求めた。また、前記一連の判決に対しても、それぞれ会長声明を発し、政府・国会に対し、同性間の婚姻制度を早急に整備することを改めて求めてきた。
当会は、ここに改めて、政府・国会に対し、直ちに、同性間の婚姻制度を整備し、 すべての人にとって平等な婚姻制度の実現を図るように求める。
2025年(令和7年)5月14日
福岡県弁護士会
会 長 上 田 英 友
2025年5月 3日
憲法記念日にあたっての会長談話
会長談話
今年は、第2次世界大戦が終わって80年の節目を迎えます。本日、施行から78年を迎える日本国憲法は、人権侵害の最たる戦争による悲惨な歴史を二度と繰り返してはならないという誓いのもとに生まれました。日本国憲法前文は、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認しています。
しかしながら、ロシア連邦によるウクライナへの軍事侵攻や、イスラエルによるパレスチナへの一方的攻撃など、世界の情勢は、日本国憲法が理想とする平和の実現には程遠い状況と言わざるを得ません。
国内でも、憲法9条のもとでGDP比1%の5兆円余に抑えられてきた防衛関係費予算が、今年度予算では8.7兆円にまで激増しています。安保法制や解釈改憲による集団的自衛権により、防衛関係費の増大は軍備拡大に結び付く危険が高いといえ、日本国憲法の理念を無視して進められる軍備拡大は、私たちの市民生活に多大な影響を及ぼします。
そうしたなか、裁判所では、日本国憲法の力が改めて見直されています。
生活保護基準引き下げが生存権を保障した憲法25条に違反するとして基準額の減額処分取り消しを求めた訴訟において、本年1月29日、福岡高裁は、憲法25条の趣旨、目的を踏まえ、厚生労働大臣による基準額の引き下げを違法と判断しました。
また、同性間での婚姻を認めない現在の法制度が憲法に違反するとして、国を訴えた「結婚の自由をすべての人に」訴訟は、全国5か所の高等裁判所で「憲法違反」の判断が示されました。昨年12月13日には、福岡高裁においても、法の下の平等を定めた憲法14条、婚姻や家族に関する法律の制定について個人の尊厳と両性の平等を基本とすることを定めた憲法24条2項のみならず、幸福追求権を定めた憲法13条にも反し違憲と判断されました。
当会は、今後も、個人の尊重を最高価値とする日本国憲法の理念に則り、基本的人権を擁護し、社会正義を実現しつつ、法的助力の必要な市民の皆様に寄り添う法律家団体として、全力をあげて活動してまいります。
2025年(令和7年)5月3日
福岡県弁護士会
会長 上田英友