福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

給費制本部だより いよいよ最大の山場へ 院内意見交換会(6.3)のご報告

会 員 石 井 衆 介(66期)

1 はじめに

平成27年6月3日、衆議院第1議員会館において、「司法修習生への給費の実現と充実した司法修習に関する院内意見交換会」が行われました。

前回2月18日の院内集会が満席になったことから、今回はより大きな会場を貸し切っての開催でしたが、なんと過去最多の390名の参加者が集まり、盛会となりました。

当会の給費制本部からは、市丸信敏、鐘ケ江啓司、髙木士郎、清田美喜及び私の5名の委員が参加いたしました。さらに、執行部から大神昌憲副会長及び小倉知子副会長のお2人にもご参加いただきました。

以下、意見交換会についてご報告いたします。

2 国会議員の出席状況等

意見交換会には、衆参両院から49名もの国会議員本人にご出席いただきました。代理出席も80名にのぼりました。これらはいずれも過去最多です。さらに、当日までに136通の議員メッセージが寄せられました。

給費制に関する問題意識が、国会議員の中でも勢いを増して広がっていることを、身をもって感じました。

また、意見交換会開催にあたって、2月の院内集会に寄せられた106通のメッセージと今回寄せられたメッセージとを議員の顔写真入りでまとめたものが配布されました。与党からも多くのメッセージをいただいていることから、参加者の方々も運動の盛り上がりを実感されていたように思います。

3 意見交換会の模様

今回の意見交換会では、冒頭、与党の中でのこの問題の最大のキーマンの一人である自民党の保岡興治衆議院議員(党司法制度調査会最高顧問)から、修習生が置かれている困難な状況を理解しており、手当の充実を、司法予算全体を拡大・充実させるとの見地から超党派で取り組んでいく旨の挨拶がありました。また、今回の集会では、与野党の各代表者から、司法修習生に対する経済的支援についてご発言いただくことができました。これは、各国会議員から個別に意見をうかがっていた前回までの集会と比べて、大きく前進した点といえます。

ご参加いただきましたのは、自民党の丸山和也参議院議員(党司法制度調査会会長)、公明党の遠山清彦衆議院議員(党法務部会長)、民主党の小川敏夫参議院議員(元法務大臣)、維新の党の石関貴史衆議院議員(党役員室長)、共産党の仁比聡平参議院議員(法務委員会委員)、社民党の吉田忠智参議院議員(党首)及び次世代の党の和田政宗参議院議員(党政調会長)の計7名です。

「ロースクールまでの奨学金と合わせて1,000万円の借金」という司法修習生の窮状、志願者数激減や合格者数削減といった司法の弱体化の観点、司法予算自体の拡充の必要性と、切り口は立場によって様々でした。しかし、現状に対する危機感及び司法修習生への経済的支援の議論が必要であるとの認識は、各党の間でも共有されており、超党派で取り組むべき課題としての位置づけも共通していたと思います。

各代表者のご発言に続いて、出席された国会議員からも個別にご発言をいただきました。その中でも、司法の役割や経済的支援の重要性が繰り返し指摘され、この問題への理解が一層深まっていると感じました。また、この運動を法改正につなげるための具体的な方策についても、意見が交わされました。

4 今後の闘いへ向けて

以上のとおり、給費制に関する風向きがかなり変わり始め、強い追い風となりつつあります。これは、給費制復活に向けたこれまでの粘り強い運動の成果といえるでしょう。

しかし、いよいよ、7月15日、法曹養成制度改革推進会議が設置期限を迎えます。これからの数か月が、法改正という結果を勝ち取るための最大の山場となることは必至です。

まずは、意見交換会での勢いを全国的な規模で加速させるため、各地域での集会が予定されており、既にいくつかの単位会では調整が進んでいます。集会に寄せられたメッセージを冊子にして、他の国会議員への説明の際にお配りするなど、議員要請の手法についても工夫しています。

さらに、法改正に向けて、日弁連では、給費制実現の具体策として修習手当の創設を提案するなど具体的な議論も詰めてなされつつあります。

このような現状を踏まえ、給費制対策本部は、今後も力強く活動していきます。引き続き、会員の皆様のご支援・ご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

(追記)

この集会の後である6月11日、政府の法曹養成制度改革推進会議の決定案が明らかになりました。すでに日弁連のFAXニュースなどでご承知のとおり、決定案には「司法修習生に対する経済的支援については、必要に応じて、法務省は、最高裁判所等との連携・協力の下、司法修習の実態、司法修習終了後相当期間を経た法曹の収入等の経済状況、司法制度全体に対する合理的な財政負担の在り方等を踏まえ、必要と認められる範囲で司法修習生に対する経済的支援の在り方を検討するものとする。」との文言が盛り込まれました。従前の、貸与制を前提としてわずかな運用改善にとどめる方針に終始してきた政府の姿勢からは、大きな前進と評価することができます。日弁連や給費制本部としては、ここに示された課題については、つとに繰り返し事実を指摘して給費制の実現を求めてきたところですが、引き続き、給費制の実現に向けて、さらなる運動に努めて行かなければなりません。

2015年6月 1日

あさかぜ基金だより

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 弁護士 中 嶽 修 平(66期)

はじめに

私があさかぜ基金法律事務所に入所してから、1年半が経過しました。当事務所の弁護士は、2年ほどの養成期間を経て、弁護士過疎地域に赴任します。私も、半年後には、当事務所での養成を終え、司法過疎地域に赴任する予定です。

私は、弁護士過疎解消の一助になればと思い、当事務所に入所しました。弁護士過疎地では、都会では考えられないような法的問題が多数存在しています。最近もそのような法的問題を耳にしました。そこで、当事務所の近況報告とあわせて報告します。

あさかぜ事務所について

あさかぜ基金法律事務所は、九弁連が、その管内の弁護士過疎地域に赴任する弁護士を養成するために基金を作り、その基金から資金を拠出して設立した都市型公設事務所です。同様の都市型公設事務所としては、北海道弁連が設立した、すずらん基金法律事務所、東北弁連が設立した、やまびこ基金法律事務所などがあります。

あさかぜ事務所は、現在、66期2名、67期2名、事務局2名の6名体制となっています。今は、男性弁護士のみであり、多少のむさ苦しさは否めません。むさ苦しさの解消と受任事件範囲の拡大という趣旨から、68期には、女性弁護士の採用を切に願っています。

あさかぜ事務所での養成について

当事務所に所属する弁護士1名につき、福岡県弁護士会所属の指導担当弁護士(30期代から50期代)が数名選任されます。私たちは、指導担当弁護士との事件の共同受任などを通じて様々な指導を受けています。それ以外にも、福岡県弁護士会の執行部経験者が中心となって結成されている、あさかぜ応援団に所属する弁護士との共同受任事件や事件紹介を通じて経験を積んでいます。もちろん、あさかぜ事務所独自の事件や事務所内での共同受任事件もあります。

事務所経営に関しては、事務所会議を開催しています。事務所会議には、当あさかぜ事務所の弁護士に加え、事務局、あさかぜ基金法律事務所運営委員会の委員長や担当副会長も参加し、経営ノウハウや個別事件処理についての指導や日常的な経営問題について協議します。月1回のペースでの開催です。事務所会議ではキャッシュフローデータにもとづき、収入・支出の流れの把握につとめ、将来に備えて事務所経営者としての、経験を積んでいます。

司法過疎地での法律問題

ゴールデンウイークに、数年ぶりに、遠方の田舎にある中小企業で勤務している知人に会いました。4月に実施された統一地方選の話題がでましたが、そこで、知人から、驚くべきことを聞きました。なんと、知人が勤務する会社社長が、ある現職候補者を応援し、従業員に対し、その現職候補者に投票するように強要していたのでした。さらに、その現職候補者に投票しない旨の意思を表明していた従業員に対しては、その現職候補者に投票しなければ、解雇するとまで言ったとのことでした。その知人も、その現職候補者に投票しない旨の意思を表明していたため、解雇すると言われましたが、結果的に解雇されずに済みました。私は、知人に、この件で弁護士に相談したのかと訊きましたが、最寄りの弁護士事務所まで、車で1時間はかかり、仮に、相談できたとしても、その頃には選挙は終わってしまうので、弁護士には相談しなかったとの返事でした。

このように、弁護士過疎地域では、都会では考えられないような法的問題が存在し、弁護士にアクセスできていないことが起こっています。

おわりに

多くの弁護士による取組みにより、ゼロワン問題の解消など、弁護士過疎問題について、相当程度の解決が図られてきました。しかし、利用者の目線からすれば、弁護士過疎地域において、弁護士へのアクセスは十分とはいえない状況にあります。
このような現状を認識しつつ、弁護士過疎地域で、少しでも質の高い司法サービスが提供できるよう、日々、研鑽を積んでいます。今後とも、あたたかいご支援、ご協力をよろしくお願いします。

ITコラム 「Web広告について」

ホームページ委員会 関 口 信 也(53期)

1 バナー広告

今では多くの弁護士事務所が独自にHPを開設しています(私もそうですが)。数ある広告媒体のなかで、閲覧者が多いサイトに広告を出す方法が有効であるようです。例えば、市役所のHPに「リンクを貼る」などが典型例でしょう(バナー広告)。パソコン、タブレット、スマホの全盛期において、ITを駆使した広告について考えてみました。

2 SEO対策

事務所のHPに誘い込む方法としてSEO対策があります。SEO対策とは、一般市民があるキーワードで検索を実施したときに、その検索結果として自分のHPを上位に持ってくるシステムのことです。上位にあれば、検索者は常に画面上目にしますし、上位であることによりそのHPを見ようとする意志も事実上優位になります。

ヒットするキーワードの選定が重要ですが、検索システムとの相性もあり、上位を望むなら費用が高額になったりします。

3 リスティング広告

SEO対策に期待することなく、いっそのこと検索結果に広告を出してしまうのがリスティングです。広告をクリックすることで課金されることに特徴があります。最近IT業者から勧められるシステムです。広告順の上位になれば効果が期待できるのでしょう。ただ、閲覧者にクリックさせるための広告文句(つまり業務の独自性)をどう表現するかが重要と思います。

4 リマーケティング広告

過去に閲覧した商業広告Webが、その後もサイト上に出現する経験がありませんか。これは訪問記録が残っているため、再訪問を勧誘するために画面に出てくるものです。再訪問には便利かもしれませんが、しつこいのも悩みの種です。

5 インタレストマッチ広告

さらに発展して、過去の閲覧履歴等から閲覧者の趣味、動向などの属性を把握して、画面上に広告が出てくるものがあります。双方にとって効果的でしょうが、自分の興味や性格を見透かされているようで、何か恐ろしい気もしますね。

6 日弁連の広告規程

紹介した典型例以外にも多数のIT広告手段がありますが、広告を作るうえで見逃せないものとして、日弁連の広告規程があります。その第3条第3号に規定される禁止広告の一部をあえて紹介しましょう。

「3 誇大又は過度な期待を抱かせる広告」
肝に銘じましょう。

2015年5月 1日

「転ばぬ先の杖」(第14回) 「相続放棄という制度もあります。」

会 員 吉 武 みゆき(59期)

1 はじめに

この「転ばぬ先の杖」シリーズは、月報をご覧になられた一般市民の方向けに弁護士相談の必要性を紹介するコーナーです。

今回は、日頃法律相談を受けていて意外に知られていないと感じる、相続放棄の制度についてご説明します。なお、条文や判例を示しての説明を好まれる方もおられますので、簡単に触れています。

2 相続放棄とは

相続では、通常+の財産だけではなく−の財産も相続します。+の財産も−の財産もひっくるめて相続自体がなかったようにする方法が相続放棄です。

3 手続

相続放棄をするには、被相続人が亡くなったことを知り、かつ自分が相続人になったことを知ってから3ヶ月の熟慮期間内に家庭裁判所に相続放棄の申述書を提出する必要があります(民法938条、民法915条1項本文)。

家庭裁判所に行けば相続放棄のための所定の用紙をもらえますし(最高裁判所のHPからダウンロードすることもできます。)、戸籍等必要な添付書類も教えてくれます。遠方の役所から多数の戸籍の取り寄せが必要になって間に合わなければとりあえず事情を説明の上申述書を先に3ヶ月以内に提出し、後日添付書類を提出することもできます。

家庭裁判所は調査の上、要件を欠くことが明白でなければ相続放棄の申述を受理します。

4 申述期間の伸長

+の財産が多いのか−の財産が多いのか、遺産があるのかないのかさえ不明で、相続放棄するべきかどうかわからず、遺産調査が必要なこともあります。また、事故や過労死の場合など相続人が亡くなった責任を第三者に追求できる可能性があり相続放棄するかどうか慎重に検討すべき場合もあります。

このような場合には家庭裁判所に申立てをして、原則3ヶ月とされる熟慮期間を伸長することができます(民法915条1項但書)。調査に時間を要することが判明した場合にはその旨家庭裁判所に申立てをして再度期間を伸長してもらえることもあります。

5 熟慮期間の起算点の繰り下げ

遺産はないと思っていて何も手続をせず熟慮期間である3ヶ月を経過した後に、督促状が届いて多額の借金(多額の遅延損害金がついていることもあります。)を抱えていたことがわかったという場合、相続放棄ができないと諦めてしまうのは早計です。

最高裁判所は、熟慮期間の起算点について「相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識した時またはこれを通常認識しうべき時から起算するべきである。」と述べています(最高裁判所昭和59年4月27日判決)。

先の事例でも、熟慮期間の起算点を遅らせて督促状が届いた時とみることができれば、まだ熟慮期間である3ヶ月以内の要件を満たすとして相続放棄が認められる可能性があります。

起算点の繰り下げは個別事情が考慮されますので、見通しについて事前に弁護士と相談してみてもよいでしょう。

6 弁護士への相談

相続人になった場合ひとまず弁護士に相談に行き、一緒に問題点を整理してみられてはいかがでしょうか。

あさかぜ基金だより ~対馬ひまわり基金法律事務所引継式−2人の弁護士の熱い想い~

あさかぜ基金法律事務所 弁護士 西 村 幸太郎(66期)

はじめに

平成27年3月30日、対馬グランドホテルにて。

記者会見の席上、懸命に涙をこらえながら、それでいてしっかりと、自らの熱い想いを語る弁護士の姿がありました。

「敷居が高い」弁護士と島民の間の距離を、少しでも縮めたい。想いを託して命名した「あんしん相談」。島民の1人1人に、安心して生活を送って欲しいという願いを込めて、日々の業務に取り組んできたと語ったのは、対馬ひまわり基金法律事務所で尽力されてきた伊藤拓弁護士です。

同じく、同事務所に赴任する青木一愛弁護士も、負けじと想いを語ります。

「悩みを抱えている島民に安心していただくためには、弁護士自らが手をさしのべていくべきだ。積極的に『アウトリーチ』活動に取り組んでいきたい。」「女性弁護士である妻とともに、活動の幅を拡大していきたい。」

対馬ひまわり基金法律事務所引継式のワンシーン。学ぶところが多く、大変有意義なセレモニーでした。その内容を、ご紹介させていただきます。

退任のご挨拶(伊藤拓弁護士)

伊藤弁護士を一言であらわすと、とにかく「熱い」の一言に尽きると思います。当時の長崎県弁護士会会長梅本國和弁護士のお墨付きです。

特に印象的なエピソードは、冒頭で紹介した「あんしん相談」についてです。

弁護士にとっては当たり前のことであっても、その当たり前のことを説明し、「あなたは大丈夫ですよ、安心して生活してください」とアドバイスしてあげるだけで、島民の不安を取り除くこともできるのではないか。法律問題の助言に限らず、より広く、「あんしん」を与える助言を行うことも必要だ。そのためには、「法律相談」という堅苦しいネーミングではなく、「あんしん相談」という形で、島民と弁護士の距離を縮めてはどうだろうか。

現場の弁護士が、如何に悩み、創意工夫を凝らしてきたかが直に伝わり、感銘を受けました。

伊藤弁護士は、「対馬では法律相談業務に追われる日々であった。相談には、自分なりに十分な予習をして臨み、1度たりとも手を抜いたことはないと自負している」とも語ります。私は、あそこまで自信をもって語れるだろうか。そのような自問自答をしながらも、私も負けずに、日々の業務に全力で取り組んでいきたいと、決意を新たにしたものでした。

赴任のご挨拶(青木一愛弁護士)

青木弁護士も、新天地における今後のビジョンを、やはり「熱く」語りました。

法の支配を徹底させるために、島民に「手をさしのべる」活動を行いたい。冒頭で述べたアウトリーチ活動について、自らの展望を語ります。アウトリーチとは、相談者が事務所に訪問する従前のスタイルを打ち破り、自ら相談者のもとに出掛け、島民の相談をすくいあげる活動のことです。

青木弁護士は、福岡県弁護士会・高齢者障害者委員会にて、アウトリーチPTメンバーとして精力的に活動をしていた実績があり、益々の活躍が期待されるところです。

更に、愛妻家である青木弁護士は、妻の青木敦子弁護士とともに、弁護士2人体勢で事務所運営を行っていくという、これまでにないスタイルの運営に挑戦します。

女性弁護士の存在は、特に女性の相談者には心強いものでしょう。アウトリーチ活動においても、1人は事務所に在駐でき、効果的な運営ができると期待されるところです。

青木弁護士も、奥様と協力し、伊藤弁護士に勝るとも劣らない、創意工夫にあふれた活動を展開することと思います。

おわりに

引継式終了後、対馬ひまわり基金法律事務所を訪問しました。

現地にて拝聴するお話は、格別のものです。過疎地への赴任を目指す弁護士として、大変貴重で、刺激のある1日を過ごすことができました。
本稿でご紹介いたしました伊藤弁護士、青木弁護士の両名は、私が所属するあさかぜ基金法律事務所の先輩弁護士にあたります。後輩である私も、本日の経験を胸に刻み込んだ上で、高い志とスキルを身につけ、過疎地における司法サービスを充実できるよう、日々の業務に邁進していく所存です。

あなたの会社も女性弁護士を社外役員にしませんか? ~女性社外役員候補者名簿をご活用ください~

両性の平等委員会 委員長 松 尾 佳 子(55期)

1 はじめに

企業統治(コーポレート・ガバナンス)の観点から、会社法や株式市場の指針で、独立性の高い社外取締役を置くことが企業に要請されています。また、政府は女性の活躍推進を、成長戦略の中核としており、民間企業における役員への登用促進を期待しています。

この「社外役員の選任」と「女性役員の登用」の要請を一気に解決する「女性社外役員選任」へ向け、内閣府は、女性役員登用促進事業「はばたく女性人材バンク」として女性社外役員候補者のデータベースを構築しています。内閣府は日弁連等へ、かかるデータベース作成事業について協力を要請し、福岡県弁護士会でも、これに応えるべく、女性社外役員候補者名簿を作成し、平成27年1月1日より、名簿の提供を希望する企業への名簿提供を始めました。当会の他、東京三会、大阪、横浜の各単位会が女性社外役員候補者名簿制度を策定しています(日弁連HP~社外役員をお探しの企業の方へ~女性弁護士の候補者名簿ご案内参照)。

2 福岡県弁護士会における女性社外役員候補者名簿提供事業の特色

当会では、金融商品取引所において株式を公開している会社だけでなく、福岡県及びその周辺の地域に所在する株式会社へも、名簿提供の申込みがあった場合には、弁護士会担当者の面会を経た上で、名簿を提供します。前述の内閣府のデータベースは、上場会社における女性社外役員の候補者を念頭に置いたものですが、当会は、女性社外役員の登用を考える企業であれば、上場、非上場を区別することなく、また、県外の企業へも、個別に提供することを予定しています。

3 女性社外役員候補者名簿の登録要件

当会の名簿登録要件は、次のとおりです(女性社外役員候補者名簿の作成及び提供に関する規則3条2項参照)。

  1. 弁護士登録の期間が通算して3年を超えていること。
  2. 履修義務のある倫理研修及び本会が指定する研修を受講していること。
  3. 弁護士業務を行っている会員については、弁護士賠償責任保険の被保険者であり、かつ、保険金額が1億円以上であること。
  4. 過去に懲戒処分を受けていないこと(業務停止の期間が満了した日又は戒告の効力が生じた日から3年を経過している場合を除く。)。
  5. 会務活動、懲戒処分歴、会費の納入状況その他の事情を考慮して、候補者名簿に登載することが不適当と認める事由がないこと。
4 女性社外役員候補者名簿への登録手続

当会では、毎年、女性会員へ、女性社外役員候補者名簿の登録を募ります。名簿は毎年9月末日に更新していくことを予定しています。

また、「本会が指定する研修」を受講することが登録要件となっています。どのような研修を受ける必要があるのか、についても随時お知らせしていく予定です。なお、本年度の名簿登録のための研修としては、日弁連eラーニング、「コーポレート・ガバナンスに関わる弁護士のための連続講座~社外役員・企業内弁護士等が押さえておくべき基礎知識~」(第1回~第3回)を指定しています。

登録要件を満たし、名簿への登録を希望される女性会員は、所定の様式の申請書にて申込み下さい。

5 シンポジウム「あなたの会社の『女性活躍推進』弁護士が手伝います」開催報告

当会の女性社外役員候補者名簿提供事業を、広く企業の皆様へ知って頂きたいと考え、去る3月4日(水)14:00、天神センタービル8Fにおいて、シンポジウム「あなたの会社の『女性活躍推進』弁護士が手伝います」を開催しました。企業13社、弁護士22名の参加がありました。

シンポジウムでは、内閣府男女共同参画局推進課課長補佐木山悠様から、内閣府の「はばたく女性人材バンク事業について」の基調報告がありました。

また、三菱UFJ信託銀行株式会社証券代行部副部長牧野達也様から、「女性活躍推進への期待」と題して、「女性役員の登用を促進する施策の概要」、「コーポレートガバナンス・コードと女性役員登用」、「女性社外役員登用に際しての検討事項」について講演がなされました。

さらに、当会会員の大神朋子弁護士より、社外監査役(コカ・コーラウエスト株式会社)として、女性弁護士が企業内で果たす役割について、実務に基づく貴重な体験談をお話しいただきました。

6 積極的なチャレンジを!

シンポジウムでは、アンケートを実施しましたが、当会の女性社外役員候補者名簿制度に対する意見として、「名簿登録者を増やして欲しい」、「候補者探しの手段が増えることは良い」等の積極的な意見・要望を頂きました。かかる要望に応えるためにも、当会では、多くの女性会員に名簿に登録して頂き、希望する企業へ名簿を提供していきたいと考えています。

女性弁護士が社外役員になることで、企業のダイバーシティを推進させるだけでなく、より高度化、複雑化している企業コンプライアンスを強化することが期待できます。

弁護士は、男女問わず、修羅場を何度も経験しているので度胸が身についていますし、論理的に問題点を整理しそれを伝える能力に長けていると思います。
社外役員という新たな分野への積極的なチャレンジをお願いします。

2015年4月 1日

「転ばぬ先の杖」(第13回)「固定残業代払いの行方」 ~企業の経営者・総務の方、あるいは労働者の方へ~

労働法制員会 委員 松 﨑 広太郎(66期)

1 はじめに

この転ばぬ先の杖シリーズは、一般市民の方向けに弁護士相談の必要性をご紹介するコーナーだそうですが、とはいえこの媒体上、読み手は弁護士の方が多いのではないかと思いますので、少しだけ前振りをさせてください。

私は66期ですので詳しいことは分かりませんが、労働法制員会は比較的新しい委員会のようで、若手会員の割合も高く、すごく和気藹々として、若手会員も発言しやすい雰囲気を作って頂いています。井下先生のお優しい雰囲気に、光永先生の突破力が絶妙なハーモニーを奏でる委員会です。また、杉原先生を始め、使用者側の先生方も多く参加して頂いており、私のように、節操なく労使双方の事件を受けている者にとっては非常に勉強になります。

本来であれば私のような弱卒が執筆を担当するのは僭越なのですが、上記のような、和気藹々とした雰囲気を受けて、私が筆を執ることになりました。

2 固定残業代制度

最近、労働者側、使用者側の双方から未払い残業代の請求に関するご相談を多く頂いています。中でも「営業手当は残業代扱いとする」「残業代は固定で月5万円を支払う」等と記載された労働条件通知書を使っている会社を非常に多く見かけます。

この固定残業代の主張が認められると、例えば

  • 基本給17万円(わかりやすいように、ざっと時給1,000円と換算)
  • 固定残業代5万1,000円
  • 残業時間は月50時間

の労働者がいたとすると、残業代を計算すると、6万2,500円(1,000×125%×50h)の残業代の支払いが必要になりますよね。

ここで、固定残業代が有効であれば、会社はすでに、5万1,000円を支払っていますから、差額1万1,500円を追加で支払えば良いことになります。

しかし、固定残業代の合意が無効と判断されると、残業代計算の基礎賃金から除外できる項目は住宅手当などの一部に限られることから、会社が「固定残業代」として払っていた手当すらも、基礎賃金にカウントすることになります。

そのため、先の例だと、

  • 基本給22万1,000円(時給換算およそ1,300円になる)、
  • 既払い残業代0円
  • 残業時間は同じく50時間

という扱いになるんですね。

そのため、計算は、8万1,250円(1,300×125%×50h)となります。

そして、残業代は一切払われていないことになるため、控除できるものがなく、この金額を全額支払う必要があります。

このように、固定残業代合意が有効となるか、無効となるかで請求金額は大きく変わってくるのです。

3 裁判所の判断

裁判所では、以前から、支払われている固定残業代と基本給を明確に区別できなれば無効だという要件を提示してきました。つまり、「残業代は基本給込み」等の曖昧な規定ではダメだという判断を示してきました。この明確性の基準だけでいくと先の「5万1,000円は固定残業代とする」という規定は有効なように見えます。

しかし、最近の東京等での裁判例では、

  • (1)明確性の要件に加えて、
  • (2)当該手当が残業代としての実質を兼ね備えていること
  • (3)固定残業代額が実際の残業代の額を下回るときに、不足額を支払う合意をしているか、現実に不足額を支払っていること

という要件を要求するものが増えてきています。(3)の要件について少し説明すると、先ほどの例でも、1万1,500円の差額が出ていましたが、これを現実に毎月補填していなければ、固定残業代の合意は無効になりますよということなのです。仮に不足額補填の合意だけをしてみても、結局現実に不足額を補填していなければ、裁判所はそのような合意は否定するでしょうから、結局のところ、現実に不足額を補填していなければ、無効になるように感じています。

経営者の方からみればこれはかなり厳しい要件に感じると思います。ある意味、固定残業代のメリットは、労働者の労働時間、残業代の計算の手間を省き、毎月固定額で支給すればよいという効率の良さにあります。しかし、裁判所はとにかく毎月不足額を計算し、それを清算することを求めていることになります。

本当は3つの要件につき、もう少し丁寧に検討したいところなのですが、紙面の都合上、この程度で今回はご勘弁ください。

4 まとめ

以上のように、今、固定残業代合意の有効性の判断は相当に厳しくなっています。これを使用者の方から見ると、「基本給17万円であれば、毎月ちゃんと残業代も含めて給与を払うことはできたよ。でも残業代として考えてた5万1,000円が基本給に計上されてカウントされたら経費が足りないよ!」ということになります。ですから、固定残業代の規定を就業規則や、労働条件通知書に定めている方は、訴えられる前に、是非弁護士にご相談いただき、それぞれのケースに応じて対策を考えて頂きたいと思います。

逆に、これを労働者の方から見ると、使用者に「うちは残業代は固定だからこれ以上払わないよ」と言われても、すぐに諦めるのではなく、弁護士に相談してみた方がいいということになります。
固定残業代の件で、おやっ、と思うことがあれば、是非とも弁護士にご相談ください。

あさかぜ基金だより ~壱岐ひまわり基金法律事務所引継式~

弁護士法人あさかぜ基金法律事務所 弁護士 河 野 哲 志(67期)

はじめに

1月にあさかぜ基金法律事務所に入所しました河野哲志です。

滋賀県出身で、修習まで関西で過ごしました。とある出来事から法の支配が十分でない現状を考えるようになり、また、九州を旅行し、料理と人の温かさに心動かされ、あさかぜに入所させていただきました。

さて、去る2月23日に壱岐ひまわり基金法律事務所引継式が開催されました。あさかぜ出身の松坂典洋弁護士が退任し、同じくあさかぜ出身の島内崇行弁護士が赴任されるため、後輩として引継式に出席しましたので、報告いたします。

壱岐ひまわり基金法律事務所

壱岐市は、人口2万7000人、面積138km2、福岡市から北西80kmに位置し、高速船で1時間です。海の幸が豊富で、稲作も盛んな豊かな土地です。麦焼酎発祥の地としても知られています。

壱岐ひまわり基金法律事務所は、平成22年に開設、梶永圭弁護士(現・宮崎県弁護士会)が初代所長として活躍し、平成24年、松坂弁護士に引き継がれ、今年、島内弁護士が赴任することになったものです。

引継式

引継式は、長崎県弁護士会公設事務所支援委員会の山下俊夫委員長の司会で進行し、九弁連の森雅美理事長、日弁連の山崎博副会長、長崎県弁護士会の梅本國和会長、松坂弁護士、島内弁護士が登壇されました。そして、松坂弁護士が任期中の感懐を、島内弁護士が今後の抱負を述べられました。

松坂弁護士は、平成24年相談件数303件(うち受任件数238件)、平成25年143件(76件)、平成26年103件(84件)を取り扱いました。初年度の件数が多いのは、大規模カード詐欺事件の影響です。

松坂弁護士は、争いの顕在化を好まない壱岐の島民性に配慮し、当事者の関係性が継続することを踏まえた解決を心がけたそうです。もっとも、権利の実現のため必要な場面では、法的解決について具体的なメリットを丁寧に説明し、背中を押す場面もあったとのことです。また、25回もの講演会を開き、市民への情報発信にも熱心に取り組みました。たとえば、カード詐欺事件で、高齢者が多く、人の善い島民性を狙われたという背景を踏まえ、「悪徳業者から高齢者を守る方法」をテーマに講演をしたとのことです。このような誠実かつ親身な松坂弁護士の姿勢が評判となり、口コミから受任に繋がるケースが着実に増えていったそうです。

島内弁護士は、身近に弁護士がいないことで困ったという自身の経験を踏まえ、福岡に何度も足を運ばなくても身近に弁護士がいると頼りにしてもらいたい、という思いを述べました。また、ひまわり所長ということで、気軽に話しかけてもらえることが多く、前任者が培ってきた信頼を引き継ぐことの責任を痛感したそうです。高齢や島民性に付け込むような消費者問題に対し、成年後見制度をより周知させ、市民の誤解を解くなどして、高齢者の財産管理を積極的にできるようにしたい、との具体的な抱負も述べていました。

披露会

続いて引継披露会では、壱岐市長、市議会議員、商工会議所など地元関係者、長崎地裁壱岐支部長や九州各地の公設事務所関係者が多数出席され、地元マスコミの取材もありました。松坂弁護士が、地域の方々や裁判所から信頼を得ていて、島内弁護士への期待も大きいことがうかがわれました。

披露会では、壱岐の魚介類をふんだんに使った料理も振舞われました。壱岐の料理は評判以上のものがあり、とくにブリは脂がのってとても美味しく、あっという間になくなってしまいました。

公設事務所支援委員会

披露会のあと、長崎県弁護士会の公設事務所支援委員会が開かれ、所員も許されて、出席しました。各地の公設事務所の事件処理や運営状況の報告など、赴任する際の事務所運営面で有意義な情報を得ることができました。

事務所見学

帰福便までの間、壱岐ひまわり基金法律事務所を見学しました。

松坂弁護士から、密接な人間関係での注意点などを聞き、利益相反という赴任先で必ず直面する問題について大変勉強になりました。

松坂弁護士は、ふたたび福岡県弁護士会に登録されます。私たち「あさかぜ」の所員にとっては、赴任経験者の先輩が身近に増えたことになり、大変心強く思います。

おわりに

今回、壱岐ひまわり基金法律事務所が、市民に本当に頼りにされ、法的な悩みを抱える方々にとってなくてはならない存在になっていることを実感しました。赴任に向け、先達が勝ち得た信頼を積み重ねていけるよう、さらに研鑽を続けねばならないと決意を新たにしました。
最後に、壱岐ひまわり基金法律事務所のますますの発展を祈念して、本稿を閉じたいと思います。

ITコラム VPNのご紹介 (仮想プライベートネットワーク)

IT委員会委員 緒 方  剛(57期)

IT委員会の隠れ委員の緒方です。本稿では、会員の皆様の業務に多少とも参考になるお話をさせていただきたいと思います。

私が利用しているもので、他の会員の先生にも一定の利用価値があると思われるVPN(Virtual Private Network仮想プライベートネットワーク)を利用した業務方法についてご紹介させていただきます。

既に、VPNをご利用になっておられる会員の方もおられるかもしれませんが、今のところ私の周囲にはあまりご利用になっておられる会員の方はいないようです。簡単に言えば、インターネットを使って、事務所内のパソコンやサーバーに接続し、事務所外のパソコンから遠隔操作で書面等のデータを取り出したり、修正、加工などを外部から直接行えるようにする技術と言ってよいかと思います。

ウィキペディアによると、VPNとは「インターネットのようなパブリックネットワークを跨ってプライベートネットワークを拡張する技術である。VPNによってコンピュータはパブリックなネットワークを跨って、まるで直接接続されたプライベートネットワークにつながっているかのようにプライベートネットワークの機能的、セキュリティ的、管理上のポリシーの恩恵を受けつつデータを送受信できる。これは2つの拠点間で、専用の接続方法や暗号化を用いることにより仮想的な接続をつくり上げることで実現される。」と表現されています(出典:ウィキペディア)。

さて、技術的なことはさておき、どのような場面でこのようなことを行うと便利なのかということについて述べます。例えば、出張などで一定の時間事務所から離れる場合に、移動時間など余裕のある時間に仕事をしたいと思う場面があろうかと思います。出張先で使う記録以外の訴訟記録などの資料を、出張先に持ち運ぶとすればそれなりに大変です。ただでさえ、出張に重い記録を持っていくのに、これに加えて別の記録を持っていくのは気が重くなりますよね。

そこで、まず出張先で見たいなと思うような資料を事務所内のサーバーやパソコンに電子データとして保存しておきます。そして、出張先に持ち出したノートパソコンやタブレットから事務所のサーバー等に接続し、読み出せるようにしておくのです。このような下準備だけをしておけば、重たい記録を運ばなくてもインターネット経由でVPN接続をし、書面等の閲覧や加工・修正ができるようになります。

ただ、VPNの設定をするのは私でも業者さんにお願いしていますので、VPNの設定までする気はおきないという方もおられるかもしれません。そこで、私がたまに利用するのは、使用したいデータを自己宛にメールにて添付ファイルで送付しておくという方法です。もちろん、大量の資料を送付することは困難ですが、何種類かのファイルさえ見られれば一定の仕事ができるという場合には、自分のパソコンでなくても仕事が出来ますので、出張先では重宝する方法です。

外出先で、大量の資料をPDFファイル等で閲覧したい場合には、インターネットディスクやクラウドストレージサービスなどインターネット上にてファイルを保存するという手段もあります。(これらの詳細は本稿の目的ではありませんので説明は割愛いたします。)この場合も、事前にクラウド等にデータをアップロードしておかなければなりませんが、それさえしておけば世界中のどこにいても大量のファイルの閲覧・加工・修正が可能です。
皆さんも、出張時にはこれらのサービスを試してみませんか。

シンポジウム「自死をなくすために」のご報告

自死問題対策委員会委員 吉 野 雄 介(64期)

1 はじめに

今回は、自死問題対策委員会より、平成27年2月7日に天神ビル11階10号会議室にて開催された、シンポジウム「自死をなくすために~生きぬく知恵をともに考える~」についてご報告させていただきます。

自死問題対策委員会における自死問題への取り組みとして、「自死遺族法律相談」「自死問題支援者法律相談」といった法律相談のほか、研修会・講演会・シンポジウムを毎年開催しております。今年のシンポジウムでは、北九州出身の小説家である平野啓一郎氏を講師にお招きし、基調講演とパネルディスカッションを行うことになりました。

2 基調講演「生きぬくための知恵~複数の自分を生きる~」

平野啓一郎氏は、京都大学法学部在学中に発表した小説「日蝕」により芥川賞を受賞され、その後も数々の作品を発表されておりますが、その中で、アイデンティティや人の生死というテーマに取り組んでこられました。そして、生きづらい現代社会に対応するための処方箋として、対人関係ごとに異なる自分があるという「分人」という考え方を提案されています。今回のシンポジウムにおいても、この「分人」という考え方をテーマとして基調講演を行っていただきました。

基調講演においては、平野氏自身の生い立ちから、学生時代を経て小説家になるまでの経緯を軸に、当時の社会背景にも触れつつ、「分人」という考え方が紹介されました。私は平野氏と同い年でしたので、平野氏が講演の中で語られた1980年代、1990年代当時の社会情勢は、私も同じく学生時代を過ごした時期であり、平野氏の話を聞きながら、自分の過去も振り返っておりました。

「分人」という概念は、「個人(individual)」という概念に対比されるものです。「個人」という概念は、日本においては、近代になって入ってきた比較的新しい概念ですが、「分けられないもの」を意味する6世紀ころのラテン語が語源であるそうです。この「個人=分けられない存在」というイメージは、現代の日本社会においても一般に浸透している捉え方だと思います。その一方で、人は社会生活における様々な対人関係において、複数の異なる顔を持ちます。しかし、従来の「個人」概念からすれば、「本当の自分」はたった一つであり、それ以外の顔は表面的なもの、周りにあわせた偽りの姿、という捉え方になります。こうした捉え方に、色々な顔を持つことに対するネガティブなイメージが相まって、「本当の自分」は何かと思い悩んだり、「人と接するときの自分は本当の自分ではない」という思いから対人関係を空しく感じることにつながっていきます。また、自分を分けられない存在と捉えれば、いやなこと、辛いこと、苦しいことがあるとき、それは自分全体の問題と捉えることになり、自己そのものの否定につながってしまいます。

平野氏は、こうした「個人」概念から生ずる問題点を指摘したうえで、社会生活において、様々な対人関係の中で、それぞれの関係に応じた複数の顔を持つことはむしろ自然であり、その中のどれか一つが「本当の自分」というわけではなく、すべてが「本当の自分」であるという捉え方から、その複数の顔の一つ一つを指す概念として、「分人」という考え方を提唱されました。自分をこのようにとらえることで、複数の「分人」のバランスを取りつつ、より幸福な人生を送っていくことが可能となるのではないか、というのが平野氏の基調講演の結論でした。

こうした平野氏の「分人」という考え方は、従来の「個人」概念に対する発想の転換ですが、人が他者との関わりなしに生きることはなく、むしろ社会の中において、他者との関わり・関係性の中でその人の自我も形成されていることを思えば、むしろ自然な考え方だと感じます。私たち弁護士も、人と人との関係がまさに業務の対象であり、そこでの判断も、それぞれの関係ごとに相対的になされます。そうした点からも、平野氏の考え方は、共感できるように感じました。

以上が平野氏の講演についての私のつたない理解・感想ですが、平野氏の「分人」についての考え方は、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』(講談社現代新書)に詳しく書かれております。関心を持たれた方は、同書をご参照ください。

3 パネルディスカッション

パネルディスカッションにおいては、パネリストとして平野氏に加え、福岡大学病院精神神経科の医師である衞藤暢明氏、福岡市精神保健福祉センターの臨床心理士である志岐景子氏をお招きし、自死問題対策委員会副委員長の松井仁先生がコーディネーターを務めました。

まず、衞藤氏、志岐氏がそれぞれの立場から自死問題への取り組みについてお話しされ、その後、平野氏の「分人」主義を軸に、パネリスト間でのディスカッションが行われました。日頃から自死問題の最前線で患者や相談者に接しておられる衞藤氏、志岐氏の体験からも、「分人」という考え方に通ずる点があることが示されました。

4 参加者の声

シンポジウム当日は、市民75名、弁護士32名の合計107名の方々にご来場いただきました。ほんの一部ではありますが、参加者の皆様から寄せられた本シンポジウムの感想をご紹介いたします。

  • 平野さんの講演を聞くことができてよかったです。中学生・高校生の頃の、今思えば小さい事柄を、自分が押しつぶされてしまうくらい大きく感じていた感覚、自分が嫌いで、どうしても好きになれなかったこと、自分だけではないと思うことができました。あの頃、死を選ばず、今生きている自分がいるから悩んでいた自分をよく頑張って生きてきたと言える気がします。
  • 平野氏、衞藤氏、志岐氏、皆さんのさまざまな視点での意見が聞けて参考になった。専門用語の羅列でなく、分かりやすく、拝聴させていただいた。ありがとうございます。
  • 弁護士、精神科医、臨床心理士、小説家という一見それぞれの職業でどこが接点があるのかと思ったが、一人の人間を救う時、それぞれの立場で関わること(つながること)の大切さをこのパネルディスカッションで分かった。
  • 私の身近な周囲にも、何人かの自殺者がおり、「何であの人が」と思うこともあった。自殺のサインは発信されていたと思うが、本日のシンポジウムを通して自殺者の心理要因、背景等が少しイメージできた。今後、できればゲートキーパーとして自殺防止の役割を果たしていくことができればと思う。
  • 自死問題は向き合うことが難しいテーマです。自分の学びの為には大変ありがたい企画でしたので、ソーシャルワーカーという分人の立場で役割を考えたいと思います。
前の10件 24  25  26  27  28  29  30  31  32  33  34

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー