福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2012年9月25日

発達障がいのある被告人による実姉刺殺事件の大阪地裁判決に関する会長談話

会長談話


発達障がいのある被告人による実姉刺殺事件の
大阪地裁判決に関する会長談話


 本年7月30日、大阪地方裁判所は、発達障がいがある男性が実姉を刺殺した殺人被告事件において、被告人に対し、検察官の求刑(懲役16年)を上回る懲役20年の判決を言い渡した。
 同判決は、犯行に至る経緯や動機について、被告人に、発達障がいの一種であるアスペルガー症候群の影響があったとし、被告人が十分に反省する態度をしめすことができないことには同症候群の影響があり、通常人と同様の倫理的非難を加えることはできないとしながら、他方、十分な反省のないまま被告人が社会復帰すれば、そのころ被告人と接点を持つ者の中で、被告人の意に沿わない者に対して、被告人が同様の犯行に及ぶことが心配されるとし、社会内で被告人の同症候群に対応できる受け皿が何ら用意されていないし、その見込みもないという現状の下では再犯のおそれが更に強く心配され、被告人に対しては、許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり、そうすることが社会秩序の維持にも資するとして、有期懲役刑の上限にあたる刑を言い渡したものである。
 しかし、同判決には看過できない以下の問題点がある。
 第1は、同判決は、刑法の理念である責任主義に反している点である。人が同症候群を有することは、その人の責任ではない。同判決が、通常人と同様の倫理的非難を加えることはできないと認めるとおり、同症候群の影響は、刑を減じる方向に働くべき事情である。にもかかわらず同判決は、同症候群の影響をもって再犯のおそれを強調し、逆に刑を加重しており、責任主義に反していている。被告人に対し、許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり、そうすることが社会秩序の維持に資するという発想は、保安処分につながるものであり、到底許されるものではない。
 第2は、同判決が、同症候群の障がい特性に対する無理解に基づいている点である。同症候群を有する人は、社会的なコミュニケーション力や、相手の気持ち・場の雰囲気を読み取る力が弱く、限定した興味に対するこだわりが強い、といった特性を有しているが、同症候群が危険であるとか、直接犯罪に結び付くといったことは決してない。むしろ同症候群を有する人は、これらの特性を周囲に理解してもらえず、ストレスに苦しみながら真面目に生活している人が多く、十分な支援があれば、逸脱行動を取ることは稀である。
 本件において被告人の再犯防止に必要なことは、障がい特性に応じた十分な支援を受けさせることである。わが国の刑務所では、同症候群を含む発達障がいに対する支援体制は乏しく、長期間刑務所に収容しても、その効果を期待することはできない。
 同判決は、障がい特性に対する無理解により、被告人に対する再犯防止への道筋を誤っており、同判決が、同症候群に対する社会の偏見や差別を助長することを深く懸念するものである。
 第3は、同判決が、同症候群を含む発達障がいに対する法的・社会的状況について明らかに誤った認識を有している点である。発達障がいを有する人に対しては、2005年(平成17年)に発達障害者支援法が施行され、発達障がいを有する人の自立及び社会参加に資するようその生活全般にわたる支援を図ることが社会全体の責務とされ、都道府県及び政令指定都市において発達障害者支援センターが設置されている。また厚生労働省においても、障がいにより福祉的な支援を必要とする矯正施設退所者について、退所後直ちに福祉サービス等につなげるために「地域生活定着支援センター」が各都道府県に開設されるなど、目下、諸施策が立案・実施されているところである。
 同判決が、社会内で被告人の同症候群に対応できる受け皿が何ら用意されていないし、その見込みもない、という認識は明らかに誤っており、その誤った認識から、被告人を許される限り長期間刑務所に収容すべきとすることもまた、明らかに誤っている。
 司法を担う裁判所が判決において、このような誤った認識を示すことは、同症候群をはじめとする発達障がいを有する人に対する社会的偏見や差別を助長するものであって到底看過できない。
 当会は、同判決が有する重大な問題点を指摘するとともに、広く社会に対し、障がい特性や、障がい者を取り巻く法的・社会的状況等を正しく理解することを求める。


2012年(平成24年)9月25日

福岡県弁護士会会長 古 賀 和 孝


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