福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2012年3月30日

子ども・子育て新システムに関する意見書

意見


                      
2012(平成24)年3月30日


                              福岡県弁護士会
                              会長 吉村敏幸


少子化対策基本法によって設置された少子化対策会議は,平成22年6月29日,「子ども・子育て新システムの基本制度案要綱」(以下「要綱」という。)を決定し,政府は平成23年通常国会に法案を提出する予定とされていたものの,同国会における法案提出は見送られた。
少子化対策会議は,平成23年7月29日,それまでの議論の到達点であるとして,「子ども・子育て新システムに関する中間とりまとめ」(以下「中間とりまとめ」という。)を決定したが,関係各者から様々な反対意見や慎重意見が出され,政府は更なる議論を余儀なくされた。
その後,少子化対策会議は,平成24年3月2日付で「子ども・子育て新システムの基本制度について」を決議し,そこでは「子ども・子育て新システムに関する基本制度」(以下,「基本制度」という。),「子ども・子育て新システム法案骨子」(以下,「法案骨子」という。)を定め,これに基づいて「子ども・子育て支援法案(仮称)」,「総合子ども園法案(仮称)」並びに「子ども・子育て支援法及び総合子ども園法の施行に伴う関係法律案(仮称)」の三法案の作成作業を急ぎ,税制抜本改革とともに今国会への提出を行うとしている。
しかしながら,基本制度の内容は,中間とりまとめ後の議論を踏まえてもなお,様々な問題点を内包しており,これが法案として提出されて新システムが実施されることになれば,我が国の保育及び幼児教育制度は根底から覆され,子ども,ひいては我が国の未来に取り返しのつかない大きな打撃を与えかねない。
この問題は,国の根幹,未来に影響する重要な問題であるため,実質的な意味での国民的議論が必須なはずであるが,それがほとんどなされないまま,形式的に開かれた形での議論を重ねただけで,まさに来年度から新システムが始まろうとしている。
福岡県弁護士会は人権擁護と社会正義の実現という使命を果たすべく,新システム導入により大きな影響を受けるにも拘わらず自ら声を上げることができない子どもたちや,議論の蚊帳の外に置かれた市民に代わり,同法案の今国会への提出,議決,来年度からの導入に反対し,あるべき保育制度改革につき提言を行うものである。
第1 意見の趣旨
   新システムの導入によって大きな影響を受ける一人ひとりの子どもの権利に照らせば,新システムには,以下の通り多くの問題点がある。
①新システム導入によって,実際にはどのような効果と弊害が生じるかが明らかにしないまま,幼保一体化の看板が全面に掲げられていること
②指定基準の厳格化,明確化が図られていないこと
③児童福祉法24条1項の改悪につながりかねないこと
④財源が不明確なままであること
以上のような問題点があるので,当会は,基本制度及び法案骨子を基礎とした法案の提出,議決,来年度からの新システム導入に反対し,子どもの権利を中心に据え,上記問題点に十分配慮したうえでのシステムの構築と導入がなされるべきであることを提言する。

第2 意見の理由
 1 新システムの骨子及び問題点の概観
   新システムは,幼児期の学校教育・保育について,子どもにとって生涯にわたる人格形成の基礎を培う極めて重要なものであることと捉え,また,非正規労働者の増加などの雇用基盤の変化,核家族化や地域のつながりの希薄化等による親達の苦労を懸念し,子どもと子育て家庭を応援する社会の実現に向けての制度構築を図ると謳い,幼保一体化を主たる柱として具体的仕組みを以下のように示している。
(1) 幼保一体化の目的
   質の高い学校教育・保育の一体的提供,保育の量的拡大による待機児童問題の解消,家庭における養育支援の充実を目的とする。
(2) 具体的な仕組みの骨子
  ① 指定制度の導入
 保育事業拡大のため,多様な事業主体の保育事業への参入を促進する。
  ② 総合こども園の創設
    学校教育・保育及び家庭における養育支援を一体的に提供するため,施設の一体化を図る。
   これらは,一見すると,幼保一体化施設による保育・幼児教育の量的拡大が図られ,一人一人の子どもへの保育・幼児教育の実施がより保障されるようになるかのように思える。
   しかし,以下に述べるとおり,新システムの仕組みとその効果を具体的に検討すると,待機児童問題の実質的解消にどれだけ効果があるのか不明である上,保育の質が低下していくおそれをはらんでいることが明らかである。
  そもそも幼保一体化は,本来的に制度設立の経緯及び目的の異なった幼稚園と保育園を一体化しようとするものであり,そのことの効果と弊害を十分に検討したうえで,これを導入するのであればその効果を最大限発揮しうるような制度でなければならないはずである。
  また,新システムにより,株式会社等のさまざまな団体が保育業界に参入できることになるが,そもそも福祉領域の保育には市場原理になじみにくいものであるところ,指定制度の導入により保育が単なる産業になってしまうことがないように十分配慮される必要があるのに,それが十分なされているとは言い難い。
  さらには,市町村と保護者の費用負担の問題や,新システムの財源についても未だ不透明な部分が多く,今後の日本の未来に大きく影響する保育システムの改革が,財源も不明確なまま導入されることは極めて危険である。この点に関しては,財源が明確になるまでの期間,システム導入による効果と弊害について十分に議論を尽くし,子どもの権利に照らして修正するべきところは修正し,その上で導入するべきである。

2 予定されている新システムの具体的な問題点について
①新システム導入によって,実際にはどのような効果と弊害が生じるかが明確にされないまま,幼保一体化の看板が全面に掲げられていること
  政府は,「質の高い学校教育・保育の一体的提供」を幼保一体化の目的の一つとして掲げているが,そもそもなぜ一体化させる必要があるのかその議論が尽くされたとは言い難い。
  確かに,現代においては、保育園及び幼稚園が、それぞれの本来的なサービスに加えて、保育園が教育的な機能を担い,他方で幼稚園が預かり保育等のサービスを行うようになってきており,そうであれば一体化してしまえばよいのではないかとの意見や要望があることは明らかである。
  もっとも,保育園と幼稚園は,その設立経緯,制度趣旨・目的が元来的に異なっており,既存の幼稚園の空き教室を有効活用して待機児童の解消が図られれば万事解決ということにはならず,幼保一体化の効果と弊害についてはより慎重な議論が必要なはずである。
幼保を一体化すると,そこに通う子どもたちは,それぞれ親の就業の有無によって,園で過ごす時間を異にし,一体的な保育や幼児教育ができなくなるなどの弊害が現在の認定子ども園の現場からも上がっている。
そもそも,保育や幼児教育は,そこで家族以外の人間関係を学ぶ場であるにも関わらず,そこでの保育や幼児教育が,子どもごとに,しかも親の都合によって分断されてしまえば,質の高い保育や幼児教育を実施することはできないのである。
社会的な要望と言った効能面のみを強調するのではなく,その弊害についても慎重に議論がなされるべきであることは明らかである。
  また,一体化についての議論が十分になされ,これを推進するとの立場をとるとしても,基本制度及び法案骨子によれば,国の基準をクリアした施設の総称を「こども園」とし,①幼稚園と保育園の機能を併せ持つ,幼保一体の「総合こども園」(ここでは待機児童のほとんどを占める0歳~2歳の子どもの受け入れは義務付けられていない。)②幼稚園,③0歳~2歳対象の「保育所」,④一部の無認可保育所やNPO,株式会社が設立した「その他の施設」の4種類に分かれ,設置基準,対象年齢,内容,開所時間が異なる施設が,すべて「こども園」を名乗ることになっている。
  なお,現在の認可保育所と認定こども園は自動的に総合施設に移行するが,幼稚園は,幼稚園のままか,総合施設になるかを選択することになる。
  さらには,幼稚園団体の意見を踏まえ,私学助成を併存させるなど,維持されるべき理念は後退していると言わざるを得ない。
  このように,今回の新システムの看板に掲げられていたはずの「幼保一体化」は,根本的な部分の議論が不十分であるばかりか,「こども園」を名乗る様々な施設の中に,幼保が一体化した「総合子ども園」が含まれるという,非常に分かりづらい構造となるにも拘わらず,「こども園」全体が「幼保一体化」となるかのようなイメージを先行させているのであり,その実体が国民に十分に理解されているとは到底言い難い。
  このような状況の中で,基本制度及び法案骨子によりつつ,待機児童問題を解消しようとすれば上記④「その他の施設」の指定基準を下げ,そこに「こども園給付」を交付し,企業の参入を促すことにならざるを得ないことが大いに予測される。
  そうすると,質の維持が伴わない,例えばビルの一室にある「こども園」に子どもが押し込められるような事態も予測され,子どもの保育環境が低下する恐れが大きいのである。
  待機児童問題が先鋭化している都市部において,基準を緩めた④「その他の施設」が増えたとしても,それは実質的に見て待機児童問題の解消にはつながらないのである。
  幼保一体化の効能を認め,これを推進していくのであれば,そこに通うことを望むすべての子どもが,総合子ども園に入所できるようにしなければならないはずである。
  新システムが導入されても,都市部における現在の待機児童が,幼保一体化の施設に通うことにはならないであろうことを,政府は前もって国民に説明をするべきである。
②指定基準の厳格化,明確化が図られていないこと
現行制度における保育施設の最低基準は,子どもが健康で安心して生活ができ保育を受けられる最低限を保障するものである。すなわち,現行制度における基準は,これ自体最低限を保障したものであって,これ以下の基準であれば,子どもの健康で安心した生活を保障することが出来なくなる。
   これに対し,基本制度及び法案骨子よれば,こども園として都道府県(予定)から指定されるには,「質の確保のための客観的な基準を満たすことを要件に,①認可外施設を含めて参入を認め,②株式会社,NPO等,多様な事業主体の参入を認める(指定制)。これにより,保育の量的拡大を図るとともに,利用者がニーズに応じて多様な施設や事業を選択できる仕組みとする。」とされる。そして,「指定基準の各々の水準については,今後,要検討」「指定要件については,現行の基準を基礎として,人員配置基準・面積基準等,客観的な基準を定め,適合すれば原則指定を行うことで透明性を確保する」とされている。
   すなわち,新システムが導入された場合の指定基準については,未だ具体化されておらず,新システムが種々の主体の広い参入を認める以上,その指定基準が,現状よりも厳格化されることは期待できず,むしろ緩和されることが大いに予測される。そして,利益の追求を本来的な目的とする株式会社の参入を認めている以上,新制度での指定基準が,緩和されることは明白である。
   仮に,指定基準が緩和されなくても,新制度下では,採算性が重視されることになるため,結局,運営が続けられない事業主体が生じることが予想される。
   また,新システムでは,需給調整を行うと予定されているが,どれほど実効性があるか極めて疑問であるし,その需給調整の中で,既にサービスを受けている子どもの幼児教育や保育の一貫性が保たれず,質が維持されないことが危惧されるのである。
   以上のように,仮に指定制度を導入するとしても,その指定基準は厳格化,明確化すべきであり,それが十分なされないまま新システム導入がされるべきではない。
 ③児童福祉法24条1項の改悪につながりかねないこと
   現行制度においては,児童福祉法24条1項に基づき,保護者が認可保育所に入所を希望する場合,保護者が市町村に認可保育所の利用を申し込み,市町村が保育の必要性を判断した上で入所の可否を決定している。この場合,契約は市町村と保護者の間で締結され,市町村が各保育所に保育を委託することになっている。
   これに対し,新システムでは,保護者は市町村から子どもの「要保育度」の「認定」を受け,その認定に基づいて希望の園に直接利用を申し込み,直接契約を締結することになり,園側は,契約締結の際に採算性を考慮せざるを得ないことになる。この点で,堅持されるべきはずの現行の児童福祉法24条1項は改悪を余儀なくされるのである。
   また,新しく予定されている「こども園給付」は,園が代理受領することとされているが,保護者の自己負担分に関しては,滞納リスクを園が負担することになる。
   例えば,貧困層の家庭に生まれた障害を持った子どもなど,受け入れ施設側にとって,経済的な採算性の面では必ずしも利益をもたらさない場合に,「子ども・子育て新システム」では,その保育が保障される制度となっていない。たとえ障害を持つ子どもが「優先的な選定」を受けられたとしても,施設の側において,「正当な理由」を口実とした受け入れ拒否が可能であり,その「正当な理由」の内容をどのように限定するかの議論も十分にされておらず,また具体化もしていないのである。
   このような制度では,最も保護を必要とする子どもたちに質の維持された保育が保証されず,保護者の資力や障害の有無によって,就学前から子どもが差別を受けるような状況が予測されるのに,この問題に関する十分な議論がされていないのである。
   このように,新システム導入により,市町村の保育実施責任がなくなることで形式的には待機児童問題は緩和される可能性があるものの,「要保育認定」を受け,施設に入所する権利はあるものの,入所出来ない子どもたちが発生することが大いに予測され,新たに,いわゆる「保育難民」の問題が生じる可能性が高いのである。
   以上のとおり,新システムは,待機児童問題を解消し,すべての子どもに質が確保された保育・幼児教育の機会を与えるというあるべき制度とは相当にかけ離れたものとなるおそれがあり,弱者に光が当たらない,非常に暗い未来を創りだす制度となりかねないものなのである。  
   また,現在の保育料算定は,市町村の保育実施責任に基づき,保護者の所得に応じた,いわゆる「応能負担」となっている。
そして,基本制度及び法案骨子においても,形式的には,応能負担となることがうたわれている。
  しかし,新システムにおいては,「利用者負担については,所得 階層区分ごと,保育の必要性の認定の有無,認定時間(利用時間)の長短の区分ごとに定額の負担を設定することを基本とする。」と明記されており,利用料は,公定価格を基準にするものとされ,また,利用者の利用料の負担を定めるに当たって,所得階層も考慮するかのようであるが,その算定に当たって,どれだけの時間利用したかという利用時間を踏まえるものであり,その時間による価格に加えて,施設,サービスによる上乗せ徴収を可能としたことにより,その実態は「応益負担」の保育料算定になるのである。
  そして,全国基準額を踏まえ,市町村が費用徴収基準額を定めることとする。なお,実費徴収や実費徴収以外の上乗せ徴収については一定の要件の下で「施設が定める」とされる。
  こうなると,「公定価格」というのは形だけで,保護者が支払うべき保育料は,施設やサービスによって区々になることが大いに予測される。しかも上乗せ徴収名目で,保護者の経済力に応じた,サービスの差別化が図られることが危惧される。経済状況が厳しい保護者はなるべく上乗せされないように利用を控えたり,施設側はなるべく上乗せ徴収が可能と思われる子どもを優先したりするなど,保護者の経済力が,こどもの保育環境に直結してしまうことになるのである。
  このような弊害まで予測されるのであるから,現行の市町村の責任は維持されるべきであり,児童福祉法24条1項を改悪するような制度導入はするべきでない。
④財源が不明確なままであること
  基本制度及び法案骨子では,新システムの実施に当たって,「『社会保障・税一体改革成案』(平成23年6月30日政府・与党社会保障改革検討本部決定)においては,税制抜本改革によって財源を措置することを前提に,2015年における子ども・子育て分野の追加所要額(公費)は0.7兆円程度(税制抜本改革以外の財源も含めて1兆円超程度の措置を今後検討)とされた。」と記載されており,これを前提としている。
  前提となっている「税制抜本改革」とは,昨今議論になっている消費税増税を主要な内容としたものである。すなわち,新システムは,消費税が増税され,かつ,これが予定通りの税収を得られることが前提である。そして,この増税自体の是非も,税率自体も,未だ国民的コンセンサスが得られていないことは明白である。
  このように財源的な手当もままならない状況下で,不十分な内容のシステムを見切り発車するような事が,断じてあってはならないことは,これまで述べてきたところから明らかである。第3 結語
 以上のように,政府が導入を急いでいる新システムは,なお多くの問題点をはらんでいるのであるから,当会は,拙速なシステム導入に反対し,それらの問題点を十分に議論解消し,確実な財源が確保されたうえでの制度導入を求めるものである。
 
以 上

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