福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

2023年5月29日

精神保健国選代理人制度の速やかな導入と暫定措置を求める決議

決議

決議の趣旨
 当会は、国に対し、精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度ないし国費による無償の弁護士選任制度の速やかな導入を改めて求めるとともに、これらの制度が導入されるまでの間においても、暫定措置として、国、精神医療審査会及び精神科病院に対し、全国各地の弁護士会が実施している精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度を精神科病院の入院者に周知する運用を強く求める。


決議の理由
1 精神科病院入院者の不服申立手続である精神医療審査会に対する退院請求及び処遇改善請求手続(以下「退院請求等手続」という。)は、1984年(昭和59年)に発覚した宇都宮病院事件をはじめとする精神科病院における入院者への虐待等深刻な人権侵害状況に対し、国内外からの厳しい批判を受け、1987年(昭和62年)の精神衛生法から精神保健法への改正において導入されたものである。
2⑴ 国際人権B規約9条4項は「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所(Court)がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する。」と定める。わが国政府見解では、Courtとは専門的なトライビューナル(裁決機関)であってもよいとの国際的解釈の下、精神医療審査会は同規約上のCourtであるとされている。
したがって精神医療審査会にはCourtとしての実体を担保する手続保障の必要があるが、退院請求等手続が、精神科病院入院者の人身の自由や処遇に関する基本的人権の制約に対する不服申立手続であることにかんがみれば、退院請求等手続における弁護士人選任権の保障は最も重要な手続保障である。
⑵ 1991年(平成3年)12月に国連総会において決議された「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」(以下「国連原則」という。)の原則18の1においても「患者は不服申立て又は訴えにおける代理を含む事項について、患者を代理する弁護人を選任し、指名する権利を有する。もし患者がこのようなサービスを得られない場合には、患者がそれを支弁する能力がない範囲において、無償で弁護人を利用することができる。」と定められている。
⑶ ところが現行の精神保健福祉法及び関連法制の下では、入院者の弁護士選任権の保障は前提としているものの(弁護士との面会は絶対に制限できない権利とされている)、弁護士選任権を明文で保障する規定はなく、ましてや、これを入院者に告知する制度的運用もない(強制的入院者に入院の際に交付すべき権利告知書の内容に含まれていない)。もちろん、国選代理人制度ないし国費による無償の弁護士選任制度もない。
  そのため、厚生労働省の衛生行政報告例によれば、退院請求等手続を利用する者は、精神科病院入院者全体のわずか1.5%程度に過ぎず、そのうちさらに代理人が申立てを行っているのは6%台という、極めて由々しき状況が続いている。
3 当会は、こうした現行制度のなか、国際人権規約及び国連原則の理念を体現すべく、全国にさきがけ、1993年(平成5年)に、精神科病院入院者等からの依頼により病院に赴き無料で法律相談を行い、退院請求等手続の代理人となる「精神保健当番弁護士制度」を当会自らの費用負担により発足させ、現在まで活発な活動を展開してきた(2023年(令和5年)4月1日現在の精神保健当番弁護士名簿の登録弁護士数は408名、コロナ禍の影響をさほど受けていなかった2021年(令和3年)度における出動申込み件数は404件にのぼっていた。なお当会の活動は、費用負担の点では2002年(平成14年)10月開始の日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)の法テラス委託援助事業に引き継がれている。)。
  また、精神保健当番弁護士制度の全国普及に向けた活動にも積極的に取り組んできた。
4 こうした活動を踏まえ、当会は、2020年(令和2年)10月の総会において、精神保健福祉法の退院請求等手続に国選代理人制度を導入することを求める決議を行った。
  その後、日弁連も、2021年(令和3年)10月15日、人権擁護大会において「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」を行い、その中で、無償で弁護士を選任し、援助を受けることができる制度を速やかに創設することを求めるとともに、精神科病院入院者がいつでも迅速に利用できる弁護士選任制度を速やかに全ての弁護士会に創設することに全力を尽くす決意を示した。
  2023年4月現在、全52弁護士会中、実施済み弁護士会は32、実施に向け準備中の弁護士会は7に上り、今後、さらなる整備拡充が期待される。   
5 ところが、2022年(令和4年)12月、精神保健福祉法が一部改正されたが、同改正において国選代理人制度の導入は盛り込まれなかった。当会はこれに対し、遺憾の意を表明し、国選代理人制度(退院等請求をした精神科入院者のために国あるいは精神医療審査会が弁護士代理人を選任する制度)ないし国費による無償の弁護士選任制度(退院等請求をした精神科入院者が弁護士代理人を選任するかどうかはあくまでも本人の意思に委ね、その弁護士費用を国が負担する制度。国選代理人制度と併せて本決議において「精神保健国選代理人制度」という。)の速やかな導入を改めて求めるものである。
  加えて、これらの制度が導入されるまでの間においても、現に今いる精神科病院入院者の弁護士選任権を実効あらしめるためには、暫定措置として、①国が、強制入院者に入院の際に交付する権利告知書の内容に全国各地の弁護士会が実施している精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度の説明(とりわけ、その利用には費用援助制度が整備されていること)及び連絡先を盛り込むこと、②精神科病院管理者が、その後も入院者が入院中継続的にこれを認識し得るよう掲示等で周知すること、③精神医療審査会が、退院請求等の申立時に代理人が付いていない入院者に対し、弁護士選任権についての認識や理解を確認し、当該権利や費用援助制度について分かりやすく説明することが極めて重要である。
6 厚生労働省の令和4年度の精神保健福祉資料(いわゆる630調査)によれば、わが国の精神科病院には現在もなお約26万人もの入院者がおり、その半数約13万人が精神保健福祉法により強制的に入院させられた人たちである。これは、わが国の令和3年末時点の受刑者数が3万8366人であり減少傾向にあること(令和4年版犯罪白書)と比較すると、その3倍以上であり、しかも強制入院については期間も決まっていない、いわば不定期刑ともいうべき身体の自由に対する制約である。まさしく精神科病院入院者に対する権利擁護は、弁護士・弁護士会が取り組むべき最後に残された大きな人権課題というべきである。
  入院者の基本的人権を確保するためには、精神保健国選代理人制度が不可欠であり、当会は国に対し、その速やかな導入を改めて求めるとともに、これらの制度が導入されるまでの間においても、暫定措置として、国、精神医療審査会及び精神科病院に対し、精神保健当番弁護士ないし精神保健出張相談等の制度を入院者に周知するための上記運用を強く求めるものである。

以上


2023年(令和5年)5月26日

福岡県弁護士会

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー