福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

月報記事

紛争解決センターだより

紛争解決センター運営委員会副委員長 渡邊 洋祐(52期)

今回は、当職が申立代理人として関与した事案についてご紹介させていただきます。

事案の内容は、一戸建ての家屋の建物明渡し請求ですが、当職は、賃貸人の代理人として、あっせん・仲裁申立てを行いました。

賃貸借契約は10数年前に2年契約で締結され、その後、自動更新を繰り返しておりましたが、賃貸人は、県外で家族と離れて働いている80代の男性で、高齢である上、食道がんを患っている状況であったため、本件建物で家族と一緒に暮らしたいとして、当職が委任を受ける前の段階で、自ら賃借人に対して解約通知を送付し、明渡し交渉を行っておりました。

しかしながら、当事者同士の交渉では解決の糸口が見出せなかったため、当職が建物明渡しの依頼を受けることとなりました。

本件においては、賃貸人に建物の自己使用の必要性が認められ得ると考えられたことや、受任前のやりとりにおいては、賃借人は賃貸人の提示する条件での明渡しに抵抗を示してはいるものの、明渡しそのものを頑なに拒絶している様子でもなさそうであったことから、当初から訴訟ではなく、あっせん・仲裁手続きに持ち込む方針で委任を受けることにしました。

当職受任後の手続きは以下のように進んでいきました。

(1) 平成31年1月

受任通知兼明渡し請求書の発送

(2) 平成31年2月

相手方代理人弁護士からの回答書受領

~相手方代理人と交渉し、あっせん・仲裁手続きで紛争解決を図る旨の了解を得る。~

(3) 平成31年3月

あっせん・仲裁申立て

(4) 令和元年5月

第1回あっせん仲裁期日

※申立て当初、高齢・病気の正当事由を主張するのみで、立退料の提示を行っていなかったため、正当事由の詳細について相手方から具体的な主張・立証を求められ、次回期日までに可能な限りの具体的な主張・立証を行うこととなりました。

(5) 令和元年7月

第2回あっせん仲裁期日

※相手方から正当事由に関するより詳細な主張・立証を求められ、これについて準備することとなったほか、双方において立退料の提示についても可能か否か検討することとなりました。

(6) 令和元年8月

第3回あっせん仲裁期日

※双方から期日間において立退料の提示を行っておりましたが、差異が大きかったため、次回期日までに双方にて譲歩案の提示について検討することとなりました。

(7) 令和元年10月

第4回あっせん仲裁期日

※期日間に双方から譲歩案の提示を行い、立退料の差異は相応に縮小されましたが、まだ金額に隔たりがあったため、あっせん人から和解案の提示がなされ、これを双方にて検討することとなりました。

(8) 令和元年11月

第5回あっせん仲裁期日

※期日間にあっせん人からの和解案について双方受け入れるとの合意が調ったため、和解成立となりました。

なお、明渡し日を和解成立の約7ヶ月後とすることとなったため、不履行の際の執行力を確保するため、和解については、仲裁判断の形式で成立させることとなりました。

本件については、あっせん・仲裁申立てから和解成立に至るまで7ヶ月以上の期間を要しました。

しかしながら、同種の事案について、訴訟を提起する場合、より長期の時間を要するのが一般的であり、また、立退料の鑑定、尋問等の重い負担が発生します。

これらの負担を考慮すると、あっせん・仲裁手続きによって、本件を解決することで当事者双方の負担は相当程度軽減されたものと考えられます。

また、あっせん・仲裁手続きは3回程度の手続きにて終了するのが通常ですが、あっせん・仲裁人の先生には、5回にわたる期日に丁寧に対応していただき、また、双方が納得する適切な和解案を提示していただき、このようなあっせん・仲裁人の先生の尽力により本件紛争について合意が成立するに至ったと思います。

建物明け渡し事案については、過去にもあっせん・仲裁手続きにて、仲裁判断の形式で和解を成立させることによって解決した例が存在しており、同種事案の簡易迅速な解決に当たっては、あっせん・仲裁手続きが極めて有効であると思います。

「日弁連第11回貧困問題に関する全国協議会」の報告

会員 平尾 真吾(66期)

1 はじめに

令和元年9月21日(土)、東京霞が関の弁護士会館17階会議室にて行われた「第11回貧困問題に関する全国協議会」に参加してきましたので、その様子を報告致します。

本協議会は、各単位会の代表者が集まり、貧困問題に関する日弁連・各単位会の取組みの状況等を報告することを目的とする会です。

2 貧困問題に関する日弁連の取り組み

まず、日弁連貧困問題対策本部事務局長吉田雄大先生(京都会)より、貧困問題に関する日弁連の取り組みについての報告がありました。

日弁連として重点的に取り組む課題として、労働相談事業の強化や奨学金問題などを含む15点があり、とりわけ生活困窮者自立支援法の相談事業の拡大、ブラック企業対策を目的とした労働相談事業の充実等が挙げられるとのことでした。これらの問題は、法テラスの司法ソーシャルワーク、行政や他の関連委員会との連携を図り対応する必要があることが強調されました。

3 滞納処分に対する対応策

次に、佐藤靖祥先生(仙台会)より、「あるべき滞納処分とは」と題して講義がありました。

近年、自治体が国民健康保険税などの公金の債権回収業務を強化しており、一部自治体で本来的には差押禁止債権である給与等が送金される口座(預金口座自体は差押禁止ではない)に滞納処分を行ったり、無理な分納誓約をさせるケースが見られるとのことでした。

佐藤先生は、このような過酷な滞納処分がなされている背景として、自治体が広汎な調査権(国税通則法141条)と裁判所を介さずに自ら差押えをすることが出来る権限を有していることがあると指摘されていました。

佐藤先生からは、滞納自体には問題があるとの前措きがありました。しかしながら、自治体が対象者の生活困窮状況を鑑みずに一方的滞納処分を行っていることが問題であるとの説明がありました。そのような過酷な滞納処分を行った結果、滞納処分を受けている人が、生活保護よりも厳しい資産状況となり、生活困窮者を増加させているとの指摘がありました。

対処法として、(1)納税の猶予(国税通則法46条2項・3項、地方税法15条1項・2項)、(2)換価の猶予、(3)滞納処分の停止(国税徴収法153条1項、地方税法15条の7)という方法があります。佐藤先生は、この問題に対応するには、まずは、職権による換価の猶予(国税徴収法151条、地方税法15条の5)と滞納処分の停止を念頭に入れればよいのではないかとのことでした。特に、滞納処分の停止とは、滞納処分を回避するものであり、停止が3年間継続すると納税の義務自体が消滅する制度です。

また、一部自治体で先進的な取り組みを行っていることも報告されました。例えば、滋賀県野洲市では、税金滞納を生活困窮の徴表と捉え、徴税部署と生活困窮者支援部署が連携し、生活支援を行っているとのことでした。税務情報を生活困窮者対策に活用するためには、税法等に規定される公務員(特に徴税吏員)の守秘義務との関係が問題となります。ただし、先進的な対応をしている自治体では、対象者に税務情報の取扱に関する同意書の作成を求め、税務情報を徴税部署と生活困窮者支援部署で共有するという運用を行っているようです。

4 労働相談・生活困窮者自立支援法の各会の取り組み

その後、労働相談や生活困窮者自立支援法に関する取り組みについて、特に顕著な実績のある単位会より報告がありました。

当会は、平成30年度の労働相談件数が1235件と、東京会に次いで多く、件数が多い理由について報告を求められました。労働相談が多い単位会は、法律相談センターの振り分けが機能していること、労働相談が無料化されていること、ターミナル駅の駅前に相談箇所を設置したり、夜間の相談を行っていること、会員向けの労働相談連続研修会の開催といった共通の特徴があるのではないかとの分析もなされました。

また、生活困窮者自立支援法の取り組みについては、各単位会が、自治体の生活困窮者自立支援部局と連携し相談業務を行っている様子が紹介されました。特に、大阪会では、困窮者相談担当弁護士経験交流会(年2回)、困窮者支援相談担当弁護士向けの連続研修会(基礎編・応用編)、滋賀県野洲市や大阪府豊中市といった先進自治体の事例を学ぶシンポジウムを開催するなど、積極的な活動を行っているとの報告がありました。

生活困窮者自立支援法の取り組みについては、当会のリーガルエイドプログラムのような先進的な取り組みもありますが、多くの単位会で、社会福祉協議会や自治体などと連携を行い、弁護士が電話相談を行ったり、生活困窮担当の職員向けの研修や協議会を立ち上げるといった取り組みが定着しているように感じました。しかしながら、相談件数などをどうやってあげていくかといった課題に直面している単位会もあり、各単位会として生活困窮者に対する相談の掘りおこしをどうしていくかが課題であるように思いました。

5 法テラスの準生活保護者免除申請制度について

法テラスの準生活保護者免除申請制度についての各単位会での周知状況についての報告がありました(具体的な制度紹介については、当報569号41頁の東会員の報告をご確認下さい。本協議会にも参考資料として配布されていました)。

ただ、どの単位会も当該制度についての十分な広報がなされておらず、結果的に当該制度に関しての十分な周知がなされていないという指摘がなされていました。参加会員からは、その理由として、事例の蓄積が少ないとの意見がありました。本協議会では、今後の事例の蓄積を弁護士会側でどのように行っているのかという課題が議論されていました。また、当該制度が、高齢者や障害年金・障害者手帳を受けている身体・精神障害者に限定して、その対象としていることも指摘されました。特に、当該制度が、経済的に困窮している母親の養育費請求などといった母子家庭問題に対応できておらず、制度として不十分ではないかといった意見もありました。

6 生活保護法にかわる「生活保障法」の制定の提言

日弁連では、平成31年2月に、生活保護法改正要綱案(改定版)を作成・公表しており、本協議会では、その要綱案の説明がありました。

具体的には、生活保護法にかわる「生活保障法」を制定すべきとし、5つの改正案の柱があるとの説明がありました。すなわち、(1)権利性の明確化、(2)水際作戦(保護申請をさせずに窓口で突き返すこと)を不可能にする制度的保障、(3)保護基準決定に関する民主的コントロール、(4)生活困窮層に対する積極的支援、(5)ケースワーカーの増員と専門性の確保の5つです。

特に、(4)生活困窮層に対する積極的な支援の制度設計が印象的でした。これは、生活保護利用世帯とその一歩手前の困窮世帯の「逆転現象」(困窮世帯が医療費などの自己負担金を支出したことによって、結果的に困窮世帯の可処分所得が保護利用世帯よりも少なくなること)を防ぐことを目的とするものです。手段としては、困窮世帯の収入が最低生活費の130%未満の場合には、当該困窮世帯が教育・医療・住宅・生業扶助の生活保護法上の給付を単独で利用できるとするものです。

7 終わりに

本協議会に参加し、特に、各単位会が、生活困窮者に対する支援をどのようにしていくのかという課題に直面していることが良く分かりました。その中で、当会が運用しているリーガルエイドプログラムは画期的なものであると感じました。

一方で、大阪会のように、生活困窮者の支援を積極的に行い、各種研修会やシンポジウムを行っている単位会もあるなど、今後の会務に参考になる(かつ刺激にもなる)情報を得ることができ、極めて有意義な協議会でした。

人質司法からの脱却~その勾留、本当に必要ですか?~

会員 川上 誠治(68期)

1 はじめに

令和元年9月14日(土)午後1時より、福岡県弁護士会館2階大ホールにおいて、第62回日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「人質司法からの脱却~その勾留、本当に必要ですか?~」が開催されました。

2 基調報告「未決勾留制度の現状と課題」

愛知学院大の石田倫識教授から、「未決勾留制度の現状と課題」と題した基調報告がありました。

石田教授からは、勾留制度は、「罪証隠滅」及び「逃走」を阻止するための制度であるが、実務の現状は、主に被疑者を取調べることが目的となっている。これは未決勾留の目的外使用にあたるのではないか、という疑問が投げかけられました。

このような現状を踏まえ、人質司法の脱却を図るべく、具体的な改善策として、(1)具体的な資料に基づく高度の蓋然性(現実的可能性)が認められる場合にしか勾留を認めない、(2)少なくとも、勾留を基礎づける疎明資料については、弁護側にも証拠開示を認めるべき、(3)勾留質問や取調べに弁護人の立会いを認めるべき、といった提言をいただきました。

石田教授の報告では、的確な現状分析を前提として、未来に向けてどう刑事手続を変えていくべきか、一定の方向性が示されました。非常に示唆に富む内容であったと思います。

3 特別報告
(1) 準抗告運動の内容及び現状の報告

準抗告運動とは、(1)会員に対して準抗告等の不服申立てを積極的に行うよう呼びかけるとともに、(2)会員から活動の報告を受け、(3)寄せられた活動の報告を分析し、定期的に周知を行うものです。

平成30年6月から8月に第一弾、令和元年6月から8月に第二弾が、九州で一斉に行われました。今年は、福岡県全体の通算報告件数が90件(うち積極事例40件)と、報告件数は昨年より大きく増加しました。

準抗告運動の成果として、会員には準抗告をすればこれだけ通るのだという意識を植え付けられただけでなく、実際に勾留請求却下率の引き上げに貢献したことなどが、野田幸言会員から、具体的な数字を挙げて分かりやすく解説がなされました。

今ある制度を使いこなして不当な身柄拘束を防止するという意味で、準抗告は弁護士が持っている大きな武器であるということを私自身再認識しました。

(2) 韓国視察の報告

このプレシンポジウムにさきがけ、本年7月23日~24日に、刑事弁護等委員会委員10名がソウルの裁判所や検察庁・警察署等を訪問しました。

日本と韓国は歴史的な経緯から、刑事手続、特に逮捕・勾留といった身体拘束手続は、非常に似通っています。しかし近年、韓国では、勾留却下率や却下数が大幅に上昇しています。

これは、2007年に、韓国において、「被疑者に対する捜査は、身柄不拘束状態で行うことを原則とする」という法改正がなされたことがきっかけになったとされています。さらに、時を同じくして、「身体拘束は慎重に行われるべき」(大法院裁判長のことば)というパラダイム転換がなされ、裁判所がこぞって積極的に勾留を却下するようになったことも原因となっているようです。

具体的には、(1)裁判官が勾留質問の際に、勾留要件に対する具体的な質問をする、(2)各裁判所に令状専門裁判官を設置する、(3)各裁判所ごとに令状発布の具体的な内部基準を策定する、といった運用がなされているようです。

その他、浅上紗登美会員からは、韓国では、日本と異なり、起訴前保釈制度があるといった報告等もありました。

わが国においても、このような韓国の制度を積極的に取り入れることが必要なのではないか、という思いを強く抱きました。

(3) 爪ケア事件における身体拘束の実情報告

東敦子会員と上田里美さんによる北九州爪ケア事件の報告がありました。

会場では、スライドで、実際の患者の写真を見ることができました。一般の方が見ると、血豆がひどく、これは「虐待なのでは?」と思われてもやむを得ない、やっぱり「爪剥ぎ」だとなりそうです。しかし、専門家の間では、これは「きれい」、本当に「爪ケア」なんですね、という感想になるということが、東会員からご説明いただきました。

上田さんは、事件当時、警察やマスコミ等から犯人扱いされたことや苛酷な取調べなどあまりにも非日常な場面に出くわしたことから、頭が真っ白になった。東会員が当番で接見に来た時の状況もあまり記憶がなく、女性か男性かといったこともはっきり覚えていない、ということを述べられました。

この事件は、一審では有罪、このままでは上田さんの看護師人生が失われる危機的状況でしたが、控訴審では無罪となりました。しかし、上田さんの身柄拘束期間は102日、起訴から無罪判決まで3年以上を費やしていることを決して忘れてはならないと思います。

4 パネルディスカッション

10分間の休憩を挟んで、パネルディスカッションが行われました。

パネリストは、石田教授、宮崎昌治氏(テレビ西日本取締役報道担当兼報道局長)、東敦子会員、德永響会員、コーディネーターは、甲木真哉会員という顔ぶれでした。

現在、ゴーン事件がきかっけで、日本の刑事手続に対して世界の目が向けられています。しかし、宮崎氏からは、近時、保釈中の被告人が逃走する事件等が数多く発生し、国民の目は逆に厳しくなっているのではないか、とう鋭い指摘がありました。

逃走の危険性があるにもかかわらず、積極的に保釈や準抗告が認められるべきであるというならば、それを国民に説明するのが裁判官や弁護士の責務である。弁護士はそうした説明責任を果たしていないのではないか、という疑問があるということです。

たいへん耳の痛い意見です。しかし、こうした叱咤激励は、われわれに対する熱いエールと受け止めるべきかもしれません。

德永会員からは、日本の刑事手続における弁護権の拡充の歴史(当番弁護士制度、取調べの可視化等)を分かりやすくご説明していただきました。加えて、德永会員は今回の韓国視察の団長を務めたことから、韓国の刑事手続の現状についても、ユーモアあふれる語り口で言及されました。

東会員からは、上田さんが逮捕されたのは平成19年7月で、韓国のパラダイム転換の時期と同じである、第一審では執行猶予が付されており、韓国の基準に照らせば、もしかしたら当時長期間拘束されることはなかったかもしれない、という話しを上田さんとされたことなどが伝えられました。

石田教授からも、韓国視察報告の感想等をいただきました。

総じて、4人のパネリストの方から、刑事手続の過去から現在さらに未来を語っていただき、非常に興味深いパネルディスカッションになりました。

5 終わりに

このシンポジウムは、第62回日弁連人権擁護大会第1分科会シンポジウムとして、令和元年10月3日(木)12時30分からJRホテルクレメント徳島「クレメントホール」において開催される「取調べ立会いが刑事司法を変える」のプレシンポジウムとして開催されたものですが、準抗告運動や韓国視察など福岡県弁護士会独自の取組みも踏まえたとてもユニークな内容になったのではないかと思います。実際、当日の参加人数は一般の方を含んで80名を超えており、たいへん盛り上がったシンポジウムになったことは間違いありません。

最後に、このプレシンポジウムでは、次の2つの提言が、拍手喝采という形で採択されました。

(1) 勾留質問の実質化

容疑についての弁解内容を聞くだけの現在の運用から、それにとどまらず、証拠隠滅や逃亡の可能性が現実にあるか具体的に質問して確認する運用とする。

(2) 勾留質問への弁護人の立会い

弁護人が勾留質問に立ち会ってはいけないという規定はない。

勾留質問の実質化を担保し、勾留要件に関する適切な情報を提供するために、勾留質問への弁護人の立会いを認める運用とする。

現状改革するにはまだまだ克服すべき課題が山積されていることを改めて痛感しました。しかし、このプレシンポジウム開催により、人質司法脱却に向けて大きな一歩を踏み出した、とは言えそうです。今後、弁護士会を挙げて、この流れを止めずに、むしろ推進ないし前進させることが、我々の役割ではないか、と考える次第であります。

人質司法からの脱却~その勾留、本当に必要ですか?~

2019年11月 1日

福岡国税不服審判官による研修のご報告

会員 牟田 遼介(68期)

1 はじめに

令和元年9月18日、福岡県弁護士会館にて福岡国税不服審判官による研修会が行われました。当研修では、福岡国税不服審判所から現役の国税審判官をお招きし、不服申立制度の概要や実務に役立つ事例紹介等について御講義頂いています。当研修は、ここ数年、毎年1回開催されており、痒い所に手が届く研修として好評を博しています。

2 研修の概要

研修前半は、福岡国税不服審判所の金沢孝志所長より、まず国税に係る不服申立制度について御講義頂きました。国税不服審判所の事務運営の特色として、争点主義的運営であること(昭45.3.24 参議院大蔵委員会附帯決議)、国税庁長官通達に拘束されないこと(国税通則法99条)、基本は書面審理であること、原則1年以内に事件が終結するように処理していること(同法77条の2)など説明頂きました。また、審査請求書を提出する場合、必要事項の記載漏れがあると、補正の対象となるため、提出前に「審査請求書作成・提出時のセルフチェックシート」(国税不服審判所HPから入手可能)等を活用して、必要事項の記載漏れの有無につき、しっかりと見直して頂きたいとのことでした。

次に、最近の裁決事例の紹介として、"通帳の提示もれと仮想隠ぺい行為"が問題となった事案(平成29年8月23日裁決)につき、当事者の主張を踏まえて解説頂きました。当該事案の結論は、当初から所得を過少に申告する意図を有していたと認めることはできないとされました。紙面の都合上、事案の詳細な解説は割愛致しますので、ご興味がある方は、国税不服審判所HPの裁決事例集からご覧下さい。

研修後半では、福岡国税不服審判所の佐久間玄任国税審判官より、「実務に役立つ税務事例(裁決例等の紹介)」として、次の2つの事例を基に御講義頂きました。

事例①は弁護士が弁護士会等の役員としての活動に伴い支出した懇親会費等が、その事業所得の計算上必要経費に算入することができるかが問題となった事例(東京高裁平成24年9月19日判決)です。事例(1)では、(ア)弁護士会等の役員等として出席した懇親会等の費用のうち、弁護士会等の公式行事後に催される懇親会、業務に関係する他の団体との協議会後の懇親会、会務の執行に必要な事務処理をすることを目的とする委員会を構成する委員に参加を呼び掛けて催される懇親会等は必要経費に該当する(但し、二次会の費用は除く)としました。しかしながら、(イ)弁護士会会長又は日弁連副会長に立候補した際の活動等に要した費用、(ウ)日弁連事務次長の親族の逝去に伴う香典、弁護士会の事務員会の活動費に対する寄付金等については、必要経費に該当しない旨判示しました。

事例(2)は司法書士が支出したロータリークラブの会費等が、その事業所得の計算上必要経費に算入することができるかが問題なった事例(平成26年3月6日裁決)です。事例(2)では、司法書士が支出したロータリークラブ等の会費について、「クラブの会員として行った活動を社会通念に照らして客観的にみれば、その活動は、登記又は供託に関する手続について代理することなど司法書士法第3条«業務»第1項各号に規定する業務と直接関係するものということはできず、また、その活動が司法書士としての業務の遂行上必要なものということはできない」として、必要経費への算入はできない旨判示しました。

事例(1)、(2)ともに、紙面の都合上、要旨のみしか記載できませんでしたので、事案の詳細について知りたい方は、判決文等をご覧ください。

なお、現在、国税不服審判所では、国税不服審判官の特定任期付職員の採用を行っています。審判官の仕事に興味・関心がある方は、是非ご応募ください。

3 終わりに

税務分野は、専門性が高く、敬遠しがちですが、知っておくと実務で大変役立つことが多いと痛感しました。税務分野に苦手意識を持つことなく、これから見識を深めて行きたいと思った次第です。

最後になりましたが、今回講師を務めて頂きました福岡国税不服審判所の金沢孝志所長、佐久間玄任国税審判官に深く御礼申し上げるとともに、簡単ではありますが、ご報告させて頂きます。

研修会「災害からの復興支援とLGBT」

LGBT委員会委員 浜田 輝彦(71期)

1 はじめに

令和元年9月17日(火)、福岡県弁護士会2階中会議室201にて開催された「災害からの復興支援とLGBT」の研修会について報告いたします。

今回は外部講師として、山下梓さん、川口弘蔵さんの2名の講師をお招きしました。山下梓さんは、弘前大学の男女共同参画推進室専任担当教員で、東日本大震災の際、LGBT  被災者支援のために「岩手レインボー・ネットワーク」(セクシャルマイノリティの当事者及び支援者のためのネットワーク団体)の立ち上げ、これをきっかけにLGBTなど多様な性を生きる人たちの災害時支援対応策などを広める活動を行っている方です。川口弘蔵さんは、「レインボーパレードくまもと2016」の共同代表で、ご本人もLGBT当事者としてLGBT支援活動を続けるなかで熊本地震に被災し、災害時の支援活動を間近で経験された方です。

2 本研修の意義

昨今、全国的にも地震や台風などによる災害が度々生じており、九州でも熊本地震・九州北部豪雨をはじめ、様々な災害が生じています。当会の弁護士も被災者の相談を受けたり、災害時の対応へのアドバイスを求められたりする機会が増えています。

もっとも、社会的にLGBTの方々への理解は広まりつつありますが、災害という緊急事態にあっては、未だにおざなりにされているというのが現状です。しかし、支援を必要とする被災者の中にも、少なからずLGBTの方々は存在しており、被災者LGBTの方々への災害時の支援活動に関する知識は必須のものとなっています。

そこで、災害時におけるLGBTの復興支援に関する理解を深めてもらうため、LGBT委員会と災害対策委員会が共催で研修する機会を設けました。

3 災害があってもだれもが尊厳をもって生きのびられるように(山下さん)
(1) 東日本大震災での経験

まず、山下さんには、東日本大震災の復興の取り組みの一環として「岩手レインボーネットワーク」を立ち上げ、岩手県内に住むLGBTの被災者の方々からの相談窓口として活動された経験についてお話しいただきました。同団体が活動するなかで聞き取った相談の中には、生理用品、下着、ヒゲソリなど、男女別に支給される物資を受け取りにくい。周囲から不審な目で見られるため男女別に設置されたトイレ・更衣室・入浴施設を使うことができない。ホルモン剤治療を継続していたトランスジェンダーの方が、ホルモン剤治療を中断せざるを得ず生理が再開し、生理用品をもらいにいくと不審がられた。性自認や性表現に沿った物資をもらいにいったりすると予期せぬカミングアウトに繋がるため、避難所に避難することができなかったなど様々な相談が寄せられたそうです。

しかし、一方で被災者の中には、避難所という狭いコミュニティのなかでは、緊急時にLGBTであることを伝えても配慮してもらえるはずがない、予期しないタイミングでのカミングアウトに繋がる、そもそもLGBTのことを理解してもらえるか不安であることなどを理由に相談することさえできない当事者の方も多数いたそうです。

1 LGBTとは、レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシャク(B)、トランスジェンダー(T)の略称で、性的少数者(セクシャルマイノリティ)の総称としてよく用いられる言葉です。実際には、LGBTに該当しない性的少数者もたくさんいます。

(2) 多様性に配慮した被災者支援

山下さんは、災害などの緊急時には、見えにくいものはさらに見えにくく、普段から忘れられがちなことはさらに忘れられるようになり、LGBTの方や外国人などの少数者に配慮ある支援はおざなりになる傾向があると言います。しかし、被災者にも尊厳ある生活を営む権利はあり、可能な限り尊厳ある生活を営むための援助を受ける権利があります。このような多様な個性に合わせた被災者支援をするためには、普段から当事者の方々と繋がり、その理解を深めることが重要であり、被災地の相談所などにLGBTに関する理解者がいることがその改善への第一歩とのことでした。

実際に、山下さんは東日本大震災の経験から、高知県のLGBT支援団体(高知ヘルプデスク)と協力して、支援者や自治体向けに災害時の対応策をまとめた「にじいろ防災ガイド」を作成し、災害時に誰もが尊厳をもって生きのびられる災害支援対策を広める活動を行っています。山下さんらが作成した「にじいろ防災ガイド」には、誰もが使えるユニバーサルトイレの設置、多様性に配慮してボランティアや専門家などを通じて個別に支援物資を届けられるような仕組みの検討など自治体向けの対応策や支援の際の注意点など、災害時であってもだれもが尊厳をもって生きのびられるようにするためのアイディアがまとめられています。「にじいろ防災ガイド」は災害時の対応へのアドバイスや被災者からの相談の際にも非常に有意義なものであるため、皆様も是非一度ご覧いただければと思います。

4 熊本地震とLGBT支援(川口さん)

川口さんからは、当時の熊本の被災状況を紹介していただき、被災地での支援活動についてお話しいただきました。川口さんが避難された場所は、熊本市国際交流会館でした。国際交流会館は、避難対象場所とはなっていませんでしたが、普段同会館を利用する外国人の方など多くの人が避難していたため、炊き出しの際には、できる限り各国・各人の信仰に配慮した食事の提供などもおこなっていたそうです。

また、自らSNSなどで自分がLGBTであることを公言した上で、様々な理由により避難場所に避難できないLGBTの人たちのために、国際交流会館が理解者のいる避難所であることを発信し続けるなどしてLGBTに向けた被災者支援活動もおこなっていたとのことでした。

川口さんは、LGBTの方々は、他者の態度や反応に敏感であり、LGBTであっても気軽に相談できる相談場所を作ることが求められると今後のLGBTに対する被災者支援についても語ってくれました。

5 終わりに

災害時におけてLGBTの方々が直面する問題は、この他にも、パートナーの死を知らせてもらえない、災害公営住宅に同性カップルで住むことができない、ホルモン剤治療を辞めると体調が不安定になるため治療継続の必要があるが理解されないなど多岐にわたります。また、山下さん・川口さんのお話でもあったとおり、災害時にこのような要望を誰にも相談できない当事者の方々が数多く存在します。

このような方々を本当の意味で支援するためには、普段からLGBTの方々の理解に努め、多様性に配慮した災害支援対策を議論することが肝要です。

先日、熊本県で、九州で初めて性的少数者への配慮を盛り込む形で災害時の避難所運営マニュアルを改訂する方針が発表されましたが、全国的にはまだ議論がはじまった段階です。災害対策・災害支援は今や身近なものであり、支援を必要とするLGBTの方々は必ず存在します。誰もが尊厳をもって災害支援を受けることができるようLGBTをはじめとするセクシャルマイノリティの方々を理解することから始めていきませんか。

研修会「災害からの復興支援とLGBT」 研修会「災害からの復興支援とLGBT」 研修会「災害からの復興支援とLGBT」にじいろ防災ガイド

【北九州部会】~児童虐待研修会の御報告~

会員 三苫 和喜(71期)

1 はじめに

令和元年10月4日、北九州弁護士会にて、北九州市子ども総合センター(児童相談所)児童虐待対策担当課長の菊原康弘さんを講師にお迎えし、児童虐待研修会が行われましたのでご報告いたします。

2 児童虐待の基礎知識

児童虐待とは、保護者がその監護する児童について行う、(1)身体的虐待、(2)性的虐待、(3)ネグレクト、(4)心理的虐待、をいうとされています。

(1)身体的虐待とは、児童の身体に外傷が生じ又は生じる恐れのある暴行を加えることとされ、殴る・蹴る・叩くといった行為だけでなく、部屋に閉じ込めることや戸外に締めだす等の行為も当たるそうです。

(2)性的虐待とは、児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせることで、子どもへの性的暴行だけでなく、子どもに性器や性交を見せる行為も当たるそうです。

(3)ネグレクトとは、児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ることとされ、適切な衣食住の世話をしないだけでなく、保護者以外の同居人による身体的虐待、性的虐待、心理的虐待を保護者が放置することも、ネグレクトに当たるそうです。

(4)心理的虐待とは、児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこととされ、言葉による脅迫や無視といった典型的なものだけでなく、子どもの前で配偶者に暴力や暴言を行う面前DVも心理的虐待に当たるそうです。

3 児童相談所の虐待対応

児童相談所が相談を受け付けると、初動対応を協議する受理会議が行われ、原則48時間以内に児童の安全確認を行い、児童面接、保護者面接・指導、といった調査を行ったうえで、援助方針の決定をするという流れになるそうです。必要な場合には受理会議から調査までの間に職権による一時保護を行うこともあるそうです。この一時保護は子どもの安全の確保を最優先とする観点から保護者や裁判所の同意なく実施することができる強力な手段でもあります。

また、児童の心理的負担を減らすため、虐待を受けた子どもの児童面接に際しては、協同面接として児童相談所・警察・検察が連携し最小限の機会で被害内容を確認するようにしているそうです。

4 北九州市の取り組み

北九州市では、北九州市子どもを虐待から守る条例を平成30年12月の議会で議決し、平成31年4月1日から施行されています。

また、福岡県警・福岡県・福岡市・北九州市で情報共有に関する協定を締結し、警察との連携を図っているそうです。これまでは刑事事件として立件の可能性のある重篤な事案について警察への情報提供を行っていたそうですが、今後は、一時保護が検討された事案、虐待通告受理後48時間以内に安全確認ができない案件、虐待で一時保護、施設入所したものから家庭復帰する場合などが対象となり、警察への情報提供が広がったそうです。

さらに、虐待の予防の観点から、生後4か月までの乳児がいるすべての家庭を訪問し、支援が必要な家庭に対して適切な指導や支援を行っているそうです。乳幼児健康診断の未受診者には、保健師が未受診の理由や現在の状況を確認するといったことも行っているそうです。

虐待の早期発見の観点からは、保育所や幼稚園・学校等の職員に対し、児童虐待対応リーダーの養成研修を実施したり、拠点病院に児童虐待専門コーディネーターを配置し、地域の医療機関等からの児童虐待対応に関する相談への助言等を実施したりするといった対応、市民を対象に児童虐待問題連続講座を行うといった事業を行っているそうです。

5 おわりに

講義後の質疑応答や懇親会においても、参加した弁護士が具体的に悩んでいる事案等につき助言をいただくことができ大変有意義なものとなりました。

2019年10月 1日

あさかぜ基金だより

会員 西原 宗佑(71期)

8月26日と27日の2日間、私たちあさかぜの所員は、九弁連執行部の対馬訪問に同行して、対馬に行ってきました。

まず驚いたのが、福岡と対馬は非常に近く、飛行機ではあっという間に対馬に着いたことでした。福岡からは飛行機でわずか30分です。しかし、フェリーでは5時間半程掛かりますし、台風等で欠航すれば、まさに離島です。

あさかぜ所員は、対馬ひまわり基金法律事務所を訪問し、あさかぜOBの若林毅弁護士(68期)から対馬の現状や対馬での弁護士業務についてレクチャーを受けました。

対馬で受任している仕事は、家事事件がもっとも多く、不動産関係、金銭支払請求事件、交通事故や破産管財人、不在者財産管理など多種多様であることが分かりました。もっとも、債務整理や刑事事件は比較的少ないということでした。離島は債務整理が多いというイメージがありましたので、少しばかり意外でした。

そして、島は範囲が狭く、また人間関係も狭いため、利益相反が頻繁に生じるので、弁護士が島に定着するのはとても難しいということでした。

長崎地方裁判所厳原支部

その後、対馬ひまわり事務所を出て、九弁連執行部と長崎地方裁判所厳原支部で合流し、支部長であり、また壱岐支部での裁判官も兼務している久田淳一裁判官に会いました。裁判官の話で印象的だったのが、対馬と壱岐では事件の性質が異なるということでした。対馬は、裁判までする当事者はあまり多くはなく、理屈だけではない紛争解決を考える島民性である一方で、壱岐は、権利意識の高い当事者が多く、紛争性の高い事件が多いそうです。久田裁判官は、若林弁護士が対馬の島民のために一生懸命働いていることを賞賛されていました。私も、離島に赴任したときには、若林弁護士のように裁判官や島民から認められるような存在になりたいと思いました。

法テラス対馬

次に、法テラス対馬の事務所を訪問し、現在法テラス対馬の所長をしている金澤万里子弁護士(67期)から話を聞きました。法テラスは、ひまわり基金法律事務所と異なり、債務整理の案件が多いということでしたので、法テラスとひまわり基金法律事務所とで依頼者層の棲み分けができているのかもしれません。また、金澤弁護士は、対馬での弁護士をアピールするために、地元のお祭りに参加して、法テラスでブースを出し、島民の方々との交流を深めようと熱心に努力しているとのことでした。さらに、金澤弁護士は、対馬の状況を知るために、着任してすぐに島中の交番を回り、警察官の話を聞くように努めたそうです。私も島に行ったときには、このような積極性を身につけようと思ったことでした。

対馬市商工会・対馬市長

対馬市商工会や対馬市長にも訪問できました。いずれも話題に上がったのは、韓国人観光客の激減でした。昨年は、韓国人観光客は40万人を突破し、約76億円の観光効果を生み出していたとのことで、この経済効果ですから、今回の激減が与える対馬への打撃は計り知れないと市長も嘆いていました。

まとめ

今回の訪問は、私たちあさかぜ所員にとっても貴重な経験でした。実際に現地に行かなければ分からない多くのことを知り、また、私たちの赴任のための課題がいくつも見つけられた対馬訪問でした。

余談ですが、2日目は、対馬で50年に1度といわれるほどの大雨に見舞われ、飛行機が飛ばなくなるかもしれない事態が発生しました。幸い私の乗る飛行機は予定通り動きましたため、帰ってくることができましたが、一時は対馬から出られない可能性もあり、ひやひやしました。私たちは、島の天候についても50年に1度の貴重な経験をすることができました。

裁判官評価アンケート分析

裁判所制度改革・裁判官選任充実化委員会 委員長 野田部 哲也(43期)

第1 はじめに

2019年の裁判官評価アンケートを実施しましたので、その結果を報告します。

人は、社会生活を送るにあたり、常に、相互に評価するものです。頼りになるか、強いか、優秀か、温かいか、大きいか、速いか、公平か、親切か、美しいか、好きか等、種々の観点から評価しています。

我が会が、毎年、実施している裁判官評価アンケートは、「市民の司法」を築くため、利用者である市民の目線に立って、一定の評価項目を設定し、アンケートに答えて頂きました。

また、裁判官の評価をできるだけ客観的に明らかにするべく、お声掛けを行い、多くの会員から回答を頂きました。

皆様から頂いた回答は、次のとおりであり、数多くの個別意見も頂戴しました。

部会 回答者数 回収率
福 岡 333 / 968 名中 34%
北九州 82 / 214 名中 38%
筑 後 50 / 100 名中 50%
筑 豊 11 / 37 名中 30%
総 計 476 / 1319 名中 36%

裁判所は、国民に公平・平等な裁判を実施するため、全国の全裁判官が均質となるべく努力しているように思われますが、裁判官の独立が保障されている以上、同じ裁判官といえども、個々の裁判官には個性があり、多様であるように思われます。

この報告が、裁判官の現状の把握に役立ち、利用者である国民の視点から望ましい裁判官像を描く糧になれば、幸いです。

第2 アンケートの分析
高裁民事

全体の評価

  • 総合平均は、3.51であり、他の分野の裁判官と比較すると、若干低めの評価となりました。
    高裁は、事後審であり、弁護人の主張をしっかり聞いてくれたといった感想を抱きづらいという背景事情があると考えられます。
  • 他の項目と比較すると、「和解案の妥当性」の評価は高い一方、「審判・判決の説得力」の評価は低くなっています。
    最終的な事実審となる高裁の判決には、とくに説得力が求められているといえます。

個人別の評価

  •  総合評価の良い裁判官は、総じてすべての項目について、平均的に良い評価を受けているのに対し、総合評価の悪い裁判官は、いずれの項目についても、悪い評価を受けているという傾向が見受けられました。
    ただし、総合評価が3点台後半であっても、「和解案の妥当性」のについては4点台後半と、高い評価を受けていた裁判官が数名いました。
  • 最上位の裁判官は4.38、最下位の裁判官は2.58であり、大きな差がありました。もっとも、地裁民事の裁判官に比べると、極端に低評価の裁判官はいませんでした。

個別意見

  • 審理を主宰する能力、審理に応じた柔軟性
    ☆ 肯定的な意見
    • 訴訟資料をしっかりと読み込んでいる印象
    • 相手方の立場や状況に配慮し、柔軟に対応しつつも、当方の意向もふまえた訴訟指揮をしていた
    • 記録を丹念に検討し、素直で自然な観点から問題提起する、信頼できる裁判官である
    ★ 否定的な意見
    • 訴訟手続をまったく理解していないことが分かり、驚いた
    • 裁判官として対応すべきことを他の職員に委ねている
    • 和解協議において、まったくまとめようという気がなく、あいだをとりもとうという気配すらない
  • 訴訟関係者に対する態度
    ☆ 肯定的な意見
    • 温厚な人柄と絶妙なバランス感覚で、事件をうまくコントロールしている
    • 物腰が柔らかく、当事者本人に対する態度も親身
    ★ 否定的な意見
    • 和解案を強引に勧めるのはいかがかと思う
  • 和解案の妥当性、審判・判決の説得力
    ☆ 肯定的な意見
    • 裁判官としてしっかりとした見識を持ち、踏み込んだ判断をしている
    • 公平な評価をしている
    ★ 否定的な意見
    なし
高裁刑事

全体の評価

  • 例年、事後審ということもあり、証拠がなかなか採用されにくく、弁護人の主張に耳を傾けてもらっているという感想をもちにくいという構造的な問題から、低評価が続いていましたが、今年は例年に比べて高評価です。
  • 審理を主催する能力、審理に応じた柔軟性、訴訟関係者に対する態度、証人等の採否の適否の項目の点数が高い傾向があり、事後審であるとはいえ、事件の内容、筋からして適切に裁判所が証拠採否をふくめて審理していると弁護士から評価されているようです。
    逆に、被告人の権利の保障、判決の説得力の項目の点数が他に比べると低い傾向があり、被告人本人に対してはやや高圧的で、判決でもなかなか言いたいことに立ち入って判断してもらえない、という評価です。

個人別の評価

総合平均点は最低が3.43、最高が4.53で、極端に低評価の裁判官はいませんでした。

裁判官への個別意見では、肯定的な意見が目立ち、今年は、否定的な意見はありませんでした。

個別意見

  • 審理を主宰する能力、審理に応じた柔軟性
    ☆ 肯定的な意見
    • 一刻も早く無辜の者を救済しようという気概を感じた
    • 刑事裁判官として、刑事司法のさまざまな改正の趣旨にしたがい、弁護人の弁護活動や検察官の立証活動の活発化、直接主義の趣旨に沿う訴訟運営をしている
    • 裁判官として、公平・中立な立場で、双方の納得が得られる訴訟指揮をしている
    ★ 否定的な意見
    なし
  • 訴訟関係者に対する態度
    ☆ 肯定的な意見
    • 人柄の良さを感じる
    ★ 否定的な意見
    なし
  • 判決の説得力
    ☆ 肯定的な意見
    • 大変説得的な判決をもらった
    ★ 否定的な意見
    なし
地裁民事

全体の評価

  • 各評価項目の全体平均と全評価項目の総合平均は、いずれも4.0前後でした。
    「裁判官として必要な能力・素養を備えている」という回答が4点であることからすると、福岡地裁の民事裁判官は、全体として求められる基準に達していると言えます。
  • 「訴訟関係者に対する態度」、「証人等採否の適否」については、それぞれ他の項目と比較すると、評価が高くなっています。
  • 「和解案の妥当性」、「審判・判決の説得力」については、それぞれ他の項目と比較すると、評価が低くなっています。
    総合平均が3点台の裁判官は、これらの項目が低い傾向にありました。

個人別の評価

  • 総合評価の良い裁判官は、総じてすべての項目について、平均的に良い評価を受けているのに対し、総合評価の悪い裁判官は、いずれの項目についても悪い評価を受けていました。
  • 上位10名の裁判官は、40期代前半から60期代後半の裁判官まで幅広く含まれていて、ベテランの裁判官ばかりではありません。
  • 上位の裁判官のグループと、下位の裁判官のグループとでは、平均点が大幅に異なりました。最上位の裁判官は4.95、最下位の裁判官は2.43であり、きわめて大きな差が目立ちます。

個別意見

  • 審理を主宰する能力、審理に応じた柔軟性
    ☆ 肯定的な意見
    • 議論が噛みあわない事件では双方に毎回宿題を出するが、宿題の内容がとても適切で納得できる
    • ざっくばらんに心証を開示し、法的問題を議論する裁判官であり、解決の見通しが立てやすい
    • 内容を的確に整理してまとめ、期日において適切な求釈明するなど、熱心に記録を読んで考えている様子が伝わった
    ★ 否定的な意見
    • 当事者代理人が気づいていない抗弁について、安易に意見を求めるなど、不適切な訴訟指揮が見られる
    • 記録を読んでおらず、期日において、原告被告のどちらから主張が出ているかすら確認していない
    • 訴訟物を理解していないのに閉口した
  • 訴訟関係者に対する態度
    ☆ 肯定的な意見
    • ご本人の雰囲気も非常に親しみが持て、当事者の納得を得られやすいと思う
    • 訴訟関係者に対する敬意を忘れていない
    • 初回期日開始時に、当事者に対して、席で立ちあがって名乗ったうえで挨拶していたのが印象的だった
    ★ 否定的な意見
    • 尋問中、突然激しい口調になるなど、人間性を疑う
    • 訴訟代理人に対して侮蔑的な言葉が多い
    • 訴訟指揮の随所で、弁護士を疑い、見下しているとしか思えない発言や行動が見受けられる
  • 証人等採否の適否
    ☆ 肯定的な意見
    • 証拠について疑問に思っている点などもわかりやすく示唆するため、紛争の早期解決にもつながっていると思う
    • 証拠の採否に関して、事案に応じた適切な判断だった
    ★ 否定的な意見
    なし
  • 和解案の妥当性、審判・判決の説得力
    ☆ 肯定的な意見
    • 代理人による説得には応じなかった当事者に対し、和解による解決を諦めず、直接、粘り強く説得し、当事者にとっても利益となる和解を成立させた
    • 判決をもらったこともあるが、事実認定、評価とも、丁寧かつ適切と感じられた
    • 事件のポイントを見抜いて和解案や和解の説得にうまく反映してくれた
    ★ 否定的な意見
    • 判決に明白な事実誤認が多く、浅い考察による説得力を欠いたものとなっている
    • 和解案の内容について、当事者の主張、証拠への理解を欠いている
    • 和解案に関して、なぜその和解額になるのか不明なまま提示することがあり、依頼者への説得力がない
地裁刑事

全体の評価

「審理を主宰する能力」、「審理に応じた柔軟性」、「訴訟関係者に対する態度」、「証人等採否の適否」、「被告人の権利の保障」、「審判・判決の説得力」の各評価項目は、いずれも平均4.2前後で、おおむね高評価です。

個人別の評価

総合評価のよい裁判官は、個別項目についても高い評価を受けていますが、総合評価の悪い裁判官は、個別項目についても低い評価を受けています。

もっとも、裁判官の全員が、総合評価3.0以上で、総合評価が3.5を下回った裁判官は、ごく少数でした。

個別意見

  • 被告人への態度について
    ☆ 肯定的な意見
    • 被告人への説諭が分かり易く説得的である
    • 被告人や証人に対する接し方がとても丁寧で謙虚
    • 知的障害のある被告人に良くわかるように説明した
    ★ 否定的な意見
    • 当事者の訴訟活動を鼻で笑うようなところがあり、あまりいい印象はない
  • 審理について
    ☆ 肯定的な意見
    • 訴訟指揮も非常に分かりやすく、被告人がしっかりと理解できる 表現を用いていた
    • 証拠をしっかり読み込み、公判に臨んでいる
    • 公平かつ丁寧な訴訟運営である
    ★ 否定的な意見
    • 打合期日が多すぎる
    • 審理計画遂行のために裁判やっているわけじゃない
  • 身柄関係の判断について
    ☆ 肯定的な意見
    • 表面的な判断ではなく、じっくりと検討したうえで判断している
    ★ 否定的な意見
    • 結論ありきで判断している
    • 保釈の判断が厳格に過ぎる
    • 事案の特殊性に対する弁護人の主張に対して何ら具体的な回答を示すことなく、漫然と勾留の必要を認めている
  • 判決について
    ☆ 肯定的な意見
    なし
    ★ 否定的な意見
    • 判決のあっさり加減は、許容範囲をはるかに逸脱している
    • 否認事件で消極事実に真摯に向き合っていなかった
    • 検察官の主張を切り貼りして記載して、理解していないことが明らか
  • 補充質問について
    ☆ 肯定的な意見
    • 誠実で的確な印象を受けた
    • 被告人に自分の問題点や再犯しないために今後どのように生活していくべきなのかを考えさせる質問が多く、かなり深く掘り下げて聞こうとしている
    ★ 否定的な意見
    • 裁判員裁判では、裁判官の尋問事項の発し方によっては、それだけで心証形成されてしまうおそれがあるため、十分に気をつけて尋問してもらいたい
家裁家事

全体の評価

各評価項目と全体平均は、証人等の採否を除いて、いずれも3点台後半でした。

本庁の裁判官の「訴訟関係人に対する態度」は、平均点が3.95とやや低い点数となっています。この点は、当事者と長く接しストレスが溜まりやすい家事事件の性質上、やむを得ない面もあります。

個人別の評価

平均4.0以上の裁判官が16人、平均4未満の裁判官が12人(うち、平均3.0以下の裁判官が2名)となっています。このうち、10人以上の回答を得た裁判官は、おおむね3点台後半の高評価を得ていますが、10人以上の回答を得た裁判官のなかに、総合評価が3点以下の評価を得た裁判官が1名いました。

個別意見

  • 審理を主宰する能力、審理に応じた柔軟性
    ☆ 肯定的な意見
    • 丁寧な審理だった
    • 極的かつ柔軟に解決を目指していた
    ★ 否定的な意見
    • 記録を読んでいないと思われる
    • 論を決めつけて期日に臨んだ
  • 訴訟関係者に対する態度
    ☆ 肯定的な意見
    • 粘り強く和解を説得した
    ★ 否定的な意見
    • 和解の説得が強引
    • 訴訟当事者に対する態度が高圧的
    • 当事者の面前で、説得的な理由を述べずに審判の取下げを勧めた
  • 和解案の妥当性、審判・判決の説得力
    ☆ 肯定的な意見
    • バランス感覚が良く、事件の実情に合った和解案を提案した
    ★ 否定的な意見
    • 当事者双方の意向と離れた内容での和解案の提示があり、かつ、説明も形式的な理由のみで、説得力に欠けていた
    • 客観的証拠に反した事実認定をした
家裁少年

全体の評価

家裁少年事件担当裁判官のアンケート結果は、ほとんどの項目が全体平均3点台であり、他の分野の裁判官の評価と比較して、いずれの項目も低い評価にとどまっています。

個別意見

  • 全項目の平均点が3点台の裁判官が、アンケート評価対象者10名のうち6名と過半数を占めています。
  • 担当裁判官数が少なく、同一の裁判官が事件を担当することが多いためか、複数の回答者から類似のコメントが多数寄せられました。
    とくに、訴訟関係人に対する態度、記録の読み込み不足に関して、厳しい意見が目立ちました。審判結果のみならず、少年・保護者との面接を通して少年の内省を促すという更生へのプロセスが重視される少年審判の特性を反映したものと思われます。

個別意見

  • 審理を主宰する能力、審理に応じた柔軟性
    ☆ 肯定的な意見
    • 少年に対し、「どうしてそう思うか」「横に座っている少年の父親だったらどう考えると思うか」を具体的に考えさせ、型通りではなく振り返りを促していたのが印象的だった
    • 事件全体を把握し、落ち着きどころを模索した訴訟指揮で、法的知識・理解にも優れている
    ★ 否定的な意見
    • 少年を困惑させる質問が多い。質問事項が表層的。少年の更生につながる質問ではない
    • 審判当日まで、調査官意見書以外まったく記録を読んでいない。当然、付添人意見書も読んでいない
    • 個々の事件の特殊性に目を向けることなく、毎回、少年に対して同じ説教を繰り返すのみ
  • 訴訟関係者に対する態度
    ☆ 肯定的な意見
    • 少年への説示など非常に説得的であり、審判後の少年にとても響いていると感じる
    ★ 否定的な意見
    • 態度が高圧的で、少年の話を聞く姿勢が見えない
    • 少年への態度が悪い。保護者への対応も悪い
  • 審判・判決の説得力
    ☆ 肯定的な意見
    なし
    ★ 否定的な意見
    • 処分を告げたあと、処分に至った理由を一切告げなかった
第3 おわりに

以上のとおり、2019年裁判官評価アンケートの結果について、報告させて頂きます。

九州の各単位会も、裁判官評価アンケートを実施し、中には、100%近くの回答を得ている単位会もありますが、単年度で500人近い会員から、回答を得た単位会は、当会が初めてです。これは、裁判官評価アンケートについて、パソコンやスマートフォン等から、会員専用ページにアクセスして回答できるシステムになり、委員皆で力を合わせて声掛けをしたことが大きかったです。声掛けに対応し、裁判官評価アンケートにご協力頂き、誠にありがとうございました。

司法試験に合格し、司法修習を経て二回試験に合格したとき、これが最後の試験と思ったかもしれませんが、私たち法曹は、終わりのない試験を連続して受けなければなりません。その試験は、裁判官、裁判員、弁護士、部長、所長、当事者その他の人々が採点し、評価します。

他者に評価されるプロの職業人は、誰を向いて仕事をするかも大切ですが、自分の仕事を評価する内的基準を持つことが大切です。私たち法曹は、生涯をかけて、自分の内的基準を確立していくものであり、特に、良い結果が出たときは、誰も私たちを批判しないので、この場合でも、正しく、自分の仕事を評価する必要があります。

おおざっぱに言うと、弁護士の場合、自分に依頼したくなる仕事をしているかが問われるでしょうし、裁判官の場合、(裁判官は選べませんが、)自分に裁判をしてほしいと思えるかが問われるのではないでしょうか。

裁判官評価アンケートが、私たち法曹の、内的なスタンダードの確立の役に立てば、幸いです。 最後に、アンケートの回収やその分析に尽力してくれた委員の皆様と、集計作業に尽力してくれた職員に対し、心から感謝します。

裁判官評価アンケート分析 裁判官評価アンケート分析 裁判官評価アンケート分析 裁判官評価アンケート分析

第62回日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「グローバル・スタンダードの人権保障システムを目指して」~入管収容問題を具体例に国内人権機関・個人通報制度を考える~のご報告

会員 塩山 乱(64期)

1 令和元年8月24日(土)午後1時から、福岡県弁護士会館2階大ホールにおいて、「グローバル・スタンダードの人権保障システムを目指して~入管収容問題を具体例に国内人権機関・個人通報制度を考える~」が開催されました。

このシンポジウムは、第62回日弁連人権擁護大会第2分科会シンポジウムとして、令和元年10月3日(木)12時30分から徳島県郷土文化会館において開催される、「今こそ、国際水準の人権保障システムを日本に!~個人通報制度と国内人権機関の実現を目指して~」のプレシンポジウムとして開催されました。

2 皆さんは、国内人権機関、個人通報制度を御存じでしょうか。

国内人権機関とは、各国の制度設計でその形式は様々ですが、基本的に①人権保障のために存在する国家機関であり、②憲法または法律を設置根拠とし、③人権保障のために法定された権限を有し、④他の国家機関から独立した機関、という性質を有する機関です。世界では、既に120カ国以上で設置されていますが、日本には未だ設置されておりません。日本に国内人権機関が設置されていないことに対しては、現在まで、多くの条約機関や、諸外国から勧告を受けています。

個人通報制度とは、条約において認められた権利を侵害されたと主張する個人が、条約機関に対して直接に訴えを起こしてその救済を求める制度です。個人通報制度も諸外国においては導入されている制度ですが、日本では未だ導入されておりません。

この二つの制度については、弁護士でもご存じない方の方が多いのではないでしょうか。この二つの制度を、弁護士及び一般の方々に知っていただき、その実現への足掛かりとして、本プレシンンポジウムおよび第62回日弁連人権擁護大会第2分科会のシンポジウムが企画されました。

3 (1)プレシンポジウム当日は、当会会長のご挨拶の後、まず、日弁連国内人権機関実現委員会事務局長である小川政治弁護士により、「国内人権機関の実現に向けて」というタイトルの基調報告を行っていただきました。日本の人権救済システムの不備をご指摘の上、国内人権機関ができた場合には、どのような救済方法が考えられるかについて、わかりやすくご説明いただきました。

(2) 次に、日弁連自由権規約個人通報制度等実現委員会委員である大川秀史弁護士により、「個人通報制度と入管問題」というタイトルで基調報告を行っていただきました。個人通報制度が、どのような仕組みになっているのかわかりやすくご説明いただき、実際に個人通報制度が利用された場合に各条約機関においてどのような判断がなされているかについて、具体例を挙げてご説明いただきました。

(3) その後、福岡県第7選挙区選出の自由民主党衆議院議員である藤丸敏議員から、個人通報制度の実現に向けて、どのような活動が可能かについて、ゲストコメントをいただきました。

(4) 休憩をはさんだ後、大阪大学大学院国際公共政策研究科の安藤由香里招へい准教授により、「日本における入管問題及び国際状況」というタイトルで基調講演を行っていただきました。安藤准教授からは、日本は、国連の人種差別撤廃委員会、自由権規約委員会、拷問禁止委員会から、入管収容施設長期収容問題について早期に解決するよう複数の勧告を受けていることについて、ご説明がありました。また、カナダ最高裁の判決で、入管の長期収容問題について、入管法ではなく、人身保護の観点から憲法問題として争った事案をご紹介いただき、日本においても検討に値する方法ではないかとご教授いただきました。

(5) 引き続き、当会国際委員会委員であり日弁連国際人権問題委員会事務局長である稲森幸一弁護士のコーディネートのもと、現在の日本における入管収容施設の実情および国内人権機関および個人通報制度がどのように長期収容問題を解決することに役立つのかについてパネルディスカッションが行われました。小川弁護士、大川弁護士および安藤准教授に加えて、長崎インターナショナル教会の柚之原牧師および大阪赤十字病院国際医療救援部長である中出雅治医師にご登壇いただきました。

まず、柚之原牧師からは、自己紹介において、大村入国管理センターの収容者の支援活動を長期にわたって行われていること、現在の長期収容者が精神的・肉体的に追い込まれていることについて、実体験をもとにお話しいただきました。今年の6月に、3年7カ月間もの間大村入管に収容されていたナイジェリア人の方が亡くなったことをご指摘され、大村入国管理センターは強制収容所と変わらないではないか、と怒りをもって話されているのが胸を打ちました。また、中出医師からは、自己紹介においてミャンマーからの避難民、パレスチナ難民の支援活動の現状を、写真と共にお話しいただき、世界における難民の実情を伝えていただきました。

自己紹介後、パネリストにより、大村入国管理センターの長期収容問題について実情をお話しいただき、国内人権機関および個人通報制度が実現した場合、現在と異なり具体的にどのような手段を採りうるかが議論されました。例えば、国内人権機関が実現した場合、①裁判をするよりも低額で人権救済の申し立てをすることができ、裁判をするより早く判断がなされること、②国内人権機関の政策提案機能により、入管収容施設の実情に対して勧告をすることが可能であることなどが説明されました。また、個人通報制度ができた場合には、日本の最高裁まで闘う必要はあるものの、その後国際的な水準の判断をうけることができるため、その判断を基に政府が問題解決に向き合うことになると考えられることなどが説明されました。

パネルディスカッションにおいては、各登壇者により、入管収容施設の長期収容問題をどのように解決することができるか真剣に議論をしていただき、非常に内容の濃いものになりました。

(6) 最後に、当会人権擁護委員会および国際委員会副委員長である中原昌孝弁護士より閉会の挨拶があり、シンポジウムは終了となりました。

4 登壇者の詳しくかつ熱心なお話を聞き、参加された弁護士および一般の方々も国内人権機関および個人通報制度の有用性を理解していただけたと思います。日本に住んでいると、根拠もなく日本の人権救済システムは世界水準を超えているような気がしますが、実は、そのようなことはありません。そのことが、一般の方々に少しでも伝わったのであれば、本シンポジウムは成功であったといえると思います。

弁護士である皆さまにも、是非国内人権機関及び個人通報制度についてご認識いただき、将来の実現にご協力いただきたいと思っております。

ご興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、冒頭で記載しております、徳島で開催される人権大会第2分科会シンポジウムにもご参加いただきますよう、お願いいたします。

第62回日弁連人権擁護大会プレシンポジウム「グローバル・スタンダードの人権保障システムを目指して」~入管収容問題を具体例に国内人権機関・個人通報制度を考える~のご報告

大連律師会訪問と交流会の報告

会員 中原 幸治(64期)

8月1日から3日まで、中国大連律師協会への定期交流訪問について、本会より山口会長をはじめ総勢16名の会員で実施しましたので、報告いたします。

本会と大連律師協会の交流は1992年から開始され、2010年に正式の交流提携を締結し、以来隔年で相手方を訪問しており、今年は本会が大連を訪問しました。

1 一行は8月1日16時に大連国際空港に到着し、本会との交流に長年あたられている大連律師協会の劉挪弁護士と、同協会宣伝交流工作委員会の劉艶弁護士が花束で歓迎してくださいました。
大連律師会訪問と交流会の報告
2 法律事務所訪問および企業見学
(1) 遼寧恒信法律事務所

翌日午前は1時間の市内観光(旧日本人街、旧ロシア人街、満鉄本社など)を行ったのち、遼寧恒信法律事務所を訪問しました。

大連律師会訪問と交流会の報告

同事務所は中国国内に3拠点、70人の登録弁護士、会社法務、海事など6つの業務セクションを有し、顧問先としては主に重工業企業、金融機関、大連市政府などがあるとのことでした。

本会から、中国の輸入促進策等について質問したのに対し、大連市は、北京上海等と比較すると経済的地位が低下しているとの認識のもと、特に日本企業への優遇政策をとって投資を誘致する施策をとっているとの説明がありました。また、中国政府としても関税の引き下げ、食品輸入規制を緩和するなど輸入を増加させバランスを取りながら、輸出入の拡大を図っているとの説明がありました。

青果物の具体例としてはJAとの連携による日本米の輸入、青森県産ナマコの輸入、ワサビの日本への輸出などの例が挙げられていました。

(2) 大連華信

2件目の訪問先として午後、市内から1時間程度の郊外にある大連華信計算機技術股分有限公司というソフトウェア開発企業を訪問しました。冒頭の劉挪弁護士が社外取締役を務められていることから訪問先となったものです。

同社は売上のうち64%が海外向け、うち9割が日本向けであり、特に日本の地方自治体の8割が行政情報システムの運用において同社のサービスを利用している状況とのことです。そのため、同社はデータセンターにおいて常時、日本の行政情報システムの運用状況をモニターしているとのことでした。アクセスには限界はあるはずとはいえ、日本の基幹情報システムが中国と常時接続されているという実態に驚きました。

このような事業に関して同社は日本の地方行政に関わる法改正の最新情報を常にフォローしていると、同社総裁自身が極めて堪能な日本語で説明されました。

8000人の従業員を収容できる広大な敷地建物の様子にIT分野での中国企業の隆盛を強く印象付けられました。

(3) 遼寧君連法律事務所

さらに2件目の法律事務所として、遼寧君連法律事務所を訪問しました。同事務所は、大連市の南部の星海湾地域(福岡の百道浜か)の高層ビルに所在しています。

同事務所内には中国国旗と中国共産党旗が掲揚されるスペースが設けられており、中国政府の「一帯一路」政策に関連する業務を行っているという説明にもなるほどと思いました。

約15分程度の短時間の訪問になったため、一帯一路政策に関わる業務の詳細に聞くことができなかったことは残念でした。

3 交流セミナーおよび懇親会

(1) その後、遼寧君連法律事務所階下のグランドハイアット大連の会議室において両会の共同セミナーが開催され、大連側からは輸出入および投資規制の法体系、知的財産権保護法制についての発表があり、福岡側から多数の質問が出されました。

(2) 福岡側からは尾畠弘典国際委員会事務局長が、「日本における株式取得及びその制限等について」の表題で発表されました。

これは、日本進出の法律相談を受けることが多いという大連律師協会側の要請に応えるものでした。

また、同発表の内容は中村亮介国際委員会委員が中国語への通訳をされました。

(3) 懇親会では、山口会長と大連律師協会楊家君会長との間で記念品贈呈が行われた後、中国語・日本語のできる弁護士間では直接に、または通訳を介しての交流となりました。

4 今後の交流に向けて

(1) 今回の訪問日程は実質2日でしたが、中国の法律事務所を見学できるともに、共同セミナーでは中国の輸出入・投資規制の法体系、知的財産権保護法制の概要を学ぶことができました。

また、企業訪問では、中国のIT分野の日本への影響力の大きさを肌で感じることとなりました。

このような事務所訪問、企業訪問は今後もさらに内容を充実深化させて実施すべきだと考えます。

(2) 今回の訪問団のうち、意外にも多くの先生方が中国を訪問すること自体が初めてとのことでした。隣国である中国の実情を、長い友好関係にある大連律師会の方々から直接聞くことができるというのは本会会員にとって極めて貴重な機会と思われます。

過去の大連訪問に参加された先生方にも、中国を定点観測する機会と考えていただき継続的に参加していただき、大連とのパイプを当会として太く築くことが必要なのではないでしょうか。

(3) また、交流会のセミナーについても、国際委員会以外の委員会からも参加していただき、より幅広い分野での意見交換ができればさらに内容を充実できると思います。

この点については、2016年釜山弁護士会訪問の際の、交流会のテーマ(面会交流、家庭内暴力被害者保護制度)と現地施設3か所の視察の例が参考になると思われます。

中国法制や比較法的な関心をお持ちの先生方にはぜひ、大連律師協会との交流会に参加していただきたいと存じます。

(4) 交流を発展的なものとしていくため、例えば、毎月大連律師会と電話会議を行い、相互に法制度や実情について質疑応答を行い、交流を定期的に続けるといった新たな方策が必要かもしれません。

(5) 来年は本会と大連律師協会との友好協定締結から10周年の節目にあたり、大連律師会が福岡を訪問する回となりますので、ぜひ多くの先生方に交流会に参加していただきたいと存じます。

大連律師会訪問と交流会の報告 大連律師会訪問と交流会の報告 大連律師会訪問と交流会の報告
前の10件 7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー