福岡県弁護士会 宣言・決議・声明・計画

会長日記

2006年5月17日

会 長 日 記 〜バトンゾーン〜

 会 長 川 副 正 敏

一 『アラバマ物語』
 二月一〇日、テレビの洋画劇場で『アラバマ物語』を見ました。
 舞台は大恐慌の嵐が吹き荒れる一九三二年のアメリカ南部の小さな町。若い白人女性とその父親がでっち上げた「暴行事件」の犯人として、無実の黒人青年トムが起訴された。厳しい人種差別と偏見の中で、グレゴリー・ペック扮する知性と正義感にあふれた弁護士アティカス・フィンチの奮闘むなしく、陪審員団は有罪の評決を下す。
 その現実とこれを目の当たりにしながら成長していくアティカスの幼い子どもたち(兄・妹)を描いた作品です。
 クライマックス・シーンで、穏やかな中にも毅然とした口調で語るグレゴリー・ペックの次の言葉が強く印象に残りました。
 「法廷と陪審は完全なる理想ではない。法廷とは生きた真実である。」
 三年余り後に始まる裁判員裁判が、本当に司法の国民的基盤を強化するとの立法趣旨に沿ったものとして定着し、民主的で公正な司法の理想に近づくことになるのか、裁判員法廷で実際に展開される「生きた真実」が私情と偏見を排し、立場の異なる者の間での冷静な熟慮と議論のコラボレーションに基づく正しい結論を導くものとなるのかどうかは、ひとえにこれからの私たちの周到な準備と実践にかかっています。
 一九一〇年の大逆事件裁判の戦慄にうながされて、八五年前、「司法の民主化」を目指して陪審制導入に踏み切った平民宰相原敬の決断を想起し、それが戦時体制下で潰えさせられた歴史の轍を繰り返してはならないとの思いを共有したいものです。

二 少年付添研究会と刑事弁護研究会
 二月二日に開催された第一回少年付添研究会を傍聴しました。弁護士になったばかりの若手会員から、過ちを起こした自分の子どもを見放す父親に罵倒されながらも、何とか説得して親子関係の修復に努めた話、個人的なつてをたどって、少年の就業場所を見つけようと奔走した体験談などが語られ、参加した同輩・先輩会員との間で熱い議論が交わされました。
 数年前から行われている、同じく若手会員による刑事弁護のスキルアップのための刑事弁護研究会にも、他の会務と重ならない限り、できるだけ顔を出すようにしました。そこでも本当に頭の下がるような熱心で充実した弁護活動の報告とこれをめぐる真摯な議論が毎回展開されています。
 「今どきの若い者」に敬服するとともに、秋からの被疑者段階を含めた公的弁護対応態勢確立への自信と公的付添人制度実現への決意を新たにすることができました。
 壮年、熟年の会員もぜひ出席して議論に参加されるようお勧めします。自らの仕事を顧みて、マンネリ化に対する強力なカンフル剤となること請け合いです。

三 未決拘禁制度改革と代用監獄問題
 昨年一二月から六回にわたって行われてきた未決拘禁者の処遇に関する有識者会議は、今年二月二日に「提言」という形でその審議結果を公表しました。
 この提言は、「治安と人権、その調和と均衡を目指して」という副題にも見られるように、無罪推定を受けるべき未決拘禁者の地位とその人権保障に対する視点が非常に弱いものとなっています。そして、最大の課題である代用監獄制度については、今回の法整備ではこれを存続することが示されました。他方、拘置所での夜間・休日における接見、電話・ファックスによる外部交通などについては、その導入が認められるべきであるとしていますが、具体的な内容はごく限定された不十分なものです。
 政府はこの提言を踏まえて法案策定をし、今通常国会に提出することにしており、今後、日弁連・単位会の総力を挙げた取り組みが必要です。当会でも三月三一日に代用監獄問題に関する集会を計画していますので、ぜひ参加されるようお願いします。

四 バトンゾーン
 二月中旬までに、二〇〇六(平成一八)年度会長・羽田野節夫会員をはじめ、次年度執行部の顔ぶれが決まりました。私たち現執行部は、年度末の会務処理に追われる日々の合間に、前年度の松?執行部から受け継いだバトンを落とすことなく、何とか無事に羽田野執行部に手渡せるゾーンまでたどり着けた安堵感を覚えながら、こもごも引継書を書いています。
 そんな中で、私は次年度日弁連副会長としての引継業務のため、二月から三月にかけてほぼ半分の日数を東京で過ごしています。これは歴代の当会会長がやり遂げてきたことですが、県弁の執行体制のあり方として、果たしてこれからも現状のままでよいのだろうかとの疑問を禁じえません。
 最近の『会長日記』でも触れていますように、司法支援センターと公的弁護対応態勢、公判前整理手続等の改訂刑事訴訟法下での刑事裁判実務と裁判員裁判に向けた準備など司法改革関係の諸制度の実施にかかわる具体的な取組課題、さらには未決拘禁制度改革やゲートキーパー規制問題などが一日の休みもなく押し寄せてきています。
 このような中で、執行部には年度替わりのブランクは許されず、むしろ三月から四月にかけての今の時期こそが一年中で最も多忙で重要な時期ではないかとも思われます。法曹人口大幅増員時代を迎えて、会務活動がますます多岐に及ぶことから、この傾向が一層強まることは確実です。
 ちなみに、ここ数年の歴代会長と同様、私もこれまで、心身ともに会長の職務に完全に専従する毎日を過ごしてきました。

五 県弁会長と日弁連副会長の完全分離へ
 このように、県弁執行部の責任者たる会長が会務活動にとって最も重要な時期に、日程的にはひと月の半分、精神的にはほとんど大部分を日弁連の用務に費やすというのはどう考えても不合理です。
 他方で、九弁連選出の日弁連副会長については、今年度から、福岡県とそれ以外の七県弁護士会(七県の間では予め決められた順番による)が一年ごとに出すという制度が実施されることになりました。そして、七県の第一順位である長崎県弁護士会ではすでに二〇〇七(平成一九)年度の日弁連副会長予定者を内定しています。
 また、九弁連では、この予定者が日弁連の諸課題に精通してスムーズに日弁連副会長職を行えるようにするため、九弁連副理事長として、ほぼ毎月二日間開催される日弁連理事会にオブザーバー参加してもらうこととし、これに必要な制度を整備して、予算措置をとることになりました。
 この制度の下では、福岡県弁護士会でも、県弁会長である者が次年度の日弁連副会長に就任するという必然性は、制度的にはもちろん、事実上もないということになります。このことは、日弁連副会長に就任する県弁会長とそうでない会長という二種類の存在のおかしさを想定すれば明らかです。
 このように考えてくると、福岡県弁護士会から日弁連副会長を出す年であれ、そうでない年であれ、前年度の県弁会長であるかどうか、さらには県弁会長の経験者であるかどうかとは関係なく、日弁連副会長として仕事をする意欲のある会員は誰でも自由に立候補して全会員の信を問うことが、単に制度的なものとしてだけではなく、実際の運用としても行われるべきです。九弁連における日弁連副会長交互選出制が定着するのを見定めながら、その方向性(県弁会長と日弁連副会長の完全分離)を追求していく必要があると考えます。
 県弁会長の翌年度に日弁連副会長に就任する方式が確立してから約二〇年を経た今、司法制度改革の具体化と会員の大幅増加の時代を迎え、執行体制強化の観点を中心にしながら、委員会の組織・運営のあり方を含め、改めて機構改革の議論をすべき時に来ているとの思いを深くしています。

会 長 日 記 〜一月の会務日誌から〜

 会 長 川 副 正 敏

一 ひとときの休息
 元旦と二日、おせち料理に舌鼓を打ちながら、藤沢周平や城山三郎を終日耽読するしばしの休息のときを過ごしました。
 しかし、読後の余韻を楽しむ暇もなく、三日からは一週間後の常議員会に向けて、ゲートキーパー規制立法反対会長声明や日本司法支援センターの国選弁護人候補者指名業務に関する諸規則についての日弁連要綱試案に対する当会の意見書などを起案したり推敲するのに追われ、短くも貴重な休暇は矢のごとくに去っていきました。

二 仕事始め
 一月五日午前九時、県弁事務局仕事始めの挨拶に続き、本年第一回目の正副会長会。
 大小さまざまの宿題の山に嘆息しつつも、みんなで深呼吸をして、「あと一歩」と叱咤激励し合いました。
 一月五日午後、簡易裁判所判事推薦委員会・応募者の面接。
 これからのあるべき裁判所・裁判官像について、「国民に開かれ、分かりやすく迅速で、信頼される裁判・司法」という、今次司法改革を通じて定着した感のある言葉が多く発せられたのが印象的でした。
 椅子を温める間もなく、新年は対外行事などが目白押しです。儀礼的なものを含め、弁護士会の顔としてできる限り参加し懇談することに努めましたが、社交下手な私にはとても大きなプレッシャーでした。そんな中からいくつかをしたためます。

三 新春行事など
 一月五日夕、西鉄主催の新年祝賀会。
 地元政官界・経済界・労働界・報道機関・在福外国公館・専門職団体等々各分野の指導的立場の人々が会場を埋め尽くして、「明日の福岡」を語り合いましたが、景気回復への期待の声が各所で聞かれました。
 私が懇談した方々からは、裁判員制度についての疑問や不安の話題が出されました。今から八〇年以上前に陪審制導入を審議した枢密院で、原敬首相がその必要性を訴えたときの言葉、「憲法(大日本帝国憲法)実施後三〇年を経た今日に於ては、司法制度に国民を参与せしむるは当然の事なり」とのフレーズなどを引用しながら、酒席を顧みずに熱弁をふるってきました。
 一月六日、第五九期司法修習生第二班弁護修習開始式・会長講話。
 裁判員制度の標語として裁判所も用いるようになった「司法が変わる」という言葉に示された司法改革の核心的意義とこれからの課題について、若き法曹にも認識を共有してもらい、一緒に汗を流してほしいとの思いを込めて話しました。
 一月七日、民団(在日本大韓民国民団)福岡県本部新年祝賀会。
 顔見知りの駐福岡大韓民国総領事・金榮昭氏らと懇談をしました。役員や来賓の方々からは、在日永住外国人に対する地方参政権の実現が熱っぽく語られました。
 一月一三日、日本公認会計士協会北部九州会新年賀詞交歓会。
 新年を寿ぐ華やかな雰囲気の一方で、同会会長の挨拶では、カネボウ旧経営陣による粉飾決算事件にからみ、昨年九月一三日、会計監査を担当した中央青山監査法人の公認会計士がこの不正に加担した疑いで逮捕された事件の衝撃とこれを踏まえた信頼回復への取り組みの決意が危機感をもって述べられました。他山の石としなければとの思いを強くしました。

四 本格的始動
 一月一四日、山崎拓衆議院議員(自民党)及び木庭健太郎参議院議員(公明党)にそれぞれ面談。
 ゲートキーパー規制、少年法改正、共謀罪などについて、弁護士会の見解を説明し意見交換をしました。今後、他の地元選出国会議員とも面談の機会を得るよう努めていくことにしています。
 木庭議員からは、公明党として、今通常国会に在日永住外国人の地方参政権(相互主義)を実現する法案を提出し、審議入りを図ることにしており、弁護士会にも理解を求めたいとのお話しがありました。
 私は、当会が一五年以上にわたって釜山地方弁護士会と毎年交流を続けてきていることに加えて、二〇〇〇(平成一二)年には、執行部(春山会長)を先頭に会を挙げて、福岡県内の自治体に対し地方公務員の任用に関する国籍条項撤廃の要請活動を展開したことなどを説明しました。そのうえで、今後も日本における多民族共生社会のより良いあり方を追求するため、それぞれの立場で積極的に取り組んでいく必要があることを確認し合いました。
 韓国では、既に永住外国人への地方参政権付与が法制度化されており、日本でも真剣に検討する時期に来ていると思います。
 一月一五日、福岡部会・加藤達夫会員の旭日中綬章を祝う会。
 「古今二路無」。「今も昔も、賢人の行く道は一つしかない。それは、今自分の前にある責任をひたすら黙々と果たしていくことに尽きる」。そんな禅語にふさわしい加藤先生の生きざまを盛会のうちに垣間見る思いでした。

五 テレビ出演
 一月二二日、RKB毎日放送のテレビ番組『元気 by 福岡』に出演。
 キャスターの納富昌子さんと裁判員制度について対談しました。一〇分足らずの緊張の時間でしたが、彼女の歯切れのよい語り口につられて、何とか役目を果たすことができ、ほっと胸をなでおろしました。
 裁判員制度の実施開始まで三年半を切りました。市民への広報活動もさることながら、裁判員裁判及びこれと連動する公判前整理手続などの新たな刑事訴訟制度の下における私たち自身の弁護のスキルを磨くという面でも、待ったなしの本格的な取り組みが求められています。

六 むすび
 「♪春は名のみの風の寒さや」の候とはいえ、執行部が交替する桜花の季節は目前です。この拙文が届くころには、当会でも日弁連でも、二〇〇六(平成一八)年度の会長をはじめとする執行部が確定していることと思います。
 しかし、代用監獄問題等の未決拘禁制度改革、共謀罪、少年法改正、ゲートキーパー規制といった立法問題への取り組み、四月からの司法支援センター発足と秋からの被疑者国選弁護開始に向けた準備、県弁会館敷地取得問題等々、年度替わりの「休み」は一日たりとも許されません。
 寒風の中で駑馬に鞭打つ日々が続きます。

会 長 日 記 〜年頭にあたって〜

   会 長 川 副 正 敏

一 はじめに
 明けましておめでとうございます
 昨年を振り返りますと、一月にはスマトラ島沖大地震と大津波の報に地球の終末の始まりかと驚かされ、その衝撃もさめやらぬうちに、私たちの足下で予期せぬ地震に見舞われました。夏には「郵政民営化・小泉劇場」が喧伝される中で、衆議院に三分の二の巨大与党が生まれました。
 年末になると、次々に起こる幼女殺害事件、そしてマンションやホテルの耐震構造計算偽装事件が世を騒がせました。世界では、抑圧とテロ、報復という暴力の連鎖がこの瞬間も続いています。
 戦後六〇年、還暦に当たる年でしたが、各方面で制度疲労が顕在化し、あるいは普遍的なものと考えてきた価値観が大きく揺らぎ、将来への漠たる不安がただよう中で新年を迎えた感があります。一〇〇年後の歴史家はこの二〇〇五年について、良くも悪しくも様々な意味で、大きな区切りの時代として総括するのかもしれません。
 そのような中にあればこそ、次の還暦のサイクルの始めの年である今年は、未来に向かって、改めて我々の時代の「坂の上の雲」を見出し、その雲を仰ぎ見ながら、一歩一歩着実に歩んでいかなければならないと思うこのごろです。
 さて、私たち執行部の任期も残すところ三か月を切り、最後の追い込みに入りました。夏休みの終わりに宿題をやり残して焦った悪童時代の苦い思い出がよぎります。
 この機会に、当面の主要な課題について申し述べることとします。

二 憲法改正問題への取り組み
 先に自民党の新憲法草案が公表され、民主党も九条二項の改定を含む憲法改正に前向きの姿勢を示す中で、次の通常国会には国民投票法案が上程されるという情勢にあります。私たちにとって不動の価値基準としてきた憲法が揺らぎ始めています。
 当会では、昨年末に憲法委員会を立ち上げ、この問題に対し、強制加入団体としての枠内でできる限り、正面から取り組んでいくことにしました。父母・祖父母の世代が悲惨な犠牲を払って築いてくれた、恒久平和を希求し、その下で個人の尊厳を至高の価値として追求する「このくにのかたち」を次の世代に確実に引き継ぐ責務が私たちにはあると思います。

三 各種治安立法阻止と未決拘禁制度改革の運動
 弁護士が依頼者の「疑わしい取引」を国に密告するというゲートキーパー立法に対し、日弁連は昨年六月、取扱機関が金融庁であることを前提として、日弁連が会員からの報告の受け皿となることを骨子とする方針を立て、法務省との折衝を重ねてきました。しかし、その後関係省庁間での協議の結果、この問題の主管庁が金融庁から警察庁に変わることとなり、日弁連は昨年末、改めてゲートキーパー立法そのものに断固として反対し、強力な運動を展開するとの方針を打ち出しました。
 また、再三にわたって廃案とされてきた共謀罪の立法化も現実の問題となっています。少年院送致年齢の下限(一四歳)の撤廃や触法少年・ぐ犯少年に対する警察官への強制捜査権の付与などを盛り込んだ少年法改定にも大きな懸念があります。
 「テロとのたたかい」や日本社会の「安全神話」崩壊に対する防波堤構築を金科玉条として、治安優先の立法が次々と出され、圧倒的多数の与党が占める国会でさしたる議論もなされないまま可決成立しかねないという構図には、背筋が寒くなる思いです。
 他方、未決拘禁制度改革も今年中の決着に向けた法務省・警察庁との厳しいせめぎ合いが続けられています。このような中で、昨年末に有識者会議が発足し、今年二月を目途に提言が出され、その後立法化作業に入る見通しです。代用監獄廃止に向けた道筋を付けるため、全力を傾注しなければなりません。
 人権擁護と社会正義の実現という使命を与えられた弁護士・弁護士会の見識と力量が今こそ問われているのだと思います。
 これらの問題について、当会でも早急にしかるべき組織を立ち上げ、日弁連及び全国の単位会とともに、強力な運動を展開していくことが求められています。

四 司法支援センターと公的弁護態勢確立
 今年四月の日本司法支援センターの発足まで三か月を切りました。夏前には地方事務所がオープンし、秋からは法定合議事件の被疑者弁護を含めた国選弁護人指定業務などが開始されることになります。
 司法支援センターに対しては、今も懐疑的な見方がありますが、実際の業務開始を目前に控えて、弁護活動の自主性・独立性を確保しつつ、広範な国民に対して真に良質な法的サービスが提供できる組織運営を実現するため、弁護士会はこれを傍観視するのではなく、積極的に関わっていくべきだと考えます。
 そのために、当会としては、地方事務所の要となる所長・副所長には、会の総意に基づく最適任者を推薦し、職員についても、弁護士会で従来から国選・扶助業務にたずさわってきた優秀な人材を確保して、弁護士会との緊密な連携体制を構築するように鋭意準備作業を進めているところです。
 地方事務所の設置場所についても、床面積約一五〇坪(福岡)ないし約六〇坪(北九州)以上という条件を満たすとともに、既存の弁護士会の相談センターとの場所的・機能的一体性を確保することを前提として、適当なビルの調査を行っています。また、発足時には事務所設置が見送られた筑後と飯塚についても、その必要性を訴え続けて実現を期さなければなりません。
 司法支援センターにおける国選業務のあり方については、現在、業務方法書・法律事務取扱規程・国選弁護人契約約款に関する日弁連の要綱試案に対する単位会の意見照会がなされており、当会では全会員に情報提供をして意見を出していただくようお願いしているところです。弁護権・防御権の確保を基本として、当会としての適切な意見を出さなければなりません。
 そのうえで、大多数の会員が引き続き国選弁護をお引き受けくださるようご協力をお願いいたします。一人が一〇の仕事をやるのではなく、一〇人が一の仕事を分かち合うとの思いを共有したいものです。
 今年九月には、日弁連の国選シンポジウムが福岡で開催されることになっており、公的弁護態勢確立と国選弁護充実の契機として、是非とも成功させたいと思います。

五 刑事司法改革への対応
 昨年一一月に始まった公判前整理手続は、現在適当な事件を選んで試行的に実施されていますが、逐次拡大していき、裁判員裁判開始に向けて、連日的開廷をにらんだ集中審理・迅速化が押し進められていくことが想定されます。そのような中で、刑事裁判の適正・充実の観点がおろそかにされ、弁護権・防御権の保障がいささかでも弱められるのは防がなければなりません。
 そのような観点から、未決拘禁制度改革や取調全過程の録音・録画化の実現に向けた取り組みを強化するとともに、会員の弁護活動に対する弁護士会としてのバックアップ体制の確立を図るべきです。

六 後輩の育成
 法曹人口大増員時代に向け、法科大学院〜司法修習〜入会時研修を通じて、多くの後輩がその力量を高め、質量ともに豊かな弁護士業務を展開できるようにするために、弁護士会としての支援策や受入体制を作って実行していくことも焦眉の急です。

七 むすび
 司法改革が各論に入って行くほどに、我々の現実的な業務のあり方を大きく左右しかねない具体的問題に直面し、次々に厳しい決断と実行を迫られるのを痛感します。
 正月早々から重い話題を書き連ねましたが、いずれも今年度から来年度にかけてやり遂げなければならない重要な課題です。
 「怒れる風体にせん時は、柔らかなる心を忘るべからず」(風姿花伝)の教えを想起しながら、残された任期を全力で務めていく決意です。会員の皆様のご理解とご協力を心よりお願い申し上げます。

会 長 日 記 〜平和と人権を考える因幡路の旅〜

会 長 川 副 正 敏

一 小さな弁護士会の大きな人権擁護大会
 一一月一〇日と一一日の両日、鳥取市で開かれた日弁連の第四八回人権擁護大会に参加しました。参加者総数は延べ四三〇〇人という盛況でした。会員数わずか三一名の鳥取県弁護士会にして、よくぞここまで準備をされたものと頭が下がりました。
 初日に三分科会で行われたシンポジウムを踏まえ、二日目の大会では次の一つの宣言と二つの決議が採択されました。
 (1) 「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」
 (2) 「高齢者・障がいのある人の地域で暮らす権利の確立された地域社会の実現を求める決議」
 (3) 「安全な住宅に居住する権利を確保するための法整備・施策を求める決議」
 これらの内容は日弁連のホームページに掲載されていますので、ここでは立ち入りませんが、いずれも日本の政治と社会が直面している極めて重要な課題に関するものであり、各シンポジウムの充実ぶりは、人権問題に関する最大・最高のオピニオンリーダー、シンクタンクとしての日弁連の面目躍如との思いを深くさせるものでした。

二 高齢者・障害者の人権確立と住宅の安全性確保
 (2)の高齢者・障害者の人権確立の決議に関して、当会の活動は、「あいゆう」や精神保健当番弁護士制度に見られるように、先進的な取組みとして全国的にも高く評価されています。今回のシンポジウムも、九月一六日に福岡で開催された「高齢者・障害者の権利擁護のつどい」の成果を踏まえ、これをさらに深化させるものであり、当事者組織及び保健・医療・福祉・教育の専門職と機関や団体、行政との地域ネットワークの構築、そしてその中での法律家の積極的な取組みの必要性が再確認されました。
 「小さな政府」のかけ声の下で、障害者自立支援法に見られる利用者負担の増大・応益負担への転換が押し進められつつある今日の状況は、高齢者・障害者が地域で自分らしく安心して生活できる社会の実現を促すものとは言いがたいように思われます。そういった現実とこれを打開するための私たちの役割の重要性を改めて認識させられました。
 提案理由を聞きながら、「障害者を閉め出す社会は弱く脆い」という一九八一年・国際障害者年の国連総会決議の言葉を思い浮かべ、この面での当会の活動のさらなる拡充に向けた決意を新たにしました。
 (3)の「安全な住宅に居住する権利」についても、当会の会員有志がかなり以前より建築士と連携しながら研究及び救済活動を展開していることはよく知られています。
 シンポジウムでは阪神淡路大震災の被災実態とその後今日に至る行政や関係機関等の対応の問題点が指摘されました。福岡でも、三月の地震を契機に問題点が顕在化しており、弁護士会として、より広範で組織的な取組みをする必要性を感じました。

三 改憲論にどう向き合うか
 立憲主義の堅持と憲法三原則の尊重に関する?の宣言をめぐっては、三時間余りにわたり白熱した議論がおこなわれました。最大の論点が憲法九条問題にあったのは言うまでもありません。
 原案では、九条を一項の戦争放棄条項と二項の戦力不保持・交戦権否認条項に分け、前者を一般的な恒久平和主義、二項を「より徹底した恒久平和主義」として、前者は尊重すべきであると表明する一方で、後者については、「世界史的意義を有する」との評価を示すだけで、その改廃の是非や自衛隊の憲法適合性如何には直接言及しないとしています。
 反対意見は次のようなものです。
 改憲論の核心はまさに憲法九条二項であって、最近発表された自民党の新憲法草案でも二項廃止と自衛軍保持・集団的自衛権行使の容認等を明記しており、民主党の改憲派もほぼ同様のことを主張している。このような状況下で原案の宣言を出すのは、日弁連として事実上九条二項廃止論に与することになる。そのような宣言を出すのは単に無意味であるという以上に、むしろ有害である、と。
 他方、原案を支持する意見の要旨は次のとおりです。
 会内に賛否両論があり、高度に政治的な問題でもある九条二項の改廃の是非に関し、強制加入団体たる弁護士会としてそのいずれの立場に立つかを明確にするのは適切ではない。人権尊重よりも「国民の責務」に傾斜した自民党の新憲法草案など、立憲主義を軽視する改憲論が出される中で、弁護士会として、立憲主義の理念の意義を再確認してその堅持を求め、国民主権・人権保障・広義の恒久平和主義の尊重とともに、戦力不保持を含めた日本国憲法のより徹底した恒久平和主義の世界史的意義を強調することは大変有意義なことである、と。
 原案賛成論者の大多数も、「憲法九条二項を堅持すべきであって、その改定には強く反対する」との個人的見解を表明しつつ、これと異なる意見を持つ会員を含めた会内合意が得られるぎりぎりの線として、この宣言案を採択すべきだというものでした。
 賛否双方の意見を通じて、非武装・絶対的平和主義憲法の持つ掛け替えのない価値を認めることではほぼ一致していました。
 このような議論を経て、宣言案は人権擁護大会としては異例の挙手による採決に付され、賛成四八〇名、反対一〇一名の賛成多数で原案が採択されました。

四 『平和の政治学』 を想う
 厳しくも真摯な討議が展開されるのを眼前にしながら、学生時代に読んで感銘を受けた石田雄著『平和の政治学』(岩波新書・絶版)の次の一節を想起しました。
 「非武装憲法は歴史上例がないというただそれだけの理由で無意味と決めつけてしまうのは、自分の構想力の貧弱さを告発するだけである。それと同時に、平和憲法があるからそれでいいのだとすませているのも、現実的な思考を伴わない怠惰な態度といわざるをえない。どのような条件の下で平和憲法が現実に意味をもちうるかを冷い計算で検討してみる必要がある。」
 抑圧とテロ、報復戦争と再テロという暴力の連鎖が止まることを知らない世界を前に、「戦争ができる国家」の再構築に向けた改憲論が声高に喧伝される今日、どうやって日本と世界の非軍事化への道筋を付けていくのか、第二次大戦の惨禍を二度と繰り返さないため、不戦と非武装を高らかに謳った憲法九条に今どう向き合い、現実的意味を持たせるために何をすべきか、またできるのか、様々の思いが巡りました。
 九条二項を改定(削除)して、戦力の保持と交戦権の容認を憲法上明記することは、自衛隊の位置付けや集団的自衛権行使の是非の問題にとどまらず、「軍事的公共性」が正面から人権制約の根拠とされ、「軍事的合理性」に基づく人権抑圧的統治機構(危機管理のための権力集中、戒厳令、軍事法廷等々)への変容をもたらすのは不可避であって、それがまた戦争への障壁を低くすることも歴史が教えるところです。
 ともすれば「テロとの戦い」や「ならず者国家に対する戸締まり論」などの単純化した論理や勇ましい言葉で語られがちな改憲論議に対して、このような観点からの冷静な問題提起をしていくことは、強制加入団体という弁護士会の限界を踏まえても十分に可能なことであり、むしろ私たちに課せられた大きな責務だと思います。

五 余韻と感動、そして美味
 大会では、宣言・決議の採択に先立ち、今年四月に名古屋高裁が出した名張毒ぶどう酒事件の奥西勝死刑囚に対する再審開始決定について、弁護団からの特別報告が行われました。担当した弁護士は淡々と語り始めましたが、話題が奥西氏との面会の様子に入った途端に絶句し、大粒の涙を流しながらしばし嗚咽した場面は、日弁連の人権擁護活動の原点を象徴するものでした。
 晩秋の因幡路の古都で、白熱した議論の余韻と無辜の救済に打ち込む若手会員の一途な姿への感動に包まれながら、解禁直後の本場の松葉ガニに舌鼓を打つ、平和に生きる幸せを実感する充実の二日間でした。

2006年1月 5日

少年非行と付添人活動

会 長 川 副 正 敏

 福岡県弁護士会では2001(平成13)年2月に少年身柄事件全件付添人制度を発足させ、以来5年近く経過しました。
 これは、非行事件を起こしたとして観護措置(身柄拘束)を受けた少年に対し、費用負担ができなくても、弁護士が付添人に就いて家庭裁判所の少年審判手続に関与し、正しい非行事実の認定と少年の真の更生に向けた適切な処遇を実現するために活動するもので、日本で初めての制度でした。
 現在、福岡県弁護士会では361名の会員がこの活動にたずさわっており、付添人選任数は年間900件前後の全観護措置件数の約70%にのぼるなど、ほぼ定着しています。他の弁護士会でも逐次同様の制度が導入されてきており、着実に全国的な広がりを見せています。現在検討されている少年法改正案にも、一部の事件に限定されてはいますが、国選付添人制度が取り入れられるに至りました。
 成人が起訴された場合は、国選弁護人が選任されてその法的援助を受けられるのに対し、発達途上にあって、可塑性に富み、成人よりも防御能力が劣る少年について、当然に弁護士が付添人に選任される法制度が用意されていないのは均衡を失しており、人権制約をするには適正手続の保障が不可欠であるとの憲法上の原則にもとるのではないのか。私たちが手弁当でこの制度を始めたのは、このような問題意識に基づくものでした。
 また、非行事件を起こした少年に寄り添い、非行に陥った原因を彼らと一緒に探求し、その自覚と反省、被害者への謝罪の念を醸成して、更生の意欲をうながし、環境調整を図るうえでも、弁護士が付添人となって活動することに大きな意義があると考え、現に実践しています。
 私も付添人活動をするときは、河合隼雄著『心の処方箋』の中の次の一節をいつも想起するようにしています。
 一番大切なことは、この少年を取り巻くすべての人がこの子に回復不能な非行少年というレッテルを貼っているとき、「果たしてそうだろうか」、「非行少年とはいったい何だろう」というような気持をもって、この少年に対することなのである。
 近時、少年による重大事件が起こるたびに、その厳罰化が叫ばれ、今次の少年法改正案でも、14歳未満の子どもに対する少年院送致の導入や触法少年等に対する警察官の調査権限の法定化などが盛り込まれています。
 しかし、1990年の第8回犯罪防止及び犯罪者処遇に関する国連会議で採択された「少年非行予防のための国連ガイドライン」(リヤド・ガイドライン)が述べているように、少年非行防止のためには、家庭、学校や地域において、子どもの人権を尊重した教育と福祉的アプローチが重視されるべきだとの基本的視点が忘れられてはなりません。その意味で、この少年法改正案には大いに疑問があると言わざるをえません。
 少年事件付添人制度は、「少年の健全な育成を期する」という少年法の理念を現実的に意味のあるものとして生かすことに寄与し、このことがひいては少年非行を減らし、その深刻化を防ぐ道でもあると思います。

福岡県更生保護協会『福岡更生保護』第728号(平成17年12月1日)より

2005年12月19日

会 長 日 記 〜東京から金沢へ〜

会 長 川 副 正 敏

一 東京〜未決等拘禁制度改革に向けて
 一〇月五日、日弁連の刑事拘禁制度改革実現本部の全体会議が開催され、地方本部長として出席しました。会議では、九月一六日に出された『未決等拘禁制度の抜本的改革を目指す日弁連の提言』(日弁連ホームページの日弁連の活動↓主張・提言↓意見書等に掲載。以下「日弁連提言」という)の確認をしたうえで、今後の運動の進め方などについて討議をしました。
 今年五月一八日、刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律が成立しました。これは、長年の懸案であった監獄法改正問題のうち、刑事施設及び受刑者の処遇に関する規定についての改正をしたものです。そして、この改正で積み残しになった代用監獄問題を含む未決拘禁者と死刑確定者については、来年の通常国会での法案上程を目途に、現在日弁連・法務省・警察庁の三者間で協議が重ねられており、日弁連提言もここで議論されることになります。
 提言の要点は次のとおりです。
1 未決拘禁制度の基本的なあり方は、あくまでも無罪推定原則を生かし、これを保障する内容でなければならず、市民としての生活保障、訴訟当事者としての防御権確保が最大限図られるべきである。また、裁判員制度・連日的開廷の実施に伴い、弁護人の接見交通に対する障害を除去する。
2 警察留置場を勾留場所とする代用監獄制度は冤罪と人権侵害の温床であり、国際人権法上もその存続は到底許されない。したがって、これを廃止することを確認したうえで、全面的廃止に向けた確かな道筋・方法を明確にする。
3 弁護人の秘密交通権確保に留意しながら外部交通の拡充を図るべく、電話やファクシミリの使用を導入する。
4 拘置所を含めて夜間・休日接見を原則として認める。
5 長時間・深夜の取調禁止を法律上明記する、未決拘禁者に対する懲罰制度を原則としてなくす、自己労作・教育の機会を保障する、冷暖房を完備するなど、人権侵害を防止し、市民としての生活を保障するための方策を導入する。
6 死刑確定者について、「心情の安定」を理由とする現状の非人道的な処遇を抜本的に改め、人間としての尊厳を尊重した取扱を確立する。例えば、外部交通・図書閲読・差入を原則的に自由とし、他の被収容者との接触を認め、死刑執行の事前告知を行うなどの規定を設ける。
 以上のような提言に対して、法務省・警察庁側の態度は極めて固く、基本的には現状維持の方針であって、ことに最大の争点である代用監獄問題については、これを廃止するどころか、この機会にむしろ恒久化しようとの意向を示しているところです。
 衆議院で圧倒的多数の与党が出現した現在の国会情勢の下で、日弁連の提言を実現するのは容易なことではないと言わざるをえません。しかし、代用監獄廃止を中心とした未決拘禁制度の抜本的改革は、私たちの悲願であり、刑事司法改革の基礎に位置づけられるものです。それは、現在ホットな課題となっている取調全過程の録音・録画の導入と、いわば車の両輪として取り組んでいかなければならないと思います。
 日弁連は一九八二(昭和五七)年から一九九〇(平成二)年にかけて、広範な市民をも巻き込んで、その総力を挙げて拘禁二法反対運動を展開し、これを廃案に追い込みました。このような歴史そのものをご存じでない若い会員も増えた今日、改めてこの問題の重要性に対する共通認識を確立し、今後の立法化作業に向けた対応体制を強化しなければなりません。
 執行部としても、刑事弁護等委員会や刑事法制委員会を中心として、遺漏なき対処をしていく所存です。
 会員各位におかれましては、この機会に日弁連提言及び『自由と正義』九月号の特集「二一世紀の行刑改革」にぜひ目を通され、現時点における問題の所在を改めて確認され、ご意見をお寄せください。

二 金沢〜業務改革シンポに参加して
 一〇月五日の東京・日弁連会館での会議を終えた足で、翌六日には金沢に入り、七日朝から開催された日弁連の弁護士業務改革シンポジウムに出席しました。その内容については別稿で報告されると思いますので、若干の感想を記すことにします。
 今回のシンポは「司法改革と弁護士業務〜弁護士の大幅増員時代を迎えて」と題して、第一「地域の特性に応じた法律事務所の多様な展開」、第二「新たな挑戦に向けて」、第三「ここまで来た司法IT化の波」の三つの分科会が行われ、私は第二分科会に参加しました。
 そこでは、「弁護士業務の新領域を探る」との副題の下に、最近の各種業務領域の盛衰とその要因に関する分析、アメリカの一〇人未満の法律事務所の実情報告などに基づき、特色ある業務分野、例えば交通事故事件、スポーツ法、弁護士取締役、株主代表訴訟、債務整理・倒産処理、包括外部監査、エンターテインメント業界(映画、音楽、出版業界等)、コンプライアンス委員会・企業倫理委員会、敵対的買収などをめぐる現況と展望が提示されました。
 これらを踏まえ、当面の具体的方策として、?弁護士に関する業務規制緩和と権限強化、?日弁連における立法支援センター設置、?民事訴訟の活性化に向けた抜本的改革(民事陪審、懲罰的損害賠償制度など)、?交通事故訴訟などの既存分野の再開発のための日弁連による改革モデルの提示といった「新規業務開発五カ年計画(要綱)」が提言されました。
 弁護士大幅増員時代における業務基盤に対する不安感が漂う中で、新たな業務開拓に向けた弁護士会としての組織的対応が強く求められており、未だ十分とは言えないものの、その端緒を示すものとして、大変に興味深いものがありました。
 当会では、刑事弁護等委員会における刑事弁護実務に関する情報交換、倒産支援センターのメーリングリストでのノウハウのやり取り、高齢者・障害者支援における行政等との連携、交通事故被害者救済センターによる交通事故事件の掘り起こし、行政問題委員会による定期的一一〇番活動、犯罪被害者支援など、さまざまの分野で人権擁護活動とも結合しながら、業務拡充策を展開してきました。これらを「業務開発」という観点からさらに充実させるのはもちろんのこと、シンポで提言された業務分野のほか、信託、地方自治体の私債権処理、第三セクター問題等々、新たな分野に関して、会員だけではなく、会外の関係者・専門家との共同研究を立ち上げるなどして、我々のウイングを大きく拡げていく取り組みを深化させるべきだと痛感しました。この面では、若手会員からの創意に満ちた提案と積極的な行動を大いに期待します。
 目まぐるしく駆けずり回る日々の中で、合間を見て散策した秋の兼六園と武家屋敷跡の風情にほっと一息をつく思いでした。
 このシンポジウムの運営委員として尽力された当会の山出和幸・加藤哲夫両会員に心より感謝いたします。

会長日記 〜任期の折返し点で思う〜

会 長 川 副 正 敏

一 公的弁護態勢確立のための意見交換会に思う
 八月三〇日、日弁連と九弁連の主催による「公的弁護制度の対応態勢確立のための意見交換会」が当地で開催されました。
 二〇〇六(平成一八)年一〇月に始まる被疑者国選を含む公的弁護制度への対応態勢をめぐり、九州各県の弁護士会、ことに離島などの弁護士ゼロ・ワン地域を多く抱える会を中心にして、ジュディケア制だけで弁護人を確保することはできず、相当数のスタッフ弁護士の配置を求める意見が多く出されました。とりわけ、必要的弁護事件が対象となる二〇〇九(平成二一)年に向けた深刻な実情が報告されました。
 他方、国選弁護の運営主体である日本司法支援センターのあり方についての不透明感から、同センターとの契約締結に対する疑義も一部で出されている状況があります。そこで、これを払拭して、一部の会員の過大な負担によるのではなく、広範な会員によって公的弁護を担うことが必須であって、そのための方策を早急に検討しなければならないとの認識で一致しました。
 詳細は別稿で報告されますので、ここでは、会議の終わりに行った私の締めくくりの発言の要旨を掲記し、問題意識を共有するためのよすがにしたいと思います。
 *  *  *  *  *
 梶谷日弁連会長は、常々「司法改革の実行段階は地方の時代」と言われています。
 これは、制度改革の実施に際しては、現場の実情に基づくきめ細かな検討が必要であって、それには地方からの積み上げが重要であることを指摘しているのだと理解しています。そして、公的弁護態勢の確立及びその運営主体である日本司法支援センターの実施設計と施工における課題を考えるうえで、このことはまさに当てはまります。
 いわゆる重罪事件の被疑者国選が開始する二〇〇六(平成一八)年は待ったなしの目前に迫っており、二〇〇九(平成二一)年の必要的弁護事件のそれが始まるのも遠い先のことではありません。
 本日の意見交換会では、各地の実情とこれを踏まえた具体的な問題点が出され、率直な意見交換が行われましたが、それだけにまた、多くの課題が一層浮き彫りになりました。その中で、捜査段階と公判段階のリレー方式や県境を越えた共助、引受け可能な件数枠を個々に定める方式を検討するなど、できる限りジュディケア制で対応するための提案も出されました。
 九州は、大分県弁護士会と福岡県弁護士会が相次いで開始し、その後燎原の火のごとく全国に広がった当番弁護士発祥の地であり、その牽引車としての役割を果たしてきたと自負しています。
 今から一五年前にここ九州で始まった当番弁護士運動は、絶望的と言われて久しい刑事司法の抜本的な再生を実現するための取組の主柱であり、その公的制度化への道筋は私たちが市民に提示した展望でした。だからこそ、「弁護士会の戦後最大のヒット商品」と評され、多くの市民がこの運動に結集してくださいました。
 今日、私たちは少なからぬ不安や困難に直面していますが、今こそ、この原点を想起しなければならないと思います。
 日弁連、九弁連、単位会、そして個々の会員が互いに他は何をしてくれるのかというのではなく、共に何をなすべきかという観点に立ち、一緒にこの変革の時代を担い、それぞれの役割を分かち合うとの思いを共通にして取り組まなければなりません。
 私たちが目指してきたところは、捜査・公判を通じてあまねく国費による弁護制度を確立し、弁護の自主性・独立性を堅持しながら、被疑者・被告人の十全な人権擁護を果たし、適正手続の実質的保障に資することにあるのは言うまでもありません。
 それがまさに始まろうとする現在、様々の問題が顕在化していることは否めません。しかし、そうであればこそ、現場の実情を一つ一つ検証し、その克服のための具体的方策の定立と実践を積み重ねることが求められていると思います。とりわけ、自主性・独立性を核心とする刑事弁護の質の確保、これに沿ったあるべき司法支援センターの組織運営の確立に向けた獲得目標の提示及び国との精力的な折衝、それを支える会内外における強力な運動の展開は、会員の結集を得るうえでも極めて重要です。
 そのために、日弁連と九弁連及び各単位会はそれぞれの立場で最大限の尽力をすることを確認し合って、本日の意見交換会の結びとさせていただきます。

二 東アジアの司法改革管見
1 中国・国家法官学院一行の来訪
 九月一二日に台湾・高雄市の裁判官が日本の家事事件・少年事件に関する調査のために当会を訪問したのに続いて、九月一四日には、中国・国家法官学院の院長Huai Xiao Feng氏を始め、役職員一行四名が当会を訪れ、懇談をしました。
 中国の国家法官学院は、日本の司法研修所に相当する裁判官養成機関です。中国では市場経済化・国際化が急速に深化するのに伴い、法曹養成制度の抜本的改革を含む司法改革が進められています。
 そのような中で、同学院はこのたび、福岡大学当局、特に当会の川本隆・山口毅彦両会員のご努力もあって、同大学との間で学術交流の協定を締結し、今後学生・教職員等の交流・情報交換を重ねて、法曹教育の充実のためにお互いに協力していくことになりました。
 Huai院長と私は、東アジア各国では、法の支配に貫かれた公正な社会を支える法曹の果たすべき役割がこれからますます重要になるとの共通認識の下に、中国と日本の法律実務家はできるだけ交流の機会を持って信頼関係を深め、そのことを通じて、お互いの司法制度や実務を学び合うことが大切であるということで一致しました。
2 台湾の少年法院事情など
 前後しますが、別稿で紹介されているとおり、台湾の裁判官が当会を訪問した目的は、二年後を目途に進められている家庭裁判所創設に向けて、日本の制度とその運用を調査するというものでした。
 一方で、台湾には少年法院という日本の家庭裁判所のうちの少年事件担当部署が独立した形の裁判所があります。その法官(裁判官)は、日本の少年法の理念でもある「少年の健全な育成」の観点に立ち、当会の少年事件全件付添人制度において私たちが現に実践しているような少年への積極的アプローチを自ら行っているとのことでした。
3 進む取調の可視化
 台湾や香港で取調の録音・録画が既に実施されていることは知られています。
 韓国でも、警察・検察自身が「被疑者の人権擁護、捜査過程の透明化」との理念を掲げ、取調全過程の録音・録画実施に向けた準備を積極的に進めています。しかも、その制度化後の運用をめぐる具体的な検討、例えば、公判中心主義・直接主義との関係において、これ(DVD)に証拠能力を付与するための要件はいかにあるべきかといった議論が法曹界内部だけではなく、メディアでも活発に行われています。
 ちなみに、韓国では、陪審制類似の国民の司法参加制度の導入に向けた具体的検討も行われていると聞いています。
 当会では、九月一七日、『密室での取調べをあばく! 〜取調べの録音・録画実現に向けて〜』と題して、可視化シンポジウムを開催しました。そこでは、韓国・ソウルの警察や検察庁に設けられている上品な木製の調度品が置かれ落ち着いたクロス貼りの広い取調室の写真とともに、録音・録画実施の準備状況が紹介されました。他方、実行行為者の供述により共犯者に仕立て上げられて起訴され無罪判決を得た杷木町の中嶋玲子前町長から、自白を得るための苛酷な取調の実態が生々しく語られました。
 このように、後を絶たない捜査過程における被疑者の人権侵害事例に接するにつけ、取調の録音・録画を頑なに拒む日本の警察・検察がその最大の論拠としている「捜査官と被疑者の人間的信頼関係を築くことによって真実の供述が得られる」との論理がまことに空疎に響き、先行している東アジアの国々との落差に嘆息を禁じ得ません。四年余り後に始まる裁判員裁判までには、日本でも是非実現しなければならないとの思いを一層強くしています。
4 むすび
 以上のように、韓国、中国、台湾では、司法制度や背景事情などに違いがあり、内容・程度の差があるのも事実ですが、大筋では、「法の支配」が貫徹する透明・公正な社会を確立するうえで、司法ないし法曹が担うべき役割の重要性に対する基本的認識に立って、様々の面で色々な形の司法改革が進められているようです。
 とりわけ韓国と台湾では、「民主化・透明化」というキーワードの下に、多くの点で、日本より一歩も二歩も先を行く制度改革・実践が官民を通じて意欲的に取り組まれており、学ぶべきものが少なくないことを実感する秋です。
 *  *  *  *  *
 任期の折返し点を通過しながら、これらを始めとする押し寄せる重要課題への取組をさらに強化しなければならないと、焦慮感とともに決意を新たにしています。

2005年10月21日

『15年目の釜山訪問』

福岡県弁護士会 会長 川副正敏

 七月一七日から一九日までの三日間、恒例の釜山地方弁護士会訪問をしました。
 一九九〇(平成二)年の姉妹提携開始以来一五年が過ぎ、この間の交流の積み重ねによって、普段着の付き合いをすることができるようになりました。ただ、今年は「日韓友好の年」であることや釜山側会長の意気込みもあって、大変な歓待を受けました。
 今回の訪問で印象に残ったのは、外見的には、街の様子がこの数年間で大きく変容し、真新しい白亜の裁判所・検察庁の各庁舎、弁護士会館を含め、高層ビルが林立していて、良くも悪しくもグローバル・スタンダードな都市空間になっていることでした。美しい浜辺のリゾート地・海雲台にも、二、三〇階建のホテルやマンションが建ち並び、夜は花火大会と見まがうような原色のネオンの海となって、人工の美しさを誇示しているようでした。
 内容面では、表敬訪問をした検事正の口から、「被疑者の人権保障」、「捜査過程の透明化、民主化」という言葉が繰り返し出たことです。「日本では、捜査官と被疑者の人間的信頼関係を通じてこそ被疑者は真実を話すから、被疑者取調べの録音・録画化は自白を導くのを阻害するといった捜査側の意見があるが、どう思われるか」との私の質問に対し、検事正は苦笑しながら、「私たちはそうは考えない。自白獲得目的の取調べであってはならない」と自信に満ちて言われました。\n 他方、地元新聞社のインタビューでは、記者側から、「取調べの録音・録画化が捜査段階での供述の証拠能力を補完する役割を果たし、公判を有名無実化して、むしろ被疑者・被告人の人権保障に逆行しかねないのではないか」との危惧が指摘されて、私の意見を求められました。\n 可視化が現実化するにつれて、各方面で本質に迫った活発な議論が交わされている実情を管見する思いでした。
 いずれにしても、伝聞法則のあり方など、日本とは制度面での色々な違いがあるため、一概に比較することはできないものの、弁護士会はもちろんのこと、マスコミ、さらには官の立場にある人々も、国際的人権水準に近づき、達成しようとの熱い思いがみなぎっていることを肌で感じました。
 この原稿が月報に掲載されるころには、釜山側が来福する日程も確定していると思います。今回先方から受けた歓迎に少しでも応えるためにも、多くの会員が関連行事に参加されるようお願いいたします。
 公式行事での私の挨拶の一部を以下に記して、今回の訪問に臨んだ思いの一端をお伝えします。
 「今年三月二〇日に福岡を襲った地震に際し、ファン・イク会長から心温まるお見舞いと激励のお言葉をいただきました。本当にありがとうございました。
 さて、私が初めて釜山市を訪問したのは一九九〇年三月一日、サム・イル・ヂョル(三・一独立運動記念日)の日でした。
 この年、釜山地方弁護士会と福岡県弁護士会は姉妹提携を開始しましたが、私もこの仕事の一端を担当したことを密かに誇りに思っております。
 当時の貴会の会長はパク・チェ・ボン先生であり、当会の会長は亡き近江福雄弁護士でした。お二人が固く握手する姿に大変感動したことを想起しています。
 それから一五年の歳月が流れ、今回釜山に到着した昨日、七月一七日は奇しくもチェ・ホン・ヂョル(成憲節。憲法制定記念日)の日です。このように、私は、一五年前も今年も、貴国のとても大切な日に訪問できたことをうれしく思っています。
 さらに、今年は貴国の独立六〇周年、日本との国交回復四〇周年に当たります。このような歴史的な年に福岡県弁護士会を代表してこの場に立つことのできる私は大変に幸運です。\n この一五年間、姉妹交流を続け、友情を深めてきた両弁護士会の歴代会長をはじめ、国際委員会の委員など、多くの会員の皆様に心から感謝いたします。そして、これからも次の一五年、三〇年に向かって、両弁護士会とそれぞれの会員の交流を一層深め、本当に身近な友人として、揺るぎない信頼関係を築いていきたいと思います。
 今、日本では、裁判員制度や捜査段階の被疑者国選弁護人制度などの刑事訴訟手続改革、法科大学院制度などの法曹養成制度改革といった司法制度全体の大きな改革が行われています。これらの改革は、市民に身近で、市民に開かれ、市民が参加する司法を目指すものです。弁護士会としても、このような基本的な考え方に立って改革を進めてきました。
 しかし、制度を作る段階から具体的な実行の段階に入ると、様々の難しい問題が出てきています。改革の時代には、夢や希望が大きければ大きいほど、それに比例して、克服しなければならない課題も多く、また大きなものになるのは避けられません。
 そのような困難に直面したとき、私は、六〇年前に福岡の地で非業の最期を遂げた貴国の偉大な詩人、ユン・ドン・ジュ(尹東柱)の詩『新しい道』の中の次の言葉を思い出して、自分を勇気づけています。
  我が道はいつも新しい道
  今日も…明日も…
  川を渡って森へ
  峠を越えて里へ」

2005年9月28日

「ゲートキーパー問題を考える・その2」

会 長 川 副 正 敏

一 日弁連理事会の審議結果
 ゲートキーパー問題に関する日弁連執行部の新行動指針について、六月一六日と一七日に開催された日弁連理事会で審議・採決が行われました。結果は、賛成六九、反対七、保留五、棄権〇の圧倒的多数で可決されました。
 採択された新行動指針の要点は次のとおりです(詳細は月報六月一日号参照)。
「依頼者の疑わしい取引の報告義務制度の立法化に反対しつつも、その動向を踏まえ、会規制定を行うことも視野に入れて、次の行動指針について会内合意の形成に努めるとともに、関係機関との協議を進める。
(1) 「疑わしい取引」の範囲は、客観的に疑わしいと認められる類型に限定する。
(2) 守秘義務の範囲は、この制度によって新たに制約されることがなく、訴訟手続を前提としない法的アドバイスの提供についても守秘義務の範囲内であることを明確にする。
(3) 報告先は日弁連とし、いかなる形でも関係省庁の影響を受けないものとする。」

二 私の意見
 当会選出の日弁連理事である私と近藤副会長はいずれも反対を表明しました。\n 私が理事会の席上で発言した意見の要旨は以下のとおりです。
「会員に対する刑事罰を背景とした官公庁への権力的報告義務制度の立法化が不可避の状況にある中で、日弁連執行部がこれを防ぐために、『疑わしい取引』 や守秘義務の範囲に関する第一次的判断権を日弁連とする必要があると判断し、よりましな選択として、日弁連を報告先とする自律的制度を提起されたこと自体は理解できる。
 しかし、マスコミを含めた一般国民はもとより、多くの会員の間でも、この制度が守秘義務とこれに支えられた依頼者との信頼関係を基盤とする弁護士業務のあり方に根本的な変容をもたらしかねない重大な問題であるとの切迫した認識には至っていないといわざるをえない。
 日弁連執行部は、本行動指針に基づいて、いわば条件闘争を行った末に、結果的に三つの条件を獲得できなかったときは再度全面的な反対運動に取り組むと言われる。しかし、このような会内外の状況下では、その段階になって改めて運動を展開するエネルギーを生み出すのは極めて困難なことではないだろうか。
 遅ればせながらとはいえ、事態が切迫した状況に直面している今こそ、中長期的なたたかいをも見据えた抜本的反対運動の構築に向けた大方の会員の共通認識を醸成することがそれに劣らず重要だと考える。\n 現時点では、そのための全会的な取組みがなされたとは言えないと思う。そのような段階で条件闘争の方針を打ち出すことには賛成できない。」

*****
 この案件について、県弁執行部は極めて重大な問題であるとの認識に立ち、日弁連からの情報提供とあわせて、Fニュースや月報で問題点のご報告と意見聴取をしてきました。また、定期総会・常議員会に諮り、関連委員会での検討もお願いしました。しかし、残念ながら当会内での議論を十分に深めるには至りませんでした。\n このような中で、執行部内で議論を重ねつつ、私自身、ぎりぎりまで判断しあぐねましたが、最終的には、右のような理由で、現段階ではこの行動指針には反対せざるをえないとの決断をした次第です。
 結果的にはごく少数派でしたが、賛成を表明した理事の多くも、各単位会内では賛否の意見が拮抗しており、迷った末の判断だと述べていました。\n その意味で、今回の日弁連理事会決定は、その票差から受ける印象とは異なり、ぎりぎりの苦渋の選択であったといえます。

三 今後の展開など
 日弁連執行部は、採択された新行動指針に基づき、これから法務省等との厳しい協議に臨むことになります。
 そして、その結果如何によっては、今年度中にも、日弁連を宛先とする「疑わしい取引」の報告義務を定める会規制定如何が理事会・総会に付議されることになる可能性があります。その段階では、新行動指針の三条件が実質的にどこまで獲得できたか、あるいはその見込みがあるかといった点を含めた判断が迫られます。\n このように、新行動指針に基づく日弁連のこれからのたたかいは、基本的には「疑わしい取引」の報告義務制度に反対の姿勢を堅持しつつも、立法化不可避の状況下では、当面、報告義務制度の中に頭書の三条件を確保して、可能な限り毒素を取り除くことにより、弁護士業務における守秘義務と弁護士会自治を守るとともに、中長期的には制度自体の廃止を追求していくということになります。\n いずれにしても、議論を重ねたうえで組織的決定がなされた以上、全単位会・全会員が一丸となって、この方針に基づく報告義務制度の最終的な廃絶に向けた日弁連の取組みを支えていかなければなりません。
 会員各位の一層のご理解とご協力をお願いします。

2005年8月17日

会 長 日 記

会 長  川 副 正 敏

一 各種団体の総会行事
 例年五、六月は、当会や日弁連だけでなく、各種団体の年次総会の季節。業際ネットワーク参加組織(司法書士会、土地家屋調査士会、公認会計士協会、税理士会、行政書士会、社会保険労務士会、弁理士会)のほか、調停協会、人権擁護委員会連合会、宅地建物取引業協会、福岡BBS会(付保護観察少年の支援団体)等々、多くの団体から来賓出席の案内が来ます。主催者の役員や他の来賓諸氏など、各界の指導的立場の方々との面談を通じて、弁護士会を大いに宣伝する機会と考え、最優先で出席するようにしています。
 これらの会合では、祝辞などの公式挨拶だけでなく、司法制度改革をめぐる諸問題の中から、それぞれの団体に関連する話題を取り上げ、懇談かたがた意見交換をすることに努めてきました。

二 日弁連定期総会での討論
 五月二七日、日弁連の第五六回定期総会が開催されました。この総会での重要議題は「司法改革実行宣言」(全文は日弁連総会資料として配付済)であり、圧倒的多数で可決されました。
 私は、以下のような賛成討論をしました。
 一七世紀のフランスのモラリスト、ラ・フォンテーヌの言葉に、「議論するだけなら議員は大勢いる。実行が問題となるとだれもいなくなる」というのがあるそうです。
 それは、今私たちがとるべき態度ではないと思います。
 私たちは、「市民と手を携え、分かりやすく、利用しやすい、頼りになる司法を実現する」という旗を掲げ、一九九〇年の第一次司法改革宣言から数えると一五年の歳月をかけ、内外の厳しい議論や様々の勢力との確執を繰り返しながら、戦後改革に次ぐ困難な司法改革運動を展開してきました。
 その結果、昨年末までにほぼその骨格ができあがった制度の多くは、国民の参加による透明で公正な、隅々まで法の支配が貫かれる社会を築くという私たちの理念を実現する上で、もとより完全なものではないにせよ、少なくとも大きな橋頭堡を築いたものだと考えます。
 他方で、今次改革の目玉ともいうべき裁判員制度や被疑者国選弁護制度を始めとする刑事司法改革分野においては、いわゆる人質司法や調書裁判の打破、捜査過程の可視化等々、積み残された大きな課題が山積しています。
 司法支援センターについても同様です。法に掲げられた事業は、私たちが法律扶助協会とともに、これまで実践してきた様々な権利擁護活動の延長線上のものであって、長年にわたる運動の成果と評価できると思います。しかし、犯罪被害者救済制度や過疎地対策などに見られるように、対象事業の種類や内容の点で、なお十分でないところがあるといわざるをえず、その組織と財政の規模を含めて、解決すべき難しい問題も少なくありません。\n また、センターの運営面では、弁護士会の主導性や個々の弁護活動の自主性・独立性を確保するための制度的担保をどうするのか、いわゆる自主事業の委託化の是非とその場合の展望をどう考え、いかに対処すべきかなど、焦眉の急を要する重要な課題が横たわっています。
 しかし、そのことのゆえに、私たちが刑事弁護や法律扶助の公益的活動から離れ、あるいは、司法支援センターへの参加を回避するなど、制度の実行・実践に少しでも手を緩めるようなことがあれば、それこそ、一六年前にわが九州・福岡から始めた当番弁護士活動など、これまでに私たちが営々と積み重ねてきた努力は水泡に帰するだけではなく、かえって市民の信頼を根底から失うことになりかねないと思います。
 私たちは、この司法改革運動の出発点がそうであったように、今こそ、現場での地道な実践活動を積み重ねることを通じ、広範な市民の信頼を勝ち得て、実践の中から改革を発想し、市民とともに運動を作り上げてきたという原点に立ち返ることが必要です。新たな制度を私たちの血肉とした上で、さらなる改革に向け、ここに指摘されている諸課題に全力で取り組んでいかなければなりません。
 そのようなときに当たり、この宣言を発することは、司法改革の実行に向けた日弁連の結集力と不退転の決意を会の内外に表明し、その存在感と主導性を一層大きなものにすることに資するものだと考えます。\n 以上の理由により、私は本宣言案に賛成いたします。

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