少年付添人日誌弁護士会月報「付添人日誌」より転載したものです。

付添人日誌(7・10月号)(連続掲載最終回)

1 はじめに

子どもの権利委員会に所属している筑後部会69期の鶴崎です。
さて、長いようで短いようで、でもやっぱり長かったこの連載もついに最終回です。どうか最後までお付き合いください。

2 最終章

(1) 髪型をサイド剃り込み版ビーバップハイスクール状態にしたことで試験観察終了後は学校に入れてあげない宣言をされた少年。試験観察中にも色々とあったが、審判では保護観察が言い渡された。

通常であればこれで一安心だが、今回は全く安心ではなく、終わりの始まりといった状況である。

とはいえ、学校も口ではそう言っているが、昨日までその髪型で学校に行っていた少年が実際に学校に来れば追い返したりはしないかもしれない。

そんな希望的観測のもと、明日はとりあえず学校に行ってみることにしてその日は少年と別れた。

(2) 翌日、どうなったのか心配しつつ少年に電話したところ、門前払いされたとのこと。うん、そうだよね。世の中って必要以上に厳しいからね。

さて、どうしたものかと思いつつ、とりあえず私から即日で学校に質問書を送った。

質問書では、少年を学校に入れないことは憲法26条で保障された教育を受ける権利を侵害するものであることを指摘して対応の改善を求め、万一同じ対応を維持する場合はいかなる規定に基づきどんな手続きを経て本件対応がなされているのかを回答するよう求めた。

生徒を学校に入れないという極めて厳しい対応をする以上、明確な根拠に基づき一定の手続きを経ているはずだという前提で(ほんとはそうではないとわかっているのだが)、1週間以内に回答するよう要求した

(3) 1週間経っても返事がないことから学校に連絡すると、教育委員会とも話をしており教育委員会経由で回答する予定とのこと。話をするなら少年を学校に入れないという対応をする前だろうと思いつつ、引き続き返事を待つ。

その後、しばらくして回答があった。回答書では少年の試験観察中の問題行動が諸々指摘されているが、その中で「校則は、生徒が遵守すべき学習上、生活上の規律であることから、まず、髪型を校則にあったものにするように指導していますが、現状において改善はみられていません」と指摘し、さらに「少年(実際は実名)が髪型を校則にあったものに改善した場合については、登校をさまたげる理由はありません」と述べている。要は「学校に入れてほしければ髪型をちゃんとしなさい」ということだ。

校則を守らせようとする学校の飽くなき執念は一体どこから来るのだろうか。

それはともかく、回答書の内容を少年に伝え、学校との話し合いの場を設けることとした。とはいえサイドを剃り込んだ少年の髪型をすぐに校則に合わせようと思ったら坊主にでもするしかない。

「坊主にしてみる気ある?」と念のため確認すると、「ない」と即答。そりゃそうだよね。

(4) 結局、サイドの部分が伸びたら校則違反にならない髪型にする条件で、現状のまま学校に通わせてくれるように頼んでみようということになった。

後日、少年と私で学校を訪問し、校長や教頭、担任などと今後の登校について話し合った。

校長からは回答書の内容があらためて説明され、結論として、校則に適合した髪型にしなければ学校では受け入れられないことが示された。

それに対して私からは事前の打ち合わせどおり、髪が少し伸びたら校則に合う髪型にするのでそれまで今の髪型のまま登校を認めてほしいと依頼した。

しかし校長の答えは「ノー」だった。髪型をあらためることが登校を認める絶対条件だという。

粘ってはみたものの話は平行線で、学校側の姿勢は変わらないままその日は散会となった。

校長や教頭がいなくなった部屋で、「なんで好きな髪型にしたらいかんとよ・・・」と少年が呟いた。

(5) もはや髪が伸びるのを待つしかなさそうな雰囲気も漂う中、すでに登校を禁止されていた同じ髪型の友達(7月号参照、以下「X君」という。)も一緒に、少年の家で作戦会議をすることとした。

とある土曜日、少年宅を訪問するとすでにX君は到着して少年の部屋でゲームをしており、私を見つけると「ちわーす」のような感じで軽く挨拶した。

少年によると今日はもう一人違う中学校の友達(以下「Y君」という。)が家に遊びに来るとのこと。こんな日に呼ばなくても・・・などと思ったりもしたが、そんなこと少年には関係ないのだ。

Y君が到着後、各々ゲームをしたり本を読んだりしゃべったりしている様子をしばらく眺める。

深刻に考えていたのは自分だけで、学校がなくてもちゃんと少年たちの時間は楽しげに流れていた。それでも少年たちは学校に行きたいと言う。子どもにとって学校とはそういう場所なのだ。

(6) ずっと眺めている時間もないので本題に移ると、Y君も髪型を理由に登校を禁止されているとのこと(それが今日呼んだ理由ではないようだが)。

少年にしろⅩ君、Y君にしろ、校則違反ではあるとしても、髪型を変えてから一定の期間が経過して多少はノーマルな雰囲気に近づいている。

「その髪型でも入れてくれないの?大したことない気がするけどね」などと私が言うと、X君Y君は「でしょ?うちらに対する扱い酷いんですよー」などと言う。さらに「ヤンキーに厳しい世の中だからねー」と言うと「ほんとそうなんですよー」などと言う。内容は重たいがほのぼのとした会話だ。

教師を前に少年が豹変したように(4月号参照)、X君Y君が、私に見せる姿とはまるで違う姿を学校で見せていることは想像できる。学校がその対応に苦慮しているのも事実だろう。そんな学校の気持ちも理解できなくはないが、だからといって髪型を理由に登校を禁止してよいことにはならない。

学校は、少年のようなタイプの子どもを含め、様々な個性を持った子どもたちがありのままでいられる(もちろん暴力や器物損壊などを容認する趣旨ではない)場所であるべきなのだ。

(7) さて、今後のことについてこれといった方針は決まらなかったが、少年には、とりあえず学校に行ってみようということと、入れてくれない場合には理由を聞き出して私に報告するよう伝えた。

それ以降、少年が学校に行っては追い返されたり、私が学校に連絡しては進展のない不毛なやり取りに終わったり、そんなことを繰り返しながらしばらくの期間が経過した頃、ある日突然、少年が学校に入れてもらえるようになった。なぜ急に??

入れてくれるようになったのはいいことだが、理由の説明もなければどのような手続が踏まれたのかもわからない(というか踏まれていない)。結局は入れるも入れないも学校のさじ加減ということか。

少年に対し、学校に行けるようになったことは喜びつつ「でも弁護士はなんの役にも立たんやったね。ごめんね。」と詫びると、「いや、鶴崎さんのおかげで行けるようになったとよ。ありがとうございました。」などと言う。本心であれお世辞であれ、少年からそんな言葉が出てくること自体が微笑ましい。

その後、少年は学校に通い、無事に卒業した。それまでの間にも学校との一悶着を含め諸々の出来事がありはしたのだが・・・それは割愛する。

(8) 最後に、今年の2月に埼玉で開催された全国付添人経験交流集会での武内謙治教授(九州大学)の講演の一節を紹介して本連載の結びとしたい。

「非行からの離脱は直線状ではなく、螺旋状、往復運動状である」
少年事件に関わる大人は誰しも、少年の更生、武内先生の言葉を借りれば非行からの離脱を願っているはずだ。

しかし、少年は非行から一直線で離脱できるわけではない。

螺旋状にぐるぐる回りながら登っていく少年を見て、大人は子どもがぜんぜん変わらないと感じるかもしれない。往復運動状に、進もうとしながらもときに後退する少年を見て、大人は裏切られたような気持ちになるかもしれない。

しかし、大人が見るそんな少年の姿は、非行から離脱するための必然的な過程なのだ。

せめて付添人だけは、非行から離脱するために悪戦苦闘する少年を何度でも信用し、長い目で見守ってあげたいと、そう思うのである。・・・(完)

3 結びに

4回にわたる連載を最後まで読破してくださったみなさま、ありがとうございました。言いたいことはすべて本文に記載してきたので我が生涯に一片の悔いはありません。

少年事件に携わられている先生方、是非ご自身の付添人活動を記事にして、付添人日誌の割り振り担当を助けましょう(1月号参照)。

鶴崎 陽三

目次