少年付添人日誌弁護士会月報「付添人日誌」より転載したものです。

付添人日誌(3・1月号)

1 事案の概要

私が国選付添人として担当した触法(殺人未遂)保護事件についてご報告させていただきます。なお、本事件は、小坂昌司会員にも共同で国選付添人としてご尽力いただきました。

本件は、少年が、母親と2人で暮らす自宅において、母親と口論になったところ、母親がキッチンから包丁を持ってきて「刺してみろ。」などと挑発したことにより、とっさに母親が死んでしまっても構わないと考えて、包丁で母親の後頭部付近を切りつけたものの、全治約1週間程度の傷害を負わせるにとどまったという事案でした。

2 付添人活動の内容

(1) 初回面会

少年の第一印象は「覇気が無い」でした。線が細く、マスクをしていたこともあってほとんど声が聞こえない状態でした。

もっとも、私の問いかけに対してはちゃんと答えようという意思はあり、ゆっくりではありましたが親族関係、友人関係、学校生活などについて話してくれました。そして、本件非行の内容について質問すると、これまでの会話のリズムが嘘のように、とても早口で事件の概要を正確に話してくれました。少年によると、本件非行は母親が飲酒していたところ、少年と母親が勉強のことで口論になったことがきっかけになったとのことでした。少年は、母親について、「お酒を飲んでなければ普通のお母さんだけど、お酒を飲むと昔のことをしつこく怒ったり、殴ったりする。」と話してくれました。

ちなみに、某先生が「初回面会では、最低3回少年を笑わせる。」とおっしゃっていたのを思い出し、私も3回とまで言わないまでも1回ぐらいはと思い、奮闘いたしましたが力及ばず、眉一つ動かすこともできませんでした。

(2) 裁判官・調査官との面談

初回面会後、すぐに裁判官、調査官と三者で協議を行いました。

調査官としては、本件非行の内容等から少年を母のもとに帰すことはできないため、児童自立支援施設を考えていると述べられました。また、裁判官も自宅に帰す選択肢はない一方で本件非行に至る経緯からすると少年院送致が相応しいとも考えがたいが、果たして児童自立支援施設が適切かどうかについては疑問があるため、付添人と調査官で少年の居住場所を探して欲しい旨述べられました。

私は、裁判官や調査官の考えも理解できましたが、少年や母親と深く話をしていない現時点で、自宅という選択肢を外してしまうのは時期尚早ではないかと考え、少年の大人しい性格からすると児童自立支援施設で人間関係を作るのは難しいのではないか、自宅に戻ることも含めて関係機関と協議して居住先を探す方向で進めていくと述べました。

(3) 母親との面談

そこで、母親に電話連絡して、直接面会しました。

調査官や児童相談所の担当者からは、母親は感情的になりやすい方だと聞いていましたが、直接お会いするとこちらの話にも耳を傾けている様子でした。

本件非行のきっかけとなった飲酒について尋ねたところ、今回の事件の後は、一滴もお酒を飲んでいないと答えられました。

もっとも、本件非行の原因に尋ねると「全て私の責任です。」、「私が逮捕されるべきです。」と述べるなど、過剰に自身を追い詰めることに終始し、少年の考えや意見を聞くことができていないなど、少年ときちんと向き合ってコミュニケーションをとることができていないのではないかという印象を受けました。

今後について尋ねると、少年の自室を設けて、2人が口論等になった場合に頭を冷やすための空間的な工夫をする、また、従前取り入れていた福祉サービスに加えて、今後はさらにこれを増やしていこうと考えていると話をしてくれました。

精神的な不安定さは伺えましたが、私は、少年を自宅に戻して、福祉サービスを利用しながら2人の関係性を改善していく道もあるのではないかと考えました。

(4) 児童相談所担当CWとの面談

次に、少年と母親との関わりの長い児童相談所の担当CWと面談することにしました。

担当CWは、母親も少年も共に精神障害を抱えていること、これまで母親の飲酒が原因となって虐待通告につながっていたこと、コロナ禍になる前までは通所も比較的順調に行うことができていたこと、少年が母親以外の人に暴力的な行動に出たことがないこと、母親は実際にこれまでも福祉サービスを利用してきたことなど話してくれました。

私としては、コミュニケーションをとることが苦手な少年にとっては、自宅が無理なら児童自立支援施設ではなく、里親がいいのではないかと考えていたので、担当CWに里親という可能性はないか尋ねたところ、児童相談所としては、本件非行の内容から里親は難しいと考えており、児童自立支援施設が適当だと考えているとの返答でした。

(5) 審判

少年が自宅に戻ることを強く希望していたため、付添人である私としては、少年及び母親の考え方の変化、母親の断酒、福祉サービスの更なる充実等を理由に、在宅の試験観察意見を出しました。

しかし、審判日の前日に鑑別所に少年との面会に行ったところ、その日に母親が面会に来て、少年が大切にしていたゲームを処分した、少年が従前利用していた福祉サービスを少年に無断で辞めたなど、少年の意見を聞くことなく独断で行った旨話されたようで、少年はひどく落ち込んでおり、気持ちを審判に向けることができない状態になってしまっていました。私自身、審判の前日という大事な日にそのような行動をとる母親のもとに少年を帰すのが果たしてよいものだろうかという不安を抱えたまま審判に臨むことになりました。

前日のことがあったにもかかわらず、少年は、生活リズムを整える、周りの人に自分の考えを伝えられるよう努力して、母親や学校の同級生と良い関係性を築きたいと述べるなど、落ち着いて話すことができていました。他方、母親は、少年が精神障害を持っていることを強調し、そのような少年を育てるために最適な人物が自分であると述べるにとどまり、本件非行の原因となった母子関係について深く見つめ直すことができていない様子でした。

そして、最終的に処分は、児童自立支援施設送致となりました。

(6) 抗告申立て

抗告意思の確認を兼ねて、少年が送致された児童自立支援施設に面会に行きました。

少年に施設での生活を尋ねたところ、同じ寮の人たちは話しやすい、バイオリンを弾くことができたのが嬉しかった、運動が苦手なので野球をするのが不安などと話してくれて、慣れない生活で不安な面もありながらも、新しい環境に馴染めるように気持ちを向けている様子が伺えました。

抗告意思について尋ねると、自宅に帰りたい気持ちはあるし、審判の場で自分が話した内容が裁判官にきちんと伝わっているか確かめたいという気持ちもあるので、抗告をしたいと答えました。

そこで、私は処分の著しい不当を理由に抗告申立てを行いましたが、抗告は棄却されました。

抗告棄却の結果を受けて、少年は、「今回の決定をみて、自分の言いたいことがちゃんと伝わっていることはわかった。」と話し、また、施設の生活について「特に不満はない、前の学校よりも過ごしやすい。」、「寮ではゲームができないが、今は興味のあることに集中できているので、苦痛ではない。家ではゲーム以外に集中することがなかった。今、特に興味があるのは、分校の音楽室でバイオリンを弾くこと。」と答えるなど、少しずつ新しい環境に慣れてきたようでした。

3 おわりに

私自身、少年を母親のもとに帰すべきか、それとも一度距離をとって関係改善の契機とするかについて、非常に悩んだ事案でしたが、小坂先生のご指導のもと、やれることをとにかくやってみるという姿勢で取り組みました。今回の結論が良かったかどうかはまだ誰にもわかりませんが、初回面会で眉一つ動かさなかったあの少年が、施設で面会したときに笑顔で挨拶してくれたときには、与えられた環境を自分のために生かそうとする少年の姿勢に心を打たれました。

付添人としてのこの短い期間では全てを解決することはできませんでしたが、これからも少年と関わりを持ちながら長い目で少しずつ改善していく手伝いができればと思っています。

伊藤 裕貴

目次