福岡県弁護士会コラム(弁護士会Blog)

2025年7月号 月報

【北九州部会】中津干潟現地調査について

月報記事

北九州部会公害環境委員会 緒方 剛(57期)

皆さん、こんにちは。皆さんは、「30by30」という言葉を聞いたことがありますでしょうか。これは2022年に生物多様性条約第15回締約国会議で採択された目標で、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標です。生物の多様性との観点からの目標ですが、良質な環境を保全することは自然の恵みを享受しながら生活をしている私たちにとっても非常に価値のあることであることはご理解いただけるかと思います。世界中の国々がこの目標を達成するために国立公園等の保護区として保全区域を広げたり、OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)の設定・管理を行う動きをしています。

日本では、陸域の20.5%が保護されているのですが、海域は僅かに13.3%のみが保護されている状況に止まっています。陸域については、政府の努力のみならず、私有地を含めたOECMの拡大によって目標達成の実現可能性はあります。ところが海域については、国内での保全は一向に進んでいない実情にあります。特に浅海域である干潟は、魚類の幼魚の生育場所となったり、藻場としてワカメやヒジキなど(これらはCO₂を吸収して成長します)の生育場所となったり、アサリやマテガイ、ゴカイ等の底生生物(海水を濾過したり魚や鳥類の餌になったりします)の生育環境として生物多様性維持の上で非常に重要な場所です。

北九州市内では重要湿地として、曽根干潟が有名です。もっとも、他の干潟と比較することで干潟の特性や課題などを理解しなければ、曽根干潟の重要性についても十分に適切な理解ができません。そこで、2025年4月28日に公害環境委員会にて中津干潟の現地調査に行ってきました。

中津干潟は、中津市の北部にある沿岸延長約10km、干潟面積1,347haの広大な干潟です。この中津干潟は、一級河川の山国川と二級河川の犬丸川が流れ込んでおり、これら二つの河川からの水と中津市の地下水系が流れ込むことで一つの完結した生態系を構成しているとのことでした。

福岡県弁護士会 【北九州部会】中津干潟現地調査について

ここでは、日本各地で絶滅してしまった貴重な生き物たちが数多く生息しており、中津干潟内で確認された814種のうち、約3割が希少種となっているとのことでした。代表的なものは、曽根干潟と同じくカブトガニですが、私たちが現地に行った際にも、案内いただいた方が小さなカブトガニを見つけてくれました。他にもアオギスやナメクジウオ、ミドリシャミセンガイ、オオシンデンカワダンショウ等多くの希少生物がここでは生息しているとのことです。

また、鳥類ではシギやチドリの仲間が春を中心に多い時で6,000羽、カモの仲間は8,000羽と多くの鳥が飛来しており、ズグロカモメ、クロツラヘラサギなどの希少な渡り鳥も飛来してくるとのことでした。

歴史的には埋め立ての危険があった場所ではあるのですが、かろうじて残すことができた貴重な干潟であることが確認できました。長期的に保全・管理を行っていくことが、将来の世代の人々の支えになるであろうことを期待して、現地調査を行わせていただきました。

皆さんも、人と海、自然のつながりを考えるきっかけとして、一度訪問してみてはいかがでしょうか。

福岡県弁護士会 【北九州部会】中津干潟現地調査について

出典:NPO法人水辺に遊ぶ会ホームページ
https://mizubeniasobukai.org/nakatsuhigata/

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手錠腰縄と決議と過去と将来~令和7年度定期総会決議報告

月報記事

手錠腰縄問題PT 副座長 市場 輝(66期)

第1 手錠腰縄に関する総会決議

令和7年5月28日、弁護士会2階大ホールにて令和7年度定期総会が行われ、刑事法廷内の入退廷時に被疑者・被告人に対して手錠・腰縄を使用しないことを求める決議がなされました。

第2 決議内容

この総会決議は裁判官、裁判所及び国に対し、手錠腰縄に関する措置を求めるものです。 「詳細は弁護士会のホームページをご覧ください!!」とは言いません。広く会員等の皆様に知っていただきたく、多数の愛読者がいらっしゃる月報においても決議の趣旨1から2をそのままご紹介いたします。

  1. 裁判官は、被告人等の基本的人権を尊重し、刑事法廷内における入退廷時の被告人等に対して、漫然と一律に手錠・腰縄を使用することを今すぐにやめ、刑事訴訟法287条1項但書が規定する事由があり、必要やむを得ない場合以外は、手錠・腰縄を使用しないこと。
  2. 国は、刑事訴訟法287条1項本文が規定する刑事法廷内における身体不拘束原則を入退廷時の被告人等に対しても確実に保障するため、同法に287条の2を新たに設けて、入退廷時の被告人等に対しても、身体不拘束原則が及ぶことを明記すること。
  3. 国及び裁判所は、被告人等の入退廷時に手錠・腰縄を使用しないための施設整備(例えば、手錠・腰縄の着脱が可能な待機室あるいはスペース等の設置)を講じること。
    この総会決議は裁判官、裁判所及び国に宛てられたものですが、弁護士も過去への反省と将来への不断の努力が求められるところです。
第3 過去への反省

この総会決議に至るまでに、決議案に対して2人の会員から意見がなされました。弁護人としての実体験に基づく過去への反省を踏まえた意見です。

【意見1】

『決議案でも述べられている通り、手錠腰縄は人権に関する問題です。
手錠腰縄をされた被告人は、自尊心を深く傷つけられ、惨めな姿を家族や知人にさらすことになります。
私は、手錠腰縄問題に携わるようになって以降、身柄事件の被告人に何度もアンケートをとってきました。
「法廷内で、手錠・腰縄姿を見られた時の気持ちはどうでしたか。」という問いに対し、多くの被告人は「すごく嫌だった。」と回答します。
それ以前の私は、被告人に手錠腰縄姿を見られた気持ちなど聞いたことがありませんでしたし、被告人が自らそのことに言及することもありませんでした。
これは、私にとって手錠腰縄が当たり前の日常風景になっていたこと、そして、そんな私に対しては被告人がありのままの気持ちをさらけ出せなかったことを意味すると思います。
被告人の気持ちに気づかないままに弁護活動を続けていたことを今さらながら反省します。
裁判官に対しても、法廷内で被告人の手錠腰縄姿がさらされないような訴訟指揮を求める申し入れをしてきました。
ほとんどの裁判官は何ら対応することなく、場合によっては、法廷外でも法廷内でも申し入れについて何ら言及されないまま公判を終えることもあります。
他方で、とある裁判官は、被告人を入廷させる前に傍聴人を一旦退廷させ、被告人の手錠腰縄が解錠されてから傍聴人を再度入廷させるという措置をとりました。
当然、それによって公判の進行が妨げられたというようなことはありません。
私は、その裁判官の対応をありがたく思う反面、なぜ他の裁判官は同じことができないのかと憤りを感じます。 被告人の人権保障が裁判官の広範な裁量によって左右されてしまう、これは、日本の刑事司法におけるその他の問題点とも共通するものではないでしょうか。
裁判官は、手錠腰縄をする理由について、暴行や逃亡を防止するためなどと言います。しかし、身柄を拘束された被告人だけにそのようなおそれがあると、誰が、いつ判断したのでしょうか。
勾留に関する判断の中で、法廷で暴行を働いて逃亡するおそれがあるかどうかなど判断されません。にもかかわらず、身体拘束された被告人だけが一律に手錠腰縄という権利侵害を受ける一方で、どんなに屈強な被告人であっても、保釈中の被告人が入廷時に手錠腰縄で拘束される姿は見たことがありません。
身柄事件の被告人にだけ科されるこのような不公平な扱いを、被疑者・被告人を勾留から解放するための活動に並々ならぬ執念で取り組んできた我々弁護士が、見逃していいはずはありません。
手錠腰縄問題には、犯罪を犯した人間だからしょうがない、さらには身柄を拘束されている被告人だからしょうがない、という、およそ法律家の発想とは思われないような考え方が透けて見えます。』

【意見2】

『私は、この決議案に賛成する立場で意見を申し上げます。最近の体験をご紹介します。
無罪を主張している事件の被告人で、前科前歴のない方です。仮にAさんといいます。
起訴前勾留が約1か月、起訴後も第1回公判まで約2か月の間勾留され続けました。Aさんは最初のうち、取調べで潔白を主張して頑張っていましたが、日にちが経つうちに、接見する私に、「とにかく出してほしい。出られるのなら、嘘でも認めてかまわない。」と涙ながらに訴えました。何とか起訴まで否認で耐え続けましたが、身体拘束のまま第1回公判を終えた日の接見で、Aさんは次のように吐露しました。
「もう我慢できません。手錠に加えて腰縄まで付けられた状態で、たくさんの傍聴人がいる法廷に連れ出されたときは、これが市中引き回しなのかと思いました。次の裁判でもこんなみじめな姿で法廷に引っ張り出されるのはとても耐えられません。保釈がきくのなら、嘘でも何でも認めますから、とにかく出してください。」
Aさんは、かろうじて否認のまま保釈され、その後の裁判をたたかっています。しかし、虚偽自白による有罪判決と紙一重でした。
Aさんの弁護を通じて、「人質司法」というのは、単に身体拘束の期間が長期化するというだけではなく、公判廷での手錠・腰縄によって、被告人を文字どおり罪人の姿で法廷に引き出すという究極の屈辱を強いるものであり、両者が表裏一体となって、虚偽自白を生む「人質司法」の重要な要素なのだと、改めて認識しました。
私自身、口では「無罪推定だ、人質司法打破だ、被疑者・被告人の人権尊重だ。」と言いながら、このAさんの思いにどこまで共感できていたのかと問われると、率直に申して、「頭だけ、理屈だけで理解していた。」と告白せざるを得ません。
その意味で、この決議案は、裁判所、裁判官及び国会に向けたものではありますが、一面では、我々刑事弁護を担う弁護士一人ひとりの意識改革を迫るものだと受け止めます。
まさに「自分ごと」であり、現状を打開して、市中引き回しもどきの法廷、お白洲の法廷を改め、私たち自身が日常的な裁判所・裁判官に対する要求活動を含めて、真に憲法と国際人権法に基づく刑事法廷を創る実践をするため、明日からの行動を表明するものだと考えます。』

第4 将来への不断の努力
1 平成5年の最高裁事務総局刑事局の考え

総会決議の理由にもありますが、平成5年当時、最高裁事務総局刑事局は法務省矯正局に対し、傍聴人を退廷させずに戒具を施された被告人の姿を傍聴人の目に触れさせないようにするための一つの方策として、被告人の入廷直前又は退廷直後に法廷の出入口の所で解錠し、又は施錠させるという運用を一般化することを打診しています。

残念ながら、現在、この運用が定着しているとはいえません。この運用を定着させるには弁護士、弁護人の血の通った活動を続けることが求められていると思います。

2 弁護士、弁護人に求められるもの

当会では令和3年8月に手錠腰縄問題PTを立ち上げ、刑事法廷内の入退廷時に手錠腰縄を使用しないように求める活動を行ってきました。

具体的には、裁判所に対して手錠腰縄を使用しないように求める申入れ及びその結果報告をいただくように会員の皆様に呼び掛けてきました。また、弁護人を通じて手錠腰縄をされた状態で入退廷を余儀なくされた被疑者、被告人の方々に任意にアンケートをお願いしてきました。

PT立ち上げから間もなく4年を迎えることとなります。裁判所への申入れ件数やアンケートの件数は少しずつではありますが、確実に積みあがってきています。

この総会決議がなされる際、会員から「この総会決議で裁判官、裁判所がすぐに対応するとは考えられないので、今後、PTはどのような活動をして行くのか」という質問がされました。

この総会決議がなされたから、手錠腰縄問題を裁判官、裁判所、国に丸投げしていいわけでは当然ありません。前述でご紹介した会員の【意見1】【意見2】のとおり、正に、手錠腰縄が当たり前の日常風景になっていたことを反省し、人質司法と根を同じくするこの問題を「自分ごと」として、手錠腰縄問題を広く周知し、弁護士、弁護人が将来への不断の努力を継続していく必要があります。

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研修委員会だより「インクルーシブ教育」をご存知でしょうか。

月報記事

子どもの権利委員会 委員 武 寛兼(69期)

1 はじめに

刑事弁護等委員会から引続き、子どもの権利委員会の研修会・勉強会を紹介させていただきます。

子どもの権利委員会では、少年付添人に関する分野、子どもの福祉に関する分野、子どもの学校・教育問題に関する分野等を扱っており、多岐にわたる研修会・勉強会を開催しております。委員会では常に何かしらの研修会や勉強会に関する議題が上がっているので、正直、研修企画数1位は子どもの権利委員会だと思っていましたが、1位は刑事弁護等委員会ということで流石です(子どもの権利委員会の研修企画数を調べると順位が確定してしまいそうなので、あえて数えることは控えておきます。研修企画数は、1位でなくても2位でなくても何位でもいいのです。)。

さて、子どもの権利委員会で実施している研修会や勉強会は、福岡部会で国選付添人名簿の登録更新研修となっている少年付添研究会をはじめ、子どもの権利110番相談名簿登録のための学校問題対応研修、いじめ重大事態調査委員会候補者名簿登録のための研修等の登録研修のみならず、近時見聞きすることが多くなった「ヤングケアラー」や「インクルーシブ教育」に関するものがあります。これらの研修会や勉強会は既に過去の月報でもご報告いただいておりますが、この中から、「インクルーシブ教育」に関する勉強会についてダイジェスト的に紹介させていただきたいと思います。

2 インクルーシブ教育勉強会(令和6年6月6日実施)

令和6年6月6日に、新潟県弁護士会の黒岩海映弁護士をお招きして、インクルーシブ教育の勉強会を実施しました。

そもそも皆さんは、インクルーシブ教育をご存知でしょうか。インクルーシブ教育とは、障害の有無などさまざまな違いや課題を超えてすべての子どもが一緒に学ぶ教育のことです。

講義の内容は、日本が批准している障害者権利条約や法律でインクルーシブ教育が求められているということから始まり、スウェーデンやノルウェーの学校の様子や大阪府豊中市の小学校の様子などの視察報告をいただきました。

この勉強会で印象的だったのは、障害の「人権モデル」という考え方です。障害についての考え方として「医学モデル」と「社会モデル」という概念があることは何となく知っていたのですが、機能障害を含めた「ありのまま」を人権として、尊厳として、多様性として、価値あるものとして認める(機能障害は人権の能力を否定しない)「人権モデル」という考え方は、非常に重要なものだと思いました。

なお、この勉強会については、2024年8月号の月報(31頁~)で鶴崎陽三会員からの詳細なご報告がありますのでそちらもご覧ください。

3 子どもの権利条約批准30周年記念イベント(令和6年7月27日実施)

令和6年7月27日には「子どもの権利条約批准30周年記念イベント」を実施し、インクルーシブ教育をテーマに取り扱いました。

このイベントの目玉は、「みんなの学校」という映画の上映でした。この映画は、「すべての子どもの学習権を保障する」という理念のもと、インクルーシブ教育を実践している大阪市住吉区にある大空小学校の日常を描いたドキュメンタリー映画です。参加者の中には、この映画のためになんと鹿児島から来られた方もいらっしゃいました。

インクルーシブ教育の重要性は理解しつつも、いざ実践するとなると様々な問題が生じるのではないかということは気になるところです。この映画でも様々な特性を持つ子どもたちがいるがゆえに様々なトラブルが起きてしまいます。そのトラブルを通じて子どもたちが学ぶ姿や変わっていく姿には考えさせられるものがあります(実は涙をこらえるのに必死でした)。

このイベントについては、2024年9月号の月報(32頁~)で長本祐佳会員からの詳細なご報告がありますのでそちらもご覧ください。

4 インクルーシブ教育勉強会(令和7年2月13日実施)

令和7年2月13日には、福岡県立大学助教の二見妙子先生と医療的ケアが必要なお子様を育てられた橋村りかさんを講師にお招きして、再び、インクルーシブ教育勉強会を開催しました。

二見先生からは、「インクルーシブ教育について考える―1970年代の大阪府豊中市における原学級保障運動」という表題で、大阪府豊中市が、「共に生きる教育」の運動と実践に対する国家の分離教育制度の強制を一定程度回避することに成功した過程についてご講演いただきました。

続いて、橋村さんから、橋本さんのお子さん(ももかさん)のお話をいただきました。ももかさんは、妊娠時には何の問題もなく育っていたそうですが、出産時のトラブルで重度の仮死状態で生まれ、一命は取り留めたものの、重度の障害が残ってしまいました。橋村さんは、ももかさんの命が助かったという喜びよりも、この子を一生背負って生きていかなければならないという思いだったそうです。橋村さんは、当初、ももかさんは養護学校しか行くところがないと思い込んでいたそうです。しかし、周りの子どもたちやその子どもたちに対するももかさんの反応をみてその考えは変わっていきました。橋村さんのお話の中で特に印象的だったのは、橋村さん自身もそうであったように、障害を持つ子どもが出会う最初の差別者、最初の差別の大きな壁は親だという言葉でした。私も自分の子どもが同じような状況になれば、橋村さんのような考えになっていたと思います。

この勉強会や橋村さんのお話については、2025年4月号の月報(28頁~)で鶴崎陽三会員からの詳細なご報告がありますのでそちらをご覧ください(特に、橋村さんのお話のところは必読です!)。

5 さいごに

ご存知の方も多いと思いますが、来る令和7年12月11日から長崎県で開催される第67回人権擁護大会では、第1分科会で「分ける社会を問う!~地域でともに学び・育つインクルーシブ教育、ともに生きる社会へ~」というシンポジウムが開催される予定です。それに先立ち、福岡県弁護士会でも、令和7年8月10日にプレシンポを行う予定です。

冒頭でもお伝えしましたように、子どもの権利委員会では、これまで多岐にわたる分野の研修会や勉強会を実施しており、これからも多くの会員にとってためになる研修会や勉強会を実施する予定です。その中でも、特に今年は「インクルーシブ教育」に関する企画についてご注目下さい。

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