福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2023年10月号 月報

「ウクライナ戦争と国際刑事法」フィリップ・オステン氏講演会

月報記事

会員 芦塚 増美(44期)

ローエイシア・プレシンポとして、慶應義塾大学フィリップ・オステン教授をお招きして、講演会を開催しました。講演の概要です。

1 昨年の4月、ウクライナのブチャにおいて、ロシア軍が撤退した直後に、数百人の市民の遺体が発見されたとの報道がありました。残虐行為を、「戦争犯罪」や「人道に対する犯罪」という表現を用いていますが、国際刑事裁判所(ICC)の対象犯罪(中核犯罪)となります。主任検察官は、昨年2月28日に、捜査に向けた手続を開始すると発表し、多くの締約国からICCへ付託されました。今年3月17日に、ICCは、ロシアによる子どもの不法な追放と、ロシアへの不法な移送について、戦争犯罪に該当し得るとして、プーチン大統領らに対する逮捕状を発付しました。

2 対象犯罪の訴追は、ICCよりも、国家が主役となって、第一義的に訴追を担うことが原則となっています。国際法の刑事法的側面として、国際条約に基づいて、一定の行為を犯罪化して、訴追と処罰を締約国に委ねるといった法規則が、従来から見られます。

3 日本が国際刑事法と初めて向き合うこととなったのは、東京裁判でした。A級戦犯として起訴された、福岡の出身の広田弘毅は、文官として唯一死刑判決を受けましたけれども、その量刑判断に対して疑念が残りますが、東京裁判は、国際刑法体系の出発点となった裁判でもありました。

4 ジェノサイド、日本語でいう「集団殺害犯罪」です。ジェノサイドとは、特定の集団(国民的、民族的、人種的、または宗教的集団)の、全部または一部に対して、その集団自体を破壊する意図を持って行う殺害などをいいます。
人道に対する犯罪ですが、文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、攻撃であると認識しつつ行う殺人等です。「攻撃」とは、ICC規定の定義によれば、「国もしくは組織の政策に従って行われるもの」で、背後に政府や軍の方針が存在しなければなりません。
戦争犯罪とは、例えば捕虜の虐待といった、武力紛争で、ルールを定めた国際法、武力紛争法の重大な違反を犯罪とするものです。
侵略犯罪とは、国の指導者による国連憲章の明白な違反を構成する国家による侵略行為の計画、準備開始又は実行することです。

ウクライナ戦争ト国際刑事法-1

5 ICCは、国々が条約に基づいて設立した国際機関で、管轄権は、締約国の主権が及ぶ領域における中核犯罪、締約国の国民がそうした対象犯罪を行った場合にしか行使ができません。
中核犯罪の訴追・処罰は、第一次的には各締約国の国内刑事司法に委ねられ、ICCは、国家が訴追意思や能力を欠くときにのみ、これを補完する役割を負います。補完性の原則に基づいて、国内裁判所は、いわば国際社会における一つの司法機関として、刑事裁判権を行使するのです。
ICC規定は、締約国に対して、ICCに手続上の協力ができるよう、法整備を行う義務を課しています。ICCは、独自の法の執行機関などを持たないため、逮捕状の執行や、被疑者の引渡しについて、加盟国による協力に依存しています。「手足のない巨人」とも呼ばれています。実体法の面では、中核犯罪の処罰規定については、国内法化する義務を課していません。日本も2007年にICCに加盟した際に、中核犯罪の大部分が現行刑法で処罰可能であるとして、立法手当て、その国内法化を見送りました。

6 展望と課題-ウクライナ戦争が問うているもの
人権侵害に関与した外国当局者らに経済制裁を課すとともに、当該行為に加担した個人を、中核犯罪に基づいて刑事訴追するという方策があります。国際的な包囲網の構築に向けて、各国と足並みを揃えることが、日本でも重要な政策課題として、最近、議論されています。
刑事司法による対応の重要性をさらに浮き彫りにしたのは、今般のウクライナ侵攻とそれに伴う一連の重大な非人道的行為でした。しかし、中核犯罪に特化した処罰規定を欠いた日本の国内法の現状では、ICCや他国に対してなし得る協力は、間接的な「後方支援」が限界です。現行刑法では対処できない類いの犯罪もありますし、仮に対処できるとしても、実際には捜査や訴追が難しいと考えられます。日本が国際刑事司法においてより積極的な役割を担うためには、中核犯罪の国内法化が喫緊の課題といえます。国外犯処罰規定の不備という問題もあります。現状では、中核犯罪を海外で行った外国人が日本に入り込んできたとしても、ほとんど処罰ができないので、日本が「セーフヘイブン」(隠れ場所)になり、国際包囲網の「ループホール」(抜け穴)になるリスクがあります。
今後の中核犯罪の国内法化にあたっては、立法形式に関しては、特別法の制定のほか、刑法の改正というオプションも考えられます。刑法総則的規定に関しては、上官責任、上官命令の抗弁や公訴時効の不適用など、国際刑法固有の原理の適用を、中核犯罪に限定することで、従前の刑法体系への波及を回避することが特に重要です。 ウクライナ戦争は、中核犯罪に関する国内法整備を見送った日本に、再考を促しているといえます。国際刑事法の国内法化に当たっては、外国の立法例を参照しつつも、日本独自の規範化を通じて、ICC締約国が非常に少ないアジア諸国に対しても、新たな立法モデルを提示することが大切です。

7 会場参加者28名、オンライン参加者25名となり、会員、大学生、高校生などが参加しました。講義のレポートを作成して宿題として高校に提出すると話す高校生もいました。
今後とも、市民に最新の国際情勢を伝える講演会を開催します。

ウクライナ戦争ト国際刑事法-2
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