福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2022年4月号 月報

トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ

月報記事

LGBT委員会 石井 謙一(59期)

1 去る2022年2月24日、小野アンリさんと向坂あかねさんを講師に迎え、オンライン配信の形式で「トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ」研修が開催されました。

講師のお二人は、東京でProud Futuresという団体を立ち上げ、LGBTQ+の若者の支援活動を行っておられる方々です。

非常に充実した研修で、その全てをお伝えすることは難しいので、以下印象に残った点に絞ってご報告させていただきます。

2 まず、小野アンリさんから、性の多様性についての基礎知識についてご講演いただきました。

性の要素には、性自認、性別表現、生まれたときにつけられた性別、性的指向、恋愛の対象という5つの要素があります。

そのうち、生まれたときにつけられた性別以外については、それぞれ、男性、女性、その他の性別が別要素としてあり、人の性のあり方は、以下のようにそのそれぞれを表す3本の矢印の組み合わせで表現することができます。

これらの要素について、自分がどの程度強く感じるのかを、強く感じる場合は矢印の先の方、弱いか感じない場合は矢印の根本の方に印を書き込むことで、その人の性のあり方を表現することができます。

ぜひ、ご自身について実際に書き込んでみていただければと思います。実際に書き込んでみると、ご自身の中にも様々な要素があることに気づくことができると思います。

それをこの世の全ての人が実行するとどうなるでしょうか。

書き込んだ人の数だけパターンがあるのではないでしょうか。

世の中には男と女がいて、その典型的なあり方から少しはずれた人が性的少数者だと思われがちですが、性のあり方はそもそも人それぞれなのです。

福岡県弁護士会 トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ

3 次に、向坂あかねさんから、トラウマ・インフォームド・アプローチについてご講演いただきました。

トラウマ・インフォームド・アプローチとは、基本的には「その人がトラウマを体験した」ことを前提とした人との関わり方のことを言います。

トラウマとは自分の身に起こった、あるいは今起こっている悪い出来事や精神的負担であり、トラウマ体験とは、人の生命、安全、または福利を脅かす出来事です。トラウマ体験は、特別な誰かだけが経験するものではなく、私達だれもが癒すべき傷を持っていると考えられますが、その深さや修復可能性は人それぞれです。そのことを、一枚の紙を使って、トラウマ体験ごとに紙が握りつぶされていく様子を実演して可視化してくださいました。心はトラウマ体験によって握りつぶされて丸まってしまいますが、それをまた広げて一枚の紙に戻すことができる場合もあるし、戻らない場合や、戻っても折り目がついたままになるかもしれません。トラウマ体験を受けたときの心の状態について、実際の紙の様子を見て理解することができました。

トラウマ体験を受けると、人の脳の部位のうち、理性的な判断をするための前頭葉の機能が低下し、危機対応のための偏桃体の働きが優位になります。その結果、典型的には闘う(Fight)、逃げる(Flight)、凍る(Freeze)、友人(Be Friend)という4つの反応を示すことがあります。

例えば、対応がけんか腰になったり、重要な会合に欠席したり、反応が乏しくなったり、相手にすり寄ってしまったりといった反応です。

トラウマ反応について知識があると、こういう反応を見た時に、もしかしたらトラウマ体験によるものであるかもしれないと連想することができ、より適切なサポートにつながることが期待できます。

このような体験を持つ人をサポートすることについて、ワークを行いました。拙いながら再現してみます。来所者で、いつも声を荒げる人物を想像してください。その人を、「問題を引き起こす人」「やばい人」とラベル付けをして見た時、どんな気持ちになるのか、その人のことを他にどんな風に思うかを考えてみてください。次に、同じ人のことを、「これまでにどんな経験をしてきたんだろう」「何が起きたんだろう」という視点で見てください。そのときどんな気持ちになりますか。この人のことをどんな風に思いますか。研修当日の参加者の場合は、後者の方が当該人物について深みのある評価をすることができ、建設的な対応について検討することができるようになりました。

このように、目の前の人がトラウマ反応を起こしているときに、「これまでにどんな経験をしてきたんだろう」「私たちの用意したどんな環境や言動がトラウマ反応を引き起こしたんだろう」と考え、適切な対応をし、適切な環境を整えることがトラウマ・インフォームド・アプローチの考え方です。

LGBTQ+当事者は、非当事者と比べてトラウマを経験することが多いと言われています。例えば、社会におけるさまざまなシステムが多様な性のあり方を前提としていなかったり、サポートする側から「普通でない」「かわいそう」「気持ち悪い」という感情を持たれたりといったことです。

このような実情を前提に、LGBTQ+当事者について適切な対応をし、適切な環境を整えるために我々が具体的に何ができるかについても具体的な処方箋を紹介していただきました。

例えば、弁護士のみならず事務員も含めて、LGBTQ+について学ぶ機会を定期的に持つ、ウェブサイト等外部から見える情報の中にLGBTQ+フレンドリーであることを掲載する、LGBTQ+の人達にこれまでも関わってきたし、これからも関わっていくということを分かっておくことで、依頼者から性のあり方についての話が出てきたときに驚きすぎないようにする、などの取り組みが紹介されました。

福岡県弁護士会 トラウマ・インフォームド・アプローチから学ぶLGBTQ+とともに生きているということ

4 研修は2時間にわたるものでしたが、お二人とも、ご講演の合間にストレッチの時間を設けたり、クイズを挟んだり、動物の写真などほっこりする映像をスライドにまぜたり、受講者がリラックスできるよう配慮しながら進行してくださいました。

講演の口調も穏やかで聴き取りやすく、十分に理解しながら聴講することができました。

メンタル面に配慮するというのが具体的にどういうことなのかということを理解する上でも参考になる研修だったと思います。

5 トラウマ・インフォームド・アプローチはトラウマ治療の専門家でなくても取り組むことができるものです。

そして、このアプローチはLGBTQ+当事者対応の場面で有効なだけでなく、上記のように「やっかいだな」と感じがちな依頼者対応などにも応用可能なものです。

ぜひ参考にしていただき、日ごろの業務に取り入れていただければ幸いです。

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