福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2011年11月号 月報

講演会「いま、原子力発電を考える」のご報告

月報記事

会 員 中 鐘ケ江 啓 司(63期)

1 本年9月29日、天神ビル11階にて長崎県立大学講師(元・慶応大学助教授)の藤田祐幸先生の講演があり、その後、福留英資会員から原発問題と憲法上の人権の関係についての報告がありました。

2 藤田先生からは、原発の問題点として、(1)大事故の危険性、(2)労働者被曝、(3)放射性廃棄物の3点が存在するとの説明があり、それぞれについての詳細と、福島原発事故後の放射能汚染についての現状、玄海原発の問題点、今後のエネルギー政策についての講演がされました。

3 (1)については、チェルノブイリの現状と、福島第一原発の現状が話されました。福島については、汚染が沿岸部だけではなく内陸部にまで及んでおり、広い範囲でチェルノブイリの強制避難区域レベルの放射線が観測されていることや、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)での放射能拡散の試算結果から、気流にのって全国に放射性物質がまき散らされたことなどの話がありました。そして、日本政府は福島だけが汚染区域のように言っているが、EUでは「福島、群馬、茨城、栃木、宮城、長野、山梨、埼玉、千葉、東京、神奈川、静岡」の各県の出荷物につき放射能検査が行われており、これは観測データとも一致するので正確な汚染地域と見るべきとの話がありました。全県について輸入規制をかけている国も複数あるとのことです。

4 (2)については、藤田先生がライフワークにされている、原発に従事している「最下層労働者」の話がされました。原発の点検時に施設内にたまった放射性物質を除染するために日雇い労働者が大量に動員されており、多重下請け構造の下で犠牲になっているという話です。作業員に放射能計測装置は持たされるけれど、付けていたらすぐ限界になって仕事にならないので、付けずにやることになり健康を害して補償もされていないという話でした。原発が構造的に被爆者を生み出し、差別を生み出す構造になっているというのです。

5 (3)については、放射性廃棄物はガラスに閉じこめて、ステンレス筒に詰められて地中深く処分されることになっているが、無害になるまでには数万年単位の時間が必要であり、非現実的だという話がありました。この点に関して、藤田先生から処分場を巡るエピソードが話されました。藤田先生が慶応大学の助教授だった当時、東京大学の教授が3万年はこの方法で保管できると主張したのに反論して反対運動をしていると、役所の担当者が住民に対する説明会で「あちらは慶応、こちらは東大。どちらが信用できるか。」と説明しており、「どちらが正しいではなくて、どちらが信用できるか、では科学ではなくて宗教ではないか。」と思ったそうです。

6 玄海原発については、1号機の圧力容器の脆性遷移温度(金属の性質変化)が全国で一番高い98度に達しており(通常は−30度程度で、中性子があたることの劣化により温度が上昇していきます)、冷却時に破損する可能性があり、極めて危険な状態にあるそうです。

7 そして、今後のエネルギー政策について、現状から再生エネルギーなどでの代替という話は非現実的とのことで、火力発電(原発を作るときは必ずバックアップで同出力の火力発電所を設置しているので、こちらを稼働させれば補えるそうです)や水力発電の稼働率を上げること、民間の自家発電を解放して市場化を進めること、発電効率の良いコンバインドサイクルの導入を進めること、を提案されていました。

8 これらの話は、全て政府か電力会社が提供しているデータに基づいての説明であり、煽るような形ではなく淡々と説明されているからこそ、原発被害の問題が深刻だということを理解することが出来ました。

9 その後、福留会員から日弁連が原発に関して1976年から運転中止や廃止を度々求めてきたこと、原発が幸福追求権、生存権、国民主権、知る権利、居住移転の自由、財産権、地方自治の本旨など多くの憲法上の権利と関わりがあることの説明がされました。

10 今回の講演会の内容はいずれも興味深いものでしたが、その中で一番印象に残ったのは、藤田先生の「法律が扱えるのは3世代までと聞くが、放射能は数万年の単位で残る」という趣旨のお話でした。
原発の問題を、電力会社や立地自治体、周辺自治体の住民との利害調整の問題と捉えた場合、上関町の町長選で原発推進派の町長が三選したように、原発の立地自治体の住民にとっては、原発により得られる利益の方が、原発により受けるリスクを上回るということがあり得ます。
しかし、福留会員の発表にもあったのですが、原発については、放射性廃棄物や事故により実際に放射線の影響を受けるのは原発を誘致した世代以降が中心となるという特徴があります(原発の老朽化や放射性物質の蓄積、若年層ほど放射能の影響を受けやすい等)。そのようなものを現役世代の利害調整だけで決めて良いのでしょうか。
憲法上の人権については「他者の人権でなければ制約できない」などと説かれるので、その考え方だと生まれてもいない人の人権などを考える必要はない、となりそうです。しかし、憲法の判例で、ため池の破損、決壊の原因となるため池の堤とうの使用行為について、「憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外」(昭和38年6月26日刑集17巻5号521頁)として何人も当然使用行為の禁止を受忍しなければならないとされているものもあります。原発についても、少なくとも福島原発の事故後は、安全性に問題があることがわかった以上、もはや原発の稼働は憲法上保障されている財産権の埒外になった...と考えることも出来るのではないでしょうか。
原発の危険性や現状だけでなく、通常の公害問題との相違点を意識させられる素晴らしい講演でした。藤田先生の講演はインターネット上でも見られますので、興味を持たれた方は是非ご覧下さい。
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