福岡県弁護士会コラム(会内広報誌「月報」より)

2002年11月号 月報

心神喪失者等医療観察法案について 

月報記事

森 豊

1 去る9月27日(金曜日)午後6時から、福岡県弁護士会研修委員会の主催で『心神喪失者等医療観察法案に関するパネルディスカッション』が県弁護士会館三階ホールで開催されました。

この法案は、正式名称を「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(案)」と言い、平成13年の大阪池田小学校事件に対する高い社会的関心や一部マスコミの煽情的報道もあって、重大犯罪を行った精神障害者の処遇を求める立法化の動きが一気に加速化し、ついに全文121条の法案として本年度通常国会に上程され、継続審議となっているものです。

2 このような急速な立法化の動き及びその結果としての法案の問題点に対してはすでに患者団体や日弁連・各地単位会はもちろんのこと、精神科医の学会・諸団体からも多くの反対声明が出されていますが、国会審議における対決法案となっていないため、これら反対論をも踏まえた十分な審議を経ないまま可決されるおそれが危惧されています。

『パネルディスカッション』は、法案(裁判官1人と精神科医1人で構成される合議体が重大犯罪行為を行った者の精神障害による「再犯の可能\性」を判断して入通院治療を強制するか否かを決定する審判制度の設置を中核とする)について、従来から指摘されてきた一般的な問題点を整理・確認するにとどまらず、さらに法案が規定する弁護士の付添人としての活動の内容に踏み込んだ問題点の洗い出しをも目指すことによって、研修委員会主催の会員研修に則したものになるように企画されました。

3 パネラーの高木茂先生は、日弁連刑事法制委員会において上記の立法化の動きをずっとフォローされ、措置入院審査会(精神科医2人、看護士、精神保健福祉士等の医療関係者の他に、弁護士及び検察官を構成員とする)で入通院治療を強制するか否かを決定する新制度の設置を中核とする対案の取りまとめに尽力されてきた立場から、立法化の経緯、裁判官が入退院の判断をする制度の弊害、判断の対象となる「再犯のおそれ」という要件の不明確性等の重要な問題点を一つずつ丁寧に指摘されました。

もう一人のパネラー池永満先生からは、国際人権規約も踏まえ人に医療を強制する制度はどうあるべきかという観点から、司法関与自体は肯定できるが、裁判官が判断すべきことと医者が判断すべきことの混同、強制入院期間が容易に継続され刑事罰と著しい不均衡が生ずる危険性、一事不再理原則の違背等の問題提起がなされました。さらにこれを補足する形で精神保健委員から、法案に規定された審判手続の種類、手続、付添人の権限等について、主に少年事件付添人と比較した問題点の洗い出し作業の報告がされました。

刑事法制と精神保健の両論客の仲裁の大役を担う司会者は、精神保健に深い見識をお持ちの八尋光秀先生で、司会者として適宜の解説等をしながらも、新制度の設置そのものに反対する持論を時折披露されました。

4 法案反対・精神医療全体の改善こそ最良の問題解決策であるという共通項がありながらも、法案反対のスタンスがそれぞれ異なる三者の間の緊張をはらんだ議論のやりとりに、2時間の所定時間はすぐに消化されました。

週末、夕刻の時間帯で強い雨ということもあり、参加会員は必ずしも多くはありませんでしたが、この法案の重大な問題点や反対する立場の多様性をよく理解して頂けたのではないかと思います。

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